悪魔―ファウストにも自我がある。この世全てを呪うほどの悪意が凝縮された妄執。それが形になったのが
ファウストと言っても過言ではない。人間の暗部を具現化させてしまった男、溝呂木眞也の力の一端として
生み出されたこの巨人はかつて、姫矢准、ウルトラマンネクサスの手で葬られた。だが、数多くの悲劇をもた
らし、その報いを受けたはずの暗黒巨人は今、確かに存在していた。

 在り得ない状況の中、光の巨人と闇の巨人が再び対決する。


魔法少女リリカル☆なのは~NEXUS~ 
第二話『暗黒』・前編


 先手必勝。ウルトラマンネクサスは戦闘の構えを取るや否や、ファウストに跳びかかっていった。即座に
繰り出される拳。ファウストはそれを、
『ふっ!』
一笑と共に弾いた。ネクサスの空いた脇腹に強烈な膝蹴りを見舞うファウスト。僅かにネクサスの身体が浮く。
そこにさらにファウストは拳を叩きこんでゆく。一歩、また一歩とファウストがネクサスを攻め立てる。
 ネクサスには二つの形態がある。今の形態は『アンファンス』と呼ばれるもので、ネクサスの初期形態だ。
十分な戦闘能力は持っているものの、エネルギー消費を極力抑えている、いわばリミッターの掛かった形態
とも言える。故にこの形態でならば長期戦が可能なのである。しかし、この形態では、ファウストとの力の
差は大きい。まだその力になれていなかった頃、姫矢は何度もファウストを相手に窮地に立たされたのだ。
しかし今はその時以上に、力量の差があるように見える。痛みに悶えながらも何とか立ち上がるネクサス。
その姿をファウストは嘲笑う。
『何故、今のお前が変身出来るのかと不思議に思ったが……』
満身創痍のネクサスの首を掴んで持ち上げながら、ファウストは言葉で責め立てる。
『どうやらもう満足にその姿すら維持できんようだな』
ファウストはネクサスを放り投げると同時に闇の光弾―ダーククラスターを放ち追撃する。何処までも
容赦の無い攻撃。砂の大地に叩きつけられて転がるネクサス。吹き上がる粉塵に逃げ遅れた管理局員が撒かれた。
ファウストは今更それに気付いた様子でそちらに目を向けた。再び竦む管理局員達。
『鈍いな。その魔法とやらも、お前達には過ぎた力だったろう』
嘲笑するとファウストは、硬直したままの管理局員達に向かってダーククラスターを撃った。腕のたった一振りで
、強力な光弾は具現化して放たれる。魔導師からしてみれば、何の予備動作もなく(しかもエネルギー充填に掛かる
隙も殆ど無かった)一瞬でA級の砲撃魔法が襲ってくるようなものだから堪らない。勿論、今の彼らにそれに対抗
する術はなく、ただ自分達の死を待つだけだった。
「―?」
一人の魔導師がきつく閉じた瞼を開いた。何時まで経っても予期していた衝撃はやってこない。そして彼が見たものは。
「っ!?」
 その手を広げて、全身を使って自分達を護る巨人の姿だった。


『(……何時もより力が出せない)』
ネクサスと一心同体、というよりそのものとなって戦う姫矢は、常ならば満ちているはずの光の力の欠如に悩まされていた。
変身した瞬間には確かにあった膨大な光の力が、見る見る身体から抜け出していってしまった。ファウストも手強い相手では
あるが、幾度の戦いを凌いだ今の姫矢ならば十分打倒できるはずだった。しかし力の源が欠如しているこの状態では
どうすることも出来なかった。
『(このままでは……!)』
逃げ遅れた人間(やたらと凝った装飾を施した衣装を着ている)を咄嗟に庇う。頭が動き出すより先に身体が動いていた。
我ながら本当に損な性分だ。薄れゆく意識の中、姫矢は僅かに苦笑した。

 ファウストの猛襲の前に崩れ落ちるネクサス。ダーククラスターの直撃を受けたその身体は、黒く爛れている。
胸の赤いクリスタル―エナジーコアから、白く輝く瞳から光が失われてゆく。力無く、砂漠の大地に沈んでゆく
その巨体。
『弱者を庇って力尽きるとは、哀れな奴』
ファウストはそんなネクサスを執拗に嘲笑う。その声色は愉快気に弾んでいた。
『所詮は光の残り滓。お前にはやはり、輝く力は残されていなかったということだ』
 そう言い残し、ファウストは去ってゆく。闇の巨人の姿が砂塵に塗れて消えてゆくのに合わせて、光の巨人の
姿も大地へと没した。

 後には、何も出来なかった魔導師達だけが残された。


それから三日後の鳴海市、ハラウオン家。ここは管理局管理外世界の一つである地球の駐屯地(?)でもある。
この地で何かが起これば、必然的にここが司令塔になるわけだ。
「母さん、これが本当に?」
「えぇ、信じられないけどね」
 司令塔は今、只ならぬ雰囲気に満たされていた。

 アースラ艦長、リンディ・ハラウオンは久しぶりに取れた長期休暇を地球の自宅で満喫していた。そこにきた
管理局からの応援要請。休暇の身―しかも引退を控えた―に何のようだろうと思ったが。
「なるほどね、これじゃあ仕方ないわ」
「仕方ないって母さん……」
 ……少なくとも『情報』が本当のことならば、そこらの魔導師では太刀打ち出来ないはずだ。リンディは得心が
行った。
 もっとも、自分達でもこれを如何こう出来る自信は、彼女にも無かったのだが。


 闇。何処まで進んでも広がる暗黒。姫矢はただ道無き道を走り、惑う。
「はぁはぁ……」
思い出すのは地獄のような戦場。その場で起こる真実を知りたかったから、彼は危険を承知で海を渡った。傷付き、
倒れる現地の住民達。そして姫矢自身も凶弾に倒れた。そんな彼に手を差し伸べたのは年端も行かぬ一人の少女だった。
 名前はセラ。姫矢にとって彼女の笑顔は光で……―
その死に様が彼の心を八つ裂きにした。
 彼女は戦場で散った。彼女に罪は無かったのに、当然のように彼女は命を奪われた。
 その時の光景が、今も彼を締め付ける。
「堕ちて来いよ姫矢。闇は、悪くないぜ」
 ただ走り続ける。一度でも引き下がれば闇に呑まれてしまうから。
「何足掻いてるんだよ。お前もこっちへ来いよ」
 あの男―溝呂木眞也に呑まれてしまうから。
「離せ!俺はお前とは違う!」
 叫んだ瞬間、後ろから聞こえていたはずの溝呂木の呼び声が前から響いた。
「……なら見せてみろよ、俺とお前の違いってヤツを」
 虚空から投げ入れられたのは光を纏いし短剣―エボルトラスター。デュナミストのみに与えられる神秘の秘宝。
これを鞘から抜くことで、彼は光に、ウルトラマンになることが出来た。
「……貴様」
「姫矢、この前の続きだ」
 刹那、闇が膨れ上がって形を成した。
 その姿はやはり巨人。しかし、メフィストとは違う。ファウストよりさらに深い闇をその懐に抱き、スタイルは
さらにウルトラマンに近い。言うなれば、ウルトラマンの虚像。

『力は、他者を圧する為にある。それを理解できなかったお前が、俺に勝てる道理は無い』
 第二の暗黒巨人、ダークメフィストがその姿を顕した。

 背負うものは影。姫矢を多い潰さんと、立ち塞がる。


「このアイス美味しいね」
「そうやろ?うちのオススメやねん」
「こっちのチョコチップも美味しいよ」
 和気藹々と学校の帰り道に買い食いしている我らが魔法少女三人組。この若さで途轍もない力を秘めている彼女達
だが、普段はあくまで普通の小学生である。……多分。
「今年のクリスマスは皆でお祝いしたいよね」
「そうだね、母さん……勿論、兄さんも読んで」
「ヴィーダ、飛んで喜びそうやなぁ」
……平和なことである。
 が、その平和は突然破られた。


 管理局はこの時、鳴海市に起こった異変を早期に察知していた。
「アレックス!すぐに地球のリンディさんとこに繋いでっ!」
「は、はい!」

 勿論、現地の彼らも謎の存在の胎動を感じ取っていた。というか視認すらしていた。
「母さん、行きます」
「えぇ。どうも止まりそうにもないから」

『黒い巨人、鳴海市上空に出現!』
 というわけで、管理局の情報は遅れに遅れていたことになる。


 墨汁のような濃い黒が空を覆って渦巻き始めた。それに篭った魔力、のようなものがなのは達の第六感を刺激する。
「フェイトちゃん、はやてちゃん!」
「まずいなぁこれ……」
「でもとても大きいよ、あれ」
三人が見上げる先―暗黒の空が、

 割れた。

 ダークファウストが、鳴海の空に現れた。

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最終更新:2007年08月22日 10:27