「さて、それじゃあ聞かせてもらおうかな?」
沈黙の中、最初に口を開いたのはボウケンブルーこと最上蒼太だった。
当然その質問の対象は伊能真墨。
「なんのことだ?」
「惚けないでほしいね。勿論、本当の理由のこと」
先程は終始沈黙していた蒼太が、今はやけに饒舌さを見せている。
「さっきの理由もあるんだろうけどね。僕はあの場から逃げる時に先頭で援護していたけど、そんな理由だったとは思えない」
真墨は澄ました顔をして蒼太を見ている。これまで同様、特に動揺した素振りを見せることもなく沈黙を保ったままで。
「どういうことなの?真墨、蒼太さん?」
菜月は場の状況がいま一つ理解できていなかった。そんな彼女に構わず蒼太は流れるようにスラスラと言葉を続ける。
「プレシャスバンクから盗み出されたバジリスクの化石。新しく現れるはずのないのに現れた邪悪竜……」
確かに蒼太の言うように、遺伝子操作でジャリュウを生み出すことができるのはリュウオーンだけのはずだった。
「そしてあいつは手に入れたバジリスクの瞳をすぐに自分に嵌め込み、自分の目として使った。
ここまで条件が揃えば、あの邪悪竜がバジリスクの化石から生み出されたジャリュウだってことは簡単に想像がつく。
そこで調べた伝説のバジリスクの特徴と照らし合わせれば――」
そこには普段の陽気で気障[キザ]な洒落男はいなかった。淡々と理論を展開していくのは流石に元スパイだけある。
鋭い洞察力と情報力――それが彼の本来の姿。
「八本四対の手足。鶏冠のような頭部。見た者を石化させる眼。そして――」
そこでサロンの扉が開き、蒼太の言葉が途切れる。
「ああ、真墨君。解析の結果が出ました」
声の主は牧野だった。瞼を擦る彼の仕種にも疲れが窺える。
「どうだったんだ!?おっさん」
今まで表情を変えることの無かった真墨が牧野に駆け寄った。
「ええ、真墨君と映士君の読みどおりです」
牧野は一度サロンにいる真墨、蒼太、菜月、ボイスの全員を見回して咳払い。そしてゆっくりと説明を始める。

「え~、ごほん。研究所に搬送された少年を詳しく調べたところ、石化の原因はバジリスクの瞳による呪力と推定されます。
これは、以前映士君が西のアシュ『オウガ』によって石化した時と類似した点も見受けられます。
全身がほぼ一瞬で石化している為、これ以上は戻ってみないと分かりません」
「それで、戻る方法は?」
牧野の言葉が途切れるとすぐに真墨が質問を返し、蒼太と菜月もそれに頷く。
「バジリスクが死ぬことで石化も解けると思いますが……。何にせよ瞳が手に入らなければ治療は不可能ですね」
「くそっ!結局はあいつを倒すしか方法は無いってことか……」
真墨が拳を合わせ、苦々しげに呟く。
「アクセルスーツを着用していれば石化することはないでしょう。ですから強いダメージによる装着解除には注意してください」

一通りの説明を終え、牧野はサロンの椅子に倒れるように座る。かなり疲れている様子だ。
無理もない、サージェスで一番忙しく働いているのは多分彼だろう。
「お疲れ様、牧野先生」
「ああ、ありがとうございます」
菜月が牧野の肩を揉みだす。真墨はソファに座り腕を組み何やら考え込んでいる。
同様に蒼太も口元に手をやり考えていた。
瞳の――プレシャスの力。一年半前のオウガ戦で映士が石化したこと。少年はほぼ一瞬で石化。
牧野の説明を経て蒼太の推理は確信に変わった。
「さっきの続きを話してもいいかな。最後の一つ、それはバジリスクの体液は全てが他の生物にとっての猛毒であること」
「ええっ!?」
と、声を上げたのは菜月だけだった。
「人質にされた少年をシグナムとヴィータちゃんが助けた時、体液が少年にもかかったんだ。そして毒はすぐに少年の身体中に回った。
きっと映士はエイダーでも治療は出来ないだろうと判断したんだ。伝説の生物の毒に対する解毒剤なんてないだろうしね。
いや、それ以前に山を降りるまで持つかどうかも解らなかったかもしれない」
真墨と牧野、ボイスは黙って耳を傾けている。
「だから賭けに出たんだ。石化させることで毒の進行を食い止めようとした」
一度自分が石化しているから可能性はある、と考えたのだろう。

それでも危険な賭けには違いない。とはいえ、それ以外に手段は無く、迷っている時間も無かった。
「だから最後に残ったんだろ?真墨」
真墨は腕を組んだまま目線だけを蒼太に向け、一言、
「そうだ」
とだけ答えた。
菜月もようやく理解したのか真墨に微笑みを向ける。だが、すぐに?を浮かべ首を傾げた。
「あれ?じゃあ何で真墨は、シグナムさんやヴィータちゃんに問い詰められた時に黙ってたの?」
その理由を話していれば彼女達もあんなに怒りはしなかったのではないか。
そう菜月は思った。
だが、真墨のことだ。「自分のミスはミスだ」とでも考えて一人で背負おうとしたとも考えられる。
「うん、僕も最初はそう思った。でもそれだけじゃない。危険なプレシャスを奪われたこの状況でそんな理由で連携を乱すようなことはしないよ」
「それじゃあ……」
蒼太の視線が次に向いたのは――ボイスだ。
「これはボイスと真墨と牧野先生あたりの3人で考えたんじゃないかな?」
「どういうことかな?ブルー君……」
当然、▽のCGからも機械で加工した声からもその心理は解らない。どこかコミカルで可愛いそれも、感情が読み取れなければ薄気味悪く思える。
「僕が全部説明してもいいけど、真墨の理由は真墨から話して欲しいな」
「……お前の考えてる通りだよ」
サロンには緊迫した空気が流れ、菜月は相変わらず?の表情のままだ。
ここから先は蒼太も自分の推理に自信は無かった。
もしかすると話すべきではないのかもしれない。だが、蒼太も真実を知りたかった。
ここで少しでもはっきりさせておかなければ、新人達を本当の意味で仲間として迎えることはできない。
真墨にはチーフとしてその理由を。これが『テスト』であるなら、そのことを話して貰わなければならない。
自分と菜月、映士にはそれを知る必要があるのではないか?
何か大きな影を感じる今、真に6人のボウケンジャーとなる為に。

「まず、シグナムとヴィータちゃん。あの二人がサージェス・ヨーロッパから来たって云うのは嘘だと思う」
「調べたのか?」
真墨は一応聞いてみた。
蒼太は情報収集のプロだ。それくらい容易に調べられる。
だが――。
「いいや、もう仲間のことを影であれこれと調べるのは止めたよ。これは僕の推測だ」
やはりそうだったか。今の蒼太は真に知りたいなら、こうやって正面から訊くだろう。
「あくまで仮定に過ぎないけど、二人はサージェスとは別の組織。サージェスとは現在、一時的に協力関係にありながら、内情を把握していない組織の一員だ。」
「どうしてそう思うの?」
「う~ん、二人はサージェス・ヨーロッパにいたにしては、地理、生物、サバイバル知識etc……が欠けてるからかな。それを急拵えで誤魔化してたのも余計に不自然だ。
それなのに、戦闘に関しては頭抜けてる。あれは僕達よりも戦い慣れてるね」
そう、彼女達は何度も戦闘を経験している。だが、それは普通の斬り合いや撃ち合いではなさそうだ。シグナムはともかくヴィータは動きがややぎこちなく感じた。
「そう仮定すると辻褄が合う。こうすれば二人は独自に動くかもしれない。そこから組織のことや彼女達の本来の戦い方が解るかもしれない」
プレシャスは危険なものが多い。それこそ世界を滅ぼす程に。
素性の知れない、信用できない組織と手を組んで情報を知られるのは絶対に避けなければならない。
「だけど、それじゃあその組織が協力してくれないんじゃないの?」
菜月の疑問は最もだ。それでもサージェスがそんな行動に出るとするならば――。
「それでも目的の為なら多少の無理は相手が協力せざるを得ない、と考えてるからさ。目的は何かのプレシャス、そして相手はあまりプレシャスに詳しくないのかもね」
プレシャスとプレシャスの情報が最も集まるのはサージェスだからだ。探すならサージェスに助力を頼むのが手っ取り早い。
「彼女達が素性を伏せているのは、おそらく向こうの組織もサージェスを全面的に信用していないからだ。プレシャスが集まるがゆえにプレシャスを狙ってる相手もいるかもしれない、ってね」
それでもシグナム達を受け入れたということは、サージェスも協力が欲しいということ。どちらも考えてることは同じだ。
「そう、だからサージェスはこのアクシデントを利用してみようと考えたんだ。駄目なら言い訳も立つし、もし結束できればそれでも良し」
「う~ん、つまり……両方が協力してほしいのに、お互いが隠し事してるから素直に協力できないってこと?」
「さっすが菜月ちゃん。僕はそうじゃないかと思ってるんだけど――どうかな、ボイス?」
菜月に向けた笑顔から一変、ボイスへと射抜くような視線を送った。

無表情だったボイスがやがて眉を八の字に曲げる。どうやら観念したようだ。
「やれやれ……君達に隠し事はできないねぇ……」
「流石はボウケンジャーの皆さんですね」
牧野もそれを認めてパチパチと軽く手を叩く。
「なんだか菜月だけ仲間外れみたい……」
頬を膨らませる菜月の肩を蒼太が叩く。
「何言ってるの。菜月ちゃんが最後に解りやすく纏めてくれて助かったよ、僕」
「大体はブルー君の推理通りだ。サージェスにも色々あってね、君達を利用して済まなかった。私がブラック君に指示したんだよ」
結局はシグナムとヴィータも、自分達も組織の都合に振り回されていた訳だ。ここで蒼太が明らかにしていなければ知らないままだったかもしれない。
そんな状態じゃ本当の冒険なんて出来はしない。
「彼女達の組織について……話しておくかい?」
ボイスに対して菜月と蒼太は同時に首を横に振る。その顔には笑顔が浮かんでいた。
「影で調べるのは止めたって言ったでしょ?フェアじゃない」
「必要ならシグナムさん達もいつか話してくれるよ」
あの二人なら自力でそこに辿り着くだろう。それは全く理論的な根拠のない伊能真墨の勘に過ぎないが。
「ブラック君もそう言っていたよ」
いつの間にかモニターのボイスは笑顔になっていた。

牧野は今度は解毒について調べれる為にサロンを去った。ボイスの姿もモニターにはない。
サロンには真墨と蒼太、菜月のみが残った。
「でもさ、いつもの真墨ならこんなこと嫌がるんじゃないの?」
そうだ、真墨ならこんな役回り指示されてもやらない。
「まぁな……。いつもなら蹴ってただろうな」
ようやく真墨が少しづつ、ゆっくりと話し出す。
「テスト……だろ?」
蒼太は長々と説明して疲れたのか、いつもの椅子に座って真墨を見ている。
「ああ、俺達が逃げる為に盾にしたって言った時に、どう反応するかを見てたんだ」
二人とも凄く――凄く怒っていた。そして悲しそうにしていた。
「もしも何とも思わないような奴らなら、ボウケンジャーとして認める気は無かった」
でも、それだと気付かないまま、誤解したまま辞めてしまうかもしれないのではないか?
「そこまで頭が回らないようなら同じだ。解ってて気に入らないならそれも仕方ない。
明石も俺達に意地の悪いテストをしただろ?俺ならあいつらのどこを見るか……そう考えたんだ」
「真墨ってホント不器用だね」
「そうそう蒼太。水臭いよ?」
菜月は真墨の頭をポンポンと軽く叩く。一人で生きてきた切れ者の冒険者ながら時々子供みたいに思えるから不思議だ。
明石然り、案外冒険者とはそんなものかもしれない。
「うるせえんだよ、お前らは……」
真墨は鬱陶しそうに手を振り払う。
一人で嘘を吐いて、怒りとぶつけられて、それを背負い込んでいる――彼は昔から変わらず不器用な人間だった。
一人で突っ走ることのある明石とは違う危うさがあるが、それでも彼はボウケンジャーのチーフだ。
蒼太も、きっと映士もそう思っているだろう。

三人は心地良い沈黙に、暫しの休息を感じていた。
だが、程なくしてそれは牧野によって破られる。
『街でジャリュウ一族が暴れています!すぐに向かってください!』
「了解!二人に連絡は?」
『正直、戸惑っている様子でしたが……』
隣を見ると既に菜月と蒼太も立ち上がっている。
迷っている暇は無かった。サージェスと彼女達の組織――お互いに警戒しながらも協力せざるを得ない事態。
新たに生み出された邪悪竜とカースを操るもの。
何かが起ころうとしているのは間違いない。
「あいつらは行ってると思うか?」
「うん!真墨もそう思ってるんでしょ?」
「あんまり女の子を待たせる訳にはいかないんじゃない?」
たとえサージェスと彼女達の組織が知らないところでどう動こうと、自分のするべきことは変わらない。
それがボウケンジャーだからだ――明石ならきっとそう言うだろう。
真墨が指を弾いて号令する。
「よし、俺達"も"急ぐぞ!ボウケンジャー、アタック!!」

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最終更新:2007年09月01日 10:28