百万年。
それは銀河の回転に比べればわずかな時。
星や星雲ははるかに古く、宇宙を漂う正体不明の物質・素粒子の断片・名も無き
特殊なエネルギーでもまだ古い。
百万年。
それは人類にとっては悠久の時。
時の流れをほんの僅かに遡るだけで、文明の萌芽もない、ろくに知性の発達して
いない時代になってしまう。
一方で宇宙には、百万年を当たり前の時間単位として使う存在が、物質的にも
精神的にも強固に出来上がった存在がある。
その知性はひたすらに巨大だ。それを人間の知性と比べるのは、人間と蟻を比較
するようなものである。
彼らは、時に宇宙・時間・自らの存在について考える。
時に、人間の創造を遥かに超えるものを作り上げる。
時に、善行を為し。
そして時に、途轍もない災いをもたらす…。
魔法少女リリカルなのは TRANSFORMERS
1
地球上にはさまざまな砂漠が存在する。
モンゴルや北米西部の岩石砂漠、チベットの高原、ボリビアやチリのアルチプラノ
、北極・南極の寒冷地帯もある意味砂漠といえる。
しかし今、眼下に広がる砂漠を地球人類が目にすると、それらなどまるで公園の
砂場のようにつまらぬ物に感じられるだろう。
富士山に匹敵する高さの砂丘が山脈のように地平線の遥か先まで続き、その麓では
アマゾン河など比にならない程幅広い岩の谷があって、陽の届かぬ深い谷底へ滝の
ような怒涛の勢いで流砂が流れ落ちているのだから。
そんな雄大な光景を下に臨み、轟音を響かせて谷沿いを高速で飛ぶ二機のJF704 A2
ヘリは、傍目から見て不安を感じるほど狭い間隔で編隊を組んでいた。
しかし、日々様々な危険に晒されている現場で、細かいルールに一々従っていては
身がもたない、機内の全員は少なくともそのように考えていた。
従って、陸士の一人が移動中の時間つぶしにと持ち込んだポータブルラジカセから
流れる音は、時空管理局によるプロパガンダ放送や無味乾燥なポップスなどではなく、
各陸士の好みで選んだ雑多な曲が中心であった。
今掛かっているのは、どこのとも分からない言語で歌われるヒップポップで、
メタルーナミュータントを思わせる砂漠戦用迷彩服を着た陸戦魔導師、メルゲル・
イプマンダ二等陸士が体を前後に揺らしながら歌っている。
「それ、誰の曲だ?」
メルゲルの真正面に座っている、プレデターのような異形の肉食獣顔をした
ロアラルダル・アムーシュ二等陸士が尋ねる。
「デディ・メジェってグループだよ」
「なら、そいつらに歌わせればいいだろ。何たってオメェのヘタレなボーカル
で聞かにゃならねぇんだ?」
ロアラルダルの物言いに、メルゲルは二本の指しかない手を上げて抗議の声を
上げる。
「このオレ様の美声を甘く見るなよ。退役してミッドチルダに帰ったら、
オーディションを受けてデビューするんだからよ」
ロアラルダルの右隣に座っている、大アマゾンの半魚人似のグーダ・イマナムズア
三等陸士が、遠い目をしながら呟いた。
「もう十ヶ月以上も、この砂と岩しかない世界に居ますからねぇ…、故郷の母の
手料理が恋しいですよ。
あのブラックラグーンで獲れた、ミミズやムカデ・ナメクジを煮込んで作った極上
のフォンデュが…」
「教訓。グーダの家で晩飯に呼ばれるのは、全力で避けるべし」
グーダの右隣にいる火星人を思わせるタコの顔をしたデ・カタ三等陸士が、機内を
見回しながらからかい半分で言うと、グーダは声を荒げて言い返した。
「うちのフォンデュに以上に旨い料理はこの世にないぞ、それは断言したっていい!
ミミズのヌルヌルした食感にナメクジのトロ味が加わると、非常にいい味になるんだ、
その上にムカデのプチプチした食感が加わると…」
グーダが、自家製フォンデュの素晴らしさについて講釈をたれるうちに、その口調が
早くなり、何を言っているのか分からなくなっていく。
「おいおい、母国語で言われても全然分からねぇよ。ちゃんとミッドチルダ語で
話してくれ」
ロアラルダルが口を挟んだが、グーダは追想の趣くままにただただ喋り続ける。
今の彼は、故郷の家のテーブルで母親の手料理に舌鼓を打っているところらしい。
「要するに、早く故郷に帰って親の手作りの虫料理が食いたい…そういうわけだな?」
メルゲルがそう言って締めくくると、グーダは不満そうに頷いた。
「料理に対する言い方が引っかかりますが、そういう事っス」
その時、彼らから見て機内の右奥、コクピットに一番近い席に座っていた20
代前半で金色の長髪をした、執務官の制服を着ている美しい女性が口を押さえて
小さく笑った。
「どうかしましたか?」
その様子を見ていたロアラルダルが尋ねると、女性は落ち着いた声で言った。
「皆さん、仲良さそうでいいですね」
その言葉に、座っている陸士たち全員が一斉に首を横に振って否定する。
「冗談じゃないですよ、ハラオウン執務官!」
フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官は、その様子に余計笑ってしまう。
うろたえた陸士たちが、隊内部でどんなトラブルがあって、自分たちはどれだけ仲が悪いか説明を始めた時、彼らの目の前に空間モニターが開く。
「もうすぐ基地に到着します、降りる準備をしてください」
グーダは、自分の右隣の座席に置かれている、自分と同じサイズの大きな莢を揺さぶる。
「起きて下さい、ポッドマン陸曹」
すると莢が開いて、中から三十代半ばの黒人男性、“ポッドマン”ことフューダー・エップス陸曹が欠伸をしながら出てきた。
「到着か?」
エップスは背伸びをすると、低い、落ち着いた声でグーダに尋ねる。
「もうすぐッスよ。ですから、降りる準備をしてください」
「分かった」
エップスは口少なく言うと、開いた莢を手早く片付けて自分のバッグに仕舞った。
JS事件より後、時空管理局は組織の抜本的改革によって大幅に陣容を変えていた。
中枢メンバーを失った最高評議会は解散されて、「管理局長官」とその補佐機関「統合幕僚会議」を新設。
本局と地上本部は、それぞれ「次元部局」「陸上部局」に名称を変えて統合幕僚会議の下部機関に組み込まれ、指揮系統は長官を最高責任者として一本化された。
管理局の全機能はクラナガンの旧地上本部ビルに集約されてこれを「本局」とし、旧本局は次元航行部隊の艦隊拠点「タイコンデロガ」となった。
しかし、故レジアス・ゲイズ中将麾下だった将官メンバーを中心に、本局・地上本部
の一部が改革に反発。
管理局を辞して「時空世界分離主義同盟」という独自の政治勢力を立ち上げ、
ミッドチルダからの独立を叫び始めた。
管理世界及び管理外世界で、ミッドチルダによる魔術の独占的支配に対して不満を
持っていた勢力や、経済面でミッドチルダの発展に寄与してきながらも、政治から
疎外されてきた一般市民層もこれに同調。
一部は首都クラナガンで、禁止されている質量兵器を使ったテロ事件を引き起こして
いた。
管理局側もこれに対抗して時空・陸上両部局の戦力を増強。
更に親ミッドチルダの時空世界に、大部隊を常駐できる前線基地を設営して分離主義
勢力に軍事的圧迫を加える姿勢を見せ、一触即発の不穏な情勢となっていた。
ヘリが着陸すると、後部ハッチから陸士たちが次々と降りてくる。
「第1158管理外世界セギノール中央基地 ようこそ地獄の一丁目へ」
そう書かれた看板の横を通り過ぎて、屋根付の兵員集合場所に来ると、荷物を
降ろして休憩したり荷解きを始める。
それと同時に、集合場所より奥に建てられた兵舎より、鰐顔と狼男の航空魔導士
が駆けて来た。
「デュラグアムとオブマダの試合結果はどうだったんだ?」
メルゲルがやって来る彼らに尋ねると、鰐顔が答えた。
「5-2でオブマダの勝ち」
その答えに、メルゲルは舌打ちして後頭部に手を当て、頭を横に振る。
「くそっ、3000も賭けてたのに」
「はい、残念でした」
鰐顔はからかうように言って、メルゲルに手を差し出す。
メルゲルは舌打ちながら迷彩服のポケットから財布を取り出すと、紙幣を三枚
取り出して鰐顔に渡した。
「ミッドチルダから遠く離れたこんな辺境の地で、どうやって野球の結果を
知るんですか?」
澄ました表情でのフェイトの問いかけにメルゲルは振り向き、鰐顔は口を大きく
開けて驚愕の表情で凍りつく。
「げえっ、執務官!」
「心配するな、ハラオウン執務官は話の解る方だ」
メルゲルは固まったままの鰐顔に振り向いて肩を叩くと、再びフェイトに振り
向いて答える。
「空戦魔導師部隊の連中がノミ屋をやってるんですよ、そうだろ? エグゼンダ」
鰐顔の空戦魔導師、エグゼンダ・アルグ・マルダが気を取り直して答えた。
「そうですよ。陸士の連中と違って、俺たちは小数点以下の細かい計算がいくら
でも出来ますし、次元航行艦との連絡も可能ですからね」
狼男の航空魔導士、ローレンス・タルボットがエグゼンダの後を引き継いで言う。
「ピンポイントの魔術攻撃も、野球の勝率計算も似たようなもんでさぁ」
空戦魔導師たちはお互いに笑いあい、陸士たちは毒づく。そこへ砂漠の強烈な太陽を
避けるための深いフードを被った少年が、砂漠戦用水分補給キットを持ってエップス
の所へやってきた。
「陸曹、今日もかっこいいね。水持ってきたからチョコレートを頂戴」
キットを受け取ったエップスは、残念そうに首を振って言った。
「悪いなデュラハ、もう食べてしまったんだ」
デュラハと呼ばれた少年は、拗ねたように口を膨らませて強い調子で言った。
「嘘だ嘘だ! チョコ頂戴よ! くれないとエッガームとキャプテン・アメリカ
が陸曹をやっつけちゃうよ!」
その言葉に、エップスは笑みを浮かべて呟く。
「いつの世も、子供たちにとって漫画のヒーローは神様…か」
エップスはポケットからチョコレートバーを取り出すと、デュラハに投げて寄越した。
「荷解きを手伝ってくれ、そしたらTVも見せてやる」
エップスの言葉にデュラハは笑って親指を立て、早速陸士たちの荷解きを手伝い始めた。
その様子を見ながらフェイトはエップスに聞いた。
「あの子は、この世界の原住民の子供ですか?」
「そうです、砂漠を放浪しながら住みやすいところを探しているとか。ここ最近、
基地に来るようになったんです」
エップスが微笑みながら言うと、フェイトも微笑を浮かべて陸士たちの所へ行く。
「私も手伝いましょう」
「いや、いいっスよ。執務官に荷解きなどさせては――」
ロアラルダルが言いかけたのを、フェイトは彼の口元に指を当てて制する。
「小さい子供まで働いているのに、執務官一人が楽をしてはダメですから」
最終更新:2007年11月17日 19:07