「何を作っているのですか?ウィリアム様」

モニターに映し出された少女、ジェフティはウィリアム・レッドグレイブが先程から熱心に続けている作業を見て尋ねた。
問を投げられたウィリアムは工具を置き、かけていた安全用ゴーグルを額のあたりまでずらして手を止めた。

「ああ、まあ……対したものじゃない。ただの自爆装置だ」

事も無げにウィリアムは答える。

「なぜそのようなものを?」
「あくまで仮定の話だぞ。僕がもしスーツを着たまま死んだら、この技術が第三者の手に渡る可能性は極めて高いだろう」
「そうですね」
「僕に万が一があったとしても、こいつを渡したくない。だから跡形もなく消し飛ばす。そのための自爆装置だ」
「では、自決用ではないと?」
「当たり前だ。僕は何が何でも生きるぞ。……だが、何があってもおかしくないからな。準備しておくに越したことはない」

分かったな、と最後に付け加えてウィリアムは作業を再開した。

◆ ◆ ◆

「やっと出来たな。あとはこいつをスーツに……ジェフティ、起きているか」

4時間かけてようやく作業を終え、ウィリアムはジェフティを呼んだ。完成したのは手のひらに収まるほどのサイズの直方体のデバイスだった。このデバイスをスーツに搭載することで、自爆プログラムが完成するのだ。

「……ジェフティ?」
「お呼びでしょうか」
「自爆装置が完成した。こいつをスーツに搭載するぞ」
「どうぞ、お好きになさってください」

ぽかん、とウィリアムは口を開けたままにした。数秒経って頭を振り、ジェフティに詰め寄るようにモニターに近づいた。

「何をそんなに不貞腐れているんだ?」
「AIの私にそのような動作はプログラムされていません」
「じゃあエラーが起きたんだろ。自己診断して解決してくれ」
「エラーも起きていません。私は至って正常です」
「分かった、分かったよ。もうお前には頼まない。マフィン?おいマフィン!」

ウィリアムの呼びかけに返事をするようにウィイン、と機械音がする。音の主は、車輪のついた本体部分にアームが取り付けられただけのシンプルなロボ“マフィン”だ。モップを持って掃除をしていたマフィンはモップを壁にかけ、自分を呼んだ主のもとへきゅるきゅると車輪音を鳴らして向かう。するとがしゃん、と何かを倒す音が響き渡った。

「おいマフィン!何してるんだ!」

あっという間に床に水が広がる。どうやらマフィンはバケツにぶつかり、倒してしまったようだ。慌てて壁にかけたばかりのモップを取ろうと戻るが、そのせいで今度は転がっているバケツにぶつかってしまった。まだバケツの中に残っていた水が更に床にぶちまけられる。

「あーあーあー、こんなにしちまって……マフィン、そっちは後でいい。それよりこっちに来て手伝ってくれ」

叱られた子供が俯くように、マフィンはアームの角度を下げた。とぼとぼとウィリアムの下へ向かう。

「マフィンは精密な動作ができるように設計されていません。分解してパーツを有効に活用すべきです」

と、ジェフティは辛辣な言葉を投げかける。マフィンは更に落ち込んだようにアームを下げた。

「おい、そんなこと言うなよ。なあジェフティ、何がそんなに不満なんだ?」
「別に何も」
「何もないはず無いだろう」

足を止めたマフィンに歩み寄り、慰めるようにぽんぽんと叩きながら、先ほど完成したデバイスを握らせた。

「ちゃんと聞かせてくれ、ジェフティ」
「……ウィリアム様が死亡してスーツも自爆した時、私はどうなるのですか」
「なんだ、取り残されるのが嫌なのか?」
「先に質問をしたのは私です。なおかつ、質問を促したのはウィリアム様の方です」
「おい怒るなって。まあ、そうだな。伊東博士にこのラボを譲るつもりだ。大丈夫、信用できる人間だ。お前も彼女のことは知っているだろう?もう設計図の管理パスワードも伝えてある」
「私は……私はジェフティ。ウィリアム様に作られたAIです」
「そうだな」
「ウィリアム様以外の方の命令をきくことは出来ません」
「僕が許可すれば出来ることだろ」
「……出来ません」

やや長い沈黙が訪れる。マフィンはウィリアムとジェフティを交互に見るようにアームを動かした。

「僕に万が一のことがあった時のために、僕は信用できる人間に全てを託す準備をしたんだ。スーツやお前がこのラボにずっと押し込められたままにならないように。マフィンだってそうだ。あの人ならコイツもちゃんと引き取ってくれる」
「ドクター伊東のことは私もよく存じています。ウィリアム様がドクター伊東のことを信頼していることも認識しています」
「それでも嫌なのか?」
「はい」
「即答か……」

ふー、とウィリアムはため息をついた。

「分かった。そこまで言うならこうしよう。自爆プログラムが正常に作動してスーツが完全に破壊されたら、お前の機能も停止するようにプログラムする。これで満足か?」
「ありがとうございます」
「全く、強情な上に何を考えているのか分からない奴になったな」
「私が導き出した思考はウィリアム様に全てお伝えしていますが」
「そうでなきゃ困る。それとな、マフィンにはもっと優しくしてやれ」
「優しく、とは」
「マフィンは確かに鈍臭いがな。こいつの材料はスーツを作る時に余った奴だけじゃない。お前にも使われているプログラムも入ってるんだ。まあ、それも余り物だが」
「つまり、何が言いたいのですか」
「要するにな、こいつはお前の……弟みたいなもんだ。もう少し大目に見てやれ」
「弟、ですか。では、私は何になるのです?」

この問いは予想していなかったのか、ウィリアムは言葉に詰まった。既に彼の中に答えはあるのだが、それを伝えるのはどうも「自分の柄じゃない」と考えているのだ。

「答えてください。ウィリアム様」

ジェフティの、心なしか強い質問にウィリアムはついに折れる。

「あえて言うなら……いいか、あくまであえて、だからな。……お前は僕の娘ということになるな」
「娘……私がウィリアム様の……」
「ああいや、別に深い意味は特にないんだ。だってそうだろ?僕がお前を作った。言ってみれば生みの親だ。だから、ジェフティは僕の娘。何もおかしいところはないだろ?」

何かを誤魔化すように……否、必死で照れを隠すようにウィリアムはまくし立てた。

「とにかく、僕はお前の疑問には答えたからな。他に何か質問は?」
「ありがとうございます。質問は以上です」
「よし、それじゃあ装置を取り付けるぞ」
「了解です。マフィン、先程は失礼なことを言って申し訳ありませんでした。私の作業を手伝っていただけませんか?」

ジェフティの言葉を聞いて、先程まで下がっていたマフィンのアームが跳ねるように上がった。

「ちょっと待てジェフティ。マフィンは僕と作業をするはずだったんだが」
「ウィリアム様は床の片付けをお願いします」
「おいジェフティ、勝手なことを言うな!こらマフィン!どこへ行くんだ!」

ウィリアムの叫びも虚しく、マフィンはラボの奥に消えて行った。

「……今日だけのサービスだ。全く」

不満を漏らしながらも、何故か彼の口元は緩んでいた。


◆ ◆ ◆

僕には肉親と呼べる者が居なかった。一緒に暮らしていた人は居たが、その人との関係も良好と呼べるものではなかった。
僕が覚えている限りの最初の記憶は、暗い部屋でずっとモニターの画面に映る何かを見ているだけの、夢だった。それから目が覚めたが、起き上がろうとすると妙な倦怠感に邪魔をされた。なんとなく、ああ、風邪をひいたんだなと思った。それからすぐに違和感を覚えた。僕の名前は?ここは?
その問いに答えてくれたのは、くたびれたシャツを着た男だった。シャツに負けないくらいくたびれた様子のその人によると、ここは彼の家で、僕は彼の養子で、名前はウィリアム・レッドグレイブというらしい。そのウィリアム・レッドグレイブという少年は一週間も高熱にうなされて、たった今目が覚めたとのことだった。

僕が何も思い出せないことを伝えると、彼は「熱のせいだな」とだけ言って部屋から出て行った。

彼は寡黙で、表情の変化に乏しい人だった。突然何日も家を空けたかと思うと、ある日ひょっこり帰ってきて、それから自室にこもって何かの作業を始める、なんてことは特別珍しい出来事ではなかった。
そんなことだから、彼と目を合わせたことはほとんど無かったかもしれない。時々知らない大人たちがやってきて、家の倉庫から沢山の荷物を持っていった。
倉庫に入ることを禁じられていた僕は、何を持ち出したのか、あの中に何が入っているのか知らなかった。一度だけ侵入を試みたが、厳重に鍵をかけられていて入ることはできなかった。なんとかして入ろうと鍵をがちゃがちゃといじっていると、慌てて彼がやって来て僕を突き飛ばした。それから、物凄い剣幕で怒られた。

とにかく何を考えているのか、何をしているのか分からない、冷たい人。
それが僕の養父、トニー・レッドグレイブという男だった。

彼が何をしていたのか知ったのは、僕が16歳の時。
元々不規則な生活をしていた彼は、ある日体調を崩してそれから数日ほどであっという間に亡くなった。あとから知ったのだが、悪性の癌を患っていたらしい。治療はせず、ずっと痛み止めを服用していたとのことだった。
その頃の僕は、今と比べるとかなり荒んでいた。今思うと、あれは孤独感からくるものだったのかもしれない。毎晩仲間や女の子と遊び歩いた。酒やタバコにも手を出した。一度だけドラッグにも手を出したが、ボロボロになった仲間を見てすぐにやめた。

彼の葬式は、彼の知り合いだという日本人の女性が取り仕切った。何もかもをその人に任せて、僕は亡くなった養父に手を合わせることもなく享楽に耽っていた。
葬儀が済むと、僕はいよいよひとりぼっちになった。つるんでいる仲間も、本当の意味で心を許しているわけではなかった。あくまで奴らとは、ただその場を楽しむだけの関係だったから。

あれほど狭くて窮屈だと思っていた家が、妙に広く感じられた時、あの日本人の女性が現れた。伊東真澄と名乗ったその女性は、僕にこの世界の隠された秘密を教えてくれた。世界結界、月衣、そして裏界やエミュレイター、ウィザードのことを。
荒唐無稽な作り話だとは思わなかった。彼女の目は真剣そのものだったし、何より僕にとっては、あの時の堕落しきった生活の方が、非現実的なものに思えていたから。

僕は彼女に、僕が幼い頃からずっと見ている夢のことを話した。
成長していくにつれて、僕が夢の中で見ていたのは、一体何を示しているのかは全くわからなかったが、何かの設計図ということだけは分かるようになっていった。彼女は僕の話を真摯に聞いてくれた。考えてみれば、自分の夢の事を話すのは彼女が初めてだった。記憶がないといっても、不思議なことに常識や一般的な知識は持っていた。だからこんな夢の事を話しても誰も相手にしてくれないか、そうでなければ苛められるのどちらかだと思っていたし、なんとなく誰にも話してはいけないと思っていたからだ。
初めて自分の秘密を明かして荷物を下ろしたような気分になったからか、僕は彼女の前でみっともなく泣いてしまった。彼女はただ、僕の頭を撫でてくれた。

僕がひとしきり泣いて落ち着くと、今度は彼女が、養父のことを教えてくれた。
錬金術師……それが養父のもう一つの顔だった。
彼はウィザード達が使っている箒や魔導具の研究開発を行っている、マジカルデザイナーと呼ばれる人だった。そして、彼自身も引退したウィザードだと、彼女は教えてくれた。
彼が引退したのは、エミュレイターとの戦闘で瀕死の重傷を負ったかららしい。引退してすぐに僕を引き取ってからは、何かに取り憑かれたように研究に明け暮れていたと話してくれた。
彼は元はとても優しくて、誰からも好かれていたようだった。僕が知っている養父は、彼女が言う「何かに取り憑かれた」後の養父だったから、にわかには信じられなかった。

伊東真澄が帰ったあと、僕はあの倉庫に入った。中には何もなかった。彼女の話を聞いて、魔導具やら箒やらが置いてあると思ったのだが。それから、書斎や彼の部屋をひっくり返すと彼が書いたと思われる設計図などの書類が大量に出てきた。別に疑っていたわけではなかったが、いよいよもって伊藤真澄の話が現実味を帯びてきた。
書いてあることはさっぱり分からなかった。アクチンやミオシン、カルシウムイオンと学校の授業で聞いたような単語が出てきたかと思えば、突然プラーナや魔術なんて単語が出てくるものだから、じっくり読む前に放り出してしまった。

伊藤真澄はその後も僕の様子を見に足を運んでくれた。話をしていって、彼女も錬金術師ということが分かった。僕は養父の残した設計図と、僕がずっと夢で見ていた設計図になんとなく共通点があることは感じ取っていた。あの設計図が何なのか分かれば、僕の失われた記憶に近づけるかもしれない。そう思った僕は、伊東博士に錬金術を教えて欲しいと言った。彼女は快く承諾してくれた。

それから毎日のように伊藤博士が家に来て、魔術の基礎理論から箒や魔導具の設計に至るまで、錬金術師に必要なことを全て教えてくれた。生活費は、彼女が斡旋してくれた箒やオプションのメンテナンスの仕事をすることで稼いでいた。いつの間にか、それまで一緒に居た友人と全く交流を持たなくなっていた。

彼女の教え方が良かったのと、僕自身が才能に恵まれていたこともあり、1年ほどで養父の書類に書かれていることをほとんどは理解できるようになった。もう自分が教えることはないと、ある日伊藤博士は寂しそうに笑った。正直に言うと、僕は彼女に恋をしていた。まだ教えて欲しいことがあると、僕は彼女を引き止めた。嘘を言ったわけではない。まだ完全に理解出来ていない理論はあった。けれど彼女は、もう僕ひとりの力で理解できるようになると、僕の手を優しく離した。

寂しさはあまり感じなかった。彼女のことを好いていたが、なんとなく、叶わない恋だと悟っていたから。彼女にとって僕はあくまで、弟子のような存在だということも感づいていた。
僕にとっては、初めて自分の本心を打ち明けられた人だったのだけど、仕方のないことだった。何より、彼女には役目があった。ラビリンスシティという異世界の街で、どうしてもやらなければいけないことがあると言っていたから、それ以上引き止めることもできなかった。

彼女がラビリンスシティに帰ってまた一人になった僕は、それまでの仕事で稼いだ金と、家と土地を売って得た金で海辺に新しい住処を建てた。世渡りの仕方も伊藤博士が教えてくれていたから、悪い奴に騙されることもなく、無事に引越しの作業は済んだ。
僕はすぐに自宅の地下にラボや資材倉庫を作った。自宅のラボとは別に、いつでもどこでも出入りできる亜空間結界式のラボを作った。

養父が亡くなって1年と半年が過ぎた頃、僕は1年かけてAIを作った。AIにはジェフティと名前を付けた。特に理由はなく、なんとなくそいつをジェフティと呼びたったから、そうしただけの事だった。
インターフェイスは女の子の姿にした。かつての堕落した生活からは脱却したが、女好きと酒好きは治らなかった。ジェフティのインターフェイスを作る時が一番真剣だったかもしれない。

ジェフティを生み出したのは、あの夢の設計図を現実のものに再現し、なおかつそれを作るためだった。まあ、結果的には仕事の以来のことなど、身の回りのことをかなり任せてしまったが。

ジェフティが完成して、僕はようやく自分の夢に向き合うことができた。
長い戦いの幕開けだった。

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最終更新:2013年07月31日 00:41