ティアナはミッドチルダ埠頭近郊にある倉庫街を慎重な足取りで進んでいた。
バリアジャケットを装着し、クロスミラージュはいつでも撃てるように構えている。
倉庫街の静けさの中、ティアなの足音だけがやけに大きく聞こえる。
どのくらい歩いただろうか。シャッターが開いている倉庫を見つけた。
開いている出入り口の前に転がり込み、両腕とその中にあるクロスミラージュを突き出す。
「出てきなさい!」
ティアナは叫ぶ。
この中に追い続けた犯人がいるはずだ。いや、いるに違いない。
確信があった。
クロスミラージュを突き出した姿勢のまま、ティアナは待ち続ける。
時間が実際の何十倍にも感じられた。
汗が首筋を伝って地面に落ちて弾ける。
そのとき、倉庫の奥で光がともった。
まぶさしさに顔をしかめたティアナは、腕で覆った目を光源を凝視する。
「なっ!」
倉庫に隠されていた物は高速輸送機。
そのエンジンが甲高いうなりを上げ、徐々に速度を上げる。
進路上のティアナのこともかまわない。
ロケットブースターを使い、一気に加速してくる。
「くうっ!」
ティアナはあわてて倉庫の前から飛んだ。
その後ろを、輸送機が倉庫を破壊しながら通過していく。
地面転がるティアナの上にもその破片がいくつか落ちてきた。
ティアナは倉庫の残骸を払いながら素早く立ち上がる。
空を見上げれば、すでに離陸している高速輸送機がさらに加速しながら夜の空へ上昇していくのが見えた。
「なんてこと……」
あの高速輸送機には次元犯罪者の盗み出した数々の美術品が積まれているはず。
いずれも計り知れない価値を持つ物ばかりだ。
「……あたしには何もできないの?」
そう、もう何もできない。
空を飛べないティアナには航空機の追跡など不可能である。
「こんなことって……」
ただ、空を見上げることしかできない。
美術品はいずれ闇で裁かれ、追跡は不可能になる。
すでに、チェックメイト。王手。
勝負は決していた。
「もう、終わり……」
「そんなことないよ。ティア」
足元を見るティアに突然声をかける者がいた。
「す、スバル?」
「そうだよ」
ティアの後ろにいたのはバリアジャケットに、リボルバーナックルとマッハキャリバーを装着したスバルがいつものようにそこにいた。
「あなた、何でこんなことろにいるの!」
「当たり前だよ。あたしとディアはコンビじゃない」
「えええ?」
確かにその通りだが、それは過去形のはずだ。
六課解散後、ティアナは執務官補佐に、スバルは特別救助隊へと道を分かれたはずだ。
なのにスバルがそこにいた。
ここにいる理由がない。
それになのに、スバルはそれがさも当然のようにティアナの前で飛んでいく高速輸送機を指さした。
「さ、ティアナ。行くよ。あれを追いかけるんでしょ?」
「そうだけど、もう無理よ」
スバルがいればウィングロードで空を飛ぶ物も追跡が可能になる。
だが、相手は高速輸送機だ。
トップスピードになれば並以上の魔導師でも追いつけない速度になる。
スバルもまた、それほどの速度は出せない。
「大丈夫。あたしに任せて」
「なにをするの?」
「いいから、いいから。行くよ!マッハキャリバー」
「OK」
スバルの言葉にあわせて、マッハキャリバーが光を放つ。
「Broomform.Set up」
「はぁ?」
マッハキャリバーが形を変えていく。
というか、形を変えていくのはマッハキャリバーだけではない。
「あああああ。スバル!スバルの首があり得ない方向に!関節が逆に!それどころか、関節じゃない場所までぇええええ!胴体!胴体まで!あぁあああああああああ」
一通り変形が終わったとき、スバルは人から別の形に変形していた。
名付けてブルームフォーム。
デバイスと戦闘機人、そしてファー・ジ・アースの飛行機械ウィッチブルームの技術を集めて作り出されたマッハキャリバーの、というかスバルの新しい形である。
その変形シーンは端から見る物にとっては、それはもうショッキングな物だ
おまけに、変形後はスバルがどことなくガンナーズブルーム思わせる形になっているし。
「さ、ティア。早く乗って。見失っちゃうよ」
ではあるが、スバル自身はあまり気にしてないようだ。
「早くっていったって、あなた……」
「もう、ぐずぐず言わない!」
「きゃあああああああああああ」
音もなく宙を滑るブルームフォームスバルはティアナを引っかけて急上昇。
その速度はすさまじく、高速輸送機にぐんぐん追いついていく。
「ほ、本当にこれでいいのかしら」
「いいに決まってるじゃない」
「いいって……」
「ティア!それはあとで。向こうが攻撃してきた!」
輸送機とはいえ武装は可能である。
しかも人間を相手にするには十分以上の質量兵器が搭載されているようだ。
「スバル!逃げて」
あの武装では、高ランク魔導師か多数の武装局員が必要になる。
自分たちでは対抗できないはずだ。
「大丈夫。大丈夫。行くよ」
「え?きゃああああああああ」
スバルは輸送機から放たれる機関砲、糸のような航跡を引く追尾ミサイルをきりもみ、旋回を繰り返しながら巧みによけていく。
乗っているティアナはたまった物ではない。
いや、それ以上に……
「あぁあああ。そんなところに、そんな武装が!そんな物までつけて!ダメ!ダメよスバル。女の子なんだから自分の体は大切にしないと。あぁああ!だめぇええええええええ」


「うー、うーーー。スバル」
「ティア」
「スバル……お願い。人間やめないで」
「ティア!」
「あなたがどんな風になってもコンビだけど、お願い」
「ティア!起きて!」
はっ。
目が覚めた。
「ここ、どこ?」
「どこって、執務室でしょ」
管理局の制服姿のスバルが目に飛び込んできた。
あたりの状況を確認すると、間違いなくここはフェイトの執務室、ティアナの職場だ。
そういえば、近頃は事件捜査で徹夜続きだった。
つい、居眠りしてしまったみたいだ。
「あれ?スバル、なんでここに?」
「もう。今日、来るって言ったでしょ。そうそう、おみやげ持ってきたから出すね」
そういいながらお皿でも取りに行くスバルを身ながら、ティアナはそんな話もあったのを思い出していた。
まだ頭がくらくらしている。
目をつぶって頭を振っていると、横からコーヒーが出された。
「どうぞ、ティアナ先輩」
「ありがとう……あなたは?」
「今日ここに新人研修に来ました」
ああ、そういえばそういう話もあった。
とっさに思い出せないくらいにまだぼーっとしている。
「いただくわ」
目を覚ますには新人の淹れたコーヒーを飲むのが一番良さそうだ。
ティアナはコーヒーの香りを胸一杯に吸い込む。
「あ……いい香り」
そして、一口飲む。
コクとキレのある苦みが眠気を喉の奥に流し込んでいく。
「おいしい。あなた、コーヒー淹れるのうまいのね」
頭がすっきりしていくると、いまの状況が少し恥ずかしくなってくる。
新人にいきなり居眠り姿を見せてしまったのだ。
汚名返上のためにも、まずはティアナは研修に来たという新人に自己紹介するために横を向いた。
新人の顔が確認できた。
そのとたんティアナは口に入れていたコーヒーを一滴残らず吹き出した。
目の前の新人がたちまちコーヒーまみれになる。
「あ、あ、あ、あ、あなた!!」
「あら、覚えてくれていたの?嬉しいわ。でも、これはないでしょう」
新人、すなわち魔王ベール・ゼファーは口調を本来の物に戻して服や顔を拭いている。
「魔法怪盗リリカルベル!!」
「……」
「……」
その、何というか、いきなりには反応できない。
「すごい寝ぼけ方ね。どんな夢を見ていたのか、激しく追求したい気分になったけどやめておくわ。何か、すごく気の毒だし」
それは、ティアナにとってすごく助かることだったが、ティアナも目の前の人物に追求しなければならないことがある。
「あなた、何でここにいるの?」
「なんでって、ここに就職したのよ。先輩」
「嘘だ!」
ティアナはすさまじい形相で叫ぶ。
「あなたがここにいていいはずがない。ここにいるべきじゃない!ここはあなたの居場所はない!」
そのすさまじさは魔王をしてたじろがせるほどの物だった。
「これが……」
ベール・ゼファーは息をのむ。
「これが、新人いびりね!」
なぜかティアナが額を机に打ち付ける。
「ねー、どうしたの?」
そうしているうちに、スバルがお皿にアイスクリームとスプーンを人数分おいて戻ってきた。
机にお皿をおいたスバルの胸にベール・ゼファーが飛び込む。
「スバル先輩……ティアナ先輩が……私、私、ここにいちゃいけないんですって。それに、コーヒーを」
まだコーヒーがぬぐいきれていない顔に涙を溜めている。
いささかわざとらしい気もするが、スバルには効果覿面だった。
「ティア!ひどいよ!そりゃ、失敗することもあるかもしれないけどベルちゃんはまだ新人だよ。私たちが助けてあげないと!私たちだってなのはさんに助けてもらったのに!」
スバルは、胸の中のベール・ゼファーをなでながら、珍しくティアを怒鳴りつける。
「大丈夫。安心して。私がティアにちゃんというから」
とまで言っている。
ベール・ゼファーはベール・ゼファーで
「私、負けません。でも、涙が出ちゃう。女の子だもの」
とか口走っている。
「新人って、スバル、そいつが誰だかわかってるの?」
「あ、また。そいつってひどいよ。この子は新人のベル・フライ。ベルちゃんだよ」
「よく見なさいよ!ベール・ゼファーでしょ!魔王の!!」
「え?」
スバルはベール・ゼファーの顔を見下ろし、しげしげと観察した。
「そうなの?」
質問にベール・ゼファーは新人モードで答えた。
「はい。スバル先輩。ファー・ジ・アースにではお世話になりました」
瞬時にスバルは壁まで宙返りをしながら跳ぶ。
「べ、べ、ベール・ゼファー!なんでこんなところに?」
「遅いわよ!」
「だから、さっきから言ってるでしょ。就職したの」
平然とベール・ゼファーは答えるが、ティアとスバルは距離をとったままである。
そりゃそうだ。魔王対策なんてしていない。
どうしようか考えていると、扉が開いてフェイトが入ってきた。
「フェイトさん!そ、そこに魔王が!ベール・ゼファーが!」
「人をゴキブリか何かみたいに言わないでよ」
一応抗議をしているベール・ゼファー。
「あ、そのことなんだけど。ティアナ、今度うちで新人研修を受けるベル・フライさん。いろいろ教えてあげてね」
「だって、ベール・ゼファーですよ。ベル・フライって偽名ですよ。いいんですか?」
「う、うん。不正見つからないし……それに、魔王が就職って、誰も信じてくれそうにないでしょ?」
その答えはティアナにたいそうな衝撃を与えた。
「あーーーーーーっ」
ティアナはこれが夢であればいいと願った。
残念ながら、厳然とした現実だったが。

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最終更新:2007年11月17日 15:41