魔法少女リリカルなのはStrikerS――legend of EDF――"mission1『遭遇』"

 どこまでも暗く、先の見えない地下道。
 ノーヴェはウェンディと共に洞窟の中を進んでいた。
 道は一本道で迷うことはないが、内部は肌寒さすら感じる冷気が充満し、得体の知れない悪寒が背筋を走る。

「なんかここ気味悪いッスね。早く任務終わらせて帰りたいッスよ……」
 後ろから聞こえた気だるそうな呟き。振りかえるとウェンディがライディングボードの上で胡座をかいていた。
「うっせーぞウェンディ。愚痴ってる暇があったら索敵と警戒に集中してろ」
「やってるッスよ。ノーマルセンサーにも赤外線センサーにも反応無し。今の所は危険な兆候はないッスよ」
「ふん、ならいいけど」
 ノーヴェも視線を戻して周囲を警戒する。
危険はないと言われたものの、いつ得体の知れない化け物が、あるいは管理局の人間が現われるかわからないのだ。
アジトへの通信もなぜかこの洞窟では繋がらない。自然と拳に力が入り、いつも以上にイライラが溜まっていく。
「こんな任務はガジェットにやらせりゃいいのによ……」
「忘れたんスか? そのガジェットが全滅したから私らが派遣されたんッスよ」
「……そうだったな」
 ノーヴェは苛立たしげに舌打ちした。
 二人の任務はこの洞窟のある第九十管理外世界のちょっとした調査だった。
 先日、小規模次元震が確認された『レリック』があるかもしれない程度の不毛の世界。
 最初はガジェットを投入するだけで事足りると思っていたが、今朝方この世界に送り込んだガジェットI型が全機未帰還となったために急遽二人が派遣されることになったのだ。
 ノーヴェは、きっと先に調査に来た管理局の奴等がやったのだろうと仮定し出撃したのだが、未だに誰とも遭遇していない。
 今、ノーヴェ達は次元震が起きた場所のすぐ近くにいる。ガジェットはこの辺りまで来たらしいが、まだ一機も見つからない。
 警戒しながら先へ進む二人に対し、異変は思わぬ形で現われた。

「……ん?」 
 ひやりと冷たい風が頬を撫でる。同時に鉄錆のような匂いが鼻をついた。
 この匂いはなんだ? それにここは地下だぞ。だったらこの風は一体……。
 風も匂いもこの先から流れてきているようだ。
「ノーヴェ。これってもしかして……」
「言うんじゃねぇ。さっさとついて来い」
 ガンナックルを構え、ノーヴェは敵の気配を窺う。
錆の匂いは進むごとに強くなっていく。そして、二人は洞窟の最奥へと辿りついた。
目の前に開けたのはだだっぴろい空間だった。輸送ヘリなら三十機は収まりそうな球状の空間。
見上げてみると、そこには巨大な丸い物体が突き刺さっていた。形状から考えるに、何かのキャリアーのようだ。そして地上には……。 

「なっ……なんなんッスかこれは……」
 ウェンディが信じられぬ光景に息を呑んだ。
それはまさに地獄のような光景だった。
地面に散らばっているのは無数の肉片。おそらく、先に来た管理局の調査団であろう。
二十人以上の人間が、腕をもがれ、足を千切られ、体中を引き千切られて臓物を撒き散らし、皆が皆、苦悶の表情を浮かべて絶命している。
そして、ガジェットと思しきガラクタもそこいらに散乱し、白濁した煙を上げていた。
二人の鼻腔にようやく鉄の匂いが届き始める。

「ノ……ノーヴェ……あの……これ……」
「うるせぇ! アタシに聞くんじゃねぇ!」
 ノーヴェは怒鳴って平静を保とうとしたが、体の震えは止まらない。
彼女も戦場に何回かは赴いたことはある。しかし、こんな虐殺とも呼べる光景を見るのはこれが初めての経験だ。
二人は恐怖で身が竦んだ。沈黙が続く。
しばらくして、意を決したのか、ノーヴェが白煙を上げるガジェットに近付いた。
ガジェットは原型を止めぬほどに溶かされ、触ってみると装甲がクリームのように流れていく。
初めは管理局とガジェットの相打ちかとも思ったが、管理局にガジェットをこんな風に溶かせる魔法があるとは聞いていない。
それにいくらガジェットでも人間をあれほど残虐に殺せるわけがない。
ノーヴェは振りかえると、未だに震えているウェンディに尋ねた。

「なあ、なにをどうすれば、ガジェットがこんなドロドロに溶けると思う?」
「わ、わかんないッスよ。どんなに強力な酸を掛けられても溶けることはないってドクター言ってたし……」
 ウェンディが搾り出すように言った。ノーヴェは頷き、ガジェットに視線を戻す。
この洞窟には『何か』がある。今はなくても『何か』があった。しかも、とてつもなく危険な『何か』が。
それが何かはわからない。でも、これだけはわかる。ここはヤバイ。ここにいると危険だ。
一刻も早くここから出ないと。ノーヴェは立ちあがるとウェンディに合図を送った。
……しかし、それは遅すぎる決断だった。

 初めは、洞窟を風が吹きぬける音だと思った。
音がやみ、また、キィキィと鳴り、音はだんだん近づいてくる。
ノーヴェはそれが風の音ではないと確信した。
「ウェンディ、後ろを守れ」
「わかったッス」
 二人は背中合わせになって周囲を警戒する。
音は、二人か通った道から聞こえてくる。ノーヴェが冷や汗を拭うことなく、ガンナックルを向ける。
そして、そいつは現われた。
それは、巨大な黒蟻だった。
全身を覆う真っ黒な毛。大型バスのように巨大な体格。無機質な複眼がじっと二人を見詰め、
まるで『いい獲物を見つけた』と笑ったかのように、顎をがちがちと開閉する。
蟻は二人に真っ直ぐ迫ってくる。

「うちのガジェット壊したのはてめぇか!?」
 ノーヴェが声を荒げて蟻に問う。
すると、蟻は立ち止まり、それに応えるかのようにノーヴェに腹の先を向けた。
そして、向けられた腹の先から赤い液体が勢い良く噴き出した。
「っ! ウェンディ避けろ!」
 二人は同時に飛びのいた。蟻が発した赤い液がガジェットの残骸にかかり、残骸はドロドロの液体に変わっていく。
 ノーヴェは目を見開いた。やっぱりガジェットを破壊し、調査員を皆殺しにしたのはこいつだったのだ。
「へっ……上等だ!」
 ノーヴェは強酸を避けながら蟻に向けて怒鳴る。
「退がっていろ。こいつはアタシがやる」
ノーヴェがウェンディに告げる。そして、固有武装ジェットエッジを起動。
放たれる強酸を避けながら蟻に向かって真っ直ぐに突っ込んでいく。
相手の攻撃はワンパターンで、バカみたいに強酸を放つのみ。
ノーヴェはあっというまに懐に潜りこむ。蹴りの体勢を取りつつジェットエッジのブースターを点火。

「うぉらああああ!!」
 絶叫と共に蹴り上げられた右足は爆発的な加速に助けられ、蟻の顎下へと吸いこまれていく。

 勝負は一瞬でついた。

 至近距離から戦闘機人の重い一撃をくらった蟻は、おびただしい量の体液を撒き散らしながら宙を舞う。
打撃の当たった瞬間で砕けた外骨格は、その形状を刃物のように鋭利なものとし、
衝撃によって体内を縦横無尽に駆け抜け、己が肉を引き裂き、突き抜け、その結果として花火のように中身をぶちまける。
そして、蟻は緩やかに弧を描きながら、地面に二度、三度、派手に叩きつけられた。
返り血で全身を赤黒く染めたノーヴェが蟻の前で足を止めた。
目の前には頭をつぶされ、この世への未練といわんばかりに足をばたつかせている蟻の残骸。
数秒後、蟻は数回、ピクンと痙攣すると、それっきり動かなくなった。

「……終わったか」
 盛大に溜息をつき、ノーヴェはその場に座りこんだ。
「ノーヴェ! 怪我はないッスか!」
 戦いを見守っていたウェンディが駆け寄ってくる。
「ああ、別にどうってことはねぇよ」
 ノーヴェは無表情にウェンディを見上げた。
蟻の鮮血を頭からかぶっているが、全くの無傷。強酸はおろか、染み一つついていない。
「それにしてもなんなんだよこいつは」
 ノーヴェが憤然として吐き捨てた。
「たしかに酸は強力だろうけど、攻撃はワンパターンだし、蹴り一発で吹っ飛ばせるほど脆いし、くそっ、いらん労力使わせやがって」
 やがて、ノーヴェは立ち上がった。砂のついたお尻を軽く払う。
「ウェンディ、そろそろ帰るぞ……」
 ほとんど独り言のように呟き、踵を返す。
「あ、うん。でもレリックはどうするッスか?」
「そんなもんまた後で探しにくりゃ良いだろ……アタシらだけじゃ危険だ」
 蟻がこいつだけとは考えにくい。一匹だけならまだしも集団で襲いかかられたらさすがの自分でも危ないかもしれない。
だとしたら、この任務は二人だけでは荷が重い。ここは、一度アジトに戻ってもっと大勢で来た方がいい。
そう考えつつ、ノーヴェは来た道を戻ろうと……。

――小さな噴出音

 ノーヴェは、とっさに飛びのきこの奇襲をなんとか避けた。
しかし回避の際、わずかに跳ねた赤い液が左腕に付着。
「っあああああああああああッ!」
 左腕に今まで感じたことのない激痛を感じ、悲鳴を上げてノーヴェはその場に倒れこむ。
 ジュウッと肉の焼けるような音が上がり、抑えた手の間から白煙が立ち昇る。
「ノーヴェ! 大丈夫ッスか!? しっかりするッス!」
 狂い悶えるノーヴェをウェンディが抱きかかえる。
 抑えていた右手をどけて傷口を確認すると、スーツはおろか、肉が溶け落ち、あらわになった強化骨格が火花を上げている。
(しまった……油断しちまった…)
 ノーヴェは脂汗をかきつつ眼前の岩壁を見上げる。
張り付いていたのはもう一匹の巨大な黒蟻。
それだけではない。壁の間から、天井の大穴から、洞窟から、ありとあらゆる所から蟻が這い出し、二人に向かってくる。
その数、ざっと三十以上!

(はは……なんだよこりゃぁ……)
 ノーヴェは自嘲ぎみな笑みを浮かべる。
その間にも蟻の数はどんどん増えている
ノーヴェは自分の遅すぎる決断と甘い考えを心底後悔した。
黒色の悪魔は二人を包囲し、じりじりと輪を狭めていく。
ガンナックルを突き出し黒蟻を牽制する。 ウェンディも射撃体勢を取って蟻を睨みつける。
なんとか戦うことは出来そうだが、左腕は動かず、長時間の戦闘はできそうにない。
しかし、自分にはまだやるべきことが沢山あるのだ。こんなところで蟻の餌になるわけにはいかない。
もはや絶望的な状況にも決して諦めることなく、二人は固有武装を蟻の群れへと向ける。

「ウェンディ、ここから逃げるぞ。出来るか?」
「ちょっと厳しいけどやるしかないッスね。そっちこそ大丈夫ッスか?」
「なめんじゃねぇよ。こんくらいの傷どうってことねぇよ?」
「無理しないで……とは言えねぇッスね。さっさと逃げてみんなの所へ帰るッスよ」
「おう!」
 蟻達が立ち止まり、一斉に腹を向ける。
赤い雨が降り注ぐ中、二人は腹の底から声を張り上げ、エネルギー弾を乱射しながら突撃していった。

――

 彼が目を覚ましたのは闇の中だった。
ここはどこだろう。おかしい、自分は東京で『星舟』と戦っていたはずだ。
なのになぜこんなところに? たしかあのとき……。
彼はなぜここにいるのか思い出そうとしたが、まったく思い出せない。
まるで頭の中に深い霧がかかっているようだ。
周囲は相変わらずの暗闇だ。
彼は自身の失明を疑ったが、次第に目が闇になれ、周りの様子がわかってきた。
ここはどうやら洞窟の中のようだ。
ごく普通の鍾乳石が至るところに存在し、地下世界を飾っている。
彼は本部との交信を試みた。
しかし、通信装置は砂嵐のような音を繰り返すだけで、まったく繋がる気配はない。

 ふと、彼の耳に銃声のような音が届いた。爆発音も聞こえてくる。
彼は肩で息をしながら、バイザーに映るレーダーで辺りを窺った。
レーダーに白と赤の光点が映っていた。白はEDFではない動体反応――要するに他の軍隊か民間人だ。
そして赤は奴等――敵の反応。赤はざっと三十ないし四十匹はいる。
『極めて小規模』の戦闘だ。そして、それらは徐々に近づいてくる。
彼はゆっくりと体を起こし、壊れかけのライサンダーZを支えに立ちあがろうとした。
途端に頭からつま先にかけて物凄い痛みが走った。
もはや生きているのが不思議なくらいだ。
それでも彼は立ちあがり、音がするほうへ視線を向ける。
苦戦しているようなら助けないといけない。こんな体でも援護射撃くらいはできるだろう。
奴等がこの『地球』にいる限り、どんなときでも戦いをやめない。それがEDFなのだから。

そして彼は歩き出した。傷だらけの体で、力強く、堂々と。


To be Continued. "mission2『戦士達の邂逅』"

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最終更新:2007年09月07日 10:22