――
 ウェンディは生きていた。
 地面に倒れ、右腕が奇妙な形にねじくれ、両足が膝の所から折れ曲がり、右脇腹がごっそりと削ぎ取られていても、
ウェンディは死なずに、ぼんやりと天井を眺めていた。
 全身が痺れて動かない。スーツは血まみれ、地面も血まみれ。止まらない出血が赤い水溜りを広げていく。
 先程まで彼女を取り囲んで嬲りものにしていた蟻は、後退してまったく近寄ろうとしない。
きっと自分が生き絶えるのを待っているんだ。ウェンディはそう思っていた。

(私……ここでもう終わるんッスか?……このまま蟻のご飯になっちゃうんッスか?……)

 ウェンディの脳裏に姉妹の姿が走馬灯のように浮かんでは消えていく。
ウーノ、トーレ、クアットロ、チンク、セイン、セッテ、オットー、ディード、ディエチ……そして、ここに一緒に来た姉、ノーヴェ。
ノーヴェは私を助けに来てくれるだろうか? 
でも、彼女も酷い怪我だ。もうやられてるかもしれない。
誰もいない。ウェンディと蟻しかいない。真っ暗な地の底。
誰にも助けられずに、誰にも看取られずに、このまま、独りぼっちで私は……死ぬ?

(やだ……そんなの……そんなのやだっス……誰か助けて……私を……助けて……)

 ウェンディの目から、大粒の涙がポロポロ溢れ出た。
 死ぬのは嫌に決まってるし、実際、顎で手足をへし折られた時や、
お腹をえぐられたときには、とてつもない激痛が走った。
常人ならそれだけでショック死できるほどの激痛だったが、戦闘機人ゆえか、即死はしなかった。
しかし、そんなのは苦しみが長引くだけでなんの救いもなかった。
今は、恐ろしい痛みも徐々に消えていき、代わりに、眠気のような虚脱感が彼女を侵食し始めている。
白く染まっていく視界。痺れすら無くなっていく体。
悲しみと恐怖に染められた心に光は無く、今のウェンディに出来ることは、死の恐怖に怯えながら、
起こるはずの無い奇跡を願い続けることだけだった。

 死ぬのは怖い。死にたくない。死にたくない。こんなところで独りで死ぬなんて――絶対嫌だ!

 もう何も見えない。何も聞こえない。体が冷たい。瞼が勝手に下っていく。

 いやだ……しにたく……な……い……だれ……か……たす……け……の……ヴぇ……し……に……た……く……

突然、ふわっと浮き上がる感覚を得た。
魂が天に昇っていくようなものじゃなく、誰かに力強く持ち上げられたような感じ。
体がゆらゆら揺れる。自分を包む、温かい感触。
その感触が、闇に溶けかかっていた彼女の意識をほんの少しだけ甦みがえらせた。

(誰かが……助けに……? ノーヴェっスか……?)

 ウェンディは重りの取れない瞼を開いた。
 そこにいたのはノーヴェではなかった。
ヘルメットに隠れた顔、割れたバイザーから見える鋭い目。
旧暦時代の陸軍兵士のような格好をした男が、自分を抱きかかえていた。
いきなり兵士が、すっと体を捻った。
その刹那、黒い影がウェンディの側をかすめて、頬に小さな痛みが走った。
黒い影は蟻の顎だった。
その痛みによって、ウェンディは正常な感覚を取り戻した。
そこで確認したことは、自分が無数の飢えた巨大蟻に取り囲まれていること。そして、自分はまだ助かってはいないこと。
獲物を取られ、怒り狂った化け物達が、二人に向かって自慢の顎を振り回す。
顎が何度も何度も体をかすめ、蟻の吐息さえも感じられる。
もしも兵士がやられたら、今度こそ彼女は食える部分を全て蟻に食いつくされるだろう。
当惑の表情が、あっという間に恐怖に染まってゆく。

「…………ぁ」
 本当に怖いとき、人は悲鳴すら出せないものなのか。
 ウェンディは、兵士の体にしっかりと抱きつき、涙と涎と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を押しつけていった。
そうしてぎゅっと目を閉じ、恐怖も不安も絶望も全部捨ててしまって、目の前の現実から逃れようとした。
けど、ダメだ。
目を閉じてしまうと、蟻の気配が、血の匂いが、かき乱される空気のうねりが敏感に感じ取れてしまう。
強化骨格をも捻じ曲げる強力な顎が、自分を噛み砕こうと伸びてくる。
そう思うと、もうダメだった。
頬が濡れ、眼孔が湿り、怯えきった心臓が恐ろしい早さで鼓動を刻む。
ウェンディは自分を抱く腕の中で、体をガタガタと振るわせる。


「……怖いのか?」
 兵士は蟻の攻撃を避けながら、ウェンディに向かって訊いた。
「こわい」
 ウェンディは歯を鳴らしながら答えた。
「こわい……いや……いたい……ちが……いや……たすけて……おねがい……わたしを……たすけて……」
 ウェンディが、嗚咽を漏らしながら顔を上げた。
兵士はしばらくウェンディの顔を覗き込んでいたが、すぐに目前方に戻した。
それから、無表情のまま涙を流し続ける彼女の体をキュッと軽く抱きしめた。
突然のことに彼女は少し戸惑ったが、そのまま彼に身を任せていた。

それは、

『お前は死なない』『必ず助ける』

と勇気づけてくれているようで、体の中を暖かい何かが流れて通っていくのを感じた。
この暖かさが、ほんの少しの抱擁が、体の震えを抑えていき、そして、消し去っていく。

「信じて……いいんっスか?」
 兵士は答えず、腰から何かを落としながら蟻の中を駆けていく。
 落とされないように、ウェンディは兵士の体にしがみつき、大きく息を吸った。
 彼の体に染みついた血と硝煙の匂いが鼻腔に届く。
 嫌な感じはしない。彼女はこの体を絶対に離すまいと強く掴み、空気を何度も何度も吸い込んだ。

 すぐに蟻の奇声が、顎が空気を切る音が戻ってきた。
兵士の洗い息遣いも、自分の心臓の鼓動も、重い銃声も。
絶望は続いている。確実に続いている。
それでも、不思議とウェンディの中の死への不安は軽いものだった。
自分を大事に庇ってくれる名も知らぬ兵士。彼が誰なのかはわからない。
でも、彼がいれば大丈夫。必ず助かる。なぜかはわからないが、ウェンディはそう確信できた。

―――

「くっそぉ……大丈夫かよあいつ……」
 壁の穴に隠れて、撃ち尽くしたライサンダーZをリロードしていたノーヴェが苛立たしげに呟いた。
 行き際に彼が渡していった予備弾を、見よう見真似でリロードする。
 この銃は一発一発手動でリロードしないといけない上に、今のノーヴェは片腕が使えないので時間が余計にかかってしまう。
「あーもう! なんでこんなに面倒くせぇんだよ! 早くしないとあいつが……!」
 ストーム1が蟻の中に消えてからしばらくたつ。
実際には十~二十秒くらいだろうが、今の彼女にはそれが一時間や十時間くらいはたったように思えた。

もう、ストーム1はやられてしまったのか?

もう、ウェンディは死んでしまったのか?

もう、自分は助からないのか?

悪い考えが次から次へと浮かんでしまう。
早くしないと……早く、早く! 
ノーヴェは不自由な体に鞭打ちライサンダ―Zの弾を急いで詰めた。

「よしッ!」
 詰め終わった。レバーを動かし次弾を薬室に送り込む。
ノーヴェは穴から外の様子を伺った。
蟻達はストーム1に注意を向けているようで、ノーヴェを完全に無視している。

「アタシはいつでも殺せるからってか? ふざけやがって!」
 ノーヴェは一応用心しながら、ライフルを抱えて穴から這って出た。
そして適当な大きさの岩に背を預けると、右腕だけでライサンダ―Zを構える。
左膝に銃身を乗っけて狙いを定め、左目をスコープに合わせる。
見えるは黒い死神ども。ノーヴェは、ぎりっと歯を食いしばった。

「これでも、食らえ!」
 ライサンダ―Zが火を吹いた。
 同時に、巨人に殴られたような衝撃がノーヴェの体を岩に押しつけた。
体中に激痛が跳ねる。一瞬息が止まり、無意識に銃から手が離れかける。

「こんな銃をバカすか撃ってたのかよ。あいつは……」
 弾は岩壁に当たり、土煙を上げている。
レバーを口で引いて次を装填する。歯が痛んだが気にしない。
ノーヴェはとにかく馬鹿みたいに撃ちまくった。

 撃つ。外れる。次を装填。撃つ。

 今度は当たった。蟻が浮き足立つ。また次を装填。

 蟻が向かってきた。撃つ。蟻が吹っ飛ぶ。また装填。撃つ。装填。撃つ。装填。撃つ――

 七発目を撃ち終えたとき、群れの中から人影が見えた。ストーム1だ。
そして、彼が抱えているのは……ウェンディだ!
蟻を振りきり、死骸を飛び越え、全力で走るストーム1。
ストーム1を追って蟻が迫る。
彼に追ってきた蟻にノーヴェは狙いをつける。
ドンっという銃声。蟻が粉微塵になって吹っ飛んだ。
ノーヴェは、役目を終えたライサンダ―Zをそっと地面に置いた。
これで終わりだ。
ライサンダ―Zの弾数は八発。もう予備弾はない。弾を詰めかえる手段は無い。

 ノーヴェは懐からスイッチを取り出した。ストーム1が自分に託した最後の武器。
自分もストーム1も傷つき、ウェンディは生死不明。
たとえストーム1にライサンダーZを渡しても、弾を詰める時間もないだろう。
これが唯一の希望。後は、あいつの合図を待つのみだ。
スイッチに指を乗せて、ストーム1の合図を待つノーヴェ。
もう彼は目の前だ。そして……。
「今だ!」
 ストーム1が叫んだ。
 合図が来た。同時にストーム1が彼女を押し倒し、庇うように覆い被さった。
 ノーヴェはスイッチを落とさぬようにしっかり握しめ、それを、押した。

 カッ、と白い光が闇を満たした。
少し遅れて周りの空気がぐっと膨らみ、轟音と共に激しい爆風と熱波が洞窟内を縦横無尽に暴れまわる。
伏せた体を熱風が炙り、何かの破片がパラパラと降り注ぐ。
熱で焼かれた手に、足に、とんでもない激痛が走る。
ノーヴェはストーム1の下でぎゅっと目と口を閉じ、痛みに耐えて、
炎の嵐が吹き止むのをじっと待った。

 どのくらい時間が経っただろう。
いつのまにか、炎は止み、静寂が再び洞窟を満たしていた。
ノーヴェは体を覆い尽くしていた何かの破片の中から身を起こした。
そこには、何もなかった。
そう、生きているものは何もなかった。

 ストーム1が蟻達に渡した土産とは『C70』と呼ばれるリモコン爆弾である。
ストーム1の世界で製造されたこの爆弾は、たった一発で半径四十メートル以内の全ての物体を爆散させるほどの威力を持つ。
それが巨大生物でも、巨大ロボットでも、みんな平等に吹き飛ばす。
そんなものが複数個同時に爆発したのだ。
いかに巨大生物の大群と言えど無事に済むはずが無い。
もくもくと吹きあがる煙と僅かに残る炎の中、あれだけいた蟻の大群が一匹もいなかった。
ほとんどが細かい破片となって周りに飛び散り、中には頭や胴体だけが残った蟻もいたが、
全ての蟻が骸となってノーヴェに無様な姿をさらしていた。

「大事無いか?」
 声がした。真横からだ。
 視線を向けると、無愛想な視線が彼女を出迎えた。
「おう。お前も死にぞこなったみたいじゃねぇか」
 ノーヴェは冷やかすようにストーム1に呼びかけた。
それから、今一番聞きたいことを彼に尋ねた。
「ウェンディは? ウェンディはどうしたんだ? まさか……!?」
 最悪の想像にノーヴェの顔が青ざめる。
ライサンダ―Zと一緒に岩壁に持たれかかっていたストーム1は、すっとノーヴェの隣を指差した。
そこに、ウェンディは横たえられていた。

――

手足が捻れた、死体と見間違えるほど無残な有様。
肌は紙のように白く、結っていた髪は乱れ、体のほとんどが血に染まりで、ナンバーズ特製のボディスーツもいたる所が破れている。
まるで、壊れたマリオネットを見ているようだった。

「ウソ……だろ……そんなことって……」
 ノーヴェはそっとウェンディの頬を撫でた。
傷だらけで横たわる彼女は、まだ暖かい。
固く閉ざされたその目は開く事なく、ノーヴェは無言で張りついた髪を指で払い、乱れた髪をそっと整えた。
そんな馬鹿な。こいつが死ぬわけない。そうだ、殺したって死ぬもんか。
ああ、そうか。きっとこれは夢だ。でかい蟻に襲われて、こいつが死ぬなんてのは、夢以外ありえねぇよ。
ほら、もうすぐ夢から覚めるぞ。そしたら、いの一番にこいつを小突いてやろう。
それで、セイン姉やチンク姉と一緒に任務にいって、それで……それで……

「ノー……ヴェ……」

 現実から逃げ出しそうになったノーヴェの耳にウェンディのか細い声が届いた。

「ウェンディッ!」
 ウェンディの目が薄く開いてノーヴェを見詰めている。
まだ生きてる。まだこいつは生きてる!
「なんッスか……ノーヴェ……わたし……たすかったんッスか……」
「ああそうだ。こいつが……ストーム1が助けてくれたんだ。あとで礼言っとけよ」
「ストーム、1?」
 ウェンディがストーム1へ虚ろな目を向けた。
「そうッすか……あなたは、ストーム1っていうんッすか……ありがとう……たすけて……くれて……」
 礼を言われたストーム1が初めて口元をほころばせた。 

「ところで、このひとだれなんッスか? ノーヴェの……しりあい……?」 
「いや、違う。いきなり現われてアタシ達を助けてくれたんだ。こいつが誰なのかはアタシもわからねぇ」
 ノーヴェの頭に再び疑問が渦巻いた。
 はたしてこいつが何者なのか。蟻のいなくなった今の内に聞いておいたほうがいいだろう。
増援が来たらまた訊けなくなってしまう。それに、恩人のことを何も知らないなんてなんだか気持ちが悪い。
意を決したノーヴェは、地面を見たまま動かないストーム1に声をかけた。

「なあ、あんたは一体なんなんだ?」

――
「なあ、あんたは一体なんなんだ?」
 ストーム1は答えない。
「おい、人が聞いてんだから返事くらいしろよ」
 それでもストーム1は答えない。
「……チッ。無視しやがって、何様のつもりだ」
 ノーヴェは這ってストーム1に近付いた。
「てめぇ、ちょっとは人の話を……」
 ストーム1の肩に手をかけた揺さぶったとき……彼の体が、ぐらりと傾き、そのまま地面に倒れこんだ。 
「な、お、おい! どうしたんだよ!」
 ノーヴェは彼の体に右腕をからませて抱き起こそうとした。
彼の体は力を失って、鉛のように重い。
そのとき、初めてノーヴェはストーム1のアーマーがべっとりと湿っているの気がついた。
血だ。少なくない量の血が、彼の体から滲み出ていた。
ノーヴェは忘れていた。
ストーム1が、自分と同じか、それ以上の重傷者だということを。

「ああ……すまない……つい、気が緩んでしまった」
 真っ赤な血を苦しそうにこぼしながら、しかしそれでもストーム1は唇を歪ませる。
「少し眠い……休ませてくれないか」
「だめだだめだだめだ!」
 ノーヴェはとっさに叫んだ。
「今寝たら死んじまうぞ! そんなに血ぃ吐いて! お前、アタシよりも酷い怪我じゃねぇのか!?
 それに、また蟻が来たらどうすんだ!? アタシらはあんたを守れねぇぞ! ほら、立てよ!
 アタシは這っていくから。ウェンディもなんとかするから、早く逃げないとまたあいつ等が」
「もう、奴等は来ない」
 あっさりとストーム1は断言した。
気休めだろうとノーヴェは思った。ノーヴェの気を楽にする為の簡単なウソだと。
ストーム1はヘルメットを脱ぐと、黙ってノーヴェにかぶせた。

「レーダーに映っている青い点が俺、白いのがウェンディだ。わかるか?」
「え、ああ。わかる。大丈夫。こういうの慣れてるから。円の中心がアタシか?」
「そうだ。そのレーダーに赤い点は写っているか?」
「いや、写ってねえ」
「だろう。だったら大丈夫だ」
 それからストーム1は弱々しい声で、しかしはっきりと語り始めた。

「そのレーダーはこの洞窟一帯をカバーしている。赤い点、つまりは敵が写っていれば気を抜けんが、
 それが無いならもう平気だ。さっき倒した奴で、全部だったということだ」
 言い終わったストーム1は、すっと息を吸い込み、目を閉じた。
「大丈夫だ……こんなところで、俺は死なん。少し休んだら、ここから出るぞ。そして、あいつが、どうなったか……」
 それっきり、ストーム1は何も言わなかった。
「お、おい。どうしたんだよ? 返事しろよ!」
 いくら揺さぶってもストーム1は返事をしない。
 ひゅー、ひゅー、と聞こえる細い息が、徐々に小さくなっていくように思えた。
 脈もだんだん弱くなっている気がする。
「ストームさん。死んじゃったんッスか」
 今度はノーヴェが黙り込む番だった。
 こいつが死んだらアタシはどうやって出ればいいんだ。
もう蟻はいなくても、歩けない体で、出口までまだかなりあるのに、ウェンディも動けないのに、どうやって。
一難去ってまた一難。どうやら死神は、まだ彼女等を解放する気は無いようだ。

と、そのとき、地面が青白く輝き始めた。
人一人が入れそうな円を描いていく光。ノーヴェは、いや、ウェンディもこれを知っている。
円の中から現われた人差し指が様子を伺うように左右に動く。
指は沈み、次に二本の腕が姿を見せる。地面に手をつき腕の主が姿を現わす。それはまさしく……

「ふぅ~やっと見つけたよ~」
 ナンバーズ六番 セイン。
 無機物潜行能力『ディープダイバー』を所有する二人の姉だった。
「セイン……どうしてここに?」
 ノーヴェが姉の名を呼んだ。セインはボディスーツの埃を払い、答えた。
「もう、大変だったよ。いきなり二人の反応消えちゃったから探しにきたんだけど、通信は繋がらないからなかなか見つけらんなくて、
 こっちで爆発起こらなかったら見つけられなかったかも……って二人ともどうしたの? 凄い怪我じゃない!」、
「セ……イン……うぅぅ……うぇぇぇん……!」
 心配そうに駆け寄ってきたセインにノーヴェが涙を流して抱きついた。
「ちょ、ちょっとぉ! なによ、なんなのよぉ!?」
「セイン……セイン……うぇぇぇ……」
「もう、泣いてるだけじゃ分からないでしょ?ほら、お姉ちゃん怒らないから。何があったか言ってみて?」
 セインがちょっと困った顔をしてノーヴェの背中を撫でてくれた。
 それがとても嬉しくて、ノーヴェは嗚咽の止まらぬ口で、なんとかここであったことを伝えようとした。

「ひっく……おっきいありがぁ……いっばい……おこっ……うぐっ……おそって……で………アタシ……
 けが……で……っく……うぇんでぃ……もっ……けが……って……でも……ストーっぅ……ストーム1が
 ……たすけてくれて……でも……こい……も……たお……で……こわかった……すごい……こわかったよぉ
 ……うああああぁぁぁああん!」
 動かないストーム1を指差し、泣きながらセインに言い続ける。
セインはノーヴェを抱きしめながらストーム1の顔をじっと見た。

「そう。んん、えーっと。つまり、大きな蟻が二人をこんな目に合わせて、それをこの人が助けてくれたのね」
 ノーヴェはセインの胸に顔を埋めたまま頷いた。
「セイン。助けて。アタシも、ウェンディも、こいつも。みんな怪我して動けないから。セインだけがたよりだから」
「大丈夫だよ。もうすぐガジェットと他の皆も来てくれるから。この人も助けてくれるように頼んでみる。
 なんてったって大事な妹を助けてくれた恩人さんだからね」
「ほんとに?」
 ノーヴェが上目使いでセインに訊いた。
セインはにっこりと微笑んだ。
「ええ、ほんと。このセインお姉ちゃんにまかせなさい」
 ノーヴェは泣いた。セインに抱かれて。
まるで幼子のようにひたすら泣き続けた。
そして泣きつ続ける妹の体を優しく抱きしめるセイン。
セインはノーヴェが泣きつかれるまで、そうしてくれた。

「ちょっと。私は無視ッスか」
「あ、ゴメンゴメン。忘れてたわけじゃないのよ?」

 他の助けが来たのは、それから五分後のことだった。

 時に、新暦七十五年二月九日

 この小さな出会いと小さな戦いが、全てのはじまりであることを、この時点では誰も知る由は無かった。


To be Continued. "mission4『ファースト・コンタクト』"

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最終更新:2008年05月28日 00:38