サージェスのサロンには菜月、蒼太、ヴィータ、シグナムの四人が揃っていたが、誰もが沈痛な顔で俯いている。口を開く者はいない。
山を降りてすぐに石化した少年は、映士の救急車ビークル、『ゴーゴーエイダー』によってサージェスの研究所に搬送された。
「真墨が子供を盾にして逃げるはずないよ!きっと何か理由があるもん!」
シグナム達に菜月はそう言った。
それは蒼太も同じだった。真墨は明石からチーフの地位を継いでから立派にミッションを遂行している。
明石とはスタイルが異なる彼だが、自分の為に子供を犠牲にするなどあるはずがない。
あるはずはないのだが――。
シグナムとヴィータは、確かにボウケンブラックが少年を盾にしたのを見たと言う。ボウケンブラックこと伊能真墨が。

だが、蒼太と菜月は、シグナムとヴィータが嘘を言っているとも思えなかった。菜月は純真さ故に二人を信じていたし、蒼太にとっても二人が嘘を吐くメリットが見当たらない。
彼女達はサージェスヨーロッパから来たと言われていた。サージェス程の組織が、ネガティブのスパイを見抜けないだろうか?
そして何よりも大事なこと。それは蒼太も菜月も二人を信じたいのだ。
不思議なプレシャスの話に目を輝かせたヴィータを、自分だけの宝を探し求めていたシグナムを。彼女らの冒険への情熱を。

シグナムとヴィータもそれが解っている。二人の気持ちが解るから沈黙している。
でなければ、この場でボウケンジャーを厳しく糾弾していただろう。
シグナムとて、自分の目を疑ったくらいだ。
ボウケンジャーは自分の考えていたような連中ではなかった。彼等も人々を守る為に戦っているのだ。
そう、考え始めていたのに。
伊能真墨と高岡映士はまだ戻っていない。連絡も無かった。
結局は彼の口から語られるのを待つしかない。解っていながらも心の中では不安と疑念が渦巻き、焦燥感は膨れ上がっていくのだ。
それは伊能真墨が戻り、同時にMr.ボイスが叱責に現れるまで続いた。

――命懸けの冒険に今日も旅立つ者がいる。
秘かに眠る危険な秘宝を守り抜く為に、あらゆる困難を乗り越え進む冒険者達――

轟轟戦隊ボウケンジャーVS魔法少女リリカルなのは
ExtraTask 03  新たなる冒険者

「たく、どうなってるんだろうなぁ……こりゃあ」
高岡映士は一人ごちた。それは研究所を出てすぐのこと。
真墨からは単独でジャリュウ一族――というより、邪悪竜バジークを先に追えと言われた。

「おい!俺様があいつらに言わなくていいのかよ!真墨!」
「必要無い。そんなことよりお前は奴を探しててくれ」
それを聞かされた時、映士はそれに逆らった。
彼はきっと、何も言い訳をしようとしないだろう。そういう男だ。
「けどよ!新入り共が――」
「いいんだよ、そんなことは!ともかくアイツはバジリスクの瞳の力を手に入れた。
俺は一度サージェス帰って対策を練るから、お前は先に行け。ただし一人では仕掛けるなよ」
「ちっ……わかったよ」
自分のことよりもミッション優先。いつの間にかチーフらしくなったものだ。
だが、映士はそんな真墨に明石暁には無かった危うさを感じずにはいられなかった。
明石はいつだって冒険を楽しむことを心の片隅に秘めていたから。
今の真墨にはそれがあるのだろうか――。
映士には、その後サージェスで繰り広げられる光景が容易に想像できた。

そしてもう一つ、ユーノ・スクライアの存在。
教えた寺に彼を追って行ってみたものの、寺にユーノの姿は無く住職の老人が一人眠らされているだけだった。
そして彼に教えたプレシャス――『百鬼夜行絵巻物』も奪われていた。
住職は薬で深く眠っていたので、彼を隠して先に孫の少年を探していたところで戦闘に出くわしたのだ。
「まさか……あいつが?」
そう考えると辻褄が合わなくもない。アシュを封印した神器を知りたがっていたことも怪しい。
それでも気に掛かる。アシュを知ったところであいつに何の得がある?
それにあの神器はアシュを深く知る者にしか扱えない。
いや、それでも考え付く理由は幾らでも出る。疑問も疑念も尽きない。
「いや……そんなはずはねぇ」
それでも確かなことはある。彼もまた、未知の世界に瞳を輝かす者のはず。未知の術と聞いて、居ても立ってもいられずに駆け出した彼――。
「あれは……あの眼は"冒険者"の眼だ」
映士はそれを信じたかった。

「答えろ、伊能真墨!子供を盾にするのが貴様らの冒険か!」
シグナムが怒りを露わにして叫ぶ。最初に真墨に食って掛かったのは彼女だった。
「言った通りだ。俺は全員の撤退を確実にする為に、あの子供を盾にした。そんな事態を招いたのは俺のミスだ」
「そんな!嘘でしょ、真墨!?」
菜月が真墨の腕を掴んで揺さぶる。
と、背後からバンッ!と机を叩く音が聞こえた。
「……」
ヴィータが黙って真墨を睨んでいる。
真墨は何も語ろうとはしない。弁解をしないのはそれが真実だからなのか。
「そうか……。ならば、もう何も話すことはない……」
シグナムがそう言ってサロンを出て行く。声の冷静さに反してその表情は苦渋に満ちていた。
――信じたかった。何か理由があるはずだと。子供を盾にするような外道ではないと。
「行くぞ、ヴィータ」
ヴィータも悔しそうに歯を噛み締めていた。シグナムと一緒にサロンを去る彼女は最後に一度、菜月を哀しそうに振り返った。

薄暗い遺跡の中、鶏冠に似た襞を頭に付けた邪悪竜が暗闇に向かって話しかける。
「貴様の言う通りにバジリスクの瞳を手に入れた。しかし……」
その眼は金色の光を放っていた。
「貴様は俺にこんなものの在り処を教えて、何が目的だ?確かに貴様には世話になった。だがジャリュウ一族の復活に手を貸して、貴様に何の得がある?」
暗闇から声が響く。重く低く、しかしはっきりと通った声だ。
「勿論、私にも得はある。私の目的はサージェスやボウケンジャーなど問題にならない程大きいのだ。君達の手で彼らを始末してもらえると私もそれに専念できる。これは相互利益の為なのだよ」
バジークは表情が読み取りにくい爬虫類めいた顔を、それでも明らかに不快そうに歪めた。
こいつはジャリュウ一族を駒程度に思っているのだ。そしてリュウオーン亡き後、ジャリュウ一族を統べるべきである自分を。
「それを信用しろというなら、顔くらい見せたらどうだ?」
「せっかくだが、君の瞳に見つめられるのは少々気恥ずかしいのでね。今は信用してくれとしか言えない。」
バジークは憎憎しげに眼を輝かせる。金色の魔眼を以ってしても、見えない相手を見ることはできない。
この声と対するのは初めてではなかった。ふざけた受け答えに、最初はその暗闇に踏み込んでやろうと思っていた。
だが、暗闇の先に歩を進める度に背中を怖気が走る。
――危険だ。ジャリュウとしての本能が、この身に宿るバジリスクが全力で警鐘を鳴らしてくる。
結局、それ以上は進むことができなかった。
「いいだろう。貴様の言うとおりにするのは癪だが、俺がボウケンジャーに引導を渡してきてやる。ただし――」
バジークは背を向けて歩き出す。
「それが済めばその顔を拝ませてもらうぞ」
捨て台詞を吐きながら、やがてバジークの姿が完全に見えなくなる。

「自分を作った者が誰かも知らずにいい気なものだ」
暗闇の声は誰にともなく呟く。
「管理局も異変を察知して動き出したか……」
百鬼界がこじ開けられようとしているなら、この世界に目をつけるのは当然。
それでも派遣した捜査員が二人程度ならば、奴等はまだ何も掴んでいないのだ。
「まぁいい。無能な管理局に何ができる……。ガイやレイを倒したとはいえボウケンジャーも辺境の猿に過ぎない」
暗闇から溢れた笑い声が、誰もいない空間に谺した。

サージェスを飛び出したものの、行く当てのあるはずもない。ヴィータとシグナムはとぼとぼと街を歩いていた。
「なあ、シグナム……。どうしてはやてはあたし達を選んだんだ?」
もう何度目になるだろう。何度も何度も自問自答を繰り返した。
それでも答えは出なかった。ずっと考えていると、そのうちに不安と迷いが湧いてきて――。
今また口に出して尋ねてしまった。
武装隊としての任務しかしたことのない自分達を、捜査官である主が潜入捜査に選んだその意味を。
「さあな……」
訊いたところで彼女にもわかるはずなどないことは解っていた。
ボウケンジャーとして行動していれば必ずアシュと百鬼界に繋がるはずだ。
そうはやては言っていた。
おそらくはやても調査の任に当たっているのだろう。
かつて管理局の協力もあって高岡一族がようやく次元の狭間に封印したアシュ。たった数人でさえボウケンジャーを苦戦させた化物が溢れ出そうとしている。
それなのに、本当に自分達はこんなところにいていいのだろうか?

数年前に自分達は主はやてを守り、主と共に生きると誓った。その想いは少しも変わっていない。
嘱託魔導士となってからは任務で一緒にいる時間は少なくなったが、それを苦に感じたこともほとんどなかった。今の主に常にべったりと付いて守る必要も無いし、離れていても家族であることに変わりはない。
それに嘱託になれば主の罪も軽減されるし、彼女の「ロストロギアの悪用を防ぎたい」という想いを守りたかった。
そう思えたから管理局の仕事にも誇りを感じられたのだ。何よりも、それはシグナムを含む守護騎士全ての総意でもあった。
だが、今はどうだろうか?
主の下を離れ、突然サージェスに放り込まれ、ボウケンジャーとなった。
短期間で訓練をこなし、知識を身に付けても、結局は何もできずプレシャスを奪われた。それだけでなく、一人の少年の命を今も危機に晒している。
あの時の真墨に対する怒りは、無力な自分への怒りでもあったのかもしれない。
真墨の行動は腑に落ちない。それでも、それに救われたのもまた事実なのだ。
自分自身、それが一番許せなかった。
「魔法を使うことができれば……」

――せめて魔法が使えれば。
シグナムが呟いた言葉はヴィータにも届いた。
確かに魔法を使うことができれば、あの時遅れを取ることもなかった。少年を危険に晒すこともなかっただろう。だが、
「それができりゃあ最初からやってるさ……」
これは潜入任務だ。あくまでサージェス・ヨーロッパからの命令で派遣された新人を装わねばならない。
誰が、何の目的で百鬼界を開こうとしているのかわからないのだ。魔力反応が伝われば管理局が関わっていることを知られてしまう。
それに、管理局はサージェスにも完全に気を許した訳でもないらしい。この世界のプレシャスの大半を掌握している上に、高岡映士もいる。云わば最もアシュに詳しい組織だ。
協力を要請する為に一部の者は真実を知っているが、どこから情報が漏洩するかわからない。はやてからも固く禁じられていた。
自分の本来の姿で戦うこともできず、信頼できる仲間もいない。
はやてを補佐することもできない。
かといって、任務を放棄することなどできるはずもない。そんなことをすればはやてが責任を問われ、何よりもはやての信頼を裏切ることになってしまう。
「あたし達は――」

――どうすればいい。
多分そう言おうとしたのだろうが、ヴィータの言葉は腕のアクセルラーへの通信によって遮られた。
通信から聞こえてきたのは牧野博士の声。
「ジャリュウ一族が街を破壊しています!君達の位置が一番近い。すぐに向って下さい!」
「いや、私は――」
何か言おうとしたシグナムだったが、有無を言わせず牧野は必要事項のみを伝え、通信を終了させてしまった。
――私は何を言おうとしたのだろうか……。
考える間もなく遠くから爆音が響いてきた。続いて次々に近づいてくる悲鳴。
瞬間、シグナムとヴィータの身体が反応する。目線を落とすと、二人の足は自然と爆発の方向へと向いていた。
――ああ、そうか……。
自分が大事なことを忘れていたことに気付く。
サージェスが何者であろうと、管理局の意向がどうであろうと――。
自分達が迷おうと、迷うまいと――。
プレシャスを奪ったネガティブは今、街を壊し、誰かを傷つけているのだ。
今はわからないことばかりでも、為すべきことは身体が知っている。
後はそれに従うのみ。

「行くぞ!ヴィータ!」
言うが早いか爆音に向かって駆け出す。
「おうっ!」
答える彼女も既にシグナムの横を走っている。
――きっと主が我々に望んだ在り方とは、たとえ主から離れようとも、騎士として魔法を行使することを封じられたとしても!
――その程度のことで存在意義を見失うようなものではないはず!『力』を失ってしまうようなものではないはずだ!
ここは主と家族が住む世界。それを壊す者とは戦わなければならない。
それは任務ではなく、使命であり誓い。
そして自分達は、今はまだボウケンレッドでありボウケンピンクなのだ。それを果たさなくては、
そしてそう在る理由を見出さなければ彼女に会わせる顔がない。

二人はアクセルラーを握り締め、走りながら力強く左腕を突き出す。
「レディ!」
肩から突き出した拳に向けてアクセルラーのタービンを滑らせる。
「ボウケンジャー、スタートアップ!!」
眩い光に包まれ、アクセルスーツの胸にボウケンジャーのエンブレムであるコンパスが刻まれる。
それは彼女達の行くべき道を指し示しているようだった。

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最終更新:2007年09月01日 10:26