2-2.課外活動
学園は学生たちの学園の授業外での積極的な活動についても、その支援・援助を強力に行っている。
事前の申請があり、使用予定がなければ各種運動場・施設を学生たちは自由に使うことができる。基本的な使用料は無料であり、学生たちの自主性と希望は可能な限り尊重されている。
運動場や視聴覚室以外の、高度実験施設などもその例外ではない。(ただしある一定以上の資格などが必要とされる場合がある)
後述の部活動などは課外活動の筆頭であるが、定期的あるいは不定期的に実施される課外活動もあるので一例を紹介する。
| 10/30 | ハロウィンの部活・生徒会・他学生有志によるカボチャ投げ大会 (別項にて昨年の模様) |
| 2/14 3/14 12/24 他 |
お面同好会による校内全域戦闘訓練 |
| 秋 | エビフライ収穫祭 |
| 不定期 | 格シェルター避難訓練、靴下狩り、芋煮会、餡子入り円形焼き菓子(パンセ・ポンセ)名称決定戦、他多数 |
学園都市・TUKUBA外縁部。
茶色い色彩の広大なグラウンド。白線の跡や掘り返された痕跡以外には、草木の一本も無い。
普段人気の少ないこの場所には、現在多くの人々がいた。
五月晴れの青空の下、赤土のグラウンドの東西両端にはテント張りの仮設格納庫。グラウンドを囲むようにロープが張られ、その周囲に土木研究会が急造した臨時観客席が据え付けられている。
新聞部などにより、大々的に宣伝が打たれた重騎戦が開催されるためだ。
集まった人間の数は、突発的なイベントとしては多く、千人以上はいる。学生だけでなく、教師やその他の人間の姿も見える。
それもそのはず、重騎戦の内容は昨夜の騒動において、妖物と侵入者を相手取って激闘を繰り広げた青と黒のニ騎の重騎という好カード。学園にいる誰しもが目で見て、あるいは放送でその活躍を知っている。
それは破壊された都市と復旧作業と言う辛い作業の中における心躍るイベントであった。
騎演習場は集まった観客を易々と収容する面積がある。
観客席の間を、商魂たくましい購買部や様々な料理部が飲食物を売り歩き、物陰ではトトカルチョすら始まっている。
模擬戦を見物しに来た観客の顔ぶれも様々だ。
ある女生徒は売り子から買った餡子菓子を、赤いチャイナ服を着た友人の口にどんどん押し込んでいる。
またある男子生徒は対戦重騎のスペックや昨夜の戦績をまとめたオッズ表を貼りだし熱弁を振るっている。
重騎戦を見るという口実で、様々な学生が学園生活を謳歌していた。
やがてグラウンドに動きが現れる。
まず先に西方の仮設格納庫から蒼い重騎が姿を現した。
重騎”栄光”。
記乗するは独逸、機甲都市からの留学生、ミハエル・フォン・バウアー。
昨夜、彼が乗った”栄光”は光の翼を展開し天翔け、妖物を屠り薙ぎ払い人々に鮮烈な印象を与えている。
対する東方の仮設格納庫からも黒い重騎が姿を現した。
重騎”荒人改”。
騎乗するは学園都市の見習い重騎師、中林・英彦。
彼と”荒人改”の活躍は、学園全域の放送で強奪された”荒帝”との戦いが中継され、今や知らぬ者がいない。
二騎の重騎の登場に客席から歓声と野次が飛び、興奮が満ちて行く。
重騎の性能で言えば、最新鋭重騎の一つである”荒人改”が上。
重騎師の技量で言えば独逸の留学生が上。
どんな試合となるのか。
観客の期待と興奮が高まって行く。
客席からわずかにせり出した審判席に小柄な老人が入る。
「難しいことは言わん。死なない程度に死ぬ気でやれ。始め!」
老人、学園の重騎整備主任である荒井・弦頌(げんじゅ)が大声を発した。
「中林・英彦の記乗『重騎”荒人改”の記憶槽への書き込み』」
うへぇ、何だってこんなに観客がいるんだ。そんなに俺がコテンパンにされるところが見たいかね? まったく暇人が多いもんだ。
《『中林ー! ちょっとはええとこ見せいよー!!』》
……ゴンか。声でかいって。ナオさんも笑ってるし。ああもう、知り合いに見られんのが一番キツイってのに。
篠竹は格納庫で記乗前に散々冷やかしてくれたし。
いかん、いかん。集中しないとな。
『――中林・重騎技能・発動・広域視界確保・成功』
一気に視界が広がる。
目の前だけじゃなく、天と地両方まで含めて見ることのできる視界。
周囲が広がって、同時に手が届く様なこの視界は重騎師でしか味わえない贅沢だ。
広域視界を展開し、グラウンド中央へ向かって歩を進める。
……それにしても今日はすんなりと広域視界が展開できた。”荒人改”も反応がいい気がするし。
きっと整備の人たちにずいぶん苦労させちゃったな。
グラウンド中央に到着。
《目の前には自然体で”栄光”が立っている。》
互いの武器は騎演習用強化樹詞剣。
『重騎”荒人改”の機構文書(システムメッセージ)』
”栄光”より秘匿通信が要請されました。許可しますか? Y/N
なんだ? とりあえずYES、っと。
『やあヒデヒコ、ちょっといいかな?』
『なんだよミハエル。もう試合始まるぞ』
試合直前になんなんだか。
『うん。まあ君もわかってると思うんだが、僕の方が強い』
『だろうな』
挑発、にもならんよな。事実だし。
『気を悪くしないでくれよ。あくまで「現時点」で、だ。これでも君よりキャリアが上だしね』
『図星突かれたぐらいじゃ怒らないって』
『そりゃありがたい。そこで、だ。この模擬戦にちょっとした内部ルールを設けたい』
『内部ルール?』
突然何を言い出すんだ。
『観客には悪いんだが、僕は凌駕紋章は使わない。例え君が凌駕紋章を使っても、だ。例外としては君が凌駕紋章を完全展開した時ぐらいかな?』
『無理だって解って言ってるだろ』
そんなこと出来たら超一流だろーが。そもそもそんなことできる奴見たこと……目の前にいるなあ。くそ、バケモノめ。
『それで、だ。この模擬戦で僕は君をテストしたい』
『テスト?』
『ああ。君が騎師(カバリエ)としてその騎体に乗るのが相応しいかどうかの、ね』
『なんだそれ。第一、この騎は俺の専用機でも何でもないぞ』
『君は自分の立場というものをもう少し理解した方がいいと思うよ、中林・英彦君』
またそれか。
『ちょっとそれどういう意味だよ、第一テストって――』
『重騎”荒人改”の機構文書』
”栄光”との通信が遮断されました。
何なんだ、一体。
テストとか騎師だとか。
なんで俺の周りはこうやって人に何かと押しつけたがる奴が多いんだ?
そうこうしているうちに審判席に主任の爺さんが入っていた。
《「難しいことは言わん。死なない程度に死ぬ気でやれ。始め!」》
こうなったら、やれるだけやってみるしかないか。
”荒人改”、悪いけど付き合ってくれ。
……よし、行くか!
広大なグラウンドの中央に二体の重騎。
二騎の駆動器が唸りを上げ、観客たちの歓声が大気を震わせる。
”荒帝”と”栄光”は共に模擬剣を眼前に立て、騎師の礼を交わす。
激音。
次の瞬間、二つの巨体が大音響と共に弾かれたように後ろに下がる。
同時に放った樹詞剣の抜き打ちが反発として、両者の距離を開けたためだ。
『中々良い打ち込みだヒデヒコ! だが!』
地表を滑るように跳躍した”栄光”がバックハンドで横薙ぎに剣を振るう。
”栄光”を撃ち落とすべく、”荒人改”は上段からの打ち下ろし。
頭上から降ってくる黒の一撃を、青い重騎は左から右へ剣を振るモーションベクトルに推進力を上乗せし、身を起こしながら高速回転。同時に腕をコンパクトに騎体に引きつける。
結果として、独楽のように回転しながら跳ね上がった”栄光”に対し、”荒人改”は下段からの切り返し。
”栄光”は向かってくる剣に合わせるようにして、回転の勢いを上乗せした剣をぶつける。
斬打の勢いで”栄光”は後方に、”荒人改”は横滑りして弾かれる。
『さあ、それでは始めよう。騎師の戦いを!』
『ごちゃごちゃ訳の分からんことを……!』
同時に地を蹴った二体の巨人が切り結ぶ。
『分かるさ、そしてこれから解らせるさ!』
力が拮抗し、二騎の背翼に風の遺伝詞が流体光と共に集まり始める。
空気が爆発する。
二つの重騎が上空へと跳ぶ。
『――『王』よ、戦場に加護を!』
青の重騎が吠え――
戦場が組み換わった。
青い大気に満ちたものよ
二騎の重騎は一瞬でグラウンドの上空へ戦場を移す。
上昇の過程で再び二騎の距離は離れている。
青と黒の重騎が持つ同型の背部推進器(スラスター)は、重騎単独での空戦機動を短時間ながら可能とする。
両者の背部推進器が風を巻いて唸りを上げる。
空を蹴り肉薄し、斬撃が交差する。
地上と違いその身を支える物が無い空中では、攻撃の衝撃、そして反動がダイレクトに動作へと返る。
二回、三回、四回と攻防を繰り返すたびに推力と作用力の運動ベクトルが、より複雑に合成されていく。
高機動型重騎として再設計された”荒人改”。
「く……そぉっ!」
空を裂き”荒人改”が袈裟がけに剣を振るう。
空戦を前提として設計された”栄光”。
「ははっ!」
”栄光”は自身から見て左上から来る一撃を、寝かせた剣身を左手の甲で支えて受ける。
樹詞剣同士が当たった瞬間、”栄光”は背部推進器を停止。空中で沈み込みながら、接触点を支点として”荒人改”をすくい投げるようにして受け流す。
空中だからこそ可能な動き。
”栄光”は再度推進器を駆動させ、弾かれた”荒人改”を追撃する。
対する”荒人改”も四肢を大きく広げ空気抵抗でブレーキをかけながら、体の捻りと推進器が生み出す推力で強引に回転。
騎師の平衡感覚と騎体のバランサーの合致が生み出す空間機動能力。
重騎という存在に許される空中の舞踏。
両者の空戦機動能力はほぼ互角。
追撃をかけた”栄光”が、樹詞剣を大上段から真っ直ぐに振り下ろす。
対する”荒人改”は真っ向からそれを受ける。
空中で二騎は剣を噛み合わせ鍔迫り合う。
『良く受け止めたね!』
『言ってろ……!』
二つの重騎の背部で大気の遺伝詞が乱舞する。
純粋な力と力がぶつかり合う。
『だが』
ゆえに騎師の差、経験の違いが結果を導く。
『時間切れだ!』
『な、に……? まさか!?』
不意に”荒人改”の推進器が力を落とす。
力が緩んだ一瞬に合わせるように”栄光”は剣を振り切った。
弾き飛ばされ、叩き落とされた”荒人改”は、一直線に地上へ墜落していく。
後を追って”栄光”も降下を開始する。
詞が空間を渡る。
赤い土に覆われたものよ
あわやグラウンドに激突寸前というところで”荒人改”は推進器を全開噴射。砂埃を立て、地面を焼きながら軟着地する。
噴射煙と砂埃はグラウンドを通り、観客席も洗って行く。
「うわっ! ぺっぺっぺ……中林の奴かっこ悪いのー」
「口の中がしゃりしゃりする……それにしても、中林君急に落されちゃったけど、どうしたのかしら?」
砂埃で若干涙目になりながら、観客席で二人の女生徒、ゴンとナオが会話をしている。
グラウンドでは”荒人改”を追って”栄光”が降下、着地。
「どーせあいつのことじゃ。変な使い方でもして、壊したんじゃなかろ、あでっ!?」
急に後頭部に走った衝撃でゴンは言葉を中断した。
「何するんじゃ!? ボ――」
「ぼ?」
「――リングに最近行ってないのう」
叫びながらゴンが振り向くとそこには整備主任の老人がいた。
「俺っちが整備したのがあんぐらいで壊れるかよ。嬢ちゃんたち、ちょっと邪魔するぜ」
老主任は後ろから横に回り込み、ゴンとナオの隣の席に腰かける。武道の授業の講師も務める老主任は、彼女たちとも面識がある。
「主任さん、審判はいいんですか?」
「そうじゃ爺さん。あっちの審判席(シルバーシート)で大人しくしてべきじゃよ」
「うっせ。重騎戦なんてこっからでも見えるだろうが」
再び戦場を地上に移した重騎の舞闘(ダンス)が、観客の前で剣音と共に繰り広げられている。
「それにあそこ周りが無くて冷えるわ、話し相手いないわで嫌なんだよ」
「爺さん、それが本音か」
ゴンが半眼で睨むが、老主任は意に介さない。ゴンを無視しつつ老主任は、菓子を手に持ったナオに話しかける。
「嬢ちゃん、それ摘んでもいいか?」
「どうぞ、一杯ありますから沢山詰めて下さいね。それで主任さん、何で中林君は急に墜落したんですか?」
ナオが観戦用に買った餡子菓子、赤福を老主任に差し出しながら聞く。
「それはだな、オーバーブーストだ」
「息切れってことか、爺さん」
「その通りだ。あの二騎は空戦もできるが、完全空戦仕様じゃねえからな。戦闘機動で飛び続けりゃ息切れする。上空(うえ)じゃ途中まで互角に戦ってるように見えただろうが、実際は中林の野郎が一方的に推進力を使わされてたんだ。ま、年季の差だわな」
赤福を食べながら老主任は解説する。
彼の視線の先では、”荒人改”が”栄光”に連撃を繰り出している。突き、フェイント、切り払い、拳打。一見すると”荒人改”が押しているが、”栄光”は樹詞剣とバックステップ、サイドステップを組み合わせ、その尽くをいなしている。
「余裕だねー」
「遊ばれてるのう」
「性格わりーなあ、あの小僧っ子」
剣戟の音はすれど、装甲を砕く音は皆無。だが、剣を合わせるたび二騎の戦いはより鋭く、より強く加速していく。
「中林よ、圧倒的に強い相手にどう戦う? 何を得る? 見せて見ろよ、ソイツでな」
老主任は諧謔と悪意と期待の混じり合った笑みを浮かべ、新たな赤福に手を伸ばした。
汝を天地と我は名付ける
「中林・英彦の記乗『重騎”荒人改”の記憶槽への書き込み』」
流石、と言うかなんと言うか。
剣が届かない。
想像以上だ。
まさかこれほどまでに遠いとは思わなかった。
”栄光”までの距離も、重騎師としての力も。
樹詞剣で刺突の連撃を繰り出す。武道の講義で、あの話好きな爺さんから叩き込まれた技。
斬撃が線なら、突きは点。しかもそれが重騎の性能で力と精度が増した物ならば、見切りにくさは段違いだ。
それなのに、
《全ての突きが、反対方向から繰り出された全く同威力の突きで止められた。》
狂ってやがる。
刹那の時間、極限のタイミングでなければそんなことは不可能だ。
何か手は無いのか。
広域視界をフルに使って周囲を見る。敵手の動きを、隙を、死角を僅かでも見落とすまいとして。
《『攻撃は終わりかい? ならば次は僕の番だ』》
”栄光”から発せられたミハエルの声が聞こえた時には、騎体が宙を舞っていた。
騎体が空中にあることを認識してから、衝撃が襲ってきた。
この”荒人改”を宙に飛ばした衝撃の正体は、刺突の連撃。さっき俺が繰り出した技の反復(リピート)だ。
ただし、その精度、威力、速度は比べるまでも無い。
技量じゃ遠く及ばない。
背部推進器を一度吹かし、空中で姿勢制御。着地の衝撃を膝で殺す。
そっちがそうくるなら!
『装甲組替”通常機動→全力攻撃用”』
身をたわめて殺した着地衝撃を、逆に反動として地面を蹴る。
『全駆動系最高出力用意』
同時に背部推進器を全開、一気に最高速まで騎体を吹っ飛ばす。
急激な加速に空気が壁となってぶつかって来る。
だがその壁を切っ先で切り裂きながら突撃する。
開けた視界の中、急激に”栄光”の姿が近付く。
届け。
一歩でも前へ。
一瞬でも早く。
衝撃。
渾身の一撃も先ほど同様に止められる。
《『おお――――!』》
構わない。さらに力を入れる。駆動機関を全力で稼働させる。
さっきまで、全く手ごたえの無かった”栄光”を僅かに押し返す感触。
例え遠くとも、手を伸ばし少しでも近付けるならば……!
《『中々の攻撃だ。だが――!』》
”栄光”からも力と意志が返される。
《『まだ足りない! 足りないぞ!』》
”栄光”もまた推進器を全開。力任せに剣を弾かれた。
距離が大きく開く。
《『キミに足りない物、それは!』》
再度の突撃を開始。
《『情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ! そして何よりも――』》
同様に推進器を全開にした”栄光”の突撃が目の前に迫り、
《『覚悟が足りない!』》
衝撃が意識を――
「重騎”荒人改”の機構文書」
衝撃により記乗者との思考接続が0.0007秒分離されました
再接続します
風が雄々しく叫べる場所
グラウンドに隣接した校舎の屋上からは、戦いの様子がよく見えた。
黒と青の重騎が激突し、青の重騎が一瞬早く黒の重騎を剣で捉え、攻撃を叩きこんだ。
”栄光”の突きが相対速度で威力を相乗されて、”荒人改”の胸と首の中間、人間で言えば鎖骨の付け根あたりに当たる。構造上、可動をするためのマージンを取らなければいけないその部位は、装甲が薄い。
装甲と樹詞剣の軋む音が、数十メートル先の屋上でも聞き取れる。
切っ先はそのまま跳ね上がり、顔面構造体を下から打つ。人間であれば、脳震盪は免れない攻撃。
推力を全開にして放った一撃は、大質量の重騎をそのまま中に跳ね上げ吹き飛ばした。
ギャラリーの歓声が風に乗って屋上に届き、さらに遠くへ流れて行く。
屋上入口の扉が、金属の僅かに擦れる音を立てて開く。
軽い足音。
入口から現れた人物は、鼻歌混じりのスキップでフェンス際まで到達し、
「枳殻さん、みーっけた♪」
フェンスの前に立っていた人物の胸を、後ろから鷲掴みにした。
「……D、いやE」
胸を鷲掴みにし、そしてそのまま揉みながら思案する。
胸を揉まれている人物、枳殻・久遠は学園都市の生徒会長、学生を統べる人物である。
「先生、冗談はそれぐらいにして欲しいんですが」
枳殻はため息をつきながら、呆れた声を出す。
「冗談じゃないわ。私は本気よ」
先生と言われた人物、金髪碧眼巨乳で有名な名物学園教師、ナディア・ブライムの非常に真面目な声。
「なら余計にやめて下さい」
気がつけば枳殻は、ナディアの拘束から抜け出し、冷たい目で見つめていた。
「ああん、枳殻さんのいけずぅ。でもそのクールな視線もGood!」
グッドをネイティブな発音でいいながら、ナディアは身体をくねらせる。
「何しに来たんですか、先生」
「そういう久遠ちゃんこそ」
「その呼び方はやめて下さい」
「他に人がいないんだからいいじゃない」
「気分の問題です」
二人はしばし無言。
グラウンドでは復帰した”荒人改”が、再び”栄光”を攻めている。剣だけでなく、密着距離からの拳と蹴りを駆使し、なるべく技量差を縮めるべく奮闘する。
「私は枳殻さん探すついでに、あれを見に来たんだけど?」
ナディアが先ほどの枳殻の質問に答える。
「私も似たような物です。息抜きがメインですが」
「素直じゃないのねえ。見たいなら見たいって言えばいいじゃない」
「別に結果も経過も識ることができますから」
「はいはい。それにしても息抜きってことは、流石の枳殻さんもお疲れ?」
ナディアは愛嬌のあるしぐさで首をかしげる。
「予想よりも早い段階で動いてきましたから。こちらはともかく、御山を黙らせるのに、ずいぶんとカードを切る羽目になりました。先生は?」
「バッチリデスヨん。臨教の方々も快く協力してくれました」
人差し指を唇にあて、悪戯っぽく微笑むナディア。
どこから見ても天使の微笑みだが、一部の人間にとっては悪魔も裸足で逃げ出す笑いであることを、枳殻は知っていた。
「先生のやり方に口ははさみませんけど、無用なトラブルはやめて下さいよ」
「No problem! 下手な気起こさなければお互い楽しいだけですし?」
枳殻はわずかに溜息を漏らすと、グラウンドへ視線を向けた。
「先生、今日から始まります。さっき、流君の書類にも認可印とサインを済ませました」
「それはそれは。あそこにいる私の教え子も使うのですよね」
”荒人改”の攻撃を、”栄光”が空を疾駆して避ける。
「あるものは全て」
「かくして役者は舞台に上り、ですね」
ニ騎の重騎が空を駆け、地を走り、風を生む。
砂が緩やかに舞える場所
戦いは続く。
二騎の重騎が立ち位置を変え、場所を入れ替え、空を舞い、地を這い、敵を打つ。
”荒人改”が拳を繰り出し”栄光”が剣で払い、”栄光”が剣を振り下ろし”荒人改”がステップを踏んで避ける。
一見すれば互角の戦い。
だが見る者が見れば、青の重騎が戦場を支配していることが明確な戦いだった。
青の重騎が作りだす流れ、リズムに乗って戦いが進む。
突き、払い、斬り、避け、叩き、跳び、ぶつかり、離れる。
黒の重騎は必死でそれに抗い、逆に絡め取られて行く。
『それが……それが君の限界かな? それでは僕の所に至るに足らない』
『くっ……!』
彼は前に進む。
”栄光”が牽制の剣を突きだす。
彼は前に進む。
”荒人改”はそれまで避け、防御していた攻撃にあえて踏み込み、装甲の表面に火花を散らせながら肉薄していく。
何とかするために。どうにかするために。
剣を振るう。しかし、既に引き戻されていた青の重騎の剣がそれを迎撃する。
だが”荒人改”は止まらない。
敵がいかなる速度を持っていようとも。
防がれた剣の影から、反対の手で拳打を繰り出す。
しかし、その拳打すら読まれており、逆に”栄光”の蹴りが胴に入る。装甲が軋み、重騎の巨体が吹き飛ばされる。
それでも”荒人改”は膝をつかない。
敵がいかなる運命に乗っていようとも。
脚を大地に付きたて、地面を削り、動きを止め、身を支える。衝撃を膝を曲げて殺し、溜めに変換し、反動で地面を蹴り、疾駆する。
彼は前に進む。
『ああああああああっ!』
吠える。自らを激励し、叱咤し、敵を威嚇する。
装甲が削られてなおその手を伸ばし、敵へ向かう。
その手で敵の障壁を打ち開き、
『そうだ、それでこそだ!』
愉悦を含んだ”栄光”の声。同時に青の重騎は拳を振るう。
互いの間合いの遙か外で突き出された拳。だがスケール比にして人間の四倍以上ある腕が、熟練者の技量で振るわれれば、容易に音速を超え衝撃波が飛ぶ。
空気が揺らぎ、衝撃波が一直線に”荒人改”へ向かう。
黒の重騎は避けない。代わりに身を包む装甲、その中でも特に強度の強い肩を敵に向ける。いかに衝撃が強かろうと、物理的な質量は圧倒的な強度を持つ事を彼は知っている。
着弾の瞬間、踏み込みの足を僅かに強く、勢いをつける。それだけで衝撃波は肩部装甲に衝突し、破裂した。
重なる罠を足で踏みつぶして、彼は前に進む。
既に”荒人改”には余裕は無い。だがそれが行動の最適化と先鋭化を生み、その機動をさらに高速の領域へ押し上げて行く。
『そうだ、ヒデヒコ。その調子だ!』
ニ騎の間合いが重なる。
青の重騎の一撃は、黒い疾風を叩き落とす真正面からの一閃。
彼が振るうは風を防ぐ防護の力。
黒の重騎の一撃は、疾走の勢いを乗せ、拳を突き出しながら抉り込むように放たれた斬撃。
彼が振るうは壁を穿つ攻撃の力。
剣戟がぶつかり、空気が爆ぜる。
両者は激突の衝撃を身を回しながら受け流し、再び間合いを取る。
それは踊りにも似た動き。
ニ騎の重騎の装甲表面を流体の輝きが僅かに流れる。
全力駆動。
凌駕紋章と呼ばれる機構が発動準備に入った証。
彼らの力とは意志の具現。
『戦いの流れを支配しようなどと思うな、ただ流れに乗り、踊り続ければいい……!』
”栄光”の喜悦の声。
”荒人改”の動きからは無駄が消え、より研ぎ澄まされて行く。
汝を天地と我は見据える
「ミハエル・フォン・バウアーの記乗(シュレイブン)『重騎(グレーセ・パンツァー)”栄光”の記憶槽への書き込み』」
中々良い動きになってきたじゃないかヒデヒコ。
《”荒人改”が連撃を繰り出す。正中線への樹詞剣の三連突。》
頭部への一撃は首を動かし、胸部への一撃は剣で受け、腰への一撃は身をひねりかわす。
だが本命は、
《すれ違いざまに”荒人改”が踏み込みの右足をそのまま軸足に使い、左の後ろ回し蹴り。》
勢いと体重の乗ったこいつだ。
だがそれを読んで頭上へ跳躍。推進器をふかして、距離を取る。
《空振りした回転の動きのまま身を伏せ、”荒人改”は地を蹴る。》
着地して、迎え撃つべく構える。
それにしてもヒデヒコは、余裕が無くなるとメッキが剥がれるタイプだよな。でもそっちの方が素と言うか、実力あるんだから性質が悪い。普段はいらんこと考え過ぎなんだろーなー。
《地を這うように駆ける”荒人改”は、更に身を沈める。》
次に来るのは死角からの剣撃、かな。
《下段から剣がまっすぐ上に伸びあがる。》
剣で打ち下ろして迎撃――いや、違う!
《樹詞剣がぎりぎりの位置で空を切り、”荒人改”はその勢いのまま、蹴りを繰り出しながらの後方宙返り。》
蹴りの威力をスウェイバックで軽減する。
やるじゃないか、ヒデヒコ。
《推進器を全開にした”荒人改”が突撃してくる。真正面からの斬撃。》
真っ向から受ける。
激音が響き、互いの樹詞剣が軋みを上げる。
だが体勢が若干崩れているこっちに比べ、あっちは加速を乗せた一撃。徐々に押し切られそうになる。
《「やるじゃないか! それでこそだ!」》
背翼をさらに展開、推力で対抗する。
組み合ったまま互いの推力が拮抗。
衝撃。
《同時に繰り出した蹴りがぶつかり、反作用で間合いが開く。》
いいじゃないか、この感覚。
さて、ならば行かせてもらおう。既に君は質問を受ける資格は出来ている。
『凌駕紋章・紋章列への流体供給を遮断』
約束通り凌駕紋章は、騎師の意志は使わない。だが、
『全駆動系最高出力用意・機関解放』
騎体の力、機甲の叫びを持って君に問おう。
『超過駆動準備・完了』
この攻撃が問いだ。
『超過駆動完全展開開始』
さあ、答えて見ろ!
「重騎”栄光”の機構文書(ゲシュフトリッヒ・シュリフト)」
超過駆動開始のため記乗者との思考接続を0.00007秒切断しました
再接続します
《聖杯は騎師とはいかなるものであるかを問う》
二度と誰かが嘆かぬよう
「中林・英彦の記乗『重騎”荒人改”の記憶槽への書き込み』」
先鋭化された感覚の中で敵の動きを視る。
《”栄光”が樹詞剣を振り上げ、振り下ろした。》
単純な動作。
《樹詞剣の先端は白い飛行機雲を引いている。》
だがそれゆえにその威力がわかる。
《樹詞剣は振り抜かれる過程で空気を破砕し、自らも崩壊した。》
音速超過の斬撃。それが産み出す、真空の烈破。
たったの一動作で引き起こされた風の遺伝詞の咆哮。
それが空を裂き、地を割りながら迫るのを引き伸ばされた知覚の中で認識する。
背後には観客。
絶対に避けることのできない一撃。
『超過駆動準備(フルドライブ・レディ)』
ならば迎え撃とう。全ての力を持って、
『敵戦力に対応するために全兵装・全能力を完全展開開始(フルバレルオープン)。超過駆動開始(フルドライブスタート)』
君の問いに答えよう!
「重騎”荒人改”の機構文書」
超過駆動開始のため記乗者との思考接続を0.0004秒切断しました
再接続します
果て無くつかめぬものよ
「中林・英彦の記乗『重騎”荒人改”の記憶槽への書き込み』」
『記乗者の反射速度、現在にて約二.一倍を計測』
一瞬の時間が急に引き伸ばされ始める。昨夜も経験した感覚。
俺の意志に答えた騎体が、その能力の全てを使ってサポートしてくれている。
《装甲表面で凌駕紋章の幾何パターンが輝き、伝播していく。記乗者の意志に紋章が呼応し、紋章に流体が感応する。》
俺じゃ、凌駕紋章の完全展開は荷が重いだろう。
だが――
《正面から超音速で真空の斬撃が飛来するのが視える。》
全てで凌駕できなくとも、個々の最高値が遠く及ばなくとも、どこかに必ずあるその一点で越える。その為に、どこか一つだけでも相手を上回ればいい!
《騎体が剣を薙ぎ払う動作に入る。》
講義で散々叩き込まれた動き。身体が自然と動く。
だがそれでもまだ足りない。
俺は意志を持ってこの一撃を振るう!
《樹詞剣を持つ右腕全体の凌駕紋章がさらに脈動し輝く。流体が集まり、固体化し、腕を覆い始める。》
これが意志の力、重騎の力、騎師の力、それを束ねる凌駕紋章か。初めての感覚だ。
俺の意志よ、叫べ、現実を凌駕しろ、攻撃を切り払え!
《凌駕紋章”武”の部分発動。
”荒人改”の右腕装甲上に金属質の筋肉が現れ、さらにそれを鎧が覆う。
武人の腕。
腕を包んだ流体はさらに伸張し、樹詞剣にも到達し、刀を精製する。
力を振るい、剣を放ち、敵を払い、そして》
人を護る力だ!
「重騎”荒人改”の機構文書」
凌駕紋章・部分展開
搭載神器・励起状態
凌駕紋章列を経由し、搭載神器を起動します
神器”荒王”起動
記乗者と重騎の複合処理を開始
周囲流体状況に対し干渉を行います
凌駕紋章・神器複合展開
変性凌駕紋章”武”発動します
騎師とは――
《「騎師とは人を護るものなり!」》
意志を詞に載せて吠え、剣を振りきった。
《武人の腕が刀を振るう。
刀は先端から水蒸気の雲を引きながら、内側から発せられた黒い焔に包まれた。
黒い一刀が無音の斬撃を成す。
真空と黒炎が交差し対消滅を起こす。》
ミハエル、これが俺の答えだ。
広く大きく抱けぬものよ
観客席から観えたのは一瞬の攻防だけだった。
青の重騎が大上段から剣を振り抜く同時に、その剣が砕け散った。
烈風が巻き起こり、一部の観客が座席を飛び出し、最前列よりさらに前で武器を構えるか、符を投じるか、何らかの行動を起こした。否、正確には起こそうとした。
その時既に、対峙していた黒の重騎は剣を振り抜いていた。
周囲の光を圧する黒が渦巻くと同時に、グラウンドに静寂が訪れた。
不意に烈風が止み、観客たちの前にあるのは二体の重騎。
しばしの間、互いに攻撃後の姿勢のまま睨み合っていたが、やがて青の重騎が言葉を発した。
《「僕の勝ちだ」》
黒の重騎は攻撃後の姿勢のまま、機能停止していた。
視覚素子に光は無い。
一瞬の間の後、観客席で歓声が爆発した。
我は汝と共にあらんとす
グラウンドに隣接した校舎の屋上。
五月の空はどこまでも高く、青く、風が舞っている。
重騎戦の終了を告げるアナウンスと、観客の興奮冷めやらぬ声はここまで伝わってくる。
グラウンドでは、停止した黒い重騎を青い重騎がグラウンド脇へ運んでいる。
赤土に刻まれた戦闘の痕跡を、吹く風と共に砂が洗って行く。
だが、この場所にそれを見る人影は無い。先程までここに立っていた二人の女の姿は、既に無い。
階段から屋上へ出る扉の脇、普段は扉の開閉で死角となる位置。壁に付着した砂に指で書いた文字がある。
それは欧州に伝わる騎師の詩。
天地の歌。
青い大気に満ちたものよ
赤い土に覆われたものよ
汝を天地と我は名付ける
風が雄々しく叫べる場所
砂が緩やかに舞える場所
汝を天地と我は見据える
二度と誰かが嘆かぬよう
果て無くつかめぬものよ
広く大きく抱けぬものよ
我は汝と共にあらんとす
「ミハエル・フォン・バウアーの記乗『重騎”栄光”の記憶槽への書き込み』」
騎師とは人を護るものなり、か。
《現在位置は、グラウンド脇に臨時で設置された超大型テント内部、重騎用格納庫。
機能停止した”荒人改”を搬送し、カーゴトラックに固定したところだ。》
やれやれ、君からその言葉を出された上に、実践されたら認めざるを得ないじゃないか。
《”荒人改”の副座からは長身の少年、中林・英彦が整備員たちの手で運び出されている。外傷などは特に無い。》
合格だ。
《中林は副座から出されると、マットの上に乱暴に放り投げられた。》
……緊張の糸が切れて気絶したんだろうけど、そこは今後の課題かな?
《重騎から邪魔な付属物を取り除いた整備員たちは、嬉々として整備とチェック、データの吸い出しを始めた。》
やれやれ、僕も記乗を解いて一休みしますか。
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