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1.学園紹介

1-4.通学・交通機関
 全寮制のため、通学は徒歩、自転車が基本。
 ただし、都市内部移動用の交通機関も存在する。
 各都市内学校を結ぶシャトルバスは無料なので、活用するといいだろう。
 また学生の運営する人力車ならぬ騎力車などは、アトラクションとしての側面もある。(ただし乗り心地は保障しない)

 学外からのアクセスは、つくばエクスプレスがもっとも便利。
 学園都市中心部のつくば駅に直接アクセスが可能である。
 つくばエクスプレスは茨城、千葉、埼玉三圏にまたがる。現在、東京閉鎖に伴い三郷中央-つくば間の運行に路線長が縮小されているが、一番便利であることは未だ変わらない。
(八瀬駅は東京閉鎖区画に近いため、一部列車のみの特別運行)



 つくば駅地上部。
 地下からの爆発音の後、駅の周囲は一般人立ち入り禁止となっている。
 駅の出入り口付近は、学生会の自治委員会と侵入者たちの戦闘の場と化している。

 自治委員会の遠隔職(ガンナー)が横列を組み、地下から侵攻してきた侵入者たちへ向かい射撃を行う。
 対する侵入者たちは義体化した者たち、防御力の高い面々を先頭に置いた強襲突撃で弾雨を強引に突破しようとする。
 射手たちを守るべく、前衛が彼らの前に立ちはだかる。
 だが、悲鳴と苦悶の声は前衛の後ろから上がった。
 後ろを見やれば、いつの間にか一人の男が全身を振り回し、後衛たちをなぎ払っていた。
 防衛側の彼らが知る由もないが、それは先刻駅構内で駅長を倒した男、王であった。
 旋風と化した王は、己の肉体のみを武器として一人、また一人と後衛を打ち倒して行く。
 遠隔職の面々も対抗しようとするが、不慣れな近接戦の上に、砲撃による同士討ちを恐れて中々積極的な手に出ることが出来ない。
 前衛が救援に向かおうとした所で、侵入者たちと前衛が接触した。
「くそっ、何だこいつらは!?」
 迎撃を行う近接職(フォーサー)が呻き声を上げる。
 侵入者たちは、妙にその存在感があやふやで技能(テック)の対象としづらい。全体としての印象は確たるものなのだが、いざ目の前にすると影を相手にするかのようで掴み所が無い。
 ただ、その侵入者の中でも、後衛の真ん中で暴れている男に限っては異彩を放っていた。まず間違いなく、侵入者たちを率いている存在だ。
「奴だ! 奴を狙え!」
 誰からとも無く、声が上がる。
 射撃手たちは同士討ちのリスクを負ってでも倒すべき脅威として、王を認識した。
 一人の人物を狙うには過剰とも思える火線が集中する。
 だが王は自分に向かって降り注ぐ光条を見て、慌てることなく構えを取った。
 攻撃に対し、半身になり脚を広げ、腰を落とす。左手は自然に開いた状態で、体の前に、右手は拳を作り腰の横に。
「破!」
 大喝の声と共に、震脚。拳が空を裂く唸りと共に撃ち出された。
 ――王・五行師(バスター)/腕術(ボクス)技能・重複発動(テイク)・五行(バスト)打撃・成功(ヒット)!
 大喝の声はそのまま遺伝詞(ライブ)を破壊する五行の掛詞(メッセージ)となり、光爆を起こす。
 五行によって引き起こされた破壊は、砲撃を飲み込み逆に射手たちへと襲い掛かる。
 爆光が薄れた後には地に臥す無数の人影と、拳打を放ち終えた王の姿。
「老師!」
 侵入者のうちの一人が警告の叫びを上げる。
 爆発に紛れ学園都市側の遠隔職が、王に肉薄していた。
「食らえ!」
 至近距離で神器(リズム)の雷撃が王に向かって放たれた。
「金克木。雷即ち木気なり、金気を持ってこれを封ず」
 王は慌てることなく功夫着の懐から数枚の符を取り出して投じた。
 ――王・符術(カード)技能・発動・金行符・成功!
 雷撃は数枚の符を焼きながらまとわりつくようにしながら拡散していった。
「我らが祖の見出した知識にかかれば、この程度造作も無い」
「馬鹿な……!」
 渾身の攻撃をあっさり無効化され、驚愕の声を上げる砲手を王の拳が地に沈めた。

「さてさて、これで準備も終わりアルね。さ、仕上げにかかるがイイヨ」
 防衛側の戦力を完全に無効化すると、どこかわざとらしい仕草で王が周囲に指示を出す。指示を出された侵入者たちは再び地下駅へと入って行く。
「学生会の役員や……風紀が……増援……」
 王のすぐそば、かろうじてまだ意識を保っていた学園都市の前衛職が、途切れ途切れに言う。
「オヤオヤ、アナタしぶといネー」
 王が彼を見下ろしながら、声をかける。
「安心するイイよ。そんなものはこないネ。
 これからそれどころじゃなくなるヨ。特等席で見てるヨロシ」
「な、……に……?」
 王の背後で梱包された大きな物体を、再び地下から出てきた侵入者たちが運び出していた。

◆


「中林・英彦の記乗(ライトブリング)『重騎(ヘビィバレル)”荒人改”記憶槽への書き込み』
 どうだ、やったか!?
 いくら最新鋭重騎だって言っても、記乗しているのは人間のはずだ。
 頭に一発食らってノーダメージってわけがないよな。
 俺があの爺さんに殆ど同じ事やられた時は、余裕で半日コースでそれどころか――――嫌なことを思い出すのはやめよう。
 よし、しゃがみこんだまま動かないな。
 あとは記乗が解けた中の奴を書斎から引っ張り出せば一件落着だ。
 それにしても……はぁ、緊張した。
 今になって怖くなって来た。我ながら無茶したもんだ。

◆


 篠竹(しのたけ)・純の手記/新聞原稿草稿

 この時点で中林が判断を誤ったと指摘することは出来ない。
 実際、荒帝に記乗していたのがまっとうな騎師であったならば、彼の判断通りだっただろう。
 だがこの場合においては、その『常識』が通用しない相手であったことも事実なのだ。
 しかし、誰が中林を責められよう。
 これは中林も、千葉の新田ですら予想し得なかった事態であったのだから。
 それでも人の手の上から零れ落ちた状況は、動き続けることとなる。

◆


『重騎”荒帝”の機構文書(システムメッセージ)』
 再起動完了。
 騎体保護を最優先させるため、全機能の限定を解除
 全武装開放(フルバレルオープン)

◆


 前屈みにうずくまっていた荒帝の視覚素子に光が点った。
 だがその光はそれまでのどこか温かみを感じさせる光ではなく、完全に機械そのものの発する冷たく青白い光。
 重騎の中で駆動機が静かに再動する。

 それに真っ先に気づいたのは、大型トレーラーの運転席から事態を見物していた老主任だった。
「中林、気をつけろ! そいつ、まだ動くぞ!」
 外部スピーカーに繋がった車内マイクを取り、警告の叫びを発する。
 だが、その警告は遅すぎた。
「え――――?」
 荒人改からどこか間の抜けた声が漏れ、そのまま吹き飛ばされた。
 再起動を果たした荒帝は、一瞬にして黒い弾丸と化して荒人改に体当たりを行っていた。
 技も駆け引きも無い、重騎の出力任せの強引な一撃。だがそれゆえに機械としての全力を出した重騎の力はあまりに強大である。
 鋼と鋼、巨大な鉄隗同士がぶつかり、鉄の響きと駆動機の轟音が唸りを上げ、もつれ合いながら突き進む。
 荒帝は突進の勢いをそのままに荒人改を地面に叩きつける。
 十メートルの巨人がバウンドし、道路わきの地面を抉りながら滑って行く。

◆


『重騎”荒人改”の機構文書』
 騎師との接続が切断
 覚醒措置後、再接続のため0.0000000004秒間全機能を停止します

◆


 地面の上に男、新田が倒れている。
 先ほどまでかけていた青いサングラスはどこかへ行ってしまっている。

 二体の重騎(ヘビィバレル)がぶつかる音で新田は意識を取り戻した。
「くそっ、俺としたことが……!」
 口内に溜まった鉄の味のする唾を吐き捨てながら呟く。
 彼は”荒人改”の攻撃が”荒帝”に直撃した時に、巻き添えを食らわないよう、咄嗟に身を投げ出していた。
 結果として仲間の操る重騎に潰されるという最悪な状態は回避できたものの、着地の衝撃で一時的に気絶していた。不幸中の幸いとして、受身はきちんと取れていたので全身が痛む以外に、致命的な怪我はしていない。
 鉄をこすり合せた様な軋んだ咆哮が響く。
 鋼鉄の声のした方を見れば、”荒帝”が地に臥した”荒人改”に躍りかかろうとしている。
 その動きには理性は無く、ただ敵を倒す機能に支配された獣じみた無機質さがある。
「くそっ……あの馬鹿、重騎に『飲まれ』やがった……!」
 身に残る痛みを振り払い、新田は友であるはずのそれに向かって駆け出した。

◆


「中林・英彦の記乗(ライトブリング)『重騎”荒人改”記憶槽への書き込み』」
 ぐ……一体、何があっ!?
 仰向けの視界を押しつぶすようにして拳を打ち下ろしてきた”荒帝”から逃げる。
 地面の上を転がりながら距離を取り、背部推進器(スラスター)で離脱。
 平衡感覚どころか上下感覚すらわからなくなるが、殺されるよりはマシだ。
 重騎の視界がようやく焦点を結び、足元にいる”荒帝”が見える。
 何が起こってるって言うんだ。
 なんとなくだが、あの重騎絶対におかしい。
 あの打撃の後にあんな機動、いやそれどころかどこか動きがデタラメでチグハグだ。
 っておい、追撃する気か?
 眼下で”荒帝”が背部の推進翼を展開し、推進跳躍を行う。
 こっちが空間を裂くように跳んでいるとするなら、”荒帝”は空間を押しのけてぶち抜きながら向かってくる。
 咆哮。
 金属の軋みにも似た叫びを上げながら、”荒帝”が拳を突き出して来る。
 異質な物に直面した時の恐怖が喚起される。
 だが意志とは裏腹に体は、動く。
 背部推進器の出力をカット、背を下に重力に引かれて沈み込む。
 つい一瞬前まで、こちらの騎体があった空間に”荒帝”の腕がぶち込まれる。
 そこを両手を使いすくい上げ、後ろに放るようにしてベクトルを変えてやる。
 ベクトル方向と重心の狂った”荒帝”は、自重と推進力に翻弄されながら墜落していく。
 こちらもそのまま地面とぶつかるわけには行かない。一度だけ推進器を全力で噴かした後、空中で反転。
 足首、膝、腰と全身をバネとして使いながら着地。
 認めたくないが、あの性悪爺さんのしごきが体を動かしている。
 ”荒帝”はまともに地面にぶつかりはしなかったものの、土塊を撒き散らしながら受身を取っている。
 まともな重騎師(ナイトストライカー)ならここで間合いを取るなりなんなりするんだろうが……来た!
 思ったとおり、”荒帝”は体勢を整えるとすぐにこっちへ突っ込んでくる。
 突進してくる”荒帝”の細部が見える。
 自分の視界が鮮明になっていくのがわかる。生身だったら、脳内麻薬と覚醒物質が脳を包み込んでいるだろう。

『重騎”荒人改”の機構文書(システムメッセージ)』
 広域視界を展開します

「中林・英彦の記乗『重騎”荒人改”記憶槽への書き込み』」
 視界が開ける。人の身では見ることが出来ない足元から、頭上までの広角で広がる世界。
 突撃してきた”荒帝”の拳打。機械の様に正確で恐ろしく早く緻密なコンビネーション。
 だからこそ先読みができる……!
 一発目の右拳を体を沈め、二発目の左拳をスウェーバック、追撃の三発目は右手で逸らしながらステップで距離を取る。
 余裕は無い。だがわかる。
 最初の一撃こそまとも食らったけど、今のこいつはおかしい。機械のように精密におかしい。

◆


 重騎同士の格闘戦に向かって一人の男が走っている。

「くそっ、あのオニーサン、ナカバヤシ結構やるじゃんかよ」
 痛む体を疾駆させながら新田が呟く。
「ジーニの野郎、システムに逆に取り憑かれてやがる。ミイラ取りがミイラになってどーすんダ……!」
 新田の眼前では”荒帝”が突っ込み、”荒人改”がいなすという展開が続けられている。
 一方的な展開ではなく、”荒帝”の強力な攻撃も当たってはいるが、打点をずらされたり、なるべくダメージの部位が少ない部分で受けるなどして、”荒人改”は的確なダメージコントロールをしている。
 対する”荒帝”は機体性能と重装甲で”荒人改”の攻撃をほぼ無効化しているが、戦い方そのものが機体や間接に負担がかかる方に誘導されている。
「結構、エグイ性格だな……。ジーニ、目を覚ましてやるから待ってヤガレ」
 鋼鉄の唸りが間近に感じられる距離まで近づくと、新田はカーゴパンツのポケットから新たな布を出し中に浮かべた。
 予備のサングラスを取り出し眼窩を覆うと、中空の布に跳び乗った。

◆


「中林・英彦の記乗『重騎”荒人改”記憶槽への書き込み』」
 くそっ、まずいな、これは。
 ”荒帝”の豪腕が唸りを上げて迫ってくるのを、受け流す。その際にきちんと腕と腰に負担がかかる様に動きを誘導。
 何故かは知らないけど、”荒帝”の攻撃は異常なほど精密で単調だ。狙いも読みやすいけど、こっちの防御も含めて決まったパターンが作られてきてる。
 連打を、身を沈めて交わし、スウェーバック、いなしながらバックステップ。
 またこのパターンだ。
 まずい。慣れてきてる。
 完全にパターン化されたら、絶対にまずい。
 まず集中力が持たない。単純な反復動作ほど集中力を維持するのは難しい。
 ショルダータックルが来た。これも既に知っている攻めだ。
 こっちから踏み込みながら背後に抜ける。”荒帝”の装甲の傷、マーキングが見えるぐらいの至近距離。鉄の突風にこっちの装甲が震えるのがわかる。
 背後から追撃をかけようとするけど、向こうは突進の勢いを利用して距離をとっている。
 これも同じだ。
 こんなのを延々と続けられたら、集中力だけじゃなく体力だってなくなる。精燃はともかく、駆動系と間接はまずい。
 向こうも同条件だろうが、耐久力で言ったら圧倒的にこっちが不利だ。あっちに負担をかけるようにして戦っていることを考慮しても、だ。
 状況は膠着、いやじりじりと互いに消耗している。
 ”荒帝”の踏み込み、鉄拳が発射される。
 再び振り出しに戻った。
 この連環をどこかで断ち切る。
 勝てるかどうかは分からないけれど。

◆


 重騎同士の格闘戦が続いている。
 戦闘は一連の流れを作り、鋼鉄のぶつかる音を伴奏に二つの重騎が舞い踊る。
 その重騎の舞踏のすぐそばに中に浮かぶ物がある。
 中に浮かんでいるのは布。布の上には一人の男が立てひざをついている
 男は重騎同士の戦いを見ている。

 新田は”荒帝”と”荒人改”の戦闘を観察していた。青いサングラスに視線は隠されているが、全身から焦燥感がにじみ出ている。
「まずいぜ、こりゃあ」
 つい呟きが漏れる。
 二体の重騎は振り付けが決まっているかのように決められた手順で攻防を繰り返している。だが、そこには馴れ合いはなく、互いの攻防が噛み合い過ぎた結果としての始点と終点の消失がある。
 このまま続けりゃ、悪く見積もっても七分以上でジーニが勝つ。だけど、それだけだ。消耗しきったアイツと重騎の両方を抱えて、圏外までは逃げ切れネェ。戦術以前の戦闘で、戦略的敗北なんて俺はゴメンだ。
 内心毒づきながらも、新田はこの事態を改善するべく思考を続ける。
 強引な介入――論外。重騎同士の高速戦闘に生身で割って入るなんてのはキチガイのイッコ上だ。
 ”荒帝”が高速の連打を繰り返し、”荒人改”は直撃を食らわぬように機動を続ける。攻撃を食らわなくとも、高速機動中の騎体に触れ、弾かれればどうなるか。結果は火を見るよりも明らかである。
 ”荒帝”と協調して”荒人改”を攻撃――却下。重騎にダメージが通る威力で高機動戦闘に介入? ハッ、そんなのができりゃ正面から叩き潰してるツーの。
 ”荒人改”が隙を突いて、拳打からのコンビネーションを繰り出すが、”荒帝”は装甲で強引にねじ伏せながら反撃を繰り出す。”荒人改”は決定打を与えることができず、荒帝の攻撃圏内から逃れる。
 遠隔から”荒帝”の正常化――保留。可能であれば。だが、仮に戦闘中にそれを行った場合、”荒帝”は? 負けなんてのもゴメンだ。クールじゃない。
 重騎の舞踏は、幾度目かの連環をまた最初から始めている。
 それを見て新田は焦燥感が募るのを感じる。
 外部からの介入はほぼ不可能。当事者のうち一人は、期待ができない。ならば残る片方が状況を変えるまで事態は続く。
「……あんた次第だぜ、オニーサン。皮肉なことにアンタが今の俺の最大の味方だ。
 タイムリミットまでに何とかしてくれよ」

◆


「中林・英彦の記乗『重騎・荒人改記憶槽への書き込み』」
 さて、覚悟を決めなきゃいけない。
 このままじゃジリ貧だ。
 ここで一つ賭けに出る必要がある。
 ああ、やだなあ。本番に弱いタイプだってのに。
 連撃がいつも通りの手順で繰り出され、いつも通りの手順でよける。
 ――――やるか。

『重騎・荒人改の機構文書』
 駆動系主力上昇準備 背部推進器開放
 一部装甲組み換え 高出力状態への移行準備完了

「中林・英彦の記乗『重騎・荒人改記憶槽への書き込み』」
 ショルダータックル。
 爆発するような突進。
 腰を落として、真っ向から受ける。
 衝撃が来た。意識と騎体が吹き飛ばされそうになるのを、意志と出力を全て使ってかろうじて踏みとどまる。
 前へ!
 意識に呼応して、背部推進器が唸りを上げる。
 騎体が軋むのがわかる。腕と胸は鋼鉄の打撃、背中は推進の圧力。
 ”荒帝”も出力を上げようとしているのが、密着した状態の振動が教えている。
 だけど、もう、掴まえた。最初の突進が、耐え切れた。
 残り六発の凍結弾。
 直接食らえ!

◆


 二騎の重騎が組み合っている。
 片方の重騎の重砲が動いた。

 ――荒人改・射撃(ショット)技能(テック)・発動(テイク)・凍結弾射撃・成功(ヒット)!
  ――荒人改・射撃技能・発動・凍結弾射撃・成功!
   ――荒人改・射撃技能・発動・凍結弾射撃・成功!
    ――荒人改・射撃技能・発動・凍結弾射撃・成功!
     ――荒人改・射撃技能・発動・凍結弾射撃・成功!
      ――荒人改・射撃技能・発動・凍結弾射撃・成功!
 六発の青白い光条が放たれ、”荒人改”自身も巻き込んで氷へと変じる。凍結は連鎖して広がり、二騎の重騎を繋ぎ、動きを停止させた。
 凍結弾の直撃を組み合った部分を中心に食らい、”荒帝”の各部位が強制的に動きを止められる。
 自らの一部も凍りつかせたまま、”荒人改”は更なる行動に出る。
 ――荒人改・射撃技能・発動・光弾射撃・成功!
 再度の砲撃。
 今度は流体(エーテル)で出来た一本の光槍が”荒帝”、正確には”荒帝”を覆う氷に打ち込まれた。
 氷にあたることで貫通力を衝撃へと転換しながら光の槍は氷と共に飛沫と化しながら砕け散る。
 ――荒人改・腕術(ボクス)技能・発動・正拳・成功!
 氷が砕け、装甲がむき出しになった”荒帝”の胸部に”荒人改”の拳打が叩き込まれた。
 ”荒人改”は攻撃を繰り出した姿勢のまま凍りついたように停まり、”荒帝”はゆっくりと仰向けに倒れた。

「ハハハッ、想像以上だナカバヤシオニーサン!」
 自らも砲撃対象にした”荒人改”の攻撃を見て新田は笑った。最新の重騎を相手にとって互角以上に戦った重騎師(ナイトストライカー)を心から賞賛する。
 空飛ぶ絨毯を操り、倒れた”荒帝”の横に降り立つ。
「投降するんだ。今の”荒人改”でも君一人ぐらい掴まえられる。これ以上厄介事を増やさないで欲しい」
 ”荒人改”から新田に声がかけられる。
「ん? オレのこと心配してくれてんのかイ? 本当に面白い人だゼ、アンタ
 ……時にナカバヤシさん、今何時だい?」
「急に何を。……19時59分、もうじき20時だ」
「そうか、それは残念だ。アンタがもうちょっと弱いか強いかしてたらこんなことにならなかったのにな。本当に残念だ」
「何を言ってるかよく分からないが、これ以上の抵抗は無意味だって分かってるだろ?」
 新田は懐から符を一枚取り出した。
「確かに、俺一人じゃ分が悪いな。俺一人じゃ」

◆


 つくば駅地上部。
 侵入者たちの部隊が展開し、駅前には砲のような筒が設置されていた。
 ただ、砲と違いそれらは上空に向けられている。

 侵入者たちのリーダー、王が駅前の時計を確認して言った。
「二十時だ、状況を開始する。
 『アラジン』からの返答があった方角への第二派準備も忘れるな。もし反応がなかった場合は全発打ち上げ後速やかに撤退。
 それでは、パレードの開始だ」
 王の言葉が終わると同時、筒から上空に向けて光が走った。
 空中に上った光はある程度の高さに達すると爆ぜ、夜空に大輪の華を咲かせた。

◆


 学園都市の夜空が花火で彩られる。
 道行くものも、屋内にいたものも空に咲いた光の華を見上げている。

◆


 夜空に突如出現した花火に辺りが照らされる。
 漆黒の重騎(ヘビィバレル)は彩光を受けてよりいっそう陰影を濃くする。
 光に一瞬遅れた打ち上げの音が辺りに多重に反響している。

 新田が符を放る。
 反射的に”荒人改”が身構えるが、符は空中で静止すると一本の光となって上昇した。
 空へ舞い上がった光は、上空で毒々しいほど鮮やかな赤い花火と変じた。
 その赤光に応じるようにして、再び花火が打ち上がげられた。
 花火は”荒人改”の頭上を中心として百花繚乱の彩を夜空にそえる。
「何を――」
 言いかけて”荒人改”、その中にいる中林は気がついた。
 ――荒人改・全行師(グリーンホーナー)/心理(マインド)/視覚(サイト)技能(テック)・発動(テイク)・遺伝詞(ライブ)読解・成功(ヒット)!
 普段の未熟な全行師である彼では気づくことは無かったかもしれないが、彼と一体となった重騎の感応素子はその詞色(ネイロ)を見逃さなかった。
 夜が震えている。
 光の奔流と音の反響(リフレクス)に曝された学園都市の夜、詞そのものが揺れ、乱れていく。
「この花火、音壊爆弾(ディスコード)か……!?」
 夜空を彩る花火を見上げ、”荒人改”が悲鳴にも似た声を出す。
 音壊爆弾。半径五メートルほどの遺伝詞を揺らし乱すことが出来る。遺伝詞を意図的に乱し、風水(チューン)を行うのに利用されることが多い。
 だが、一つ一つではわずかにしか遺伝詞をかき乱すことができない音壊爆弾が、夜空を飽和させるほどに連続したならばどうなるか。連鎖する遺伝詞の乱れは、漣からやがて津波へと変じて行く。
「さあショウタイムだ!」
 新田が芝居がかった仕草で両手を広げた次の瞬間。

◆


 夜空が割れた。

◆


 限界を超えて遺伝詞を乱された空間が遺伝詞乱散(ライブブレイク)を起こした。
 学園都市に存在する騒荷(マイナス)の遺伝詞を核として成長し、妖物としての姿を取る。
 都市全域の遺伝詞乱散で産み出された妖物が降下して行く。

 ”荒人改”のすぐ近くにも、大蛇、巨人、獣の姿をとった大型の妖物が降下してきた。
 妖物は着地すると同時に、”荒人改”に襲い掛かった。
 大蛇は顎を開け飛び掛り、巨人は重量級の体で突撃、獣は威嚇の声を出しながら鋭い爪を振るう。
 ――荒人改・回避(ダッジ)技能・発動・緊急回避・成功!
 ”荒人改”は、妖物からの攻撃を後退して避ける。しかし、それによって”荒帝”と新田との距離が開いてしまう。
「くそっ、こいつら……!」
 慌てて距離を縮めようとするも、三体の妖物が立ちふさがり思うように動けない。
「残念だったナ! まあ、しばらくそいつらと遊んでてくれ。おい、ジーニ起きろ。お昼寝の時間はオワリだぜ」
 妖物を相手に手間取っている”荒人改”を見ながら新田が言う。そして新田は倒れたままの”荒帝”の顔面構造体に触れる。
「忍耐強きもの」
 ”荒人改”に記乗(ライトブリング)してなお見切ることのできない、段違いの技量。詞階(オクターブ)に干渉することない言霊師(ワードマスター)の技。中林にわかったのはそれだけだった。
 ”荒帝”の視覚素子に光が蘇る。

 ”荒帝”が再起動した。

 やがて”荒帝”はゆっくりとだが、確実に立ち上がった。近くに打ち捨てられていた大盾を拾い上げる。
 ”荒人改”はなんとかそれを阻止しようと動くが、ひたすらに妖物が邪魔をする。”荒帝”に比べ、攻撃の威力、精度共に低いが三体が同時に襲ってくる手数と多角的な攻撃はひたすらに厄介だった。
「ジーニ、大丈夫か?」
「新田さんスイマセン。俺、ヘマやったみたいで」
「ハッ! 反省なんざ後からしやがれディアフレンド。行けるな?」
 立ち上がった”荒帝”を見上げながら、新田は不敵に笑う
「大丈夫ッス。既に再掌握しました。機構文書(システムメッセージ)のログもチェック完了。これから撤退でOK?」
「OK、OK。さてとトンズラするか」
 新田は”荒帝”が差し出した掌に乗り、持ち上げられた。
「そうは、させるか……!」
 ――荒人改・剣術(ソード)技能・発動・抜き打ち・成功!
 荒人改は予備の重騎剣を抜き放ち、飛び掛って来た大蛇を切り払う。大蛇はのたうちながら後退するが、傷口が蠢きすぐに再生していく。
 ”荒人改”の奮闘を脇目に千葉の二人組みは撤退の準備を進める
「新田さん、副座に乗って下さい。ちょっと飛ばしますんで」
「りょーかい。ナカバヤシ!」
 ”荒帝”の背部にある、副座の乗り込み口に足をかけながら、中林の名を新田が叫ぶ。
「今回は、俺の友人の負けで勝負を預けとくゼ。その代わりこの勝負、俺が勝って取り返す。だからそれまでの間に勝手に変な負け方すんじゃネーゾ!?」
「何を勝手なことを……!」
 巨人の豪腕をかいくぐり、獣の脇腹に蹴りを叩き込みながら”荒人改”はなんとか近づこうとする。
「シーユーアゲイン! 本当にかっこいいのはどっちかな?」
 わけのわからない捨て台詞を言うと、新田は副座へと姿を消した。
 同時に”荒帝”の背部推進器(スラスター)が唸りを上げ、四枚翼を広げ空気を溜め込む。
 ――荒帝・重騎/体術(ジムナ)技能・発動・大跳躍飛行・成功!
 次の瞬間、轟音と共に”荒帝”が飛び立った。
「待て……!」
 一斉にかかってきた三体を強引に振りほどき、”荒人改”も背部推進器を全開、跳躍。
 ――荒人改・重騎/体術技能・発動・大跳躍飛行・成功!
 しかし重力を振り切る直前、脚が引かれる。
 見れば大蛇が飛び掛り足に食らいついていた。
「邪魔だって言ってるだろ……!」
 ――荒人改・剣術(ソード)技能・発動・薙ぎ払い・成功!
 神鉄の剣が一閃され、大蛇の首が飛ぶ。遺伝詞乱散(ライブブレイク)の大蛇はその衝撃で字我崩壊(バランスフォール)を起こした。
 それを見届けることも無く、再度夜空への突撃を敢行しようとするが、時既に遅し。
 ”荒帝”は漆黒の空への既に姿を消していた。
 そして入れ替わるように、さらに降下してくる妖物。
「畜生、誰がこんなことを」
 中林の呟きは学園都市の夜に紛れていく。

◆


 第三種警戒態勢発令
 全都市域での妖物の発声を確認
 非戦闘員は可及的速やかに避難
 戦闘可能な者は連携を取り事態に対応
 なお指揮訓練を受けているものには周囲の戦力の掌握、組織的統制権限を認める
 言詞加速器(トリスタンⅡ)稼動まで後1480秒
 事後状況によっては第四種警戒態勢への移行、及び限定的な意詞加圧付与を行う
 繰り返す――――

◆


 妖物が蠢く夜道を漆黒の巨人が往く

 ”荒人改”の追撃を振り切った”荒帝”は、学園都市の夜道を進んでいた。
「新田さん、連絡付きましたか?」
「いや、駄目だ。この騒乱で流体(エーテル)がろくに詞を飛ばせるような状態じゃネエナ。流石の『改造者(カスタマイザー)』も、こんな状況で使える通信機は作ってねえよ」
 ”荒帝”の副座で通信装置を弄っていた新田が、”荒帝”となったジーニに答える。
「だったら、この”荒帝”で出力上げれば」
「馬鹿かオマエは。んなことして、余計流体乱れて遺伝詞乱散(ライブブレイク)起こしたらどーする気だ」
 言うそばから遺伝詞乱散で生じた妖物が、姿を形成しながら”荒帝”の横を通り過ぎていく。
「あーいう俺の仕込ならともかく、そうじゃねえ奴は関係無く襲ってくるからな。面倒はゴメンだぜ」
「じゃあ予定通り?」
「ああ。こっちからの返信弾だって確認してるだろ。だったら予定通地点まで後退する。後続とはそこで合流できるダローよ。どっちにしろあそこに行かなけりゃ」
 新田は自分の周囲を軽く叩く。
「コイツだって持って帰れんだろ?」
「そうですけどね。じゃあ、飛ばしますか?」
「うんにゃ、通常速度でいい。全速で飛ばして余裕が無いなんてのはゴメンだ。
 ……それに、間に合う余地を残した方がおもしれーからな」
 新田の最後の呟きはジーニにすら聞こえなかった。
 ”荒帝”が目指すは、研究学園都市駅。

◆


 群がる妖物を相手に黒い重騎(ヘビィバレル)が剣を振るう。
 一太刀、一挙動ごとに妖物は退けられ、あるいは倒される。
 だがそれ以上の量と速度で新たな妖物が現れる。

 ――荒人改・剣術(ソード)技能(テック)・発動(テイク)・切り払い・成功(ヒット)!
「邪魔……だっ!」
 気合とも悪罵とも付かない声を発しながら、”荒人改”の剣が人型の妖物を断ち切った。人体模型の如く半身がむき出しの内臓の妖物は、身体を左右に両断されて字我崩壊(バランスフォール)を起こし大気へと散っていった。
「これじゃあ、ろくに追いかけること、も、できないな、とっ!」
 新たに飛び掛って襲ってきた蜘蛛の様な姿をした妖物の攻撃を避ける。
 ――荒人改・回避(ダッジ)技能・発動・回避・成功!
  ――荒人改・脚術(サバット)技能・発動・ソバット・成功!
 避けざまに一発蹴りを叩き込んで牽制する。
 現在、”荒人改”は”荒帝”の再追撃を行っていた。ただし、追撃と行っても明確な目的地があるわけではない。とりあえず”荒帝”が消えていった方角へ進路を取っている。このまま進めば、いずれつくばエクスプレスの線路にぶつかることとなる。
 さらにはその移動に関しても順調ではなかった。広域遺伝詞乱散によって大量発生した妖物に加え、進行路上の孤立した学生や避難者を一々援護しているため歩みは遅々としてすすまない。
「ちんたらしてると逃げられるぞ、坊主」
 ”荒人改”の後方、トレーラーの脇で老主任がさも愉快と言わんばかりの声を上げる。
 ちなみに老主任の周囲には大小取り混ぜた妖物が転がっていた。トレーラーに近づいてくる妖物のみに絞っているが、徒手空拳でそれを行っているあたり尋常な戦闘能力ではない。
「だったら、アンタが、こいつら片付けて、下さい、よっ!」
 ――荒人改・剣術技能・発動・なぎ払い・成功!
 小型の妖物を刈り取るようにして屠る。妖物単体での戦闘能力が高いものは限られているが、圧倒的な量と連戦は中林に消耗を強いていた。
「やだね。若いうちの苦労は買ってでもしやがれ。
 それに俺は若い奴が苦しんでたり困ってるのを見るのが大好きだ」
「クソ爺!」
 ――荒人改・腕術(ボクス)技能・発動・正拳・超成功!
 ”荒人改”の八つ当たりの鉄拳を食らった大蜥蜴もどきの妖物が、四散して消えた。

◆


「中林・英彦の記乗(ライトブリング)『重騎”荒人改”記憶槽への書き込み』」
 ええい、それにしても次から次へとうっとおしい。
 一体一体は強くなくても、こう続くと流石にきついぞ。あそこらへんの暗がり、みっしり詰まってる感じだよなあ。
 ……たまに強いのも混じってるし。
 表面に顔の張り付いた球体が転がってきた。妖物とはいえ趣味が悪い。なんかゲラゲラ大笑いしてるし。
 大きさは”荒人改”に匹敵するぐらいでかい。重さではあっちが上だろうな。
 とりあえずぶん殴る!
 タイミングを合わせてパンチを一撃。
 ゴム鞠のような弾力。
 笑い球(勝手に命名)はさらに笑いを大きくしながら弾き飛ばされて、そこらじゅうを跳ね回る。
 ……うざいぞ、こいつ。それに子供が見たらトラウマ間違い無しだ。
 でも見かけに反して意外と強力な妖物だ。
 打撃攻撃は殆ど効かないと見た方がいいか。
 だけど、下手に剣で切りつけるのもなあ。これ以上予備はないから大事に使いたいんだが。
 そんなことを考えているうちに、笑い球は一際大きく跳ねた。
 どうやら急降下してこちらを押しつぶすつもりらしいな。
 えり好みしてられないか。
 タイミングを合わせて、串刺しにしてやる。

◆


 落下してくる妖物に向かって、重騎が刺突の構えを取った。
 両者の距離が一瞬で詰まる。

 今まさに、”荒人改”が重騎剣を繰り出そうとした次の瞬間。

 天地に満ちるもの
 闇裂き夜を穿つもの
 汝時の流れに灯るもの
 光あれ

 ――流・光神(ライトニングハイ)/剣術技能・重複発動・光神刺突・成功!
 詞と共に横合いから光柱が伸び、妖物を貫いた。
 光に貫かれた妖物は、内部から爆散し夜の空気へと戻っていった。
 ”荒人改”が光の飛来した方向を見れば、二十メートルほど先、右手に鋭剣を持った一人の男が立っていた。突きを放った姿勢のまま残心。
 彼の背後には統一感のない様々な人々。唯一の共通点は、その全員が戦意と呼ばれる意志と視線を持っていることだけ。
 男は構えを崩さぬまま声を張り上げた。
「私はつくば学園都市学生会副会長、流・灯矢。そこの重騎師(ナイトストライカー)! 所属を!」
「え? あ、はい! 高等部二年、中林・英彦!」
 荒人改は自信と迫力を含んだ声に反射的に答える。
「ふむ、確かに君の情報通りだ」
 学生副会長と名乗った男は構えを解きながら脇にいた人物へ声をかけた。そこには小柄な人影。そしてそのまま背後に武装した人々を引き連れ、重騎とトレーラーへ近づいてきた。
 ――荒人改・視覚(サイト)技能・発動(テイク)・人物照合・成功。
「篠竹! はっ!? まさか、やっぱこれお前の仕込みか!?」
「英彦、君は馬鹿だ」
「うわひでえ断言かよ。冗談だろ」
「こんな時にそんなつまらない冗談を言うのが馬鹿なのさ」
 流の隣にいる人物、中林の友人、新聞部の篠竹・純は心底呆れたという表情で肩を竦めた。芝居臭い動作だが、愛嬌があるせいか妙に似合ってもいる。
「まあ、そんなわけで。アレがあの”荒人改”の騎師(ストライカー)です」
「ああ、紹介ありがとう。忘れられてないか若干心配した」
 どこか困ったような表情で副会長、流が応えた。流は気を取り直し、”荒人改”へ視線を向ける。既に彼らの一団は荒人改とトレーラの位置まで移動してきていた。
「”荒人改”、いや中林君。君に頼みがある。”荒帝”の追撃をして欲しい。現在、機動戦力としてあれを止めることが出来る可能性が一番高いのが君だ」
「それは、言われなくても」
「いや、君が理解している以上に状況は深刻だ。学園全域に妖物が出現、そして我々の最新鋭重騎を強奪しに来た奴らは、それに乗じて逃走を図ろうとしている」
「待ってください。『奴ら』って、あの二人以外にも仲間が? まあ、そりゃあ協力者ぐらいはいるだろうって思ってましたけど」
「それに関しては僕から説明させてもらうよ」
 流の言葉に戸惑う中林に、篠竹が説明を始める。
「今から約二時間弱前、工学部新実験棟で大規模な爆発。”荒帝”が整備を受けているのはここだから、その時に強奪されたのがほぼ確定。実際に目撃証言もある。
 それと前後するように、つくばエクスプレスの研究学園都市駅との連絡が途絶。
 その後、約30分ほどで同様に終点のつくば駅も連絡が途絶。
 状況を把握するために学生会執行部実働班が駅に向かう途中で、大規模遺伝詞乱散(ライブブレイク)発生。
 以降、通信・指揮が寸断されて学園内の戦力は分散している。確認している範囲でも、地下路線、学生寮付近でも戦闘が起こってる。
 一連の行動を総合するにこの騒動を起こしている奴らは、連携している。目的はおそらく”荒帝”の奪取、また非常事態の反応からのこちらの戦力推定。敵勢力の正体は不明。他圏であることは確実。
 とまあ、こんなところ」
 取材用のメモ帳をめくりながら、篠竹がこれまでの状況を説明する。
「あ、篠竹。敵の奴ら、千葉」
「へ?」
 篠竹の情報に中林が補足を入れると、篠竹は間の抜けた声を出した。
「いやだから千葉だぜ。”荒帝”奪ったの」
「ちょっとまって英彦。どこで仕入れたのその情報。一応今の情報、学内でもトップクラス情報なんだけど」
「だって、俺が戦った奴らが自分で名乗ったぜ。千葉だって」
「待て、中林君。今、敵は千葉で『名乗った』と言ったね」
 それまで中林と篠竹の会話を聞いていた流が、急に話に割り込んできた。
「ええ、言いましたけど」
「君はさっき二人と言ったが、二人とも名乗ったのかな? その時に、字名(アーバンネーム)、役職名は?」
「二人とも名乗ってました。千葉の第一特務とかで。字名は、ええっと、『アラジン』と『ジーニ』だったと思います」
「不味いぞ。事態を甘く見ていた。無名都市の上位役職つき『名前持ち(ネームド)』が複数以上いるなんてのはな。篠竹君、悪いが情報交換はここまでだ。
 中林君、今からすぐに”荒帝”を追ってくれ。この周囲の妖物は我々が引き受ける」
 流の言葉通り、周囲には妖物。暗がりの中に潜むではなく、暗がりの中に詰め込まれたような濃密な気配がある。
「追うって言ってもどこに」
「研究学園都市駅だよ!」
 いつの間にかトレーラーに乗り込んでいる篠竹が声をあげる。
「あの駅に正体不明の貨物車がある。敵が千葉だって言うんだったら、エクスプレスの路線を使って一気に千葉まで逃げられる。彼らが駅と路線を制圧したのは、絶対そのためだ。僕の記者生命を賭けてもいい」
「私もその説を支持する。元より我々は、敵が撤退路として路線を使うと想定してここまで来た。そして君の情報が決定的だ。
 敵を倒さなくてもいい、足止めを頼む。我々も妖物を片付け次第援護に向かう。」
 徐々に包囲の輪を狭める妖物。流はそれを見据え、鋭剣を持たない方の手を軽く振った。背後にいる武装した学生たちが、それを合図に武器を構え方陣を組み始める。
「足止めはどれぐらいの間?」
「君もさっきの構内法奏を聞いていただろう? 決まっている、『あれ』が始まるまでだ」
「了解。中林、”荒帝”の追撃に移ります」
「よろしい、無理はするな」
 重騎から帰ってきた返事に、副会長は満足気にうなずいた。
「包囲突破を我々で支援する。君とトレーラーは何があっても先に進め」
 流が左腕を振り、水平に掲げる。
「目標、”荒人改”前方の妖物集団。遠隔職(ガンナー)は中・大型妖物、近接職(フォーサー)は中・小型妖物を狙え。
 遠隔職の水平射撃による斉射二回。”荒人改”の包囲突破確認後は妖物を引き付け、もう一斉射。
 その後、近接職の突撃に移る。突撃時には必ず二人組(ツーマンセル)以上での交戦を原則としろ。遠隔職は前衛突撃時に曲射での支援。
 攻撃開始は、私の掛け声を合図とすること。以上!」
 攻撃指示を終えると、指揮官となった流は右手に持った鋭剣を掲げた。
「On your mark(位置について)――」
 周囲の意識が鋭剣の切先に集まる。
「Get set(用意)」
 夜の空気に緊張感が張り詰める。包囲をしている妖物たちが身をたわめ、突撃の準備を始めている。
「――Go Ahead!(ドン)」
 流の鋭剣が振り下ろされた。
 ――流・光神/剣術技能・重複発動・光神斬撃・成功!

◆


 男が鋭剣を振り下ろすと同時、剣の軌跡の延長上に光が放たれた。
 光は男たちを囲んでいた妖物を切り裂く。
 包囲網の切れ目にさらに神器(リズム)、風水(チューン)、五行(バスト)、銃撃の打撃が叩き込まれ切れ目は穴となる。
 大きく開いた穴に重騎とトレーラーが突っ込み、包囲を抜けた。

 攻撃が契機となり、妖物たちも突撃を開始した。その殆どは学生の一段へと向かうが、妖物たちの一部は包囲を抜けた獲物を追撃すべく体の向きを換えた。
 だがその動きは相対する敵へと側背を向ける結果となる。
「撃てぇっ!」
 流の声が響き、たちまち火線が集中し撃破される。突撃に移った妖物たちも、先ほどよりも距離が詰まった射撃にさらに被害を増やしている。
 妖物たちは自分の敵が前面にあることを再認識。斉射に怯まず猛突を行う。
 土煙を上げ、地響きを立てて迫り来る妖物の群。
 乱れた遺伝詞の津波の圧迫感。
 威圧感に負け、学生たちは見るともなしに自分たちの指揮官、学生副会長、流・灯矢を見る。
 流は場違いとも思えるほど泰然としていた。それどころか、彼らの視線に気づいたのか、薄い笑みすら浮かべていた。
 学生たちは彼の態度と表情を見て、頼もしさと共に一種の畏敬に近い感情を抱く。
 恐怖に震える自らを叱咤し、砲手は発射の準備を、前衛は武器を構えなおす。
 だが実のところ彼らの思いと、流の内心はまったく一致していない。流は自信に溢れる様に見えて、自分の行動を反芻し、自問自答を繰り返していた。
 重騎を単独で先に行かせたのは果たして正しかったのか。砲兵支援を付けるべきだったのではないか。戦力の分散の愚を犯さずここの敵を同時に対処し、一個戦力として向かうべきではなかったのか。
 だが自分の考えに即座に否定を出す。
 この状況で最も早く戦力を投入するには単独先行しかない。砲撃能力がある人員はこの場の鎮圧に必要だ。戦力を集中投下する前に時間切れになったらどうしようもない、兵は拙速を尊ぶ。
 ああ、なんだ。つまりここでの自分の役割はいかに犠牲を出さずに、どれだけ速やかにこの妖物を排除できるかという単純な問題だ。
 それに、と一拍間を置いて流は考える。あの人と相対した絶望感、焦燥感と比べれば妖物の群などいかほどのものでもない。
 彼が明示的にここまで思考していたわけではないが、これらのことを混ぜ合わせた思考の結果としての笑い、皮肉交じりの苦笑が表層に現れている。
 流が左腕を体の前に水平に掲げた。既に妖物は至近まで迫っている。
「突撃!」
 流は左腕を振るい突撃の号令を叫ぶ。
 ――流・指揮官/剣術/体術/脚術技能・重複発動・指揮官突撃・成功!
 そして自らが先頭となり突撃を開始した。
 地面を踏み砕く進足の音。
 突撃を支援する火砲の悲鳴。
 妖物と武器、装甲がぶつかり合う不協和音。
 戦場音楽の下、事態はさらに混迷を深めていく。

◆


 研究学園都市駅へ重騎(ヘビィバレル)とトレーラーが向かう。
 重騎はトレーラーの出せる限りの速度に合わせ前進している。

 現在、”荒人改”とトレーラーは研究学園都市に向けて進んでいた。
 研究学園都市駅は既に間近。現在彼らが進んでいる国道の二個先の十字路を左に折れればそこが駅だ。
「英彦、大丈夫?」
 トレーラーからの無線で”荒人改”に篠竹の声がかかる。
 中林は既に記乗(ライトブリング)して二時間近い。重騎の活動時間との関係もあり、通常なら長くても一時間以下の行動時間しかしたことがないことを考えれば、既に限界は超えている。
「ああ、なんとか」
 隠し切れない疲れはあるが、気力の衰えは感じさせない声が返る。
「それに泣いても笑っても、あと十五分ぐらいで結果は出るさ」
 篠竹の分析では駅前の広場に敵戦力が布陣し、撤退の準備を始めていると予測している。
 仮に”荒帝”と”荒人改”の戦力を等価換算しても、支援戦力がなければ残りの敵と駅の制圧は行えない。
 敵に広場に逃げ込まれればアウト。
 それより先に補足し倒す、あるいは足止めし言詞加速器(トリスタンⅡ)の稼動を待つ。それが現在の彼らに残されたカードだった。
「いい? 僕たちは無理に勝つ必要はないんだ。敵さえ補足して、足止めをできればこっちの勝ちだ」
「そうは言うがな、篠竹。それより先に敵に逃げられたらどうしようもないだろ」
「そりゃあそうだけどさ……」
「ま、考えても仕方ないな。分は悪いが、無理って程じゃない。さて急ごう。トレーラーの速度はもうちょっと上げられますか?」
 中林はトレーラーの運転席で、楽しげにハンドルを握る老主任に声をかけた。
「もちのろんよ。つっても、後は殆ど一本道だ。こっちはおっつけ追いつくから、さっさと行きな」
「了解。”荒人改”、先行します!」

『重騎”荒人改”の機構文書(システムメッセージ)』
 高機動状態へ移行を開始
 装甲組み換え準備――完了
 関節部可動域開放準備――完了
 精燃槽消費上限解除――完了
 記乗機構限定解除――完了
 駆動部全力駆動準備――完了
 全準備完了(all ready)

 ――荒人改・脚術(サバット)/体術(ジムナ)技能(テック)・重複発動・疾走・成功(ヒット)!
 ”荒人改”が余裕のある走りから、疾走へと移る。トレーラーもエンジンが唸りを上げ加速するが、その加速性能は比べるまでもなかった。

◆


 鉄の巨人が道を歩く。
 巨人は大きな通りの交差点に差し掛かった。

「新田さん、この先曲がれば合流予定ポイントっすね」
「……」
「新田さん?」
 重騎と化したジーニは、副座の新田に声をかけるが、返答が無い。
「なあ、ジーニ」
「はいはいっと。そんなこったろーと思いました」
 どこか呆れた様でいて楽しそうな声と共に、重騎”荒帝”の歩みが止まった。
「オイまてコラ。オレは何もいってねーぞ?」
「じゃあ、改めていいますか?」
「むぅ……」
 ジーニのからかうような口調に、新田は思わず口を噤む。
「俺はジーニですよ、ご主人(マスター)」
「ちっ……出来過ぎだゼ」
「どういたしまして、光栄の至りです。……でも言い訳、じゃない説得は新田さん頼みますよ」
「わぁってるッテ。まかせとけ」
 新田は気軽に応じると、カーゴパンツのポケットから大型の通信機を取り出した。
「流石にここまで近けりゃ大丈夫だろ……ジーニ、通信飛ばすから増幅(アンプ)してくれ」
「了解」
 新田は通信機の電源を入れ、つまみを微調整。ノイズが徐々に収まり、通信が通じる。
「こちら『アラジン』、『ジャングルクルーズ』応答願う」
「……こちら『ジャングルクルーズ』。どうぞ」
 若干のタイムラグの後、返答が帰ってきた。
「『アラジン』より現状報告、合流予定ポイントまであと約500」
「『ジャングルクルーズ』了解した。……どういうことだ? 通信は最低限控えるはずだが。通信可能域にいるならすぐに合流をすべきだ」
 通信相手から疑問が返るが、新田はあくまで軽薄に対応する。
「それがな、ちっとばかし問題がアッテナ」
「まさか失敗したのか」
「おいおい、冗談はやめてくれよ、ワンちゃん」
「……っ。貴様、通信で何を考えている!?」
 通信相手から叱責と焦りを含んだ返答。
「傍受されてネエよ。それに俺がこうやって名前で呼べるってコトは、お前『名乗って』るだろ? 同じだってばヨ」
「――ほぅ。新田、それはワタシへの挑戦かね。いつでも受けて立つアルヨ? 第一、その様子だと貴様も『名乗った』な」
「あったりー」
 冷たい怒りを含んだ通信相手をからかう様に、新田は会話を進める。
「まあ、ぶっちゃけるとだな。俺たちを追ってる重騎がいるんだな、コレが」
「追撃の重騎……? 予定、彼の言葉にはなかったな」
 新田の軽い言葉の中にある、情報の意味に気づいた通信相手は声のトーンを落とす。
「まあな。イレギュラーだ。アイツはもしかしたら万能かもしんねえけど、全能じゃねえ。これぐらいは可能性の範囲だろうヨ。
 んでよ、合流地点で積み込みの最中に襲われるのも馬鹿馬鹿しいからナ。始末付けていくゼ」
「おい、まて貴様!? だからといって貴様自身がイレギュラーな」
「最悪、置いてってくれてもかまわんからなー。んじゃナ! ナマステ!」
 抗議の声を無視して一方的に言い放つと、新田は通信を切った。ついでに電源も落として相手からの通信が入らないようにする。
「どうよ?」
「説得とか期待した俺が馬鹿でした」
「ヌハハハハ! もっと褒めてもイイゾ! ――さて」
「そろそろ来ますかね」
「ああ、来るさ」
 ”荒帝”は十字路で振り返り、自分たちが来た方向を見据える。

◆


 言詞加速器(トリスタンⅡ)稼動まであと840秒

◆


 僅かな街灯のみが両脇から照らす薄暗い道路を鉄の機体が走る。
 重量のあるはずの機体はその重さを感じさせぬほどに軽く、速く駆ける。
 緩やかなカーブを抜け、川の上を過ぎ直線に入る。
 前方にほぼ同じ大きさの道路と交わる交差点がある。
 その交差点の中央、十字に交わった場所に一つの影があった。
 その影は巨大な人の形をしていた。
 影の名は”荒帝”。
 疾走する機体、”荒人改”の追う相手だ。

 十字路の真ん中、”荒帝”の副座の中で男が言った。
「すまんな、ジーニ。俺のワガママにつき合わセちまって」
「それは言わんでくださいよ。俺だってそれを望んだわけですし」
「なら、勝って帰るとスッか!」
 今は重騎と化している相棒に答え、男、新田は心底楽しそうに笑った。

 疾走する重騎、”荒人改”と一体化した重騎師(ナイトストライカー)が機構文書に自分の想いを綴る。

「中林・英彦の記乗『重騎”荒人改”記憶槽への書き込み』」
 まいった。まさか、こっちを待ってるなんてな。
 あんたら、一応逃げる側だろ。
 馬鹿だ。絶対馬鹿だ。
 あー、でも馬鹿って言うなら俺もかもな。
 どっかでこうなる気がしてたし、こうなって欲しいと思ってたような気がする。
 そっちがそうなら是非もない。
 さあ、ぶっつけ本番。今まで一度もやったことがないけど、やってみよう。
 決着を付けて、今夜を終わらせよう。

◆

 

『重騎(へビィバレル)” 荒帝”の 機構文書(システムメッセージ)』
『重騎(へビィバレル) ”荒人改”の 機構文書(システムメッセージ)』
敵戦力に対応するために全兵装・全能力を完全展開始(フルバレル・オープン)
超過駆動開始(フルドライブ・スタート)する――

 

◆


 暗い国道を大型トレーラーが進む。
 かなりの速度を出しており、エンジンが唸り、車体が振動をしている。

「……へっ、ひよっ子の癖にらしくなってきやがった」
 意志ある鉄が駆けて行く姿を、運転席から見送って老主任が呟いた。
「何がですか?」
 疑問というよりは、確認するような口調で篠竹が尋ねる。だが老主任はその言葉には答えず、別のことを言った。
「なあ、篠竹よ。奴は未熟だがな、奴と一緒にいると色々面白いもんが見られるかもしれねえぞ。運がよければ、だがな」
「ええ、それはもう。……それに」
 不意に言葉を切り、篠竹は前方の暗がりを見た。
 鋼鉄同士のぶつかる音が連鎖して響き始めていた。

◆


 街灯に照らされ、暗がりから浮かび上がる十字路。
 舞台と化した空間で、二体の重騎(ヘビィバレル)がぶつかり合う。

 重騎同士の全力戦闘とは、高速で大質量の鋼がぶつかり合う暴風となる。
 その暴風圏に入れば、一切の区別も容赦も無く叩き砕かれ、削り磨り潰され、切り刻まれる。
 それは重騎同士すら例外ではなく、それを操る者の気力、体力、精神力を限界まで酷使させ消耗させる。
 重騎”荒帝”副座。
 火器管制、電詞戦管制などの各種機器が取り付けられている。重騎師を騎体の制御に専念させ、負担を減らし、戦闘力を向上させる事を目的として作られたそこは、今まさに目的通りの役目を果たしていた。
 計器類に表示される数値が目まぐるしく変化し、モニタ類には主・副など数系統の視覚素子に映る情景が映し出されている。
 電詞機器の中央で新田・仁はコンソールに手を置き、精神を集中させていた。
 視線は正面のメインモニタに据えられているが、その焦点は合っていない。コンソールにおいた素手の甲からコンソール、周囲の電詞機器に向かい青い砂が幾何学模様を持って連なっている。戦闘機動を行い激しく揺れる副座の中、砂は固定されてるとも思えないのにその場所を離れず、不規則な間隔で脈動するように明滅している。
 現在、新田は言霊師(ワードマスター)の能力を使い、”荒帝”の記乗(ライトブリング)機構、駆動系に干渉している。正規の記乗を行っていないジーニが荒帝を全力駆動(フルドライブ)させ、制御できているのは彼サポートに依る所が大きい。
 ”荒帝”と同調し、ジーニと共有化した広角視覚の中では、”荒人改”が高速機動をしている。
 ”荒帝”が左手に持った盾を逆に利用し、自分の盾として利用して動いている。盾の脇からは、牽制するように刺突が繰り出され、こちらが攻撃しようと拳を繰り出せば、カウンターをするように体術を合わせてくる。
 ジーニ、このままだと埒が明かネェ! 防御を犠牲にして、機動性と攻撃を重視に切り替える!
 荒帝と繋がった意識の中で新田が叫ぶ。
 了解! こっちも余裕無いですからね、速攻で行きましょう。
 即座にジーニの意志が響く。彼の言葉通り、新田たちに余裕はあまり無い。強引な手段で重騎を全力駆動させている代償は、制限時間として現れている。
 だが、それは俺たちだけじゃネェよな? そもそも重騎を最高出力に近い状態でぶん回すのは、重騎師(ナイトストライカー)にだってそうそうデキるもんじゃない。それが学生ともなれば、ナァ? だろう、ナカバヤシ?
 ”荒人改”からの刺突を捌き、盾で大きく押す。鉄塊の圧迫に”荒人改”は距離を取る。
 攻撃の連続の合間に生まれた、一瞬の間隙。その隙を縫って”荒帝”は左手に持った大盾の内側に、腕を突っ込むように差し込む。腕側のハードポイントと盾から固定用のフレキシブルアタッチメントアームがかみ合い、左腕に大盾が固定される。続いて負荷と重量バランスを取るための補助アームが展開する。固定したことで取り回しは体ごと行う形となるが、左腕の自由度は大幅に上がる。
 ウェイトモーメントとトルクバランスの調整はこっちでやる! お前はこのまま操作に専念しろ!
 ”荒帝”、行きます――!
 新田の意志に呼応する意志の叫びが起き、同時に”荒帝”が盾の内側から太刀を抜き放った。

「中林・英彦の記乗『重騎”荒人改”記憶槽への書き込み』」
 ここに来て剣を使うか!
 初めて起動させた全開状態での重騎に加えてこれとは……まったくハードな話だ。
 それにしても盾を固定したってのに、えらくバランスがいいな。リアルタイムでモーメントベクトルを補正してるのか。
 開発の人たち見たら泣いて喜ぶか、吐きながら失神するかのどっちかだなあ。
 斬撃が来る。
 こっちから見て左上から右下へ向かっての一撃。つまり袈裟切りの一刀。
 剣術としての技術は高くない。だが、早く鋭い一閃だ。
 切断の軌道から左へと動きながら、カウンターで小手へ一撃を繰り出す。
 即座に反応した”荒帝”が、強引に剣の軌道を変え、横薙ぎの一撃へと剣を変化させる。
 硬質な感触と響きを微かに感じた次の瞬間には、こっちも相手も直ぐに剣を引いている。
 重騎で拡張された感覚がさらに先鋭化されているのか、切っ先に至るまでが自分の延長のように感じる。
 互いに半身で向き合った状態。奥手側に引いた剣を、踏み込みながら”荒帝”の懐へ抉る様に突き出す。
 今度は”荒帝”が回避。
 こっちに背を向けながら、ロールするように身を回し横殴りに剣を叩きつけてくる。
 遠心力を上乗せした剛剣が唸りを上げ迫る。
 下からかち上げるように剣をぶつけ軌道を逸らす。
 あっっぶねえ! 当たってたら本気で首が飛ぶ一撃だぞ、おい!
 頭上に逸れた太刀が翻り、唐竹割が叩き込まれてくる。
 受けてたまるか!
 背部の推進器を吹かして後退。
 太刀が路面に叩き込まれ、アスファルトが砕け散る。
 こんなもん間違っても食らいたくないな。
 超過駆動のこの状態、少しでも気を抜けば意識が吹っ飛びそうなぐらい遺伝詞(ライブ)が振動し、熱を持っている。
 限界も近い。そう長くは持たない。
 だが今は前に、攻めるしか無い。
 ”荒人改”、行くぞ!

◆


 大型トレーラーがアスファルトにタイヤの跡を残しながら停止した。
 トレーラーの前方二十メートルほど先には十字路があり、そこを舞台に二騎の重騎が戦っている。
 十字路を中心としたアスファルトの路面は踏み込みと、剣戟の余波でところどころ砕かれている。

 停止したトレーラーの運転席と助手席からそれぞれ、人影が降りる。
 共に小柄といっても差し支えないような背格好だが、両者の年齢は祖父と孫ぐらい離れている。
 二人、篠竹・純と”荒人改”開発チームの老主任は重騎の戦いを見る。
 黒い二つの巨人は互いの刃圏に入った相手を切り落とそうと、剣を繰り出し、それに対抗して剣で防ぎ、回避をし、その動きをさらに次の攻撃へとつなげている。
 互いの剣は噛み合い、火花を散らしながらも直ぐに離れる。刃の触れ合う涼やかとさえ言える硬音が連続し、途切れることなく響き鳴る。
「ほぉ、中林の野郎やりやがんな。ったく、組手の時もそれぐらい真剣にやれってんだ」
 重騎の剣戟を見上げながら、老主任が楽しげに呟く。
「ところで、篠竹よう。おめえ、何やってんだ?」
「取材と……放送の準備を」
 熱心なジャーナリスト、篠竹は取材道具として持ってきたノートPCとデジタルカメラを広げ、接続をしていた。さらにノートPCに通信機と小型のパラボラを組み合わせたような機械まで繋げる。
「ノートとデジカメ繋げて、臨時のカメラ代わりにして……よし。バッテリーも予備がある。送信機可動よし、チャンネルOK……開始」
 篠竹は満足気に言って、プログラムを起動させた。一瞬のタイムラグの後、ノートPCの中に二騎の重騎が戦う姿が映し出される。周囲はかなり暗いが、デジタルカメラとプログラムの光学補正により、かなり鮮明な映像が表示されている。
「おい、篠竹よう。放送とか言ってたが、どうする気なんだ。流石に今の状態じゃあ、学内の通信だってとおらねえぞ?」
 技術に携わるものとしての好奇心と知識が、老主任に言葉を告げさせる。
「まあ、確かにこのままじゃあ無理ですね。でも、こうやれば」
 篠竹はさらにポケットからポータブルプレイヤーを引っ張り出し、ノートPCに繋げる。再生を押せば、クラシックをアレンジしたアップテンポなテクノが流れ出した。

 願うは限りない知識
 求めるは高速の調べ
 従わせるは全ての理
 顕すは想いの結晶
 願い求めて従わせ顕れよ
 それが世界をかたる詞なれば

 ――篠竹・電神(デジタルハイ)/機械(メカニック)技能(テック)・重複発動・奏電加圧・成功(ヒット)!

◆


 学園都市各所の沈黙していたテレビやモニターに映像が流れ始めた。

 始めはわずかな数の受像機しか映像を写していなかったが、各所にある状況の把握に務めていた通信指揮所へ映像が流れ始めると、そこを中継点として映像は爆発的な勢いで広まっていった。
 特に学園広報部が存在する場所では、その支援と中継が盛んに行われた。
 最初に映像が流れ始めてから、わずか五分足らずで学園全域に放送が流れることとなった。
 それは戦い続ける者達にとっての戦友であり、避難をする者達にとっての現状認識の手段であった。
 救急医療所に、避難所となった教室に、駅に、病院に、都市の全てに鋼鉄の音が響く。

◆


 妖物の群れと戦う集団がいる。
 度重なる攻撃に装甲が砕け、武器を壊されている者もいる。
 だが彼らの心は折れておらず、戦闘を続行している。

 鉄量に圧せられ、異形の怪物たちがその身を字我崩壊(バランスフォール)させ宙に解けていく。
 幾度目とも分からない妖物たちの突撃を撥ね退け、流・灯矢は周囲に声をかける。
「今の戦闘での負傷者は何名だ! 戦闘に支障をきたす傷を負った者は無理をせず下がれ! 無理をして倒れるのは自分だけでなく、戦友たちということを忘れるな」
 周囲から了解の声と共に、周りで戦う者を励ます声や治療を行う物音が聞こえる。
 今ので何度目の防衛戦闘だっただろうか。流は、こちらと距離を取って取り巻く妖物を見ながら思う。二十を超すまでは数えていたが、その後は馬鹿馬鹿しくなって数えるのをやめてしまった。意識的な戦術ではないのだろうが、妖物はある一定以上の数が群れると、再度突撃をかけてくる。突撃の間隔は長くても五分以内。
 流が率いる即席の部隊は、現在妖物に重囲されていた。現時点で学園都市内で最大数を持つ集団だが、彼らが倒す以上の数の妖物が次々に現れていた。
 だからといって彼らの対妖物戦闘能力、火力の運用が下手と言うわけではない。人数比にすれば3倍数近い妖物を駆逐している。この場合、高すぎる戦闘能力が却って周囲の妖物を誘引する結果となっている。
 だが、まあこれで非戦闘員の避難はしやすくなっているだろう。それに、間接的ではあるが”荒帝”追撃への支援となっているはずだ。
 崩れた隊列の再編を行いながら、流はそんなことを考える。現在、彼自身はあまり積極的に戦闘には参加していない。時折、狙撃を行うぐらいで、後は指揮官として状況をコントロールすることに能力を注ぎ込んでいる。
 戦力は十分に維持されている。戦闘継続が難しい者も多く出たが、命に関わるような怪我をした者はいない。減少分の戦力も、妖物を追って後から合流してきた者たちで補充ができていた。
「副会長、機器の調整終わりました。通信からのチャンネル受信できます」
 即席の情報幕僚役に納まった学生からの報告が来る。普段、購買部のレジ係をしているためか、大人数のあしらいに慣れており、多数の報告と情報を的確に捌いている。
「ありがとう、お疲れ様でした。映像は?」
 意外なところで見つけた有能な人物。学生会へのスカウトを頭の中で検討しつつ先を促す。
「映研の奴が居まして、光学系の神器(リズム)持ってる奴との協力で大スクリーンで見れるそうです。問題は野外なので音響効果が悪くて、サラウンドじゃないことだそうです」
「それは仕方ないですね。それじゃあお願いします」
 流の言葉を聞くと情報担当の学生は、直ぐに受信したチャンネルを映し出すよう伝令する。
 光学系神器で映像が空中投影される。
 おお、という感嘆の声が上がる。
 映像の中では二騎の重騎が戦っている。
 両騎共に剣を抜き、高速で交叉しては直ぐに離れる。大柄な重騎、”荒帝”が直線的で叩き付けるような剛剣を振るう。対する重騎、”荒人改”は独楽の様に旋回し、速度面での優位を保ちながら戦い続ける。
「諸君、聞いて欲しい」
 自分自身の映像への興味を振り払うようにしながら、流が口を開く。
「現在戦闘は佳境に入っている。あと少し戦い抜けば、戦闘は終わる。その映像の中で戦っている彼のためにも、あと少し、私に力を貸して欲しい」
 映像から受ける興奮と、指揮官からの言葉に学生たちは奮い立つ。
 戦える者達は最後の力を漲らせ、戦いから外れた者達は自分なりのやり方で何とか状況を変えるべく動き回る。
 酷い事を、しているな。
 流は動き始めた学生たちを見る。自身の言葉と演出で士気は上がっている。だが、その結果得られる戦果の代償は、彼らの血で贖われるのだ。
 彼らを血に駆り立てるなら、この自分、流・灯矢が果たすべき責任は最小の犠牲で、最大の成果を上げることだ。
「行くぞ、我らの都市を我らの手で守るために!」
 再度の突撃を開始しようとする妖物を見据え、鋭剣を掲げ声を放つ。
「――返事はどうした諸君!」
 周囲の皆が意志と声を重ね応えた。

◆


 言詞加速器(トリスタンⅡ)稼動まであと420秒

◆


 漆黒の重騎が剣を重ねる。
 豪風と旋風が巻き起こる。
 悲鳴にも似た駆動音の高鳴りが夜に響く。

 ”荒帝”の大上段からの打ち下ろし。
 夜気を裂き、太刀が唸りを上げて”荒人改”に迫る。
 必殺の刃を”荒人改”はギリギリまで引き付け、避ける。
 切っ先が火花を上げながら荒人改の装甲を掠り通り過ぎる。装甲が削られ破片が飛び散るが、荒人改にダメージはない。刃はそのままアスファルトに突き刺さった。

「中林・英彦の記乗『重騎”荒人改”記憶槽への書き込み』」
 行ける!
 抉るようにしながら剣を逆袈裟に放つ。
 相手は今、武器を動かせず、防御の盾も体の側面に向いている。
 一瞬の連続の中で、この間隙に攻撃を滑り込ませる。
 間に合え!
 相手が体勢を整えるより早く。
 ”荒人改”の動きは僕の意志と等しいはずだ。
 意志と同じ速さで届け!
 ――――!
 跳べ、”荒人改”!
 理解するより先に意志で叫ぶ。
 無我夢中で跳躍した。
 でたらめな姿勢で跳んだ騎体の直ぐそばを、何かが高速で通り過ぎていく。
 背後の方で爆裂音。
 遅れてやってきた悪寒と震えを味わいながら、何とか着地。
 そのままジグザグに動きながら振り向く。
 悠然とこちらへ振り返る”荒帝”。
 その手に持つ太刀が変化していた。
 いや、変化じゃないのか。
 砂、なのだろう。黒を基調とした色合いのモノが手首から先、太刀を包み込んで更に長く伸びている。長さは重騎の全高よりある、十メートル超。
 円錐形のそれはまるで長大な騎兵槍か何かを持っているかの如く。

 それは低い唸りを上げながらわずかに振動している。

「ナカバヤシ、こいつで決めさせてもらうぜ」
 ”荒帝”の副座で新田が呟いた。
 ジーニ、こいつを発動させてるから長くは戦えない、速攻で行くぜ。
 新田の意志が”荒帝”に響く。新田が発動させたのは、高圧縮した砂の長槍。先ほどからわざと砕かせていた周囲の地面を遺伝詞操作し、砂に還元するまで自己破砕させた物を収束させた物だ。触れた物と自らを破砕しながら消えていく必殺の武器。
 ええ、こっちの精燃もかなり食われてますしね。何、こいつなら一撃です。
 あえてどこか茶化すような、軽い感じの意識が返ってくる。新田は、相棒の気遣いを嬉しく感じる。ジーニの意識は、ただ、と続けた。
 ……こんなこというのも変な話ですけど、死なないで欲しいもんです。何ていうか、失くすには惜しい相手です
 ああ、そうだな。でもコレをまとも食らって無事で居られるわけはない。後は奴の頑張り次第だな。
 二人の意志が交差し、”荒帝”が戦闘を終わらせるために駆動を始める。

 ”荒帝”が右手に持った長槍を振り回す。
 粒子の集まりであるそれは、あまりにも密度が高いため液体のような滑らかさと艶やかさを持ち、軌跡の上の物を砕いて行く。
 街路樹が断裂し、街灯が吹き飛び、アスファルトに大穴が開く。
「まずいな、こりゃあ」
 砕け散る物体を見ながら老主任が呻いた。
 老主任と篠竹の居る辺りは、戦闘圏内でないため損害などはない。だが老主任の言葉は自分たちの身を案じての物ではない。
「……そんなにですか?」
「ああ、いくら重騎でもアレ食らったら不味いな。何より不味いのは相手が、そんなのを平気で出してくることだ」
 こいつ、よほど度胸がすわってるか、開き直ってんのかね。親友の危機でありながらも撮影と放送を続行する篠竹を見て、老主任は内心舌を巻く。
「確かに驚異的な技術ですけど」
 老主任は、篠竹の言葉を、いや、と前置きして遮る。
「技術じゃねえよ。あの意志が不味い。あれは殺せる技術だ。お前がアレを使えたとして、この状況でためらいなく振るえるか?」
「……それは」
「いや、言わなくてもいい。使えなくて普通だ。むしろ使えちゃいけねえんだ。アレは殺す覚悟、括殺者(キリングホルダー)になる覚悟がなけりゃ使えん。
 いや、下手すりゃ既に括殺者なのかもしれんな」
 二人の視線の先では、”荒帝”の振り回す黒槍を”荒人改”が駆け、側転し、ありとあらゆる手段を使って避けている。
 触れれば砕け散る必殺の槍。圧倒的なリーチ差は、そのまま互いの優位を表している。
 間合いを詰めることができない”荒人改”は、当然の選択を行った。
 号砲。
 三連の砲撃が空を裂き、光の槍が”荒帝”に迫る。
 だが”荒帝”は強引に長槍を引き戻しながら振り回す、三本の光槍のうち二本までが黒槍に飲まれ、最後の一本は大盾の表面を浅く穿つだけとなった。
「これで弾切れだ。坊主……いや中林、重騎師(ナイトストライカー)としてどうする?」

「中林・英彦の記乗『重騎”荒人改”記憶槽への書き込み』」
 くそ、駄目か。
 最強の槍がそのまま最高の盾ってわけか、おい。
 重砲はこれで品切れ。
 下段から跳ね上がるような突きが来る。
 後ろ、いや横だ!
 そのまま伸びるような鋭い突きが、右側面を抜けて行き、横殴りの軌道に変化した。
 不味い!
 とっさに剣で迎撃する。
 後悔する間もなく、剣が咬まれて砕けた。
 そのまま剣を手放して、背部推進器(スラスター)を全開し間合いを取る。
 一つずつ手が無くなって行くな……っとお!?
 着地のバランスが崩れた。
 しまった、足があいつらの空けた大穴に。
 視界の中央、黒い槍が迫ってくる。
 ――――あ、死ぬな。
 いや、そんな冷静に思ってる場合じゃないだろ。
 去年。春。高等部に編入して、親戚の家を出た。完全な一人暮らしだ。重騎を見に行って。手伝いを始めて。夏には篠竹たちと色々馬鹿やった。秋にはハロウィンだとか全学祭とか色々あった。冬は冬で、病み鍋パーティだの、クリスマスサバトだの、バレンタイン朝鮮人参事件だの。
 待て待て待て、関係ないだろ。
 中学時代。人から距離取ってた気がするな。学校生活をなるべく平穏に過ごすことしかしてなかった。親戚にも心配も面倒もかけたくなくて。
 だからそんなことじゃなくて、今どうにかしないと――
 小学校時代。よく覚えてないな。新しい生活に慣れた頃には、もう卒業だったし。
 ――――。
 七年前。
 親戚の、爺さん婆さんの家に遊びに来ている間に、あの矛盾した都市。東京は。
 悲しいとかじゃなくてわけがわからなかったな。
 父さんも母さんも妹も、顔も声もなんとなくしか思い出せない。
 大人たちが慌しくしてる間、知り合いも居なくて、爺さんの経営する病院を探検して。
 そこで――

『重騎”荒人改”の機構文書』
 確度不明の記憶が蘇生。
 正常化のため0.0000082秒後に再接続します。

「中林・英彦の記乗『重騎”荒人改”記憶槽への書き込み』」
『記乗時の反射速度、現在にて約二・三倍を計測』
 色々思い出した気がして、全部が過ぎ去っていく。
 空白のような、疾走のような感覚のみが残る。
 視界に広がる光景からは色が失せモノトーン。
 音も妙に遠くに感じる。
 無駄な物が削ぎ落とされて、必要な物までが零れ落ちていくような感覚。
 視界の中、漆黒の槍が向かってくる。
 あれを止めないと。
 どうやって?
 兎に角、止めないと行けない。
 止めなければ、こちらが停まってしまうのだから。
 体が無意識に動く。
 そうしろと何かが告げる。
 余分な力など何処にもなく、自然に、最速で最適な答えを掴むために右腕を伸ばす。
 黒い死がそこにある。

 ――荒人改・荒王神器・発動・流体分解・成功!

◆


「――――」
 叫びとも泣き声とも取れるような音が、”荒人改”から発せられた。
 足元の起伏で躓いた荒人改は、体勢を整えると右手の拳、正拳を放った。
「馬鹿! 何やってやがる、右手を捨てても防御なんてできねえんだぞ!?」
 ”荒帝”の副座で新田は、敵が行った予想外の行動に罵声を吐く。
 ”荒人改”の右拳の先端が白く濁り、弾ける。急激な加速が生み出す水蒸気爆発。
 ヴェイパートレイル。
 白く尾を引く拳が黒い槍の先端にぶつかる。
 全てを砕く遺伝詞の槍は、ただの拳の前に砕け散った。

「中林・英彦の記乗『重騎”荒人改”記憶槽への書き込み』」
『記乗時の反射速度、現在にて約二・八倍を計測』
 音が消え、妙にゆっくり感じる動きの中で、前へ進む。
 右の拳に全ての速度と体重を乗せて。
 絶対的な死をもたらすはずだった黒の槍は、何故か砕けて行く。
 砂が風に吹き流されるような涼やかな音を連続させ、槍は急速に形を失う。
 どこかくすぐったいような、軽やかな抵抗を受けながら拳が突き進む。
 黒を吹き散らし、飛沫と変えながら。
 発射された正拳が到達するのは、槍の根元、”荒帝”の右腕だ。
 着弾。
 衝撃と共に、”荒帝”の右手が跳ね上がった。
 槍の核としていた太刀が弾き飛ばされ、宙を舞う。
 衝撃で”荒帝”の体が泳ぐ。
 連撃。
 右腕を放ったために引かれ、発射位置に置かれている左拳を迷うことなく突き出す。
 まっすぐに進んだ拳は、”荒帝”の胸の真ん中に命中した。
 確かな手ごたえと共に超重量の巨体が飛んだ。
 ――――。

◆


『重騎”荒人改”の機構文書』
 警告・出力超過による保護機構が動作します
 警告・残存精霊燃料が超過駆動の安定動作水準を下回りました
 警告・記乗者思考の空白化を確認
 通常駆動への移行のためシャットダウン 0.002秒後に再接続します

◆


 二体の重騎が動きを止めている。
 重騎のうち一体は交差点の中央で拳を突き出した姿勢のまま。
 もう一体は仰向けに倒れている。

「ぐ……」
 仰向けに倒れた重騎、”荒帝”の副座で男のうめき声が上がった。
 新田は、苦痛の唸り漏らしながら身を起こした。重騎が転倒しているせいで、先ほどまで騎に介入していたコンソールが頭上にある。先ほどまで薄く光を放っていた砂粒は、光を失いただの砂に戻っている。
 くそ、何だ今のは。こっちの切り札が砕かれて、一発食らったら騎への介入も不安定になった気がしたぞ。
 痛む頭を手で押さえながら内心で毒づく。指先にぬるりとした生暖かい感触が伝わる。
「ジーニ! おい、ジーニ!」
 動きを止めている騎。それと一体化しているはずの相棒に声をかけるも反応が無い。
「勘弁してくれヨ……新田さんもついに年貢の納め時かァ?」
 新田はこのままではどうしようもないと判断。状況認識のため、副座のハッチを開ける。
 ……最悪、ジーニだけでも引っ張り出せりゃなんとか逃げられるか?
 ”荒人改”に真っ向から勝負はできずとも、増援が来ていない現状なら、味方の居る場所まで逃げることは可能。新田はそう判断する。
 運良く地面との隙間があり、騎から外へ出る。
 果たして正面には”荒人改”の姿。
 背後からの街灯の光で、元より黒い重騎は完全な影法師として、夜よりなお暗くその姿を浮かび上がらせていた。
 圧倒的な威圧感を発するその姿。しかし新田は怯まず、不敵に笑って言葉を発した。
「俺らの負け――そしてアンタの勝ちだ」

◆


『重騎”荒人改”の機構文書』
 ――――再接続失敗
 警告・記乗者思考の空白化を確認
 接続を再試行します
 規定回数再施行後状況に変化が見られない場合、記乗者と騎体の接続を分離シークエンス最終確認を行います

◆


 大型トレーラーが止まっている。
 そのすぐわきに二人の人影がある。

 二人の人影のうちの一人が大笑する。
「は……! あの馬鹿やりやがった! 俺はこういうのがやりたかったんだ」
 老主任が心の底から愉快そうに言う。
「何ですか、今のは……黒いのがぶち折れましたけど」
「ああ、俺も見るのは初めてだ。つーよりな、あの機能を”荒人改”が使ったのが初めてだ」
「すると」
「その通りだ、学生会直属特務広報。あれが荒王神器、今だ無音に至らず静音でしかない代物だけどな」
 老主任が何気なく言った一言に、篠竹は表情を緊に変える。
「んな顔すんなよ。可愛いお顔が台無しだぜ? 安心しな、俺は面白そうなことをわざわざ潰したりしねぇよ」
 呵々と笑う老主任に対し、篠竹は表情を緩め、苦笑。
「まあ……別にいいんですけどね。どっちにしろ新聞部って時点で、学生会広報部には所属してるわけですから」
「おめえも色々大変なんだなあ」
 老主任はしみじみと頷く。
「しかし、これで何とかなったんですかね」
 撮影を続けながら篠竹が呟く。彼らの会話はマイクに指向性を持たせているため拾音されていない。
「いや、そいつはどうだろうなあ?」
 にやにやと、人の悪い笑みをさらに濃くしながら老主任が嘯く。
 彼らの視線の先、地に伏した”荒帝”の視覚阻止に再び光が灯り、徐々に動き始めていた。

◆


『重騎”荒人改”の機構文書』
 ――――再接続失敗
 警告・記乗者思考の空白化を確認
 規定回数の再接続試行をしましたが接続が出来ません
 記乗を継続しますか?(書き込みが無い場合、自動的に記乗分離シークエンスに移行します)
 Y/N

 記乗分離シークエンスに移行
 0.01秒後に記乗者と騎の分離を開始します

◆


 倒れていた重騎が身を起こし、ゆっくりと立ち上がった。

「新田さん……これは」
 立ち上がった重騎、”荒帝”の音声素子から呆然とした声が上がる。音声は指向性を持たせてあり、新田にしか聞こえていない。
「くそっったれ」
 新田は凶相を浮かべながら、血混じりの唾を吐き捨てた。
「ナカバヤシのヤロー……勝つなら決着まで責任持てっつんだ!」
 苛立ちを隠しもせずに新田が吼える。
「ジーニ、手え出せ。副座に戻る。さっさと合流だ」
「了解。……あれ、あのままでいいんですか」
 ”荒帝”が差し出した手に新田は乗る。
「いいか、だと?」
 人間と重騎というサイズなど無視するかのように、ギロリと新田が”荒帝”を睨む。
「いいわけネエだろ! だけど、あれを今どうこうして見ろ。俺らはライブ配信で恥知らずだ。それにオレが、俺自身がそんなことをした自分を許せネエ」

 ”荒人改”は完全に機能停止している。

 ”荒帝”に持ち上げられた新田は、副座のハッチに取り付いた。
 自分たちに敗北の打撃を食らわせた姿のまま、停止している”荒人改”を見る。敵の重騎は、駆動機の音すらなく彫像となっている。
 そのまま視線を動かし、先ほどから戦いを観戦していた二人を見る。
「おい、そこの!」
 新田が声を張り上げると、二人のうち年若い方が撮影機材ごと新田たちの方へ向いた。老人は首を傾げ、顔と視線のみを向ける。
「その重騎に乗ってる奴に伝言を頼む。
 俺たちの負けを預ける。その代わりにお前の勝ちはこっちで預かる――決着をつけるなら追って来い、ってな。
 ジーニ、行くぞ」
 一方的に言い捨て、新田は副座へと姿を消した。
 ”荒帝”は”荒人改”に背を向け、研究学園都市駅へ向け歩み出した。
 歩みは走りへ、疾走へと変化した。
 振り返ることなく。

◆


 言詞加速器(トリスタンⅡ)稼動まであと120秒

◆


 研究学園都市駅。
 正規の車両ではない貨物列車が路線を占領している。
 ホームにはまばらにしか人が居ない。

 研究学園都市駅は、学園都市へ攻め込んだ千葉圏総長連合の撤退合流場所となっていた。
 学園都市全域へ散っていた実働班も、怪我こそあれ、ほぼ全員が合流し、合流に間に合わない者も別ルートでの撤退を行う旨連絡が来ていた。
 ただ二人を除いては。
 襲撃班のリーダー、王は不機嫌さを隠しもせず、プラットフォームをイライラと歩き回っていた。
「遅い! アノ二人は何をやっているンダ!」
 王は、ふざけた通信を最後に連絡が取れなくなった二人のことを考える。ただの身勝手な奴らならば捨て置くところだが、今回の襲撃の半分以上は彼ら行動がメインであり、同時に彼らの力に拠る所も大きい計画だった。
「く……何ヲしている……」
 何をしているかは分からなくても想像は付く。つい先ほどまで、すぐそばから聞こえていた鋼の打ち合う音は十中八九、彼らが原因のものだろう。
 だがその音も先刻ふつりと止み、今は遠く学園都市全体が発する混乱の喧騒が聞こえるのみとなっている。
「老師! そろそろ時間です、指示を……!」
「わかっている」
 貨物列車の中から、襲撃班の一人に問われた言葉に答える。関係無い人間に当り散らすほど王は冷静さを欠いてはいない。
「それでは――」
 撤退の準備の最終段階に入る号令を出そうとしたその刹那。
 貨物列車脇に黒が落ちた。
 その巨体からは信じられないほどの精密さと、極力抑えられた音と衝撃を持って”荒帝”が線路に着地した。高架化した路線を砕くことなく、磐石な地面に降りるような鮮やかな手並みだった。
「遅いぞ!」
「謝罪なら後で幾らでもする! 王、手伝え!」
 ”荒帝”後部、副座から弾き飛ばされるようにして新田が姿を現す。そのまま宙へ身を躍らせると空中で布を広げる。一瞬にして空飛ぶじゅうたんと化した布は、新田の着地を助ける。
「ジーニ、こっちだ! 合一解除は走り出してからでいい!」
 新田の指した所には、コンテナも何も固定されていない空の車両。重騎を運ぶことを目的としているらしく、鋼鉄板が敷かれ、補強の鉄骨と固定用のハードポイントが各所にある。
 ”荒帝”は出来る限りの素早さと慎重さで、その上に横たわる。
 同時に、
 ――王・速王(スピードロウ)/脚術技能・発動・高速移動・成功!
「縛り戒めよ!」
 王の姿が残像と化し、荒帝固定用ハードポイント各所のボルトがあっという間に締められていく。同時に新田が掴んだ固定用のザイルと、上面にかぶせる耐久繊維の布がひとりでに動き、”荒帝”に絡みつく。
「よし、これで積み込み終わりだ。あとは――!?」
 新田が声を上げている最中に、体が浮く。
 気が付けば新田は貨物車の中に居た。脇には新田を運んだ張本人、王の姿。超高速移動をしたというのに王は涼しい顔をしていた。
「恩に着るぜ、王」
「言い訳は後で聞こう。……その怪我の理由もな」
 王は新田の金髪と顔にこびりつく、生乾きの血を見ながら話す。
「出せ! 任務完了だ、撤退する!」
 王の声が響くと同時、鈍い振動と共に貨物列車が走り出す。
 重いながら力強く動き出した列車は、徐々に速度を上げ学園都市を後にした。
 レールの向こうには、閉鎖された矛盾都市・東京、そして無名都市・千葉がある。

◆


 言詞加速器(トリスタンⅡ)が稼動を開始します。

◆


『重騎”荒人改”記憶槽への書き込み』
 頑張ったわね。

◆


 列車は闇を抜けて走る。
 夜の中、白いレールだけが浮かび上がり、列車に定期的な振動を与える。

 千葉圏の強襲貨物列車の前方、先頭車両に連なる形で一両のみ客車がある。
 客車は襲撃要員の休息スペースとブリーフィングルームを兼ねている。
「フム、そうすると予定には無い重騎(ヘビィバレル)の追撃があったわけダネ?」
 車内中央前寄り。二席ごとに並んだシートの一組を半回転させた、臨時のボックス席。進行方向に背を向けた席には王が、その対面には新田が座っている。その間、通路にはみ出す形で身長二メートルを超す浅黒い肌の巨漢が胡坐をかいている。新田は頭の怪我や、手足に無数にできた擦過傷を医療班の人員に手当てを受けている。
「ああ、予定だとあの重騎は仮に乗り手が居ても、追撃には間に合わないって予想だったしなあ……つつ、沁みるからもうチィット丁寧にダナ?」
 手当てをしているのは襲撃班でも数少ない女性メンバー。彼女は新田の声ににっこりと笑い、消毒液を追加でぶちまけた。消毒液のプラスチックボトルの表面には「驚きの殺菌力! 泡立ちが違う微炭酸」の文字とIAIのロゴ。
 うがあ、と苦悶の叫びを上げる新田を無視して、王は巨漢に話かける。
「さて、第一特務隊長補佐兼お目付け役のジーニ。このバァカの言ってることは真実あるアルか?」
「言いたいことはわかりますが、真実ですよ。新田さんは、いい加減で気分屋で嘘吐きですけど、腕は確かでしょう?」
 巨躯の男、ジーニは王の質問に答える。紺のTシャツとカーキ色のズボンを内側から盛り上げるような筋骨隆々とした男が、妙にちんまりと胡坐をかいているのは違和感にも似た愛嬌がある。重騎戦で”荒帝”に合一していた彼は、かなり怪我を負っていておかしくないのだが、体質ゆえか目立った外傷は殆ど無い。
「確かに。この馬鹿が第一特務の頭なのは、伊達ではないからな」
「色々と引っかかるがそういうこった」
 難しい顔の王に、傷の上に包帯を巻かれてもなおも頭からぶくぶくと泡を立てている壮絶な姿の新田が答える。
「だが、それにしてもそんな都合のいいことがアルのか? 難を逃れた重騎師(ナイトストライカー)が近くに居るなどと」
「俺が知るかよ、老師。それがどういう物語で、どんな意味を持つのかなんてのはヨ。それこそ『言詞組成師(ストーリーメイカー)』に聞くしかネエさ」
 彼らの襲撃計画に大きな影響を及ぼす可能性のあったイレギュラー。三人はそのことを考え、三者三様の顔でしばし沈黙する。
 沈黙を破ったのはジーニだった。
「まあ、とにかく”荒帝”は奪えたし、学園都市の情報なんかも手に入ったんだからいいじゃないっすか。後は戻ってから考えましょうよ」
「そうそうジーニ、お前いいこと言うな。いい事ついでに帰ったら奢れ。酒でも飯でもなんでもイイ」
「新田さん、何無茶苦茶言ってるんすか!?」
「……ワタシは、時々何か間違ってる気分にナル」
 急に騒ぎ始めた二人を見て、王が大きく深い溜息をつく。
「さて、あとどれ位で到着だったカナ?」
 王は二人を放置して、近くの部下にスケジュールを聞く。他の列車の運行を気にしないですむ現在、速ければ一時間もかからず自分たちの勢力圏に戻れる。だが、帰ってきた答えはそれに反するものだった。
「それが、おかしいんです」
「オカシイ?」
「ええ、さっきからこの列車、ずっとまっすぐ走ってるんです。それに外の景色……来る時にこんな景色ありましたか」
 王は窓外の景色を見る。どこもおかしくない風景。どこまでも続いていそうなほどにおかしくない風景。
「……まるで、夢の中みたいだ」
 誰かが呟いた言葉で、車内に沈黙が降りた。不意に気温すら下がった気がして、誰もが背筋を僅かではあるが震わせる。

 誰も座っていないはずの最前列のシートから軽い拍手の音が響いた。

 突然の異音に車内の全員の視線が、前方に集中する。
 視線の中、その人物は姿を顕した。
 女性。肩口よりも少し長い黒髪。白磁の肌。切れ長のつり目には、意志の強そうな深く暗い色の瞳。白い肌の中、薄紅色の唇が妙に艶かしく見える。身に付ける服は、黒のワンピースタイプの制服の上に、黒の上着。だが地味ではなく、黒の色合いは体の曲線を想像させる落ち着いた光沢。胸元を押し上げる膨らみの上の深紅のスカーフが毒々しいまでに映える。スカートの裾から伸びる白く長い脚。
 その存在に、まるで空間に毒でも流されたかのように空気が侵食される。
「ご明察、というところかしら?」
 柔らかく落ち着いた、なのに聞く者に安心感を与えない冷たさを含んだ声。
「貴様、何者」
 王は反射的に構えを取り、問いを発する。いつの間にか、床に座っていたジーニや、席に座っていた新田や他の人員も皆立ち上がり警戒姿勢を取っている。
 ――その問いは不味い。
 意識の底で警告する声。頭の中で警鐘が鳴る。
「あら? 分かっているんでしょう?」
 女は答え、一歩前に脚を踏み出す。

 硬質な靴音が一つ、響く。

「問われたのならば答えましょう」
 更に一歩。

 誰もその歩みを止められない。

「確かに貴方たちの名前は聞いたのだから、今度は私が名乗るのが礼儀ね」
 足を止める。

 誰一人身動きをしない。

「貴方たちの流儀で名乗りましょう」
 女の唇が微笑の形から変わる。

 女の唇が詞を紡ぐ。


「つくば学園都市学生会長、枸橘(からたち)・ 久遠(くおん)。『茨の王』と呼ばれることもあるわ」

 枸橘が匿名を捨て、『自己認識名(ハンドル)』を宣言した。
  ■ Anonymous -> "The Crown of Thorns"
  ■ Indefinite -> "Deus ex machina"
  ■ Unemployed -> "Student President"
 『茨の王』の存在が確定された。

◆


 妖物の群れと戦う集団がいる。
 彼らは積極的な攻撃を止め、防御体制に入っている。

 流・灯矢率いる戦闘集団は、妖物に重囲されていた。十重二十重の囲みを破って逃げ出すことは難しいだろう。
「なるべく円形で陣を組め!結改を張るのが最優先だ」
 集団の中央、流が防衛の指揮を取っている。
 負傷者、先頭に向かないものを中心にした円陣は、周囲に人の壁とバリケードを作り、妖物たちに備えている。
「諸君、先の詞が聞こえただろう。もはや、戦いは終わっているも同然だ! あと少しこのまま踏みとどまって欲しい」
 流の言葉に、周囲の学生たちは同意の頷きを返す。
「北側、結改の準備完了しました!」
 円陣の東西南北、結改の発動基点の一つから準備完了の声が上がる。
 続いて、東、南の基点でも準備完了の報告がされた。
 残るは西側のみ。
 だが、その西側を狙うように上空から大型の妖物が舞い降りた。全体としては人型だが、腕の代わりに無数の節足という異形。節足の先に付いたかぎ爪が、鈍く光りながら一斉に振り下ろされた。
 だが、振り下ろされた先には、いつの間にか移動していた流がいた。
 ――流・光神(ライトニングハイ)/剣術(ソード)技能(テック)・重複発動・光神斬撃・成功(ヒット)!
 下段に構えた鋭剣を一気に振り上げる。剣閃と共に光が迸り、向かってきた節足ごと妖物を両断した。
「あ、ありがとうございます」
 結改基点で作業をしていた学生から礼の声が届く。
「為すべき事をしただけだ。君も自分の為すべき事を」
「はい! ……できました、行けます!」
「総員、結改の発生に備えろ! 結改発生後は絶対に出るな、巻き添えを食らうぞ!」
 流の言葉が終わると同時に結改が発動した。

 円陣を囲むように結改が発動した。
 発動した結改は光の柱として夜の学園都市に聳え立つ。
 それを起点とするかのように学園都市の各所でも結改の光が放たれる。

 突撃してきた妖物が、結改に阻まれて動きを止めた。だが防護により、攻撃も無くなった事を知ると妖物は一気に囲みを狭める。
 しかし流は妖物を一切気にかけず、呟いた。
「来るぞ」
 次の瞬間。

 学園都市に光の粒子が漂い始めた。
 地面から湧き上がった光の粒子は段々密度を濃くしていく。
 やがて夜の底を照らすように満ちた粒子は飽和した。
 光爆。
 粒子が輝き無音の閃光爆発を起こした。

 結改が軋む。
 粒子が起こした爆発が周囲を乱舞する。
 やがて光が消え去った時、周囲には一体の妖物も残っていなかった。
「――絶対的な力による強引な幕引き、か」
 流は鋭剣を鞘に納めた。

◆


 たった一人の女と襲撃者たちが対峙している。

 濃密に張り詰めた空気を破ったのは襲撃者の側からだった。
「うわあああああああああああああああああああああああああ!」
 裂帛の気合、そして恐怖を紛らわせる悲鳴を上げながら、大剣を持った少年が枸橘に斬りかかった。
「ライナス!」
 新田が制止の叫びを上げるが、ライナスと呼ばれた少年の突撃は止まらない。通路を駆け抜け、車両先頭部にいる枸橘に肉薄する。

 大剣は女に届かない。

 枸橘の右手がカーテンでも開けるかのようにして、大剣を払う。ベクトルをずらされた大剣は、枸橘の身体の右脇へ落ちて行く。
 突撃の勢いのまま突っ込んでくるライナスの胸元に、枸橘の左手が触れた。
 枸橘の口が、何かを聞き取れないほど幽かに、素早く、だが確実に詞を呟いた。
 ――枸橘・痛神(ペインハイ)/医療(メディカル)技能・発動・痛覚強制・成功!
 かは、と空気の抜ける音を口から発すると少年はそのまま床に倒れた。
「馬鹿な!? 相手に神器(リズム)を直接作用させるだと、そんなことが――」
「できない? ならば今の現実はどう説明するの?」
 枸橘は新田の叫びを遮り、倒れ伏した少年の身体を跨ぎこえ、ゆっくりと歩き出す。

 靴音が車内に響く。

 重圧に耐え切れず、襲撃者側から射撃が飛ぶ。
 炎熱弾と鉄槍の二つが座席の上を飛び過ぎ、通路を挟んで併進する。

 熱と鉄は女の眼前で砕け散った。

 枸橘が二つの射撃を見据えただけで、炎熱弾と鉄槍は澄んだ音と共に砕け、流体(エーテル)に還った。
「おいおい、滅茶苦茶だな。第一アンタ、どこから入ったんダ?」
 新田が驚愕の感情を、冗談めいた口調に隠して呟く。
 ――新田・話術(トーク)技能・発動・遠隔通話・成功。
『王、ジーニ、三人でかかるぞ。合わせろ』
 新田が技能を使い、味方にのみ言葉を伝える。既に両手の革グローブは脱ぎ捨てている。
 ――ジーニ・話術技能・発動・遠隔通話・成功。
『了解。俺、王さん、新田さんの順番で?』
 ――王・話術技能・発動・遠隔通話・成功。
『いや、時間差の連撃だ。前衛はワタシとジーニで僅かにずらして合わせよう。アラジン、しくじるなよ』
 王が神形具の手甲を両手にはめる。
『ああ、任せろ』
 ジーニが一歩前に出る。巨体は通路を塞ぎ、後ろの様子を見通せなくする。ジーニの背後では、新田が素手の両手を通路脇の二つの座席に触れさせ、王が突撃に備え身をたわめる。

 三人が身構える。
 女が歩み、三人の間合いに入る。

 ジーニが走る。巨体から想像も出来ないほどの素早さで、通路をまっすぐに駆ける。その身体に見合った大きなスライドで、一気に距離を縮め枸橘に肉薄する。
 ――ジーニ・体術(ジムナ)/脚術(サバット)技能・発動・踏み込み・超成功!
 ――王・速王(スピードロウ)/脚術技能・重複発動・疾走・超成功!
 ジーニの踏み込みの裂音が響くと同時に、王が神器による超高速の疾走を始め、新田が最初に触れた座席の後列の座席にも手を触れ言霊を発した。
「猟犬よ、時間の角から出でて獲物を引き裂け!」
 金属と樹脂が擦れ、軋む音を立てながら、四つのシートが車体の床から剥がれる。座席は、捻じれ歪んだ醜悪な四足獣のような姿へと変じ、宙に舞う。
 ――ジーニ・腕術(ボクス)技能・発動・打撃・成功!
 ジーニの右腕が唸りを上げ、アッパーが繰り出される。
 ――王・脚術/体術技能・重複発動・壁面疾走・成功!
 王は超加速を持って重力を振り切り、足場を座席から壁面、壁面から天井へと変えながらの三次元移動を行う。
 追走するように四つの座席が、天井との間の狭い空間を埋めながら、狂風と共に突き進む。

 女が足を止めた。

 枸橘は歩みを止めるという最小の動作だけで、技能すら使わず三人の攻撃に対応した。
 僅かに間合いを外したアッパーが、風を巻きながら空を貫く。その風圧は枸橘の前髪を舞い上げるほどの強さ。
 ――ジーニ・腕術/体術技能・重複発動・連続攻撃準備・成功!
 ジーニは渾身のアッパーが外されたことに構わず、振り上げた拳の勢いをそのまま続く連続攻撃へと繋げる。上体を捻りながら全身の筋肉をばねと化し、左拳の発射準備。
 ――王・脚術/体術技能・重複発動・震脚・超成功!
 枸橘の直上に到達した王が、天井を足場として震脚。
 同時に猟犬へと変じたシートが、四連の打撃として枸橘を周囲から押しつぶす。
「覇あああああああああああぁっ!」
 王が叫びを上げながら、全身のばねと推進力を上乗せした右拳を繰り出す。
  ――王・五行師(バスター)/腕術技能・重複発動・五行(バスト)打撃・超成功!
 車体や周囲への被害は考慮せず、純粋に敵を倒すことのみを望んだ叫びは光柱となり四つの座席を巻き込みながら膨れ上がる。
 ――ジーニ・腕術/体術技能・重複発動・連続打撃・超成功!
 爆圧によって押し飛ばされるシートを中に押し込むようにして、ジーニは続くコンビネーション攻撃、本命の左フックを叩き込む。
 中の物を逃さぬ檻となった四つの座席は、打撃と五行の圧力で内部の物を押し潰しながら崩壊していく。

 茨の王は傷つかない。

 不意に爆発の光が消えた。
「質問に答えてあげるわ」

 女が一人立っている。

 攻撃を繰り出したジーニの左手側に、枸橘が立っていた。
 枸橘は左手をジーニの左脇腹に触れさせながら言う。
「飛びなさい」

 女の詞に従い巨体が宙を飛んだ。

 枸橘が触れただけでジーニ身体が宙に舞い、新田の頭上すら飛び越えて車両最後部まで吹き飛ぶ。
「私が何処からここに来たか?」
 頭上を飛び過ぎて行くジーニを視界の端に収めながら、新田が駆ける。
――王・腕術/体術/脚術技能・発動・発勁・成功!
 枸橘の背後、着地した王が全身の捻りを使った掌底を繰り出す。

 男の手は女まで到達しない。

 王の攻撃が届く直前、枸橘が身体を高速で回す。スカートの裾が翻り、右の脚がしなり、鞭の様に王の身体を打ち据えた。
 ――王・体術技能・対抗発動・受身・成功!

 男の身体が地に沈んだ。

 攻撃を受け止めてなお勢いを落とさぬ蹴撃で王が床に叩き伏せられる。
 枸橘は蹴りに使った脚をそのまま身体に引き戻しながら、一回転。目に鮮やかな白い脚。足先が地に付き回転を終える。身体の回転にわずかに遅れながらスカートも回り、止まる。
 再び元の方向を向いた枸橘の目前に、走りこんできた新田の姿がある。
 詞を直接読んでこの攻撃と正体を見極める!
 新田は覚悟を決め、素手の右手を伸ばした。

 女が手を差し伸べ男の手を取った。

「私は何処にでも居て、何処にも居ない」

 言霊師(ワードマスター)の表情が飽和した。

 新田が気絶し、床に伏した。
 それを一瞥すると枸橘はさらに歩を進める。
 残りの襲撃部隊の人員たちも戦闘の構えを取っている。
 だが、目の前で戦力のトップ3を一瞬で潰され、戦意が明らかに低下している。

 女が一歩を踏み、硬質な靴音が響く。

「来ないのかしら。なら私の番ね」
 枸橘は歩む速度を落とすことなく、残りの戦闘員たちの間合いへと踏み込んでいった。
 誰もが気圧され動くことが出来ない。
 枸橘が微笑し、己の詞を唄う。

 見果てぬ夢
 目醒めぬ夢
  思いは言葉を作り表れず
  想いは詞を創れど顕れず
   ただ夢幻の如き時間の中を泳ぎ
   やがて来る望みをその胸に抱く

 ――枸橘・痛神/医療/心理(マインド)技能・重複発動・広範囲痛覚共振・成功!
 共振(ハウリング)。
 車内に存在する痛みの遺伝詞が共振を起こした。
 枸橘の直接攻撃を受けたジーニ、王、新田を起点とし、肉体・精神双方を蝕む純粋な痛覚が車内中に吹き荒れる。
 苦悶。苦痛。悲鳴。懇願。悲哀。
 感情のみを表し、意味をなさぬ声が上がる。
 痛みは全員に襲い掛かり、そこで得た痛みが総和され、増幅(アンプ)されて再度循環する。
 枸橘は、悲鳴を聞きながら微笑を崩すことなく悠然と歩み続ける。
 やがて声すら上がらなくなり、許容量を超えた痛みの渦の中で立っている者は一人のみとなった。

 女が車両最後部に到達した。

「痛みと共にこの言葉を刻み、千葉圏総長WOLTに伝えなさい」
 車両後部のドアを開きながら枸橘が言う。
「幻夢を手にしたくば自ら来なさい――王は茨の城にて待つ」
 ドアから連結部へと一歩を踏み出す。
「ああ、今夜は貴方たちに免じて重騎を預けるわ。だけど必ず取り返すから、そのつもりで居なさい。
 それではごきげんよう」
 ドアが閉まる。

◆


 研究学園都市駅のホームに一人の女が降り立った。
 ホームには彼女を迎える人影が一つある。

 列車の姿も人影もない閑散としたホーム。
 枸橘はその中ほどに居る。
「お疲れさまでした」
 枸橘を柔らかな声が迎える。
 柔らかな声の持ち主は、女性として背の高い部類に入る枸橘よりもさらに高い身長。そして金髪、碧眼。男性だけでなく女性すら魅了しそうな容姿とプロポーションを持っている。
「ナディア先生、いらしていたんですか」
 枸橘が声の主に声をかける。
「あら、先生が教え子を心配しちゃいけないかしら?」
 彼女の名は、ナディア・プライム。学園都市の物理教師であり、枸橘率いる学生会の顧問でもある。名前からも分かるとおり出身は海外。成功都市・紐育(ニューヨーク)から来ているが、日本語の発音は完璧なものである。
「良く言います。心配なんかしていなかったんでしょう?」
「ええ、実はそうなんです。ただちょっと面白そうだと思って」
 悪戯っぽく瞳を輝かせナディアが白状する。
 それを見た枸橘も表情を崩し、苦笑に近い状態となる。
「先生、楽しめましたか?」
「そりゃあもう。やっぱりいいですね。少年少女が真剣に何かに取り組んでいる姿は、つい涎……じゃなくて涙が出てしまいました」
 ほう、と艶っぽい吐息と共にナディアの顔が陶然としたものとなる。
「まあ、先生が何を出そうが勝手ですけど。問題にならない範囲にして下さい」
「OKOK、ダイジョブヨ?」
「嘘を言う時は、せめて騙すつもりで言って下さい」
 枸橘の冷静な指摘に、ナディアはさも心外だという風にオーバーなリアクションをしてみせる。
 不意に表情を元に戻し、枸橘はホームを歩き出す。
「兎に角、今回の件に関しての仕上げを行います。
 予定通り先生は教職員と企業を抑えて下さい。学生会の名前を使っていただいて結構です」
「わかりました。それにしても重騎あげちゃってよかったのかしら?」
 首をかしげながらナディアが問う。
「元々、こちらにとっても運用のあてが殆ど無かったものです。むしろこれからの取引と工作の材料として使えます。
 これで千葉と事を構える大義名分が出来ました」
「あの人たちが、あれを使って攻めてきたら?」
 問うというより、確認の口調でナディアが聞く。
「ありえません。この事件の犯人と名乗りを上げてるようなものです。仮にあった場合でも、どうとでもしますし、政治的には楽になりますね」
 あくまで冷静な枸橘の言葉に、ナディアは眉を顰める。
「枸橘さん、優等生過ぎて先生ちょっとツマンナイ」
「ナディア先生は優秀すぎて、私は日々の刺激に事欠きませんけどね」
 誉められると照れますね、と暴言を発し、ナディアは枸橘の横を並んで歩きながら声をかける。
「この後、枸橘さんはどうするのかしら?」
「構内法奏を使って緊急招集をかけて役員会を開きます」
 二人の女はホームを後にする。


 夜の中を走る列車がある。
 列車の中。
 通信機の呼び出し音が響いている。
 車内には無数の人影が倒れ伏している。
 それでも通信機の呼び出し音は鳴り続ける。
「う……あ……」
 呻き声があがる。
 車両の中ほどに倒れていた人影が身じろぎをする。のろのろとした動作で通信機を手に取り、通信を開く。
「――こちら、アラジン」
『さっさと出ろ馬鹿ヤロウ!』
 通信相手の第一声は罵声だった。通信状態が悪いのか妙にノイズがかったダミ声が響く。
『作戦経過報告時間はとっくにスギテルぞ!』
「……なあ、今何時だ」
 通信を開いた人影、新田が通信相手に質問する。
『ハァ!? そんなことすらワカラナイとは何ヤッテタ! ……そろそろ二十二時だ』
 通信相手はいらつきながらも時刻を答える。
 新田は、感覚と現在時刻から自分の気絶していた時間を推測。約一時間前後とあたりをつける。
 作戦最終段階に入ったのが二十時。『あれ』と戦ったのはそれから三十分から一時間の間。
「つまりパレードはとっくに終わって、閉園時刻。本日の営業は終了しました、ってわけか」
『わけのわからんコトを言うな。それでドウナッタんだ。結果を報告シロ!』
「――スマンな、色々あった」
 新田は疲れを隠そうともせず言った。全身に鉛の様に重い疲労。体重を座席に預けながら床に座る。
『……ドウシタ。らしくないナ』
「――はっ! お前に言われるとは相当なもんダナ」
 通信相手から指摘に新田は同意する。何事もなかったかのような車内。自分以外の皆が昏倒していることを除いて、何の変化もない。
 新田が変化させたはずの座席すら元のまま。
『何ガあった。失敗したノカ!?』
「そうわめくなよ『変な声(ノイズトーカー)』。お前の声はヨケーに疲れる。安心しろ、きちんと情報も獲物も貰ったサ」
『俺をその名で――』
「詳しくは戻ってから報告する。ジャアナ」
 通信機の向こうの相手が怒る気配。だが最後まで言葉を言わせず、新田は一方的に通信を切った。
「夢を見ていたってわけか。それも飛びっきりの悪い、夢」
 新田は天井を見上げて言葉を零す。
「かっこわりいなあ、オレ」
 列車は終点に向け走り続ける。

◆


 暗い室内。
 意図的に照明が抑えられた室内。
 幾人かの影法師がある。

「――報告を」
「学園内に発生した妖物の八割以上は、言詞加速器(トリスタンⅡ)を使った重流体共振で消滅しています。残存妖物もほぼ駆逐完了。警戒態勢も二種に引き下げられます」
 聞く者をどこか不安にさせるような女の声。その声に動じず男の声が報告を行う。
「被害状況は?」
「準言実詞にて言像化し、被害を上書きしています。内部に残った崩壊率と不安定化した構成遺伝詞(ライブ)は風水師(チューナー)、紋章師(エンブレムマスター)が修復にあたります」
「被害額自体は保険や事前対策用の予算プールからで大丈夫そうですねー。どっちかと言う人的資源と時間の工面が苦労しそうですねえ」
 最初の声とは別の女の声が、続けて別々に二つ。
「学園内の動きは?」
「大規模遺伝詞乱散(ライブブレイク)は想定を超えた事態でしたが、初動開始までの時間は同レベル事態想定ケースよりも短いものでした。ただ、予想よりはるかに短いというほどでもありません」
 一番最初に報告を上げた男の声。さらに別の男の声が続ける。
「それ以上に意外だったのは、対妖物戦闘時の行動ですな。副会長の部隊や軍研ほか戦闘系の部活はもちろんなんですが、それ以外や一般学生が予想以上に奮闘しとります」
「具体的には?」
「はい。まずは重騎(ヘビィバレル)。学内の重騎師(ナイトストライカー)は工学部新実験棟の崩壊でほぼ全滅だったにも関わらず、二騎の重騎が単一戦力としては最大規模の戦果を上げとります」
「二騎? 一騎ではなく?」
 最初の声が意外そうに聞く。
「はい、いいえ。一騎はあの”荒人改”ですな。結果はともかく、追撃戦と”荒帝”との戦闘は戦果換算としてかなりのもんです。実際の戦果としても結構な数を倒してます」
「もう一騎は?」
「ええと、名前を何と言ったかな」
 男の声が報告用の資料をめくる。そこに二番目に声を発した女の声。
「”栄光”」
「そうそう、それだ。すまんな。
 普段、高等部・大学での実習と演習に使われてる重騎なんですが、メンテ中のを動かした奴がいるようです。単体戦果は、ほぼ確実に学園内トップですな。亜竜レベルの妖物を複数体撃破しとります」
 女の声に男が礼を返し、報告する。
「騎師は誰だかわかる?」
「おそらくですが、機甲都市(パンツァーポリス)からの留学生です」
 二番目の女の声。
「わかったわ。継続調査と観察の対象に指定します。他には?」
「五行師(バスター)の生きの良いのが。地下ブロックの防衛しとったようですわ。まあ、他にも色々いますが」
「無理はしなくていいから、なるべく早めに報告書にまとめるように。他に?」
「はい、広報から」
 第三の男の声。
「今回の襲撃時期、ルート、状況から情報流出源がほぼ特定できました――それが」
「予想は出来ています。気にしないで続けてください」
 第三の男が一度言葉を切るが、第一の男の声が先を促す。
「はい。ほぼ確実に総長連合が裏で動いています。嫌な話ですが、予想通りです。まんざら名前だけでもないようです」
「対策は?」
「特務と諜報を監視に付かせています。積極行動は、証拠が揃い次第という形になります」
「何時頃までに証拠がそろうかしら」
 第三の男の声に、一番初めの声が問う。
「遅くとも一週間以内には」
「四日よ。三日で上げなくていいから四日で揃えなさい。実働は――」
「私が行きます。これは私の責任でもあるでしょうから」
 第一の男の声。その声にはどこか苦い響きがある。
「そう、ならば貴方に任せるわ。今度こそ、禍根を残さぬように」
「はい」
「他に無ければ第一次報告はこれまでにします。細かい部分は明日各所からの報告書とあわせて検討します」
「ああ、まだ一つあります」
 さらに新たな声。どこか面白がる色合いを帯びた少年の声。
「”荒人改”の重騎師ですが、命に別状は無し。気絶した状態で書斎(スタディ)から出された後は、そのまま中央病院へ搬送。現在、風水治療を受けています」
「それで?」
「いえ、それだけです」
 少年の声はそれだけ言うと沈黙した。
 そして最初の声が朗々と告げる。
「それでは――」

◆


 暗い室内。
 意図的に照明が抑えられた室内。
 幾人かの影法師がある。
「――報告を」
「うん。襲撃班との連絡は付いたよ。目的はとりあえず完遂、なのかな? でも色々あったそうだから、詳しい報告は彼らに聞くべきだねえ」
 若いが落ち着きを含んだ声。それに成人男性と思われる声が返答する。
「そちらの状況は?」
「解析はほぼ終わったよ。今は解析終わった部分を元に劣化複製を抽出してる。まあ、思ったよりてこずったね」
「各地の状況は」
 若い声が問うと、最初に答えた男とは別の声が応える。
「はい、現在各地に展開している部隊の進捗は良好です。一部、遅れが出ている地域がありますが、予想の範囲内です。遅れは取り戻せるかと推測できます」
「結構。他には?」
「まあ、今日はあっちに行ったのがメインだからそれ以外は少ないね。喪失技巧もあまり目新しいのは見つかってないし」
 成人男性の声が応える。
「わかった。それでは定時報告は以上とする。何かあれば報告書を提出するように。
 本日の実行を持って計画を次の段階に移行する」
『了解』
 室内の影法師が意志を返す。
 そして若い声は朗々と告げた。
「それでは――」

◆


「世界は状況を開始する」

◆


 篠竹・純の手記

 2006年5月1日
 つくば学園都市に千葉圏の襲撃部隊が襲来。
 大規模遺伝詞乱散を人為的に発生させ生み出した混乱に乗じて、最新鋭重騎”荒帝”を強奪。
 この事態を受け、つくば学園都市は調査委員会を設立。

 2006年5月2日
 未明に今回の事件を、表向きには謎の襲撃者ということで外部へ向け発表。
 調査委員会の設立と犯人追求を宣言。
 同時に福島、栃木、埼玉、千葉の隣接圏に対し、逃亡した犯人の情報提供と捕縛協力を要請。
 犯人をかくまう場合、敵対行動とみなし、犯人の一味であるとする旨通達。
 各圏は即時の返答を保留。
 内部不干渉を建前に、中立という形での消極的な協力体制を取る。
 千葉圏も例外ではない。
 ただし埼玉が友好的中立姿勢を取ったことにより、千葉圏は実質として茨城に閉じ込められる形となる。

 さて、どうなるのやら。


 

RETURN INDEX GO AHEAD !

 


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最終更新:2009年05月26日 00:17