ウィリアム・レッドグレイブは全身に鈍い痛みを感じながら目を覚ました。時刻は既に正午を回っている。
絶滅社から大量に発注された箒のメンテナンスを三日間徹夜して片付けた後、太陽が東から顔を出し始めた頃に眠りについたのを彼は思い出した。

「おそようございます、ウィリアム様」

名前を呼ばれたウィリアムは寝ぼけた眼をこすりながら周囲を見回す。翠色の瞳と赤毛、知性を感じさせる端正な顔立ちが目を引く青年。それがウィリアム・レッドグレイブという男の風貌だった。
彼は、モニターに映し出された少女と目があったところでようやく意識が鮮明になった。

「起きていたのか。ジェフティ」
「いつでも起きています」

ジェフティはウィリアムが作り出したAIだ。機械独特の奇妙で抑揚のない声ではなく自然な音声を発することができる。もちろん、AIそのものとしても非常に優秀だ。ただし機械らしく機転がきかない。そして、機械らしくなく、時々皮肉を返してくれる優れものだ。
両方の耳の上で束ねたウィリアムの瞳と同じ色の髪と、少女らしい大きな瞳が可愛らしい印象を与える。十代半ばに見えるが、彼女は先月で一歳の誕生日を迎えたばかりだ。

「箒はもう絶滅社に送ったのか?」
「ウィリアム様が就寝された時に」
「分かった。それじゃあ僕はもうひと眠りするよ」

そう言ってウィリアムが冷たい床に身体を預ける。確かにこんな場所で寝ていては身体のあちこちが痛むはずだ。そんなことを考えながら、再び意識を手放す。積み上げた書類の山やパーツの生き埋めになるのは、それから3時間ほど経ってからだった。

◆ ◆ ◆

空間に映し出されたホログラムモニターを見て、ウィリアムは唸っている。

「このジェネレーターは一体……理屈は分かるんだが、これじゃあ回転率が70%も落ちてしまう。そもそもこいつを動かすだけのエネルギーを確保することができないな」

モニターに映し出されているものは、パワードスーツの設計図だった。だが彼が考えたものではない。彼が何度もくり返し見ている夢……その夢の中で見た設計図を、ジェフティの力を借りて現実のものにしたのだ。

「お手上げだ、動力源も装甲の材質も全くわからん」

勢いをつけて椅子の背もたれに寄りかかる。椅子の前脚を浮かせ、テーブルに足を乗せながら、少々危険な揺りかごを堪能し始めた。

「私のアーカイブにも存在しない情報です。ファー・ジ・アースの技術ではないと思われます」
「やっぱりそう思う?参ったな……次元を超えて異世界に飛ぶとなると、少々骨が折れそうだ」
「“守護者”アンゼロットに協力を要請しては?」
「ダメだ」

きっぱりと、ウィリアムは拒否した。

「なぜですか?」
「二週間前にロンギヌスからの仕事の依頼を断ったばかりなんだ」
「では、依頼を受ければよろしいかと」
「あの性悪女王様と取り引きしろっていうのか?あっという間に首輪を付けられて飼い殺しにされるぞ」

あくまでウィリアムは真剣に答える。可憐な容貌に似合わず、豪腕で知られるアンゼロットを恐れる者は多い。ウィリアムもその一人だった。

「ジェフティ、まずはスーツを作ろう」
「この設計図通りに作ることは、不可能だと今話されていたはずですが」
「設計図通りだなんて言っていないぞ。いや、本当のところを言うと設計図通りに作りたいんだが。まずは形にしてみなければ分からないこともあるだろう。代用できそうな技術や材料を使って、コイツのレプリカを作る」

ウィリアムは投影された設計図を、挑むかのように見上げる。

「了解しました」
「まずはこのフライトシステムだ。まずはコレだけ作って実験しよう」
「実験、ですか」

ああ、とウィリアムは頷く。

「飛ぶ実験だ」

◆ ◆ ◆

「実験その1。まずは出力10%から試してみよう」
既に録画が始まっているカメラにウィリアムは視線をおくる。両足にはブーツ様の、両腕にはグローブ様の飛行ユニットが装着されている。これから作成するパワードスーツの両手、両足にあたるパーツだが外装はまだされておらず、機械がむき出しのままになっている。

「よし、行くぞ……パワー・オン!」

緊張を振り払い、出力を宣言通り10%まで上昇させる。足底と手のひらからエネルギーが噴出される。ウィリアムが浮遊感の次に感じたのは鈍い衝撃と音、そして頭部に走る激痛だった。

「……次は3%くらいから始めよう」

たった10%でも、ラボの天井に勢いよく頭をぶつける程の高出力。とりあえずは上出来だと、ウィリアムは前向きに考えるのだった。

◆ ◆ ◆

「実験その13。フライトシステムの攻撃への応用だ」

ビデオカメラの映像には、実験その1よりも明らかに生傷の増えたウィリアムが収められている。
確実に完成には近づいているのだが、危険な実験が多いだけに怪我は免れない。全身可動の実験の際は、スーツの動きについて行けず肩を脱臼しかけることもあった。

「これが成功すれば、実験は一通り終了となる。さあ、気を引き締めていこうか」

普段の彼からは想像もつかない真面目なセリフが記録されている。装着しているのは、実験その1の時に両手に装着されていたもの。あれから何度も調整、改良を重ねたものだ。それはこのパーツに限ったことではないが。
ウィリアムは用意した的に向かって手のひらをかざす。射出口にエネルギーがチャージされていくのが分かる。ウィリアムがエネルギーを放つと、木製の的は木っ端微塵に砕けた。それと同時に背部に衝撃と鈍痛が走る。

「……成功といえば、成功だな」

どうやら発射の衝撃で後方に吹き飛ばされ、壁に激突したらしい。実験はまだ続きそうだ。

◆ ◆ ◆

「よし、いつでもいいぞ。ジェフティ」

ピッタリと身体にフィットするボディスーツを着込み、ウィリアムはジェフティに合図をおくる。

「了解しました。ウィリアム様」

ウィリアムが立っている床、そして付近の壁や天井からロボットアームが次々と現れる。
むき出しの機械をウィリアムの身体に取り付け、次に外装が当てはめられる。足から上半身に向かってパワードスーツに身を包み、最後に頭部のパーツを装着した。全身にパワードスーツを装着したその風貌は、まさに「銀色の男」と言えるものだった。

「ジェフティ、モニターをオンにしろ」

スーツを装着し、真っ暗だった視界に明かりが灯る。視界に映し出されたのは、肉眼で見るよりも鮮明な景色。そして視界――画面内にいくつかのアイコンや様々な数値が映し出される。

「モニターの調子はいかがですか?」
「まあまあだな。見易いようにあとで調整する必要はあるが」
「了解しました」

ウィリアムの視線や脳波に反応し、アイコンや数値が目まぐるしく変化していく。ズーム、ワイド機能も搭載している。

「慣れるまで酔いそうだな」
「エチケット袋を用意しますか?」
「大丈夫だ。それより初めての本格的なテストフライトだからな。念入りにチェック頼むぞ」
「分かりました。バーチャルチェックを開始します」

ジェフティの言葉と同時に、外装が細かく稼動を始める。ドライブ、フライトシステム、その他全ての機能が正常に作動するか、最後のチェックを行っているのだ。

「チェック完了。スーツに問題はありません」
「よし、早速飛ぶぞ」
「お待ちください。実際に飛行する際は様々な計算が必要で……」
「ジェフティ」

我が子を嗜めるように、ウィリアムはジェフティの言葉を遮った。

「計算よりまず飛べ、だ。……パワー・オン」

フライトシステム「リパルサージェット」によってエネルギーが足底と手のひらから噴出される。実験時よりも安定した出力でウィリアムは浮遊する。身体を前に傾け、外に続く亜空間ゲートをくぐり抜けると、数週間ぶりに外に出たウィリアムはそのまま上空まで一気に翔け上がった。

「いいいやっほおおおう!」

高速で翔け抜ける感覚に興奮し、ウィリアムは思わず叫び出した。愛用の箒オラシオンに搭乗して飛行することはあったが、スーツを着ての飛行はまた格別の感覚だった。
まさしく、ウィリアム・レッドグレイブ自身が空を飛んでいるのだと実感できた。

◆ ◆ ◆

とりあえず満足の行くまで大空を飛び回ると、ウィリアムは亜空間ゲートを開いてラボに戻った。
彼は自宅とは別にラボを持っている。彼が作ったラボはまさに秘密基地と呼ぶに相応しく、小規模な異空間の中にある。
「ハウスキー」と呼ばれるデバイスを使い、ラボに通じるゲートを開くことができるのだ。
ラボに入れるのはウィリアムと、彼の許可を得た者のみ。
最も、彼以外の人間がラボに入ったことはないが。

「初フライト成功、おめでとうございます」

祝いの言葉を受け取った当の本人は満更でもないのか、アームにスーツを脱がせてもらうとすぐに冷蔵庫からシャンパンを取り出した。蓋を開けて二本のグラスになみなみとアルコールを注ぐ。

「どなたか招待されるのですか?」
「僕が乾杯したい奴ならそこに居る。ジェフティ、お前のおかげだよ」
「ありがとうございます。しかし、私は何かを食べることも飲むこともできません」
「僕がお前の分も飲んでやるから問題ないだろう。さあ、乾杯だ」

ウィリアムは置かれたグラスに自分のグラスを傾ける。ちん、と柔らく澄んだ音が鳴った。

「だが、まだ改良の余地はあるな」

グラスを口元に運びながらも、ウィリアムはモニターを操作する。初めて本格的な運用をして分かった事……主に欠点とその対策、改良案をまとめ始めた。

「まずはスーツの兵装だな……リアクターガン一つでは心もとない」

リアクターガンは、フライトシステムを応用した射撃兵装だ。両手の手のひらからはエネルギーを噴出して飛行の補助を行うことができるほか、エネルギーを圧縮して放つことで質量を持ったビームを放つことができる。要は、「実験その13」を経て完成された武器という事だ。

「ジェフティ、スーツの出力を落とさずに搭載できる兵装をピックアップしろ」
「了解」

すぐさま別のモニターが現れる。それには様々な兵器の一覧が表示されていた。どれもウィリアムが開発し、保管しているものだ。

「まずはクラスターミサイル。それからレーザーブレード。攪乱用のフレア弾も欲しいな」
「紛争地帯にでも行くのですか?」
「発掘に行くんだよ。オーバーテクノロジーをな」

ウィリアムの次の目的は決まっていた。設計図の中にあった、ファー・ジ・アースでは再現出来ない装備や技術の手掛かりを探しに遺跡……特に調査が終了していない所に優先的に侵入するつもりなのだ。遺跡には遺産を始め、様々な魔道具やテクノロジーが隠されていることがある。異世界の技術が見つかることも、それほど珍しいことではない。

「でしたら、ドリルユニットをお勧めしますが」
「悪くないな。採掘にも使えるし」
「ドリルは採掘用の装備ですが」
「遺跡に入るのは考古学者だけじゃない。お宝目当てのならず者もわんさか居る」
「ウィザードの盗掘者を相手にするなら、リアクターガンだけで十分ではないでしょうか」
「なんでそう思う?」

ウィリアムは怪訝そうに尋ねる。

「フライト中に解析したデータですが、ウィリアム様の月衣はスーツ装着中に大きく変化していました」
「月衣が変化した?」
「アーカイブを参照しましたが、第四世代の月衣に極めて近い状態にありました」
「もっと早く言って欲しかったな」
「申し訳ありません。フライトを終えたウィリアム様がとても嬉しそうに見えましたので、また明日報告しようかと」

子供がすねた時のようにウィリアムは唇を尖らせる。それを宥めるようにジェフティは謝った。

「僕のせいか……しかし、これはどういう事なんだ」
現在、ウィザードは4つの「世代」に区別されている。月衣の出現を境に第一世代と第二世代、マジカル・ウォーフェア以降に現れた、EX月衣を持つ第三世代。そして、それらのウィザードと比べてより強力な力を持った第四世代。第四世代はEX月衣の有無に関わらずそう呼ばれている。定義がかなり曖昧で、あまり浸透していない呼称だ。しかし最近の研究では、月衣が特殊な進化をしていると報告されている。詳細は不明な点が多いが、ひとつはほとんどが先天的なものであるということ、そしてもう一つ……第四世代の月衣はより深くウィザードとシンクロしているというものだ。月衣はウィザードの強さに同調して進化する。ウィザードと月衣の結びつきが強いほど、相乗的にウィザードと月衣は強大な力を得るのだ。
そのため、第二、第三世代のウィザードの月衣が第四世代のものに変質することも、極少例だがある。
しかし、ウィリアムのように特定の装備をしている間に月衣が変質するというケースは前例がないものだった。

「やっぱり、あの設計図は普通じゃないな。完全に再現できていないのにこんなことが起こるなんて。完全に再現できてないせいかもしれないが」
「第四世代の能力があれば、大抵のウィザードやエミュレイターは今あるリアクターガンだけで対応できるかと」
「いや、備えあれば憂いなしだ。とりあえず今言った4つの兵装をスーツに搭載するぞ」
「了解」
「それから、水中でも活動できるようにしたいな。フライトシステムを調整しなきゃな」
「リアクターガンの出力に影響が出る可能性があります」
「だったら、そうならないものを作るぞ」
「分かりました」
「それと、スーツの装着ももっと何かできるはずだ。今のままじゃ、ここにある装置を使わないと脱着できないし……」
「どうされました?」
「中に着るのがこれじゃあスーツが脱げない」

ウィリアムが今着ているのは、光沢感がある、身体にぴったりとフィットするボディスーツだった。彼は自分の体には自信があるものの、これを着ている姿を衆目に晒せるほどの度胸は持ち合わせていなかった。
彼の知り合いのブルームライダーは、その艶やかなボディラインを晒しながら飛び回っていたが。

「せっかく楽に着たり脱いだりできるようになっても、こいつを着てる姿を人に見られるのはな」
「確かに、あなたは目立つのが嫌いな方でしたね」
「……レインコートを着ててもスーツを装着できるようにしろ」

ジェフティのささやかな皮肉をウィリアムは黙殺した。

「色は塗りますか?」
「このままでいい」
「かしこまりました」

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最終更新:2013年07月31日 16:51