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師弟対決―決着― - (2006/10/22 (日) 01:39:31) のソース

――ログハウス前で、2つの影がぶつかり合う。
子供ほどの体格の2人が、しかしプロの格闘家でも追いつけないようなハイスピードバトルを繰り広げる。
「ははは、どうしたぼーや! そんな調子では、すぐにゼロや茶々丸が戻ってきてしまうぞ!?」
「くッ……!」
ネギが殴る。ネギが蹴る。ネギがフェイントをかけつつ肘打ちを放つ。
しかしそのことごとくが受け止められ、受け流され、逆に投げ飛ばされ。
先ほどまでの派手な魔法の撃ち合いから一転、中国拳法と合気柔術の激しい接近戦となっていた。

ゼロがカモと共に姿を消したとはいえ、相手はネギの魔法の師匠。魔法勝負では勝機は薄い。
エヴァの激しい修行のお陰で、弟子入り当初より術の効率化も進み、扱える魔力も増加していたが……
それでもさっき派手に撃ち合ったお陰で、ネギの魔力は底が見えつつある。
撃って撃てないことはなかったが、彼はこうして『戦いの歌』に残る魔力を回し、機会を伺っていた。

一方のエヴァは……こちらは、対刹那・古菲戦からの連戦。
表面上は余裕を装っているが、十分な睡眠と休息を取ってきたネギとは、スタート時点で差がある。
さらに、先ほどやっていた、ゼロとの二重詠唱。
『魔法使い』を相手にするには極めて有効な戦術だったが……しかし、唱える口が2つなら、消費魔力も2倍。
ゼロの使う魔力は、結局はエヴァが供給しているのだ。技術もエヴァよりは数段劣るし、消耗は激しい。
普段ゼロが呪文を使おうとしないのも、結局はこの効率の悪さがあるからだ。
ともあれ、今はエヴァの膨大な魔力にも限界が見え始め、こうして魔力を節約した戦いを強いられて。

呪文を使わず、魔力を温存することを狙った『魔法使い』同士の戦い。
しかしこの変則的な戦いにおいても、やはりエヴァの方が一枚上手だった。
年季が違う。経験が違う。技量が違う。身体能力を強化するための、魔力と魔法技術が違う。
いくらネギが優秀で才能ある拳士だとしても、少なくとも現時点では、エヴァの方が上。
ネギの必死の攻撃を、エヴァは笑いながら全て捌いてしまっていた。

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「……どうした、ぼーや。さっきから攻撃に迷いが見えるぞ?」
投げ飛ばされ、大地に倒れたネギに、エヴァが嘲るような声をかける。
雲が晴れ月の光に照らされたエヴァの顔に、挑発するような笑みが浮かぶ。
「前々から火付きが悪い奴だとは思っていたが、しかしこれほどまでとはな。
 未だに貴様は悩んでいるのだろう? この私を、倒していいものかどうか」
「それは……」
「ただでさえ実力差があるのだぞ? 殺す気でかからねば、お前が私に敵うわけがないだろう?
 我が弟子として、色んなことを教えてきたつもりだったが……こういった覚悟だけは、伝え切れなかったか」
エヴァは広げた鉄扇で口元を覆いながら、淡々と呟く。
倒れたネギから視線を外し、ログハウス前、転々と転がる怪我人たちを見やる。
夕映。和美。千鶴。楓。刹那。古菲。
いずれも意識を失い、あるいは怪我の痛みに動くこともできない状態の彼女たち。
「……コイツらの1人や2人、殺してみせれば、貴様も本気になるかな?
 ゼロは私の手でトドメを刺せ、と命じていたわけだしな。今殺してしまっても、問題あるまい」
「!!」
邪悪に、実に邪悪に笑いながら呟いたエヴァの表情に。
ネギの顔色が、一変する。
全身のダメージに震えながらも立ち上がり、背負っていた杖を両手に構える。
複雑に曲がりくねった方の端でなく、石突の方をエヴァに向けた構え。槍術の構え。
すなわちそれは――現時点のネギにおいて、肉弾戦での最強の攻撃の構えだった。
彼の表情が、引き締まる。

「……そうだ。それでいい。その顔だ」
「……師匠、失礼しますッ」

一言断って、ネギは大地を蹴って飛び出して――
まさに2人の影が交差しようとする、その瞬間。

唐突に、何の前触れもなく――辺りは、光に包まれた。
闇に慣れた目には眩しいほどの、人工的な明かりが灯された。 

----

――闇に覆われていた麻帆良学園都市に、突然明かりが灯る。
始まった時と同様、何の前触れもなしに復旧した停電。部屋の明かりが街灯が、次々に灯る。

「……これで良し。完全復旧ネ」
「あ、あの、超さん……その、なんで……!」
学園の一角。麻帆良大学の工学部棟の片隅で。
モニタを眺めてニヤリと笑う少女と、その背後でオロオロする白衣の少女の姿があった。
出席番号19番、超鈴音。『麻帆良の最強頭脳』の異名を取る、天才である。

「ふふふ……この停電起こしたの、茶々丸ネ? プログラムのクセ見れば分かるヨ。
 ハッカーとしての茶々丸は、私たち2人の弟子みたいなもの。
 やりそうなこともやれそうなことも、簡単に見当つくネ」

そう……この突然の停電に、超は茶々丸の関与を素早く見抜いたのだった。
仕掛けを探るのに多少手間取り、また協力を躊躇う聡美の態度もあって、少し時間がかかってしまったが。
それでも、こうして茶々丸の干渉を打ち消し、停電を解消し。
そしてそれは同時に、『学園結界』の復活をも意味していた。
エヴァの魔力を封じ動きを止め、チャチャゼロの身体能力を劇的に下げる『封印』の復活。

「ま、ハカセが気に病む必要はないネ。
 ハカセが何に縛られてるかも気になるけど……これは、私が勝手にやったことヨ。
 ツメの甘い茶々丸と、その背後にいたか見通しの甘い『誰かさん』が悪いネ」
「…………」
「それに、ネ」
そして超は不敵に笑う。ニヤリと笑って、遠くを見上げて笑ってみせる。

「この学園で、私以外の誰かが企み事を巡らすのは、ちょっと見過ごせないのヨ」 

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決着は、一瞬だった。

槍のように杖を構え、全身の勢いを乗せて突進したネギ。
余裕をもって構えていたエヴァは、しかし唐突な停電の復旧と『学園結界』の復活に、一瞬動きが遅れて。
ネギの渾身の力と魔力を乗せた杖による突きは、魔力の防御の弱まったエヴァの胸を直撃して――
「ま……師匠(マスター)……!」
「ふっ……いいぞ。いい突きだ」
思いもかけぬあっさりとした決着に、ネギの目に涙が滲む。口の端から血を溢れさせ、エヴァは優しく微笑む。
杖は、魔力を乗せ無詠唱魔法の矢を乗せた杖は――その勢いで、エヴァの胸板を貫いていた。
胸の中央から僅かに左、心臓の位置。胸郭を貫き背中から突き出した杖。
不死であるはずの吸血鬼を滅ぼす、いくつかの方法。
その1つが、心の臓に木の杭を打ち込むことだ。あるいは聖別された武器で心の臓を完全に破壊することだ。
木製の、魔力を帯びたこの杖は――その条件を、十分満たしていた。

「『奴』の杖で、『奴』の息子の手によって滅びる……ふふ、悪くない。悪くない、終わり方だ」
不死の吸血鬼が永遠に望んで止まぬもの、それは死。
逆説的ではあるが、死に憧れ死を切望し、それでも死に切れぬのが『アンデット(死に損ない)』というものだ。
不死者たちの王、陽光の下を歩く吸血鬼の真祖といえども、それは同じ。
どこかホッとした表情のエヴァの身体が、少しずつ灰になっていく。灰になって、崩れていく。
「う、あ……! え……エヴァンジェリンさんッ……!」
「泣くなよ、ぼーや。お前は勝ったんだ。もっと、胸を張れッ……!」
泣きながら抱きしめるネギの腕の中で。
今にも崩れ落ちそうな腕を伸ばし、彼女はそれでもネギの頭を抱き寄せて――

深く深く、ネギと唇を重ねた。
「!?」
「迷惑を、かけたな……。これで、私も、ようやく……!」

唇を離し、最期に彼女は、何を言おうとしたのか。
『不死の魔法使い』エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは、そして安らかな笑顔を浮かべ、塵に還った。 

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……ログハウスの前に、明日菜が戻ってくる。未だに事情を飲み込めないまき絵も一緒だ。
できれば茶々丸も連れてきたかったが、力の抜けた身体はあまりに重く。仕方なく、置いてきた。
小さな灰の山の前――ネギは杖を抱え、静かに泣いていた。
「終った……の?」
「…………」
明日菜の問いに、ネギは答えない。ただ泣き続ける。
傷ついた6人も、意識を取り戻し、呻きながら起き上がる。あるいは這うようにしてネギの周囲に集まる。
自然と、エヴァだった灰の山を取り囲むような形で、輪ができる。

と――その人の輪の中に、遠くから『何か』が放り込まれる。
ガシャン、と音を立てて転がったのは、力を失った小さな操り人形。
チャチャゼロだった。
手にナイフを握ってはいないが、諸悪の根源たる邪悪な人形そのものだった。
そして、ゼロが飛んできた方向を皆が振り返れば……森の中から、ゆっくり歩み出てくるザジの姿。
その右目は――ちょうど道化師のメイクが目の上を跨いでいた右目は。
ゼロとの死闘の中で、潰されていた。メイクの位置そのままに走る刀傷に、完全に潰れていた。
痛いはずだ。片目になってしまっては、距離感が掴めず、今後の軽業にも支障をきたすはずだ。
しかしザジは全く無表情のままで。ゼロの身体をほうり投げ、人の輪にゆっくり近づいて。
カモの亡骸を、ネギの方に差し出した。

「……オコジョ君、頑張ったよ……。人形、急に動かなくなった……」
「ケケケッ。ナンダヨオイ、結局負ケカヨ。ケケケケッ!」

皆の視線の中、しかしゼロは、まだ『生きて』いた。
もう動けない。エヴァが滅び魔力供給が途絶えた今、ゼロの身体に残された残りの魔力はほんの僅か。
もはや指一本動かせないし、何もしなくても、数分と持たずに、魔力が尽きる。
残った魔力が完全に尽きれば……魔力に全てを依存したチャチャゼロという偽りの生命は、ここで終る。

そして、終焉を向かえようとして、なおチャチャゼロは笑う。
何故なら、他に感情らしい感情を持っていないから。他の感情表現の方法を、持っていないから。 

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「ケケケッ。デ、オ前ラ、コレカラドウスルヨ?!
 俺ヲ倒シ、御主人ヲ滅ボシテモ……傷付イタ連中ハ治ラナイゼ? 死人ハ帰ッテコネーゼ?
 『復讐は何も生まない』トカ言ウケドヨ、アリャ本当ダ。
 ドウスルンダ? 俺達ヲ倒シテ、殺人者ニナッテ――オ前ラ コレカラ、ドウスルンダ?!」

ゼロの嘲りの声に、しかしゼロを取り囲む皆は、哀れみにも似た視線を向けるだけで。
カモの亡骸を受け取り胸に抱いたネギが、ゆっくり振り返る。
覚悟決め、全てを受け止めた表情で、彼ははっきりと言い切る。

「それでも、僕たちは生きていきます。
 罪も罰も全部引き受けて――それでも、生きていくんです」
「…………」

ゼロは動かぬ身体で、周囲を見回す。
明日菜も。まき絵も。ザジも。夕映も。和美も。千鶴も。刹那も。楓も。古菲も。
それぞれ心身にダメージを負いながらも、ネギの言葉に力強く頷いて。
ゼロは、笑う。これが最期と知りつつ、盛大に笑う。

「ケケケッ。キャハハハハッ。イイダロウ、精一杯生キテミナ!
 生キテ生キテ、絶望ノ壁ニ突キ当タッテドウシヨウモ無クナルマデ、生キテミナ!
 ケケケッ。ケケケケケッ。キャハハハハッ。キャハハハハハハハ……!」

ゼロの笑い声は、やがてゆっくりと薄れて……やがて、完全に消えうせて。
生まれてから数百年の間、閉ざされたことの無かった目が、静かに下りる。眠るように、目を閉じる。
街灯に照らされたログハウスの前――こうして、一連の凄惨な事件は、幕を閉じたのだった……
とりあえずの、ところは。


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