『確かに君は強い、認めよう。でもね、その力は借り物だ。紛い物だ。君自身の力は何一つ無い』
『・・・・・・』
『哀れなのは君さ。仲間達の手によって粛清され、500年経った今こうして尻拭いをさせられている』
『煩い』
『果たして、君が君でいられるのはあとどれくらいかな?』
『黙れ! それでも・・・・・・僕は!』
▼
またこの夢か・・・・・・。
未だ覚醒しきらぬ頭に奴の言葉が反芻する。
こうなることは理解していた。魔王に屈服したあの時から。残り時間が迫っている事も解っている。
額の汗を拭うと、アスモデートと戦ってから痛みにが引かない心臓を押さえながらゆっくりと体を起こした。
室内は薄暗く、窓から差し込む紅い月光に照らされて禍々しい雰囲気を放っている。
簡素なベッドから降り、鉛の様に重い体に鞭打つと力なく立ち上がる。
被り慣れた仰々しい竜骨の仮面を被ると、僕は当ても無く部屋の外に出た。
自室同様、不気味な紅に染まっている廊下をゆっくりと歩く。
思えば、イグが顕現してから眠りが随分と浅くなった気がする。
『哀れだね。尻拭いかい?』
違う。奴を討伐することがこの世界に対する責任だ。
『借り物だ』
それがどうした。
『紛い物だ』
何度も言わせるな。
『君はいつまで君でいられるかな?』
奴さえ討伐できればそれでいい。例えこの身が朽ち果てようとも・・・・・・。
寝ても起きても、気がつけばこの問答を繰り返している。
アー=マイ=モニカの分体、そしてアスモデート。
連日の大立ち回りで体へも随分と負荷をかけてしまった。
ふと、ポケットから金色に輝く金属の破片を取り出す。
怒り、悲しみ、悔しさ、切なさ。様々な負の感情が心臓を貫き、呼吸が苦しくなる。
「人にぶつかっておいて謝罪も無いのですか? ああ申し訳ありません。もやしには口がありませんから謝罪なんて出来ませんね」
後ろから無機質な声が響く。
首だけ振り返ると、わざとらしく左肩を押さえた
アリサが僕に背を向けたまま立っていた。
背を向けているので表情は読み取れないが、まあ見るまでも無いだろう。
「僕の気が変わらない内にさっさと行け。さもなくば斬るぞ」
「無様にも意識を失った貴方に斬られる? 最近のもやしは冗談が言えるのですか。驚きです」
こちらに背を向けたまま淡々と、しかしどこか嘲りを含んだ口調。
僕は無言で月衣から鞘に納まったデモニックブルームを取り出すと腰に帯刀した。
「表に出ましょう。あの時はお嬢様に止められてしまいましたが、貴方とは一度白黒つける必要があると思っていました」
そう言ってメイド服を翻し、こちらを振り返ったアリサの冷たい眼光には明確な殺意が宿っていた。
▼
屋敷の外には紅に支配された荒野が広がっている。
障害物になりそうな物は何一つ無く、どこまでも広がる荒野は物悲しさすら覚えた。
対峙するメイド服を着た殺意に目を向ける。距離はおおよそ15メートルといった所か。
若干の不快感を催す生暖かい風に乗って奴の声が飛んできた。
「もやし炒めにしてあげますよ。焦がさない程度には手加減しますのでご安心を。あ、もう焦げてますか。そんなに真っ黒になって」
どうもここ最近口が達者になった気がする。
それに元々感情を持たない機械だったと聞くが、奴の瞳に宿る殺意は偽者と思えない。
その肌がヒリつくような殺意を前に、体の重さや、胸の痛みはいつの間にかどこかに消えていた。
挑発には乗らず、黙ってデモニックブルームを抜刀する。
「いつでもかかってきて下さい」
そう言い放ったアリサの髪と瞳は艶やかな黒から燃える様な赤に変色していた。
僕はアリサが言い終えると同時に左手にデモニックブルーム、右手にダガーを握りしめると距離を一気に詰める。
アリサはその場から動かずに腰を落とし、両手を前に突き出すと、手の平に無数の銃口が次々と開いていく。
『生体重火器』それが奴の戦闘スタイルだ。
人造人間として体内にあらゆる重火器を仕込んでおり、その圧倒的火力で敵を葬る。
そして、殺意は無数の金属球へと姿を変え、一斉に放たれた。
「フン、ワンパターンだな」
銃弾が直撃する数瞬前、僕は自分自身の影に飛び込んだ。
《ダークブリング》自分の影に飛び込み、影から影へ瞬間移動する魔法。
アリサの背後に伸びる影から飛び上がると、僕は上空から上段に構えたデモニックブルームを大きく振り下ろした。
--いや、振り下ろそうとした。
「ワンパターンなのは貴方です」
刹那、凍るような寒気が全身をかけ巡った。直感が生命の危機を告げている。
背後を取られてもアリサは微動だにしなかった。動く必要がなかったからだ。
アリサの後頭部にぽっかりと大穴が空き、ごう、と巨大な紅蓮の火球が勢い良く放出される。
「ちぃ!」
僕は咄嗟に腕を交差させて双剣を十字に構えると、迫る火球を辛くも切り払った。
「焦げない程度に加減してくれるんじゃ無かったのか?」
着地と同時に小さくため息をつくと、僕は皮肉を込めて問いかけた。
「剣の腕は鈍っていないようですが・・・・・・貴方こそどういうつもりですか?」
アリサは不服そうに抗議の眼差しを向ける。
「何が言いたい?」
「何故お嬢様の力を使わないのです? お嬢様の力無しで私に勝てるとでも思っているのですか」
その言葉を聞いた瞬間、僕は無意識に双剣を強く握りしめた。
「貴様には・・・・・・関係ない!」
僕は一瞬体を脱力させ、双剣を構えると正面からアリサに斬りかかった。
デモニックブルームで横に薙ぎ払うと、勢いを殺さずに体を反転させながらダガーを突き刺す。
ダガーを引き戻しつつ、デモニックブルームを下から上に三日月の如く弧を描く様に切り上げる。
そしてその軌跡をなぞる様にデモニックブルームを振り下ろし、
更にアリサの周囲を高速で移動しながら縦横無尽の黒と銀の剣閃を浴びせる。
アリサは瞳を閉じて、無抵抗に剣閃を浴び続けた。
全身重火器のアリサと双剣がぶつかる度に、甲高い金属音が荒野に響き渡る。
メイド服は目も当てられないほどにボロボロだが、剣戟は全て弾かれてしまう。
プラーナで硬質化したアリサにこのまま剣閃を浴びせ続けても無駄なのは解っている。
受け入れたつもりでも、心のどこかで認めるのが怖かった。
僕は弱い。自分の力では何も守れない、誰も救えない。
もしイグを討伐できなかったら。そんな未来を想像しては怯えていた。
「うおおおおおおお!」
そんな不安を振り払うかのように僕は我武者羅に双剣を振るい続けた。
右、左、上、下、そしてまた右、左・・・・・・。
「それが貴方の限界です」
失望が混じったような声と同時に僕の視界に巨大な紅い月が現れた。左肩に力が入らず、焼けるように痛む。
撃たれて仰向けに倒れた・・・・・・らしい。
冷静さを欠いた連撃。我ながら何と言う愚行だろうか。
意識が徐々に朦朧とする中、アリサは僕の額に手を当てると小さく呟いた。
「さようなら」
乾いた銃声と共に僕の意識は砕け散った。
▼
気付くと僕は右も左も、上も下も解らない暗闇の中に1人立っていた。
体の痛みは無い。これは夢か、はたまた死の世界なのか。
ぼんやりと思案していると眼前に満身創痍の魔王が現れた。
『確かに君は強い、認めよう』
「違う。僕は弱い。自分一人では何も守れない」
『哀れなのは君さ。仲間達の手によって粛清され、500年経った今こうして尻拭いをさせられている』
「違う。これは僕の責任であり使命だ」
『借り物だ』
「ああ」
『紛い物だ』
「解っている」
『果たして、君が君でいられるのはあとどれくらいかな?』
「僕である間に、イグを討伐すればいい。それだけのことだ」
そう言って僕はデモニックブルームで魔王を一閃すると、霧の様に霧散してしまった。
▼
次に、聞き覚えのある声と共に5つの影が現れた
『あいつが顕現したのはお前のせいじゃないからな。それに、お前のせいだったら友達の俺達まで共犯になっちまうだろ?』
『どうして何でも1人でやろうとするの?』
『ちょっと待って下さい、どうして紅音さんを助けてくれた貴方が悪者なんですか?』
『学園のお前はいい奴で、魔王の手下であるお前は悪い奴なのか? そんなのおかしいだろ』
『一緒にピザを作りませんか?』
おかしな連中だ。
ベール=ゼファーの落とし子を友と呼び、世界の危機に身を顧みず立ち向かう。
彼らなら、彼らとなら--。
5つの影は僕に向かって手を差し伸べてくる。
その手を取ろうとした瞬間、5つの影は霧散してしまう。
▼
そして、目の前に現れるは裏界の大公。
『あらあら、随分と派手にやられたじゃない。相変わらず弱っちいわね』
「・・・・・・」
『最近少しは役に立つと思ってたのに、残念ね』
「知ったことか」
『随分と絆されてるみたいだけど、忘れてはいないわよね?』
「用件を言え。またいつぞやの時みたいにコンティニューか?」
『"あの"コンティニューは1回きりよ。でも安心して。あなたはもう--』
言葉の途中で暗闇の世界は徐々に色を取り戻していった。
▼
視界に映るのは巨大な紅の月とボロボロのメイド服に身を包んだ殺意。
僕は自身の体から噴出した瘴気に覆われていた。
意図して出したわけではないのは自分自身が一番知っている。
瘴気は全て傷口に入り込み、傷ついた肉体を再構築していく。左肩と脳天の風穴は完全に塞がれた。
体に力は入る。まだ動ける、戦える。
僕はデモニックブルームを杖代わりに立ち上がると、
「・・・・・・もう迷わない。僕を本気にさせた事を後悔させてやる」
そう言い放ち、瘴気を身に纏う。
どす黒く、禍々しい瘴気が全身を満たしていく。
体には裏界の魔力が流れ、精神が研ぎ澄まされていく感覚。
僕はナイフを月衣に仕舞うと、右手に瘴気で構成された大槍を召喚した。
「最初からそうして下さい。じゃないと炒め甲斐がありませんから・・・・・・と、言いたいところですが、ここまでです」
「何・・・・・・?」
「少しはシャキシャキになりましたか?」
「・・・・・・」
「勘違いしないで下さい。貴方の為ではなく、お嬢様の為です」
毅然として言うアリサは、ボロボロになったメイド服の土埃を申し訳程度に払う。
「奴の差し金か?」
「答える義理はありません」
踵を返してその場を立ち去るアリサからは、いつの間にか殺意は消え失せていた。
▼
あれから数日が経った。
アリサとの一件以降、あの忌まわしい夢は見なくなった。
鉛の様に重かった体は軽くなり、心臓の痛みも殆ど無くなった。
心当たりと言えば、あの時体内に入り込んできた瘴気だろうか。
・・・・・・考えても始まらない。
やるべき事は唯一つ。
そして--
最終更新:2013年10月16日 00:06