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2. 授業・講義・生徒会活動

2-1.カリキュラム
 普通科、体育科、理系、文系と言った一般的な括りだけでなく、特殊技能者、異族といった幅広い人材を活かし、育成するためのきめ細かいカリキュラムが魅力の一つである。
 きめ細かいカリキュラムだけでなく、全ての学生を対象とした包括的な講義などもあるために、学びながら自然と進路や自分の適性を見つけられるようになっている。
 様々な授業があるということは、その数だけ試験があるということである。試験情報を売る情報屋や各講義のまとめノートの製作販売をするノート屋などの存在は大きな助けとなることだろう。



 二騎の重騎が対峙している。
 色は共に漆黒。
 片方は細身。もう片方は重装。
 幾度にもわたる激突で両者の装甲は欠け、手に持つ武器は既に無く素手。
「ここらで決着をつけよう」
 細身の重騎が言う。
「ああ、そうだな」
 重装の重騎が答える。
 向かい合った重騎の駆動音が高まり、背後に推進器からの排気で陽炎が揺らめく。
 二騎が一歩を踏み出したのは同時だった。
「衝撃の! ファーストストライク!」
「ブラック・トリック!」
 細身の重騎の右腕が光を放ち、重装の重騎の右腕が闇を纏う。
 二騎の重騎の右拳同士がぶつかり、火花と撃音が唸る。
 反動で体を引いた二騎はすぐに左の拳を繰り出す!
「撃滅の! セカンドストライク!」
「ホワイト・ジョーカー!」
 今度は両者共に輝く拳。
 先ほどの一撃を上回る光と音が夜を裂く。
 三発目。
 連打の拳は再び、右。
「抹殺の! ラストストライク!」
「極影!」
 輝く拳と質量を伴う影に包まれた拳。
 二つの腕が交叉し、互いの重騎の身を打ち据えた。
 装甲の軋み、ひしゃげる音。
 互いの一撃が決め手となり、二騎の重騎は動きを止めた。

 動きを止めた二騎の重騎。
 細身の重騎の書斎から、騎師が姿を現した。
 鋭い顔つきの少年、ズボンを穿き、上半身は裸身でわずかにネクタイのみ。
 重騎の肩に乗り、敵の重騎を見据える。
 すると重装の重騎の肩にも、何時現れたのか敵の騎師が姿を現していた。
 黒衣に身を包んだ。漆黒の長髪を持った、美形の青年。
 彼は嫣然と微笑むと、優雅な身のこなしで細身の重騎へと飛び移った。
 そして身動きできない少年に近づきささやいた。
「今日はとても楽しかったよ、続きはまた今度……」
 そう囁くと青年は少年に軽い口付けを交わし、自分の重騎へと戻っていった。
 青年が指を鳴らすと、重騎は一人でに起動する。
「次に会える時を楽しみにしているよ!」
 青年の高らかな笑いと共に、重騎は夜空へと消えていった。
 少年は青年の消えていった空を見上げ叫びを放った。
「あんたを、あんたを必ず屈服させてみせる……!」

 つづく☆


 学園都市・TUKUBA”巨大食堂”。
 先夜の遺伝詞乱散(ライブブレイク)騒動の被害も低く、朝から通常通り営業している。
 朝限定の朝食メニューもあるためか、既に様々な人間で賑わっている。
 その一角のテーブルに向かい合わせで、眼鏡をかけた背の高い少年と中性的な小柄な少年が座っている。
 テーブルの上には彼らの朝食らしきものがある。

「なーんーだーこーれーはーっ!」
 背の高い少年、中林・英彦は新聞から顔を上げると、向かいに座る小柄な少年に向かって叫んだ。
「第二新聞部が急遽連載を始めた『ドキドキ☆重騎”荒人快”』の第一話、『学園で☆ドキドキ』」
「いやそうじゃねえよ。そうだけど。内容だよ、この内容」
 冷静に返事をする小柄な少年、篠竹・純に中林は反論する。
「どう考えても事実と異なるというか、なんだこの、何!?」
「事実を元にしたフィクションだからねえ。昨日の事件は、スクープはうちの第三がもらったから。第二は後追いじゃなくてエンターテイメントで勝負する方向らしいよ?」
 中林の眼前の新聞には、確かに第二新聞部発行の文字。
「ふむ、色々大変なんだな……じゃなくて」
「内容は人気バイオレンス(やおい)小説家の喜多方・犬三、挿絵は大人気(やおい)イラストレーターのウィスラーさん挿絵による共同作とヒット作間違い無しだね?」
「何かお前今、小説家とイラストレーターの前に変なニュアンス入れなかった?」
「気のせいじゃない?」
 半目で睨んで来る中林を無視し、篠竹は朝食セットのおにぎりを口に運ぶ。
「ペンは剣より強し。言論の自由ってのはそんなもんなの。第一、僕が書いたわけじゃないし、早刷りを持ってきただけ感謝して欲しいぐらいさ」
「そうは言っても納得できんけどな……」
「あ、このおにぎり海老天入ってる。結構癖になるかも。英彦もさっさと食べないと冷めるよ?」
「なんだかな……」
 篠竹に促され、中林はしぶしぶ自分の朝食のうどんをすする。
「お腹が空いてるからだよ。腹が膨れれば平気だって。英彦のは何? 天ぷらうどんっぽいけど」
「――エビフライきしめん」
 口中のものを飲み込んだ中林が答える。確かにうどんの麺は平たく、一見海老天に見える具はエビフライ。
「何でそんな微妙な色物を」
「好きで頼んだんじゃない。今週の学食は『WAKUWAKU! 名護屋フェア~』とかでBセット頼んだら、自動的にこれが出てきたんだ」
「まあ、確かに僕もAセット頼んだら普段のおにぎりセットとは違うの来たけどさ」
 言いつつも、篠竹は海老天入りおにぎり、天むすを食べ、赤出汁の味噌汁をすする。
「こっちはおいしいけどね?」
 そんな篠竹を中林は少し羨ましそうに見つつ、きしめんをすする。
「やはりうどんには天ぷらだな、フライじゃない」
「でもコロッケそばとかだって美味しいじゃん。慣れだよ、慣れ」
「そんなもんかな……? それにしても、名護屋の食事ってのは変わってるな」
 出汁を吸って少し柔らかくなったエビフライを食べながら中林が呟く。
「東西の境目だしね。独自の文化が育ったんだよ、きっと」
 二個目の天むすを食べながら篠竹。
「ところで、だ」
 出汁をすすりながら中林。
「何?」
 赤出汁の味噌汁の具、浮き麩を食べつつ篠竹。
「わざわざ新聞見せて、飯食う為だけに病院から連れ出したわけじゃないだろ?」
 中林は昨夜、遺伝詞乱散騒動で病院に担ぎ込まれた。朝、病室で目が覚めるやいなや、医者の許可を取り付けた篠竹に病院から連れ出されている。
「これでも昨日の事件の重要参考人扱いで、生徒会から出頭命令受けてるんだぜ」
「でも出頭命令書届けたのも僕だしー」
 篠竹は動じず天むすを一口。
「まあ、な」
「それにね、あのまま病室にいたら今頃大変だったよ?」
「どういうことだ?」
「あのね英彦。キミは今、学内報道機関の格好の的なの。ぶっちゃけ昨日ので無名から一気に有名人」
 中林は、昨夜の事件の顛末に大きく関与していた事実がある。
「病室なんかにいれば、今頃取材攻勢と野次馬軍団よ?」
「ハハハこやつめ……俺が有名になった原因がそれを言うか」
 篠竹は、中林が偶然記乗(ライトブリング)することになった重騎の戦闘映像を、ライブ配信で学園全体に配信している。
「過ぎたことは仕方がないよ。それに昔の人もこう言っている。人生など何があっても”おお快なり”の言葉でカタがつく、って」
「それはお前の主観であって、俺の現実にはなんら影響を及ぼさないのは気のせいか?」
「おお快なり!」
「無視か!?」
 暫くの間二人が朝食を食べる音のみが卓上に落ちる。
「――で。本題はなんなんだ?」
 きしめんを咀嚼し、飲み込んだ中林が切り出す。
「ん。実は僕の友人が、英彦と一度顔を合わせたいと言っててね」
「友人?」
「うん。それでまあ、朝食の時にって話になったんだけど……遅いなあ」
 二個目の天むすを食べ終わった篠竹が、あたりを見回す。
「あ。いた。こっちこっち!」
 篠竹は目的の人物を見つけたらしく手を振る。篠竹が手を振る方向は中林の背後、食堂のカウンターの方角。
 どんな人物か気になり、中林も篠竹と同じ方向を向く。
 すると一人の人物が目に入った。


 一人の少年が手に朝食の載った盆を持ち歩いている。
 日本人ではなく、金髪碧眼の整った顔立ちをしている。

 中林が振り向いた方向に小柄な少年がいる。
 少年の文字通り、その体は小さい。小柄な篠竹よりもさらに小さく、背格好から察するに中等部の生徒だろう。金髪であるからには日本人ではなく、留学生だろう。
 だが、それ以外に人はおらず、篠竹の待ち人らしき人物はいない。
「何処にもいねえぞ。まさか、あの中学生とかか?」
 中林は振り返って、篠竹に声をかける。
 その答えは背後から来た。
「そのまさかだ。失礼な奴だな、君は」
 澄んだボーイソプラノ。
「――待たせた、しもんきん」
 声の主は篠竹を字名(アーバンネーム)で呼び、篠竹の隣、中林のはす向かいに着席した。


 学生食堂の一つの卓に三人の少年が着いている。
 一人は背が高く眼鏡をかけている。
 一人は小柄で中世的な顔立ちをしている。
 一人はさらに小柄で金の髪と蒼の瞳を持っている。

「えー、あー」
 ヤバイ。気まずい。
 チョー気まずい
 自分の遺伝詞が色々と乱れているのがわかる。
 中林が冷や汗とも脂汗とも言える物で焦燥感を堪能しているのを見て、金髪の少年は妙に大人びた風情で笑った。
「まあ、仕方ないナ。事前知識が無ければその判断は当然だ」
 少年は苦笑して言葉を紡ぐ。
「自己紹介しておこう。ボクの名はミハエル・フォン・バウアー。出身は機甲都市―伯林こんな姿をしているが、一応君らの一つ上だ。専攻は重騎工学」
 ミハエルは、外国人然とした外見からは想像できないほど流暢な日本語で、自己紹介をする。どこか外連味を感じさせる口調ではあるが、嫌味な印象は不思議と無い。
「ほら、英彦。自己紹介、自己紹介」
「あ、ああ。えーと、大変失礼しました。
 僕は中林・英彦。出身は矛盾都市―東京ですが、今はここ、学園都市です。現在、高等部二年。専攻は……工学志望ですが完全に決めてません。後は遺伝詞系職種訓練も」
「ヨロシク」
「よ、よろしくおねがいします」
 外見とは裏腹の完全に落ち着き払った態度に、中林は完全に気圧されている。
「はい、お互い自己紹介終わったね?」
 二人の仲を取り持つように篠竹が口を開く。
「英彦、彼はミハエル。ネットで結構前に知り合ったんだけど、今年の春から留学生としてこっちに来てる」
 ミハエルが篠竹をしもんきんと字名兼HN(ハンドルネーム)で呼ぶのはそのためか、と中林は納得。
「えーと、バウアーさんは何で日本に」
 中林は何とか話題を探し声をかける。
「ああ、ミハエルと呼び捨ててもらって大丈夫だ。日本は昔から興味があってね。重騎師(パンツァーカバリエ)の推薦枠があったから、それでこっちに」
「僕も英彦でも中林も構いません。――じゃあ、ミハエルも重騎に?」
 共通の話題が見つかり、中林はひとまず落ち着く。
「ああ。これでもちょっとしたもんなんだぜ?」
 ミハエルが愛嬌のある仕草で笑う。
「ミハエルは昨日の夜も重騎で、そこら辺の妖物倒して回ってたからね」
「ま、君ほどの大物には当たらなかったが」
「僕もあんな大物当たりたくはありませんでしたが……って知ってるわけですか、昨日のこと」
 中林の言葉にミハエルは苦笑。
「君はもう少し自分の立場を理解したほうがいいな」
「いや、理解してるんですけど認めたくないんです」
 真顔で返す中林。
「英彦、諦めなよ。ゲッゲッゲ」
「ええい! 変な笑い方をするな!」
「ハハハ、ヒデヒコ。君も往生際が悪いな。ゲッゲッゲ」
「ミハエルまで!? くそっ、新手の神器(リズム)か何かか!?」


 学生食堂の一つの卓に三人の少年が着いている。
 宅の上には三者三様の朝食が載っている。
 少年たちは談笑をしながら、朝食を取っている。

「へえ、じゃあミハエルは、独逸にいる時から日本のアニメを?」
「ああ、『真性キ・ネハンゲリオン』とかは素晴らしかったな」
 中林の質問に、ミハエルが応じる。
「トイレに閉じ込められた司令がモヒカンカットに変身して便座ごと出撃するシーンはすごかったなあ」
「いいチョイスだ、しもんきん。あのシーンは名シーンだな」
「IAIが再現した便座売り出して社会問題にもなったよなあ」
 当時の事を思い出して中林が遠い目をする。
「まあ、それはそれとしてだ。なあ、しもんきん」
「何?」
「日本の食生活は変わっているな。これも結構日本通を自負していたんだが、まさか日本のトーストセットにはトーストの上に小豆ペーストが載っているとは」
 ミハエルが食べているのはトーストセット。こんがりと狐色に焼かれた厚切りのトーストの上には小倉餡が鎮座している。
「ミハエル、それは違う」
 外国から来た少年が日本文化への大きな誤解をしようとしている事を察し、中林声を発する。
「違う? ヒデヒコ、どういうことなんだ」
「これは日本の中でも最も変わっていると言っても過言でない都市、名護屋の料理なんだ」
 ミハエルの童顔に疑問符が浮かぶ。
 その疑問を解くべく、中林は言葉を続ける
「普段は、ここの食堂でも普通のトーストとかを提供しているんだ。今は特別に名護屋風の料理をだしているだけでね」
「何のために?」
「色々な文化を学ぶため、かな? 日本は結構地方ごとに文化の差が激しいんだ。特に食文化は」
「ふむ、色々日本の文化は複雑だが、面白いな。」
 ミハエルは納得し、小倉トーストを口に運ぶ。外国から来ているためか、抵抗力に好奇心が勝るらしい。
「まあ、特にこの名護屋はすごいところだしね」
 最後の天むすを食べ終わった篠竹が言う。
「何せ、ありとあらゆる食品に味噌をかけるそうだから。味噌がかかっていない食品はほぼ皆無。仮に味噌がかかって無くても餡子かあんかけか何らかの物をかけてるそうだよ」
「げに恐ろしきは名護屋の食文化よ……!」
 ミハエルが驚嘆の声を上げる。
「そうそう名護屋と言えば、また出たらしいよ」
 シメに味噌汁をすすりながら、篠竹が話題を振る
「またって、何が」
「妖怪ダッシュ女」
「ダッシュ女?」
 知識に無い単語にミハエルが首を傾げる。
「ああ、そっか。ミハエルは知らないよな。篠竹が前に都市伝説特集で書いてた謎の存在でね。えーと、なんだっけ、悲鳴と共に現れて」
「写真を撮っても残像しか写らないんだ」
「恐ろしい都市だな、名護屋は……!」
 ミハエルは内心で名護屋の脅威度数を「要・注意」から「大城」に引き上げる。
「えーと、何をしてると寄ってくるんだっけ?」
 エビフライの尻尾をかじりながら中林。
「一説によれば、解熱鎮痛剤、つまりアセチルサリチル酸の話をすると寄ってくるらしい」
「……ダッシュ女は優しさに飢えているんだな」
 悲しい話だ、とは一切思わず中林は出汁を飲む。
「待て、しもんきん。退散させる方法は無いのか」
 ミハエルが若干周囲を気にしつつ、篠竹に質問を投げる。
「噂では、親指を隠して『スパム!』って三回言うと退散するそうだよ」
「……ダッシュ女は塩分と脂質を恐れているんだな」
 出汁を飲み干して中林が呟いた。
 次の瞬間、彼らの卓を中心としてスパムの声が食堂全域から三回響いた。
 中林はひえええええ、と言う悲鳴を聞いた気がした。
「ま、気のせいだろう」


 学生食堂の一つの卓に三人の少年が着いている。
 宅の上には空になった朝食の皿と器が載っている。

「ごちそう」
「さま」
「でした」
 それぞれに声を合わせ、ミハエル、篠竹、中林は食事を終える。
 色々と問題の多い名護屋飯だったが、全員完食している。
「さて、本題に入ろう」
 食器を脇にのけながらミハエルが切り出す。
「ヒデヒコ、今日は君に顔合わせしに来ただけじゃないんだ」
「断ります」
 真面目な表情で、中林は断言する。
「まてまてまて。ヒデヒコ、キミはボクの話をまだ最後まで聞いていない。なのになぜ断るんだ?」
「こいつの、篠竹関連で持ち込まれた話でロクな目にあったためしがありませんから」
 中林は半眼で向かいに座る篠竹を見るが、篠竹は動じず無意味な笑顔。
「もしかしたらドリームでややエロかつ爽やかかもしれないじゃないか。例えば侍女乱舞とか」
「侍女乱舞なんですか?」
「いや、違うが」
「でしょう」
「だなあ」
 ミハエルと中林はよくわからない単語で会話。眉根を寄せて互いに首を傾げる。
「二人とも何考えてるのさ」
「人生の難しさについて」
「ハハハ、ヒデヒコ。君は詩人だな」
 篠竹の質問に中林がどこか疲れたように応じる。
「好きで考えてるわけじゃないんですが」
 言って、中林は大きく溜息をつく。
「……それで用件というのは?」
「ん? 話を聞く気になってくれたのかい」
「考えてみればひどい目にあったのと同様に、巻き込まれなかった試しが無いことに気づきましてね。だったら少しでも被害が少なくなるよう、自分で誘導できないものかと」
 中林が真顔で、前向きなのだか後ろ向きなのだか、判別のつきにくい意見を述べる。
 だが対するミハエルは何故か輝くような笑顔。
「うんうん、いい心がけだ。話というのは――」
 ミハエルはわざとらしく言葉を切り、一拍置く。
「――君に模擬戦(シルエッタファイト)を申し込む!」


 校舎と校舎に挟まれた道を少年が二人歩いている。
 一人は長身で眼鏡をかけており、もう一人は小柄で中性的な雰囲気を持っている。

「くそー、はめられたー」
 背の高い少年が投げやりな口調で嘆く。
「決まったことだから、諦めなよ」
 薄情な口調で小柄な少年がなだめる。
「だーれーのーせーいーだー」
「概ね自分の身から出た錆じゃないだろうか。もしくは見通しとツメの甘さ」
 背の低い少年、篠竹の冷静な指摘に長身の少年、中林は言葉を詰まらせる。
「だってだな、断ろうと思ったら」
「うん、すごかったね。一瞬で周囲に人だかり。注目されてる証拠だよ?」
「あの状況で断るのは無理だったよなー。しかもミハエルの奴、既に模擬戦の申請と、場所の確保まで済ませてたしなあ……」
「話を聞いた時点で負けだった?」
「いや、一緒に飯を食った時点での気がする」
 あー、と明確な言葉にならない呻きを上げ、中林は空を見上げる。
 五月の空は何処までも青く、高い。
「放課後に外縁部の騎演習場。準備はミハエルが手配済みで、学生会と荒井の爺さんにも話通してるってさ」
「何で俺の周りには無駄に行動力がすごいのが多いのだろうか……?」
 空を見上げたまま中林が呟いた言葉は、そのまま空に吸い込まれ消えて行く。
「ちなみに撮影優先権は第三新聞部で取らせてもらったよ。ああ、あと座席の確保とチケット販売は学生会が主体だってさ」
「ぅおい!?」
 天から地へ視線を戻し、中林は叫ぶ。
「完璧に興業じゃねーか!?」
「ミハエルがその条件を餌に関係各所を抱き込んで、模擬戦の手配をしたからね。ま、元々予定してた週末の重騎戦も昨日のでオジャンだし。折角の準備と資材を遊ばせるのも勿体無いから、渡りに船だったみたいだよ」
 篠竹がしれっと事態への関与を暴露する。
「訂正だ。飯食う以前から負け決定だ。仮に話聞かなくても、放課後に拉致られて強制模擬戦だっただろうな……」
「ご愁傷様」
「いつもながらお前の同情には心が篭って無いな」
「お褒めに預かり恐悦至極」
 中林の皮肉めいた言葉を、篠竹があっさりと流す。
「それにしても、俺なんかが相手でいいのかね? 自慢じゃないが、俺は一流の騎師には程遠いぜ」
「ふぅん。ま、英彦はそう言うだろうね」
「なんだそりゃ」
「べっつにー。主観も評価も客観も期待も結局それぞれの思い込みだしねー」
「?」
「英彦らしいね」
 篠竹が、珍しく裏表の無い表情で苦笑。
 中林はそれを見て首を傾げる。
 そして二人は一つの校舎の前で足を止める。
「じゃあ、顔出してくる」
「いってらっしゃい。僕はとりあえずHRに出ておくよ。……まあ、授業は無いだろうけどね」
「この有様じゃあなあ」
 二人の周囲には、昨夜の遺伝詞乱散で生じた瓦礫や被害の痕跡がある。
「何かあったら携帯にメールくれ」
「おっけー」
 言葉を交わし二人は別れる。中林が校舎の中へ、篠竹がそのまま歩き出す。
 校舎には「生徒会」の文字。


 一般教室より若干大きい会議室サイズの部屋、生徒会室。
 代わりに部屋の中には通常の机ではなく、会議卓や本棚、ソファー、複数のホワイトボードなどが置かれている。
 部屋の中では一人の人影が会議卓に向かっている。

 部屋のドアがノックされる。
「どうぞ」
 部屋にただ一人いた人物は、入室の許可を出す。会議卓の上には様々な書類があり、ホワイトボードにも書き込みや写真が貼り付けてある。
「失礼します」
 言葉と共に背の高い人影が入室してきた。
「呼び出しに応じて出頭しました。高等部二年の中林です」
 背の高い人影、中林・英彦は名乗ってその場に立つ。
 会議卓に向かっている人影は、ドアからはちょうど正対する位置にあり、窓からの逆光で姿は黒いシルエットになっている。
「どうぞ、こちらに座って楽にして下さい。良ければコーヒーでも飲みますか? インスタントですが」
 シルエット、生徒会副会長は中林に話しかける。
「いえ、朝食を食べたばかりなので」
 中林は進められた席に座る。そこそこに広い生徒会室に、二人で近くの席というのも落ち着かない状況だった。
「そうかい? それじゃあ早速本題に入るが、君を呼んだのは頼みごとをしたくてね」
「頼みごと、ですか」
 慎重に中林は聞き返す。先ほども酷い目に合うことが確定したので、警戒せざるを得ない。
「いやいや、何か特別にこれをやれ、ってのじゃないよ。ところで君はゴールデンウィークに帰省する予定は?」
「は? ゴールデンウィークですか? 特にありませんが」
「そうか、なら頼みやすいな。頼みというのは、ゴールデンウィーク中、生徒会と連絡がつくようにして欲しいんだ。できれば学園内がいいけど、連絡とかがあれば圏内であれば融通は効くと思うよ」
 副会長の表情は柔和で、裏表の無い人当たりのいい微笑を浮かべている。
「金もないですし、元々学園で過ごすつもりでしたからいいですけど。どうしてそんなことをわざわざ?」
「フムン。実は昨日の件が大変でね。見たまえこの机の上の書類。これ全部、昨日の事件の報告書、各種申請書に手続きの書面だよ。
 まあ、愚痴ってもしょうがないな。そんなわけで君は昨日の事件にも深く関わっているようだし、連休中にでも話を聞いたり、現場検証の手伝いをして欲しいというわけだ。多くはないが、謝礼も出すよ。どうだい?」
 中林は申し出の内容を検討しつつ、相手の人物像を分析する。副会長、流・灯矢。元・茨城総長連合最有力総長候補。二年前に突然の就任辞退、その後、生徒会入り。学内、対外折衝など各方面で有能で知られる、か。脳内の知識と照らし合わせても、この人物が姑息な手段でわざわざ自分を騙す必要性も、メリットもない。
「わかりました。謝礼が出るなら願ったり叶ったりですし」
「本当に助かるよ。何せ『所属不明の謎の集団』に、この学園は襲われたわけだからね。学生や職員だけでなく、保護者や御山までうるさくてね」
「『謎の集団』、ですか」
 昨夜のことを中林は思い出す。重騎ごしの対面ではあるが、相互に襲ってきた敵の正体は認識をしていた。
 千葉圏総長連合。数ヶ月前に大規模な騒動と共に、組織としての性格を大きく変えたとの噂が強い。事実、千葉は夢幻都市を名乗り、閉鎖、あるいは交通の規制を行うという一種の戒厳令下にある。
「そうだよ。色々と大変なのさ。……わかってるとは思うけど、君も他言無用で頼むよ」
「わかってますよ。口止めは僕よりも、篠竹にした方がいいと思いますけどね」
 中林は事件とスクープを探して、日夜駆け回っている友人を思い浮かべる。
「大丈夫だよ。彼のとこ、第三新聞部は今回のスクープをものにしてるからね。既に色々取り決めはしてるよ」
「……副会長も、大変なんですね」
「ははは、仕方ないさ。こんな役職の宿命だよ。
 それより、大変だと思ってくれるなら、どうだい? 君も一つ生徒会に入らないか。今なら色々オマケしとくよ」
「遠慮します」
「そうか、それは残念だ」
 即座に否定する中林と、それを予測していたのかさして残念そうではない流。
「それじゃあ話は以上だ。わざわざ呼んで済まなかったね」
「いえ。それでは失礼します」
 席から立つと、中林は一礼して部屋を出て行った。
 中林が退出し、生徒会のドアが閉まると、流は微笑を消し、ふと真顔になる。
「いや、本当に惜しい、残念だな。抑止力としても有効なはずなんだがな。
 中林君、これから大変だぞ。会長、貴女も本当に残酷だ」
 呟き、流は再び書類仕事に戻る。
 書類には、学内選抜会計画書の文字。
 流はそれを修正し、サインをする。
 書類は、残るは会長の承認印のみの状態となり、処理済みの山に積まれた。


 学園都市第八大講堂。一学校単位の学生なら容易に収容できるスペースを持つ講堂である。
 講堂の中には百人強の学生たちが前方付近に雑然と群れていた。
 檀上には教師が一人。身振り手振りとホワイトボードを使いながら何か説明をしている。

 檀上で説明をしているのは、五行科目の有名女教師。本名不明で”講師(インストラクター)”の字名で通る人物だ。刺激的で面白い授業をすることで有名だが、同時に授業内容は難しく時に理不尽ですらある。故に単位取得の難しい授業としても有名である。
「えー、そういうわけで、諸君らも知っての通り本日は全学で講義・授業は、休講か自習となっている」
 彼女が説明している内容は事実だった。
 昨夜の『正体不明の集団』と大規模遺伝詞乱散により、建物や道路など各施設に大きなダメージを受けた学園都市は復旧に追われていた。
「そこで、私は諸君ら風水五行(チューンバスト)の授業を取っている学生に自習と宿題を出したいと思う」
 その途端学生たちから不満の声が一斉に上がる。折角のゴールデンウィーク前倒しが台無しになったとの怨嗟の声だ。
 不満のざわめきは大きくなり、学生たちは口々に勝手な言葉を吐きながら騒ぎ出す。
「うるさい、そこ黙れ」
 講師はホワイトボードに貼り付けてあったマグネットを一つ手に取ると、無造作に学生に向かって放る。
「あ――――!」
 短く大きく、透き通った短音が講師の口から放たれる。
 ――講師・五行技能・発動・遺伝詞破壊・成功。
 宙を飛ぶマグネットが白い光に変じた。絶妙な威力と効果範囲の調整がされていたため、破片が飛ぶ事無くマグネットは跡形も無く消失し、周囲の学生にも直接の被害は無い。ただ、純粋な光と爆風が学生の一団に叩きつけられた。
 光と爆風が納まり、講堂の中には静寂が戻った。
「よし。まあ、今回のは君たちにもお得な話だ。
 この課題をこなしたら、通常の授業単位とは別の風水五行の特別単位をやろう」
 おお、と学生たちから歓声が上がる。習得困難な授業の追加単位が貰えるという太っ腹な提案に、講堂内のテンションが否応なしに上がる。
「それではこれより、課題の内容を説明する――」

「つまりは単位を餌にした復旧活動の手伝いだよなー」
 学生の列に並びながら、中林・英彦は呟いた。
 課題の内容は、風水五行の実地演習とそのレポートだった。
 風水五行の授業を取っている学生は、それぞれ風水師、五行師、全行師らで実習班を組み市街の瓦礫の除去や、施設の修復を行う。そしてその内容を該当地区の衛生課の確認印と共にレポートにまとめて提出するという物だ。
 結局は行政単位の人員投下でも修復が間に合わないために、実習という形で学生を労働に駆りだす方便だった。
 風水五行の補助を行う各種符や、流体燃料カードリッジは申請すれば支給されることとなっていた。
 現在、中林が並んでいるのは備品支給の列だ。まだ風水五行どちらかの力を選んでいない全行師の中林にとっては、補助備品は必須と言っていい物だ。
「中級符セット二束とカードリッジ1ダースお願いします」
 自分の順番が回ってきた中林は、備品配布の手伝いをしている学生に申請用紙を手渡し声をかけた。
「用紙に不備は無し……あいよ」
「どうも……って、伊坂お前何やってんの?」
「お、中林じゃねーか。見ての通り手伝い、バイトだよ」
 備品配布の手伝いをしていたのは、中林の同級生の伊坂・勇介という生徒だった。
「お前、本当にどこにでもいるな」
 中林は若干呆れた声を出す。
 彼、伊坂・勇介は”何でも屋(バイトマスター)”の異名を取るほどに、学園のありとあらゆる場所でバイトをしている学生だった。
「稼ぎ時だからな。それに俺、今日から生徒会の会計補佐見習いだし。この手の仕事に馴れとかんとな」
「お前、生徒会入ったの?」
「人手足りないらしいんでスカウトされた。ほら、後ろ詰まってるから貰うもん貰ったらさっさと行け」
 伊坂は中林に備品を押しつけると、次の学生の申請を処理し始めた。
「どーして俺の周りには、やっかい事をにわざわざ首突っ込みたがる奴が多いかね?」
 平和に過ごしたい中林にとっては、彼や篠竹の行動にはいまいち共感しかねるところが多かった。
 やれやれ、とため息をつきながら中林は自分の実習班(チーム)へ急いだ。


 第八大講堂前。
 行動の前にはこれから実習に出発する生徒たちで賑わっている。

 学生たちで混み合う講堂前で、中林は実習班の仲間を探していた。
「おおーい! 中林、こっちじゃ!」
 ――中林・聴覚/視覚技能・重複発動・人物発見・成功。
 声をかけられた方向を見ると、班員の姿があった。
「ごめん、列が混んでて。待った?」
 中林は謝りながら、小走りで班に合流する。
「おう、待ちくたびれた」
 答えたのは中林を呼んだ声の主。中林とは頭一つ分以上も背の小さい、小柄な少女だ。ただし態度は身長一つ分以上大きい。
 だが身長以上に目を惹くのが、金、紅、白の色彩のコントラストだ。狐耳のカチューシャをつけポニーテールにした量の多い金髪、ボディラインが容易に想像できる対衝撃反射素材(ASRA)製の紅いチャイナ服、そしてそのチャイナ服の深いスリットから露になった白い脚。
「悪かったな。僕はゴンと違って、未熟者なんでね」
 彼女の名は、ゴン。本名ではなく字名で呼ばれる学園都市の五行師だ。中林とは以前から同じ風水五行実習班であり、常に強気で態度も大きく、反比例するように自己主張に乏しく平坦な胸の持ち主だ。能力は高く、その派手な格好と相まって五行科の有名人である。
「未熟者はつらいのぉ!」
 呵々大笑するゴン。だがその笑いは愛嬌があり憎めない。
「はい、それじゃあ三人揃ったところで行きましょうか?」
 そこへ三人目の声。中林とゴンの視線が声の主へ向けられる。
 声の主もまた少女であった。
 名を屋比久・奈央と言う、風水師の少女だ。
 女性としては平均程度の身長、肩まで伸ばした黒髪が大人しそうな印象を与えるが、右目の蒼い色彩、義眼がそれをいくらか裏切っている。制服既定などはぶっちぎりのゴンとは違い、ハーフパンツを着用し、制服の範囲内で無理をせず個性と機能性を両立させている。細身の隠れ巨乳で、秘かなファンも多い。ゴンとは親友であり、ルームメイトでもある。
「はあ、誰かと違ってナオさんは優しいなあ」
「まったくじゃ、誰かと違って行動も早いしのお」
 中林とゴンは皮肉交じりの軽口を叩きあう。
 実習班は中林、ゴン、ナオの三人で編成されている。
「はいはい、お喋りはそこら辺にして、行くよ? 私が言えた義理じゃないけど、二人とも単位ヤバいんでしょ」
 ナオは優しい物腰と人当たりで、この三人の実習班の班長であり、暴走しがちなゴンのストッパー役を務める。
「ギギギ、ナオの言う通りじゃ」
「風水五行選択してて単位ヤバくない奴っているんだろうか?」
「わかってるんだったら、さっさと行くよ」
 二人に声をかけて出発を宣言するナオ。中林とゴンは、一瞬視線を合わせて苦笑すると後を追う。
 中林と五行師と風水師の二人の少女。
 それを見て、両手に花と思う学生は一人もいない。
 二人の少女は花としては、破格の強さと強靭さを持っていることは風水五行科の学生であれば身をもって知っている。
 二人の少女が並んで華やいだ声で会話をしながら、その後ろを少年が続く。
「俺は平凡に生きたいんだがなぁ」
 良くも悪くも話題に事欠かない二人を見ながら、中林が口の中で小さくつぶやいた声は、同行する二人にも聞こえない。
 彼には、自分こそが現在学園で最も有名な学生の一人である自覚は、無い。


 崩壊した工学実験棟のすぐ近くにある大型格納庫。
 内部では黒と青のニ騎の重騎が懸架台座に吊るされている。
 作業台とクレーンが重騎に伸び、作業員たちが取り付いている。
 装甲板や精密部品の交換と触れ合い、ぶつかり合う金属音の中にボーイソプラノの澄んだ歌声が響く。

「Auferstanden aus Ruinen
――廃墟より甦り
 歌声は青い重騎の副座から響いている。
「Und der Zukunft zugewandt,
――未来へ向けて進め
 副座の中には金髪碧眼の少年がいる。
「Las uns dir zum Guten dienen,
――我らは汝に善く尽そう
 少年は唄いながら副座の中で計器とテスターを操作している。
「Deutschland, einig Vaterland.
――ドイツよ、統一された祖国よ
 少年の白く細い指が動くたびに、計器の数字はとテスターの波形が変化する。
「Alte Not gilt es zu zwingen,
――今の課題は苦難の超克だ
 それに合わせるように、重騎の装甲板の隙間から紋章光がわずかに漏れ、明滅する。
「Und wir zwingen sie vereint,
――我らは挙りて乗り越える
 少年がレバーグリップとペダルを操作すると駆動器が微かな唸りを上げ、
「Denn es mus uns doch gelingen,
――成功は必ずや我らのものだから
 コンソールをタイピングし操作すれば、騎体各部の反応が返り、
「Das die Sonne schon wie nie
――太陽はまたとなく輝いて
 タッチパネルをなぞり、叩けば視覚素子が小さく光る。
「Uber Deutschland scheint.
――ドイツを遍く照らすのだ
 最後にコンソールのキーを押すと、副座の中の複数のモニターに『異常無し(オールグリーン)』が表示され、そのまま暗く変わりスタンバイモードに移行した。

 少年、ミハエルが副座から出て格納庫の床に降りると、老主任が声をかけてきた。
「ほー、凄いもんだな。ベテランでも手こずるシステムチェックを、ああもあっさり」
 老主任の言葉には珍しく称賛の響きがある。
「褒めても何も出ませんよ。第一、日本に『魔術師(マイスター)』がいる限り、僕がどんなに頑張ったって二番目以下でしょーが」
「かっかっか、実力があってもあのボンボンはまだ未熟だしな。つーか、おめえさん、奴とも知り合いか」
「蛇の道は蛇、ですかねえ。それにしても荒井さん、人の評価に厳しいって聞いてましたが」
「凌駕紋章(オーバーエンブレム)を完全展開できる重騎師(ナイトストライカー)にケチつける程腐ってねえさ。第一、こいつにとって初めて全ての力を出せたんだろうしな」
 そう言って老主任は、物言わぬ青い重騎”栄光”を見上げる。
「良い重騎ですよ。騎体もそうだけど、何よりもきちんと整備されてる」
「褒めても何も出ねえぜ?」
 少年と老人はニヤリと笑って視線を合わせた後、笑いあう。
 周囲では珍しく上機嫌の主任を、若い整備士たちが気味悪そうに盗み見ている。
「さて、次はこっちのチェックも任せていいか?」
 老主任は隣に鎮座する黒い重騎”荒人改”を指して言う。
 荒人改は栄光に比べると騎体各所の装甲板に歪みや傷が多く、交換の真っ最中だった。
「もちろん! むしろ僕から頼みたいぐらいですね。新型覗けるなんて、これ以上のご褒美は無いですよ」
「こいつも昨日が初陣でな。しかもその上、初めて使う機構も多かったし……ま、てえへんだとは思うが一つ頼むぜ」
「了解」
 ミハエルは答えて荒人改に向かう。
 だが、そのミハエルを老主任が呼び止めた。
「ところでミハエルよう。おめえさんは凌駕紋章は展開できるが、この荒人改はどうよ?」
「意地の悪い質問ですね」
 振りかえったミハエルは苦笑する。
「この荒人改、独逸の言実詞機構とも違う神器、でしたっけ? そんなの組み込んでるわけでしょう。神器を使えない僕じゃ駄目でしょうね」
「ほー、その程度はばれてるわけか。ま、そんなわけで、整備よろしく頼むわ」
 老主任は気軽に言うと、ミハエルに背を向け、格納庫内の整備員たちに檄を飛ばす。
「よーし、お前らあとちょっとで昼飯だ! それまで気合い入れて行け! 午後の模擬戦には意地でも間に合わせるぞ! 人手が足りないところ、手に負えない所は俺を呼べ!」
 老年とは思えないほど張りのある声と機敏な動きで、老主任は鉄鋼の林の中に飛び込んで行った。
「……はー、どこまで知ってんだか」
 それを見送ったミハエルは呟いて肩をすくめる。
 やがて少年は黒の重騎の副座に消え、再び格納庫に歌が響き始めた。



 学園都市の中央を通る大通り。
 大通りには遺伝詞乱散の被害で倒壊した街頭や街路樹、砕けたコンクリート片などが散乱している。

「うわあ」
「これは……」
「めんどくさいのお」
 道路、そして歩道に散らばる残骸を見て、中林達三人は思わず呻いた。
 残骸は車両通行の邪魔にならない程度に片づけられてはいるが、逆を言えば最低限の撤去しかされていない。そのため、歩道には木片やコンクリート片などの残骸が放置されたままだった。
「面倒じゃし、まとめて吹っ飛ばすのが一番じゃ」
「うん、僕もそれに賛成したいけど流石に不味いだろ。主に単位的な面で」
 半ば以上本気で言って神形具の槍を構えたゴンを、中林は投げやりに制止する。
「大変だけど地道にやるしかないんじゃないかしら?」
 若干、無理のある笑顔でナオが二人に話しかける
「うへー、ナオは前向きじゃのー」
「やれる範囲やって、後は吹っ飛ばそう。やるだけのことやれば単位くれるだろ、多分」
 渋々ながらナオの意見に同意したゴンと中林は瓦礫の選別作業に入った。

 約十五分の作業で瓦礫の選別作業を終えた彼らの前には、計四つの山が出来ていた。
 土砂などの山が一つ。
 街路樹の中でも”死んでいない”修復が可能そうな物の山が一つ。
 アスファルトや縁石などの鉱物系の山が一つ。
 そしてどうしようもないと思われるゴミとガラクタの山が一つ。
「ふう、めんどうじゃった」
「何で、俺ばっか、はぁはぁ、異常に、重い瓦礫運び何だよ……ふぅ」
「ごめんね」
「ええんじゃナオ。なあヒデヒコ、男ならこれぐらい出来て当然じゃろう?」
「体育会系じゃないんだけどなー」
 一抱えもあるコンクリート片や街路樹を右に左に移動をしていたせいで、中林は軽口に反論する気力もない。
「中林君、大丈夫?」
「あー、大丈夫。ちょっとだけ休ませてくれれば」
「それじゃあ、ヒデヒコが回復したら本番じゃな」
 荒い息をついていた中林は呼吸が落ち着き、平常な状態に戻ると口を開いた。
「お待たせ、始めよう」
「よし、それじゃあ分担はいつもどおりで行くぞ?」
 神形具の槍を肩に担ったゴンが二人に話しかけ、ナオが言葉を継ぐ。
「ゴンが遺伝詞を分解して、私が整調化。中林君は補助をお願い」
「了解」
「ナオ、今回はどっちじゃ? 普通のか、それともあっちか」
「うん、普通ので行く」
 ナオは答えて腰のサイドポーチから神形具のナイフを取り出した。”割”の名前が付けられたナイフ形神形具は量販品であるが、それゆえに親しまれてきた物で、ナオも神形具として愛用している。刃を覆っていたカバーを取り外して構えれば、陽光を照り返し煌く。
「ヒデヒコ、そっちは?」
「こっちも大丈夫」
 中林も既に愛用の警棒型神形具を展開させ、手には符を幾枚か握っている。警棒型神形具は柄尻に精燃槽カードリッジが装填できるタイプの最新モデルで、一年の秋に人から贈り物として貰って以来使い込んだ物だ。符は講堂で支給されたカードリング式の物からちぎり取った物で、遺伝詞操作を助ける紋章が刷り込まれている。
「それじゃあ、まずは土行からいくで。大体十六万詞階分じゃから、わしだと五行二発じゃな」
「私は普通の使うから、風水三回かな。中林君は詞階どこまで見れるんだっけ?」
「見切りだったら十六万、扱えるのは符の補助込み自己ベスト十万」
 三人はそれぞれの操作可能詞階の確認を行う。
「はぁ。そこまでできるんじゃったら、さっさとどっちかに決めりゃ楽じゃぞ」
「はは……。ま、そうなんだろうけどね」
 ゴンの呆れた声に、中林は肩をすくめる。
「よし、それじゃあわしが最初に十二万。ヒデヒコはナオに六万引き渡しの補助、そんでナオは六万を二回でどうじゃ?」
「ベターだろうね」
「私も賛成」
 ゴンの提示した作業方針に、残る二人が賛成の意を表す。
「それじゃ、いくで!」
 ゴンが神形具の槍を掲げ振りかぶる。そして叫ぶ。
 あ、という単音がゴンの口から放たれ、神形具に己の遺伝詞を共鳴させて行く。
 槍が振り下ろされ切っ先が土砂の山に埋まる。
 ――ゴン・遺伝詞/腕術技能・重複発動・遺伝詞分解・成功!
 白光。
 五行の光に包まれた土砂の山の四分の三ほどが、光の中で塵と化す。
 十二万詞階の土の遺伝詞。
 中林はそれを見据え、遺伝詞の動きを見極める。
 ――ここだ!
 手に持った符を放ち叫ぶ。
 単音のアが遺伝詞と神形具を共振させ、そのまま空中の符に叩きつけられる。
 遺伝詞を揺らす衝撃で符は砕け、中にあった力を解放し、雷撃が発生する。
 ――中林・遺伝詞/腕術/符術技能・重複発動・遺伝詞打撃・成功!
 警棒型神形具の軌跡を延長線上に雷撃の鞭が走る。
 木克土の理に従い、木気を帯びた雷は土の遺伝詞を切り分け、両断した。
 六万詞階づつの土の遺伝詞。
 二つの遺伝詞の渦に中林とナオが同時に動く。
 二人は合唱するように声を唱和。
 それぞれの遺伝詞をナイフと警棒に響かせる。
 ナオのナイフが遺伝子の渦に付き込まれ、中林は追加で放った符を警棒で打撃する。
 ――ナオ・遺伝詞技能・発動・遺伝詞整調化・成功!
 ――中林・腕術/符術技能・重複発動・符術結界生成・成功!
 ナオが神形具を突き刺した遺伝子は硬質化しながら実体化、幾片かの硝子のように澄んだ結晶に分かれる。
 中林が打撃した符は雷撃の鞭と反応しながら防護結界を生成。遺伝詞を包む雷の檻を生み出した。
「第二段、いくで!」
 吠えてゴンが槍をスウィングして残りの土塊を宙に吹き飛ばす。
 同時にナオが土の遺伝子を捕える檻ににナイフで点眼を穿つ。
 ――ゴン・遺伝詞/腕術技能・重複発動・遺伝詞分解・成功!
 ――ナオ・遺伝詞技能・発動・遺伝詞整調化・成功!
 空中で五行打撃を食らった土塊が光に変じると同時に、雷の檻が霧散し結晶片に変じる。
 新たに生じた土の遺伝詞に向かって中林が警棒をゆるやかに振り下ろす。
 ――中林・遺伝詞/腕術技能・重複発動・遺伝詞共振・成功!
 土の遺伝詞は緩やかに震動しながらそれ以上散じて行く事無く、警棒に纏わりついた仮初の姿でとどめ置かれる。
 その警棒の先端に、ナオがナイフを接触させる。
 ――ナオ・遺伝詞技能・発動・遺伝詞整調化・成功!
 澄んだ硬音の響きと共に遺伝詞は新たな掛詞を与えられ、結晶へと姿を変える。
 空中に乱舞する結晶は、陽光に溶ける雪のように徐々にその姿を薄れさせながら元ある姿へ戻って行く。
「さて、とりあえず土はこんなもんじゃな」
「はー、失敗しなくてよかった」
「この調子で行けば大丈夫そうね」
 整調化していく遺伝詞を見ながら、三者三様の感想を漏らす。
「次、金行計十八万詞階、同じ手順でいくで!」
 再びゴンが神形具の槍を振り上げた。


 つくば学園都市生徒会室。
 外から五行師や風水師、重機の動く復旧の音が響く室内に人物が一人。

 生徒会副会長、流・灯矢は仕事をしていた。
 昨夜の後始末、そして今後の動向のために学内外に影響力を持つ彼に課せられた仕事量は多かった。
「よう、灯矢。お前一人か」
 流が書類から顔を上げると、いつの間にか一人の男が生徒会室に入ってきていた。
 男は赤毛を逆立て皮肉気な目つきをしていた。着崩した右袖のない改造制服が妙に似合っている。袖の無い制服の右肩から覗くのは半生体系義腕。手の甲に火を意味する紋章が刻まれている。
「隼人、わざわざ気配を消して生徒会室に入るのはやめろ」
「そう言うなよ。俺だって徹夜で水戸まで行って来たんだからよ。気配を消さないことを忘れたってバチ当たんねえだろ」
「気配を消すのが普通ってのはどうなんだ、火進(ほすすみ)・隼人」
「会長や手前と違って慎ましやかなんだよ、俺は」
 言葉とは全く正反対の格好をした男、火進は口の端を歪めて笑うとパイプ椅子に腰かけた。
「それで、どうだった生徒会広報」
 火進は生徒会における広報を担当する役員である。だが彼が長に就いてからの生徒会広報は、その名の通りに広く報ずるだけでなく情報の収集・分析などを司る情報部門としての性格を強めていた。
「どうもこうもねえよ。クロだな、ありゃあ真っ黒だ」
「証拠は?」
「総長連合に関してなら大体な。千葉と御山はもうちょいかかりそうだが。順調も順調、この調子じゃ会長のくれた四日でも余っちまうかもしれねえ」
 火進は不機嫌そうに言葉を吐き捨てると、制服の内ポケットから煙草を取り出し、一本を抜き取り口に咥えた。煙草の先端を右手の人差し指で弾くと赤く火が灯る。
「その割には不機嫌だな」
「ああ、不機嫌だな。総長連合のサーバーには、俺が二年前に仕掛けたバックドアがまだ生きてやがった」
 火進は紫煙を吐きながら毒づく。
「結構なことじゃないか。そのおかげで証拠が掴めるわけだ」
「だがな、その程度の奴らが、俺たちを敵に回そうとしてる」
「その責任は僕たちにあるだろう」
「そうだな、元次期総長殿」
 火進の言葉に流は苦笑する。
 事実、流は総長連合の次期総長であった過去を持つ。だが、引き継ぎの直前に役目を辞して学園の生徒会に入った。
「君がそれを言うか、元次期第一特務殿」
 火進もまた同様にして生徒会に入った人間であった。学園の生徒会にはあと一人同じ境遇の人物がおり、彼ら三人は御山での総長連合修行時代から付き合いがある。
「俺が言わなきゃいけないんだよ。それが俺だからな」
 火進は煙草を口から離し、携帯灰皿を取り出し灰を落とす。
「屈折してるな、お前」
「お前もなかなかだと思うがな」
 男二人顔を見合せ、互いの言葉に苦笑する。
「ところでそっちはどうなんだ」
「この書類の山が見えないのか」
「うへえ、総長連合よりよほどおっかねえや」
 流との間に机を挟んで林立する書類の山を見て火進はうんざりとした声を上げた。
「わかったら、お前も手伝え」
「断る!」
 断固として拒否する火進に、流は冷静に切り返す。
「なら会長に言うぞ」
「謀ったな流! 汚いぞ! ちくしょうやりゃあいいんだろ!」
 最大の弱点を突かれた火進は机に向きなおり書類に手をつける。
「あと火進、生徒会室は禁煙だ」
 流の言葉と共に火進の咥えていた煙草のズレ落ちた。
 火進は灰と火が書類に落ちないよう、慌てて義腕の掌で受け止める。
 流の手にはペーパーナイフ。
「くそったれ! 一本ぐらい良いじゃねえか」
「会計と文化部担当に言うぞ」
「謀ったな流! 汚いぞ! ちくしょう吸わなきゃいいんだろ!」
 火進は煙草を義手で握り潰す。
 次の瞬間には煙草は跡形もなく焚滅(アッシュ)していた。
「第一、なんでお前と俺だけなんだよ」
 書類を片付けながら火進が聞く。情報を司るだけあって、態度とは裏腹に彼の仕事は早い。
「会長は代表として各所と折衝中で文化部担当はそのお供。会計は被害額の確認と追加予算の申請で飛び回ってる」
「じゃあ、体育系担当の三島は空いてるんじゃねえのか?」
 三島とは生徒会役員で体育系部活を担当する人物で、彼ら二人と御山時代から付き合いがある。
「流石は徹夜開けだな、隼人」
「悪い、失言だった。あいつに書類仕事をやらせるのは間違いだ」
 三島という男は良く言えば豪快な人物、悪く言えば大雑把な人物で学内の揉め事を物理的に解決することに長けている。逆に言うと、それ以外を彼にやらせると碌なことにならない。
「僕もそう思って、午後の準備をさせてる」
「せめて書記がいてくれれば、なあ?」
「……彼女はまだ”塔”だ。第一、僕に言うな。新人に頼るな。仕事しろ」
「へーへー」
 火進は観念して仕事を再開した。
 書類の山と活字の海の果ては、まだ見えない。


 学園都市・TUKUBA”巨大食堂”。
 現在は昼食時と言うこともあり、学生を中心として多くの人間でごった返している。

 風水五行科の学生には、労働報酬としてランチセットの食券が無料で支給されていた。
「ノルマが無いと逆に加減がわからなくてきっついのう」
「実際ノって来るとバリバリやっちゃうしねー」
「まさか午前中だけで符のホルダー一個使い切る羽目になるとは」
 それぞれ名古屋食ランチのひつまぶしを食べながらゴン、ナオ、中林。
「所で篠竹、なんでお前もここにいるんだ」
 いつの間にか隣席でひつまぶしをかき込んでいた篠竹に声をかける。
「英彦は僕にお昼を食べるなっていうのかい!?」
「ひどい奴じゃ」
「食事する自由は誰にもありますよ」
 食事の手を休めて、三者三様の非難が中林に浴びせられる。ゴンとナオの二人も、中林同様に篠竹とは昨年からの面識と付き合いがある。
「いきなり悪者かよ!? そうじゃなくて何で篠竹がナチュラルにここにいるか聞きたかったんだが」
「知り合いがいて席が空いてたから。いやー、新聞部も忙しくてね。折角、お昼取れると思って来て見ればこれだし」
 巨大食堂の中は、普段授業がある時以上に混み合っていた。授業は無いが、それぞれの仕事がある学生が空腹と共に自然に集まってきたため、逆に集中する結果となっている。
「ん? ジュン、お前さんの所も忙しいのか」
「うん。何せ昨日スクープゲットしちゃったし。うちの第三新聞部は事故調査委員会に全面協力要請あるし。まー、体力的な面ではゴンたちの方だろうけどさ」
「大変ねー。篠竹君、がんばってね」
「ありがと。ナオさんも無理しないでね」
 食事をしながら和やかに談笑する三人。
「なんだか三人とも僕の時とはえらく対応違いませんかー?」
「だって英彦だし」
「うむ、中林じゃからな」
「ごめんなさい、そんなつもりは無かったんだけど」
 はあ、とため息をついて中林はおひつからひつまぶしを茶碗に盛ると、付属の出汁汁をかけて出汁茶づけにする。
 諦めの表情で出汁茶づけを食べ始めた親友に、篠竹は声をかける。
「そうそう英彦。忘れてないと思うけど、三時から騎演習場だからね」
「わーってるって……なんでギャラリー背負ってわざわざ負けに行かなきゃいけねーんだか」
「いやいや、やってみなきゃ分からないよ?」
「あのなあ、ドイツから重騎師の推薦枠で留学してきてる奴に俺が勝てると思うか?」
 中林の表情は諦めから呆れへと変化し、それを見た篠竹は苦笑。
「三時からなんぞあるのか?」
「うん。英彦がドイツから来た留学生、僕の友達でミハエルっていうんだけど、彼と重騎戦をするんだ」
 ゴンの質問に篠竹が答える。さらには会場やチケットまで含めた詳細な説明まで始める。
「そう言えば告知の紙が学内掲示板に貼ってあったね」
「そうか、わしは気づかんかったが」
「ねえ、ゴン。どうせだったら応援に行ってみない?」
「まあ、コイツが負ける所を見物するのは愉快そうじゃしのう。でもチケットいるんじゃよな、ジュン」
「ふっふっふっふ」
 含み笑いをする篠竹にゴンとナオから視線が向う。最早、制止すら面倒くさいのか中林は食事に専念。
「じゃじゃーん! S席最前列のプラチナチケットです! しかも刷り立てのホヤホヤ」
「おいおい刷りたてって何だよ、偽造じゃあるまいな」
 篠竹の発言に中林が食事の手を止め、ツッコミを入れる。
「だって、チケット刷ってるの第三新聞部(ウチ)だし。はい、ゴンとナオさんにプレゼント」
「貰っていいの?」
「どうぞどうぞ。学内イベントだから元々値段だって大したもんじゃないし」
「サンキュー、ジュン!」
「良いってことよー。その代り今度何かあった時は一つお力を」
「ジュンお主も悪よのう」
「いえいえお代官様こそ」
 時代劇のようなやり取りをして笑うゴンと篠竹を見て、中林は苦笑をして残りの出汁茶づけを一気にかきこんだ。
 ナオもそんな光景を見ながらにこにこと笑っている。
 それはありふれた、どこにでもある、実に平和な光景だった。
 今は、まだ。


 学園都市のほぼ中心。
 立方体に近いフォルムを持った白亜の建物がある。
 その建物は形状からではなく、機能から”塔”と呼ばれている。
 正式な名を象牙の塔と言う。

 ”塔”は近くに対比物となる建物が無く、ともすれば草原に放置された角砂糖のようにも見える。
 だが実際にはひどく巨大な建物である。
 その巨大な建造物の中の一室。部屋の入口には訓練室の文字。
 その部屋は天井には蛍光灯と採光用の天窓があり、床と四方の壁を軟質樹詞材で覆われている。軟質樹詞材は部屋の使用者と部屋自体の両方の保護を目的としたもので、「象が踏んでも壊れない」という掛詞が言詞注入(インジェクション)されている。
 部屋の中には一人の少女がいる。
 少女は艶やかな長い黒髪を後ろで結び、道着と袴を身につけ自然体で立ち、目を瞑っている。呼吸は深く静か。わずかに胸と肩が動くことで呼吸をしていることがわかる。
 右の手には身長程もの長さがある槌を持っている。鎚は無骨な拵えをしており、小柄な少女の持つ物としては似つかわしくない。
 鎚は先端が床に付き、下げられている状態にある。
 やがて少女は鎚をゆっくりと片手で持ち上げ始めた。
 震えもなく静かな動作でそれは持ち上げられていく、腰の高さまで達したところで左手が柄に添えられる。
 頭上高く鎚が振上げられたところで動きはぴたりと止まった。
 静寂。
 少女がゆっくりと目を開く。伏せられていた切れ長の目にはやはり黒い双眸。
 名を鹿島・ 冬楓という。
 彼女は浅く息を吐くと鎚を振り下ろした。
 床を打つ寸前で鎚が止まる。
 ぴたりと止まった重量のある武具は震えもせず、部屋の空気も静かなままだ。
 続けて同様に振り上げ、袈裟がけに振り下ろし、左から右に振り回して行く。
 一つ一つの動作を繋ぐ始点と終点で静かに止まり、点と点を結ぶ動作は無駄が無い。
 踊り回るようにして鎚が少女の体の周りを旋回し、やがて再び元の位置、頭上に掲げられたところで止まった。
 少女の呼吸はいまだ緩やかなままだが、わずかに肌が上気して朱が挿して注している。
 続けて今度は先ほどの動作をなぞるように、鎚を緩やかに動かし始める。
 一動作に一分以上の時間をかけ、ゆっくりと等速のまま停滞させることなく動かす。
 少女の細い肢体のどこにそんな力が秘められているのか。
 勢いをつけて振り回す以上に腕力と膂力を必要とするであろう一連の動作。だが少女は腕を震わせることも姿勢を崩すこともなく、再び頭上に鎚を掲げるまでをやり通した。
 流石の冬楓も、わずかに呼吸が深く大きくなっており、肌は薄桃に染まり始めている。
 彼女はさらにもう一度先ほどと同じ動作を始める。
 しかし今度は緩やかではない。一度目よりもさらに素早く空を切る音が響き始める。
 同時に足が拍子を踏みリズムとテンポを生み出す。
 鎚を振る動作と足踏みが生み出す拍動は舞踏と呼ぶに相応しい物。
 先ほどは一連で終わった動作がさらに連続していく。
 風を巻く踊りの中、彼女は朗々と詞を謳う。

 運命の糸は車輪に乗って回る
  紡ぐのか 束ねるのか 断ち切るのか
   委ねる手は誰がために

 ――鹿島・金神神器・発動・流体練成・成功!
 プレーヤーを使わない古式の神器発動法。
 流体が彼女の周りで渦を巻き、金属の輝きを見せる。
 鹿島の鎚が振られると同時に、長く澄んだ硬質の打音が響く。
 鎚が空中を打撃すると流体はさらに光を増し、金属質の掛詞を内包していく。
 硬音が連続し、金属化した流体の一次元の線が空中に精製され、さらに糸が織られ二次元の面が出来、布が繋ぎ合わされ三次元の檻が生まれる。
 天窓から差し込んでくる陽光を糸と布と檻が乱反射させ、幻想的な光景を生み出す。
 少女が再び頭上に鎚を掲げ、勢いよく振りおろした。
 一際大きな打音と金属の砕け割れる音と共に流体たちは再び元に戻る。
「ふぅ」
 鹿島・冬楓は大きく息を吐く。
 既に全身汗だくで紅潮している。
 訓練室の隅に置いておいたスポーツタオルで、汗を拭おうと後ろを振り向いた視界が白に包まれた。
「!?」
 反射的に受け取ると冷やされたおしぼりだった。
「お疲れー冬楓ちゃん」
 気がつけば背後のドアの所に二人の女生徒が居た。
 一人は柔和そうな笑顔で、一人は物静かな感じで眼鏡をかけている。
 それぞれ生徒会会計の南谷・沙織と文化部担当の花見沢・彩という。声をかけてきたのは前者だ。
「先輩、来てたんですか」
「おしぼり冷えてて気持ちいいよ?」
「あ、はい。……いらしてたんだったら声かけて下されば」
 鹿島は広げたおしぼりを首筋に当てて冷たさを堪能しつつ言う。
「だって冬楓ちゃん、真剣だったんだもん。ねえ」
「そうね。それに鹿島さんの舞踏はいつ見ても奇麗だし」
「ほ、褒めても何も出ませんよ!?」
 運動からくるのとは明らかに違う顔の火照りを感じ、鹿島・冬楓はお絞りで顔を拭いてごまかす。
「それにしても先輩たちどうしたんですか」
「遅めのお昼休み。私は会長のお供が終わったし、『お姉ちゃん』も一応予算関係ひと段落したから、まだだったら鹿島さんをお昼に誘おうと思って」
 眼鏡の少女、花見沢・彩が鹿島に話しかける。
「冬楓ちゃん、お腹空いてない?」
 同学年の花見沢から『お姉ちゃん』の名で呼ばれた少女、南谷・沙織が冬楓に聞く。
「わ、私は」
 鹿島・冬楓が答えかけた時、小さいが確実な音を立てて空腹を訴える音が鳴った。
「あははははは!」
 二人は声を揃えて笑う。
 鹿島はただただ赤面して俯いてしまった。
「ごめんごめん。それじゃあ鹿島さん、着替えたら一緒にご飯食べに行きましょ」
「はい……!」
 顔を真っ赤にしたまま鹿島は慌てて更衣室へと駆け出した。

 


 

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最終更新:2009年05月26日 00:20