六課解散後も隊員たちの親交がとぎれたわけではない。
時間が空いたりしたときには、時々顔を合わせている。
この日の昼もそんなときだった。
たまたま用事で地上本部でに来たなのはとフェイト、それにそこで勤務しているはやては偶然顔を合わせた。
そこで、彼女たちは少し遅い昼食を一緒にとることにした。
さっきまで混雑していた食堂も今は人もまばらなはず。
談笑しながら一休みするにはちょうどいい頃合いだ。
「みんな元気そうで安心したわ」
「うん。はやてちゃんも元気みたいだね」
六課解散からしばらく互いに顔を見ていない。
知らせがないのは無事な証拠とわかっているが、それでも直に確認するとほっとする。
それから、三人は近況を互いに話し合った。
仕事が多すぎる。
逆に少なくて、何かあったか心配だ。
あの子がこの前、大きな仕事をしたみたいだ。
そういった仕事に関すること以外にも、プライベートなものも話題になる。
今度遊びに行ってもいい?
この前いいお店を見つけたから一緒に行こう。
うちの子も一緒に行っていい?
そんな感じで買い物の話題が出たときだ、はやてがふとあることに気づいた。
「そういえば、なのはちゃん。箒はどうしたん?」
「箒?」
「あー、ほら。この前ファー・ジ・アースから持って帰ってたやん。ウィッチブルームのカタログ。どれ買ったん?」
はやてにしてみれば気軽な話題の一つだったが、なのはは声を詰まらせ机に突っ伏してしまう。
両手を机の上に投げ出し、泣き顔まで見せている。
「うーーーー」
「どうしたの?なのは」
「買えなかったの」
「え?」
「買えなかったの」
「どうして?なのはちゃん、そんなに無駄遣いしてないから貯金あるはずやろ」
「うん、でもね。両替できないんだって」
当然だがミッドチルダの通貨をそのまま日本で使うことはできない。
しかし、そんなに大金でないならばすぐにでも日本円に両替は可能だ。
はやてとフェイトがなのはに見せてもらったウィッチブルームの値段は銀行の窓口ですぐにでも両替ができるような金額ではないが、それでも申請をすれば確実の通るようなものだ。
「それがね、第97管理外世界日本円とファー・ジ・アース日本円は名前は同じ日本円でも実際は違う通貨だから両替できないんだって。それに、ウィッチブルームは日本円じゃなくてヴァルコだし」
「あー、そうか」
文化に風俗、言語に地形や地名、それにランドマークまで同じなのでたまに混同してしまいそうになるが、ファー・ジ・アースと第97管理外世界は別の世界だ。
しかもファー・ジー・アースとの交流はついこの間、なのはたちが任務で行ったときに始まったばかりなので交換レートはおろか両替のシステムが全然できていない。
ミッドチルダの通貨はそのままではファー・ジ・アースでは無価値なのだ。
「あーあ、ほしかったなー。でも、向こうのお金持ってないし」
両替のシステムができあがるのを待つのなら、当分待たなければならない。
ミッドチルダにかえって、JS事件の終わった後にどれを買おうかうきうきしてたなのはにしてみれば果てしなく長い時間だ。
「あら、それはお気の毒。でも、どれがほしかったの?」
横から声が聞こえてくる。
このとき、フェイトとはやては顔面硬直症候群にでもかかったようになっていたがなのはそれに気づいてなかった。
「うん。やっぱり、テンペストがよかったかな」
「あら、あなたならガンナーズブルームがいいと思ってたんだけど」
「それもいい箒だと思うけど、やっぱり武器でしょ?それだったら、プライベートで使えないよ。それに私、ヴィヴィオにユーノ君と一緒に乗りたいから、やっぱりテンペストがいいと思うの」
「家族で使うのね。それならタンデムシートとコップ受けをつけるといいわよ。後、安全のためにストリング。それから、普段はかさばらないように折りたたみ機構。GPSがわりに疑似人格システムをつければいいわね」
「でも、疑似人格システムは高いの」
疑似人格システムのお値段は20万v。
オプションで気軽につけるには少しきつい価格だ。
「ふーん、私がプレゼントしてもいいわよ」
「だめだよ!」
なのははがばっと体を起こす。
そこで、やっと気づいた。
はやてちゃんとフェイトちゃんは机の向かいに座っている。
なら横にいるのは誰だろう。
昔、六課だった人だろうか。
でも、はやてちゃんとフェイトちゃんの顔がちょっとおかしい。
それはともかく、今の言葉は否定しないと。
「私たち公務員だよ!それに、そんな高価なものをプレゼントなんておかしい……の」
横にいる人物を確認してなのは顔はおかしくなる。
目は開いて、口は引き結ばれて、硬直してしまう。
「どうしたのよ」
リボンで髪を縛り、時空管理局の制服にポンチョを羽織った彼女は突然動きを止めたなのはの目の前で、開いた手を振る。
やっと顔面ごと硬直していたなのはの思考が動き出した。
この声、この仕草。
間違いない。
彼女の名は
「ベール・ゼファー!」
三人同時に叫ぶ。見事なくらいハモった。
「大声出さないで。みんな、みてるじゃない」
まさにその通り。周りの視線がなのはたち3人、いや4人に集中している。
あわててなのはたちは、周りに会釈をして謝っておく。
「で、どうするの?プレゼントしてあげてもいいわよ」
何事もなかったかのように話を元に戻すベール・ゼファーになのはは小声で返す。
「だから、いりません。さっきも言ったけど、私は公務員なの」
「辞めればいいじゃない」
「箒で辞められません!それに、ヴィヴィオもいるし辞められないの!」
「時空管理局辞めて私の僕になったら、お給料を今の3倍くらい出してもいいわよ」
「なりません!」
「魔王なのに」
「ちがうの!」
小声がどんどん高くなっていくなのはに助け船をはやてが出した。
「それより、裏界の大公様が何でここにいるん?なのはちゃんをヘッドハンティングにきたわけやないんやろ?」
ベール・ゼファーは今はだめだとあきらめたのかなのはの隣の椅子に座り、はやてをみる。
「それも目的の一つには違いないけど。私、ここに就職したの」
「は?」
はやてはさっきから自分の口が開きっぱなしになっているような気がした。
「だから、ここに就職したの。身分証みてみる?」
なるほど。確かにベール・ゼファーの胸には身分証がつけられている。
はやてたち三人は目をこらし、身分証を読んでいった。
「えーと、時空管理局地上本部勤務。うちと同じとこやな」
「ベル・フライ三等陸士」
「それから……魔導師ランクE」
「ふーん、Eなんや」
「みたい」
うーーん。
なのはたち三人は考え込む。
偽名はともかく、明らかにおかしいのが一つあった。
どう考えてもおかしい。いくら悩んでも納得いかない。
だから、三人はこう叫んだ。
「うそやっ」
「うそだっ」
「うそっ」
「嘘じゃないわよ」
三人の大声にベール・ゼファーが顔をしかめて耳を押さえる。
「ちゃんと試験もしたのよ。あなたたちと違って普通はこんなものでしょ」
「あんた、普通やないやろ!絶対」
「まあ、そうかもしれないけど」
ベール・ゼファーが机の上で両腕を組む。
はやてには他に言いたいことが山ほどあったが、止められてしまった。
「今日は挨拶をしにきただけ。それに、この世界を滅ぼすつもりじゃないから安心しなさい。別に手を出すつもりはないわ」
そしてベール・ゼファーは顔と声をころりと変える。
それは素直さと不安の入り交じるいかにも新人らしいものだった。
「あ、あの。八神先輩、高町先輩、ハラオウン先輩。今後とも、ご教授、ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
ベール・ゼファーはぴょこんと頭を下げる。
なのはもつられて頭を下げた。
こうしてなのはとベール・ゼファーは再会した。
最終更新:2008年04月14日 10:24