夕刻の高校。
体育会系部活動の生徒達が声を響かせ、様々な教室で無数のざわめきが産まれ、校舎がにぎわいに包まれている。
校舎はコの字型をしており、教室がある対面の校舎に特別教室の類が入っているといった具合である。
その特別教室側の校舎の階段を、一人の少年が上っている。学生らしかぬ長身で、一見細身だがよく見れば引き締まった体格であることが伺える。
彼の名前は、藤篠・豪という。肩書きは
長野圏総長連合・第二特務隊長で重騎士免許持ち。
二回まで階段をのぼり、豪は、ふう、と息をついた。そして先程まで総長連合の仕事に借り出されていた疲れが出たのかと、苦笑。
己のいる長野市から重騎に記乗し、高速道路を疾駆して松本へ。
誰も彼も慣れたもので、重騎が走っているのにも関わらず平然と車の運転を続ける。
松本城前に集った第一特務の者達を慣性中和処理が施された背負子式貨物室に乗せ、再び駆けて南、飯田方面へと向かう。
今回の相手は天竜川の付近に溜まった嘘霊だ。どれもこれも人の背丈程はある竜の姿をしていたが、
別段大した伝説も無い相手のためか倒しやすいもののわらわらと川から沸いて出る。
つまり、無駄に数が多い。
よって南信の第一特務の者達の増援として中信の者達を運んだのだ。
嘘霊消しが終わった後再び松本へと戻り、次いで長野へと戻る。
気がつけば、授業はとうに終わっていた。
「――変な日々だ」
ふとつぶやき、肩を上げて、下ろす。
彼の駆る重騎『デラボッチャ』は、広い地域に伝説を持つ『ダイダラボッチ』の長野県版を基として作られたといわれている。
ただその伝説の通り、あちらやこちらに物を運んだり大規模移動には向いているものの、あくまで輸送用であり戦闘用として作られている訳ではない。
この重騎と似たような型が数機、日本に散らばっているという。また豪程の腕では、凌駕紋章は個別展開がようやっとである。
故に、運ぶだけ運んで、後は大した事はできず――というのは、何と言えばいいのか。……パシリというのか?
豪がそう考えつつ、三階への階段を上りきったその時、
「きゃあっ!」
何かが豪の背中へと激突した。しかし豪は多少衝撃を感じただけで大した事は無かったが、
激突した相手はその反発物凄い音を立てつつ階段を転げ落ちていった。
「何だ……?」
振り向くと、踊り場に倒れている少女が一人。その制服はこの高校の物ではない。隣には紙袋が一つ落ちている。
回避できず、背中から自分にぶつかったのかと豪は理解。
「大丈夫か?」
とりあえず近寄り、声をかけて手を差し出す。
「……あ、ええと」
目を回していた少女は、豪の言葉で我に返ったらしくきょろきょろと辺りを見回した後、
「あ――!」
己の隣に落ちていた紙袋を慌てて抱きかかえた。
紙袋には『紡楠 名古屋SR』と店の名前と店舗所在地らしきロゴマークが描かれていた。
それを見て、豪は眉を潜めた。
「なんだ。品川先生に用事か?」
豪の言葉に、少女は彼の手を取って立ち上がりながら目を丸くした。そして、
「ど、どうして、わかったんですか? ――そ、そうでした、ここは長野でした。記憶がいつのまにか飛んで」
「長野にそんな個性はないぞ。……その紙袋だ。品川先生がたまに通信販売でその店から色々と買っている」
豪が“品川”の名を口にした時、少女がぴくりと反応を示した。
「……品川先生のお知り合い、なんですか?」
「お知り合いもなにもこの高校の生徒ならこの高校の教師くらいは覚えてると思うが――、ああ、君は外部者か」
「……そうですね」
しょんぼりと頭を下げた彼女を見て、豪はあーと声を上げながら悪い事を言ったかと思い、
「先生の元なら、これから俺も行く所だが――あの人は変人だぞ」
「へ、変神、ですか?」
なにか違う意図で伝わった気がするが、まあいいかと豪は続ける。
「変人だ。あの人の部屋は、通常のノックやら何やらじゃ開かないぞ」
「へ……?」
その部屋は、『美術準備室』とキルティングで作られた看板がかかっていた。管理者名に、品川・勇とある。
「本当に、びくともしませんね」
叩いて、引いて、押して、ずらして。
少女の目の前にある扉は一見ただの木製スライド式扉だが、微動だにしない。
「いないのでしょうか」
「いや、いる」
と豪が指差した先は、扉の取っ手から左にずれた壁側。
『今日のお題』と書かれた札が貼られ、その下が箱状にくり抜かれている。その中には、
「車……?」
赤いオープンカーのカーモデルが鎮座していた。
「やれやれ、先週とおなじこれか」
豪はそれを手にすると、ボンネット部分を開いた後、バンパー部を左右二つに引き外した。そしてエンジンルーム部分と共に左右に開いていく。
「え」
驚きの目で見る少女を豪はちらりと一瞥し、
「こういうオモチャだ。よく見ると分割線があるのが分かるだろう? 元々外れるようになっている」
豪に言われ、少女は「あ」と声を上げた。
「これはまだ楽な方で他は発狂した奴がいた。馬ロボットだったか、確か」
言いながら、豪はてきぱきと車の至る所を開いては折ってを繰り返して、
「こうなる」
一体のロボットを作り上げた。
「変形玩具、ですか」
頷き、豪はロボットを元の位置に戻す。
「これで開く」
言って、豪は取っ手に手をかけて、
「先生、失礼しま――」
その部屋の中は、右手側の壁際に作業台や塗料の小さな瓶や工具が立ち並び、その隣には模型や美術雑誌のバックナンバーなどが入った本棚があった。
左側にはガラスケースが立ち並び、その中身はどう見ても少女の姿ばかりである。俗に、フィギュアと呼ばれる物だ。
そして、豪と少女の視線の先には、誰かが何かに平伏していた。
その前のテーブルの上には、全裸で局部までしっかりと細工された幼い容姿のフィギュアが置かれていた。
それを見た豪は無言で扉を閉め、
「今いそがしいらしい。またの機会にした方がいい」
そう言うものの、あまりの異様な光景にか、あるいは意味不明さに驚いたのか、少女は固まったまま反応を示さなかった。
「……大丈夫か? 変人だと言っただろう」
豪がそう言いながら、少女の前で手を振って見せ反応を確かめていたその時。
「ひどいなー豪くーん」
美術準備室からの暢気な声に続いて、扉が開く。
「人が折角うまくできたすじを崇拝していた最中にいきなり入ってきて、変人はないでしょう」
そこに立っていたのは一見美男にも見えるが美女のようでもある顔立ちの、全身擬体の人物だった。
豪程の背丈があり、黒のレオタードを纏い同じ色の関節カバーだけの姿は、傍目には頑強なロボットのように見える。
ただ、胸元や股間にそれらしき盛り上がりは一切無い。
「なら入り口のロックをもっと簡易にしておいてください。せめてノックが通用するくらいには」
「仕方ないなぁ、わがままなんだから豪君は――おや、この子は?」
問われて、豪の隣の少女は平静に頭を下げた。
「私は名護屋圏総長連合食料調達係の、高梁・ ケイといいます。うちの高校の先生に頼まれた人に頼まれて、先生にお届け物を」
言われて、持っていた紙袋を差し出す。
「や、ごめんねーこんな事させちゃって。向こうの先生にドールのパーツ譲ってもらうだけだったのに、
わざわざ誰かに持ってこさせたりして」
――戦国都市にもコレの同類がいるのか。
豪は眉を潜めた。
彼の目の前に立つ品川・勇は、美術教員であるだけでなく元総長連合OBで臨時教育委員会にも所属している。
が、ほとんどその力を表にする事はなく、精密動作に特化された擬体を操り怪しげなフィギュア製作ばかりしている。
「ヒミツだよ、これ。裏ルートでの秘密裏の輸送だから」
言って勇は、ケイから紙袋を受け取った。
「――そんな物なら、自分で取りに行ったほうが」
「いやいや今ちょっと外せない用事があってさ」
「……はぁ」
部屋の奥のフィギュアを思い出し、豪は考えるのをやめた。
「まあ折角戦国都市からきたんだ、お茶でものんでいきなよ。手作り林檎ジュースもあるよ。リンキジュースじゃないよ、リンゴジュースだよ」
それを聞いて、ケイの顔が少々明るくなった。
「あ、ありがとうございます」
「豪くんも、私に何か用事なんでしょう? 一緒にどうかな。まあ、ちょっとパテとか混じってるかもしれないけどね」
「……なんで混じってるんですか」
「私の自家絞りだから」
大丈夫だろうか、と思いつつ豪は美術研究室へと足を踏み入れた。
万力がセットされた木製テーブルの上に、三つのコップと一升瓶が置かれている。
瓶の中身は林檎ジュースで、各々のコップに注がれた豪のそれは最初に少々口にしただけだ。
「いやー、学生時代は一緒に競い合ったもんだよ、模型の腕を。プラモシュミレータって知ってる?
あ、今時の子供はそれより戦闘機械獣系かな」
テーブルを囲むのは、勇と豪、ケイである。
ケイが持ってきた紙袋の元の所有者らしき人物について、先程から勇は楽しそうに語っている。
ケイはそれに相槌をうちながら、度々こくこくと林檎ジュースを口にしていた。
ほとんど、豪にとってはどうでもいい事だった。
「ところで豪くんはどうしたの?」
が、腕を組んで二人のやりとりを眺めていた豪に、唐突に話が振られた。
「あ、私、何かあるのだったら――」
ケイが帰る素振りを見せようとしたが、豪はそれを手で制した。
「それには及ばない。単純な用事だから」
腰につけたポーチから、豪は小冊子を取り出した。葉書程の大きさのそれは簡易アルバムで、その中から一枚の写真を取り出して勇へと差し出した。
写真には、重騎のパーツと思しき物。その中にマーカーで、
「品川、とあります。俺が受け継いだ重騎の肩ガードの裏に、署名がありました」
共に刻まれた年月は十数年前。
「先生の物かと思って、写真を撮ってきたんですが」
だが、写真を受け取った勇は何か考えるような表情を暫くした後、
「いや、これは私のものじゃないよ。ただこの人物については知ってるよ」
言って、テーブルへと写真を置いた。
「これを書いた人物は、事故で死んじゃった人だよ。嘘霊とかに殺された訳じゃなくてさ、ちょっとした事故」
勇は眼前のコップを手にし、中身を口にした。
「当時、長野の人々は何度もバラバラになってはくっついてを繰り返してきたんだけどね、それは学生もおんなじなんだ。
三十年前に起こった嘘霊の大発生により、信濃守護役の一族を失った事はあまりにも大きかった。
良くも悪くも、守護約の一族を中心としていた所があったんだ、当時の連合は。
だから以降のまとまりができるまで、ちょっと色々あったんだ」
そこで勇はちらりとケイを見て、
「人手不足ということも手伝って、他圏に助けを求める事も何度かあったんだ。
総長連合に入りたがらない者が続出、別の自治組織を作ろうなんて意見もあったぐらい」
長野県民ってそういう勝手な所も結構あるんだよねー、と勇は続けた。
「私なんかも、別の自治組織作ってみんなで戦おうとか言ってた一人でね。――そんなの、大人たちに怒られるっていうのに。馬鹿やってたなぁ。
で、その当時長野で内乱が起こってね、その輸送力を持つ重騎の奪い合い」
県の端から端へと移動できるそれは、自治組織を名乗るならば手が出るほど欲しかったという事だろうかと豪は思った。
「ただ、ね。当時総長連合にいた重騎師が、強かったんだ。輸送に用いる重騎で嘘霊を潰しまくるような人だった」
言われて、豪は重騎師としての己を思う。
自分の舞踏は秋山流と名乗っているものの、実際の所はそんな流派は無くほとんど我流に近い。
総長連合に入る当時、問われて、返答につまって、つい答えただけだ。
まだ連合入りしたばかりという事もあるが、嘘霊消しに直接重騎で参戦したことは無い。
一体、どのような戦い方をしたのだろうか。
「その人が、この品川」
写真をとんとんと勇は叩く。
「だから、私じゃないんだ。その人のことちょっとはしってるけどさ」
そして笑った。
しかし、豪にはそれが、少しばかりいつもと違うように見えた。
例えるなら、寂しそうに。
「どうもありがとうございました」
頭を下げるケイに、豪は大したことはしていないと手を振る。
美術室での勇の過去話の後、豪とケイは美術室を後にした。そして今は、校門の前にいる。
「お土産まで貰ってしまって、本当にお礼の言葉もありません」
先程まで持っていた紙袋の中には、一升瓶が一本。勇の手作りらしい林檎ジュースだ。
さっき言った、と豪は思うが口にしなかった。
「駅まで送ろうか?」
長野駅からあずさ号に乗って名古屋へと戻るのだろう。
そう思い問いかけた。が、
「いいえ。一人で大丈夫です」
では、失礼しますと頭を下げ、イヤホンを耳に。そして、
「それでは、失礼します」
そして紡がれたのは、詞。
早く走れるように
速く走れるように
疾く走れるように
――ケイ・鶏王/体術技能・発動・高速疾駆・成功!
何かから逃げるように消えたケイの姿を見ながら、豪はふと思った。
「――パシリ同類の気がしたのは、気のせいか?」
品川・勇は窓の外を見つつコップを口にしていた。
「私は雄型重騎には記乗できない」
なのに、みんなのためだと求めた。結果とある事故が生じ、失ったものは、
「馬鹿だなぁ」
自分の半身と、双子の弟。
「みんなは私達みたいな事になっちゃ、駄目だよ――」
誰にともなく呟くその言葉。
視線の先に広がるのは、夕暮れに朱色に染まりつつある山々が広がっている。
簡略化登場人物
名前 藤篠・豪(男)
都市 記憶都市・長野
字名 山を翔ける運び屋
肩書き 長野圏第二特務隊長
性格 淡白。
どちらかというと、重騎設定のために巴里の例の同人ひっぱりだしたりとややこしかった。
名前 品川・勇(?)
都市 記憶都市・長野
字名 魔改造先生
肩書き 長野市某高校・美術教師
性格 ややぼんやりマイペース。
どちらかというと、擬体の設定のために香港やらS.F.やらのリンの設定を引っ張り出したりとややこしかった。
名前 高梁・ケイ(女)
都市 戦国都市名護屋
字名 鶏の中の鶏
肩書き 名護屋圏総長連合食料調達係(パシリ)
性格 とても臆病。
というわけで、今回ゲストとして使わせていただきました。が、性格とかちょっと違うかもしれない。ごめんなさい。
あと、女の子じゃなかったらどうしようかと今更思っています。
最終更新:2009年05月22日 06:58