『こちらは伊勢町です。飲酒喫煙していた未成年を問答無用で潰しました。
当人は米国式火炎放射器の真似だと言い張っていますがどっちみち観光客がみたら誤解されそうなので潰しました』
「ご苦労様です。つづけて警備の方、お願いします」
連絡に答えたのは、総長連合副長の筑摩・梓だ。
『えー、こちら中町通り。例年通り自衛隊連の重騎がすさまじく狭い道にも関わらず見事に踊っています』
「その辺りはまだ壁が脆い店も多いので、気をつけて下さいね」
『六九商店街です。アカギ屋っていつ閉店したんですか?』
「そんなローカルな私情は置いといてください」
『あがたの森です。我々は松本ぼんぼんに反対する者達である
ーーその理由はぼんぼんの最中いちゃいちゃだとか終わった後川原で余韻を楽しむカップルが嫌いだからであるー
とか例年通り全国何処にでもいるような人達が活動を始めようとしていたので、問答無用で征伐しました』
「毎年懲りませんね」
ここは松本城から南にある千歳橋付近に設立された、総長連合臨時連絡所である。
側から見るその姿は、祭などで太鼓を叩く姿が見られる櫓だ。
細めの柱と板、片脇に取り付けられたスチール製階段、下部を覆う紅白の幕等で簡単に作られている。
壇上で長机を前に何度も電話を取っては置いてを繰り返しているのは、副長の筑摩・梓である。
「この祭の意義や盆踊りの起源等を知らずに楽しむ事に、意味があるとは思えん」
唐突に口を開いたのは、梓の右にいる彼女の姉であり総長である、筑摩・深視だ。
「――そうはいっても、同じ夏祭りの青山様だってぼんぼんだって、もう元の意味なんて誰も知らないと思います。廃れつつあるし」
「嘆かわしいことだ。……まあ、松本ぼんぼんに関してはただの馬鹿騒ぎだけでいいのかもしれないな」
総長で副長である筑摩姉妹は『総長連合連絡所。悪い子にはおしおき』と書かれた看板の下、辺りを見回した。
彼女達の前に置かれた長机には、
『総長様(大きいし鬼より強いぞ) 正正正正正正一』
『副長(貧しいがそれなりに強い) 正正』
と毛筆で書かれた和紙が垂れ下がっていた。
設営時に梓が「誰がこんな物を書いたんですか」と深視に問うたが、
「私だ。文句があるようだな愚妹よ。この正の字は(強)の程度の妖物の撃破数だ。
(爆)だの(苦笑)だのは勘定にいれていないことが不満なのか」
と、よくわからない事を言われたので無視することにしたのだった。
二人のいる連絡所のすぐ隣には、松本ぼんぼん本部の櫓が設置されている。その上では、
「……楽しそうですね」
浴衣姿のMANA.wavと長野・絹子が模範踊りを踊っていた。
前者は音楽に合わせた軽快な踊りを、後者は緻密だがどこか柔らかなものを感じさせる踊りである。
本来ならば梓の役目はMANA.wavの役目である。何故梓の代わりかというと、
また、放っておくと絹子を見に集まる者達が絶えないので、
「般若のような女と見る所の無い女達をエロ除けに置いている。
もっとも置かずとも絹子嬢の計算された動きでは太腿のチラリズムなどありえん。
あっても少数以下の確率だな。レアアイテム狩りを延々と繰り返す廃人のようなものだ」
妙にこだわったカメラを持った者達が、もう何度も本部付近で居座ろうとしたことを梓は思い出す。
その度に総長連合の者達が片付けに向かっている。
「この辺りが例年以上に人が多い気がするのは、もしかしてシルクさん効果でしょうか」
「ほう。お前はこの中の人々の数を概略で感じ取る超能力があるのか。なるほど、KI、という奴だな。
YとBで溜めて放つばかりが主体となるゲームの人物達のように個々のKIを感じ取るのか。
成長したな、妹よ。いつの間にかこの姉を超えるとは」
「……そんな能力ありません。大体の見た感じで言ったんです」
それを聞いた深視は、ふっ、と笑い、
「みた感じ程あてにならない物はないぞ。それはこの中に者達のどれだけが嘘霊でないと言い切るようなものだ」
「――それは」
長野という都市は、囲まれた無数の山々によって遺伝詞を反響させる。反響された遺伝詞は、時として虚霊となり、実体となって現れる。
人の多い少ない、時期等もそれなりに関係している。
「あの侍も、そうした異属がコスチュームプレイをしているだけかもしれないぞ。祭に乗じて」
深視が指したのは、千歳橋の脇を歩く侍のような格好をした男だった。が、橋を渡りきろうとした所でその姿は霧散する。
文字通り、霧のように散った。
虚霊は、明らかに“妖怪”のような姿を持つ者もいればただの人のような者もいる。
また遠方に行っていて、久方ぶりに帰郷し再会した友達が嘘霊だったという事も珍しくない。
「――ほとんどみんな、できないじゃないですか。嘘霊と実物を見分けるなんて」
最も、その多くは何処か違和感があることが多い。数年前の容姿をしている等だ。
梓が空を仰ぐと、巨大な龍の姿が上空を旋回していた。その頭部には少年が一人座っている。
犀龍と呼ばれる諏訪大明神の化身と、その子である泉小太郎、である。だがその姿は次第に薄くなり、数分後にその姿を消した。
長野では、珍しくも無い。
「それは我々が未熟なだけかもしれないぞ。視覚など、あまりあてにしない方がいい」
言われて、梓は宵闇に包まれつつある町を見る。
人、人、人。人の群れ。祭を楽しむために訪れた人々がそこにいる。
中には嘘霊も混じっているかもしれない。しかし梓には、そのどれだけが本物なのか分からない。
自分の隣の深視が、嘘霊かどうかも。
そう思いながら、梓はぼんやりと踊りの列を眺めた。
それから暫く間をおいて、
「――最後の信濃圏守護役は出来たそうだ」
唐突に深視が声をかけた。
「……言霊師か何かだったんですか?」
言葉と同時、梓は技能を試みていた。
――梓・学術技能・自動発動・歴史人物照合・成功。
だが、最後の信濃圏守護役についての情報は『そういう役職の人々が三十年前までいた』というだけであった。
その様子を見た深視は、
「何もないだろう? 私も気になって調べた事がある。
が、我々のように妖物と戦い、そして嘘霊を見分けられたという以外についてはほとんど触れられていない。
上杉や御山に入っているらしい、期待の新人である小笠原に問うた事もある。
荻原のジジイの方にも聞いたが無視された。何時か股間を潰してやりたい」
拳王位から一本取れる訳も無いが――とさりげなく私情を交えつつ、深視は苦笑。
「得られた事は、何も無い。私やお前も知っている、三十年前の嘘霊大発生時に一族が全力で挑んで滅びたという事だけだ」
三十年前、
長野圏において大規模の嘘霊発生があった。
鬼女紅葉一派、八面大王、大蛇、青狒々、ありとあらゆる妖物が絶え間なく現れた。
そしてなにより厄介だったのは“過去の人々”までもが嘘霊となって現れ、その大半が妖物側についたことである。
「当時は神具はちまちまと出回ってたが、神器はそれ程という訳でもなかったからな。
大人も子供も御姉さんも、大混乱だった訳だ。それに対し、守護役の一族等達は必死で戦ったそうだ。……話が反れるが、
その当時に比べると我々は楽なものだ」
姉はそういうが、
「そんなに楽をしているつもりは無いんですが」
少々むすっとしながら梓は返した。
姉は小休止に入った絹子やMANA.wavの方を一瞥した後、
「お前に足りない物は持久力と経験だ。
追い詰められるような戦いになったことがほぼ皆無で、姉である私は愚かな妹が可愛いが故に手を抜いてばかりいる」
――いつも一撃必殺狙いなのに何を言ってるんだこの人は。
そう思うと同時、
――深視・心理技能・発動・威圧・成功。
――梓・心理技能・対抗発動・威圧反射・失敗。
「何か意義があるなら言え」
「無いです」
言っている事は正論だと、納得させられた。確かにその通りなのだが。
「そしてお前に何より足りないのは」
――深視・体術技能・発動・回りこみ・成功。
一瞬でパイプ椅子から飛び上がり、梓の後ろに回りこんだ深視は、
「胸の揉み込み具合だ」
指と手の平を波打つように動かしつつ、梓の胸を揉んだ。
「な――?!」
「このままでは将来が危ういな。子供ができても平坦過ぎて吸えず泣くばかりになるだろう。そして」
「ひっ――!」
一拍間を置いて。
急に深視は手を離し、元の自分の席へと戻る。
「咄嗟の判断力が足りない」
梓は顔を真っ赤にし、また自分の胸を両手で庇うようにしながらぎりりと歯を噛み締めた。
何をどう返せばいいのか分からない。
姉に対し何でこんな事をと言えばいいのか、スケベと言えばいいのか、それともぜんぜん関係ないじゃないですかと言えばいいのか。
何で服の上からその位置が分かるんですかと言えばいいのか。
己のスカートをいきなりめくる奴が仲間にいるが、その後はいつもどつくだけだ。だが姉にされると、困った事に上手く反撃ができない。
「この総長連合は他の者達も欠点が多い。上杉は何でも己で片付けたがる癖がある。
己の能力を高めようとしてるのかもしれないが過信に繋がる恐れもある。
故に先日、奴の下着のゴムを唐突に抜き取った。声にならない声という物を初めて聞いた」
梓をよそに、深視は再び動き出した踊りの列を見ながら話し始めた。
「神林は己の黒髪を汚される事を嫌いすぎて戦闘に支障が出る。
以前もそんなに大事ならまとめておくか禿にでもしたらどうだと言ったら睨まれたことがある。
なので先日、寝ている最中におふくに結っておいた。翌日離職届けを提出され危うい所だった。舞妓になる気を起こすとは」
絶対に違うと梓は思った。
「藤篠は戦闘力がある癖に輸送にしか興味が無い。
よって友達を無くすぞと指摘をしたら無視をしたので一週間の間様々な部隊の者達と大交流闇鍋大会の刑に処した。
様々な部隊の者達と打ち解けられたようだがまだまだだな」
――あの闇鍋大会の発端はそこかよ。
ここぞとばかりかりんとうだの変な味ジュースだの持ち出した奴がいたことを梓は思い出す。ザザ虫だのイナゴだの蚕だのの佃煮程度では驚きもしなかったが。
「藤沢はできるものの感情の抑制が未熟だ。
猿のごとき反応を見せるだろうかと絹子嬢のうなじの写真を部屋に投げ込んでおいたら私の元にやめてくれと怒鳴り込んできた。
とりあえず何度抜いたかと聞いたら抜かねぇよと叫ばれた。他の生徒達のいる前でだ。不能と皆勘違いしたろうな。哀れな自爆だ」
「……姉さん、もしかして今の総長連合嫌いなんですか?」
「大好きだぞ?」
何を言うか、といった真顔で深視は返した。
「マナは少々口が過ぎる。余計な事まで喋りすぎる癖がある。正しい日本語の扱い方を身につけさせるためにも奴には落語を薦めておいた」
「意外とまともですね」
早口が加速しそうなのは言うまでもないが。
「寿限無とういろう売りが基本だと教えておいたので、恐らく良い方向に転がるだろう」
――梓・心理技能・発動・抑制・成功。
「――さて、この私だ。弱点などほとんど無い」
「…………」
もう一度技能を試みる必要があるだろうか。あるいは電話でもかかってこないだろうか。
何故こういう時に限って皆連絡をよこさないのだろう。例えば私生活で何かと世話になってるおユキさんとか。
梓が半眼で机に突っ伏しながら思っていると、
「が、自分でも腑に落ちない所がある」
深視はそう言って、
「今いるこの私が嘘霊でないと、私自身についてはどう証明すればいい?」
唐突に、梓の耳元へと語りかけた。
「う、うわあっ!」
姉の言葉と共に襲い掛かった吐息に、梓は驚いて立ち上がるも椅子に足をひっかけ、
「って――」
そのままバランスを崩し壇上から滑り落ちそうになった。
――梓・体術技能・発動・姿勢制御・失敗。
しかし。
気がつけば、櫓から伸びた姉の手が、己の手を掴んでいた。
技能を用いるより素早いそれは、
――思い出の力。
深視は思い出す。幼い頃姉と共に屋根に上がって遊んでいた時、落ちそうになった事を。
それを姉は、固定されたアンテナに手をかけながら自分の手を掴んだのだ。
「そんなに高い所じゃないから、落ちても大丈夫ですよ」
梓の言葉の後、深視は手を離す。次いで梓が足をつけた直後、彼女の隣へと飛び降りてきた。
そして、深視は梓を抱きしめた。
「遺伝詞交換でも試みなければ、恐らく分からんだろうな。
それでも、自分が本当に本物なのか分からないかもしれないが。私はいつもそれが不安だ。
潰した嘘霊の数、またそれが現実に近く血糊まで降りかかる程、それは増加する。
――だが、お前は私を姉だと呼んでくれる。己を本物である証と思えるものは、その程度。それが私の弱点だ」
「――姉さん」
そんな事はないです。小さい頃の私との思い出を、あなたは持っているじゃありませんか――。
梓はそう言いたかったが、声にならなかった。その換わりに、自分も姉を抱き返した。
櫓の裏。紅白の幕に壇下は囲まれ、また背後にはビルが控えている。
道路側の側面には偶然誰の姿も見えない。
騒がしさは周囲にひろがるものの、抱き合う二人の間は静寂が支配していた。