夜気を孕んだ風が吹く。
街に人影は無い。
その中を、鎧姿の少年が駆け抜ける。
その速度は生身ではない。金属と生体素材による義体の四肢が生む速度だ。
右手には「根性」の刻印が彫られた木刀がある。
言詞注入によって樹木の力を引き出された樹詞素材の木刀。
静岡圏・樹詞都市総長連合第二特務部隊隊員、七鉢・烈枷。
『尽きぬ事 足りぬ事
そのどちらもが同じくを根ざすもの
果ての先にはその先が
永遠に届かない終着点』
――烈枷・光神神器・発動・光刃発生・成功。
詞を詠い、木刀の上に光の刃を発生させる。振るうべき相手は、夜の街に湧いた妖物。
樹詞都市では、地脈の淀みを人為的に集めてガス抜きさせるポイントが設けられている。
そこから湧いた妖物を狩るのは総長連合の役目だ。
――烈枷・視覚技能・発動・敵補足・成功。
前方に標的、数は十と少し。人より二回りはある大蟹の群れだ。
――烈枷・脚術技能・発動・加速・成功。
重心を沈め、両脚で路面を突き込むように蹴り、身体を前へ撃ち出す加速。
既に大蟹の群れからこちらは見えていて、鋏が振り上げられているのが見える。
だが、
――烈枷・脚術技能・発動・踏み込み・成功。
――烈枷・光神神器・発動・光刃延長・成功。
妖物に向かって踏み込む僅かな時間の中で、光刃を付加した木刀は全長3mを越す長大な光の大太刀と化す。
――烈枷・光神/剣術技能・発動・横薙ぎ・成功!
一足を飛びながら、大光剣を一閃に振りぬく。大鋏を打ち下ろす体勢にあった大蟹を、その間合いに入るまでも無く水平に両断した。
自分より大きい相手に対しては、リーチの差が絶対の不利になる。
ならば、その差を打ち消す長さを得物に与えてやればいい。
そして威力の元となる質量は、学ランに増設したアーマーの重量で稼げばいい。
さらに義体の馬力で速度を上乗せしてやれば、威の力は完成する。
――烈枷・脚術技能・発動・速度維持・成功。
最初の一匹を斬り捨てた烈枷は、大蟹が霧散してするのを見ずにアスファルトに一蹴り。速度をそのままに妖物の群れへ飛び込んだ。
もはや成す術を与えず、一方的なリーチで一方的な威力を一方的な速度で叩き込む。
――烈枷・剣術技能・発動・連撃・成功!
先ほどの横薙ぎの体勢から続けて、逆袈裟、唐竹、突き、と、広範囲をカバーする大光剣の斬撃は一振りで数体の大蟹をまとめて屠る。
烈枷は小柄な身で大蟹の群れを圧倒していた。
――烈枷・視覚/心理技能・重複発動・残数把握・成功。
既に斬り捨てたものよりも、幾らか更に大型の妖物が一体。
「ボス格か……!」
――烈枷・剣術/腕術/脚術技能・重複発動・踏み込み逆袈裟・成功!
踏み込むというより飛び込むように、一刀を放った。
だが、手元に来るのは刃の弾かれる衝撃。
――烈枷・脚術技能・発動・飛び退き・成功。
烈枷は舌打ちを一つ吐き、弾かれた衝撃を利用して後退する。
街灯と突き当たりが照らす相手の姿を注視すれば、棘の多く突き出た甲殻から突き出した眼柄の先が烈枷を睨む。
「やっぱセオリー通り引っくり返して腹から、かな……」
蹴った地面に大鋏が打ちこまれるのを見ながら思案を巡らしていると、聞き覚えのある音が近づいていた。
――烈枷・聴覚/心理技能・重複発動・音声照合・成功。
接近するのはコアレスモーターの駆動音。
烈枷はこの音を発する武器を扱う相手を知っている。
「――四狗か」
◇
高鳴る響きは四つの二対、アスファルトを噛む駆動機構内蔵のスパイクヨーヨー、「陸爪」一対と、バッシュのヒールローラー一対。
高速自転するヨーヨーを前輪、駆動輪とし、ヒールローラーを後輪として走行するのは小柄な処女の姿。
ヨーヨーの弦が繋がれた指先の操作でアクセルを加減しながら、ヒールでステアリング。
路面から来る衝撃は、膝をサスペンションとして受け止める。
頬をかすめる高速の夜風がある。その風は走り出した瞬間から流れていた筈だ。
静岡圏・樹詞都市総長、田宮・四狗はその風に今気付いたように呟く。
「……いい夜だわ」
風の中にその一言を置くと、目の前に交差点が見える。ここを左折だ。
――四狗・鞭術技能・発動・引き寄せ・成功。
陸爪を両手に引き戻し、
――四狗・脚術技能・発動・左旋回・成功。
半歩引いた左脚のローラーを傾け、路面との抵抗を得る。それを軸に右半身前に出て身体が90°旋回。
路面を削りながら交差点に侵入する頃には、身体が左を向いていた。
――四狗・投擲技能・発動・ヨーヨー投射・成功。
横流れに過ぎる視界に左右の陸爪を投げ込み、確実にグリップを得るまで数瞬、スパイクが路面を噛んで捉えた。アクセルを入れる。
――四狗・走行技能・発動・最加速・成功!
ヨーヨーの弦を手繰り寄せて身体を前に出し、ヒールローラーでガードレールを蹴り込み、交差点をギリギリで抜けた。
――四狗・視覚技能・発動・発見・成功。
抜けたその先に見えるのは、大型妖物の甲殻と鎧姿の少年。
四狗は大蟹を挟んで烈枷と対峙する形になる。
速度は落とさない。
陸爪を戻し、MDプレーヤーのスイッチをオン。イヤホンから流れるのは雷鳴の唸りを模した調べ。
その旋律に、四狗は詞を歌う。
『天に届けと風が呼ぶ
空を掴めと雲が招く
全ては高く在らんがため』
――四狗・雷神神器・発動・電撃付与・成功!
――四狗・体術/脚術技能・重複発動・前方跳躍・成功!
――四狗・腕術/脚術/体術技能・重複発動・空中エビ反り・成功。
雷神神器の雷を得た陸爪を構え、速度のままに身を宙に放り出す。
自由になった身を反らせ、そして蓄えられた力を全身のバネで解放する。投擲するための反動を全身で生み出す弓のような投法だ。
――四狗・投擲/鞭術/雷神技能・重複発動・流体投擲二連・超成功!!
高音の唸りを上げて回転する陸爪に、低音の轟きを発する雷電が絡む。
敵を穿たんとするスパイクを顎、躍る弦を長い胴とするその姿は、田宮・四狗の字名「小雷龍」そのものだ。
「敵の装甲が堅ければ、それを砕ける力をぶつけるだけの事!」
「僕の事はお構いなしかぁー!」
大鋏を木刀で受けながら烈枷は抗議。
「よく分かってるじゃないの!」
四狗が口の端を持ち上げて笑むと同時、電撃を纏ったヨーヨーが着弾。
雷の双龍は大蟹の甲殻を容易く食い破り、その前身を巡り食らい尽くす。
――烈枷・心理技能・自動発動・展開予測・成功!
――烈枷・腕術/体術/脚術技能・重複発動・全力防御・成功!
烈枷は今までの経験から、腕、肩、胴、脚のアーマーと木刀を前方に集中させ、二次災害に備える。
そして、烈枷が思うよりやや遅く大蟹は爆散。
光剣を弾く硬度を持つ大蟹は、その破片で周囲を散弾のように穿ちながら爆煙と消える。
烈枷は吹き飛んで二、三転転がった後電柱に後頭部をぶつけ、変な虫を潰したような声を上げた。
「……いてて、目の前で炸裂弾カマされるようなもんだねコレ」
烈枷が上体を起こしつつボヤくと、アスファルトやコンクリの破片を踏む音が近づく。
「不甲斐ないわね烈枷。蟹相手に梃子摺るなんて、頭脳がカニミソ以下なのかしら」
戦闘の残滓として煙の粒子を街灯が照らす。それを逆光として四狗が見下ろす格好で立っていた。
烈枷は路面に胡座のまま頬杖を突き、
「どーして君は毎度毎度トバし気味なのか……」
「主観の問題ね。つまり――アンタがトロいだけよ」
「それは落ち着き払っている、という種類の美徳さ。と、言うかその暴走癖に自覚がないなら大問題だと思うよ。主に脳の」
「無脊椎以下の五月人形男に言われる筋合いはないわ」
四狗は肩をすくめて鼻で笑う。
「所で、持ち場は?」
「そんなの開幕ダッシュで片付けてきたわよ。で、こっち向かいながら苦戦してる班の所に突っ込んで援護。何人か味方轢いた気もするけど」
「今何か物凄く問題のある発言があったような……」
気にしない気にしない、と四狗は掌を前に向け、その話題はストップというゼスチャー。
「ここの所、打ち合わせとかで会議詰めだったで少し身体動かしたかったから」
「ああ、樹詞都市の試験運用期間が終わったとかで神騒都市の総長連合とどーにかなる、って話か」
四狗はやや声のトーンを落とし、
「こっち側単体の話ならなんとか力技でも処理出来たんだけど、今度は相手がいる問題だから複雑なのよねー……」
誰に言うでもなく言いながら視線を落とすと、四狗は足元から見上げる視線に気付いた。
「さっきから何やってんの? ……スパッツ履いてるから覗いても意味無いわよ」
「いやそうじゃなくてだね……どれだけ仰角上げても障害無しというか、なんていうかその」
四狗は見上げる烈枷の顔面にローラー付きのヒールを叩きこんだ。
◇
深夜だというのに、校内に灯る明りの数は少なくない。
諸々の活動、職務に精を出す学生と教師の使用する部屋、それと食堂や売店などの施設の明りだ。
ここ、駿河第二高校に構えられた樹詞都市総長連合の本部もその一つ。
校舎から独立した建物内には、討伐戦を終えてたむろする記録担当の第一特務隊員と実働担当の第二特務隊員の姿がある。
ある者は自分の戦歴を自慢し合い、ある者は装備の手入れをし、ある者は他愛の無い雑談に花を咲かせる。
「よっしゃ、撃墜スコアの桁が上がった。これで今日からの俺は昨日までの俺とは桁違いの俺……!」
「そろそろブレードの交換かなー……。予備も尽きたし明日は買いに出るかしん」
「なあ……カニ、食いたくならね?」
余熱を冷ますような時間を過ごすためだけに本部に寄る者も多い。
その時、ロビーに漂う余韻を追い払うかの様に、大きく手を打ち鳴らす音が響いた。
「はいはい、夜勤以外はさっさと切り上げて帰った帰った! 解散が出来ないでしょーが!」
手を鳴らしながら長身の女性、第二特務隊長、藤見・銀子は言った。
「私は、早く帰って早く寝て、涼しい内に起きたいんだから」
「それを横暴って言うんだー!」
一筋の銀色が混じる前髪を手で梳きながら、まあそれは冗談として、と前置き、
「大抵遅くまで残ってから帰って昼まで寝て、ってコースでしょ? 直に二学期だから生活改善しないとキツいわよ。主に出席とか」
最後の一言に負けたか、居残っていた面々はうへぇ、といった顔をし帰って行く。
「どうしてこう、何処の組織もダラダラ残りたがるのかしら……」
既に理解できている疑問をボヤきつつ、銀子は残っている隊員がいないかチェックしていく。
「更衣室と訓練室はオッケー、と。後は記録室くらい?
またテンション上がった連中が自分らの戦闘映像編集してBGM付けて遊んでたり……」
呟きつつ、記録室のドアを開けると室内に人影は見えず、積まれたファイルケースの塔が見えるだけ。
銀子は無言で後ろ手にドアを滑らせ叩きつけ閉めると、その震動でファイルケースの塔が崩壊した。
その崩壊地点に残るのは、やや大柄な眼鏡の男。記録、情報管理を担当する第一特務隊の長、長谷川・張斬だ。
銀子はやれやれと溜息を吐き、
「ハルさん、今日も篭り仕事? 青島さんがここだけ掃除が出来ないって嘆いてたわよ」
「……ドアは静かに締めてもらえないだろうか、藤見先輩」
「三年が三年を先輩扱いしないでもらえるかしら」
「しかし実質四ね……」
――銀子・射撃/腕術技能・重複発動・ファストドロウ・成功!
銀子は笑顔で腰のガンベルトから大口径のリボルバーを抜いて撃鉄を起こした。単三精燃槽を一発分のカートリッジとする高威力型だ。
長谷川は両手を上げ、
「ここでは勘弁してくれ、資料が消し飛ぶ」
銀子は軽く肩をすくめ、撃鉄を戻して銃を納めると、適当な机に腰掛けた。
「それで、今日の作業は?」
「例の件が一区切り付いたんでな、息抜きに今夜の討伐戦の記録整理だ」
「アンタ本物の仕事中毒だよ……」
銀子は辟易したように言い、
「じゃ、ついでにざっとまとめた所を聞かせてもらえるかしら。戦歴はこちらでも記録してるけど第一の隊長としての意見を頂戴」
「そうだな……」
――長谷川・心理/戦術技能・重複発動・戦力評価・成功。
「討伐数で言えば総長、七蜂、今井がトップ3、少し開いて藤見さんだが、これは指揮と援護がメインなら少なくはない。
後はまあ波のある平均的、と言った所か……。
エース数名と火力のある指揮役が斬り崩して残りを他が片付ける、といった無難な構成だな」
長谷川は崩れたファイルを整理しつつ、軽くまとめた感想を述べた。
「無難か……。評価として味気ないけど、他所みたいにキワモノ揃いでもねえ。それに、その方が編成の組み変えも楽だし」
「連合の再編か……。十月だったか」
銀子は頷き、
「樹詞都市の試用が終わり、神騒都市へ再統合。樹詞技術を圏に広めやがて来るであろう神騒に備える、か……。
元々の予定だから仕方ないけど、間近ともなると名残惜しいわねえ。解散と言う訳ではないけれど」
軽く溜息を一つ。続けて、
「それで、再編を前にしてどう? ウチのエース達個別の評価は」
「そうだな……」
先ほどと同じ言葉で切り出し、顎を擦りつつ軽く思案。
「総長は流石田宮家の末妹だけあって文句はない。威力と機動力があるから広域もカバーできるしな。
速攻片付けつつ援護に回る余裕もあるし、まあ、総長としては見本みたいな性能だな。
……一言で言えば『小さいながらよくやってる』、か」
「本人の前で言ったら八割殺されるわよ」
「それを平気で言うのが七蜂だが……、昔から総長と張り合って来ただけはある。対多戦での殲滅速度は一番だろう。
問題は一分の隊員からの反応が悪く連携が取れない事だが」
「総長選抜戦で決着間近まで行って試合放棄、じゃあねえ。そりゃ普通はナメてんのかって思うわ」
「その問題児を拾ってきたのはあんただろう」
「性能には問題ないからね。総長並の火力が確保できれば短騎で出して、そうすれば他に余裕が出来て負傷者も減るから結果オーライなのよ。
それに、家訓だか何だかで政治や勢力争いに関与出来ないみたいだから仕方ないわよ」
「旧い家柄というのも面倒なものだな。……確か、両親は圏の防災課の隊員で十六年前に他界、だったか」
「その辺掘り返すのはやめときましょ」
「ふむ……。それで、残る今井だが」
最後のファイルケースを置いて言う。
「まあ――馬鹿の一言だな」
「それは戦力の評価じゃねえだろがァァァ――――――――ッ!!!!」
抗議の叫びが記録室に響いた。
◇
「~~~~~~~~~~~~ッ」
銀子は耳を押さえて、大音声の主、副長の今井・青六に抗議を投げ返す。
「あ、あのねえ、仮眠室で寝てる子もいるんだから静かにしなさいよっ」
「あ? あの部屋防音だから大丈夫だろ」
「お前が昼に寝ボケて開けた穴から音漏れするのだが」
「そんなもん風水でチャッチャと塞げばいいじゃねえか」
「下手に巧妙な隠蔽するから発見が遅れて遺伝詞が穴アキで固定しちゃったのよ。……まったく」
「個人ファイルの詳細欄も馬鹿の二文字にすべきかもしれん」
「お前ら……」
今井は歯噛みしつつ手甲を装着した両拳を打ち合わせる。その樹詞製手甲には『気合』の二文字。
「所で何の用だ、今井」
問う長谷川に、今井は掌を拳で叩き、
「そうだそうだそうだった、療符持ってねえか? 手持ちは現場で他の連中に使っちまってさ」
思い出したように言う今井の顔面には、細いタイヤ痕のようなものがある。
「総長に轢かれたか……」
「まあな。だが96年度総長、田宮・帆波の妹に轢かれたとあればそれはそれで、という気もするが」
「相変わらずの帆波さんファンね……」
「ファンクラブ会員番号一桁ナメんな。会員十年目の筋金入りだぞ」
「筋金入れる所間違えてると言っていいだろうか」
胸を張る今井に呆れる二人。ある程度呆れた所で銀子はポーチから療符を一枚出して放る。
「じゃ、コレあげるから副長の意見も聞かせて頂戴。どうせ聞いてたんでしょ?」
「お、サンキュ。……そうだなあ」
――今井・心理/戦術技能・重複発動・戦力評価・成功。
「つってもチビ総長に関しちゃ、ちと気ぃ張り過ぎな気がする以外は追加で言う事もねぇしなあ。
俺に関しちゃ『評価:素晴らしい』で固定だしなあ」
「すまんが標準語で言ってくれないだろうか。後半は今井訛りが酷くて聞き取れなかった」
「そこは流せ。……後は七蜂だが、アレだなぁ。一言で言えば『評価:気にいらねえ』だな」
「まあ、予想の範疇と言うか……」
銀子は頬を掻きながら苦笑。今井は腕を組み、言葉を続ける。
「選抜戦の試合放棄にしたってそのままでも隊長クラスの役に付けるだろうに、それも辞退しやがったしな。
正直、何処の『面倒だからBランク』様かと思うが事情があるなら仕方ねえ。
だがなぁ……あの余裕面が気にいらねえ。ついでに言わせてもらうなら、あいつの詞も何か諦めたような内容で、な」
「ええと、確か……」
――銀子・心理技能・発動・記憶照合・成功。
『尽きぬ事 足りぬ事
そのどちらもが同じくを根ざすもの
果ての先にはその先が
永遠に届かない終着点』
「……だったかしら。確かに諦めにも取れるし、ひたすら高みを目指す総長とは対照的よね。
でも、こう解釈すれば若くて青くて可愛い詞よ」
銀子は半分苦笑した表情で、その解釈を述べた。
「どんなに想っても、想い足りない……ってね」
最終更新:2009年05月22日 07:46