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現在時刻/九時ジャスト。陸戦用空間シミュレータ/擬似再現された森林の中で対峙する。
「……さて、始めるか」
長剣を右手に提げた女剣士/シグナム二等空尉―――意気揚々と。
「シグナム副隊長、私たちは書類の処理が……」
観客/橙色の髪を左右で括った少女/ティアナ・ランスター二等陸士―――気乗りしない顔で。
「ヴィータに連絡しておいた。私の独断だということも込みでな」
はあ、という溜息と共に、
「記録用サーチャーの設置、終わりましたー!」
観客/帽子の下で桃色の髪を揺らす少女/傍らに白い―――竜?/キャロ・ル・ルシエ三等陸士―――やけに楽しげに。
「よし、五、六……十八箇所か。中々上手い配置だ」
ありがとうございます、という声をバックに、
「……どうして僕だけアップを?」
観客/赤毛の隙間から鋼色の瞳を覗かせる少年/エリオ・モンディアル三等陸士―――柔軟/素振り/淡々と準備運動をこなしながら。
「次に私と闘うのはおまえだからだ―――上司をバトルマニア呼ばわりしたツケだと思え」
はい、というしかし引きつった悲鳴が響き、
「……何で、模擬戦をすることにしたんですか?」
観客/青がかかった短髪の少女/スバル・ナカジマ二等陸士―――こちらに視線を流しつつ。
「あの引き分けには納得できん。おまえも闘いたいのは分かるが私が先約だと言った筈だぞ?」
ああもう違うのに、という言葉を尻目に、
「……勝敗は?」
自分/戦闘服の袖を捲り上げる/前後に軽くステップを踏む/身体のギアを戦闘状態に引き上げる。
新造された左腕に違和感はない。朝の運動/ランニングで馴らしておいた。
シグナムの返答―――不敵な笑みと共に。
「お互い、それが分からぬ程に未熟ではあるまい?」
疾走の速度に追いつけずたなびく薄紫の髪/残像のように。
不意討ち―――だが甘い。
コントロール不全という側面を持つオリジナルとは違い、完全な制御下に置かれたアドバンストARMS。
それはARMS/珪素生命本来の反応速度を容易に引き出すことを可能とする。
炭素生命の神経細胞/通常、その伝達速度は速くとも秒速七十メートル―――珪素生命のそれと比べればあまりに遅い。
相手が亜音速戦闘サイボーグであろうとその初動を捉えられるほどの反応速度/それを遺憾なく発揮/斬撃の軌道を見切る。
胴を薙ぐ居合い/飛び退く/両腕に力を込めARMSを起動。破砕音/樹木を捻じ切る音と共に黒い甲殻を精製。
おお、と左右から挙がる驚きの声/何故か心地良さを感じる―――力を振るう快楽が後押しされる。
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……あの居合いを完璧に避けるか!?
この男ならそれぐらいはやる、と考えていた自分に気付き、驚愕と共に笑いが込み上げる。
相手の武器は、分かっているだけで三つ。
まず単純な格闘戦。技量は高く、あの腕が生み出す間合いと威力は大剣のそれに匹敵する。
次に腕の伸長。それは見切った。次に仕掛けてくれば返しの刃で断ち落とせる。
そして三つ目―――あの砲撃。
荷電粒子砲『ブリューナクの槍』と、この男は呼んでいた。昨日、部屋で話している時に聞いた呼称。
それ以外は砂漠で見たきりで、性能は未知数だが、
……使わせる暇は与えん!
着地の隙さえ狙わない。姿勢制御さえ難しい空中にいる相手を狙えばそれでいい。
中段で薙ぎ払った慣性を殺さず一回転、跳躍し袈裟懸けに刃を叩き込む。
―――防がれた。
黒い右手が、その甲でレヴァンティンの峰を叩いて受け流す。その反動によって着地された。
次はあちらの手番。よってこちらは腰の高さで剣を引き込む対応の構え。足は踵を据え、重い攻防に備える。
右から左へと首を刈る左の手刀、死神の鎌じみた一閃に剣先を合わせ押し留める。散る火花を潜って右の貫手が放たれた。
身を捻って胴狙いの一撃をかわす。同時に刀身を傾け左腕を上方向へ受け流し跳び退いた。
飛行魔法の補助によって、二十メートル余りの距離を跳躍する。
この間合いでは剣や槍は届かない。弾幕や拡散射撃による面制圧が重視される交戦距離。
つまり、それは、
「レヴァンティン―――!」
『Schlangeform!』
鍔元から空薬莢が弾き出される。薄紫の光が刀身にパーティングラインを描き出し分割。
レヴァンティンの中距離戦闘形態『シュランゲフォルム』、鞭状連結刃はその名の通り、蛇に等しい三次元機動を以って獲物に喰いつき絞め殺す。
正面、頭上、脊髄狙い、三時方向六十度。多方向から空を裂きうねる一秒足らずの四重攻撃。
超高速機動に対しては脆弱という性質を持つシュランゲバイゼンだが、この相手はテスタロッサ程に速くはない。
……避けられるものか―――!
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「……シャーリー、データはちゃんと取れてる?」
陸戦用空間シミュレータの『管制塔』、外側に張り出した足場の上、二つの人影があった。
潮風に流れる長髪はそれぞれ黒と茶。前者は茶を基調とした事務担当の制服を着、丸眼鏡を掛けている。
その周囲には立体映像のディスプレイや仮想キーボードが多数展開しており、五指は蜘蛛のように忙しなくそれを叩く。
もう片方は青と白を基調とした教官服の腕を組み、視線の先には森林の中で挙がる土煙がある。
「服に仕込んだセンサが六種十四個……問題なく稼動していますよー?」
「そう、ならいいけど……何か面白いデータは取れた?」
「微弱な電磁パルスが検出されてます。あと、まあ、見ただけでも分かりますけど……魔導師でもない人間に出来る動きじゃないですね」
新たに展開したディスプレイに、サーチャーからの映像が四分割で表示される。
それぞれ別アングルの動画の中で、男が連結刃の多角攻撃を踊るような体捌きで連続回避。
「魔法無しであれに対処するの……確かにスバルじゃ勝てないねえ」
「シグナムさんもいい感じに本気ですねー、シュランゲフォルムの限界域データが取れてます。蓄積甘かったんで嬉しいなあ」
「……で、シャーリーはどう思う?」
「そうですね、そこそこって所
……元軍人だって言ってましたよね?
なら構想中ので良さそうなのがあるんですけど、もう五割り増しで開発予算回してもらえませんか?」
それが、この模擬戦の目的だった。
データを収集し、最適なデバイスを作成する指標とする。
……シグナムが模擬戦を挑んでいたのは本当に偶然だったのだが、それを利用しない手はない。
「三割―――? 一割までならわたしのポケットマネーから出せるから、残りは何とか工面しなさい」
「はぁい」
会話しつつも、キーボードを操作する指捌きは淀みない。
表示されたインジケーターは六つ。その揺れ幅を映像と同期させて記録しておく。
「査定試験はまだですけど、戦力的には全く問題なさそうですね。
……そういえば、どんな理屈で六課の保有を認めさせる気なんですか?」
「単体戦闘能力を持つ、有人格ロストロギア……って扱いで話を通すことにしたよ。
危険な遺失物を管理下に置く……六課の設立理由を盾にして、ね。
あと、対AMFに極めて有用な能力を保持している、ってことも付け加えて」
「ですか……でも、ロストロギアの実戦運用なんて……」
「その辺りはもう開き直ってるね。少なくとも、八神部隊長は。
使えるものは使うよ。汚い手なんか、六課を作るだけでもどれだけ使ったか」
例えば、はやてが六課を作らず特別捜査官として活動していたなら、
例えば、フェイトが六課に入らず執務官として活動をしていたなら、
例えば、なのはが六課に入らず教導官として教導を続けていたなら、
それだけで、どれだけのモノを護れたか分からない。
オーバーSランクの能力は、そんな仮定をさせてしまうほど強力だ。
その能力を束縛してまで六課に集中させている理由は、自分達三人のエゴに他ならない。
「……まあ、とりあえずの課題は……」
益体もない思考を断ち切り、分隊長としての思考を取り戻す。
「あ、決着付きそうですよ?」
見れば、二人はおよそ五十メートルの距離をおいて対峙していた。
周囲の樹木は、シグナムの攻撃の余波でそのほとんどが伐採され、白い断面を晒している。
足下に陣を展開し魔力を吹き上げるシグナムは、引き戻した連結刃を鞘に収め身を屈めた居合いの構え。
もう片方は、腰を落とし重心を沈め、両腕を前に突き出している。砲撃の姿勢―――
ばちり、と独特の破裂音。
―――あれはまずい。十年の経験がそう告げている。
「センサの感度絞って!」
「は、はい!」
そして、
光の槍が放たれた。
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新人達四人は、その戦闘を食い入るように見つめていた。
気乗りしていなかったティアナまでもが、だ。
男が連結刃の多角攻撃に的確な対処を行う姿を見、驚愕の声を漏らす。
「凄い……」
「そうですねティアナさん。あんなの、僕達じゃまともに反応できるかどうか……うう、やだなあ……」
「まあ、エリオ相手にアレを使うほど大人気ない人じゃないだろうし……」
「……そういえばスバル。あんた、さっき何か言おうとしてたわね? 一体何言おうとしてたの?」
「陰口みたいで嫌なんだけど……アレックスさん、手加減とか怪我しないように配慮とか、そういうのはしてるのかなあ?」
「そりゃそうでしょ。多分だけど、シグナム副隊長も非殺傷設定なんだから……って、え?」
「……非殺傷じゃ、ない、ですよ……?」
見れば、男の服は所々に裂け目ができている。刃が掠めた痕跡だ。
それどころか、首筋と頬には浅い切り傷さえ―――見る間に消えていく。
「……お互いに、避けそこなったらそこで死ぬ、ってこと……!? 止めないと!」
「いや、それは大丈夫だよティア。
朝、ティアも聞いてたでしょ? 腕を落とされても闘える、まともな傷じゃ死なない、って。
……でも、シグナム副隊長は」
「それも、大丈夫ですよ」
「エリオ君、何で?」
「キャロ、アレックスさんが、シグナム副隊長の攻撃を無視しないのは何でだと思う?
あれだけの再生能力があれば、被弾しながら砲撃するか、斬られながら腕で攻撃すればそれだけで勝てるのに」
「それは……」
「そうか……『勝負』だからだね。そんな手を使ったら、それだけで負けなんだ」
口を詰まらせたキャロに代わって、スバルがその答えを語る。
「はい。二人とも、あくまで勝負に拘っていると思います。だから、相手に大きな傷を負わせたら『負け』になるんじゃないでしょうか?」
「……分かったわ。でもね」
ティアナは嘆息し、
「朝は否定してたけど、同類だと思うわよ? スバルもエリオも、そんなことを理解できるなんて―――」
自分には、それこそ理解出来ない。
そんな嘆きと嫉妬を、喉の奥で噛み殺した。
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周囲を舞う刃の群れ―――さながら万華鏡。
それも乱反射ではなく、獲物の進路を塞ぐ毒蛇の様相。
毛糸球じみた鞭の絡まりを読み解く/攻撃の軌道を予測する/最適な回避方法を模索する―――ステップワークとシフトウェイト。
手を取り合うように身を踊らせる/弾く/避ける/潜り抜ける。
剣士が、剣へと戻った刃を鞘へと収めた。
再び炸裂音―――弾け飛ぶ空薬莢/二つ。薄紫の靄/余剰魔力の放射/今や激流。
気配が変わった/拡散し乱流と化していた殺気が直線へと変化―――砲撃、あるいはそろに類する攻撃が来る。
舐められたものだ。この距離での砲撃こそが、自分の切り札だと言ったのに―――正面から打ち砕いてくれる。
両腕を前へと揃え、腰を落とす。荷電粒子の精製/誘導/加速レールたる電磁場を放射―――
『ブリューナクの槍』を解き放つ。
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―――まさか、と戦場にあるまじき思考が走る。
全方位からの多重攻撃を延々と捌き続ける男の姿が、その原因だ。
足捌きを駆使して最適な位置へと移動し続け、重心移動を次の回避への布石とする。そんな方法で対処されるとは思いもしなかった。
無論、完全にかわされているわけではない。だが、掠めるだけの斬撃はあの両腕に弾かれる。無理に直撃を狙えば刃列の粗点を的確に突かれ当たらない。
シュランゲバイゼンでは埒が明かない―――正面からの力勝負に持ち込むか?
彼は言っていた。中短距離からの砲撃による殲滅こそが、自分本来の戦闘だと。
ならば、この誘いには乗る筈だ。相対距離は五十メートル、連結刃を引き戻した。
鞘―――完全な魔力密閉によるパッシヴコンプレッサ―――に収縮した刀身を収め、カートリッジをロードする。
飛竜一閃―――ミドルレンジにおいて扱える最大攻撃。
だがそれとて、男の砲撃には及ぶまい。正面から激突すれば、槍の穂先に等しい集束によってこちらの攻撃そのものが貫かれる。
だからこそ、そこに自分の勝機がある。
「飛竜……」
噴き上がる魔力の隙間から、男の構えが垣間見えた。
こちらを真っ向から見据え、黒い両腕が紫電を散らす。
……さあ、
「……一閃―――!」
決着だ―――!
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薄紫の激流が、男へと向けて迸る。圧縮された魔力を連結刃に乗せて打ち出す擬似砲撃魔法―――飛竜一閃。
迎え撃つは荷電粒子砲『ブリューナクの槍』。数万度に達する荷電粒子の奔流が、オゾン臭を撒き散らしつつ直進する。
激突、閃光―――余波として放散される魔力と荷電粒子が渦を巻く。
そして、その輝きが止んだ時―――
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双方ともが倒れず、しかと大地を踏み締めていた。
「……まさか、な」
「ああ……こんなことがあるものか?」
陽炎を揺らめかせる漆黒の腕は、シグナムの脇を潜ってその背後へ。
収斂し剣へと戻った炎の魔剣は、上段に振り上げられ脳天を狙う。
それも、互いの吐息が聴こえるほどの近距離で、だ。
「砲撃を目眩ましと牽制に使い、接近しての一撃……」
「お互い、全く同じことを考えていたのか……」
決着が、ついた。
「「……引き分け、だな」」
それも、極めて穏便に。
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最終更新:2007年08月31日 18:06