1-3.構内配置
構内は基本的には小学部、中等部、高等部、大学部と各学制ごとに施設が分かれている。
しかし室内水泳場や大体育館などといった共通性・公共性の高い施設はどこからでも利用しやすい範囲に存在している。
学園はつくばエクスプレスのつくば駅を中心とした繁華街から伸びるメインストリートに主要な施設がある。
計画都市の為、自然と建物が共存している。
……と言うのは建前で、何も無い所に都市を突っ込んだので構造的・集合的空白が多い。
夕方から夜はこういった付近で幽霊や都市伝説などの目撃報告が多いぞ☆
つくばエクスプレス、研究学園都市駅。
高架化された駅に貨物車両が到着した。
その異常にまっさきに気づいたのは駅員だった。
夕方、都市外居住者たちの帰宅ラッシュの時間帯にホームに入ってきたのは、事前連絡の無い貨物車両だった。
時刻表に無く、事前連絡も無いその車両は、何故か列車運行システムが事前に異常を察知することなく下りホームへと進入した。
ホームの全長より長く連結された車両が減速し、止まる。
異常事態に駅員と鉄道警察たちが、下りホームへと集まる。
その彼らの眼前で、数両の貨物車両の鋼鉄の戸が内側から吹き飛んだ。
すさまじい勢いで飛んでくる鉄板を慌てて避ける鉄道員たち。
ホームにぶつかり、突き刺さり、騒音を撒き散らす鋼鉄。
それが直撃しなかった幸運を味わう間も無く、彼らを圧力、衝撃、重力、火炎、氷結、雷撃、様々な力が打ち据えた。
地に沈む鉄道員たちが、意識を失う寸前に見たのは、貨物車両から降りて駅を制圧し始める無数の人影と、貨物車両部を半分以上切り離して発車する列車の姿だった。
先頭数車両が向かう先は、終点・つくば駅。
それは簫々と雨が降る様な音と共に始まった。
工学部、新実験棟。
四階、見学用通路の強化ガラスが一面真っ白に染まり、そして硝子で出来た砂へと変じた。
さらさらと澄んだ音を立てながら、透明に輝く砂塵が渦を巻く。
あまりに非現実的な光景にそれを見ていたものたちは我を忘れて立ち尽くす。
四階の廊下からその光の瀑布の中へと飛ぶ人影。
人影は重力に引かれ落下するが、空中で布のような物を広げる。
床に激突する寸前、人影を布が受け止め宙に留めた。
その人影が静止すると同時に、人々に降り注ごうとしていた硝子も動きを止め、意志があるかのようにその周りで渦を巻いた。
理解の範疇を超えた事態に人々は硬直する。
硝子の渦と共に人影はゆっくりと上昇し、重騎(ヘビィバレル)の顔面構造体の横に並ぶ。
そして人影は口を開く。
「重騎”荒帝”貰い受けに来たぜ?」
その人影、男の手が荒帝の顔面構造体を撫でる。
脈動。
金属で出来た筈の巨人から心音にも似た震えが発せられる。
次の瞬間、重騎の視覚阻止に光が灯った。
重騎”荒帝”が起動した。
「馬鹿な!? ”荒帝”には誰も記乗(ライトブリング)していないはずだ!」
それまで呆然と事態を見ていた作業者が叫んだ。
だが彼のその言葉を否定するように、”荒帝”は総身に力を漲らせる。鈍く鉄の軋む音が響き、重騎を拘束していたカーゴとの連結部のボルトが弾け飛ぶ。ボルトが弾け飛ぶにつれ、重騎用カーゴパレットのフレームが歪んでひしゃげる。
おおお、と雄叫びとも苦悶とも取れるようなくぐもった唸りが巨人から発せられる。
一際強い光が視覚素子に宿る。
果たして”荒帝”を拘束していたフレームが力任せに跳ね飛ばされた。
鋼鉄が四方に吹き飛ばされ、近くにいた学園の作業員たちは慌てて機材や構造物の影に隠れる。
巨人が一歩を踏み出した。
床を踏みしめる重々しい音と振動。
制止の声、怒号、悲鳴、ありとあらゆる声が飛ぶ中、黒い重騎は悠然と歩みだす。
動き出した”荒帝”は、壁の大型構造体に手をかけた。
否、それは巨大な盾だ。
十メートルという身の丈を持つ重騎にして、なお扱いきれぬ程の大きさを持つ重厚で長大な黒い鉄塊。
それは盾と呼ぶには余りに大きすぎた。大きく分厚く重たく大雑把すぎた。それはまさに鉄塊だった。
「まさか……!?」
「誰かそいつを止めろ……!」
研究員、作業員の中でも責任者クラスと思われる数人が、その意味に気づき叫ぶ。
しかし”荒帝”は意に介することなく、壁の固定台から大盾を引き剥がした。
「『アラジン』、”荒帝”の装備まで含めて回収完了です」
重騎から声が響く。だがその声は、学園のどの騎師(ストライカー)の声とも一致しない。その声の持ち主を知っているのはこの場にただ一人。その声は先ほど人影に話しかけていたものと同じだった。
「オウ、ごくろーさん。はいはーい、皆さん注目!」
”荒帝”の顔の横。宙に浮かぶ布、空飛ぶ絨毯の上に立つ男が声をあげる。
騒然とした実験棟の中の視線と意識が、徐々に彼に集中していく。
その場の中心になったことを確認すると、男は言葉を続けた。
「コニチワー」
沈黙。
「あれぇ、みんなどうしたのかな、元気が無いぞー?」
じゅうたんの上でオーバーリアクションで耳に手を当てる男。”荒帝”も同じ動きをする。
「コニチワー」
「こ、こにチワー」
「声が小さい! もう一回!! コニチワー」
「コニチワー!」
わけがわからず声をそろえてカタコト発声で絶叫する面々。
「ハーイ、よくできました。さて、それじゃあ良い子の皆、これは何だかわっかるかなー?」
男は手に持った箱状の物を掲げてみせる。
「それじゃあそこの眼鏡!」
え? 俺、と唐突に指差された眼鏡をかけた作業員があたりを見回すと、同僚と思しき作業員たちは一斉に目を反らした。
眼鏡の作業員が心の復讐リストを製作しながら、おずおずと答える。
「お、お父さんスイッチ?」
「ブー! 外れー!」
言葉と共に、微細な硝子の砂塵が彼を殴打し、吹き飛ばした。
「正解は、この建物にしかけた神術爆弾の起爆スイッチDeath」
一瞬にして空気が凍りつく。
「はーい、それじゃあカウントダウン開始。じゅーう」
張り詰めた空気が一瞬にして崩壊し、混乱と恐慌の渦に呑み込まれる。今までの行動から冗談では無いことを察した人々が、床に散らばる工具や鉄骨などを乗り越えて最寄の出口に向けて殺到する。
「ちょ、ちょっと待て! 貴様一体何者だ!!」
喧騒の渦の中から疑問の叫びが上がる。
「きゅーう。質問は受け付けておりませーん。はーち。…………めんどくせえ、ゼロ」
「待てええええええええぇぇぇぇ!?」
その場にいる全ての人間が絶叫すると同時に、男はスイッチを押し込んだ。
工学部、新実験棟が内側から爆散した。
光と衝撃を撒き散らしながら建物は破片となっていく。
建物の破片は空中でさらに細かく崩壊し、砂となり拡散していく。
工学実験棟脇、格納庫。
巨大な爆発音が空気を震わせ、壁を振動させている。
格納庫の中から幾人もの人影が出てきて、爆発音のした方向を見ている。
爆発音の衝撃からすぐに立ち直り、中林と老主任は格納庫の外に駆け出した。
爆発の方を見れば、巨大な柱のようにもうもうと立ち込める粉塵が見えた。
――荒井・視覚(サイト)技能(テック)・発動(テイク)・位置確認・成功(ヒット)!
――中林・視覚技能・発動・位置確認・成功!
「ありゃあ、新実験棟の方だな。事故か……?」
老主任の言葉を最後まで聞かず、中林は駆け出した。
「おい、中林どこ行くつもりだ!?」
「決まってるでしょう! 様子を見てきます!!」
駆け出した少年は、すぐに春の薄暗がりの中へ消えていった。
その後姿を見送った、老主任は、しょうがねえな、と呟いて周囲の作業員たちに大声をぶつけた。
「野郎ども準備しやがれ! 手すきの奴は軽トラに工具積み込んですぐに出ろ!」
「主任、医療器具はどうしますか!」
「馬鹿野郎! そんなのは専門に任せとけ!! あれが爆発事故だったら、残骸をどかして片付けるのが俺たちの仕事だ! ふむん。そうだな、すぐに用意できる範囲であれば持ってけ」
「了解!」
何人もの若手技術者たちが格納庫の中に飛び込んでいく。何故か誰も彼も少し楽しそうだ。
「何人かは俺を手伝え。積み込みと準備だ!」
それだけで意味が通じたのだろう。老主任の声に従い、あらかじめ決めてあったように格納庫の皆が動き始める。
「ちぃとばかし、面白くなってきたんじゃねえか、これは?」
一気に慌しくなった格納庫の中で、老主任は呟いた。
工学部、新実験棟は瓦礫の山と化している。
内部から爆発した建物は構造物を周囲に撒き散らし、内部構造体を外部に晒している。
道路側の一面は壁が殆ど崩落している。
中林が実験棟に駆けつけた時には、既に周囲に人だかりが出来ていた。見物目的の学生から、衛生部の風水師(チューナー)まで様々な人間がいる。
しかし、大型の重機などはまだ到着していないため、負傷者の手当てがせいぜいで瓦礫の撤去は行われていない。
中林は人ごみを掻き分けて瓦礫の前に出る。瓦礫は風化でもしたかのように異様に細かく砂っぽい。
薄暗い街灯の明かりで廃墟のように見える新実験棟を目を眇めて視る。
――中林・全行師(グリーンホーナー)/視覚技能・発動・遺伝詞(ライブ)感知・成功!
瓦礫の山の中、見覚えのある遺伝詞を見出す。
「内藤先輩!」
砂山と化した瓦礫を掘ると、大柄な人物が発掘された。彼は昼間の模擬戦で中騎を駆り、中林たち第一小隊を率いていた騎師である。全身血まみれ傷だらけではあるが、生きている。
「……中林、か?」
瓦礫の中から上半身までを引きずり出した所で彼は意識を取り戻した。だが意識は完全に覚醒しておらず混濁しているのか、視線が定まらない。
「先輩、何があったんですか。教えて下さい」
「……てめぇ、建前でも……無事かどうか聞けよ……」
「何言ってるんですか。全身血まみれの人間が無事なわけないですよ。生きてるんだから頑張って下さい。とりあえず端役は重要な情報を言った後、『ぐふっ』って言うまでは死にません」
「……中林、あとで、覚えとけ……」
中林は上着の内ポケットから何枚か符と折りたたみ式の警棒型神形具(デヴァイス)を取り出す。
――中林・符術(カード)技能・発動・応急符・成功!
硬質な音を立てて符が砕け、応急手当の術が発動する。
「風水師じゃないんで気休め程度ですけど。話すのは楽になったと思いますよ?」
「ぬぅ……まぁいい。中林――”荒帝”が奪われた」
「じゃあこの爆発も?」
「ああ、その時の……爆発だ。……っつ」
言葉を発して傷が痛んだのか、顔を歪める。
「おそらく、遠隔(ガンナー)系か、遺伝詞系の戦種(スタイル)だ。……中林、追え。おそらく、学園内で重騎を動かせる騎師は……殆ど残ってない」
「冗談でしょう!? 第一俺はちゃんとした年齢足りなくて免許持ってませんよ」
「……学生の『免許を持った』騎師は、”荒帝”の最終調整で……殆どここにいたんだよ。……お前、学内限定解除は……取ってただろうが」
「でも追うにも手段が」
中林そこまで言った時、大型車両のエンジン音と共に瓦礫がライトで照らされた。
「困ってるようだな、坊主!」
しわがれているが張りのある声が響く。
背後から照らされた中林が振り向くと、カーゴパレットを牽引した大型トレーラーと、数台の軽トラックが停まっていた。
「主任!?」
軽トラから降りた人影がまっすぐに中林のほうに向かってくる。
「こっちに怪我人だ! 手が空いてる風水師いたら来てくれ」
「待て俺をロープで……ぎゃああ、痛てえ!? やめろー!?」
「後から直すから一緒だ」
「せめて治すって……もげる!? もげる!?」
先輩騎師はかなり乱暴な手つきで運び去られた。
「坊主、騎師だったらこっちに来い。俺の技術の粋を手前に使わせてやる。学生だったら瓦礫拾いしてろ」
何も答えずカーゴパレットへ駆け出した中林を見て、老主任は満面の笑みを浮かべた。
「既にアイドリングは終わってる。注意事項と武装については記乗しながら聞け!
行くぞ!」
中林が後部のカーゴパレットへ入ると同時に大型トレーラーは走り出した。
行く先は瓦礫の道が教えてくれる。
中林・英彦の手記
この11分後に千葉・茨城動乱、最初の大規模戦闘が始まることとなる。
この時は自分自身がこんな事件の中心へと突き進んでいるなんて、思ってもいなかった。
……考えてみれば、ここが分岐点。全ての分かれ目だったのだろう。
失敗したかなあ。
騒信者:[email protected]
日時:2006年5月1日 17:11:32
宛先:[email protected]
件名:お久しぶりです
お久しぶりです。といっても僕にとっては約16時間ぶりの詞片(メール)なのですが、そちらでは既に二ヶ月以上経っているわけですね。
お変わりありませんでしょうか。
まあ、そんな挨拶は程ほどにして。
「こっち」で今日あった出来事としては半端騎師の友人が、騎(バレル)同士の模擬戦に出ていました。
情けないことに逃げ回った挙句ボロクソにやられてましたが。
日本の騎体は神器(リズム)搭載型のものも増えてきていてそこそこの性能がいいのですが、やっぱり装甲や強度という点ではまだまだだなあ、などと考えます
「そちら」の技術を応用して、義体化しないで記乗者の認識を加圧(ブースト)できるプログラムでも作れれば面白そうですが
いつも通り平凡な日常についての話ですが、こんなのでも面白いと思ってもらえるなら幸いです。
p.s.写真と今度の学内新聞の草稿を添付して送ります
report.lzh
騒信者:[email protected]
日時:2006年5月1日 17:12:26
宛先:[email protected]
件名:こちらでは
現在32年目の2006年もそろそろ年末に差し掛かりめっきり寒くなってきました。
こちらは特にこれといった事件も無く平穏です。
新聞の草稿読ませていただきましたが、騎関係に絞った記事は好き嫌い激しそうだとは思いますがどうでしょうか。
以前送ってもらった、日本の各圏の総長連合・学生会特集などはわかりやすく人気もでるコンテンツだと思いますが。
知り合いに見せた所、「Oh! Nagano's student president is crazy! but very
coooooool!!」とのことでした。
紙データはこちらでは意外と熱量を食うので贅沢品なのですが、それでも紙データを模した長野圏副総長のポートレート集は複製品がマニアの間で高値で取引されているほどです。
認識や動作の加圧プログラムですが、高性能な演算性能や流体(エーテル)制御能力があれば力押しでもそこそこできると思います。
ただ破綻なく動かすには専用設計した重騎(ヘビィバレル)や大型加速器のバックアップが必要だと思います。
騒信者:[email protected]
日時:2006年5月1日 17:24:49
宛先:[email protected]
件名:返事送れてすいません
ご指摘ありがとうございます。
騎関係だけでなく各圏の学生関連記事も引き続き掲載する予定です。
うーん、でも騎関係ももうちょっとスクープとか良い写真があれば面白くなりそうな
!?
なんだか外ででかい爆発音がありました。
取材に行ってきます。
可能なら外から携帯でメールと写真送ります。
本格的な返信は帰宅後こちらの時間で深夜になるかもしれません。
騒信者:[email protected]
日時:2006年5月1日 17:24:55
宛先:[email protected]
件名:いってらっしゃい
見ていないかもしれませんが、怪我に気をつけて
こちらでも気になって調べて見ましたが、筑波エクスプレスの運行情報に改竄の形跡があります。
そちらも調べて見ることをお勧めします。
「中林・英彦の記乗(ライトブリング)『重騎”荒人改”記憶槽への書き込み』」
それにしてもなんで俺みたいな善良で平凡な学生が、重騎に乗って謎の侵入者の追撃戦なんかやらなきゃならないんだ?
しかも下手すりゃ相手は学園最新鋭重騎”の荒帝”。
おいおい洒落になんねーぞ。
なんでこんな篠竹が喜びそうな事件が……まさかあいつの仕込みじゃねえだろうな。
まあ、あいつがいくら刺激とスクープに餓えてるからってこんなことはしないか。
心霊特集でも組めば、心霊写真なんてダース単位で捕れるからそっちでお茶濁すか。
「おい中林、無駄なこと考えてないで記乗した重騎との同期に気を使え」
やばいな、くだらないこと考えてたら怒られた。
「いいか、この”荒人改”は模擬戦こそ何度かこなしているが実戦は初だ。だから最初から全開で行くのは得策じゃねえ。お前も初陣だ。最初は慎重すぎるぐらい慎重に行け」
言われるまでもなく。
そもそも俺は重騎は好きだけど、軍属だの実戦だのはあんまり興味がないんだよなあ。
「戦闘装甲服も武器も装備してあるが、携帯火器は用意できなかった。その代わり内臓武装で神術弾頭で凍結弾8の光弾が6の14発ある。砲戦できるほどの数じゃねえから戦闘補助に使え」
俺は学園内で銃弾ばら撒く趣味はないしなあ。まあ、凍結弾は便利かな?
「剣は樹詞剣じゃなく、神鉄の実剣が二本だ。まず折れることはないが、斬ることが主体の形状だから歪んだり刃が欠けると一気に取り回しが不便になるから気をつけろ」
神鉄って……金かかってるなー。流石重騎だ
「最後に重騎ぶっ壊そうが剣を折ろうがかまわねえ。ちゃんと帰ってこいよ、坊主」
了解。
夜の学園都市を黒い巨人が進む。
黒い巨人は学内道路を我が物顔で進軍する。
巨人を止めるべく散発的に神器や風水(チューン)五行(バスト)による攻撃が加えられるが、巨人は装甲に当たるままに任せるか、周囲に渦巻く砂塵が攻撃者たちを打ち倒す。
何よりもその巨体と重量による前進は、それ自体が威圧であり攻撃となる。
砂塵を纏った巨人は、物語に出てくる砂漠の魔神の如く周囲を圧倒しなぎ倒す。
「存外につまらねぇもんだな。もっとこう血沸き肉踊ることはねぇのかね? スキヤキみたいな」
巨人の顔の脇、浮遊する絨毯の上に胡坐をかいた男が言った。
「無茶言わないで下さいよ。これでも重騎を動かすのは結構大変なんですから」
巨人、荒帝の視覚素子が光り、指向性を持った音声が男にかけられる。
「記乗せずに重騎を動かす、か。調子はどうだ、ディアフレンド?」
「そこそこです。凌駕紋章(オーバーエンブレム)展開は無理ですけど、短時間の全力駆動(フルドライブ)ならこなせますよ。これも隊長がこいつを『説得』してくれたおかげッスよ」
重騎の進む先の街路に、武装した一団が現れる。
「ハッ! 野郎に褒められてもうれしかねぇヨ。ったく、あっちからの合図はまだかね?」
遠隔(ガンナー)系の攻撃を主体としているらしき一団は、一斉に攻撃を開始した。熱、重力、電磁波、振動が渦巻き牙を剥くが、いずれも”荒帝”の装甲に阻まれるか、砂塵に包まれ減衰する。
「予定通りならそろそろかと」
「やれやれ、こんなことなら東北組にすりゃよかったかもな」
侵入者は攻撃者たちを全く意に介さない。
自動的とも言える正確さと無慈悲さで、砂が攻撃者たちを地に伏せさせた。
「……ハァ。ハンドルを使うまでもねえってのはどうなのよ? 『変な声(ノイズトーカー)』でも馬鹿にしてる方がまだましダ。ったく、これじゃあ――壁となれ」
不意に会話を切り、言葉を放った男が上方を睨むと同時、周囲で渦巻いていた砂塵が天蓋のように”荒帝”の上に展開した。
刹那、蒼白の光芒が砂の天蓋に炸裂した。二連続で閃いた光は天蓋にぶつかると同時に周囲を冷却する。急激に天蓋周囲の温度が下がり、大気中の水分が結露した。
結果、衝撃と水分で増加した重量で砂塵の大半は地に落ちていく。
崩れていく砂のスクリーンの向こう側、頭上に広がる夜空よりも暗い影が過ぎった。
「隊長!」
「平気だ! それよりも気をつけろ。せっかく面白いことになって来たんだからな!」
”荒帝”の前方に一体の巨人が舞い降りた。
その重騎は、”荒帝”と相似でありながら対照的だった。
共に黒一色であり、デザイン面での類似は数多い。だが同時に外見からうかがうだけでも、それぞれの期待された機能は違う。
”荒帝”が重厚な装甲と大出力で戦闘する重装型、片や一方は高速機動と優れた運動性によって戦う高速型。
二騎の重騎はそれぞれの間合いの外で睨み合う。
「中林・英彦の記乗『重騎”荒人改”記憶槽への書き込み』」
やっぱり奇襲の凍結弾ぐらいじゃ無理か。
まああの厄介そうな『砂』を潰せたからいいか。
間接部に砂入るとメンテが面倒だしなー。
さて、まずは降伏勧告だ。……従った奴なんて見たことないけど。
「こちらは学園都市所属重騎”荒人改”。”荒帝”強奪犯に告ぐ、今ならまだ間に合う。おとなしく”荒帝”との記乗を解除して投降しろ」
さて、どう出るか。
……。
…………。
………………。
……………………。
「おいシカトか。マジか。何とか言えよ。俺馬鹿みたいじゃないか」
「へぇ、その声、それに遺伝詞(ライブ)の感じからするとまさかあの時のオニーサンかい?」
”荒帝”からじゃないな。あの空飛ぶ絨毯見たいのに乗ってる奴か?
「重騎”荒人改”の機構文書(システムメッセージ)」
主視覚素子前方部分拡大
広域視界展開準備完了
「中林・英彦の記乗『重騎”荒人改”記憶槽への書き込み』」
金髪、青のグラサン、アロハに金鎖のネックレス、アイボリーのカーゴパンツ。
げ。
あれって、さっき俺が実験棟の場所教えた奴じゃないか。
まずい。これで巻き込まれた善良な一学生とか言ってらんなくなったぞ。俺、めちゃくちゃ当事者じゃないか。
いやでも、仮にあそこで俺が教えなくても結果は……ええい、「もしも」は成立しないから意味が無い。
ちくしょう誰がこんなことを。
マジで泣くぞ。
……でもここら辺は後で記憶槽から削除しておこう。
「で、どうするんだ? 降参するのか、しないのか」
「あのさぁオニーサンよ。そもそも降参するぐらいなら、こんなデカ物パクらねえよ。ガキの使いじゃねえんだから」
”荒帝”の顔の脇、空中に浮いた絨毯の上で変な奴が、さも呆れたと言わんばかりに芝居がかった仕草で首を振る。
ごもっともで。
「そうか。だったら校則法の自治権に従って、腕づくでも止めさせてもらうぞ」
重騎用の剣を抜刀。神鉄製の剣が街灯の光を受け、冴え冴えと光る。
「オニーサン本気かい? こっちはアンタのところの最新重騎だぜ」
「新しいだけで無条件に素晴らしいなら、映画会社は潰れないさ」
「ゲーム会社もね」
男が楽しそうにくつくつと笑う。
「オニーサン、気に入った。降参はしないけど、アンタに負けたらコイツは返すぜ」
男が言うと同時に鈍い駆動音を立てて、”荒帝”が身構えたのが見える。”荒帝”はお供、こいつが主犯格か。
「言われるまでも無く、返してもらうさ」
「オニーサン、名前は?」
「人に聞く前に、自分から名乗れよ……。筑波学園都市所属、中林・英彦」
「OK。それじゃあこっちも『名乗らせて』貰うぜ。オレは――」
「――千葉圏第一特務隊隊長、新田・仁。字名を『アラジン』」
新田が匿名を捨て、『自己認識名(ハンドル)』を宣言した。
■ Anonymous -> "Aladdin"
■ Indefinite -> "Word Master".
■ Unemployed -> "The 1st Special Unit Leader of Chiba"
『アラジン』の存在が確定された。
「千葉第一特務……!」
「マイフレンド、お前も『名乗れ』」
新田が”荒帝”に声をかけると、ここで初めて”荒帝”は声を発した。
「千葉圏第一特務隊隊長補佐、『ジーニ』」
ジーニが匿名を捨て、『自己認識名(ハンドル)』を宣言した。
■ Anonymous -> "GEnie"
■ Indefinite -> "Armed Spirit".
■ Unemployed -> "The 1st Special Unit sub-Leader of Chiba"
『ジーニ』の存在が確定された。
つくばエクスプレス、終点・つくば駅。
近未来的な雰囲気を漂わせた地下駅は、現在異様な雰囲気に包まれていた。
ホームには客の影はなく、武装した鉄道員、鉄道警察のみが居る。
「各班、配置についたか?」
武装した駅員たちに駅長が声をかける。
ホームに散開した駅員たちから応答の声が返る。
現在、つくば駅は厳戒態勢に移行していた。
時間になっても到着しない電車、問い合わせても反応の無い隣駅、ほぼ同時に学園で起こった爆発事故。
それぞれの関連性は不明だが、現状では警戒することに越したことは無い。
「裏づけの取れていない情報ではあるが、匿名で研究学園都市駅が襲撃されたとの情報があった。
虚偽である可能性もあるが現在の状態からすると、否定材料は少ない。
仮に襲撃者が居るとすれば、この駅も標的となっている可能性が高い。現在、研究学園都市駅へ確認の者を向かわせている。その報告があるまではこのまま待機。
各員、事態に備えよ!」
「了解!」
その時、線路の先を注視する駅員たちの目にこちらへ向かってくる車両が見えた。その車両はつくばエクスプレスの正規の車両ではない。
それは後続車両の無い先頭車両のみであった。そして現在も加速し続けている。
「お、おい……」
「まさか……」
駅員たちに動揺が走る。
先頭車両はなおも加速を続ける。通常の運行など遥かに超えた加速と速度。それは既にホームまでで停止できるレベルではなかった。
「総員、退避! 退避ーっ!」
慌てふためいてホームから駅員たちが逃げ出すと同時、レールの上を轟音を立てて走り抜けた先頭車両がホームに突っ込んだ。
激突すると同時に、車両は内側から爆散する。爆炎は熱衝撃波を撒き散らしながら広がっていくが、火災は発生せず蹂躙した物体を灰ではなく砂に変えていく。
地下という密閉空間で起こった爆発は、衝撃波の多重反射を起こし地下にいた戦闘要員を尽く戦闘不能に変えた。
不思議と死者はいないようだが、つくば駅構内は砂に埋もれた廃墟の如き様相を呈していた。
「……誰か、無事なものは……いる、か?」
他の駅員にかばわれる形となり、比較的軽症で済んだ駅長が砂の中から身を起こす。
だが彼に応える者はいない。
他の者たちは砂の下か、壁際に打ち捨てられたように転がっている。意識がある者もいるのだろうが、行動できるほどの余力は誰にも残されていなかった。
つくば駅に残されたただ一人の戦力、終点となった駅長の耳に聞こえてくる音がある。
足音。
規則正しく砂を踏み、地を蹴り付ける足音。
それは進軍の響き。
構内から伸びるレールの先、地下路線内に複数の人影が現れた。全体としての印象は強烈だが、何故か個々の印象が妙に平均化された一団。彼らがこの事態を引き起こしたであろうことは想像に易い。
彼らが駅を制圧し、踏み越えればどうなるのか。
分かるはずも無い。だがろくな事にはならないだろう、と駅長は考える。
ならば己に課された役割は自ずと決定される。
懐の緊急通報用の携帯非常ベルを押し、瓦礫の中に放る。これで学園の誰かには通じるはずだ。
そして、この場の責任者として、ただ一人の戦力として、駅長は武器を構える。
拳銃。口径9mm。装弾数15。
普段は重く煩わしい鉄塊が妙に頼もしく手の中に納まる。
「停まれ!」
足音が停まる。
一団はホームの端付近で動きを止めた。
有効射程の外、拳銃で必中を期すには遠い距離だった。
だが駅長はその距離を砕くように声を上げる。
「私はつくば駅駅長、田嶋・春臣だ。武装解除し、投降しろ! 投降後の安全は私が保証する」
我ながら陳腐だと、駅長は内心苦笑する。
一団の先頭の人物は後続を手で制すると、一人前に出た。
「それ以上動くな! それ以上近づけば撃つ! 今ならまだこれ以上無駄な血を流さずに済む!!」
無視するように悠然と人影は歩き続ける。既に有効射程に入っている。
――田嶋・射撃(ショット)技能(テック)・発動(テイク)・射撃・成功(ヒット)!
銃声。
駅長の手の中で銃が震え、弾丸を撃ち出した。
しかし、弾丸は何も無い空間を貫いた。直前まで人影がいた場所にその姿は無い。
だが駅長はそれをいぶかしむ事を出来なかった。
駅長の腹部に、いつの間にか至近距離にまで近づいていた人影の拳が突き刺さっている。いかなる技を用いたのか、一瞬のうちに距離を詰めた人影は、一撃で駅長を戦闘不能に至らしめた。
駅長の脚から力が抜け、血を吐く。
「全く、本当に『無駄な血』だネ、駅長サン」
せせら笑う人影。
「貴様、一体……」
急速に暗くなっていく視界の中、駅長は懸命に手を伸ばす。
「メイドのギフトに教えてアゲルヨ、駅長さん。
王・ 鴎湾、人はワタシのコト、『老師』呼ぶよ」
王が匿名を捨て、『自己認識名(ハンドル)』を宣言した。
■ Anonymous -> "Master W"
■ Indefinite -> "Buster".
■ Unemployed -> "Special Maneuvering Unit Leader of Chiba"
『老師』の存在が確定された。
「手当てが早ければ助かるヨ。助からないほうがきっと楽だけどネ?」
駅長の手は何も掴めず、空を切った。
二騎の重騎(ヘビィバレル)が対峙する。
駆動機の重奏は戦闘機動の前触れ。
最高潮まで高まった駆動音が、一瞬、途切れた。
先に仕掛けたのは”荒帝”。
『自己認識名(ハンドル)』宣言が終わると同時、”荒帝”の駆動音が高まり、巨体が弾かれるように突進する。
――荒帝・体術技能・発動・体当たり・成功!
左腕に構えた大盾で空気を押しのけながらのシールドアタック。
――荒人改・回避(ダッジ)技能・発動・回避・成功!
――荒人改・剣術(ソード)技能・発動・一閃・成功!
対する”荒人改”は回るようにステップをしながら、回転に巻き込むような斬撃を浴びせる。
狙いは大盾から比較的遠い、”荒帝”の側面右手側。
しかし、遠心力で加速された一撃は硬質の音に阻まれた。数を減らした砂塵が展開し、剣の軌道上に割り込み爆ぜたためだ。
反作用で一瞬動きを止めた”荒人改”に”荒帝”の右腕が唸りを上げる。
――荒帝・腕術技能・発動・一撃・成功!
――荒人改・回避/重騎技能・対抗発動・推進回避・成功!
拳が直撃する寸前、”荒人改”は背部推進器(スラスター)を全開。そのまま大きく距離を取る。
”荒人改”を追って”荒帝”が駆ける。巨体からは想像も出来ないほどの速度。
――荒人改・体術/脚術(サバット)技能・重複発動・着地制御・成功!
――荒人改・射撃技能・発動・連続射撃・成功!
着地した”荒人改”は、突進してくる”荒帝”に向かって重砲から光弾を二連射。
二本の光槍と化した神術弾頭が、”荒帝”に牙を向く。
”荒帝”の脇で『アラジン』、新田が指を鳴らし、
「斬り砕け」
言葉を発した。
残り少ない砂が帯を形成し、刃物の如く振り下ろされた。
砂の刃は光の槍の一本とぶつかり、対消滅する。
残りの一本は、”荒帝”が構えた大盾の正面に当たり、砕け散る。
”荒帝”は構えた盾をそのままに”荒人改”がいた空間に突撃。
空白。
”荒人改”は既にそこに居ない。
「上!」
新田の叫びに反応し、”荒帝”が空を見上げる。
――荒人改・剣術/重騎技能・重複発動・急降下刺突・成功!
そこに剣を両手で逆手に握り下降してくる、闇色の重騎があった。
「遮断せよ」
とっさに新田が張った砂の防護と切っ先が接触する。
防護の反発力と重力落下の勢いが拮抗し、一瞬、”荒人改”が宙に静止する。
――荒帝・腕術技能・発動・一撃・成功!
”荒帝”が砂の防護を内側から殴りつけた。
衝撃が剣を通じて伝播し、”荒人改”を吹き飛ばす。
――荒人改・体術/重騎技能・重複発動・姿勢制御・成功!
――荒人改・体術・脚術技能・重複発動・着地制御・成功!
吹き飛ばされた勢いのまま、”荒人改”は空中で背翼を使い姿勢制御。着地。
――荒人改・剣術/重騎/脚術技能・重複発動・推進突撃・成功!
”荒人改”は、”荒帝”が次の攻撃を行う前に剣を構え、突進する。推進器の力も使い地表面すれすれを飛ぶようにして、”荒人改”が駆ける。
重騎とは思えないほど敏捷なその動きを見て、新田は感嘆する。新田は頭の中で、この後の展開が一瞬で組み立てる。
「だが甘いぜ!?」
――荒帝・防御(ガード)技能・発動・大盾防御・成功!
新田の意を汲むように”荒帝”が左腕の大盾を構える。
いかに重騎用の剣であっても、鉄隗とも言うべき大盾を貫くことはできない。それどころか自分の突進力で大盾に激突し、騎体を砕く結果に終わる。
そうならないためには盾を避けるしかない。
そして盾を回避し無防備な側面を晒した”荒人改”を叩く。
新田は一瞬のうちに自分の考えを汲み、連携して見せたジーニに強い満足感を得る。
新田は既に残りを砂を収束し、攻撃に備えている。
盾の向こうで、地面を蹴り、急転換する足音が響く。
右か、左か。
顔面構造体の横、ただそれだけを見極める。
向かって右手側に、剣の切っ先が見えた。
次の瞬間、”荒人改”に向かって砂と”荒帝”の拳が叩き込まれた。
「唸れ、無形の落とし子よ!」
――荒帝・腕術技能・発動・正拳・成功!
砂と鋼鉄の暴力をまともに食らった重騎剣はひしゃげながら吹き飛ばされた。
「しまった……!?」
次の瞬間、
――荒人改・脚術技能・発動・跳躍・成功!
――荒人改・重騎技能・発動・加速推進・成功!
――荒人改・脚術技能・発動・回転蹴襲撃・成功!
――荒人改・脚術技能/重騎技能・重複発動・推進跳躍・成功!
跳躍し、推進加速を行い大盾を乗り越え、空中で回転した勢いをそのまま乗せた”荒人改”の蹴りが”荒帝”の頭部にぶち込まれた。
体勢を崩した”荒帝”を踏み台に、”荒人改”はそのまま跳躍。
重い音を立てて”荒帝”が地に膝をついた。
『重騎(ヘビィバレル)”荒帝”の機構文書(システムメッセージ)』
記乗(ライトブリング)機構に障害
再起動のため0.000000000003秒間全機能を停止します
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