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太陽と月と星12 - (2009/07/03 (金) 23:07:15) の編集履歴(バックアップ)


太陽と月と星がある 第十二話



 滑らかな肌を蹂躙する黒い指。
 鮮やかな紫痣を撫上げると、それだけで掠れた吐息が漏れました。
 鼻にかかった鳴声、伏せた睫の下から覗く潤んだ瞳。
 何かいいたげに開かれた濡れた唇に指を這わせ
「そおい」
 なかなかいい音を立ててジャックさんの頭に衝突するファイルボード。
 以前使っていたのが破損してしまったので必要経費として勝手に購入した金属製のコレ、なかなか役に立っています。
「オレ、そのうちハゲるんじゃないかな…」
「自重すればまだ間に合うと思いますよ。おにいさま。真面目に診察してください」
 グリグリとの角を捻り込むとようやくジャックさんが患者さんへのセクハラな手つきを止めました。
 最近女性の患者さんが訪れるのです。驚いたことに。
 腕を期待されるのは大変喜ばしい事ですが、訴訟を起こされないために今日も私は頑張らねばならないのです。
 大変です。
「ちゃんとした診療だよ!ね、リっちゃん!!」
「初耳」 
 堅い口調のハスキーボイス。
 リっちゃんと呼ばれた患者さんは診察台から身を起こすと、私の方へ顔を寄せました。
 ツナギをはだけたタンクトップ姿の二十代前半くらいにみえる長身のネコ美女です。
 琥珀色の瞳に明るい茶髪に所々焦げ茶と白斑点のメッシュ、妙に尖った耳、耳の先端の黒くて長い毛がお洒落。
 ズボンから覗く短めの尻尾が可愛らしいです。
「ナースがいなきゃ来なかった」
 首を傾げる私。
 一瞬ジャックさんが笑い、患者さんの手を取り軽く口付けをしました。
「リっちゃん拳闘やってるからメンテ大事なのに、なかなか来てくれなくてさ~☆」
「お前がそうやって余計な事をするから」
 舞踊のような上品な動きのまま、白衣に重い一撃。
 面白い動きをしながらジャックさんが床に転がりました。
 芋虫が悶えていますね。
「こうすると後で困るから来なかった」
 困惑した表情を浮かべていますが、ほっそりとした体型に似合わないがっちりとした握られた拳にはごっつい指輪が輝いています。
 見返すと微かに唇を笑みの形に歪め、切れ長の瞳は狡猾な肉食獣そのもの。
 ここら辺の出身ではないのか、僅かに口調に訛りがあります。
「今度はもっと早くコイツを止めて」
 床で転げるジャックさんを軽く示し、腕の大きな痣を撫でる患者さん。
「判りました。次からはもっとキツめにします。えーと…」
「リーィエ、正確に言うとリーィアェパパロトル 夜飛ぶ蝶の名を貰った」
 夜飛ぶ……蛾?
 いや、きっといるに違いありません。夜行性の蝶が……。
「キヨカです。頑張ります」
 リーィエさんは抜群のバランスでもって診察台から降りると、ジャックさんの背中に金属音のするブーツの踵をぐりぐりと捻り込みました。
「コイツにはしょっちゅうヒドイ目に合わされているから、あまり来たくなかったんだけど。君が見張ってくれるならまた来る」
 激しく頷く私。
 出来ればまた来て欲しい患者さんです。
 なにしろ美人だし、声も素敵です。
 それに、なんかちょっと先輩に似てる…オトコマエな感じとか。
「いつでもお待ちしています!ほら、早く寝てないで起きて!さっさと診療してください!」
 白衣を叩くとひどく恨めしそうな眼で見られました。
「ジャック・キサラギです!キヨちゃんの兄です!実家は帽子屋を営んでいます!アトシャーマ出身の28歳です!好みのタイプはりっちゃん!」
 今更自己紹介しなくても…帽子屋なんだ…。
「キヨカはコレと違っていい匂いがするね」
 必死で自己主張するジャックさんをガン無視するリーィエさん。
 ジャックさん俯いて床にのの字書き始めました。
「そんな事ありません。リーィエさんだって、凄い綺麗だし格好いいし」
 美人に顔を近づけられると照れます。
 頭撫でられました。
 なんだか顔が熱いです。
「今度、試合観に来て。勝つから」
 柔らかそうな口元から覗く白い八重歯がきらりと光ります。
「頑張ってくださいね!」
「来たら勝つ。来なくても勝つ。約束」
 堅い指輪に守られたしなやかな指と指きりをして顔を合わすと自然に笑みがこぼれました。
「約束」
 軽くハグされたのでお返するとリーィエさんが短い尻尾をパタパタと振りました。
「え、ごめん、なんでそこでそうなるの?百合なの?この前はりっちゃんあんなによろげっ」
 長い足から炸裂する一撃。
 長い耳が宙を舞って床へ激突しました。
 キックもいけるんですね。
 かっこいい……。


  
 
 
 
 
 もうオレのらいふぽいんとはゼロよ!とジャックさんが打ち止め宣言をしたので、今日は早めの帰宅です。
 医者としてそれでいいのでしょうか……。
 
 この街には御主人様が勤めている学校をはじめ、複数の教育施設があるとかで若い人の姿が目立ちます。
 普段はまったりしている商店街も、この時間は若い人で溢れとても賑やかです。
 ネコの国ですから、イヌやそれ以外の種族の姿も有りますがやっぱりネコが大半を占めています。
 ウサ耳をつけている私はなんとなく目立たないように隅の方へ。
 私の背が低いわけではないのですが、こちらの男性は体格が良すぎて相対的に小さく見えるという……
 平均だもん、こっちの平均値がおかしいだけだもん…。
「あのーすみません、そこのウサギさん、ちょっと道教えて欲しいんスけど~」
 振り返るとネコ男性…服装と声から察するに青年ぐらいでしょうか、黒、赤、黄色の短毛三人組です。
 耳に飾りを付けたり引っ掛けると痛そうな装飾品をつけていたり、多分流行なんだろうなぁ…。
 リーィエさんも指輪いっぱいつけてたし。
 彼等が挙げたのは、裏道にある宿泊施設の名前でした。
 通り過ぎたことならあります。観光客なのでしょうか。
「それなら―――」
 通行の邪魔にならないように道の端に寄って道順を説明したものの、三人ともあまり真面目に聞いていません。
 三人で顔を見合わせてから、黒猫が頬を掻き、顔を寄せてきました。
「ちょっと良くわかんないんでー一緒に行ってもらえないッスか?」
 顔が、近くないでしょうか。
「えーっとここの路地を真っ直ぐですから、そしたら看板が……」
「いや、そうじゃなくってさー」
「ウサギって凄いんでしょ?楽しもうよ」
「オレーウサギ初めてなんだよね。優しくしてね~ハハッ」
 意味がわかりません。
 何故肩を掴みますか。
「ね、頑張るからさ、いいじゃん」
 口調は穏やかですが言っていることが意味不明です。理解できません。
 三人で囲まれると、視界が遮られ他の人の姿が見えません。
「ごめんなさい、今急いでますから」
 隙間をすり抜けようとしたら肘をつかまれました。
「そんなつれない事いうなよ。本当は好きくせにさ、メスウサギちゃん」
 種族の違いはあれど、見覚えのある下卑た表情。

 野卑な笑い。

「もーそういう事なら、もっとちゃんと言ってもらわないと判りません」
 私は笑顔を作り、肩に回された手をそっと外し、肘と掴む手を軽くつついて笑みを作りました。
 汗ばんで獣臭い毛深い指を軽く握ると、三匹は顔を見合わせ相好を崩しました。
「そっかーオレ達アタマワルイからさー」
「でも四人でなら楽しめると思うぜ」
 口が生臭いです。毛が臭いです。
 もっと毛深いサフですら十億倍清潔なニオイだというのに。
「そうですね、三人ともとっても晴天とは正反対の天気のときに置いたままの布を再利用して作った清掃用具の香りがするので遠慮します」
 何を言われたのか脳味噌に染み込むまで間のあるらしい三匹の間を擦り抜け、人込みに紛れ別の通りへ出てから猛ダッシュ。
 念の為にいつもとは違う道順を使い、脇腹が痛くなったので速度を落として。
 ショウウィンドーに映った自分はなかなかダメな顔でした。
 初ナンパがアレって、ひどいと思うんですけど。
 
 ……ウサギって、実は大変なんですね。
 
 
 
 
 
 
 
 
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 窓の無い部屋。
 仄かに漂うアルコールと官能を引き立てる媚薬と精液と血のニオイ。
 荒い息と肉を叩く音に混じって僅かに漏れる掠れた啼き声。

 ル・ガルが誇るエリート階級、一滴の混ざりもない由緒正しき軍犬血統。
 血族は軍や官僚を占め、一般では手の出ないような高級品を当然のように召し上がる。
 今夜は落ちたばかりの十代前半という事が売りのメスヒト。
 近隣にもメスヒトを所有する館は数点あるが、最近のお気に入りはコレ。
 残念ながらオスヒトは個人所有が主体のため未経験。
 きちんとした教育を受け、容姿の整った従順な「養殖」ではなく、反抗を叩き折り、力づくで調教した「オチモノ」であるという事が重要視される希少品。
 日焼けしていない青白い肌に「せーらー服」「るーずそっくす」と、理想の姿に欲求を抑えきれずに扉を閉める手も慌しくなった。
 細い首に不釣合いな太い首輪についた鎖を引くと、一瞬抗う仕草を見せたもののすぐに目を伏せる。
 手始めに紅の無い薄い色の唇をねぶり、口を開かせてからおもむろに味わうと、ぎこちない舌使いでこちらに合わせてきた。
 離してやると半開きの口からたらたらと涎を垂らし、潤んだ瞳で哀願するように見つめてくる。
 
 弱いモノはひたすら媚びるしかない、ヒトの存在がそれを体現している。
 弱いオスヒトよりも更に弱いメスヒト。
 この格子で覆われた部屋の絶対強者はこの自分。
 
 セミロングの黒髪を掻き揚げると現れる異様な丸耳を舐めうなじに移り、
 肉の薄い肩甲骨を舐めるには服が邪魔だと気がついたのでしぶしぶながら服に手を掛けると
 メスがそれを制して、すぐさま身に着けていた衣服を脱ぎ去り部屋の隅へ後ろ手で放り投げる。
 前回は待ち切れずに破り捨てた事を覚えていたらしい。
 日焼けしていない白い肌に前付けた痕がまだ生々しく残っている。
 嬉しくなって同じ所を噛んでやると小さく声を上げた。

 成長途中である事を主張する薄い胸の先端を自慢の舌で舐め上げると下の獲物が体を震わせる。
 執拗に腰を使い胎内を抉り奥の方で何度目かの射精を行うと、結合部から僅かに赤と白の混合物が溢れた。
「ああっ御主人様ッキモチいい! だめぇっ もっとっ」
 最初の抵抗が一変して快楽に流される弱いヒト。
「こんなによがって、ヒトには羞恥心てものがないんだな」
 ずぶずぶぐちゅぐちゅという水音に鎖の音が混ざる。
 耳障りなので首輪ごと押さえつけると締りが更に良くなった。
 もっと反応が欲しくて薄皮の張りかけた脇腹に爪を立てると体をバタバタと暴れさせる。
 うるさいので首輪から手を離して、口を押さえると更に締りが良くなる。
 嬉しくなって届く範囲をひたすら噛むと、一層甘い血の香りが部屋に立ち込めた。
 快感を堪えながら今度は接合部に程近い柔らかな内股を掻く。
 白いシーツに赤い染みが良く映える。
 まるで処女のように。
「ああ、残念だな、ウチで飼えたら毎晩こうやって可愛がってやるのに」
 
 
 
 
 



 目を開くと褐色肌の異国風激烈イケメン。
「っつっつ!!」
 思わず逃げて部屋の隅から確認すると御主人様でした。
「お、おかえりなさい」
 そうでした。洗濯物畳ながらうっかり寝てしまったのです。不覚。
 御主人様はぐちゃぐちゃになった洗濯物と私を交互に見比べて溜息。
「すみません、まだ(美形に)慣れなくて」
 急に立ち上がったせいでクラクラする頭を押さえながら謝ると何故か更に重い息をつく御主人様。
 失礼な事を言ってしまったんでしょうか。
「服、めくれてるぞ」
 確かに、白いシャツがめくれてへそが出ていました。
 ついでにグロ指定な傷跡も見えそうな感じです。公害です。
 服装を整え、ついでに髪も直してから洗濯物をたたみに戻ると、
 帰宅して一息入れようとしています、といった風情の御主人様が上から下までじっくりと私を眺めてから何故か手招き。
 恐る恐る近づくと尻尾でもって巻きつかれました。顔が近いです。
「うなされてたな」
「実は今日、ジャックさんの所にリーィエさんという美人さんがいらっしゃいまして。今度試合に来て欲しいといわれました。いつか行ってもみても宜しいでしょうか」
「汗かいてるぞ」
 無視です。
 襟元に顔を押し付けるのはどうかと思います。顔近いです。
 イヌじゃないんですから、におい嗅がないで下さい。舐めないで下さい。
 呆れてみていると御主人様が不意に顔を上げ口を開きました。
「忘れてた。ただいま」
「おかえりなさい」
 そのまま妙な沈黙。
 何故か睨まれています。何故か悔しそうです。
 至近距離です。顔近すぎです。
「今日の晩御飯は串焼きです。カエルとトリでチャレンジしてみましたのでお楽しぐっ!」
 薄い唇に細い舌。
 イヌと違うとわかっていても、いまだに違和感を感じます。
 てゆーか、……下手。
 しかもなんか今回長いし……
 いつまでするんだろうとか、そろそろ二人が帰ってくるんじゃないでしょうかとか、
 もしやこのままするんですか、こちら的に性教育ってどんなもんなんだろう、まさかコウノトリはないですよね?キャベツ畑とかありますか?
 等と思いながら明日の献立を考えているとやっと御主人様が体を離しました。最長記録です。
 ぬるつく唇を半開きにし、酸欠で喘いで俯く私とは逆に無言の御主人様。
 なんですか、その握り拳。
 殴られるのかな、私。
 見える所だと、聞かれたときに困るなぁ……。

 
 *    *    *    *    *    *     *    *      *      *     *
  
 
 
 
「あーあ、空からヒト降ってこないかなぁーそしたら大金持ちなのに」
 げふっ
 狼じみた容貌の小柄な少年が口に含んでいた水が気管に入って噎せた。
 それを通りすがりの老婆に微笑ましそうに笑われ、羞恥を感じる。
「なーサフ、やっぱウサギって凄い?頼んだらやらせてくれる?」
 じりじと照りつけつける太陽の下、大きな鞄を斜めにかけた少年の周りを、それより幾分か小さめの鞄をかけたネコがふらふらと飛び回っている。
 ビルの谷間を通り抜けた風に艶のある毛がそよぎ、熱気に喘いでいた顔が一瞬安堵する。 
 トラネコ宅急便と書かれた鞄を背負い直し、水筒を逆さにして最後の一滴を舐め取った。
「まだ次があるんで」
 無視して走り出そうとしたのに前方に立ち塞がれた。
「ねぇねぇウサギ凄いの?童貞捧げちゃったの?処女奪われたの?ねぇねぇ」
 コイツしねばいいのに。
 表情に出さないように苦労しながら、少年は真っ白毛並みのネコを睨んで心の中で舌打つ。
 鋭い視線を向けられたネコは細身の体に白い毛を靡かせ、金色の瞳を輝かせる。
 立場上、向こうの方が年上で先輩なので歯向かい難い。
「先行きますから」
「いいじゃん、隠すなよ オレとオマエの仲だろ?」
 うぜぇ。しね、心の中で罵倒し横を通り過ぎるも、ネコはついて来る。
「なんだっけ黒ウサギのー」
「ジャックですか?アイツならいつでもOKですよ」
 言い捨てて薄暗いビルの中に入っても話しかけてくる。
「アレじゃなくてさー、悪趣味な妹の方」
 階段を二段抜かしで駆け上がり、事務所の扉を叩いて書類を渡し、サインを貰って戻る。
 階段の下で待つネコに心の中で舌打ち。
「センパイ、配達は?」
「もう終わってるにゃぁん」
 ムカツク。
 笑いながら鞄を逆さにして目の前で振られ、苛立ちで肩を震わせる。
「ワンワンは?」
「あと二通」
「ふーん、でさーやったの?ウサギ女とどうなの?スゴイの?」
 しね。
 心の中で絶叫。
「キヨカはただの同居人ていうか、家族なんで」
 家族にも色々種類はあるけど。
「えーでもさーあのぶっさいくなヘビといちゃついてんじゃん。夜も凄いんでしょ?三人でするの?
 ナニ、オマエはさせてもらえないの?おチビだから相手にされないワケ?にゃぁーサフくんカワイソー」
 こけそうになったから、靴紐を直してもう一度住所を確認して方角を確認する少年の横をなおもしつこく纏わりつくネコ。
「えー?ねぇねぇ怒った?怒ったの?機嫌なおしなよー」
 不真面目な態度で仕事を邪魔されている様に感じて、更に苛立ちが募る。
 コイツはアルバイト先で最初に顔を合わせたときから、何かというと突っかかってくる。
 親代わりのヘビにネコは遊び好きだから気をつけろって言われたって、気をつけてもどうなるもんじゃない。
 バイト先の先輩じゃ逆らうわけにも行かないし、さっさとやめたいけど業務は嫌いじゃないし、応援してくれた人にも申し訳が立たない。
 金が貯まって、体を動かして、頭が要らなくて、健全な仕事。
 配達はこの街を支える重要な仕事だ。
 自分はこの仕事が好きだと思う。
「ねぇねぇ、こっち向きなよー」
 コイツさえいなければ。
 心の中で呪文のように唱え、給料日を目算し、配達範囲を変更して貰えないか考えてみる。
 無理だ。この狭い路地裏に大柄なイヌや、トリは向かない。
 一番小柄だから路地に向いているという不名誉な理由はさておき、持久力があって正確性が必要だから君向きだと言われたときの誇らしさが胸をつく。
 勉強は得意じゃない。魔法は向いてない。体格は良くない。
 同じ年頃のイヌが近くにいないから、自分はどの程度なのかわからずに時々不安になる。
 ネコの国に住むイヌの弊害、家族が異種族であるという弊害。
 
 きっとあのままスラムでゴミを漁ってても行く先なんか見えてたけど。
 老人の鞄をひったくろうとしたら通りすがりの醜悪なヘビにど突き倒され、やっぱり凶悪そうなウサギに首を掴れた時は正直ちょっとちびった。
 そのままお決まりである筈の所ではなく、大柄な二人に挟まれ、明日ゴミ捨て場に自分が転がっているのを想像して震え上がり、
 親はどうしたのか尋ねられ、母親はエライ人の娘だったけど盗賊に攫われ捨てられて、膨らんだ腹では高貴な家にも帰れず、
 アンタさえ生まれなければといわれ続け、気がついたら居なくなったと拙い説明をしたら風呂に投げ込まれ、生まれて初めてたらふく食べさせてもらった。
 
 あの日見た夜明けの太陽を今でも覚えてる。 

 昔を思い出して感傷にふけり、にゃあにゃあとうるさいのを無視し続けるのも問題なので顔を向けたら頭殴られた。
「ってーなこの石頭ッ!」
 自業自得だろ、と心の中で絶叫。
 ほんの少しばかり骨に当たったぐらいで大袈裟なんだよ!
 手を押さえてしゃがむのを無視して次の配達先へ急ぐ。
「バカ毛皮イヌ覚えてろ!」
 言葉とは裏腹の悄然とした姿に彼は気が付かない。
 
 
「フッサフサーサッフくーんコレにゃーんだ。いいだろーアイス食べたい?食べたい?三回まわってワンて言ったら一口やるよ」
 うぜぇ。
 空調の効いた待機室でアイスクリームを見せびらかされ、余計に苛立つ。
 口の中の氷をバリバリと噛み砕き、テーブルに突っ伏す。
 仕事再開まで後五分。
「ニキって、本当にサフの事好きだにゃ。オジさん妬けちゃうニャー」
 店長、と書かれたエプロンを身に着けた中年トトロなトラネコに指摘され、ネコが尻尾を膨らませる。
 白い耳の内側が少し赤い。
「ん、にゃわけーねーじゃん!こんなチビ!クソチビ!」
 八つ当たりで背中を叩かれ、募る苛立ちを堪えるサフ。

 郵便よりも割高で代わりに短時間での配達をするメール、小包。
 従業員は自分のようなアルバイトや、短距離飛行が得意なトリが主体。
 教育施設の充実したこの都市では切っても切り離せない、出版社、印刷会社、流通卸etcetc…
 丁寧迅速24時間いつでも対応を売りにしたトラネコ宅急便。
 自分で見つけたバイト先。
 簡単にやめるもんかと、苛立ちを氷と一緒に飲み下す。
 その表情を家族が見たら、辛抱強くなったときっと褒めていただろう。
「サフ君は、今日直帰でいいにゃ、お疲れ様」
 笑顔でトトロからずっしりと重い配達鞄を渡され、一瞬顔が引き攣る。
 どう考えてもサビ残です。本当にありがとうございます。
 入れ替えに戻ってきた先輩格の黒いトリに挨拶して、荷物の受付に来た客に頭を下げ店を出た。
 無視されたネコが寂しそうな顔でアイスを舐めているのに、彼は気がついていない。
 
 
 
 小雨のぱらつきだした夕暮れ時、商店街の裏手、家の前で一呼吸。
 香辛料と…蛙のニオイ…キヨカの努力に期待。蛙ダメ、生理的に無理、死ぬ。
 玄関に手をかけようとして、家の中から聞こえるどことなく楽しげな会話。但し一方通行。
 妹分の声はしないから、ここで入ると恨まれそうな気がする。特にヘビに。
 ――結構、気を使ってんだよね、僕だって。
 ていうか、大人なんだからもうちょっとこう…年頃に対して気遣いとかあってもいいと思うんですけど。
 深夜に漏れ聞こえる背中が痒くなるような会話とか、自重すべき。
 もしかして、聞こえてないと思ってるのか…イヌ舐めんな。
 仕方なく踵を返し、雨の中、どこで時間を潰そうかと考えを巡らせながらうろついているとさっき散々邪魔してきた相手が再び参上。
「あーちょーラッキー!ねぇねぇサフわんどっかいくのー?」
「別に」
 厄介な相手と会ったと心の中で溜息。
 これならジャックのところへ嫌がらせに行くか、私塾に顔を出すかすればよかった。
「…なら、オレんち来ない?オレも暇だし…この近所だし…」
 断るつもりで口を開き、相手の姿を見て思わず絶句。
 ブーツにタンクトップにカーゴパンツという作業服ルックから、アクセサリーのついたサンダルに雨の中では寒そうなキャミソールにホットパンツ姿が褐色の肌によく映える。
 非常に健康的かつ爽やかな服装。好感度高い。
「お茶くらい、出すから…だめ?」
 ヒトでいうなら14,5歳くらいのネコ少女は、白い尻尾を褐色の太腿に這わせ、年下で自分より小柄なイヌに羞恥で頬を染め、そう言った。
 
 
 アレ、何で僕ここにいるんだろう。
 外とは打って変わってやけに内気な態度のネコに動揺を隠しきれないイヌ一匹。
 なんとなく断るずに強引に腕を引かれ、気が付いたら女の子の部屋にはじめて入ることに気が付いた。
 一応年頃の異性のはずが絶望的に殺風景な同居人の部屋と違い、やけに華やかな女の子の部屋。
 姉と共有だという部屋は、大小さまざまなぬいぐるみや落ちモノの類似品などが溢れ、壁と天井にはTVでよく見るマダラのアイドルのポスターが笑顔を向けてくる。
 ――なんか、色々ニオイするし。
 不快になるほど甘ったるいのやわずかにマタタビ、お菓子と花のにおい、それに――――おんなのこのにおい。
 なんだか恥ずかしくなって俯き、尻尾を握り締めた。
「こ、紅茶でいいかな」
「あ、はい、お構いなく」
 そわそわと落ち着かない仕草のネコと同じように落ち着きのないイヌ。
「あの…先輩」
「ニキって呼んで」
 差し出されたティーカップを手に取ろうとして重なった指を慌てて引っ込め俯く。
 結構、細い…思ったより柔らかいし…キヨカより爪尖って綺麗だし…。
 僕、何やってんだろ。
「あ、あのさ、サフの家のウサギの人…どういう関係?本当にただの同居人?」
 まだ引きずってたらしい。
「キヨカは――ジャックの妹で、ウチで家事してくれてる人だから、僕的には…しいていえば…身内みたいな」
 ヒトだと言うことを他人には絶対言ってはいけないといい含められている。
 妹分にもそれはしっかりと教えてあるから、近所で知っている人はいないはず。
「ジャックって、あの変態医者だろ?その妹って事は…」
「キヨカはまともだから!全然違うから!天然だけど!」
 思わず力説していたことに気が付き、恥ずかしくなる。
「キヨカはなんていうか…ちょっと事情があって苦労してたから、ほっとけないっていうか、僕が守らないとっていうか…優しくすると嬉しそうにしてくれるし…」
 ずいぶん良くなったものの、相変わらず全体的に細いというか痩せてるし、時々蒼白だったりするし。
 前に比べて笑顔の回数が増えたけど、その顔を見るたびに胸が痛くなって仕方なくて……
 まぁちょっとこの前見ちゃって正直僕失恋状態なんで、家に帰りにくくてアルバイトに精を出してるわけですけど。
 不穏な気配を感じて顔を上げると少女が思い詰めた眼をしていた。
 
「ウサギに奪われるくらいならいっそここで!!」
「ちょ!まってな!」
 押し倒され唇を奪われ絶句する。
 ちょっと前に真剣に捧げたつもりのファーストキスはあっさりスルーされたわけだけどこれはなんというか
 自分より身長はあるけど細身の身体に年頃らしい膨らみを感じて思わず興奮する。
 ぎこちなく伸ばされた舌を舐め上げ、逆にひっくり返し夢中になって口内を蹂躙し、やっと口を離すころには金色の瞳は潤み、はぁはぁと荒い息をつくメスネコが一人…。
「先輩、人の事童貞って馬鹿にしてたけど、もしかして処女なの?」
「んんんんわけにゃいだろ!オレは!オトコをちぎっては投げちぎっては投げ、お、お前なんか年上の魅力とテクでヒィヒィ言わせてやるんだからな!!」
 細い手足をバタつかせ、顔を真っ赤にして反論するもあまり説得力が無い。
 自分よりも小柄なイヌに馬乗りにされ、跳ね落とそうとするもあっさりと腕をつかまれ再び口内を蹂躙され、小さく喘ぎを漏らした。
「ちょ、ナニなめてっにゃっ!ひゃっあっあんっ」
 首筋から鎖骨に掛けて、わずかに塩と石鹸のにおいのする褐色の肌を舐め上げ片手でキャミソールを引き上げ片腕ずつ脱がし、迷彩柄なブラジャーに手を掛けようか、悩む。
 当然舌は休まない。
「ねぇ、いい?」
 全力でかぶりつきたいのを堪え、一応お伺いを立てる。
 反面教師曰く、「時代は強姦を超えて和姦」らしいので。
 一応下手に出ているも絶対的優位を確信した強い自信。
 ナリは小さくとも、肉食獣の本能に突き動かされ、嗜虐的な興奮が野性味あふれる容姿を一層引き立てる。
 少女は薄青の瞳を見つめ、一瞬瞳を蕩かせ、
「す、すきありいいいいい!!!」
「わっわわわんっ!!」
 また上下が逆転し、今度は完全にズボンに手を掛けられ、一気に剥かれた。
 一気に立場を奪われ、動揺するショタわんこ。
 一気に畳み掛け、今度こそ主権を握るために少女は目をギラつかせ宣言する。
「動いたら噛み千切るからな!!」
 牙剥きだしで威嚇され、思わず尻尾の毛が逆立った瞬間、勢いよく咥えられ不器用に舐め上げられる。
 生暖かいざらりとした舌の感触に総毛が逆立つ。
「あああっちょちょだめ、そこはっ あっ せ、せんぱいっだ、だめっ」
「ど、どうひゃっ」
 もごもごと口を動かされ、堪えるのが精一杯。
 真下の白いショートカットをぐしゃぐしゃと乱し――――――
  
 
 
「不味い苦い生臭い」
「すみません」
 すっかり冷め切った紅茶を飲み干し、それでも残る後味の悪さに顔をゆがめるネコに土下座するイヌ。
「気持ちよくて、つい」
「…ふぅーん…気持ちよかったんだ。オレに舐められて」
 心底自分がマダラではなかったことを感謝する。
 絶対顔が赤くなっていたはずだ。彼女と同じくらい。
 汚してしまった顔を綺麗に舐めとり、脱がせた服を手渡す頃には熱狂が去り冷静さが戻ってきた。
「もうすぐ親帰ってくるし、姉ちゃん達にバレないようにここ掃除するから」
「うん」
 少女は俯きもぞもぞと尻尾を揺らす。
「続きは今度な」
「あるんだ。続き」
「あ、あああたりまえだろ!!いきなり出しやがって!この童貞!!バカ覚えてろよ!!」
 頬を赤くしてうろたえきった声を出す少女を見て、なんだか胸がきゅんとした。
 細くて華奢で守ってあげたい系とは違うなんか、これは……。
「ニキって、実はかわいいんだね」
「ばかしねしねしね!!!」
 殴りかかられたのを甘んじて受ける。
 毛皮のおかげで爪は刺さらない。
「早くオレより身長伸ばせバカ!!一緒に外出るとき恥ずかしいじゃないか!」
 思春期な悩みである。
「一杯食べて運動してよく寝れば伸びるってジャックが言ってた」
 爪が刺さらなくとも、たたかれればそれなりに痛い。でもほっぺたが真っ赤で眼を潤ませて…かわいい。
 腕をそっとつかんで止めさせる。
「特に女の子とする運動が一番だってジャックが言ってた!」
「ウサギの言うことなんか真に受けるなアホ―――!!!」
 再び自分よりも小さなイヌに押し倒されるネコの悲鳴が土砂降りの雨の中に小さく響いた。
 
 
 
 
 
 
     *     *     *     *     *     *     *      *
  
 
 
 
「サフが帰ってきません」
 串焼きの準備は万端なのに。アレ以外。
 チェルもずぶ濡れドロドロで帰ってきたのでお風呂に入れて着替え中。
 ジャックさんも途中で降られたとかで濡れていますが…あ、魔方陣だしてる。
「大丈夫でしょうか…ご………ジャックさんどう思いますか?」
 御主人様がエプロンをつんつんと引っ張り、怖い視線を向けてきます。
 気が付いていないフリをする私。だって、名前とか呼びにくいし…。
 ジャックさんは濡れた毛を魔法で乾かし、準備の出来ているテーブルにつくとキラキラした瞳を向けてきました。
「キヨちゃん、アザどうしたの?」
「え?」
 思わず手先を確認するも特に何も無く。
 ちょっと爪が伸びてるから、あとで切らないと。
 指先荒れてるなぁ…ガサガサだと痛いらしいから前は気をつけてたけど、今はそれで文句言う人いないし…。
 こっちの洗剤や消毒薬って、結構荒れるし…チャーミーグリーンとか欲しいような…私には必要ないから、いいか。
 複雑な感情を隅の方に押しやって、顔をあげ首を傾げてました。
「どこですか?」
 長袖だから、あとは……足?でもロングだから見えるはずないし…。
 ニヤニヤと笑うジャックさんに首を傾げ、相変わらず隣でアレの仕込みに余念のない御主人様をチラ見すると非常に険悪な表情です。
 目が合うとぐっと睨まれました。
「首のボタンしめろ」
 ぼそりと告げられ、言われたとおりボタンを普段より更にひとつ。
 息苦しい…。
「まぁサフわんも男の子だからねぇ、いろいろ有るよ」
 ポリポリとにんじんを齧りつつ、ビールのプルトップに手をかけるジャックさん。
「男の子でも、まだ全然子供ですよ?大体…23じゃ、イヌは三倍だから…チェルより少し大きいぐらいですよね?可愛いんですから、誘拐の危険だってありますよ!」
 8歳にしてはちょっと大きいと思うけど。
 そして何故吹くんですかジャックさん。
 御主人様も包丁を滑らして、丁寧に骨抜きしていたのを真っ二つにしています。
 何か違ったようです。
「まぁオレは見た目どおり28だからいいけどね」
 ごしごしとヒゲについた泡を布巾で拭うジャックさん。
 毛に覆われているので年齢とかよくわかりませんけど……間違いなく嘘ですね。
「お前、まだそんなこと言ってるのか」
 片手にアレ、片手に包丁を握りあきれた風な御主人様。
 ちなみに今御主人様は軽快に動くためにわざわざトカゲ男に変身中です。
 そこまでして食べたいのか、アレ料理……。
 今回は、私の為に香辛料控えめなのも作ってくださるそうです。
 なんか涙が出そうです。いろいろな意味で。
 せっかく串焼きで個人別にして回避しようと思ったのに……。
「一応いうと、別に寿命が長いからって、そのまま成長も同じくらいかかるってわけでもないよー
ほら、ネコの赤ちゃんが六年ハイハイ歩きだったら大変でしょ?そりゃ個人差はあるけどね、ロリ百歳とか某ショタ犯罪者とか」
 にんじんを食べ終え、きゅうりに取り掛かるジャックさん。
 味噌付けたら美味しいのにそのまま食べてるし……。
 着替えて戻ってきたチェルが期待に満ちた眼差しを向けてきたので、仕方なく串焼きに火を通し始めます。
 そうか…じゃあ御主人様は…いくつなんだろう。
 訊きたいような訊きたくないような……。
 もしかしたらそろそろ結婚を考える歳だったり……出会いとか、協力するべきだろうなー…。
 サフ、どうしちゃったんでしょうか…遊びに行くときはいつも一言言ってくれるのに…。
「オマエ、意外とモノを知らんな」
 洗ったとはいえ、アレをいじった手で頭を撫でないでいただきたいわけですが。
 …教えてくれる人なんか居なかったんだから、仕方ないじゃないですか。
「あーそうそうキヨちゃん新しい本買ったから後で読んで置いてね、コレ『マイマイでもわかる外科手術~日常編~』」
 …綺麗なヒトの男の子と女の子がきわどい格好で絡んでいる表紙の雑誌を差し出されました。ピンクです。
 思わず凝視すると半笑いで引っ込められ、改めて差し出された専門書を受け取り、中身を一応確認…まともっぽいです。
 でもマイマイってなんだろ…カタツムリ?
「ジャックさん…さっきの雑誌ですが、チェルやサフの前で読んだら、私、工具を修理や組み立て以外の目的で使用しますから、よろしくお願いしますね?」
「ほかの使いかたって?」
 お酒のつまみに出した茸の漬物を横から手を出しつつ訊ねてくるチェルに私は微笑みながら口を開き
「まずニッパーでヒゲを…」
「わあぁあぁあああああああー!しません!ていううか、いちおうこれ健全だよ!ちょっと誤解を招く表現がしてあるけど!!!」
 雑誌を取り出し押し付けられ、読みにくい書体の目次を指されました。
「ヒトノキモチ創刊号!~ヒトと人の生活総合誌~ほらっ健全!健全!記念日一覧とかあるし!父の日とかさ!」
 体位一覧とか、ケンドル(?)チラリシーンとか、ヒトが居る風俗店とかも掲載されるみたいですけど。
「ほら、オレのコメント!ヒトも診れるお医者さん一覧で載ってるでしょ?褒めて!ミケっちの隣だよホラ!ミケっちは凄いんだよ?りたーなんとかかんとかって」
 とっても必死なジャックさんに軽く頷く私。
 ヒゲ切りはリーィエさんのアドバイスでしたが、予想以上の効果です。
 リーィエさん凄い、かっこいい。
 串焼きはだんだんと香ばしいいい匂いをさせてきました。
 御主人様の方もほぼ出来上がってきたみたいだし……。
 
 あーあ、サフ遅いなぁ…ご飯、冷めちゃうのに。
 


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