荷解きを終えて兵舎に歩き始めた陸士たちが、フェイトに向かって手を振る。
フェイトはそれに微笑みながら手を振り返してから周囲を見回した。
着陸した次元航行艦から荷物を運び出す大型フォークリフト。
バスケットボールやサッカーなどのスポーツに興じる人間や類人猿。
簡易プールでダベっている身長二メートル以上の、鬼としか形容できない厳つい
体格をした生物と、その肩に乗って話をしている、三匹の羽を持ったナメクジ
みたいな生物。
水のシャワーを気持ち良さげに浴びる像人間。
種々雑多な魔導士や陸士たちが仕事や従事し、娯楽に興じる様を一通り見てから
歩き出したフェイトの、首に下げている三角形のアクセサリーが光った。
「何? バルディッシュ」
フェイトが“バルデュッシュ”と呼ぶアクセサリーに話しかけると、アクセサリー
から声が聞こえてきた。
「基地無線局からからです、本局の八神はやて様から通信が入っているそうです」
「わかったわ」
フェイトはそう答えると、無線局のある司令本部へと駆け出した。


前線基地中央部に建てられた司令本部。
指揮系統の中枢であるここは、防衛上の観点からさまざまな魔導士で守備され、
更に様々な対質量兵器用に何十トンもの複合金属やコンクリートで建てられた、
難攻不落の要塞である。
そこには司令部・管制室・基地無線局・発電所などがあって、百人あまりの
通信士や管制官などの職員が常時勤務し、基地周辺の警備や魔導士たちの管理・
統制を行っている。
垂れ下がった耳にトカゲの顔をした管制官が、カップに入ったコーヒーをチビ
チビと啜りながら空間モニターを見つめていると、ビープ音と共に赤い点が一つ
表示された。
それを見た管制官は、慌ててモニターを操作して担当将校を呼び出す。
「ラダム一佐、南より未確認機が一機、こちらへ向かってきます」
グレイ型宇宙人の顔をした担当将校が、馬と同じ逆関節の足を動かして、素早く
管制官の席へ駆けて来る。
「識別信号は?」
将校の問いかけに、管制官はモニターをチェックして答える。
「発信していません」
自身もレーダーの表示を確認すると、将校は自分の空間モニターを表示させる。
「未確認機に告ぐ、こちらは時空管理局第1158管理外世界セギノール中央基地
である。
貴機は時空管理局の軍事空域を侵犯している。
直ちに進路を変更して退去するか、識別信号を発信せよ」
返答も進路変更もなく、赤い点は沈黙したままなおも基地に接近する。
将校は、待機中の航空魔導士部隊に連絡を取った。
「エレメンタル/ワン・ツー、未確認機が南より接近中。緊急発進せよ」
指示を受けた航空魔導士二名が直ちに空へと飛び立ち、南へと進路を向ける。
レーダー上に映った二つの青い表示が、瞬く間に未確認機の赤い点に近づいて
行く。
「エレメンタル/ワン・ツー、機影は見えるか?」
「少々お待ちください、間もなく見えます」
しばしの沈黙の後、返答が来た。
「JF704 A1タイプです、機体番号はXD2700」
管制官は、報告された機体番号をタイプして管理局のデータバンクに照合する、
返事が返ってくるのに十秒以上はかからなかった。
モニターに表示されたそのデータを見た管制官は、怪訝な表情で将校に言った。
「一佐、このデータが正確なら、XD2700は三ヶ月前に第228管理外世界で撃墜
されたことになります」
「何だって?」
管制官が将校のモニターへXD2700のデータを転送する。
「三ヶ月前に別世界で撃墜された機体が、なぜ今になってここへ…?」
それを読んだ将校は、怪訝な表情のままXD2700に呼びかけた。
「XD2700、航空魔導士二名の誘導に従って基地に着陸せよ、なお指示に従わない
場合は貴機を撃墜する。二度目の警告はない」
“XD2700”という表示が追加された赤い点の後方に、航空魔導士を示す青い点の
一つが張り付くのが、レーダー上に映る。
緊張の一瞬。
赤い点は、前方の青い点に従って旋回を始めた。


管制室の隣にある基地無線局にフェイトが入ると、四つの通信用モニターブース
のうち二つに人が入っており、一番奥では、つり上がった眉と突き出た牙の一見
怖い顔をしたオペレーターが、忙しく長い腕を動かしている。
「フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです、私宛に通信が来ていると聞きましたが」
オペレーターはフェイトに顔を向ける。
「ハラオウン執務官ですね、少々お待ち下さいませ」
オペレーターはコンソールを操作し、画面を幾つか消したり表示させたりした後、
再びフェイトに顔を向けた。
「四番ブースにどうぞ」
フェイトは、オペレーターに軽く会釈してから通信ブースに入った。
彼女が空間モニターを少し操作すると、画面上にフェイトと同年代の日本人女性
の顔が表示される。
「フェイトちゃん、お久しぶりやなぁ」
八神はやてはフェイトの姿を見ると、にこやかに笑って関西弁で話しかける。
「お久しぶりね、一ヶ月ぶりぐらいかしら?」
フェイトもはやてに微笑みかける。
「そやなぁ、確かヨー・ヴォムビスでのロストロギア事件以来かな?」
「あ・う、うん…あの事件ね」
事件の名前が出てきた途端、フェイトの顔が引きつった。
「あの、頭に覆い被さってくる化物どもには辟易させられたなぁ~。それに――」
フェイトは、引きつった笑いの表情ではやての話を遮った。
「はやて、その話はもう…」
フェイトの顔色を見たはやては、両手を合わせて謝った。
「あ、ごめんごめん。かなりひどい事件やったもんなぁ」
「で、用件は?」
「ま、別に用があってやなくて時間が取れたんでちょっと話をしようかな思うてな。
お邪魔やったか?」
フェイトは首を横に振って言った。
「ううん、それはないよ。私も帰ってきたばかりで時間が少し空いてたし」
「そうか、それはよかったわ~。ところで、本当にティアナを連れて行かなくて
良かったんか? 今回の任務、一人だと結構大変やろ」
「確かに捜索範囲は広いけど、大したモノじゃないから大丈夫。それより、今は
クラナガンの方が大変じゃない?」
「そうなんよ~。実は昨日も分離主義勢力による大規模デモがあってなぁ…」


司令本部の監視塔に上がった将校の視界に、夕闇を背に一世代前のJF704ヘリと、
二人の航空魔導士の姿が現れる。
魔導士が降下を手で示すと、ヘリは高度を下げる。
魔導士によるエスコートのもと、指定されたヘリポートに“XD2700”は着陸する
のを見た将校は、陸・空の魔導士部隊に指示を下す。
「225陸士隊と369航空隊はヘリを包囲しろ、蟻一匹逃がさないぐらい厳重に固め
るんだ」
将校の指示に、魔導士たちは自分の持ち場に就く。
味方のヘリを仲間達が敵機の如く厳重に包囲する様を、事情を知らない部隊の
魔導士たちは怪訝な表情で見つめる。
魔導士部隊がヘリを完全包囲したのを確認すると、将校はパイロットに呼びかけた。
「XD2700のパイロット及び全乗員に告ぐ。エンジンを停止させ、全員手を上げて
機外に出よ」
ローターの回転がゆっくりと止まって行く。と、突然ローターが大きな音を立てて
停止し、コクピットにいたパイロットの姿が消えた。
陸士・航空魔導士たちは戸惑いの表情を浮かべ、互いに顔を見合わせる。
次の瞬間、ヘリ内部から異様な駆動音が聞こえ、機体が分解を始めた。
ローターが折り畳まれ、後ろに下がる。
プロペラ基部のすぐ前が開き、上部が競り上がる。
機首から機体前部がバラバラに分解されて頭に変形するのと同時に、機体上部が変形
しながら前方に下がり上半身を形作る。
下部は二つに割れ、足と腰を形成する。
つい今しがたまでヘリコプターだったものが、たちまちのうちに人型機械へと
変貌していく。
彼らの常識からあまりにも逸脱した光景に、パニックに陥った魔導士たちが命令を
待たずに魔法陣を展開させ、射撃を始めた。
次々と魔力弾が機械人間に命中するが、表面で空しく弾けるばかり。
機械の巨人は攻撃魔法の嵐の中悠然と立ち上がり、周囲三百六十度を睥睨すると
全方位に向けて強力なエネルギー波を放つ。
それは、囲んでいた魔導士全員と車両・ヘリを木の葉のように吹き飛ばし、監視塔
の窓ガラスを粉々に粉砕してその場に居た者全員に破片のシャワーを浴びせた。


エネルギー波は司令本部の建物を激しく揺さぶり、立ったり歩いたりしていた
職員を転倒させる。
はやてとの会話を終えて無線局を出た所で揺れに遭遇したフェイトは、壁に手を
付いて転倒を避けた。
突然の揺れに周囲が騒然となる中、フェイトは管制室を覗き込んだ。
そこでは、表示されているモニター全てがノイズで乱れ、恐慌状態に陥った
管制官・将校たちが懸命にコンソールを操作し、怒鳴り合う修羅場となっていた。
フェイトは管制室を後にして、魔導士・将校たちでごった返す中を外へ駆け出す。
彼女が外へ出た途端、基地中の照明が明滅し始め、いくつかの電灯が破裂する。
様々な型・種類のデバイスを持った陸士・魔導士たちが右往左往する中に、小銃型
デバイスを持ったデ・カタの姿を見つけたフェイトは、彼の所へ駆けて行って肩に
手を置く。
「デ・カタ三等陸士!」
「ああ、ハラオウン執務官ですか!」
突然肩を掴まれて体をこわばらせたデ・カタは、フェイトの顔を見て安堵する。
「何が起こりましたか!?」
「分かりません!! あちこちでシステムダウンが起こって、ヘリポートの方で
爆発が――」
その時、二人の頭上を強烈な光が猛烈な速さで走り、兵舎を直撃する。
光は建物を粉々に吹き飛ばして派手に破片を撒き散らし、爆風が近くに停めて
あった車両をひっくり返した。
「質量兵器…!!」
フェイトが呻くように言った。
一瞬驚愕にとらわれるも、すぐ我に返ったフェイトは、凛とした顔でデ・カタに
指示を下す。
「デ・カタ陸士、あなたは部隊の皆さんに急いで合流してください! 私もすぐに
向かいます!!」
「了解しました!!」
デ・カタが敬礼して駆け去ると、フェイトはバルディッシュを手に取って言う。
「行くよ、バルディッシュ!」
「Get set!」
その言葉と同時に、フェイトの周囲を金色の光が覆う。
フェイトはその中でバルディッシュを高く掲げて叫ぶ。
「バルデュッシュアサルト、セットアップ!」
フェイトの声に応えて、バルディッシュも叫ぶ。
「Set up!」
着ていた制服・下着が光り輝いて消滅し、まばゆいばかりに美しい裸身を晒す。
持っていたバルディッシュを投げると、空間内に刃・カートリッジ・柄などの
パーツが出現すると、それらが合体して大鎌の形に変化する。
「Barrier Jacket, Impulse Form!」
フェイトが、武器に変形したバルディッシュを取ると体を再び光が覆い、魔導士
の制服“バリアジャケット”を形作る。
執務官から、ミッドチルダ式・空戦S+ランクの魔導士へと変身を終えたフェイト
は、光の繭を突き破って空へと飛翔した。
「フェイト・テスタロッサ・ハラオウン、行きます!!」

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最終更新:2007年11月05日 18:41