2-3.部活紹介
学園には公式、非公式を含めた様々な部活動がある。
学園側からの補助、部室の割り当てなどが行われるのは、学生会に正式に認められた公式の部活動だけである。
ただし、非公式の部・同好会などでも、基本的に施設利用などに制限がかけられることはなく、自由で活発な活動を行うことができる。
同好会から部への昇格には、特定分野での実績を上げたり、年に数回行われる部活総合対抗戦で優秀な成績を収めるなど様々な方法がある。
学園の工学部棟の近くにある整備施設を併設した重騎格納庫。
内部では午後の模擬戦で使われた黒と青の重騎が懸架台座に固定されている。
重騎の足元には複数の人影と話し声がある。
「カンパーイ!」
老若男女入り混じった声が唱和し、飲み物の入ったコップが掲げられた。
現在格納庫の中では、昼に行われた模擬戦の打ち上げが行われていた。
普段作業スペースに使われている大型の作業台には、野外用テーブルクロスが敷かれ、その上には所狭しと飲み物や食べ物が並んでいる。購買や学食で買いこんできた物の数々だ。
打ち上げに参加しているのは、模擬戦のスタッフとその関係者、友人、模擬戦を見てやってきた観客など様々だ。
複数の重騎を同時に分解整備できる格納庫も、若干手狭に感じるほどの人間がいた。
その中に少年少女の集まっている一角がある。
「はー、疲れたー」
と、紙コップに入ったスポーツドリンクを一息で飲み干した長身の少年。
「ははは。ヒデヒコ、君は大袈裟だな」
彼と朗らかに笑いながら談笑しているのは背の低い金髪美少年。手には泡立った麦茶風の何かが入ったジョッキ。
「ミハエルと一緒にしないでくれ。本来なら俺なんか、模擬戦に出られるはずないんだからな」
己の身に降りかかった不幸を嘆きながら、中林は紙コップに手近にあったペットボトルからお茶を注ぐ。
「いやいや。凌駕紋章の部分展開だって出来てたじゃないか」
「偶然だよ。ぐ・う・ぜ・ん。第一、俺が凌駕紋章展開できたのあれが初めてだぞ。てーかさ、最後の一撃、俺が避けたり受け切れなかったら、どうするつもりだったんだ?」
「考えてないよ」
「はぁ!?」
「だってキミは騎師なんだろう? それにきちんと受け切ったじゃないか」
「……答えになってねーぞ」
中林は苦笑しつつも、どこか満更でもない表情で照れ隠しにコップに口を付ける。
「ギャァス! なんだこのお茶生臭い!? 魚味!?」
「ヒデヒコ、照れ隠しでもその冗談は少し強引だぞ」
「いやマジだって。マジですごいんだよ。ほら、一口飲んでみろ」
中林は飲みかけのお茶をミハエルに差し出す。
ミハエルはジョッキを近くの作業台に置き、受け取ったコップの中身を口に含むと、
「……」
一瞬苦悶の表情を浮かべ、昏倒した。
「ミハエル!?」
中林はコップの中身をこぼさないよう、慌ててミハエルを抱きとめる。
意識を失ったのは一瞬。小柄な少年は腕の中ですぐに意識を取り戻した。
「ヒデヒコすまない。意識を失った瞬間、独逸創始記(ウンライフゲルマニア)の救世主と真なる竜に会えるかと思ったよ」
「……あれは毒だ」
中林はミハエルを立たせ、作業台の上に乗った毒入りペットボトルを見る。
ペットボトルには『押忍! お茶ァ!! ~マグロ大トロ味~』のラベル。
「IAI商品買ってきた馬鹿はどこの誰だ!?」
「……東洋の神秘だ」
格納庫の一角に作られた給湯室から数人の人影が現れた。
人影は湯気と香り立つ料理を伴っている。
「追加の料理だよー」
「出来たてじゃ!」
「沢山ありますからお代りして下さいね」
小柄な少年、少女、長身の少女がそれぞれ盆に載せた料理を、テーブル代わりの作業台に次々と並べて行く。
「手料理だ……!」「しかも女の子の!」「待て、男の作ったのもあるぞ」「……いや、あれはあれで」「ある!」「ご褒美です!」
整備員を主体とする男性陣が、口々に感想を述べながらテーブルに群がる。
「ほらヒデヒコ、僕らもご相伴にあずかろう」
「ああ、あの毒を料理で解毒しよう」
ミハエルと中林も負けじと、黒山の人だかりとなったテーブルへ向かう。
既にそこは戦場と化している。
様々な意味で飢えた男たちが、少しでも腹と心を満たすべく料理を貪っている。
「英彦、ミハエル! こっちこっち!」
中林が、名前を呼ばれた方向を見ると料理を作った三人が作業台の端に陣取っていた。三人ともピンクの生地にフリルとひよこのアップリケがついたエプロンを付けている。
「ゴン、ナオさん、それに篠竹お疲れさん」
「僕はついでかい?」
小柄な少年、篠竹・純は冗談めかしてむくれてみせる。
「しもんきん、そうむくれるな。レディファーストだろう? さて、それじゃあ料理を……」
ミハエルが朗らかに笑いながら並んだ料理を皿に取り、器用に箸を使って口に運ぶ。
「うん、美味しいね。これは和風パンケーキ……お好み焼きかな? 珍しいな、ヌードルが入ってる」
「そうじゃ! 本場仕込みの広島風のお好み焼きじゃな」
そう言って胸を張ったのは小柄な少女、ゴン。胸を張っていても平坦なのは悲しい現実である。
「これがあの! 日本に来たら食べてみたかったんだ。ハラショー!」
「ははは、もっと褒めていいぞ」
「おい独逸人、それは敵性言語じゃないのか」
感嘆の声を上げるミハエル。得意満面のゴン。突っ込む中林。
「料理に国境は無いのね。はい、中林君」
そう言って中林に料理の皿を渡したのは長身の少女、屋比久・奈央。胸を張らずともゴンより明らかに曲線を描いている。
「あ、ナオさんありがとう。ん……不思議な味だけど美味しいや。このほろ苦いの何?」
「ゴーヤチャンプルーよ。ゴーヤの苦さと、スパムの塩味、卵と豆腐のマイルドさの合わせ技」
悪戯っぽく微笑むナオ。そして背後では整備員たちがスパムの歌を大合唱している。
「わしも料理をしたら腹がへったのう」
「それじゃあ私たちも頂きましょうか」
「僕のも自信作だからどうぞ」
篠竹がゴンとナオに料理を進める。
アボガドのディップ、ジャガイモとコンビーフのチーズ焼き・黒胡椒風、アスパラベーコン、ピータンと豆腐とキュウリの中華風サラダ……給湯室で作ったにしては種類が多く、色鮮やかな料理の数々が並ぶ。
「……むぅ」
「……負けたかも」
二人の少女は若干唖然としつつ料理に手を伸ばす。
「くやしいがうまい」
「ほんと美味しい」
「料理は愛情、ってね?」
篠竹はそう言って自分もお好み焼きやゴーヤチャンプルーに箸を付ける。
既に中林とミハエルは整備員たちに混じり、料理の争奪戦を繰り広げている。
料理、飲み物、会話。それぞれを楽しみながら打ち上げは続いて行く。
格納庫内には弛緩した空気が流れている。
作業台の上の飲食物も残り少なくなり、その場で寝ている者や、引き上げる者、変わらず飲食を続けている者など、それぞれが小グループ単位で勝手をしている。
中林達は、料理の残りを軽くつまみ、飲み物を飲みながら談笑している。
「ジュン、お前さんとこ今回の興行で儲けたんか?」
「うん。これからも儲けさせて貰えそうだし」
「良かったじゃない。……これからもあるの?」
話の内容はとりとめが無く、学業や噂話、昨日の事件など、様々な話題から話題へ会話の内容が移り変わる。
「日本製の重騎は反応はいいんだけど、ちょっと剛性がね。競技とかには良さそうだけど、耐久性とかに不安があるかなー」
「確かに独逸性に比べると、神器機構とかで複雑化してるところもあるからなあ」
漠然としているのに、内容が濃く、されど指向性は無く、翌日になれば忘れ、しかしある時ふと思い出すような会話。
そんな空気を断ち切るように、詞が響いた。
「――――?」
まず最初に空間を渡ったのはホワイトノイズ。
それは構内法奏の前兆。
学園にいる者ならば誰もが知っている現象だ。
続いて詞が空間に展開される。
生徒会室に三人の男がいる。
ホワイトボードの一つには、茨城全域の地図が貼ってある。
「いよいよだな」
構内法奏に耳を傾けながら、赤毛の男、火進・隼人が呟いた。
「ああ、俺たちもそろそろ動かないとな」
残りわずかな書類を処理しつつ、副会長、流・灯矢が答える。
「腕が鳴るな」
三人目の男も朗らかに言う。筋肉質で長身、体格も良いが、手元では書類をチマチマとホチキス止めしている。
名を三島・辰雄。学園内の運動系の部活を管理する肉体派。ホチキス止めをやっているのは下手に書類仕事をさせると、かえって仕事が増えるため、単純作業を流に押し付けられたためである。
「下の奴らはどうすんだ?」
「今回の件は俺たちの仕切りだ。そもそも俺らが捲いた種だしな。彼女らにはこっちの管理と、留守中のあの人の補佐をしてもらうさ」
「ふむ、俺たちは会長の命を果たすことに専念すればいいわけだな」
会長に忠誠を誓い、補佐をする最強の三人。
彼らが今、一つの目的を持って動き始めようとしていた。
流れる構内法奏に格納庫内の注意が集まっている。
枸橘の<声>は空中に流体で印字されて行く。
「痛っ……ぐあ、なんだ、これ……?」
突如脇腹に走った痛みに、中林は苦悶の声を上げ膝を着く。
「中林!」
「中林君!?」
ゴンと奈央の二人が突然その場にうずくまった中林に駆け寄る。
普段なら放っておくゴンすら危機感を覚えるほどに、その声と表情は尋常ではなかった。
「ぐ、うあ……はぁ、はぁ、なんだ……ってんだ」
脂汗を滴らせながら中林は呻く。脇腹が抉られるように痛む。
「中林、その手はなんじゃ……!?」
ゴンの声に手を見れば、手首に真っ赤な傷痕が開いていた。
「血が……!」
奈央の悲鳴に合せるようにして、冗談のように真っ赤な血が手首から溢れる。同時に、中林の脇腹にも血が滲む。
既に痛みで声すら出せなくなっている中林は、むしるようにしてシャツをはだける。
脂汗の浮いた肌。そして脇腹からは出血。
両手と脇腹に溢れた血。そして、
「印が刻まれた、か」
血の赤より紅い刻印がその中心に在る。何らかの意味を持つであろう文字が、刻印として刻まれている。
「何、だと……?」
中林は、ミハエルの呟きに朦朧とする意識の中で、疑問を返す。
「”汝を殺す者は、何人であれ七倍の復讐を受けるであろう”だよ、ヒデヒコ」
刻印が赤光を放つ。
次の瞬間、中林の意識から痛みが消え失せる。
「……っはぁ。何だってんだ? 印?」
痛みだけでなく、溢れていたはずの血すら無い。
その代りに、刻印だけが赤黒く肌に刻まれている。刻印には熾火のように仄かな流体の光がある。
「中林君、大丈夫? 風水は……」
「大丈夫、痛みはもう引いた。それよりミハエル、何を知っている!」
中林は、ふらつく足を叱咤しつつ立ち上がる。
「何も知らない。ただ『解る』だけだ」
「答えになってないぞ!」
中林がミハエルに詰め寄ろうとした時、
「英彦、続きが始まるよ」
篠竹の言葉を継ぐようにして、構内法奏の詞が続く。
格納庫の空中に浮かぶ印字が光を発する。
光が収まった後、その場にいる全ての人物に、中林と同様の位置に同じ刻印があった。
「なんじゃこりゃあ!?」
「私たちにも……?」
ゴンと奈央が己の手を見ると刻印がある。 ただそれは、中林のように痛みを発することもなく、色も流体光の薄い青。
「一体どうなってるんだ……?」
嫌な予感を覚えつつ、中林が茫然と呟く。
ミハエルと篠竹は、何故か黙ったまま苦笑するのみ。
象牙の塔。
学園の中心にあるその建物、その奥深く。
闇の中で、彼女は歌うようにして朗々と語る。
「有資格者全てに印が刻まれました。そして、<特別選考員>にも印があります。
ただし”彼”のそれは選考期間中決して消えることが無く、印もわずかに違うでしょう。
選考期間は本日より七日まで、ゴールデンウィーク中となります。
さあ、それでは今より、選考を開始します。
<特別選考員>は、捕まらないよう頑張りなさい」
暗闇には、言詞加速器の稼働音が重低音の響きが幽かに反響している。
格納庫の空中に印字された流体光が徐々に薄れていく。
「つまり、だ」
服装を整えつつ、中林が呟く。
「良く分からないけど、この印は何かこれから始まるゴールデンウィーク中のイベント用って意味?」
「だろうねえ」
どこかとぼけたように篠竹が応じる。
「そんでもって、<特別選考員>とやらを捕まえれば色々お得ってわけじゃな?」
先程までの心配はどこへやら、ゴンは中林との間合いをじりじりと詰めている。手にはいつの間にか、神形具の槍。
「ねえ、ゴン。<特別選考員>って誰かしら?」
奈央が、リヴォルバーに流体弾をリロードしながら言う。
「わからんなあ? なあ、ミハエル。おんしはどう思う?」
「うーん。わからないねー。どうやら僕らとはちょっと違う印らしいよ?」
ミハエルは手をひらひらと振りながら、ゴンに返事をする。手首には淡い青の印。
「英彦は誰だと思う?」
篠竹が中林に声をかける。視線の先は、中林の手首。そこには濃く赤黒い印。
「俺の予想だと、俺が一番<特別選考員>じゃないといいなあ、って思ってる人」
「お前だーっ!」
格納庫にいた印を持つ全ての人物の叫びが重なる。
同時に格納庫中の人間が、中林に向けて殺到する。
次の瞬間、ゴンが五行を放ち、中林とそれに殺到する人物を吹き飛ばす。
爆発が収まった後にあるのは、累々と横たわる整備員たちと、防御結界符、そして夜へと続く硝子の無い窓だった。
「ちっ、逃げられたか」
ゴンが舌打ちをする。
「そう遠くには行ってない筈じゃな。ナオ、追うぞ」
奈央が頷き、ゴンと共に駆け出そうとした時、
「待て」
二人の前に、老主任が立塞がった。
「爺さん……邪魔する気か?」
ゴンが僅かに構える。
老主任は学園の武道師範が務められるほどの人物。だが二人掛りで攻めれば、倒せなくとも中林の追跡には移れる。ゴンはそう判断する。
「違う。これを治してから行け」
そう言って老主任は周囲を指し示す。
割れた窓ガラス、倒れ伏す整備員、散らばった諸々の物品。
「……はい」
ゴンと奈央は項垂れて返事をした。
「そうじゃ! ジュン、ミハエルお前さんたちも手伝……って?」
いつの間にか二人の姿は消えていた。
学園都市は夜に包まれている。
街路灯が点在する構内の道を歩く長身の人影がある。
つくば学園都市の夜は暗い。無暗に広い敷地に対して、街路灯の数が少なく、それを必要とする人通りは、それ以上に少ないためだ。
「ちくしょう、何だってんだ」
中林・英彦は、陰鬱な気持ちで夜道を歩いていた。わけがわからないことに、<特別選考員>などというありがたくない役を振られてしまった。既に<刻印>の痛みは引いているが、今度は頭か胃のどちらか、あるいは両方が痛くなりそうだった。
文句を言おうにも、この仕打ちをしたであろう学生会長、枸橘・久遠は中林から見れば、遙か雲の上の存在だ。実力、発言力も違えば、どこにいるかもわからない。
「寮へは帰れないし」
不幸なことに、中林が<特別選考員>であることを知っている面子は、知り合いばかり。寮の自室など真っ先に監視が付けられているであろう。
「争奪戦なのが不幸中の幸いかな……?」
『賞品』が中林である以上、半分づつ分けるわけにもいかない。ルールでもその点は保証されていた。つまりそれは、<特別審査員>を狙うライバルが少なければ少ないほど、選抜に勝利する可能性が増えることを意味している。
中林の予測では、ゴンやナオといった追手は、無意味に情報を拡散させないはずと見ていた。
「仕方がない、とりあえず人があまりいなそうな所に行こう」
都市の中心方向、大学と研究施設のあるあたりなら夜間は人が少ないはず、そんなことを思いつつ中林は歩く。
そこで、一つのことに気づく。
「いくらなんでも、静かすぎないか……?」
辺りには人っ子一人いない。それどころか人のいる気配すらしない。それはまるで、
「ゴーストタウンみたいだ……」
それは無いか、と自分の言葉を否定して、中林は歩き出す。歩きながら、考えをまとめるために、思考を独り言という形で言語化していく。
せめて屋根があって雨風の凌げる所で一夜を明かしたい。関東地方といえども、五月の夜はまだ寒い。でも北海道に比べればまだましか。あの地方は、夏でも気温が零度以上になるのは稀に違いない。
「アナタの言葉、間違っていないわ」
女の声が響いた。
「やっぱりそうなのか。北海道恐るべし」
「……そちらでは無いわ」
声の調子は変わらない。
「いや、そりゃそうでしょう。ちょっとした会話の潤滑剤ですよ。いくら北海道でも一桁ぐらいにはなるはずだ。……ゴーストタウンを演出してまで、一体僕に何の用ですか、学生会長」
中林の周囲の静寂は、周囲から概念的に『隔離』されたことで生じた状況だった。そして、こ都市において、そのような事が出来る人間は限られている。
「あら、アナタはわかっているんじゃないの?」
女の声は冷静なまま響く。
「解ってはいませんよ。みんなが買被る程、僕は頭良く無いし、実力も無いですから。予想はできますけどね。ところで、姿が見えないってのは話しづらいんですが」
「失礼したわね。これでいいかしら?」
道の前方、暗がりの中から街灯の明かりが生み出す円の中に、女が歩み出た。
姿を現した女は、黒衣の制服を身につけた黒い長髪の少女。つくば学園都市学生会長、枸橘・久遠。
「それで、予想って言うのは?」
「予想って言うほどの物じゃないですよ。貴女が説明なり、なんなりをするために現れるってことはほぼ確定事項だ。だってそうでしょう? 僕が誰かの所に行って、身分を明かしてリタイアしたらそれまでだ。ゲームオーバー」
「それでかまわない、と言ったら?」
問いに答えた中林に、枸橘はさらに問いを重ねる。
「それはおかしいですよ。それでいいなら僕じゃなくて、何か物品を対象物にするか、他の人を<特別審査員>にすればいい。違いますか?」
「その通りね。じゃあ、何故選ばれたか、答えが欲しいかしら?」
枸橘の表情は変わらない。だが、言葉の端に僅かだがどこか挑戦的な響きがある。
「嘘でも本当でもいいですけど、僕がきちんとこの役目を果たせる程度に納得できる答えがあるのならば」
「その言葉は、<特別審査員>をこのまま続けるという意思表示として取っていいのかしら?」
「その言葉は、<特別審査員>から降りられるという意味ではないでしょう?」
沈黙。
「不思議な人ね、アナタは」
先に沈黙を破ったのは枸橘だった。
「はあ、何故かは知りませんが似たようなことをよく言われます。僕としては、ごく平凡だと思うんですが」
枸橘が苦笑とも微笑みとも取れる表情をする。中林の知り得ないことではあるが、枸橘を知るものであれば驚愕すべき事態だった。
「いいでしょう、説明をします。まず実際的な理由としては、アナタは昨夜、既に今回の件に関して後戻りができないところまで踏み込んでいます。なので、アナタには今回の事件に最後まで関わって貰いたいと考えています。つまりこの件に関わるには、最低でもアナタと同等以上のレベルの人材でなければいけない」
「は!? ってことは、僕のための選考なんですか」
中林はここで初めて、いつの間にか自分がとんでもない事態に巻き込まれたいたことを知った。
「アナタだけの、ではないわ。ただ、一側面としてはその通りよ」
「僕が最後まで関わるのは、義務ですか?」
「権利よ。もちろん放棄できる、ね」
「その権利で僕は何を得ることが出来ますか?」
「このことについて、全てを知る権利を」
再び、沈黙。
「わかりました。期待に添えるかどうかはわかりませんが、出来る限りのことをしましょう。……考えてみれば、生徒会室で副会長さんの質問に答えた時点で、こうなることは決定してたみたいですし」
「引き受けてくれたこと、感謝するわ」
枸橘の言葉に、中林は苦笑。
「ここまで来て後は知りません、ってのもスッキリしませんしね」
「生徒会はアナタの支援を出来る限りの範囲で行うわ」
「そりゃありがたいですね。……それじゃあ、早速いいですか?」
「何かしら?」
「今夜一晩でいいので、どこか寝られる場所知りませんか? 頑張るのは、明日からってことで」
「……」
三度目の沈黙が訪れた。
静寂の学園都市を少年は歩いている。
中林は枸橘から教えられた場所――研究区画の一角、白く大きな建物――へ向かっていた。本来なら中林は入ることが出来ない建物だが、特例として最も浅い階層に入れるようにしてくれるということだった。
「やれやれ、これで今夜の寝床は確保できそうだ。それにしても、権利と義務ってのは恐ろしい」
枸橘の言葉によれば、このことに限らず、現在の中林は<特別審査員>であるため、学園都市内では準生徒会役員並みの権限とのことだ。
「まあ、なるようにしかならないよな」
中林は深く考える事をやめ、ゆっくりと指定の場所へ向かう。今だに『隔離』の効果は続いている。
「そういえば、実際的な理由、とか言ってたな。ってことは他にも何か理由があるのか……?」
疑問に思うも、答えは出なかった。
白い床、白い壁、白い天井。
空気の匂いはどこか薬臭くてむずむずする。
病院はどこでもそうだ。
窓の外では蝉がうるさいぐらいに鳴いている。外は明る過ぎて、目がちかちかするぐらいくっきり色んな物が浮かび上がって、逆に嘘っぽい。
暑そうだ。
病院の匂いとか雰囲気はあんまり好きじゃないけど、外の暑さよりはずっといい。
廊下を歩く。
時々看護婦さんとすれ違ったり、入院患者の人とすれ違ったりする。
僕を見て、不思議そうな顔をする人もたまにいる。
確かに僕は怪我も病気もしてなから、入院患者じゃない。
今は九月。夏休みも終わってるから、僕みたいな子供はこんな昼間には学校に行ってるのが普通だ。
普通なら。
とりあえず暇だから病院の中を歩き回ってみるけど、あまり面白くない。
病室に入って行くわけには行かないし、外は暑い。
……やっぱ、お爺ちゃんの家で留守番してた方が良かったかな。
病院のロビーに行くと、順番待ちの患者さんたちが沢山いる。ロビーには大きなテレビがあって、それを見ている人も多い。
テレビの内容は最近ずっと同じだ。
東京閉鎖。
先月に閉鎖された東京のニュースと特集番組をずーっとやってる。外国の軍隊とか凄い人達が来るとか来ないとかで大変だとか、国連が新しい制度を作るとか、そんなことばっかりやってる。
いつもならそんなのを無視して、アニメを放送してくれるテレビ局は、閉鎖された東京の中だ。
……僕の家族や家と一緒に。
どうしてこうなっちゃったんだろうなあ。
何だか落ち込みそうだから、ロビーから離れることにした。
この病院は、お爺ちゃんが院長ということもあって、昔から良く探検をしていた。
でも馬鹿みたいに広いこの病院は、いつもどこかが工事してたり入れなかったりで、来るたびに違う病院みたいだ。
今居るのは、敷地の一番奥の辺り。
普段はあんまり入ったりできないけど、東京のことでみんな忙しそうにしてるせいか、結構あっさり入ることができた。
内装も何だか他の所よりもしっかりしてるし、あんまり病院ぽく無い。
「漫画とかに出てくる研究所とか秘密基地ってこんな感じだよな……」
ホテルみたいにきちんとしてて豪華な待合室っぽいところもあるのに、なんだかがらんとしてて変な感じだ。
部屋の中を見てみたいけど、どこも鍵がかかってるみたいで入ることができない。
それでも今までとは違う感じは面白い。
廊下を歩いたり非常階段で階を移動してみたりしても、誰とも会わないのが不思議だけど。
そんな風に色々見て回っている時だった。
「――あなた、誰?」
後ろから急に声を掛けられた。
「あっ、えっと、その……道に迷って」
怒られるような気がして、恐る恐る後ろを振り向く。
「……?」
でも誰もいなかった。
声をかけてきた人は、後ろにもどこにもいない。
「こっち」
また声がした。同時に、今まで進んでいた方向の先、声と一緒に天井の蛍光灯が点滅した。
「……え?」
「え、じゃなくてそのまま真直ぐ」
「えっと、うん。わかった」
声はよく聞いてみれば、女の子の声だ。同い年ぐらいかな?
声だけの女の子の正体が気になったので、言われる通りにする。
歩くとそれに合わせるようにして、蛍光灯が点滅する。
不思議だけど、面白い。
「ここよ」
廊下の突き当たり、一番奥の扉。声がすると同時に、電子音が鳴って、扉の横にあった赤いランプが緑に変わった。
「うお、すげえ」
「入っていいわよ」
「お邪魔します」
声の子から許可が出たので、大きな扉を押すとあっさり開いた。
扉の中は真っ白な部屋。
でも所々に色んな機械とかが置いてあって、奥には大きな硝子窓。
その手前にベッドがある。
「いらっしゃい。あなた、誰?」
ベッドの上には一人の――
採光用の大きなガラス窓から朝日が差し込んでいる。
朝日の当たる位置、ソファーの上に寝ている少年がいる。
「う、ん……」
顔に当たる朝日の眩しさに顔をしかめ、中林・英彦は目を覚ました。
「あれ、ここは……そうか」
中林は寮室以外で寝ていることをいぶかしむ表情を一瞬浮かべ、避難所として生徒会長に支持された、研究施設の一階ロビーで寝ていたことを思い出した。
「えらく懐かしい夢を見たような……」
ソファーの上で寝ていたために強張った身体を解しながら立ち上がる。
寝ている時に潰さないように外し、近くに置いてあった眼鏡をかけると視界がはっきりとする。
視界がクリアになって行くと同時に、頭も動き始め、自分の置かれたどうしようもない状況も思い出す。
「<特別審査員>ね……」
寝起き早々、嫌な事を思い出し顔をしかめる。
「まあ、悩んでもどうしようもないか。なるようになる……といいなあ」
中林は、気持ちを半分ぐらい切り替え、寝るために脱ぎ捨てていた靴を履く。
靴を履き終えると、身体を軽く動かして解しながら歩き出す。
無人のロビーを抜け、出入り口の扉を開けて外に出る。
外は朝のどこか冷たく張りつめた空気が満ちている。
「ありがとうございました」
研究施設に振り向いて、小さく呟く。
「さて、とりあえず朝ごはんかな?」
腹が減っては戦ができぬとも言うし、内心そんな事を思い浮かべながら、中林は食堂へ向かって移動を開始した。
学園都市・TUKUBA”巨大食堂”
ゴールデンウィークの朝にも関わらず多くの利用者で混み合っている。
五月三日。
世間ではゴールデンウィークに突入したというのに、学園都市の食堂はいつもと変わらぬ、もしかすればいつも以上に盛況だった。
例年通りであれば、ゴールデンウィークに帰省する学生たちである程度人は減るのだが、今年はそうはならなかった。
理由は簡単。
昨日の夜に発表されたイベントのせいだ。
ゴールデンウィーク間の一時的な外出と、以降の外出権を含めた各種特権。そのどちらを選ぶかは個人の自由だが、後者を選んだ学生たちが圧倒的に多い。
そして何より学生たちは、イベントごとに飢えていた。
と、そんな事実を整理、確認して中林はため息をつく。
彼は元々ゴールデンウィークも学内に留まる居残り組であるし、普段ならちょうどいい暇つぶしとして、このイベントにも参加したかもしれない。
だが、今の彼は参加者の一歩先、ある意味ではイベントの主役だった。
中林は手の刻印が周囲に見えないよう、袖口で隠したままだ。
……厄介なことだ。
再び溜息をつきつつ、食券を購入。
Aセット、おむすびセット改め期間限定・天むすセット。
「うむ、捨てる神あれば拾う神あり」
中林はそう呟いて、天むすセットの載ったトレイを持ったまま空席を探す。
彼が食券を持って行くと、食堂のおばちゃんは何故か天むすを一つサービスで増やしてくれた。
中林はそのことを喜びつつも、食堂のおばちゃんにまで同情されるようになった自分を思い、少しだけ切なくなる。
余程、同情したくなるような顔をしていたのだろう。
件のイベントのせいか、食堂内の空気はどこか張りつめている。
やがて中林は食堂の中に見知った顔を見つける。都合のいいことに、その人物の対面は席が空いていた。
「純、ここ邪魔するぞ」
席に座っていたのは悪友の篠竹・純。
中林がトラブルに巻き込まれる原因の大半を占める彼ではあるが、彼は中林をトラブルの起こる状況に落して楽しむタイプなので、本人から直接危害を加えられる可能性は低い。
ゴンやナオ、ミハエルと言った面々もいないので、安全は確保されている。
篠竹は、対面に座った中林を、彼には珍しく驚いた顔で見上げてから、表情を崩し苦笑した。
「英彦、君はいつも予想を上回るよ」
「はぁ、なんだそりゃ。そりゃこっちの台詞だ」
軽口を叩きつつ、中林は天むすを頬張る。疲れと飢えのせいか、天むすはこの上なく美味しく感じられた。
「時に英彦」
篠竹が天むすにがっつく中林に声をかける。
「うん?」
口の中の天むすを飲み下し、返事。
「新聞は読んだかい?」
「読めるわけねーだろ。寮にだって帰れてないんだぞ」
「だろうねえ……ほら、第三新聞部(うち)の朝刊」
「ん、サンキュ」
中林は、天むすを赤出汁の味噌汁で流し込みながら新聞の一面を開き、
「ゴフッ」
吹いた。
新聞の一面には、学内選抜開始! の大見出し。
それはいい。
問題は、その紙面に大写しになった人物。
学内選抜の<特別審査員>が顔写真とプロフィール付きで掲載されていた。
「篠竹さん」
「はい、何ですか中林さん」
「これは何ですか」
「これは新聞です。私は新聞部なので、新聞を作っています」
「それは知っています。何でこの新聞には写真が載ってるのですか?」
「特ダネを手に入れたからです」
「これは誰ですか?」
「中林・英彦、あなたです。」
「わかりました。でも私はあまり嬉しくありません」
「何故でしょうか?」
「大変なことになると、私は予想するからです」
二人は、英語の教科書の下手な和訳のような会話を交わし、沈黙。
周囲を見ればさりげなく、学生たちが近付いてきている。
「英彦」
「純」
「頑張ってね?」
「じ・ご・く・に・お・ち・ろ」
次の瞬間、
「捕まえろー!」
学生たちが叫びと共に中林に殺到した。
中林は、最後の一つの天むすを口に咥え、テーブルを下から蹴りあげた。
テーブルが持ち上がり、中林の右前方に横向きの壁を作る。
遮る物の無くなった対面では、座ったままの篠竹が食事の載ったトレイを抱えていた。その表情は、明らかに面白がっていた。
友人のいつもの表情に、ある種の恐怖を覚えながら、中林は壁となったテーブルの裏に蹴りを入れる。
テーブルが吹き飛び、学生の群れに突っ込む。
飛んできたテーブルを受け止めた学生たちから悲鳴。
中林はテーブルを追いながら駆け、もう一発テーブルを蹴る。
そしてそのままテーブルを学生ごと踏みつけ、跳躍。
学生の包囲を抜ける。
後ろでは殺到した学生たちが同士打ちをしているのが、気配で感じられた。
一瞬中林の脳裏を、自分同様に包囲の中心にいた篠竹のことがよぎる。
だが、すぐにその心配を否定する。
あの程度でどうにかできるような、生易しい手合いではない。篠竹は、ある意味昨夜の千葉圏の奴らよりも、遙かに恐ろしい相手だ。
食堂のテーブルの隙間をジグザグに縫い、あるいは椅子を踏み台に飛び越えて、中林は一目散に出口を目指す。
「ごちそうさま!」
食道のカウンター前を通り過ぎながら、中林は叫ぶ。
「食器下げるのは免除したげるよ!」
「ありがと!」
カウンターからの声に叫び返しながら、疾走。
騒ぎを聞き付け食堂に入って来た学生の横をすり抜け、外へ。
中林の一日はこうして始まった。
中林を追って学生たちが外に出ようとした時、無数のフォークとナイフが出口の周囲に突き立った。
先頭にいた学生が慌てて立ち止まると、後続がそれに追突、玉突き事故を起こす。
他の学生たちが、それを迂回し出口に殺到しようとした次の瞬間、飛来した無数の箸が彼らを突き、抉り、地へと倒した。
一瞬で学生たちを倒した人物が口を開く。
「ごちそうさまはすませたか? 食器の片付けは? 散らかした食堂の片づけをする心の準備はOK?」
食堂の支配者、学食のおばちゃんたちの言葉の前に、学生たちは無力だった。
つくば学園高等部。
少年が走る。
彼と共に大勢の足音と声が移動している。
中林が走る。
後ろには追跡者の生徒たち。
校舎の扉、窓の前を通過するたびに新たな生徒が飛び出してきて追走に加わる。
「お前ら、少しは容赦しろーっ!」
「問答無用!」
声を揃えて叫ぶと同時に、生徒の一団から攻撃が飛ぶ。
――中林・回避/脚術技能・発動・サイドステップ・成功!
衝撃符を横に跳んで回避。
生み出された衝撃波に突っ込んだ数人の生徒が吹き飛ばされ、後続を巻き込む。
生徒達は倒れた生徒を跨ぎ、あるいは踏みつけ中林を追う。
続いて飛来するビー玉程の大きさの水の飛礫。
神器の力で生み出され、掛言葉と加速が付けられた水は十分な威力をもった質量弾となる。
――中林・脚術技能・発動・加速・成功!
走る足に力を込め、加速のギアを一段上に。
足跡を追うようにして水が地面に着弾。水たまりを作る。
――中林・心理/全行師技能・自動発動・危険察知・成功!
ここ数日ですっかり鍛えられた危険を感じ取る能力、別名・嫌な予感が背筋を這い上がる。
全行師の感覚。視界の端で空気中に詞階の変化を確認する。
――中林・鉄帝神器・対抗発動・流体変化・成功!
反射的に励起状態だった神器を高速展開。神器の力で流体から鉄棒を生成。
次の瞬間、乾いた破裂音と共に雷撃の槍が鉄棒に炸裂した。
空中で雷撃を食らった鉄棒はそのまま落下。落下する先は、地面の水たまり。
「あばばばばばばばばば!」
生徒の集団が、水たまりを通じて流された電流をもろに食らう。
後続の生徒は感電した一団を大きく迂回して回避。
中林と追手の間が僅かに開く。
それを確認すると、中林は速度を落とさないまま校舎の角を曲がった。
追手の一団も、同じく校舎の角を曲がる。
そして、戦闘の生徒がそれを踏んだ。硝子の砕けるような硬質な音。
「?」
追手の生徒が見ると、そこには地面に符がばらまかれていた。刻まれた掛詞は「閃光」と「轟音」。
次の瞬間、文字通りの効果を発揮しながら、そこにあった符が連鎖誘爆を起こした。
「――――!」
悲鳴すらかき消される光と音。人間の行動能力を無効化するには十分な一撃。
光と音が収束した時、そこに中林の姿は無かった。
少年が学内を走る。
行きついた先はつくば学園中等部。
先日の作業の時に入手した符を使い、中林は追手を撒いた。中等部の敷地まで逃げ、走る足をとめ、歩きへと変えた。呼吸を整えながら歩く。
ここなら自分を知る生徒たちも少ないはず。
そんな希望的観測を抱きながら、歩を進める。
念の為、不意打ちに備えてプレイヤーで再生する神器を、鉄系から発動の早い砕系へ切り替える。
制服姿の女子生徒の四人組とすれ違う。四人組はお喋りに夢中で、中林を見ようともしない。
しかし、嫌な予感を覚えた。
顔だけを後ろに向けると、すれ違ったばかりの四人と目が合った。
一人、ベリーショートの少女。肩からかけていたテニスバッグから大振りの樹詞製模造グルカナイフを抜刀。
一人、ショートカットの少女。ヘッドホンを頭に神器を発動。両手に氷の刃。
一人、セミロングの少女。同じく神器を発動。風が渦巻き髪とスカートがはためく。
一人、ロングヘアでメガネをかけた少女。両手の指の間に符を挟み、投擲体勢へ。
中林と四人の間に、緊張と沈黙が落ちる。
「時に」
「中林先輩、なんでしょうか?」
中林にベリーショートの少女が応える。
「スカートでの運動はお勧めできないと思うのだが」
少女が動く。踏み込みからの、体全体を回すような抜き打ち。中林は、叩き付けられたグルカナイフを警棒で防ぐ。
「安心して下さい」
ベリーショートの少女は、武器同士の接触点を支点にして回し蹴り。スカートの裾がひらめき、捲れあがる。
「スパッツはいてますから」
伸びてくる足をスウェイバックでかわす。
ベリーショートの少女と距離が離れた瞬間、氷の刃が飛来。
さらに後退して避けたところで、空中に向かって警棒を振り抜く。
破裂音が響き、烈風が生まれる。
「何で!?」
凍王神器氷の刃を囮に、風王神器の不可視の風の刃を放つ、連携時間差攻撃を見切ったことに対し、セミロングの少女が疑問の声を上げる。
中林は左手で眼鏡のブリッジをわずかに押し上げながら、
「悪いけど一応、全行師なんでね」
――中林・砕帝/棒術技能・重複発動・破砕打撃・成功!
同時に詞を放ち、神器を起動。
死角から回り込んでいた符をまとめて砕き落とす。
そのままの勢いで、地面を打撃。
硝子を連続して砕くような音と共に、地面が破裂。風と砂埃を生む。
四人の少女が悲鳴を上げる。風でスカートもはためく。ショートヘアーとセミロングが短パン、ロングが絶滅危惧種・ブルマー。
砂埃が晴れた時、すでに中林は逃走していた。
少年が学内を逃げる。
逃げる先々で様々な人物が彼の前に立ちはだかる。
「つくば第三新聞部のインタビュー『甲式野球部主将の証言』」
ああ、あの野郎は前から目つけてたからな。
だってよ、風水五行科の狐娘(けもっこ)と銃使い(ガンスリンガー)とよく一緒にいやがるは、他にも色々騒動起こすわ。
しかもつい最近なんて重騎に乗って大暴れだろ?
そんなわけで恨み妬み八割、装甲式野球部の宣伝二割って感じで寄ってたかってボコりに行ったわけよ。
この選考会であいつをとっ捕まえりゃ学園で名が売れて地位が上がるわけだし。
得物?
そりゃバットに決まってるだろ。最初っから乱闘用の重金属バットで行ったぜ。
いいとこまで追いつめたと思ったんだが、ピッチングマシーン奪われてなあ。
しこたま甲球ぶつけられたぜ。
ピッチングマシーンの安全装置外しといたのが災いしたな。ハハハ。
……思い出したらムカついてきた。
こうなったら赤バットの封印解いてぶん殴りに行くか。試合中の事故はルール上OKのはずだしな。
しかし、あいつ逃げ足は速いな。妙に場慣れしてる感じっつーかよ。
そんじゃ俺たちは追撃かけるんでな。
捕まえるのは俺たちだから、特集枠残しとくといいぜ!
「初等部五年寅組の宿題『感想文・今日のできごと』」
わたしたち五年とら組は、かがい活動でせんばつにさんかしました。
先生が
「もしかしたら目ひょうにあえるかもしれないぞ! そうしたら後ろから、っていうか前後左右上下全部からうってやれ! ころせ! 血まつりにあげろ!」
と言っていました。
わたしは本当に会えるとは思っていなかったのですが、校庭のすみにかくれているのを見つけてしまった時はびっくりしました。
ベンチに座りながら、
「ちくしょうだれがこんなことを。何でこんな目に会わなけりゃいけないんだ」
とか何とか言っていました。
でも問答無用です。
勝負の世界はきびしいと授業でも教えてもらいました。
クラスのみんなでまわりを囲んで授業で習った術や技能をたたきこみました。
見敵必殺。
あへっど! あへっど! ごー、あへっど!
死してしかばね拾うものなし。
私はこの前の授業で習った「神器」を初めて使ってみました。人に。
私たちが小学生だからでしょうか。目ひょうのお兄ちゃんは、ぼうぎょはしても反げきはしてきませんでした。
あの人はその甘さが命とりになると思います。
「ブルータスお前もか!」
とかなんとか言っていました。
皇帝気取るのには十年はやいと思います。
悲鳴とか文句を言いながら逃げていく姿は、犬ちくしょうそのものでした。
すっごくゾクゾクしました。
明日は他のクラスの友だちもさそって行きたいです。
●「つくば学園都市非公式掲示板『実況スレッド』にて――――●
「」:<特別選考員>が大学図書館で目撃されたらしいぜ。
「」:図書館? なんでまた。
「」:知るかよ。誰か捕まえに行くやついないのか?
「」:働きたくないでござる!
「」:じゃあオフで集まって狩りに行こうぜ!
「」:そうやって俺がオフに行くと俺一人しかいないんだ……。
「」:お前は俺か。
「」:俺にいい考えがある。
「」:司令は黙ってて下さい。
「」:大
「」:空
「」:魔
「」:てめえ!
「」:結局誰も行く気無いんじゃねえか!
「」:だってGWだぜ。休んで電詞都市でも行った方がいいって。
「」:じゃあ追跡オフ参加者は大食堂の正面入り口に集合な。
「」:おい! 大学図書館で哲学書が暴発したってよ!
「」:犯人は<特別選考員>だとよ。
「」:うわあ、対抗技能持ちじゃねえと一発で眠らされるな。
「」:追跡に来てた脳筋系が全滅だとさ。
「」:今度はSFが暴発したってさ。
「」:<特別選考員>は鬼か。あそこら辺を情報汚染するつもりかよ。
「」:SFを悪く言う奴は俺が出て行ってベーコンのフライにする。
「」:今度はムーが暴発したぞー! しかもご丁寧に読者交流ページまで!
「」:ダメ押しだな。
「」:妖物とか出てるんじゃねえか?
「」:風水科が出動したらしい。
「」:<特別選考員>はテロリストかよ。
「」:大! 空! 寺!
「」:やめなよ一人大空寺。
「」:ケータイから書きこんでるんだが、大食堂前俺しかいないんだけど……。
つくば学園都市外縁部。
日は既に落ち辺りは薄闇に包まれている。
等間隔に並ぶ街灯の明かり。
そしてその中にひとつぽつんと赤い灯りが燈っている。
暗がりの中から歩いてくる長身の人影がある。
人影は周囲を警戒しつつ歩いているが、疲労の滲む足取りは重い。
そのまま人影は赤い灯、ラーメンの屋台の提灯に向かって歩いて行った。
「いらっしゃい……ん? なんだ、中林君じゃないか」
「客に向かってなんだはないでしょう。相変わらず流行ってませんね」
「ははは、うるさいほおっておけ。スープに叩き込んで出汁取ってチャーシューにするぞ」
「僕は食うとこ少ないですし、きっと旨くないですよ」
人影、中林・英彦は屋台の店主と挨拶代わりの応酬を交わし、席に着く。
「何にする?」
「ラーメン。と言うかここラーメンしか無いじゃないですか」
「いやわからんぞ。実は今日からここはケーキ屋さんかもしれん」
「ずいぶん醤油や出汁の香りのするケーキ屋ですね」
「ああ、ここのケーキは特別でな。鶏ガラと鰹出汁をベースとしたスープに、醤油だれ、細めの縮れ麺を使ったケーキだ」
「はいはいケーキケーキ」
中林と無駄口を叩きつつも、店主は麺を既に茹で始めている。
「それにしても君も大変だな」
「あーそりゃ知ってますよね」
「学園都市中騒いでれば嫌でもな。学生らしくて結構なことだ」
「思いっきり他人事ですね」
「当り前だ」
店主は丼に茹で上がった麺、スープ、具材を盛り付ける。具は、メンマ、チャーシュー、ホウレン草、のり、卵、鳴門。
「ケーキおまちどう」
「これで食ったら本当に甘いとかは勘弁してほしいんですが……」
「それはIAIに任せよう」
「ギャングスターラーメン・苺ジャムスパ味とか何考えてるんですかね、あの会社……いただきます」
中林は割り箸を割り、自称・ケーキことラーメンを食べ始める。
「まるで豚のようにがっつくな。この豚! 変態! 派遣重騎師!」
「客を豚呼ばわりしないで下さい。朝から何も食べてないんですよ」
ラーメンを食べる合間に中林が答える。
事実中林は食事をする余裕も、購買などで買う隙すらなく、一日中追いかけまわされていた。
やがて麺と具を食べ、スープまで飲み干すと、中林は満足げな溜息を吐いた。
「ごちそうさまでした。腹が減ってると何でも旨いですね」
「君は喧嘩を売ってるのかね?」
「冗談ですよ。でも珍しいですよね、矛盾都市風ラーメン」
「最近はどこも彼処も豚骨だの、背脂だのだからな」
「そっちの方が流行るんじゃないですか?」
「冗談言うな。俺は考えた上でこの味にしてるんだ。それに故郷の味ってのはいいもんだろ?」
中林、屋台の店主は共に七年前に閉鎖された矛盾都市-東京の出身である。
「んー、そこまで記憶にあるわけじゃないですけどね。さて、そろそろ行きます」
「あ。今日は代金いらんからな」
「……病気ですか? 脳の」
「倒置法で脳を強調するなよ。大変な学生へのせめてものサービスだよ。サ――――ヴィス。それにな」
「それに?」
「お代はもういただいてるんだな」
「何、を……?」
疑問の声を上げようとした中林の全身を、強烈な気だるさが襲う。同時に意識がぼんやりとしてくる
手に何やら茶色い小瓶を持った店主が何かを言っている。
「おー、もう聞いて来たか。すまんな。俺を恨んでもいいぞ。次来たときはチャーシュー一枚増やしてやる」
チャーシュー一枚とかケチくさいこと言うな――――。
そんなことを思いつつ、中林の意識は闇に沈んだ。
「お邪魔します」
「どうぞ」
声をかけるといつものように扉の鍵が開いて、白い部屋に通された。
「……あなた暇なの?」
「だから今学校が無いって昨日も言ったじゃないか」
何日か前。探検して辿り着いた白い部屋には、女の子がいた。
白い肌に病院で着る服。髪は黒くて長い。まるで人形みたいな子。話によると一つ年上らしい。
「それは聞いたわよ。でも自分で勉強したり本読んだりすることはできるでしょ?」
「本なら良く読むよ」
本なら。宿題以外の勉強はあんまりしたくない。
「どんな本を読むのかしら? 流体力学や言詞学の本……は難しいわね」
「お嬢はそんなの読んでるわけ……?」
ナンカムズカシソウデナイヨウノヨソクモデキナイヨ?
「病室にいて本を読むぐらいしかすることがないだけよ。あと、そのお嬢って何?」
女の子が難しいものを見るような顔をする。
「お嬢様ぽいから、お嬢」
「あなたね……はぁ、まあいいわ。別に間違いじゃないし」
「え!? 本当にお嬢様なわけ?」
冗談で言ったつもりが大当たりだったらしい。
「別にお嬢様ってわけじゃないわよ。でもうちの家が『そういう』家なのは事実だし。『箱』入り娘だしね」
お嬢が病室を見回して溜息を吐く。なんだか色々大変そうだ。
「でもそんな家だからこそ大変なこともあってね。うちの家は月並みなことに、会社だの株だのを持ってるんだけど、今回の東京閉鎖でかなりの部分が中に閉じ込められてしまったしね」
「だ、大丈夫なの?」
東京閉鎖。あたりまえだけど僕だけに降りかかったことじゃないって、今更実感する。
「大丈夫って?」
「その、お金とか」
「それぐらいは平気ね。私がここに入院してるのだって、研究機関に検体として協力してるのもあるしね。そんなことよりも面倒くさいのよ」
何だか難しいことを言ってるような気もするけど、お嬢はそんなことよりも面倒くさいと言う。
「面倒くさい?」
「うちの家の当主も矛盾都市にいたのよ。その妻と一緒にね」
「?」
「簡単にいえば私の両親よ。そして直系で次にその姓を継がなきゃいけないのが、私なのよね」
「……他人事みたいに言うんだね」
「実感がわかないのよ。当主なんて言われてもね」
お嬢はつまらなそうな顔でそう言う。
「そうじゃなくて、お父さんやお母さんと会えないわけでしょ」
「……アナタがそれを言うのはどうなのかしら」
そうだ。僕だって家族とは会えない。だって、
「まだ信じられないんだ。東京が閉鎖されたって言うのも。家族に会えないって言うのも」
「私もよ」
「お嬢も?」
「ええ。父様も母様も忙しい時は滅多に会いに来れなかったし、来る時だっていつも突然だったわ。だから信じられないのよ。会えないって。それこそ今日明日にでも突然来そうな気がするぐらい」
お嬢は相変わらずつまらなそうな顔だ。でもどこか寂しそうだ。
「……僕もそう思うよ。会えるといいね、お父さんとお母さんに」
「あなたもね」
病室が静かになる。けど、すぐにどちらからともなく笑ってしまった。
「あなた変わってるわね」
「よく言われるけど、なんでだろう?」
「そういうところが変わってるのよ」
「そうかな?」
「そうよ」
何だかお嬢が笑ってるところ見るの初かも。
「ねえ、お嬢」
「何?」
「お勧めの本、教えてよ」
「良いわよ。そうね……このM・シュリアーの喪失技巧奇集本なんて、変な本であなたに合ってるんじゃないかしら?」
つくば学園都市北西部。
屋外授業や野外演習に使われる森がある。
その森の中に資材用倉庫がある。
「ん……いつつ」
中林は体の発する痛みと肌寒さで目を覚ました。
頬に当たる硬い板の感触、薄暗く埃っぽい空気。天井付近から漏れている光の中で、埃が舞っている。
状況からすると、現在どこかの床の上に転がされているらしい。
室内には誰もいない。
「……なんだか最近寝る環境がどんどん悪化してるような」
昨日はベンチソファ―、一昨日は病院のベッド。明日は地面の上かもしれないと、不吉な予想をしつつ身を起こす。
正確には起こそうとした。
「ん、おお!? なんか縛られてる!?」
体の前で手は縛られ、さらに腕は胴体に縛りつけられている。
「ちくしょうどうしてこんな目に」
幸い足は縛られていなかった為、何とか寝返りを打ち、腹筋と足を使って起き上がる。
起き上がるのに悪戦苦闘し物音をたてていたせいか、部屋にひとつだけある扉が開いた。
「どうやら目が覚めたみたいだな」
入ってきたのは、軽装甲型ジャケットを来た男。
「おはようございます」
「……お前状況わかってるのか?」
「幸い眼鏡かけっぱなしみたいですから、あなたの顔ぐらいは」
「お前変な奴と言われるだろう?」
「何故か」
男は顔をしかめ、どうして俺はこんな奴を捕まえなきゃいけなんだと呟き、大きくため息をついた。
「まあいい。貴様は俺たちに捕まえられたわけだ。引き渡しまで大人しくしてて欲しいもんだな」
男は頭を振りながら、再び部屋から出て行った。
閉ざされた扉を見ながら、中林は考えを巡らせる。
今の会話でわかったこと。
まだ<選考会>は終わっていない。眠らされていたのは恐らく一晩。
空気の感じからすると時間は朝。最低でも朝刊ぐらいは既に届いているような時間。
捕まえた男は荒事に馴れた雰囲気。単独で事を起こすタイプじゃなさそうなので、別室に仲間は最低数人以上いる。視たところ緊張の拍動はあっても、焦りの拍動は無い。
結論。とりあえず自分だけじゃどうしようもない。
「どうるするかなあ」
壁にもたれて天井を見上げる。
元々乗り気ではない押し付けられた役目。
捕まったところで罰則は無い。
しかし、
「なーんか嫌な感じだよなあ」
こんなところに押し込められて終わりと言うのも少し癪なのも事実だった。
そこで、不意に耳が音を捕らえた。
部屋の隅。
棚らしき物や雑多な物が積まれている辺りから物音がする。
「誰かいる……わけないよな?」
次の瞬間、ガラクタの山の上にそれが生えた。
「……尻尾?」
金色に近い毛。ふさふさと毛を波打たせて揺れる尻尾が、ガラクタの山の上に見えていた。
続いてその持ち主が、ガラクタの山の上に現われる。それは、
「狐、か?」
狐色と言うには若干明るい毛並みを持った狐がいた。小柄な所を見るとまだ子狐のようだった。
中林がガラクタの山の向こうを見ようと、体を左右に振る。
どうやら壁の一部が破れて、小さな穴が空いているようだった。
「あそこから脱出……は無理か。穴広げるにも道具もねえし、すぐにバレそうだ」
嘆息する中林のことを、子狐はガラクタの山の上から見ている。その視線の位置は、中林より僅かに高い。好奇心旺盛なのか、子狐はどこか面白がるような雰囲気がある。
「おい子狐。ここに食うもんは無いぞ。餌なら他を当たれ」
中林の言葉を聞いてか聞かずか、子狐はガラクタの山の上から飛び降りて、中林の傍に寄ってくる。
「人の話聞けよ……ってわかるはずねえか。それに多分だけど、そろそろ」
中林がそこまで言った時、再びドアが開いた。
「おい、飯持って来たぞ」
軽装甲ジャケットの男が、ビニール袋を手に室内に入ってきた。
「ん、狐? どっから入りやがった」
「そこの壁に穴空いてるみたいですよ。塞いでおいた方がいいんじゃないですか」
「……逃げようとかは思わなかったのか」
「こんなちびっこい狐が入れる程度の穴から、どうやって逃げるんですか。どうせ外にも見張りとかいるだろうし」
「お前、捕まってるって自覚はあるか?」
「かなり。ばっちり縛られてますし」
男はどこか諦めた表情で頭を振ると、ビニール袋からミネラルウォーターとアンパンを取り出して、中林の足元に置いた。
「気が向いたら食え。縛ってはいるが手先ぐらいは使えるだろう」
「うわあ、難易度高そうだ。食わせてくれたりはしないんですか?」
「生憎だが俺は男に手ずから飯を食わせる趣味は無い」
軽装甲ジャケットの男は真顔で答える。
「気が合いますね。俺もむさい男に飯食わせてもらう趣味は無いんですよ」
対する中林も真顔で答える。
「ところで今朝の新聞、学園発行の奴は読みましたか? 特に第三新聞部のやつとか」
「読んだが……それがどうした」
「僕が捕まった記事は載ってなかった(・・・・・・・・・・・・・・)はずですよね」
「何を当たり前のことを」
「でも僕が行方知れずってことは載ってた(・・・・・・・・・・・・・・)んじゃないですか」
「? ……貴様、何を言っている」
男の顔に理解不能の色が浮かぶ。
中林は苦笑しながら、口を開く。
「昨日、僕を捕まえたラーメンの屋台。どうやって知りました?」
「言うと思うか?」
「思いませんね」
「でも恐らく情報を買ったかなんかでしょう? 多分、高額の成功報酬か何かと共に匿名の情報提供があった。僕の現われる可能性の高いラーメン屋台とかってあたりですか」
「……」
男の表情が段々険しくなってくる。
中林は男から視線を外し、子狐に語りかけるようにして話を続ける。
「あのラーメン屋旨いんですけどね。客少ないんですよ。まあ、ここ以外でも店出してるみたいですから、他では稼いでるのかもしれないですけどね」
「何を言っている」
「そんなもんだからあの店で他の客に会うなんてこと、まずないんですよ。あそこら辺は人通りも少ない。だから、僕があの屋台に行ってること知ってるのなんて、それこそ一緒に行った奴ぐらいなんですよね」
「情報提供者が貴様と近い人間とでも言いたいのか」
「でしょうねえ。ついでにあの屋台の店主、性格はあれですが。客を売ることはしないタイプなんですよ。馴染みの客とつるんで、僕をはめて楽しむようなことはあってもね」
「どういう意味だ」
「まあ、そいつ、情報提供者と思われる人物はですね。僕が知る限り学園でもかなりのレベルの情報通なんですよ。それこそ生徒会広報長とタメ張れるかも知れない」
「何をわけのわからないことを」
「それでね。そいつが知ってるのに新聞に載ってないなんてありえないんですよ。普通なら」
「何……?」
「やれやれ、確かに俺が捕まったって単純に載せるより、面白い記事になりそうだよな」
次の瞬間、轟音が鳴り響いた。
森の中の資材用倉庫。
それを見つめる人影がある。
人影のさらに後方にはさらに何人かの集団。
中林が目を覚ましたのとほぼ同時刻。
「流さん、見つかりました。ええ、第三新聞部の情報通り。はい……はい、ええ。了解です。そんじゃ手筈どおりに。終わったらまた連絡します。それでは」
人影は携帯電話での通話を終えると、後方の集団に手で合図を送る。それを見た集団は無言で頷きを返し、森の中に散開していく。
「しかし前から思ってたが、中林も運がないねー」
人影、生徒会会計補佐見習の伊坂・勇介はそう言って苦笑。
資材用倉庫の周囲には見張りが数人いるが、彼の姿や声に気づいた様子は無い。
今現在、伊坂は光学系と音響系の迷彩符を併用しているため、距離さえ取っていれば、よほど勘が鋭いか、流体感知などを使われない限りまず見つからない。
「ボーナスかかってるし、いっちょやりますか」
よし、と気合を入れて伊坂は駆け出す。
走りながら左腕を振り上げ、袖口から上方に向かって細く編まれたチェーンで繋がれた十字架型のアクセサリーを投射する。
――伊坂・圧神/投射技術・重複発動・重力生成・成功!
空中に作られた重力場に十字架が固定される。さらにチェーンから伝播される重力が、伊坂を上空に向かって落下させる。
続いて右腕を振り、同様のチェーン付き十字架アクセサリーを投射し、圧神を発動。落下の方向を変更する。
さらに伊坂は、左右の腕を連続して降ることで、空中を自分の好きな方向へと落下し続ける。
資材用倉庫の警備をしている面々は、変則空中ブランコの要領で空中を進む彼に気付かない。
警戒意識の薄い空中。加えて空と言う変化の少ないものを背にしているため、迷彩効果が高いためだ。
やがて伊坂は、資材用倉庫の直上、高度40メートルほどの位置に到達した。
神器の重力場を解除すると同時に、懐から十数枚の符をばら撒き、展開。
落下が始まった。
自分の落下方向を制御していた神器を解除した今現在、伊坂の身は本来の重力に引かれ大地へ向かい落ちて行く。
「経費で落ちるってのは素晴らしいな!」
歓喜の叫びと同時に符が発動。符の内容は装甲、身代わり、防護と言った身を守るもの。持続時間が短い代わりに、効果を高く設定されたそれらは伊坂の身を覆い、鉄壁の強度を付与した。
伊坂はそれを確認すると、両手から十字架を下方に向かって投射。
――伊坂・圧神/投射技術・重複発動・高重力加速・成功!
さらに追加の重力加速を行い、落下する。
一瞬で伊坂・勇介は、爆撃に等しい音と衝撃を持って資材用倉庫に激突した。
大型車両を数台格納できそうな面積を持つ資材用倉庫。
天井部分の中央には穴が開き、朝日が差し込んでいた。
その直下には穴を開けて落下してきたモノが在った。
落着と同時にそれは閃光と轟音、そして煙幕を周囲に展開した。
「――――!」
倉庫の内部にいた十人程の悲鳴と姿が、それによって隠される。
「敵襲か!?」
倉庫の管理室や入口近くにいた数人が、倉庫内に入り、煙幕に向かって武器を構える。
煙幕の中では何かが風切る音や、くぐもった悲鳴が連続している。
武器を構えた面々に、内部で何が起こっているか知る術がない。何かが存在するのは確かだが、味方もいるため無暗に攻撃はできない。
「まずは視界を確保しろ!」
僅かに遅れて用具置き場から飛び出してきた、軽装甲ジャケットの男が叫ぶと同時に風系の術が込められた符を投じる。
倉庫内に空気の流れが起き、急速に換気が行われ、視界が晴れて行く。
「誰もいない……?」
短槍を構えていた女生徒が、疑問の声を上げる。
煙幕の向こうには、倒れ伏した仲間以外の人影は無かった。
「油断するな。周囲を――!?」
軽装甲ジャケットの男が言いかけた言葉を中断して、大きく身を翻す。
寸前まで男が立っていた地点に、スローイングダガーが突き立っていた。
男は反射的に懐から銃を抜き、飛んできた方向、天井へ向かって応射。銃に込められているのは模擬弾だが、当たれば打撃の威力は大きい。
しかし、倉庫中央付近の天井にいたそいつに当たる寸前で、模擬弾は障壁に阻まれた。
「防御結界!?」
「驚くほどのものでもないだろ」
天井から逆さで立つそれは、軽装甲ジャケットの男に向かってつまらなそうに言う。
それはチェーンアクセサリと神器の制御で、天井を自分にとっての下として身を固定していた。その周囲には、その身を囲むようにして符が浮かんでいる。
「貴様、何者だ」
男が銃の照準を向けたまま問う。
それは天井の梁に絡めていたチェーンを解くと、本来の地面に向かって落下した。
何らかの制御がされているのだろう、それは殆ど直立のまま、音もほぼ立てずに地面へ降り立つ。
「つくば学園生徒会会計補佐、伊坂・勇介――と言ってもまだ暫定、見習いで正式な人員じゃないけどな」
「生徒会だと!?」
男が叫びをあげる。
「この<選考会>は生徒会が開いたはずだろう! なのに何故生徒会が邪魔をする!?」
「あー、よく聞けって。見習いだっつってんだろ? つまり俺はまだ身分的には平の学生なんだよ」
「それは詭弁だ!」
「もっともな話で。まあ、その詭弁を通すために俺はまだ見習いなんだろうけどな。後これは、試験も兼ねてるんだろうな」
「何をごちゃごちゃと……!」
連射。
男の再度の銃撃も、符を数枚砕くのみの結果に終わる。
「残念――あとバレバレ」
言いざま、伊坂は振り向きもせずに背後に向かって腕を振る。
背後から襲いかかろうとしていた短槍を持った女生徒が、チェーンに打ちすえられ地に沈む。
「……くっ、しかしこれはルール違反だ! なぜ生徒会が俺達を、特定部活に対する弾圧か!?」
「郷土史研究会、だっけ? おたくら。別に生徒会としちゃ、<特別選考員が>が人体解剖愛好会に掴まろうが、衆道部に掴まれようがしったこっちゃないんだけどな」
「ではなぜ」
「あんたがそれを言うかよ。茨城圏総長連合の皆さん」
「――!」
軽装甲ジャケットの男の顔に、少なからず驚愕の色が浮かぶ。
「バレてないと思ったかい? いや、俺は今日初めて知ったんだけどさ」
「知られたからには、貴様も帰すわけにはいかんな。確かに貴様は強いかも知れんが、そろそろ騒ぎに気づいた周囲の連合員も集まってくる。貴様の負けだ。生徒会の狗」
「なるほど時間稼ぎ、ってわけか」
伊坂はそう言ってため息。
「やれやれ、それはこっちも同じなんだがな」
伊坂の声を合図とするかのように、倉庫の周囲で喧騒が生まれ、大きくなっていく。それは怒号であり、剣戟であり、銃音であり、爆音であった。
「こう見えても俺はギャンブルに賭けるのは嫌いでね。胴元になる以外は」
「貴様ァ!」
「あんたには俺の生徒会入りのため、そして何よりボーナスのために犠牲になってもらうぜ」
次の瞬間、銃撃と鎖の音が交差した。
資材用倉庫用具置き場。
部屋の外では打撃や爆音、怒号などの入り混じった戦闘音が響いている。
埃っぽい部屋の中には少年と子狐がいる。
ここで大人しくしていろ、と言い捨てて軽装甲ジャケットの男が部屋を飛び出して行った為、中林は部屋に取り残されていた。
轟音が響いた後、屋内での戦闘音が暫く続いる。
子狐は周囲の騒がしい気配を警戒しているのか、部屋の出入り口付近をうろうろしている。
「おーい狐。そこら辺うろうろしてると危ないぞ。エサとか無いからさっさとどっか行った方が得だぞ」
だが子狐は警戒を解かず、耳と尻尾を立てたままの状態だ。
「……まあ、行って分かるわけないよな、狐だし」
子狐の耳がピクリと動いた。
くるりと身を翻し、子狐が中林の方へ向かって駆け寄ってくる。
そして、中林の手前に落ちていたあんパンの袋を口に咥えた。
「あっ、手前! それは俺のだ!」
縛られたままの中林が身をよじると、子狐はあんパンの袋を加えたまま素早く跳び退いた。
中林は身を伸ばそうとして、そのまま前のめりに倒れた。
眼前、手さえ自由ならすぐの位置に子狐がいる。必死に身を起こそうとするも、縛られた手を自分の体の下敷きにしてしまった為、上手く起き上がることができない。
子狐は中林が起き上がれないと見ると、僅かに警戒を緩め、前足と口を使って器用にあんパンの袋を開け、中のあんパンを口に咥えた。
「ああ、俺の、俺のカロリーが……!」
子狐は中林の顔を見ると、あんパンを咥えたままの首を傾げた。そのまま暫く考え込むように動きを止めると、地に倒れた中林の顔に咥えたあんパンを近づけた。
「マジか。お前、俺にそのあんパンを分けてくれるのか……?」
子狐は咥えたあんパンを差し出すようにして、中林の眼前に持ってくる。
「うう、優しいな、お前」
ここ数日酷い目に遭い続けた為、ひどく優しさが身に沁みた。
「ありがとう。それじゃあ、いただきます」
手が使えないため、首を伸ばし口を開け、あんパンに被りつこうとし――宙を噛んだ。
「!?」
子狐は咥えたあんパンを、中林がギリギリ届かない位置まで引いていた。
そして、
「あ、あ、ああああ……!」
中林に見せつけるようにして、一気にあんパンをたいらげた。
子狐は中林の悲壮感溢れる表情を見ながら、機嫌よさげに金の尻尾を振る。
「鬼! 悪魔! 発育不良!」
子狐に大人げなく罵声を浴びせかける中林の視界に、ミネラルウォーターのペットボトルが写った。
せめて水分だけでも……!
その一念で、ミネラルウォーターへ身を動かした中林の顔を、金色の打撃が襲った。
打撃の正体は、子狐の尻尾。
突然の打撃に視界を奪われた中林が目を開けた時、ミネラルウォーターのペットボトルは、既に子狐によって届かぬ位置まで転がされていた。
子狐は、玩ぶようにしてペットボトルを転がしている。
「畜生! しかし、お前の手ではペットボトルのキャップは開けられまい!」
確かに狐など獣の前足は、掴んで捻らなくてはいけない螺子構造の物を開けるには適していない。
しかし、子狐は中林の想像の上を行った。
ペットボトルを、前足と体を使って上手く固定し、口でキャップ部分を噛んで回した。
キャップが外れ水が零れる。
子狐は床に広がった水を直接舐めず、ボトルの口から流れ出る水を器用に舐めとっていた。
「絶望した! 狐にすら負ける文明に絶望した!」
500mlのペットボトルの水は子狐には多かったらしく、ある程度の量を飲むと残りは流れるままになっていた。横倒しのペットボトルには多少の水だけが残っている。
「せ、せめてそこに残っている分だけでも……!」
最早、恥も外聞も無くペットボトルへ這っていこうとする中林。
子狐が、残りわずかになったペットボトルを咥えた。
器用なことに、そのまま中身を零さないようにして中林に近づいてくる。
「まさか、それを俺にくれるのか……?」
そして、咥えたまま中林の眼前に立ち、
「あーっ!?」
頭から水をかけた。
「しょっぺえ、しょっぺえぜ、この水……!」
顔を濡らしながら味わったその水は、何故か塩辛く感じた。
とどめとして、完全な負け犬と化した中林の背に子狐が載る。
そしてそのまま背中の上で、丸くなってくつろぎ始めた。
今や、戦闘音は徐々に落ち着いて来ており、屋外の物が散発的に聞こえるのみとなっていた。
少年が資材用倉庫用具置き場の扉を開ける。
中には一人の少年と一匹の狐がいた。
「大丈夫か!?」
伊坂・勇介はすぐに攻撃に移れるよう警戒しつつも、勢いよく扉を開けた。
そこには、
「……何やってんの、お前」
負け犬と勝ち狐がいた。
「なんだ伊坂か、お前が来るとは思ってなかったな。はは……見ての通りさ、笑えよ」
負け犬はロープで縛られたまま、床に這いつくばり、背には金毛の子狐が座っている。
子狐は伊坂の出現で、いつでも動けるように身を起していたが、負け犬の背には乗ったままだ。
「見ての通りって……何?」
「ふふ、この世紀末覇者であらせられるお狐様に、この中林めが敗北し、座布団代わりに使われているのだ!」
「うん。全然分かんねえけど、力関係だけは解った。
お稲荷さん。申し訳ありませんが、ソイツまだ必要なんで退いて頂けますか?」
伊坂は級友の情けない姿にため息を吐くと、子狐に語りかけた。
子狐は伊坂と視線を合わせた後、座布団の背から降りた。降りる際に、背を蹴られ中林が、ぐえ、と情けない呻き声を上げる。
「ありがとうございます」
伊坂は子狐に礼を言うと、懐から取り出した刀子で、中林の戒めを断ち切った。
「すまん、伊坂助かった。でもお前も変わってるな、わざわざ狐に声かけるなんて」
手足が自由になった中林は、立ち上がりながら礼を言う。
「馬鹿かお前は。あのお稲荷さんは、きちんと言葉を解してる賢孤だ。それに俺みたいに金と商売に関わる人間にとって、お稲荷さんは礼を尽くす対象だ」
「そうなの?」
「商売の神様だ」
「ふうん。そういやお前、景気の良さそうな綺麗な金色だな」
少し離れた位置にいる子狐に声をかけると、毛並みを褒められたことがわかったのか、機嫌良さそうに一度だけ尻尾を振った。
「まあ、商売的には白狐なんだがな。でも俺も金は景気が良いからよし。金の色だ」
「それでお前何しに来たんだ? 悪いが親切を押し売りされても払えないぞ」
凝り固まった身体を動かし、ほぐしながら中林が問う。彼の中の人物像として、伊坂・勇介は、趣味を除けば、利にならない行動はしないとの認識がある。
「ああ、安心しろ。別口から前金はもう貰ってる。それにお前を助けたのは、オマケみたいなもんだ」
「オマケかよ。でもそれはロハでいいってことか?」
「ああ」
「マジかよ!? いやあ、持つべきものは友人だな」
「貸しにはしとくがな」
間髪入れず返された言葉に、中林の笑顔が凍りつく。
「前言撤回してもいいかな?」
「キャンセル料払うならな。まあ、それはそれとしてだ。ほら、お前んだろ、これ」
そう言って伊坂が中林に渡したのは、伸縮式の警棒神形具。
「ああ、俺のだ。気味悪いぐらい親切だな。何企んでるんだ」
手渡された警棒を身につけながら、中林が問う。
「だからオマケだよ」
言うなり伊坂は手を振った。
――伊坂・圧神/鞭術技術・重複発動・重力打撃・成功!
袖口から射出された十字アクセサリーが、神器の力を上乗せされ壁を穿つ。
壁には、人一人が悠々と通れる大きさの穴が開いていた。
「ほら、さっさと行け。そろそろ外のを片づけた学生たちがここに来る。今の俺は、一般の学生には極力手を出しちゃ行けないことになっててな」
「ああ、そういやお前生徒会入るんだっけ? ふうん、じゃあやっぱさっきのは総長連合系の人か」
「……気づいていたのか?」
伊坂の表情に、軽い驚きが浮かぶ。
「何となくだけどな。第一、一般の学生に手を出しちゃいけないはずのお前が、ここに来てるってことは、それぐらいしかないだろ?」
「やれやれだ。ほらさっさと行け。そっちは比較的手薄なはずだ。それにお前にこんなに早くリタイアされると、学内のトトカルチョが盛り上がらん」
「もしかして、お前がここに来た本当の理由ってそれじゃねえの?」
「どうだかな」
呆れ混じりの半目の中林に、伊坂は人の悪い笑みで応える。
「まあ、いいや。助けてくれたことには変わりないしな。ありがとな。今度屋台でラーメンのチャーシューおごるぜ、一枚」
「チャーシュー一枚とかケチくさいこと言うな」
友人の声を背に受けながら、中林は壁の穴をくぐり抜け、外へと駆け出した。
用具置き場には一人の少年がいる。
暫くすると数人の人影が駆け込んで来た。
「<特別選考員>は!?」
「ほら、そこの壁の穴。どうやらこの騒動のどさくさで逃げられたようだ。逃げ足が速いな」
息せき切って駆け込んできた体育系部活の学生に、伊坂は平然と答える。
「くそっ、まだ遠くまでは行ってないはずだ! 行くぞ!」
「応!」
学生は部活の後輩を引き連れ、壁の穴から外へ駈け出していった。
「やれやれ、元気なことで。さてと、俺もお仕事終わらせますか」
伊坂は、倉庫の中で気絶している人物の拘束と、引き渡しの連絡をすべく身を翻す。
そこでふと気がつく。
「そういえばお稲荷さんは」
既に用具置き場の中に、子狐の姿は無かった。
「……あいつ、狐に憑かれたりしてないといいんだがな」
伊坂は、今頃森の中を逃げ回っているであろう友人を思い浮かべ、憐れみにも苦笑にも見える笑みをこぼした。
● 3rd Newspaper Online ● |
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ここには紙面でフォローできなかった記事や速報を掲載しています。 現在は、学園都市の特別選考会の特集を組んでいます。 [新着記事] 選考会中盤戦:選考活動加速! いよいよ本格的な戦闘も開始。 5月3日夜より開始された選考会もいよいよ三日目、中盤戦に突入した。昨日、深夜より<特別選考員>の所在が分からなくなっていた。各所で<特別選考員>の捕縛などの噂が流れたが、当編集部は独自の調査によりついに、その所在を突き止めることに成功した。 提供者からの情報によると、<特別選考員>は昨日深夜から本日未明にかけて、郷土史研究会により捕縛、同研究会が学園北西部にある演習用森林の資材倉庫へ監禁しているとのこと。 当編集部も現地取材班を編成、強行突撃取材を敢行した。 戦術級強襲取材装備の我が取材班が現地に駆け付けた時には既に、同様の情報を得たと思われる幾つかの部活や団体と、郷土史研究会の間に戦闘行動が開始されていた。戦闘の結果、郷土史研究会は同団体の長以下、全員が規定以上のダメージを受け<刻印>を消失、リタイア。選考会からの退場を余儀なくされた。 中盤戦を迎え盛り上がりを増す選考会では、以降同様の流れが加速すると思われる。 リタイアした学生は選考期間内は、見学しか出来なくなるため、読者の皆さんも気をつけて欲しい。 当編集部は以降も選考会について、随時記事を更新していく予定である。
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学園都市の学生たちはあることに気づいた。
ある者は自ら気づき。
ある者は発信された情報を分析し。
ある者は他者の行動によって強制的に。
それは、
『<特別選考員>を追いかけるだけが選考会に勝つ方法ではない』
と言う事実だ。
判明している<特別選考員>の能力は、生徒会長や副会長とは違い、重騎にさえ乗らせなければ、数で押せるレベルの物。仮に生徒会役員レベルの力量を持っていても、たった一人で逃げ続ける以上は、疲弊し、力は落ちる。
ならば、無理に今捕まえずとも、残りの選考期間内に捕まえることを目的にすれば問題は無い。
むしろ問題なのは捕獲後。
<特別選考員>を捕まえたところで、他の学生にそれを奪回されたら意味が無い。それどころか、そこで戦闘になり選考会から脱落すれば、祭で踊り続ける権利すら失う。
では、どうすればいいか。
答えは簡単だった。
学園に大きな一つの流れが生まれた。
力を持って互いが互いを貪る
強者は弱者を、集団は個人を。
弱者は連携し、個人は徒党を。
圏内全ての学術機関を統合、吸収し、広大な面積と膨大な知識と絶大な情報を持つ学園都市。
その都市にいる全ての学生が一斉に戦闘状態に入った。
学園都市内農業区画。
大学や高等部の農学部や部活動の食糧部、調理部の管理する畑や水田がある。
五月のまだ若く青い植物の茂る農道を高速で移動する多数の影。
農園は襲撃を受けていた。
エンジンの爆音、駆動音。バイクやサイドカー、バギーのタイヤが唸り、土煙を上げて農園の中を疾駆する。
「ヒャッハー! 米をよこせー!」
「やめてくれ! それは田植えに使う稲の苗なんだ!」
学園にそれぞれ幾つか存在する自動車部とパンクロック部、野球部の混成部隊が、チェーンや釘バットを振り回し、農業系の学生たちを襲撃していた。その姿は、棘のついた肩アーマーやフルフェイスのヘルメット、ホッケーマスク、そしてモヒカンと数年遅れで到来した世紀末という風情。
農業系の学生たちは、基本的に戦闘能力が低く、今回の選考会においても、<特別選考員>捕縛に積極的に動くよりも、食料供給によって知名度と存在感の向上に努めている者が殆どだった。
連休中に加え、選考会により校則法対象外の大人は大幅に活動が制限されているため、購買や食堂の運営は学生が主体となって行っている。
ゆえにそこに食料を供給し、料理のスキルを持つ学生を派遣できる彼らを支配下に置き、食料を抑えることができれば、選考会において有利な位置に立つことができる。
何より食べ盛りの学生にとって、選考会の名目で合法的にタダ飯をゲットできるメリットは大きい。
餓えた学生たちがサイドカー付きバイク、バギー、モトクロス、様々な乗り物に乗り農園を襲う。
逃げ惑う農業系の学生たち。
「汚物は消毒だァー!」
サイドカーに乗ったモヒカンの学生が、虚空へ神器で火炎を放ち、威嚇した時だった。
「全くだ」
赤光。
小さな、しかし確実に響き通る呟きと共に、炎の赤を超える真紅の光が放たれた。
光は空中を渡る斬撃の形を取り、紅い流体の飛沫を撒き散らしながらモヒカンを打ち据えた。
「あわらばッ!」
モヒカンがサイドカーから吹き飛ばされ宙を舞う。
「誰だ!?」
武装集団が声を荒げながら、光が飛んできた方角を見る。
そこには畑の中に立つ火の見櫓。その上に太陽を背に逆光で立つ影が一つ。
「ミス・サムライ!」
その影に向い、農業系学生たちが驚きの声を上げる。
「私が来たからには大丈夫だ。安心し給え」
僅かに金の長髪をなびかせながら、その人影は朗々と言い放った。
武装した学生たちは、その人影を見て絶句。
そこには、自由な校風で知られる学園都市の基準をはるかに超えた人物がいた。
農業系学生の呼称を裏付けるように、女性らしき曲線を覗わせるしなやかな身体。腰には剣か刀らしき武器。身体にフィットする耐反射装甲服(ASURA)のインナーの上には、男子用学生服が原型だとかろうじて分かるレベルまでに改造された陣羽織風の上着。そして何より異常なのは、顔につけられた目と口元以外を隠す仮面。
「だ、誰だお前は!? 狂った格好をしやがって!」
ホッケーマスクをつけた学生が、自分の格好を棚に上げて正論を叫ぶ。
「貴様らに名乗る名は無い! 私はミス・サムライ!!」
「名乗ってるじゃねえか!?」
「偽名に決まっているだろう!」
「うわあ! こいつ馬鹿だー!」
「問答無用! わが正義の前に果てるが良い!」
とおっ、と叫んでミス・サムライは火の見櫓の上から跳躍。黒い影を地上に落とす。
そして腰の武器を空中で抜刀し――そのまま頭から落ちた。
生々しい音と共に、倒立姿勢のまま地面に突き立つミス・サムライ。金の長髪が地面に広がり、前衛芸術のような有様である。
「……おい、これどうするんだよ」
「ぼ、僕らに言われても」
刺付き肩アーマーの学生が、農作業用のツナギを着た学生に話しかける。
「何か生々しい音がしたよな」
「あーあーあー聞こえなーい」
「このまま放って置くのはどうかな」
「これに関わるの嫌だなあ……」
さっきまで襲撃者と被害者だった学生たちが、顔を見合せて相談する。
やがて堆肥の中に死体を隠せば分解が早く進み、死亡推定時刻も特定されにくいという意見が出始めた時、
「罠を仕掛けるとは卑怯な!」
それは唐突に立ち上がった。
ほんの一瞬前まで地面に突き立っていたはずなのに、傷はおろか、土の汚れすら無い。
「着地点に罠を仕掛け、我が正義を阻もうとするとは……貴様らそれでも日本男児か! 恥を知れ!!」
「おい、何か俺たちパツキンに説教されてるよ」
「新鮮だなー」
世紀末ファッションの学生たちが、どこか遠い目でミス・サムライを見る。
やがてミス・サムライは火の見櫓を再び登り始めた。
「あの、何やってるんですか」
ジャージを着た農業系学生が恐る恐る話しかける。
「うむ、邪魔が入ったのでやり直しだ。諸君らもそのつもりでいて欲しい」
ミスサムライは、振り返ることなく断言。
「さあ始めたまえ! 私は我慢弱い!」
再び火の見櫓を登り終えた動く迷惑は、朗々と言い放った。
「馬鹿が高い所好きって本当だったんだな……」
気絶から目覚めたモヒカンが俯きながら呟いた。
「どうした!? 臆したか!」
仮面をつけた馬鹿が叫ぶ。
「ヒャッハー米をよこせー」
「やめてくれーそれは田植えに使う稲の苗なんだー」
どこか諦めきった表情のモヒカンたちと農民たち。
「成敗! 必殺・ブシドーブレード!」
再び、馬鹿が跳ぶ。
学園都市再開発地区。
老朽化した建て物を取り壊し、新たな施設を建築中の区画がある。
普段は建築用重機や作業員が多く見られ、喧騒と騒音に満ちた区画は、現在静けさに包まれている。
住人が都市の血や内臓とするならば、道路や水道などのインフラは血管であり、建て物は肉であり骨である。
ゆえに古い建物はやがて新しい建物へと立て替えられ、新陳代謝を行う。
先端技術を扱う研究施設が多い学園都市では、その流れは顕著であり活発であった。
学園都市では常にどこかしらの地区が再開発され、新たな姿と力を得るべく生まれ変わっていく。
中林が演習用の森林から逃げ出し、遭遇した学生を片っ端から撒くか打ち倒すかし、身を隠したのも数ある再開発地区のうちの一つだった。丘の斜面を造成し、大規模な半地下型の施設を作っている。
現在、中林が身を潜めているのは丘の上に建設中の建物の二階部分。いずれは研究施設か校舎にでもなるであろう建物は、鉄筋コンクリートで大まかな形が出来ているだけで壁や内装は一切無く、建物の表面に防塵シートが張られている。電気の取り付けすらされていないため、内部は昼なお薄暗い。加えて連休と<選考会>の影響で作業員の姿も無い。それは中林にとって絶好の潜伏場所だった。
打ちっぱなしコンクリートの柱にもたれて、中林が呟く。
「……腹減った」
そのままずるずると床に座り込む。
「追手からは逃げられても、飢えと空腹からは逃げられないか……」
前日の夜に薬を盛られたラーメンを食べてから何も口にしていない。総長連合員と思しき人物から恵まれたあんパンと水も、悪魔のような子狐に奪われ、口にすることはできなかった。
「何で学問と技術の最先端である学園都市で、飢えと空腹なんて一番原始的なものと戦わなきゃいけないんだ……!」
そこで中林は自分の周囲を見渡し、一つのことに気づく。
「まさかこれがコンクリートジャングルってやつか!?」
がらんどうの建物の中に中林の声が、虚ろに響く。
「……虚しい」
普段なら即座に突っ込みを入れてくる悪友や、騒がしい少女もいない。
ほとぼりが冷めるまでここでじっとしてるかな……。カロリー節約も出来るし。
空腹と虚しさに耐えながらそんなことを考えていると、不意に建物の外から音が聞こえてきた。
建築中の建物が林立する工事現場を少女が走っている。
複数の人影が少女を追う。
少女は走っていた。
地面を蹴る音がアスファルトに響き、コンクリートに反響する。
少女は異邦人だった。
用事があって学園都市外からやってきた部外者。来訪中に<選考会>が始まってしまったので止むを得ず滞在しているだけの、本来現在行われている騒動とは無関係な人物。
少女は臆病だった。
今はただ、無事に帰れることを一心に望んでいる。目には涙すら滲んでいる。
少女は何故こんな事になってしまったかを考えている。
数日前、自分の学校の生徒会長からお使いを頼まれた。頼みごとをされれば、嫌とは言えない性格。だからその日もお使いを引き受けた。
少女は後悔していた。
まさかそのお使い先が、自分たちの都市圏外、茨城圏の学園都市とは思ってもいなかった。
少女は思い出していた。
確か生徒会長は、「学園都市は生徒会の権限が強い数少ない都市だから、安全だし勉強になるよ?」と言っていた。
少女は叫んだ。
「全然安全じゃ無いですよ!?」
後ろからは、学生が幾人も追ってくる。
少女は逃げていた。
「他の部活の斥候かスパイかもしれん! 捕まえて情報を吐かせるぞ!」
「見慣れない制服だしな!」
「色違いのキャラはボーナス点やパワーアップカプセルを落とす可能性もある!」
「ストーカーは愛です! レイプは犯罪です!」
不穏当なことを口々に言いながら追ってくる。
少女は道に迷っていた。
朝ご飯を食べようと食堂に行ったら、不意に声をかけられた。驚いて反射的に逃げ出したら、不審に思われたのか追いかけられた。逃げる度に、色々な人に声をかけられ、目をつけられ、気がつけば自分でもどこにいるかわからない場所まで逃げて来ていた。今では、完全な迷子である。
少女の名は高梁・ケイと言う。
建築中の建物に潜んで外を覗っている少年がいる。
少年は建物の外を走る少女と追う学生の一団を見ている。
逃亡者と追跡者は徐々に彼の居る建物へと近づいている。
「あの制服……確か、名護屋のだったか?」
防塵シート越しに外を覗きながら、中林は呟く。
過去に第三新聞部が発行した、『全国学生連合美人紹介』の一覧ページに載っていた名護屋にある高校の制服デザイン。それと少女の制服は同一のように思えた。
「何で名護屋の学生がこの時期にうちにいるんだ」
――中林・心理/視覚/全行師技能・重複発動・遺伝詞読解・成功!
眼を凝らしてみれば、少女からは尋常ではないぐらいの怯えの遺伝詞と、高速の走りが生む風の遺伝詞が見て取れる。
「周りは見えてなさそうだけど、あの速さならまず追いつかれないだろうなあ」
事実、少女の走りは早く、追手は徐々に差をつけられ脱落している。
「神器の力か、あれ? えらく速いな」
しかし、中林は少女の走って行く方向を見て一つの事に気がついた。
「まずいな。確かあっちは……」
逡巡。
「ちくしょう。どうして俺はこうなんだろうね?」
中林はほんの一瞬だけ考えた後、走り出した。
彼が階段を駆け下りた時、少女もまた建物の前に差しかかろうとしていた。
建築中の建物が林立する工事現場を少女が走っている。
複数の人影が少女を追う。
さらに一つの建物の中から走りだしてくる人影がある。
「なんて足が速いんだ……!」
追手のうちの一人が驚嘆の声を上げる。
好奇心から追い始めた少女は、小柄な外見とは裏腹に恐ろしく足が速かった。
「だがこの先は行き止まりだ! 追いつけなくても、追いつめられるぞ!」
別の一人が言う。
少女は学園都市の地理に明るくないのか、再開発地区の端、行き止まりに向かって真っすぐ進んでいる。
追走劇の終わりに向かい走っていると、少女との間に新たな人影が割り込んできた。
「君! そっちは!」
割り込んできた人影は何かを伝えるべく叫び、同じく少女を追い始める。その人影は、
「中林・英彦!」
追手が声を揃えて叫ぶ。
新たな人影の出現と追手の声に驚いた少女の体が震える。
次いで少女は、さらに走りの速度を上げた。
「何か知らないけどラッキー!」
「やっぱ色違いキャラはボーナス点だな!」
「ここで中林を捕まえれば、俺たちだって!」
追手も口々に快哉を叫び、走る速度を上げる。
「わかってたよ! こうなることぐらい! 畜生誰がこんな事を!」
少年は、わざわざ見つかる愚を犯した自分を呪いながら、懐から符をばら撒き、展開。防護と加速の符を展開する。
やがて彼らの目の前に行き止まりが見えてきた。
開発区画の端。
斜面を造成しているそこは、掘削と基礎工事のために人工的な崖になっている。空でも飛べない限り、十数階分の高さを持つそこから飛び降りて逃げることは不可能だ。
工事中のそこには、普段なら保守要員や安全ロープが設けてあるが、今現在作業員たちは居ない。
彼らの足元、アスファルトで舗装された道は途切れ、すでに地面は砂利道になっている。
その行く先には、地面と空を切り分けるような境界線がある。
少女と少年と追手のチキンレースは続く。
先頭を行くのは少女。逃げるのに必死で、自分が全力で進む先が見えてはいるが理解していない。
後に続くは少年。自らも追われる立場にありながら、少女を制止しようとひた走る。
最期に続くは幾人かの追手。既に獲物を追い詰めたことを確信しているのか、走る速度は徐々にゆるやかになっている。
少女の目前に崖が迫ったことを確認すると、追手達は足を止めた。
「年貢の納め時だな、中林!」
追手の一人が声を上げた。
それが最後の一押しとなった。
大声に驚いた少女がさらに加速し、一歩を踏み出す。そして、
「え……?」
呆然とした声と共に、空中へと飛び出した。
少女の顔に恐怖は無く、何故か重力から解放されたという不可解な事実に対する疑問だけが浮かんでいた。物理法則に従い、放物線を描いて宙を進む。ただし、その放物線の終点は遥か崖の下にある。
「うわあー!」
少年がどこかやけくそな声を上げ、地面を強く蹴る。脚の周りに展開されていた加速用の符が一つ砕け、加速。崖ぎりぎりで踏み切ると、少女に続いて空中に飛び出した。
「マジか!?」
「落ち着け!」
追手の驚愕の声。
今まさに放物線の頂点を通り過ぎ、落下を始めようとしていた少女を、直線的に飛び出した少年が抱きしめた。
ここでやっと少女の理解が追いついた。
「ひいあ――――!?」
少女の悲鳴と共に、少女と少年は崖の下へと落下していった。
少年と少女が重力加速度に引かれるままに落下していく。
「ひいあ――――!?」
ケイの絶叫がドップラー効果を生みながら、尾を引く。
そこで不意に視界が遮られ、ケイの左耳からイヤホンが抜き取られた。
「これ借りるよ!」
落下が巻き起こす暴風の中でケイに話しかける声。
声の方を向けば、触れそうな至近距離に少年、中林・英彦の顔があった。
「え、え? ええええええええ!?」
落下の事実に加え、自分が見知らぬ少年に腰抱きにされていることで、ケイの混乱は重力加速度を上回る勢いで増加した。
中林は左手でケイを支えながら、空いた右手で抜き取ったイヤホンを自らの左耳にはめる。
イヤホンからは、意外と軽快な音楽が流れてきた。
音楽に込められた遺伝詞の掛詞を聞きながら、中林は見知らぬ少女、ケイに向かって叫ぶ。
「唄ってくれ!」
「え!?」
「いいから君の詞を唄ってくれ!」
「な、何で!?」
「良いから早く!」
そうしている間にも地面が近付いてきている。
混乱が限界を超え、ケイは訳も分からないままに自分の詞を口にした。
早く走れますように
「早く走れますように」
速く走れますように
「速く走れますように」
疾く走れますように
「疾く走れますように……!」
ケイの詞を中林が復唱する。そして、
――ケイ・鶏王神器・発動・鶏走(チキンラン)・成功!
――中林・鶏王/全行師技能・重複発動・同調発動・成功!
ケイが鶏王神器を発動させると同時に、中林もケイの力を借りて鶏王神器を発動させた。二人を神器の力がつつみ、体感として身体を羽毛のように軽くする。
「!?」
ケイが恐怖とは質の違う、純粋な驚きの表情を浮かべる。
五行師や風水師は自らの遺伝詞を、神形具に共鳴させ力を振るう。
中林が行ったのはその正逆。
自らの遺伝詞を、他の掛詞に同調させて力を振るう。それは普段から五行師と風水師の間で、そのフォローばかりしている中林が、この都市で学び、身につけた技能。
――中林・全行師/視覚技能・重複発動・風読み・成功!
――中林・鶏王/符術/脚術技能・重複発動・鶏走・成功!
全行師の視界で風の遺伝詞を読み、大気の流れに載せるように展開した符の防護力場を、鶏王神器の力を持って蹴る。
右足、左足、そしてまた右。
左右の足で連続して空中で踏む度に、澄んだ音と共に符が砕ける。
それが生み出す結果は、
「と、飛んでる!? 空中を走ってる!?」
ケイが信じられないと言うような声を上げる。
「違う」
防護力場から足に返る衝撃と加速の負荷、技能の連続使用に顔を歪めながら、中林が否定する。
「え?」
「かっこよく落ちているだけだ」
事実、彼らが落下している事実は変わらない。
だがその速度は自由落下よりは遥かに遅く、前進の力を持っていた。
落下と言うよりは滑空に近い形で、二人は宙を行く。
そして空中での踏切を幾重にも重ね、符の大半を使い切りながらも、中林は地表まで『かっこよく』落ち切った。
崖の下に着地した少年と少女がそのまま走り去って行く。
崖の上では数人の少年たちがそれを見ていた。
追手の少年達は、十数階分の高さを降り切った二人を呆然と見送っていた。
「何だ、今の」
「さあ、わからん」
「右足が落ちる前に左足を出して、左足が落ちる前に右足を出したんじゃないか?」
「それが出来るなら空だって飛べるだろうよ」
「まさかさっきのあの少女は、地球外生命体的なものだったんじゃ!?」
「なるほど。それならば落下がゆっくりになったことにも説明がつく」
そこまで言って、少年たちは顔を見合わせた。
そしてそれぞれが右手の人差し指を立てると、皆で指先を合わせた。
「トモダチ」
学園内を高速で走りぬけて行く影がある。
校舎が、街路樹が、生徒たちが、視界に入ると同時に後ろへ流れて行く。
全てが後ろに置き去りになる高速の中、足音と心音だけが強く響く。
足音は一つ。
神器の力で風を巻き疾走する己の足音。
心音は二つ。
早く、速く、疾く走れることを願い、それを成すべく限界以上に鼓動を刻む、己の心肺からの一つ。そして腕の中にある重みから一つ。
どこか現実から浮かされるようにして、走る。
「あ、あの!」
不意に声を掛けられて中林は、我に返る。
「え? あ! ごめん、ボーっとしてたみたいだ」
「そろそろ下ろして欲しいんですけど……」
中林の腕の中で、ケイは申し訳なさそうに呟いた。その表情は、緊張やら何やらが混ざり合った結果として赤く、涙目。そしてそれをケイ自身自覚している。
「……いや、それはちょっと」
「な、何でですか!?」
「止まり方がわからん」
「……」
「……」
足音だけが響く。
「何でですか! だって、走ってるのを止めるだけですよ!?」
非常に珍しいことに、ケイが強く叫ぶ。
「止めるだけって、こんなに早く走ったこと無いんだ! 何か足が勝手に動いてる感じで、もう足の裏とか痺れてきて感覚無くなってきてるし!」
負けじと中林も叫び返す。
「だったら足を止めればいいじゃないですか!」
「無理! 絶対無理! この速度でいきなり足止めたら転ぶ」
「そ、それは確かに……」
「君はいつも止まる時どうしてるんだ」
「えーっと、こうステップを細かく刻みながら減速して……」
言われたとおりに、中林は足のストライドを狭める。
「あ、何かできそうだ」
中林はストライドが狭まった分ピッチを上げないように気をつけ、徐々に減速していく。
「よ、よかった」
ケイと中林が安堵した次の瞬間、不意にイヤホンから流れていた神器(リズム)が途絶えた。
「!?」
二人に同時に浮かぶ驚愕の表情。
神器の力を失い、速度は急激に減衰する。しかし、まだ体には慣性の法則に従い、速度が残っている。
結果として、速度に足がついて行かず、足がもつれる。減速のために細かくステップを刻んでいたのも災いした。
――中林・体術/脚術技能・重複発動・バランス制御・失敗!
転ぶ。
急速に近づいてくる地面から、中林はとっさにケイを庇う。
――中林・体術/腕術/防御技能・重複発動・身代わり・成功!
庇って抱きかかえたことで、受け身を取れなくなり自分自身の安全が失われる。
転がる。
ケイを抱きかかえたまま、四方八方から地面に殴りつけられる。
自分自身の安全が失われた対価として、それは少女の安全へと変換された。
回転する。
最終的に、中林は植込みの木にぶつかって止まった。
激突の衝撃で息が詰まる。
脱水を掛けられている洗濯機って、こんな感じだろうか。不幸中の幸いとしては、下が芝生の公園地区だったことだな。もし、下がアスファルトや砂利道だったら、今頃もみじおろしを地面へ盛大に振る舞うことになってた。
とりとめのない思考。そして痛覚が鈍化し、視界が暗くなり遠のいて行く。
なんだか最近気絶癖がついてる気がするなあ……。
抱えていた女の子は無事だろうか、そんなことを思いながら中林の意識は闇に沈んだ。
芝生の上に人影が大小二つ倒れている。
「いたたたた……」
大きな人影の下から、人影の小柄な方、高梁・ケイは這い出した。
ケイは転倒のショックで目を回しはしたが、気絶まではしなかった。どうやら、クッションとなってくれた少年の存在が幸いしたらしい。
ただ少年は、かばったケイの分までダメージを負うことになったらしく気絶していた。
自分より頭一つ分以上高い少年の体を何とか押しのけ、芝生に座る。
「な、何だか大変なことになってしまいました」
良くわからないまま逃げていたら崖から落っこちて、でもなんとかなったけど、今度は転んで……。
先ほどまでの目まぐるしい展開を思い出し、ケイは身を震わせる。
「大丈夫、なんでしょうか……」
恐る恐る少年を見るが、少年は目をつぶったまま倒れている。ただ、気絶はしているが呼吸は安定しているので、深刻な事態ではなさそうだった。
「どうしましょう?」
ケイは、薄く涙を浮かべ、途方に暮れる。
見上げた異郷の空は、故郷の空と同じく青かったが、何の役にも立たなかった。
二人の少女がいる。
一人は金髪をポニーテールにして、真紅のチャイナドレスに身を包んだ小柄な少女。手には長槍。
一人は肩までの髪と蒼い右目が特徴的な中背の少女。右手にはナイフ、義手の左手は腰のポーチに触れている。
「なあ、ナオ」
小柄な方が声をかける。
「ゴン、何かしら?」
中背の方が応える。
「中林の知り合いってだけで、これは迷惑なもんじゃなあ」
「中林君には悪いけど、同意するわ」
現在、ゴンとナオは包囲されていた。包囲しているのは、風水五行科を初めとする様々な生徒。風水五行の授業を取っている学生から、彼女達が中林の友人である情報が漏れたようだ。
「わしらだってアイツを追ってるわけよなあ。何でわしらが行先知ってると思うんじゃか」
「あら? ゴンは知ってるじゃない」
「……朝の時点まではな」
二人を包囲してるのは二十人弱程。人数比では絶望的だが、それぞれ数人づつのグループのため、統制は取れていない。それとなくグループ同士で、誰が先に仕掛けるかの牽制をしている。
「さっき学内のケータイサイトで見た情報だと、時速六十キロぐらいで走り去る姿が目撃されたそうよ」
「アホらしい。都市伝説のダッシュ女じゃあるまいし、アイツがそんなこと出来るわけないじゃろう」
そう言ってゴンはわざとらしく溜息。
それを好機と見てとったのか、一人の男子学生が駆け出す。手には剣。五行科の生徒らしく、声を上げながらの突撃。
「詞壊(ワードアクセル)!」
男子生徒は技能を使って五行を起動。白光と共に剣を振り抜く。
「しゃらくさいわぁぁぁあああっ!」
――ゴン・五行/槍術技能・重複発動・五行打撃・成功!
ゴンは一喝の声と共に五行を放つ。後から発動させたにも関わらず、破壊の遺伝詞の収束速度、効率共に男子生徒の上を行く。
五行の爆発が相殺し合い、爆音と共に周囲を白く染める。
――ゴン・話術技能・発動・遠隔会話・成功。
「そう言えばナオ」
――ナオ・話術技能・発動・遠隔会話・成功。
「ゴン、何かしら?」
技能を使い、周囲に聞かれないように限定会話を行う。
「一つ気づいたことがあるんじゃ」
残光の中、ゴンが駆け出す。
――ゴン・槍術/体術技能・発動・エイミング・成功!
加速状態から繰り出された槍は、ゴンの姿を見失っていた男子生徒へと吸い込まれ、
「!?」
腹部を貫徹した。
男子生徒が驚愕の表情と共に倒れ伏す。
突然の凶行に、周囲の学生たちも攻撃に移るタイミングを失い立ち尽くす。
ゴンは男子生徒が倒れる勢いを利用して、槍を腹部から抜いて、振るう。槍の先端に血は付いていない。
「やっぱりのう」
「やっぱり、って?」
「見とれ、すぐわかる」
地に伏した学生の姿が、霞む。
次の瞬間、青白い流体の輝きと共に消滅した。
「!?」
ナオ、そして周囲の学生がそれを見て驚きの意を発する。
その中で一人、ゴンだけが不敵な笑みを浮かべていた。
「段々ルールが分かってきたんじゃ」
「ルール?」
「生徒会長(ゲームマスター)は、死人を出すつもりはないみたいじゃからのう。限界を超えたダメージを受けると、今みたいにして強制退場するみたいじゃな」
「強制退場……、そんなことが可能かしら?」
「わしだって難しいことはわからん。でも事実がある以上そう解釈するべきじゃろ?」
「確かに、ね。つまり今の私たちは、意識遺伝詞をベースにした、仮想存在なのかしら?」
「知らん! でも一つだけはっきりしてることがある」
「そうね」
ゴンが槍を構え、ナオが符を投じる。
「手加減する必要なしってことじゃ!」
好戦的な笑みと共にゴンが疾走。
ナオが空中に投じた符をナイフで割断し、そのまま風水を行う。
「風を巻く四万の遺伝詞達、紙片に刻まれた四万の遺伝詞達、空を渡る嬌声と解き放たれた産声よ。届いてる? 私の遺伝詞の声が!」
――ナオ・風水/符術技能・重複発動・流体弾丸生成・成功!
――ナオ・風水/符術技能・重複発動・流体弾丸生成・成功!
――ナオ・風水/符術技能・重複発動・流体弾丸生成・成功!
――ナオ・風水/符術技能・重複発動・流体弾丸生成・成功!
「行きなさい!」
――ナオ・風水/射撃技能・重複発動・一斉射・成功!
弾丸と言うよりは槍に近い形状の、四つの輝きが空を穿ちながら学生たちに殺到する。
"往生せいやあ!"
<意詞加圧(スピリットブースト)"熱血"気動 ・ 発動者が持つ攻性遺伝詞の炸裂力を×2を上限にして加圧>
<加圧制限は一回行動(シングルアクション)の発動のみに設定されています>
「ああああああああああっ!!」
――ゴン・五行/槍術/体術技能・重複発動・五行大打撃・超成功!
ゴンが渾身の力と共に、槍を振り抜いた。
風水された流体弾丸と五行の爆発は、同時に学生たちに炸裂した。
爆音と悲鳴が上がる。
芝生の上に人影が二つある。
歌声が響いている。
Silent night Holy night/静かな夜よ 清し夜よ
All's asleep, one sole light/全てが澄み 安らかなる中
Just the faithful and holy pair,/誠実なる二人の聖者が
Lovely boy-child with curly hair,/巻き髪を頂く美しき男の子を見守る
Sleep in heavenly peace/眠り給う ゆめ安く
Sleep in heavenly peace/眠り給う ゆめ安く――
聞こえる英詩の歌詞で、中林は目を覚ました。
地面では無い何かに頭が受け止められている。
最初はぼやけていた視界が焦点を結ぶ。
視界に入ってきたのは、見慣れぬ少女の顔。
歌は少女のものだった。
「その歌……」
「あ、目覚めましたか……?」
少女は歌を止め、声をかけてきた。その表情は、不安と安堵の入り混じったものだ。
「お母さんが良く歌ってくれたんです」
「ええっと……」
中林は頭を振りながら、身を起こし、芝生の上で胡坐をかく。
寝起きのためか、記憶と意識がはっきりしない。
確か、崖から落ちたこの子を助けて、走ってコケた。コケた時に巻き込んでないか心配だったけど、様子を見るに何とか無事なようだ。
「あーオッケー、大体思い出した……大丈夫だった?」
「へ? あ、私は大丈夫でしたけど、あなたこそ」
「大丈夫。最近気絶するのにも慣れた」
「それ、すごい駄目だと思うんですけど……」
「我ながらそう思うよ。しかし、目が覚めるまで待っててくれたのか」
「放っておくわけにも行きませんし……」
芝生の上に座った少女が困った顔で返す。
しかし、そうなると僕がさっきまで寝ていたのは、まさか……。
そう思いつつ、中林が少女を見る。
少女の膝からスカートの辺りにはタオルハンカチ。
「それなんてエロゲ」
「何がですか?」
「いやこっちの話」
中林の発した言葉が理解できなかったらしく、少女は首を傾げている。
「とにかく、助けてくれてありがとうございます」
「あ、いやこちらこそ。えーと……」
「ケイです。高梁・ケイ」
「ありがとう、高梁さん。僕は中林。中林・英彦だ」
自己紹介をするケイと中林。
「中林さん、ですね」
「ああ、苗字でも名前でも好きな方で読んでくれ。ところで高梁さん。初対面の人にこんな事を言うのはどうかと思うんだが、一つ聞いてほしいことがある。」
中林が不意に真面目な顔になって、ケイに話しかける。
「は、はい!」
その真剣な表情に、ケイも姿勢を正して答える。緊張からか、声が僅かに上ずっている。
座った状態でも、頭一つ分以上の差がある二人の視線がぶつかる。
「何か、何か食べる物を持っていないかい……?」
中林の腹が鳴った。
芝生に座り話をしている少年と少女がいる。
結局中林は、ケイがおやつ用にポーチに入れていた饅頭を恵んでもらった。
こけもも餡の饅頭は、甘さ控えめ。
「それにしても」
デフォルメされたかえるの顔の形をした饅頭を半分に分けて食べながら、二人は会話をしている。
「高梁さんはつくばの学生じゃないだろ?」
――中林・心理技能・発動・記憶照合・成功。
「たしか、その制服は名護屋の、だっけ。となると高梁さんは名護屋から?」
「そうですけど……。でも何で制服何か知ってるんですか」
ケイが僅かに引き気味で答える。
「いや、悪友が新聞部でね。以前に名古屋の学校特集してたから」
中林はその内容が、全国の学生美人紹介と言うことは伏せた。行ったら最後、さらに引かれることは確実だった。
「それで何でこっちに?」
「ええと、うちの学校の生徒会長に、こちらの生徒会長さんに届け物をするように言われたんです」
直接輸送。宅配便や通常の経路では届けられないものなんだろうか?
中林はそんなことを考えつつ、会話を進める。
「何を運んだか聞くのは不味かったりする?」
「いえ、私も良く知らないんです。長いケースに入ってたぐらいしかわからないですし」
知ってて隠してるわけではなさそうだ、と中林は判断する。悪友に平気で人を騙したり、嵌めたりする人物がいるが、ケイは明らかにタイプが違った。人が騙せるタイプではない。
「それで届け物をしたら、こっちで何かよくわからないですけど選考会って言うのが、始まってしまって。期間中は帰れないらしくって……」
「……そりゃ災難だね。あの人は何考えてるんだ」
二日前の夜にあった生徒会長の顔を思い出しながら、中林はボヤく。
「しかしそうなると、高梁さんが帰れない原因の一つは僕か」
「どういうことです?」
「僕はその選考会の特別選考員って奴でね。学園中から追われてるんだよ」
「……」
ケイは唖然とした表情で中林を見てる。
「君がここで僕を捕まえたら、選考会終わったりするかもしれないけど……どうなんだろう」
「助けてもらったのにそんなことできませんよ。それに……」
そこでケイは一旦言葉を切り、中林を見る。
小柄なケイと長身の中林では、いざ捕まえようとしても物理的に不可能に近い。
「私には無理だと思います」
「まあ、僕としてもその方がありがたい」
二人は顔を見合せて、どちらからともなく笑う。
「ああ、そうだ。迷惑ついでに聞きたいんだけど」
「?」
「高梁さんが使ってた神器(リズム)、あれ何? 知らない奴だったんだけど」
中林は、神器については人並み以上の知識を持っているが、それでもケイの使っていた神器の正体はわからなかった。
「ええと、鶏王神器って言います。名護屋でも珍しいって言われました。効果は速く走れたりとか?」
「鶏王ね……王系神器ってことは、帝系とか神系も?」
「ごめんなさい、わかりません。それに、あっても私、王系ぐらいしか使えないですし……」
「そっか、ありがと。まあ、僕も帝系止まりだけどね」
事実、中林は自分の言葉が完全に定まっていないため、神系などの神器は発動ができない。
「へ? そうなんですか? 鶏王とか使ってたので、てっきり色々使えるのかと……」
「ああ、さっきのあれね。あれも使える自信があったわけじゃないんだ」
「……はい?」
ケイの目が点になる。
「いや、あれ風水五行の応用でね。風水五行の原理は知ってる?」
「一応、簡単になら」
ケイの知識では、風水五行は神形具を介して、自分の詞を空間と流体に作用させる技術と言う程度。それが自分の神器を使えたのに結び付くとは思えなかった。
「こう見えても僕は全行師だったりするんだけど、前に講義で風水五行の原理を聞いた時に気になってさ。『自分の詞に周囲を合わせる』の逆、『周囲の詞に自分を合わせたら』どうなるかって」
「どうなったんですか?」
「人の神器に相乗りしたり、風水五行を真似したりできた。もちろん効果は落ちるし、真似できないことも多かったけど」
中林は真似できなかった筆頭として、風水五行で同じ実習班の少女を思い出す。
「それ、すごくないですか?」
「うん、僕も最初はそう思った。そんで『先生』にそのことを話しに行ったら――」
そこで中林は表情を曇らせた。
「行ったら?」
「気絶するまで叩きのめされた」
中林の表情から、比喩でも冗談でもないことが伝わってくる。
「……なんでですか」
「保健室のベッドで寝ながら、人の詞に飲まれて、己の詞を喪失(ディスワード)したり、最悪字我崩壊(バランスフォール)する場合もあるって怒られたよ」
それを聞いてケイは一つのことに気づく。
「じゃあ、さっきだって危なかったんじゃないですか!?」
「まあ、やりすぎなきゃ大丈夫でしょ。それにあの時は、それ以外選択肢が無かったわけだし。どっちかと言うと詞が再現できなくて、不発の方が怖かったかな」
中林はそう言って笑ってみせる。
「……ありがとうございます」
「いいってことさ。それにさっきも言っただろ、高梁さんの災難は僕にも原因があるってさ」
「何かお礼を」
「さっきのお饅頭で十分だよ」
「でも」
「ふむ、それなら――」
芝生に一人少年が立っている。
少年の視線の先に、駆け去って行く少女の姿。
中林はケイに、生徒会室までの道を教えてやると、巻き添えにならないように逃がした。念の為、署名入りの手紙を持たせているため、他の生徒に遭遇した時も、酷い扱いはされないはずだった。彼自身の扱いはともかく、少なくとも選考期間中は彼の名前には、生徒会役員並みの権限が生まれる。
ケイは「ありがとうございました」と、中林に礼の言葉を言って去っていった。
中林はその後ろ姿を見送る。
「さて、と。これからどうしますかね」
中林は手に持った一枚のMDを弄びながら考える。
MDの内容は、鶏王神器。ケイが予備として持っていたものだ。
中林がケイに要求した礼は、鶏王神器の予備の貸与。
「とりあえず見つからないうちに、どっか隠れ家見つけて、これの解析でもするかな」
中林の趣味の一つに、都市伝説や珍しい神器の収集がある。
「やれやれ、ハードな話だ」
中林は口調とは裏腹に、少し楽しそうな顔で言うと、ケイとは逆方向に走り出した。
夕陽が世界を赤く染めて行く。
学園都市農業区画の作物が赤と陰のコントラストで彩られる。
「おつかれー」
「お疲れさん」
「覚えてろよ! ……ごめんやっぱ覚えないで」
「お互い強く生きようなー」
「散々な目にあった……」
「これ、少ないけど俺たちの作った米だから」
「え? いいのこれ?」
「だって……ここまでして何もないのもきついだろ」
「ごめんな。マジでごめんな」
「良いって良いって」
農園を襲撃した学生たちが、負傷した仲間に肩を貸し、移動に使ったバイクやバギーを手で押しながらとぼとぼと帰って行く。その姿から発せられるのは、敗者の惨めさや負傷の辛さではなく、ただひたすらに疲労の色。
それを見送るのは農業系学部や部活の学生たち。彼らが襲撃した学生たちに向ける視線は、敵意や恐怖ではなく、憐れみと共感。ある学生は傷を負った襲撃者をその仲間たちと共に運び、ある学生は声援を送りながら別れを惜しんで手を振っている。
捕食者と獲物。その関係のはずの両者には妙な連帯感が生まれていた。
その原因は、畑の真ん中。火の見櫓の上に在った。
「何度でも来るが良い! しかし、その時は再び私の剣が貴様らの悪を断ち切るだろう!」
仮面の女、ミス・サムライだ。
「二度とごめんだ!」
モヒカンやホッケーマスクの襲撃者たちは、声を揃えて火の見櫓の上に腕組みをして立つ迷惑の具現に叫び返した。
「ふっ、我が剣の前に立つには未熟だったな」
髪を風に靡かせながら、ミス・サムライがニヒルに笑う。金の長髪は夕陽を浴び、無駄に神々しく光り輝いている。
その姿を下から見上げ、農業系の学生たちはため息をついた。そして溜息と共に彼らは先ほどまでの戦闘を思い出す。
ミス・サムライの剣は、自分で誇るだけあって凄まじい冴えを見せた。
剣と烈神神器を組み合わせた剣技は、たった一人で集団で襲ってきた学生たちを斬り伏せ、ねじ伏せた。
おまけに人質に取られた農業系の学生まで、まとめて斬った。
畑の周囲には、切り落とされた武器や、両断されたバイク、三枚下ろしにされたジープなどが転がっている。
さらには切り散らされた農作物や、両断された農機具、三枚下ろしにされた物置もある。
ミス・サムライは強かった。強すぎた。
彼女の活躍で、被害規模が数倍に跳ね上がる程に。
ミス・サムライは火の見櫓から飛び降り――残念ながら、周囲の期待を裏切り着地に失敗はしなかったが――学生たちに笑いかけた。
「いつの世も悪は滅びるが定め。君達が無事で良かった」
「ええ、そうですね……」
周囲の惨憺たる有様を見て、暗い顔でツナギを着た学生が答えた。
「まあこれも武人の務め、武士道においては当然のことだ」
明らかに間違った日本知識を堂々と言うミス・サムライ。
ミス・サムライの厄介な所は、全ての言動が善意から出たものであり、本気で言っている点にあった。
周囲の学生たちは、色々と言いたいことを全て飲みこみ、溜息を一つ。足取りも気分も重く、復旧作業に取り掛かった。
ミス・サムライは彼らの姿を見て、何故か嬉しそうに仮面の奥の目を細めていた。
そんな彼女に、何かが声をかけた。
声は、一部始終見せてもらったけど、すごい技だったね、という音がした。
――グレアム・心理技能・自動発動・気配察知・失敗。
「ん、空耳か? 何か聞こえたような気がしたが」
周囲を見回す仮面の女。
気のせいじゃないよ、とまた声がする。
――グレアム・心理技能・発動・気配察知・失敗!
「面妖な……声はすれど姿は見えず」
ここにいるんだけど、と声は続ける。
「さては妖怪変化の類か! おのれ卑怯な! 姿を見せて正々堂々と私に斬られろ!!」
――グレアム・剣術/腕術技能・重複発動・居合・失敗!
――グレアム・剣術/腕術技能・重複発動・袈裟斬り・失敗!
――グレアム・剣術/腕術技能・重複発動・逆袈裟・失敗!
――グレアム・剣術/腕術技能・重複発動・横胴・失敗!
ミス・サムライは叫びながら抜刀。周囲に向かって闇雲に剣を振り回す。
うわあ危ないって! ここにいるよ!? という声がした。
復旧作業をしていた学生たちは、彼女の奇行に関わり合いにならないように無視を決め込んでいる。
「かくなるうえは……」
――グレアム・烈神/剣術/腕術技能・重複発動・烈神蓄積・成功!
ミス・サムライの持つ直刀に赤光が宿る。
「我が必殺の剣で周囲を薙ぎ払えば――!」
「やめろーっ!」
周囲から学生たちが集まりミス・サムライをはがい締めにする。
「離せ! 妖物がいる! 斬らせてくれ! 武士の情けだ!!」
「田中(でんちゅう)でござる! 田中(でんちゅう)でござる!」
「落ち着くんだ! まだ肝試しのシーズンじゃない!」
「逢魔が時とも言うではないか!」
数人の男子学生が振り回され、投げ飛ばされる。
手足を滅茶苦茶に動かしたせいで、ミス・サムライの手から直刀がすっぽ抜けた。
「あ」
その場にいる全ての人間の視線が、空中を飛ぶ刀に集まる。
刀は烈神と夕陽の照り返しで、深紅に輝いていた。
放物線を描いた刀は、地面に半ばまで突き刺さり動きを止めた。
うわっ! 危ないな……刺さったら大怪我してるとこだよ? と声がした。
そこにいる全員がその声を聞いた。
そして見た。
刀のすぐそばに立つ、幽霊のような人影を。
「で」
息を吸い、皆が叫んだ。
「出たあ――!!」
夕暮れの学園に二つの色がある。
一つは赤、夕陽とそれに染められた空の色。
一つは黒、逆光となったシルエットとその足元から延びる影の色。
地に幾つかの人影が伸びている。
ただ、そのうち一つのみが長く延び、他の影は短くわだかまっている。
「くそ、どこもかしこも敵だらけか……」
長く延びた影の持ち主、中林はそう呟いて構えを解いた。
周囲の影は、中林を奇襲してきた学生たちだ。その誰もが、意識を失うか戦闘不能の状態で倒れ伏している。
「ここ数日で問答無用で襲われるのに慣れてきた自分が悲しい」
制服のポケットから、短い電子音が響いた。
音の出所は、神器を再生するのに使っているポータブルプレイヤー。
「げ、バッテリー切れか」
プレイヤーを確認し、呻く。プレイヤーはバッテリー切れを告げる音を最後に、操作を受け付けなくなっていた。
「これで神器は品切れ、符も尽きた。おまけに単三精燃槽もガス欠、と」
言いつつ、手に持った警棒型神形具の柄尻から、使い終わった単三式精燃槽をイジェクト。その場に捨てるかどうか一瞬迷った後、そのまま制服のポケットに突っ込む。
「次に買うのは充填式にしよう。しかし、手持ちの武器が揃って店じまいってのはヤバいなあ……」
言葉とは裏腹にあまり緊張感のない口調。彼の持っていた武装の類は、三日間に渡る逃亡生活で減少していた。さらに周囲に倒れている学生との戦闘が駄目押しとなり、底をついた。
彼に残された武装は、手に持った警棒型神形具のみ。しかし、
「俺じゃあ、神形具だけ持っててもしょうがないしなあ」
全行師の彼は、五行師や風水師と違い詞階に干渉するには符や道具の補助がいる。今の彼は、若干遺伝詞が見切れるだけで、神器の使えない近接武術師だ。
「技能(テック)オンリーってどんな縛りプレイだよ……」
はぁ、と大きく溜息をついて歩き出す。
彼が現在居るのは、学園の北西部。
歩く姿と歩調には疲れはあるが、悲壮感はない。
周囲を緩く警戒しながら歩を進める。
やがて中林は小さな神社を見つけると、鳥居をくぐり境内へと入った。
神社の境内は静謐な静寂に満ちている。
常駐の神主や巫女は居ないらしく、森と言うにはいささか規模の小さい鎮守の木々だけが神社を守っている。
一通り社の周りを歩いて伏兵などがいないことを確認すると、中林は社の裏手に腰を下ろした。
「今日はここで野宿かな、多分寒いけど。ああ、お腹も減ったな。高梁さんにもらった饅頭は美味しかったけど、あれぐらいじゃ足りないしな……」
罰当たりなことに社に寄りかかりながら、呟いた時だった。
――中林・心理技能(マインドテック)・自動発動(オートテイク)・気配察知・成功!
不意に中林の感覚に何かが触れた。
一瞬遅れるようにして、社の裏手の茂みの中から歩み出る人影。
「君は……!」
黒のロングスカートのワンピース。その上には白いフリルの付いたエプロン。腰や二の腕、裾といったところが絞られ、肌の露出は少ないがたおやかさを感じさせる服飾デザイン。栗色のセミロング頭上には、白いヘアタイ。
「お久しぶりです」
そこには一人のメイドがいた。
夕闇に包まれつつある学園都市農園。
畑の外れ、広場となっている箇所に人影が集まっている。
周囲に満ち始めた闇を払う為に、田園の各所に設けられた電灯が点き始めた。
地面には大型農耕機械が作る影が濃く落ちる。
広場では襲撃で破損した農具を修復する者や、畑の見回りに出る当番の者、炊き出しの準備をする者たちが、それなりに忙しそうに動き回っている。
だが、その流れとは切り離された一角があった。
広場の中央近く、そこに一人の女生徒と影のような何か。そしてそれを見物する学生が幾人か居る。
「それでは、貴様は本当に幽霊では無いのだな?」
女生徒、と呼ぶにはかなり抵抗のある人物、ミス・サムライが口を開いた。
だから何度もそう言っているじゃないか。
影はそんなことを答えた。
「しかし、何度聞いても信じられんのだ。何と言うか、その空気のような希薄な存在感。少し目を離したら、居なくなって見失ってしまいそうではないか」
仮面の奥で眉を顰めながら、ミス・サムライが言う。
ひ、人が気にしてる事をそんなにはっきりと……! と抗議の声が響く。
「事実なのだから、受け入れるべきだ」
ミス・サムライの言葉に、体質だからしょうがないじゃないか、という答が返る。
「百歩、否、千歩程譲って貴様がまっとうな人間だとしよう。貴様は何者だ。学園の学生なのか? 貴様ほどに怪しい奴は見たことが無いぞ」
ミス・サムライを見物する周囲の学生たちが、何か言いたげな表情で口を開きかけたが、最終的に声にはならず、溜息をついた。
影の説明によれば、彼は長野からの留学転入生で、騎などの機械工学の勉強と、自分の特異な体質を調べに来たとのことだった。
「ふむ、それっぽい経歴だが、何か証明する物はあるのか?」
そう言ったミス・サムライに、影は何かを渡した。
「身分証? 総長連合発行の正式な物のようだが……なんで証明写真がこんなにピンボケしてるんだ。何? これでも一番写りのいい物だと? ……全く、どうなっているのやら」
彼女には珍しく、常識的な意見を口にして、身分証を眺める。
「これによれば、お前は長野圏総長連合の副長だと書いてあるが、本当か?」
うなずいた影に、ミス・サムライが抜刀し、刀を突き付けた。
「嘘をつくにしてももっとましな嘘をつけ! 貴様のようなウスィー奴が副長になれるわけないだろうが!」
わあ、危ない! と何処か緊張感に欠けた声がした。
「――と、言いたいが、どうやら身分証は本物のようだな。信じられないことに」
ミス・サムライは刀を鞘に納めると、身分証を返した。
「それで、貴様はどうして現世に彷徨い出た。幽霊モドキめ」
幽霊のような人影は、ミス・サムライのストレート過ぎるもの言いに苦笑の気配を見せる。
「貴様だったら、わざわざこうしていなければ、誰にも気づかれなかっただろうに。何故、私の前に姿を現した」
それはね、と前置きしてから、影は口を開いた。
説明によれば、彼は以前から自分の研究開発の協力者を探していた。研究開発と言っても、学園の認可を受けた物ではなく、部活などと同じく学生の自主活動に近い。そのため、学園側を通しての人材の提供は受けられない。そこで、先日の大型遺伝詞乱散事件や、今回の<選考会>を利用して、学生の実力を測り、協力者に相応しい能力の持ち主を探したとのことだった。
結果、ミス・サムライの”正義の行い”を目撃し、彼女こそが協力者として申し分の無い能力の持ち主だと判断したとのこと。
「なるほど。つまり貴様は溢れ出る正義の持ち主を探していた、と。そういうこだな?」
影と周囲の学生が同時に、ないない、と手を振った。
人格面、行動面においては多大な不安と不確定要素があるが、それを補って余りある能力だと判断した。彼はそんな内容の事を言った。
「色々と引っ掛かるが、まあ良い。それで貴様の研究開発とは何だ。何を企んでいる」
何も、と簡潔な答え。
「どういうことだ」
影は語る。
あくまで自分は、研究開発の成果をみたいだけだと。その成果物の力をどう使うか。それは協力者に委ねると。
「つまり貴様は、私に力を与え、それを観察するというのだな?」
それはゆっくりと肯いた。
「その力が、誤った物であれば、私は真っ先にその力を貴様に振るうぞ」
無言。
しかし、強い肯定の気配。
「よかろう。ならば貴様の誘いに乗ろう」
影は、己についてくるようにミス・サムライを促した。
しかし、ミス・サムライは動かない。
人影からいぶかしむ気配が伝播する。
「最後にひとつ。貴殿の名を聞こう。先ほどの身分証からは上手く読みとれなかったのでな」
彼は自らの名を、大木・志然と名乗った。
そして二人は夕闇の中へと消えていった。
薄闇に包まれ始めた神社の境内がある。
周囲を囲む木々が影絵となって風に揺れる。
白と朱の小さな社のみが僅かに浮き上がるように存在を主張している。
古びた賽銭箱の脇に少年とメイドがいる。
「うめー! 空腹に沁み渡る……!」
中林はサンドイッチを貪っていた。具はベーコンとチーズ、スライスオニオン、レタス。味付けは塩胡椒で、胡椒が強めに効いている。
「誰も取らないから落ち着いて下さい」
サンドイッチの出所はメイドさんの持ってきたバスケット。籐編みで蓋つきのそれの中には、まだいくつかのサンドイッチなどが入っている。
この侍女服姿の人物は、中林が昨年の学園祭、その前夜祭において知り合った二人の人間のうちの一人である。
「いや、でも本当に助かりましたよ。朝から何も……いや、殆ど食べて無くて」
「空腹は最高の調味料ですね」
「いやいや、それを抜きにしても……んぐ!?」
「食べるか喋るかどちらかにしないからですよ……はい、お茶です」
サンドイッチを喉に詰まらせた中林に、メイドさんが水筒からお茶を注いで渡す。
「――ふぅ。ありがとうございます」
「これぐらいは基本です」
お茶への謝辞に対して、笑顔のまま返答。
「それにしてもどうしてここに?」
「『お嬢様』から仰せつかりまして」
答えになっていない答え。
「うわ、『お嬢様』も知ってるのか……って当り前か。どこに通ってるかは知らないけど、学園にいるなら知らないわけないか」
『お嬢様』とはメイドさんと共に知り合ったもう一人の人物。その名通りの立場の人物のようで、メイドさんの主にあたる。両人共に素性を明かしていないが、昨年の前夜祭を共に過ごした経験から信用の出来る人物であるというのが中林の認識である。彼が今使っている警棒型(ワンド)神形具(デヴァイス)も、前夜祭で破損した物の代わりに、彼女から送られた物だ。
「それで、何て?」
「『どうせ犬コロのように学園中追い回されてて、ろくに食事もできないでしょうから、何か持って行ってあげなさい。きっと飢えた畜生のようにがっつくに違いないわ』と」
「……くそう。何も反論できないぞ、それ」
「お代わりありますよ?」
はい、と代わりのサンドイッチを差し出される。
「どうも」
差し出されたサンドイッチを受け取り、口に運ぶ。今度はボイルした小海老にアボカドのディップペースト。スライスオニオンとトマト、オリーブが味と触感にアクセントを与えている。
「美味いなあ。本当にありがとうございます」
「実はまだ仰せつかっていることがありまして」
「?」
サンドイッチを口に入れながら、中林は視線と表情だけで疑問を返す。
「この豚野郎」
「!?」
サンドイッチを口に入れながら、中林は視線と表情だけで驚愕を返す。
「お嬢様が『お代わりも迷いなくがっつく様なら「この豚野郎」と言いなさい』と」
「ブヒー!」
中林の行動は完全に見透かされていた。
「まだお代わりありますよ?」
「……どうせ、お代わりが欲しければ豚の鳴き真似をしなさいとでも言われてるんでしょう」
「ええ。もちろん」
メイドさんは極上の笑顔で笑ってみせる。
「プギィー! ブヒィー!」
豚の悲鳴が上がった
「……と、まあ、お代わりを頂きたいところなんですが」
中林は立ち上がると、数歩前に進み、折りたたみ式警棒を展開。メイドさんを背後に庇う形を取った。
「さて、出てきたらどうかな?」
色褪せた朱塗りの鳥居をくぐって、二つの人影が境内に入ってきた。
一人は薄闇の中でも紅く映える衣装を身に付けている。
「人が貴様のとばっちりで迷惑してるっちゅうのに、当人はメイド侍らせて飯食ってるたあ、ええ度胸じゃのう」
声に怒りを込めながら歩み出てきたのは、二人のうち小柄な方。真紅のチャイナドレスに上着を羽織った少女、ゴンだ。
「探したんですよ?」
笑顔でゴンの後ろに並んだのは、制服にガンベルト。青い右目を持った少女、ナオだ。
二人を前に警棒を構え、身構える。
「ゴンはともかく、あのナオさんはやべえ……!」
――中林・心理技能・発動・表情読解・成功!
二人と付き合いのある中林は身を持って知っている。ナオが本当に怒った時は笑顔になることを。それはゴンの怒りよりも遥かに怖い。
「しかし、僥倖じゃのう。うっとおしい追手を撒いて見れば、そこには獲物が居たわけじゃ」
ゴンは歯を剥いた好戦的な笑みを浮かべ、半身になって槍型神形具を構えた。
「日ごろの行いが良い所為ね?」
ナオも生身の右手に”割”の銘があるナイフ型神形具を構える。
「ナオ、すまんがわしから行かせてもらう。そっちのメイドの牽制を頼む」
「仕方ないわねえ……」
言いつつ、ナオは数歩横に動き、中林の後ろにいるメイドを視界の直線上に納める。
「出来れば僕以外には危害を加えないで欲しいんだけどな」
「あぁ!? 余裕じゃのう」
「安心して。何もしなければ、こっちも何もしないわ」
ナオが視線の高さまでナイフを持ち上げて見せる。その切っ先はメイドに向かっている。
風水師の彼女が持つ神形具で指し示されているということは、能力の射程に捉えられていることに等しい。
だが、メイドさんの表情は淡い微笑のまま。
対照的に残りの三人の表情は、次第に険しく、緊張感を増して行く。
「中林、お前さんとも長いが、サシでやるのはこれが初めてじゃのう」
「僕としては、そんな機会が来ない方がありがたかったんだけどな……」
対峙した少年と少女は、僅かに構えを動かし、身体に力を溜める。
「字名(アーバンネーム)はゴン。戦種(スタイル)は五行師(バスター)。舞闘(ダンス)は永坂流」
「中林・英彦。戦種(スタイル)は近接武術師(ストライクフォーサー)。舞闘(ダンス)は筑波式」
どちらともなく叫んだ。
「――参る!」
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