魔法少女リリカルなのはStrikerS――legend of EDF――"mission3『傷だらけの英雄』"
「ストーム……1……?」
「そうだ。お前を助けに来た」
『ストーム1』と名乗った兵士は振り返らずに言った。
こいつは何者だ? 二人の危機に流星のごとく現われ、今もノーヴェをかばうように佇むこの兵士。
こいつが言った『連合地球軍』も『ストームチーム』もノーヴェは聞いたことがない。
それにこいつの装備はどう見ても質量兵器。管理局の者でもない。
だったらこの世界の軍隊? それこそありえない。ここには知的生命体はおろか、小動物もろくに存在しないはずだ(デカイ蟻はいたが)。
ならこの兵士は一体……いや、そんなの今はどうでもいい。こんなズタボロの兵士が一人来たくらいで状況が好転するものか。
頭の中がガンガン痛む。暑くもないのに汗が止まらない。恐怖で今にも吐きそうだ。
ちくしょう。アタシもウェンディもここで……そんなの、嫌だ。そんなの絶対嫌だ!
ノーヴェの心がだんだん絶望一色に染まっていく。
混乱から立ち直った数匹が、奇声を上げて突っ込んでくるのが見えた。
地面を震るわせ押し寄せる黒い激流。それでもストーム1はたじろがず、昂然と胸を張っている。
次の瞬間、蟻が放った強酸が、視界を埋め尽くすほどの束となってストーム1に襲いかかった。
――やられる!
ノーヴェの頭にどろどろの肉塊にされたストーム1の姿が浮かび上がる。
全てのものを瞬時に溶かす無慈悲な赤い雨。それはストーム1を直撃する……はずだった。
ストーム1は身を屈めて第一撃をかわすと、正面の一匹に向けて引き金を引いた。
目もくらむようなマズルフラッシュが閃き、銃口が凶暴な唸りを上げる。
蟻の額に風穴が空き、パッと血飛沫が飛び散った。
ガチッと音を立てて薬莢排出。レバーが引かれて次弾装填。
なおも降り掛かる強酸の隙間を縫うように動き、さらに二発目、三発目。
轟音と共に撃ち出された弾丸は、襲ってくる蟻だけを確実にいく射抜いていく!
蟻の体が、無数の欠片となって地面に落ちる。蟻の鮮血が、闇の中でキラキラ光る。
たった一人なのに。全身ズタボロのはずなのに。
敵の攻撃はストーム1を捕らえられず、ストーム1の攻撃は確実に敵の数を減らしていく。
負傷をものともしない素早い動き。攻撃の速さ、正確さ、無駄の無さ。しかも、こいつは魔法を一度も使っていない!
蟻の体液の臭いだろうか、鼻を摘んでも防ぎきれないほどの悪臭が立ち込めてくる。
そのとき、ストーム1は蟻に背を向け、いきなりこちらに駆け寄ってきた。
そのまま、ノーヴェを抱きかかえたと思うと、二人一緒に壁の穴へ転がり込んだ。
「え……あっ……ちょ……え……?」
困惑していると、彼女のすぐ側を赤いものがかすめて、今までいた場所にばしゃっと降りそそいだ。
ノーヴェの目の前で、岩壁が白煙を上げてぐずぐずに崩れていく。
ストーム1はノーヴェを放すと腰を下ろし、無言で弾をリロードする。
彼の隣に座り込んだノーヴェは、顔を上げる気力も無く、俯いたまま肩を上下させていた。
――正直ぞっとした。
もしも彼が気付いてくれなかったら、今ごろは酸をまともに被っていただろう。
体中を焼かれ、ただの肉と金属の塊になっていただろう。
そして自分もウェンディみたいに……ウェンディ!?
「おい。どうした? 大丈夫か?」
呆然としているノーヴェの肩をストーム1が揺さぶる。
「くっ……ちょっとどけっ!」
ノーヴェはストーム1を押し退け穴から顔を出した。
視線の先、そこにあったのは、こちらの様子を伺う蟻の大群。そして、そのど真ん中で無残に横たわる妹の姿!
「ウェンディが……ウェンディが……!」
思わず飛び出そうとしたノーヴェをストーム1が片手で掴んだ。
強引に穴の中へ引き寄せ、顔を自分に向けさせる。
「顔を出すな。死にたいのか」
あくまでも冷静なストーム1の声。
「ウェンディが……ウェンディがあいつらの中に……! はやくあいつを助けなきゃ!」
ストーム1が穴から少しだけ顔を出し、じっと目を凝らして群れを見た。
「そうか、あれがもう一人の……だが、あんな状況では……」
ストーム1がチッと舌打ちを打った。
「なんだよ。お前、アタシにあいつを見捨てろってのか!?」
「少し落ちつけ。今のお前が行ってどうなる。その体では死にに行くようなものだぞ」
ノーヴェがぐっと言葉に詰まる。
ウェンディの周囲には十匹以上の巨大生物。立つことも出来ない今のノーヴェでは死にに行くようなものだろう。
それでも、たまにムカツクこともあるけれど、ウェンディはノーヴェの大切な仲間であり、姉妹なのだ。
あのまま見捨てるなんて出来る筈がない。だけど今のノーヴェでは助けられないのも事実。一体どうしたら……。、
そのときふと、彼女の頭に一つの案が浮かんだ。
自分は無理でも、もしかしたら、こいつならなんとか出来るんじゃないか?
理不尽な力に屈さないその姿。アタシを守るために戦ってくれたこいつなら……。
ストーム1は、じっと息をひそめている。ノーヴェは拳を握り締めた。
「なあ……あんたにたのみがあるんだ」
ストーム1がノーヴェの方へ視線を移す。
迷いを断ち切り、ノーヴェは己が願いを兵士へ告げた。
「あそこに倒れてるの、あれ、アタシの妹なんだ。あの……あんた、あいつを助けてやってくれないか?」
ストーム1の顔に苦いものが走り「なんだと……」と呟いた。その声が、やけにくぐもって聞こえた。
「お前の気持ちはわからんでもない。だがな、お前もあれを見ただろう。
あれだけの数に囲まれては、普通の奴じゃ、もう死んでるかもしれない。それでもいいのか?」
確かに普通の人間ではあれに襲われたらまず助からないだろう。そう、『普通の人間』なら。
「それなら大丈夫だ……」
ノーヴェが、傷を隠していた右手をどけた。
ストーム1の顔が少しだけ強張った。彼は見たのだ。
焼け爛れているのに、出血が常人よりもはるかに少ない左腕を。剥き出しになった機械の骨を。
「わかっただろ。アタシは……アタシ達は普通の奴よりちょっとだけ頑丈なんだ。あいつもまだ生きてるかもしれない。だから……頼むよ。
あいつを助けてくれよ。お礼もする。アタシが出来ることならなんでもするからさぁ……」
後半は涙声になってうまく言えなかった。涙を流して人に頼み込むなんて、これが最初で最後かもしれない。
彼は唖然としたまま答えない。もし、ダメだと言われたら、その時点でウェンディの命はつきる。
妹の運命はこの傷だらけの男が握っているのだ。無言の睨み合いが続く。
「お前の名前はなんと言う?」
ストーム1が沈黙を破ってノーヴェに聞いた。
「……ノーヴェだ」
彼は「そうか」と呟き、ゆっくりと目を伏せた。
「ノーヴェ、お前が一体何者なのかは今は聞かない。だが、二つだけ答えてもらう。まず一つ目だ。お前の体はどれくらい動く?」
「左腕と右足以外は動く。でも、武器は全部いかれちまった」
「なるほど、それでは二つ目だ。お前はさっき『なんでもする』と言ったな。あれは本当か?」
「……ああ」
「わかった。ならば……」
ストーム1はリロードが終わったライフルと、なにかのスイッチを掲げて――
「ノーヴェ、お前は今だけ俺の相棒になれ」
ノーヴェに投げ渡した。
「え……えっ?」
なにがなんだかわからず、二つを受け取った。ノーヴェにストーム1は続けた。
「いいか。俺の言うことをよく聞け。お前の妹……ウェンディとか言ったな。俺は今からそいつを助けに行く。
お前はここからその銃で俺を援護しろ。敵に当てようとは考えなくていい。とにかく撃ちまって足止めしてろ。
ウェンディを助け出せたら俺はあいつ等に『土産』を渡してくる。戻ってきたら合図を送るから、そしたら
そのスイッチを押せ。それで終わりだ」
「それ……だけ?」
「ああ。その体でも銃は撃てるだろう。うまくいけば、奴等を殲滅できて、俺も、お前も、妹も全員助かる」
ノーヴェは手元のライフルと『C70』と書かれたスイッチをぎゅっと握り締める。
立てない。歩けない。それでも這えば動ける。指が動けば引き金は引ける。
なるほど、武器さえあれば確かに戦える。
……かなりの無理をすることになるが。
「どうした? やっぱり出来ないか?」
ノーヴェは首を横に振った。
「そうじゃねぇよ。ただ、怪我人を戦わせるくらいならお前が銃持ってったほうがいいんじゃないか?」
「人一人を担いでくるんだ。銃なんてあったら邪魔なだけだ。それに奴等は武器の無い者に酸は使わない」
「なんでわかる?」
「当然だ。俺は、誰よりも奴等を知っている」
本当にこいつは何者なのだ? いや、今はこっちも聞かないでおこう。
今やらないといけないことはウェンディを助け出すことだ。
あいつはまだ死んでない。生きていると信じて。
「それはここについてるレバーを引かないと次弾が装填されない。それに普通のと違ってかなり反動が強いから気をつけろ。出来るな?」
「……当たり前だ。戦闘機人をなめんなよ」
彼は何も答えず、ただ頷いた。
頷き返したノーヴェは、絶望が蠢く闇を見た。その視界を数匹の蟻と、何条もの紅の強酸がよぎる。
「……援護はまかせろ。お前には当てねぇからよ」
ストーム1は頷く同時に、壁の穴から飛び出した。
最終更新:2007年09月27日 16:22