2-4.生徒会
茨城圏内全ての学校を包括するつくば学園都市の生徒会、つまり茨城圏統一学生会は全国的に見ても非常に高い独立性と、自治制を有している。
学園都市の生徒会長はその権限の強力さ、範囲において、総長連合の総長と同等、あるいはそれ以上のものである。
それに伴い生徒会役員の人材や、配下の執行委員なども総長連合と比べてもなんら遜色が無いものである。
二〇〇四年から二〇〇六年現在まで、茨城圏のパワーバランスは大きく生徒会寄りに傾いており、生徒会主導による圏内の学生自治が行われている。
強力な生徒会長及び、役員により圏内は安全で自治が行き届いているが、同時にこの体制は生徒会と総長連合の間に大きな確執を生み出しているのも事実である。
二〇〇六年上半期生徒会役員
会長:生徒会全権限統括
枳殻・久遠(三年)
副会長:会長補佐、及び学内折衝担当
流・灯矢(三年)
体育部長:体育系部活統括、及び実動担当
三島・辰雄(三年)
文化部長:文化系部活統括、及び後方支援担当
花見沢・彩(二年)
広報長:学園広報活動、及び情報戦担当
火進・隼人(三年)
会計:会計・監査、及び内部統制担当
南谷・沙織(二年)
書記:生徒会議事録、及び校内風紀担当
鹿島・冬楓(一年)
学園都市-TSUKUBA。
五月の蒼穹には一筋の飛行機雲。
陽光に照らされた学園には多数の人影。
学園全域は生徒や器物の立てる喧騒と騒音に包まれていた。
五月六日。
一日に発生した大規模遺伝詞乱散から五日、学内での特別選考会が開始されてから三日が経っていた。
現在、ゴールデンウィークを利用して開催されている特別選考会の勝利条件は、<特別選考員>の捕縛。そしてその人物を選考会最終日の七日に、生徒会の指定する場所へ連れてくることだ。
だが、それを成すには選考会を失格することなく戦い抜き、捕縛後敵対戦力を排除しなくてはならない。
ゆえに学生たちは自律的に連合や同盟を結び、それぞれに戦っていた。
学内は特別選考会によって、様々な学生が入り乱れ戦場の様相を呈している。
全員が選考会での勝利を考えているわけではない。
ある者たちは、選考会を利用し実力を誇示することによる勢力と部員の獲得を。ある者は、ただひたすらに戦い暴れることを。ある者は、ただひたすらに金儲けを。ある者は、ただひたすらの逃走を。
だがそれが少数の例外であることも事実だ。
現在、学内の勢力は激突と淘汰、連合や裏切りを通じて大まかに四つの勢力に分化していた。
一つは体育系。その名の通り、この勢力は運動系の部活を中心とした連合であり、身体能力に秀でた物が多い。事実、学内の戦闘において優位を確保していた。それに加え、体育系を束ねる生徒会役員は、総長連合役職を辞して生徒会入りした『三騎師』の一人である。その為、この勢力には『三騎師』と共に総長連合派から生徒会派へ移った元総長連合系の学生が多いのも特徴となっている。
もう一つは文化系。体育系と並び大きな勢力を持つ一派である。文化部系の学生を中心とし、直接戦闘能力では体育系の後塵を拝すが、その分特殊技能に秀でた学生が多い。また、文化系を束ねる生徒会役員が、学園都市生え抜きであり、総長連合とは関わりが無いため、純生徒会派とでも言うべき学生が多いのも特徴である。勢力の特徴や構成人員など、様々な面において体育系と対照的な勢力である。
体育系、文化系比べ、勢力が小さいのが総長連合系である。その名の通り、総長連合に縁の深い学生や団体によって構成される勢力となっている。現在、茨城圏は生徒会が総長連合に比べ大きな勢力を持っているため、それを反映した勢力規模でしかない。だが、この勢力に属する学生たちには御山での連合修行経験者や、現行総長連合からの有形・無形のバックアップがあるため、装備や技能において突出した力を持つ側面がある。
最期の一つは、前述のどれにも属さない学生たちだ。中立や、報道関係、選考会の勝利以外の目的を持つ者たちなどである。彼らは一つの勢力ではないが、他勢力への対抗のため、緩い同盟状態を結んでいる。他勢力からは大勢が決した後に制圧するべき対象とみられている。<特別選考員>はその状況を利用し、今現在はこの勢力へ身を寄せている。
四者四様の思惑と行動をしつつも、状況は次第に膠着し始めていた。
正午。
太陽が南中しようと言う時刻に、その状況を崩す事件が発生した。
学園全域に校内法奏の前兆となるホワイトノイズが漏れる。
そして一つの声が始まりを告げた。
学園内にあったテレビやラジオに一斉に電源が入り、チャンネルを揃えた。
同時に、校内いたる所の空中に光学式スクリーンが投影される。
そこに映るのは生徒会室の風景。そして三人の人影。
テレビの映像が、ラジオの声が、そして空中に投影されたスクリーンが一つの情報を伝え始める。
スクリーンに映るのは、生徒会の『三騎師』。流・灯矢、火進・隼人、三島・辰雄。
流・灯矢は、細身の長身。柔和な顔をしているが、その視線は鋭い。指定の戦闘学生服を隙無く着こなし、その腰には剣を佩いている。
火進・隼人も流と同じく細身だが、その印象は大きく異なる。どこか皮肉気な目つき、改造した制服の前を開けてラフに着こなしている。特徴的なのは、右袖の無い学生服から覗く朱と橙で彩られた生体義腕と紅く染められて逆立った髪。
三島・辰雄は他の二人より頭一つ大柄で、全身筋肉の塊と言った風情の体躯がその印象をさらに強めている。しかし、陽気さと武骨さを混ぜ合わせたような顔つきが、威圧感よりも親しみを感じさせる。
副会長、流・灯矢が口を開く。
「これよりつくば学園都市学生会臨時生徒総会を行う。発議内容は、茨城圏総長連合に対する不信任決議である。これは生徒会長の承認を受け、全生徒の三分の二以上の同意を得た正式なものである。
茨城圏総長連合、校則法に基づきこの議題に対する相対を求める!」
放送は茨城圏内全域に流れていた。
大天蓋のため衛星通信が、同じく各都市に発生した天蓋のために長距離通信は不可能である。だが、圏内全域程度の距離であれば、短波通信や有線によって一斉に放送することは十分に可能。無論、放送を乗っ取るだけの技術を持った者がいれば、であるが。
放送は、水戸にある総長連合本部にも流れていた。
突然の不信任動議に、総長連合内は騒然としていた。
「この放送が本物であるか、すぐに確認を取れ!」
「他圏にも傍受されているかの確認もだ!」
「学園に潜入中の連合員にすぐに連絡を取れ! 最優先だ!!」
情報分野の第一特務を中心に、連合員が一斉に情報の検証に動く。
生徒会に主導権を奪われつつあるとはいえ、総長連合が実働における精鋭であることも事実。彼らは持てる力を発揮して、情報を集め、その確認をして行く。
その様子を見ている人物がいた。
「このタイミングでくるとはね。『アレ』の予想の正しさが証明された、か」
その人物は一人ごちると、第一特務隊員達に近づいていった。
「回線を開く準備を」
「し、しかし」
話しかけられた隊員は、驚いた表情で応じる。
「貴方たちに迷惑はかけません。どちらにしろ相対しなけらばならない相手です。それよりも私が話をしている間に、情報の検証と、実働を動かしなさい」
「はい!」
連合員は返事をすると、すぐに通信の準備を進める。
その人物の存在が心理的な支えとなり、統制を取り戻した連合員達が行うべき仕事を進めて行く。
「さあ、あの時の続きを始めましょうか」
学園内の放送に新たな人影が写った。
「――それは一体どういうことか説明してほしい。流・灯矢殿」
一瞬の空電ノイズと共に、応答の声があった。
空中投影スクリーンを二分して、一人の人物が映る。
その人物は、先ほど水戸の総長連合本部で指示を出していた人物。
艶やかな黒髪を頭の後ろで束ねた女性。髪と同色の瞳は冷たく静かな光をたたえている。
「お久しぶりね皆さん。一年半ぶりかしら?」
「君が総長になってからは初めてか、鹿島・夏葵くん」
その人物こそが現在の茨城圏総長、鹿島・夏葵だった。そして『三騎師』とは共に御山で総長修行をした人物でもある。
「あなたは相変わらずなのね」
鹿島は流の物言いに僅かに微笑。しかしその笑みは、顔が笑いの形を取っているだけで、感情を覗わせない。
「そうでもないな。さて、互いに世間話をしているわけにもいくまい」
流の言葉に、鹿島は黙ってうなずく。
「では不信任決議を――」
「待って」
鹿島は、流の言葉をさえぎる。
「何かな?」
「まず、その不信任決議が正式なものである証拠を見せて欲しいわね。全生徒の三分の二以上の同意と言ったけれど、何か事前に票決を行ったのかしら?」
「ああ」
「では証拠を見せて頂戴。それが無ければ、この動議自体成立することを認めるわけにはいかないわ。それどころか、生徒会役員が独断による権限の乱用を行ったとして、我々から不信任決議を提出せざるを得なくなるわね」
鹿島の冷徹な言葉に動じることなく、流は己の左手を掲げて見せた。
「全生徒の三分の二以上の賛成の根拠はここにあります」
そこには色褪せた灰色の刻印があった。
「その印がどうしたのかしら?」
「総長連合、及びこの放送を見ている方々に説明させていただく。この刻印は、現在学園都市で行われている<特別選考会>に同意した者に印されるものです」
「それが今回の不信任決議と何か関連が?」
「ある。この<特別選考会>は先日起こった、学園都市の襲撃及び大規模遺伝詞乱散事件の真相究明、解決を望む者のみが参加できるものです。なお参加者は、学園の生徒の八割を超えています」
流は朗々と言葉を続ける。
「我々は今回の事件の真相解明の一環として、総長連合への不信任決議を行っています。その為、<特別選考会>への参加を持って、事前票決に代えさせて頂いた」
「随分と乱暴な評決ね」
鹿島は動じることなく、言葉を重ねる。
「まあ、いいでしょう。でも三分の二の賛同が得られているとしても、何故、真相解明をするのに総長連合の不信任決議が必要なのかしら?」
対する流も、決められた手続きを踏むようにして言葉を発する。
「学園都市の学生会は先日の事件の調査を進めました。その過程でわかったことがあります。この事件の主犯は、外部の組織によるものである可能性が非常に高いと言うこと。その組織は、圏境を超えて学園に侵攻を行ったことです」
水戸の生徒会本部では、スクリーンに映った流たちに相対する形で、鹿島が話していた。
「侵攻には路線が使われ、学園都市の駅では交戦が行われています。また学園内の各所でも戦闘が発生し、数多くの人員が目撃されています」
スクリーンの中では、流が言葉を続ける。
「しかし、それだけ攻撃的な組織、そして大規模な人員であるにも関わらず、圏境を越えたという警報や、突破の際の戦闘は一切行われていません。彼らが侵入時に越えてきたと思われる圏境は総長連合の警備範囲であったにも関わらず」
流の言葉を聞きながら、スクリーンに映らない範囲で、鹿島はディスプレイ用のキーボードを引き寄せるとタイプを行う。
「これはその組織と、茨城圏総長連合が共犯関係にあり、その手引をしたためであるとの結論に達しました。事後の調査でも、この内容の裏付けは取れています」
タイプされた内容はそのまま、本部内の連合員が確認できるディスプレイへと映し出される。そこにあった命令を見た総長連合員に緊張が走った。
「これは不信任決議であると同時に、背信行為への弾劾裁判なんだよ。茨城圏総長」
二分された画面の中で相対が続いている。
流は一息に話し終え、溜息をついた。表情にはわずかに憂いがある。
「証拠を見せて欲しいのだけれど?」
対する鹿島は以前として、冷静な表情を崩さない。
「その通りだな。隼人、回線を繋げ」
「分かった」
画面の中で、流は後ろに控えていた同僚に声をかける。
声をかけられた男、火進・隼人がノート型PCを操作すると、画面にもう一つウィンドウが開いた。
そこには軽装甲ジャケットを着た一人の男が映し出されていた。
「彼は、学園内で活動をしていた総長連合員です。証言によれば、彼は先日の事件と総長連合の関与を様々な面から情報操作する任務についていたとのことです。この内容で間違いありませんか?」
流が男に話しかける。
「はい、間違いありません。今回の事件においては――」
男の話す内容に、甲高い音の放送禁止用語防止音が被さる。
「――と、茨城圏総長連合が共同して、茨城圏生徒会に対する攻撃を行いました。私はその内容究明を合法、非合法問わず妨害する任務を受けていました」
男は妙に爽やかな透明な笑顔を浮かべなら答える。
「とまあ、彼はこう言っています。ああ、これが彼の連合員所属のIDですね」
「データを貰えるかしら? 照合させるわ」
「どうぞ」
画面の後ろで火進が何か操作をする。
「ありがとう、確認したわ。ええ、間違い無く彼はうちの総長連合員ね。IDも偽造では無いようだし」
「では、認めますか?」
「いいえ。第一彼の証言だけでは、証拠として不十分ね。自白の強要などがあったかもしれない。それに彼の証言の途中に聞き取れない部分があったようだけど?」
「調査上まだ明らかにできない内容のため、こちらでフィルタリングさせていただきました」
「それじゃあ駄目ね」
鹿島は冷徹に流の言葉を切り捨てる。
「証拠も理由も不十分ね」
「それでは、我々に協力していただきたい」
対する流も冷静に言葉を重ねる。
「不信任決議が成立しないと言うのであれば、すなわち貴方たち以外に、圏内に共犯である組織がいるはずだ。我々にも、総長連合にも気取られず動けるほどの組織が」
「協力とは、具体的に何をすればいいのかしら?」
「我々は先の襲撃に関するデータを集めています。そのデータを総長連合の持つ情報と統合したい。当日の総長連合員の配置や、通信記録などをね。
さらには今後の捜査も合同で行いたい。それにあたって我々が圏内外において生徒会、総長連合全ての権限が活用できるよう便宜を図っていただきたい」
流の言った言葉、その内容が意味するのは、一つ。
スクリーンに向かいながら、鹿島は首を振った。
「無理ね。総長連合の持つ全ての権利を貴方たちに委譲しろと言うの?」
「いいえ。あくまで自主的な協力をお願いしているだけです」
流は言外に言ってきているのだ。
不信任決議により強制的に総長連合の権限を取り上げられるか、協力の名の下自主的に権利を放棄するか選べ、と。
「不信任決議も、権限委譲もどちらも了解することはできないわね」
「どうしても?」
「どうしてもよ。その点に関して、私たちの意見は平行線でしょうね」
総長連合本部の緊張が高まる。
先ほど総長が彼らに下した命令は、『生徒会との戦闘準備開始』。
「残念ですね」
「ええ残念で仕方が無いわ」
「ならば校則法に基づき、学生同士の相対にて決着をつけることになりますが?」
それは生徒会側からの最後通告だった。それを受け入れた時点で、茨城圏は総長連合と生徒会による内乱状態に突入する。
「貴方たちの間違いを正すのなら、それも止むを得ないでしょうね」
この瞬間、
「そうですか。わかりました」
両者の戦闘が開始された。
生徒会室へ通じる廊下に複数の人影がある。
先手を取ったのは、総長連合だった。
総長連合と生徒会の交渉が始まった時点で、生徒に紛れ学園内に潜伏していた連合員たちは行動を開始していた。
<選考会>が行われている今なら、武装をしてどのような場所に居ても怪しまれることは少ない。
中継によって、総長連合にとっては裏切り者とも言える『三騎師』が、生徒会室にいることが確認できている。
そして、総長からは『生徒会との戦闘準備開始』の命と共に、『交渉決裂時には、交渉終了と同時に攻撃開始』との命令も下った。
彼らは、交渉終了直後の奇襲であれば、いかに番格級とはいえ倒せると踏んでいた。
総長連合員たちは千載一遇のチャンスを活かすべく、生徒会室を包囲し、布陣と配置を済ませた。
廊下から屋外を見れば、空中投影スクリーンの中で総長と副会長が交渉を行っている。
「ならば校則法に基づき、学生同士の相対にて決着をつけることになりますが?」
交渉の決裂は、ほぼ確定。これから先は互いの武力によって決着をつけることになる。
「貴方たちの間違いを正すのなら、それも止むを得ないでしょうね」
焦燥と高揚が、同時に彼らを包む。
「そうですか。わかりました」
交渉決裂。
同時に、生徒会室の中央目掛けて攻撃を開始した。
銃撃、神器、五行、斬撃、符術、風水、爆撃。
ありとあらゆる種類の攻撃が、生徒会室の扉をぶち破り中へ殺到する。
攻撃は生徒会室内部を蹂躙し、破壊する。
「やったか!?」
誰からともなく声が上がる。
続いて、初撃が収まると同時、生徒会室の扉、及び窓の近くで待機していた連合員が室内へ突入した。
彼らは、中にいた三人が生徒会室から脱出してきた時の足止め要因でありであり、初撃を耐えきられた場合の切り込み要員の役を担っている。
彼らは中に入ると同時に符を投じた。
符は内部に込められていた風系の力を開放。室内に立ち込める煙と匂いを吹き飛ばし、視界をクリアにする。
そして彼らが見たものは、
「誰も、いない!?」
慌てて生徒会室の中を見回しても、隠れるような場所や、逃げ出した痕跡も無い。
「どういうことだ!?」
彼らは、疑問と共に屋外に投影されている空中投影スクリーンを見た。
水戸の総長連合本部は、不可解な事態にざわめいていた。
画面には、総長連合員の攻撃により壊滅したはずの生徒会室が、全く無傷のまま映し出されている。
誰も大きな声は出していないが、小声で呟く疑問や、無意識に立てる音がざわめきの波となって本部内を満たす。
その中で唯一、総長の鹿島だけが冷静であり、静かだった。
第一特務隊員が理解不能と言った表情で、画面を見る。
「馬鹿な。映像は録画では無いし、確かにつくばの生徒会室からの通信だったはずだ」
「再度検証だ! 学園内の別の場所からの通信を、偽装している可能性が高い!」
画面の中で、微笑した流が口を開いた。
「どうかしましたか?」
「何でもないわ。うちの連合員が少し道に迷っただけよ」
「そうですか。それでは、残念ですね。――隼人、もういいぞ」
「了解」
流の言葉に従い、画面の中で火進がノートPCを操作した。
次の瞬間、総長連合本部内に悲鳴が上がった。
悲鳴を上げたのは、第一特務隊員。
「映像の通信元が特定できました! 今までの発信元は偽装(ダミー)!! 現在の通信ポイントは……!」
「どうしました、続けなさい」
鹿島は、驚愕と共に絶句した連合員に先を促す。
「――通信ポイントは、本部直上高度約3000!」
水戸上空、高度3000メートル。
中型のコンテナをワイヤーで懸架して飛ぶ青い影がある。
それは凌駕紋章を完全展開した重騎”栄光”。
「ミハエル君、頼む」
「了解、っと。ご武運を」
「協力感謝する」
ミハエルと呼ばれた重騎師は、爆砕ボルトに点火。炸薬が弾け、コンテナを懸架していたワイヤーが弾け、切断された。
コンテナは地表に向かって落下していく。
第一特務隊員の幾度目かの悲鳴。
「通信ポイントに変化! 降下……いえ、この速度は落下しています!」
直後、画面の中で流たち三人の髪が、僅かに逆立つ。
後を追うようにして、部屋の内部に置いてあったものが浮き上がる。
「今からそちらに伺います」
「正気かしら」
「ええ、もちろん」
流はにこやかに完璧な笑顔を作ってみせる。
そして、そのまま通信は切れた。
「総員退避命令を。地上施設は破棄します。地上にいる連合員は避難を最優先。落着予測時間は?」
「約2分!」
「地上にいる連合員に避難を徹底周知。地下の連合員も可能な限り、耐圧・耐爆施設へ急ぎなさい。総員避難開始」
総長の言葉を合図に、連合員が雪崩を打って出口、非常口に殺到する。
壁に設置された非常ベルが押され、総長連合本部全域に避難命令が出される。
「総長も早く避難を!」
「わかったわ」
鹿島は、警告灯の赤い光に照らされた本部を一瞥して呟く。
「やられたわね。まあいいわ、そちらから来てくれるのなら好都合よ」
落下するコンテナの内部。
生徒会室に模した中では、三人の男が身支度をしていた。
身支度と言ってもそれぞれ防刃・耐弾ジャケットを羽織り、ジャケットのラッチやホルダーを確認する程度の簡単なものだった。
火進、三島はそれぞれ義体師、格闘師のため武器を持っていない。
唯一、流のみが武器を持っている。
しかしそれですら普段から使っている鋭剣とは別に、日本刀を腰のラッチに固定した程度で、銃器などの重武装はしていない。
「流、俺と三島は準備完了だ。そっちはどうだ?」
「問題無い。三島、高度が1000を切ったら頼むぞ」
「任せとけ」
三人の生徒会役員は、カメラからは死角になっていた位置に取り付けられた高度計を見る。
高度計のデジタルカウンターは見る見るうちに減り、1000を切った。
「よっしゃあ!」
――三島・腕術技能・発動・ぶん殴り・成功!
気合いの声と共に、三島がコンテナの壁を殴る。
固定されていたハッチが吹き飛び、強風が吹きこんでくる。
「それじゃあ地上についた後は予定通りに」
「了解だ」
「まかせとけ!」
流の言葉に、火進、三島が了承の意を返す。
そしてそのまま、三人の男は次々に空中へ身を躍らせた。
三島、火進、流の順で空中に飛び出した『三騎師』は、空中で符を展開した。
防風、浮遊、耐衝撃など数種類の符を複合して展開した結果、彼らは生身一つでパラシュート降下と同様に速度を殺し、ゆっくりとした降下を開始する。
対して、落下を続けるコンテナは一切速度を減衰させること無く、地上へと向う。
コンテナは、総長連合本部地上施設に接触すると、その表面の軽金属板を薄紙のように引き裂かれた。同時に、内部に仕込まれていた大量の神術爆薬に点火。
落下の衝撃と爆薬の威力を余すところなくぶちまけた。
生徒会室に複数の人影がいる。
廃墟に等しい有様になった生徒会室には、十人近い連合員がいる。
彼らの表情は険しい。
「こ、これからどうする?」
流が総長連合本部へ強襲をかけることを伝えたのを最後に、通信とスクリーンは沈黙していた。
総長連合本部との直接通信も途絶え、連合員の一人が狼狽した声をあげた。
「うろたえるな。あの三人は倒せなかったが、このまま予定通りに行動を進めるだけだ。外部からここを攻める奴らと呼応して、学園中枢部を占拠する」
襲撃メンバーのリーダー格、槍を持った連合員がそう告げた瞬間、
女の声が響いた。
「面白そうな話ね。詳しく聞かせてくれるかしら?」
一瞬前まで誰もいなかった窓際に人影があった。
壊れた窓枠を背に立つ人影。逆光でその表情は見えないが、声が、そして存在感が何より雄弁にその女の正体を告げる。
「枳殻、久遠……」
槍を持った男が、その名を口にする。その声は一瞬で歳をとったかのようにしわがれたものだった。
漆黒の髪、白磁の肌、暗く黒く紅い瞳。スタイルの良い身体を黒い制服に包んだ学園の支配者。生徒会長、枳殻・久遠。
「貴方に呼び捨てにされるのは趣味じゃないわ」
女が一歩足を踏み出す。
総長連合員達が、枳殻を囲み、身がまえた。
いずれの表情も多かれ少なかれ、恐怖が混じっている。
女が艶やかに毒花の如く微笑む。
枳殻の唇が妖艶に笑みの形を作った。
「その表情、まあまあね。彼が酷い目に合ってる時ほどではないけれど」
声を出さずに嗤っている。
その表情だけで、数では圧倒的に優位にある連合員達がじりじりと追い詰められて行く。
焦燥が彼らの身を焼く。
女の手には鞭。
いつの間にか、枳殻の右手に深緑の鞭が握られていた。
「そちらから来ないなら、私から行くわよ?」
その声が、合図となった。
「うわあああああああああああぁぁぁぁぁっ!!」
連合員たちが口々に叫びながら、枳殻に向かって行く。
銃撃、神器、五行、斬撃、符術、風水、爆撃。
連射、発動、破壊、斬断、結界、変容、炎熱。
先ほどの攻撃に倍する勢いと密度で、攻撃が枳殻へ殺到する。
女が鞭を振るった。
最初に結果が訪れた。
枳殻の振るった鞭が伸張し、のたうち加速し、一つの攻撃でありながら連撃と連射へと変貌する。
銃弾の連射は止められ、神器の威力は砕かれ、五行は白光は掻き消され、斬撃の断裂は絡めとられ、符術の結界は壊され、風水の共鳴は乱され、爆撃の炎熱は消滅した。
さらにそれを放った連合員達の五体を打ちすえ、吹き飛ばす。敵と共に背後の壁すら砕き、粉塵へと変えて行く。
遅れて音が響く。
疾とも、轟とも取れる疾く重い唸りが響き、続いて空気の避ける鋭い音と、暴風の音が鳴った。
超高速の一撃が空気を裂き、部屋中に空気の断裂を生み出す。
空気の断裂は真空の刃を生み、倒れ伏した連合員たちにさらに追い打ちをかけた。
枳殻は、たった一振りで全てを終わらせた。
全てが終わった後には、負傷の激痛に苦しみながら地に伏す連合員と、変わらずその場所に立つ生徒会長。
「毒婦、め……」
リーダー格の男が、憎々しげに言葉を吐いた。
連合員たちの体は、万遍無く赤い絵の具で塗りたくったような有様だ。
「安心しなさい、殺しはしないわ。そして絶望しなさい、気絶することは許さないわ」
そう言って枳殻は優しく、残酷に微笑んだ。
轟音と共に地下発令所が揺れる。
鹿島たち総長連合員は、地上部の施設を放棄し、本部地下発令所に移動していた。
照明が白から赤へ変化し、明滅する。
一瞬暗転した後、再度点灯し、地下発令所が白い照明に照らされた。発令所内は上から見ると台形をしている。さらに、台形の下辺に当たる後ろから前に向かい段差の形で傾斜しており、正面には大スクリーン。最前部、もっとも低い位置はステージのようになっている。
「各員、移行が終わり次第、状況を確認。負傷者の収容と治療を最優先」
最前部から全体に向かって鹿島の冷徹な声が響く。
「り、了解!」
まだ驚愕と不安が抜けきらない連合員たちが、その声で何とか動き出す。
その姿を見ながら鹿島は、ステージから外れると近くにあった受話器を取り、非常回線を使って内線をコール。
「もしもーし、こちら情報管制室」
「私よ」
「あ、総長でしたか。ちょうど良かったです。今の爆発の被害ですが、地上施設は半壊。しばらく使い物になりませんね。格納庫や倉庫もやられてますから、洒落にならない戦力低下ですよ?」
内容とは裏腹に、気楽な口調で鹿島に語りかけるのは、第一特務隊長代行の少女、丹羽貞・奈菜。
「そう、そっちは無事ね?」
「ネットワークもサーバも問題無いですよ。冗長化って大事ですね」
「現在分かってる範囲での情報を地下発令所に回して」
「了解です。後、御舟さんと斎藤さんをルート3Aでそっちに誘導してます。直に到着するはずです」
「わかったわ。そっちに人は回さなくて大丈夫ね?」
「ええ。頼もしいボディーガードもいますし」
「可能な限りの情報収集を続けて頂戴」
「了解」
鹿島が、受話器を置くと同時、発令所側面の出入り口から、一組の男女が姿を現した。
男は戦闘用改造制服に身を包んだ巨漢。さっぱりと刈り込んだ髪と精悍な顔つきが生真面目な印象を与える。右肩から長身の身にすら不釣り合いと思えるほど大きな義腕を下げている。その義腕が握るのは、武骨で巨大な戦鎚(ウォーハンマー)。
女は対照的にやや小柄。僅かに灰色ががった髪と切れ長の赤い瞳が特徴的だ。手足の長いスレンダーな肢体をインナーと学生服で包み、その上から防御効果のある長衣を着ている。長衣にあるハードポイントには、バインダータイプのブックストッカーが取り付けられている。
「茨城圏総長連合副長、御舟・行人。只今参上しました」
「同補佐、斎藤・朋歌。遅れて申し訳ありません」
「状況は分かっているかしら?」
鹿島の口調に責める響きは無く、ただ事実確認を問うだけのもの。
「はい。放送は見ていましたから」
御舟が硬い表情で頷く。
「結構」
斎藤が鹿島に質問を投げる。
「例の三人は?」
「地表部の状況は、現在確認中よ」
「総長、一つ進言を」
御舟が表情を変えないままに口を開いた。
「何かしら」
「俺と斎藤が地上に出ます。第二特務の鬼頭がパトロールに出ている現在、元番格の彼らに対抗するには、俺達が出るほかありません」
「さらに私達が地上に出て、連合員を直接指揮して立て直しを図ります」
「もとよりそのつもりよ。行ってくれるわね」
「もちろん」
「了解しました」
「頼んだわ」
鹿島の言葉を聞き、二人は駆け出した。そのまま発令所の後ろから廊下へ走り出て行く。
「……彼らに二対三では分が悪すぎる、か」
鹿島は他の物に聞こえないようにひとりごちると、再び受話器をとった。
「あろー? 情報管制ですけど?」
「丹羽貞さん、あなたのお友達の力が必要になったわ。頼めるかしら?」
「もちろんです。彼らはそのために来てるんですから」
「敵は三騎師、正直キツイな」
地上に向かって廊下を走りながら御舟が呟いた。
「流・灯矢、火進・隼人、三島、辰雄……生徒会の副会長、広報、体育会系統括。一対一なら、格で言えば同等以上でしょ」
御舟の後ろを走る斎藤が言う。
「格だけならね」
御舟はそう言って苦笑。
「斎藤さんだって知ってるだろ。二年前に何があったか」
「話だけなら。私は一学年下ですから」
二年前。正確には、一昨年の九月。総長修行を終え御山を下山した茨城圏総長連合時期幹部が、総長連合新本部の予定地であるつくばを視察しに行った。面子は、次期総長、次期副長、次期第一特務隊長、次期第二特務隊長。経過として何があったかは、今だ伝えられていない。しかしそこで、圏内同世代における最強と言ってもいい四人と一人の少女が戦ったという事実と、四人が敗北したという結果だけが残った。四人の名は、流・灯矢、鹿島・夏葵、火進・隼人、三島・辰雄。少女の名は、枸橘・久遠と言う。
その後、流、火進、三島の三人は総長連合入りを辞退、生徒会へと下った。残された鹿島が総長へ繰り上がり、副長補佐が内定していた御舟もその時に副長となった。
「でもそれは二年前でしょう? それに御舟君だって成長してる」
斎藤の視線は御舟の右腕、巨大な義腕と戦槌に向かっている。義腕と戦槌は対の武装として作られ、武装を司る神の巫女も務める総長・鹿島が手を入れ、加護を付与した物だ。
「まあね。この右義腕『武雷』と重機殻鉄槌『Mu-hu』にかけても、遅れを取るわけにはいかないね」
斎藤の言葉に応えて、御舟は薄く笑い、右腕に持った戦槌をわずかに持ち上げて見せる。
「この二年で差が縮んだのか、それとも――」
差を広げられたのか。御舟はその言葉を飲み込んだ。
「超えたはずよ」
「うん?」
「必ず超えてるわ。第一、二年前には私はいなかったでしょう?」
斎藤の声には、どこか誇る様な、それでいて不安げな響きがある。
「……そう、だな。うん」
御舟の笑みが強く、力の有るものに変わる。
「頼りにしてるぜ」
「任せて」
御舟の言葉に、斎藤が短く答えた。
そこで御舟は、ふと思い出したように言う。
「そうだ、ガムくれ」
「はい」
斎藤は、突然の要求に動じることなく、腰のポーチから板ガムを数枚取り出して御舟に渡した。
板ガムの包装紙には、『挫ける美味しさ! マウスピースガム・納豆味』のプリント。
「サンキュ」
御舟は包装を解き、数枚まとめて口に放り込む。
「いつ食っても不味いな」
「仕方ないでしょ、マウスピースガムなんて売ってるのIAIぐらいなんだから」
御舟のように重量級の武器を扱う物にとって、歯の噛み合せが良くなることは力の増強に直結する。マウスピースガムは、その歯の噛み合わせを補助する戦闘補助食品。しかし、シェア最大手は悪名高いIAIの食品部門のため、愛用するものは少ない。
「だけどなんで味だけじゃなくて、糸引いたりするとこまで再現してんだ……」
「知らないわよ、そんなこと」
御舟は釈然としない表情で、ガムを咀嚼する。
やがて地上へ出る非常口が見えてきた。
「それじゃあ、副長補佐、いっちょ行きますか!」
「了解したわ、副長!」
二人は地上へと駆け出した。
水戸の茨城圏総長連合本部。地上部は地獄の様相を呈していた。
本部中央棟が、生徒会による高高度からの爆撃により崩壊。
周囲は粉塵と煙に包まれていた。
爆発の余波で周囲の建物も、破損や火災と言った影響を受けている。
そんな地獄に一人の少年がいた。不健康ではないが、中背でやや小太りの少年。
「ちくしょう、ちくしょう……なんでこんな事に。やっぱ総長連合に何か入るんじゃなかった」
少年の名は、佐伯・満彦。茨城圏総長連合第二特務に属する隊員だ。
彼は、直前の避難警報で建物からは脱出したものの、今度は粉塵に捲かれ途方に暮れていた。
遠くから怪我人の搬送を支持する声や、爆発音らしき物が聞こえてくる。
佐伯は、怪我人や他の連合員を探しつつ、避難をする。
粉塵の間から、倒れている人影が見えた。
「だ、大丈夫か?」
佐伯は周囲を警戒しながら、倒れてる人影に近づく。
それは同じ第二特務の同僚だった。
「おい、どうした」
佐伯が同僚を強く揺すると、彼は咳込んだあと、僅かに意識を取り戻した。
「佐伯か……、に、げろ……」
呻くようなその言葉を聞いた瞬間、
――佐伯・心理技能・自動発動・気配察知・成功!
佐伯は悪寒と共にその場を飛びのき、構えた。
同僚は再び地面に伏す形となる。
しかし、佐伯に同僚を気遣う余裕はない。
焼け付くような焦燥感と、刺すような気配が彼を襲う。
「ここにもいたか」
「!?」
――佐伯・鞭術技能・発動・鞭打・失敗!
声が聞こえると同時、反射的にその方向へ鞭を抜き繰り出すも、手応えはなかった。
「おいおい危ねえな」
粉塵を割って人影が現れる。その人影は、
「ほ、火進・隼人……!」
佐伯が押し殺した悲鳴を上げる。
そこにつくば学園都市生徒会広報長、火進・隼人が立っていた。
「ああ、その通りだ」
敵地の真ん中であるにもかかわらず、火進は平然と答えた。
どうする。
佐伯は自問する。
彼が強い者には逆らわない。彼と火進では、その実力差は歴然としていた。
降参するか、それとも逃げるか。
「ちなみにだな。お前には降参て選択肢も無いからな。何せ俺は総長連合を潰せって言われるんでね」
そんな彼の考えを見透かしたかのように、火進が告げる。
「うわああああああ!」
――佐伯・脚術/体術技能・重複発動・後方跳躍・成功!
――佐伯・火帝/鞭術技能・重複発動・火炎打撃・成功!
半ばやけくそで佐伯は火進と間合いを取りながら、鞭を繰り出す。彼の字名(アーバンネーム)、火蛇の通り、複雑な軌道でのたうつ鞭が火を纏い火進に向かう。
火進は火に包まれた鞭を技能すら使わず、右手の生体義腕で掴んだ。
「温いな」
人を焦がすに十分な熱量を持つ神器の火。それを手にしたまま、火進が平然と答える。
佐伯は掴まれた武器を引き戻そうとするが、自然体で立つ火進の姿勢は揺るがない。
「いいか、火ってのはこうやって使うんだ」
誓約の炎が告げる
明るきもの 熱きもの 猛きもの
営みを生み壊す力
その力は我が手にある
――火進・義体技能・発動・義腕「火進命」起動・成功。
――火進・義体技能・発動・内蔵式「火神神器」起動・成功。
次の瞬間、火進の右腕から生まれた火が佐伯の鞭の火を飲みこんだ。
火はそのまま鞭を焼き尽くしながら、佐伯のもとへと向かう。
「!?」
佐伯が鞭を手から離すのと、鞭が燃え散るのは同時だった。
「その程度じゃ俺に火は付けられない」
炎の熱とは対照的に、火進の冷めきった視線が佐伯を射抜いた時、
「ならばこれでどうだ!」
怒号と共に粉塵を割って走り出る人影があった。
粉塵の中から火進を強襲したのは、茨城圏総長連合第二特務隊長補佐、猪俣・洋。
丸刈りで額に鉢巻を巻き、学ラン型戦闘学生服を70年代ヤンキー風(クラシックスタイル)に改造している。
ふざけやがって……!
猪俣は激昂していた。年の割には老けた顔が怒りで歪む。
自分たちの縄張りが土足で荒らされた上に、その相手が敬愛する総長の宿敵、生徒会の三騎師。
猪俣が絶対の忠誠を誓う総長を一人残し、生徒会へ行った男たちなど到底許せる奴らではなかった。
――猪俣・腕術/体術技能・重複発動・正拳・成功!
猛拳(ワイルドナックル)の字名通り、手甲を付けた拳が唸りを上げて火進へ叩きこまれる。
ここで火進が初めて構えをとった。
――火進・腕術技能・発動・受け止め・成功!
火進は、先ほど佐伯の鞭を燃え散らせた右手で、猪俣の拳を受け止める。
二人の足が地面を噛む音が響く。
「良い拳だ……だが!」
――火進・腕術技能・発動・押し返し・成功!
――猪俣・腕術技能・対抗発動・押し込み・成功!
二人の右手が、相手を互いに押し込もうと拮抗する。
火進の右腕、神器の力を帯びた右手が、猪俣の手甲を熱していく。
「まだ熱が足りないな」
「だったら望み通りにしてやらあ!」
猪俣が吠える。
同時に猪俣の手甲に流体が巻き付き、赤光を発する。
――猪俣・紋章技能・発動・紋章刻印起動・成功!
「これは……樹詞刻印か!」
赤熱。
それは火進の神器によって熱せられたものではなく、手甲が自ら熱を発していた。
「樹詞刻印”熱血”。俺の怒りの熱さを食らえ!」
叫びと同時に猪俣は、空いた左手でイヤホンを左耳につっこんだ。
吠え猛る力は拳と共に
吼え武る心は意と共に
掴み届け我が力
貫き徹せ我が心
猪俣が詞を口にすると同時、
――猪俣・砕帝/腕術技能・重複発動・砕帝蓄積・成功!
神器の力が拳に宿り、
――猪俣・砕帝/軍事/腕術技能・重複発動・爆砕打撃・成功!
樹詞刻印の熱と神器の砕きの力が融合。
爆砕の形を取って力が顕現した。
熱風と爆音が周囲の粉塵ごと火進を吹き飛ばす。
火進は爆炎に包まれながら、数メートルの距離を飛ぶ。
しかし、その爆炎が不意に収束し、火進の右腕に絡みついて行く。爆炎は、腕から手へと流れ落ち、火球の形を取った。
火進は空中で姿勢を整え、悠然と着地した。
「少しは熱い奴が出てきたみたいだな。こいつに火をつけるには十分過ぎるぐらいにはな」
彼の口には、いつの間にか火のついた煙草がくわえられていた。
「ほざけっ!」
猪俣が追撃をかける。
「次は俺の番だろ?」
火進の言葉と共に右手の火球を握り潰す。爆炎が弾け、火柱を上げる。
――火進・火神/義体技能・重複発動・炎剣生成・成功!
火柱は数メートルの長さまで伸張し、剣の形を取る。
そのまま火進は、突っ込んでくる猪俣に無造作に炎剣を振るった。
――火進・火神/剣術技能・重複発動・炎熱斬撃・成功!
――猪俣・砕帝/軍事/腕術技能・重複発動・爆砕打撃・成功!
猪俣も爆砕打撃を同時に繰り出す。
炎剣が爆風で吹き飛ばされる。
「馬鹿な!?」
武器を失った火進へ、猪俣が拳を握って肉薄する。
「食らえ!」
「――なんてな」
――火進・火神/義体技能・重複発動・産火屋生成・成功!
周囲に散った爆炎が檻のように猪俣を包む。
――猪俣・腕術/体術技能・重複発動・拳打・成功!
――猪俣・腕術/体術技能・重複発動・拳打・成功!
――猪俣・腕術/体術技能・重複発動・拳打・成功!
――猪俣・腕術/体術技能・重複発動・拳打・成功!
猪俣は前進を止め、全周位から襲い来る火を双拳で打撃し、撃ち落とす。
「くっ……!」
だが全周からの攻撃に手が足りず、火が迫る。
――佐伯・火帝/防御技能・発動・火炎防御・成功!
――猪俣・脚術/体術技能・発動・跳躍回避・成功!
あわや火に巻かれる寸前、戦闘介入のタイミングを伺っていた佐伯が神器で炎の壁を作り、迫りくる火を相殺した。
猪俣はぶつかり合って燃え盛る火から、跳躍して後退。佐伯と同じ位置まで下がって、構えを取る。
二人の目の前で、火がうねった。
「だがまだだ」
火炎の向こうから声。
同時に火炎が生き物のようにうねり、火進の周囲を回る。
「俺の火を食った……!?」
佐伯が驚愕の叫びをあげる。
「俺の姓は火の中より生まれる者の意、この程度じゃ俺は燃やせない」
――火進・火神/義体技能・重複発動・火竜詞蓄積・成功!
――火進・火神/義体/射撃技能・重複発動・火竜詞射撃・成功!
次の瞬間、火進の周囲の火炎が、竜の形を取って二人へ撃ち出された。
「くそったれがああああああああ!」
猪俣が叫びながら拳を突き出し、佐伯が悲鳴と共に神器で耐熱防護を展開する。
火竜の顎が開かれ、二人を飲みこみ、爆発した。
「手加減をしたし、死ぬことはないだろう」
火進はそう言って、紫煙を吐きだし、煙草の灰を落とす。
彼の前には、倒れ伏した総長連合員が二人。
共に戦闘制服の表面を焦がし、皮膚が熱で赤くなっている。だが重度の火傷などはなく、軽い火傷と急激な脱水症状があるだけだ。
「ふざけ、やがって……」
荒い息をつきながら、猪俣が火進を睨む。
「おや、気絶して無かったか。思ったより頑丈だなオマエ」
煙草を燻らせながら地面からの視線を受け流す火進。
そこに遠くから高音の響きが聞こえてきた。
「何だこの音……?」
火進が周囲を見回して怪訝な顔をする。
「は、ははははは! 聞こえるか! このホーンの音が!」
地面に伏したままの猪俣が笑う。
「おい何笑ってんだよ。何か知ってるんなら教えろ」
「教えると思うか?」
「ならいい」
「はっ……そこまで言うなら教えてやろう」
「いや、別にいいって」
「来たんだよ、アイツが……!」
「どいつ?」
「親衛隊のナンバーワン、ヘッドが来たんだ!」
「あー、何か面倒くさいのにあたっちゃったなあ」
火進は嫌そうに言うと、笑い続ける猪俣に蹴りを入れて気絶させた。
次の瞬間、重量級の響きが大地を震わせた。
時はわずかに遡る。
火進がいる位置から見て、崩壊した地上部施設を挟んで反対側、南西部。駐車場を兼ねた広場になっているそこでもまた戦闘が開始されようとしていた。
難を逃れた総長連合員たちが、煙幕と粉塵の周囲に布陣している。
軽装の連合員は、周囲を警戒しながら移動し、煙の切れ目から中を伺い、負傷者を収容している。
遠隔職を中心とした重装の連合員達は、樹詞とポリカーボネイトの複合素材の盾と杖砲やSMGを爆煙の中心部に向けている。
たった三人の襲撃者に対する反応としては過剰とも思えるものだが、事実はそれに反する。
展開した連合員の中には、御山での総長修行時代に敵の三人と実際に戦った者もいる。彼らの感覚からすれば、嵐の前に裸で放り出されたに等しい。
粉塵が揺らめき、煙を突き破って何かが飛来する。
空を裂く音。
その直後、鈍く響く音と共に包囲していた布陣の一角が僅かに崩れた。
周囲の視線が集まる。
見れば一人の連合員の持つ盾が、真っ白にひび割れ、本人ごと吹き飛ばされていた。
そのすぐ傍には人の頭程もあるコンクリート塊が転がっている。恐らく、崩壊した本部施設の構造物だろう。
「来るぞ!」
誰かが叫ぶ。
それに応えるように連続して、同じぐらいのサイズのコンクリート塊が飛来した。
連合員の中の全行師や紋章師が、符や紋章を展開し結界を張る。
コンクリート塊は結界表面で弾かれ、軌道を逸らす。
「これで何とか……」
安堵の気配が全員に広がる。
「ならないぜ」
声がした。
次の瞬間、硝子が連続して砕けるような音を立てて結界が崩壊した。
一拍遅れて、連合員達の布陣の背後の建物が轟音を立てて崩れた。
その場の全員が見た、結界を貫き、建物を崩した物の正体を。
それは槍にも似たコンクリートの柱、電信柱だ。
結界を張っていた連合員達は、衝撃のバックロードを受け、地に伏す。
「これぐらいで驚かれちゃ困るぜ?」
煙に影が浮かび、徐々に姿を明確にして行く。
「う、撃て、撃てぇ!」
総長連合員達は、その影に向かって反射的に攻撃を開始した。
砲や銃から放たれた、銃弾、神術、神器、様々な攻撃が殺到する。
周囲に漂う粉塵を倍化する勢いで攻撃が弾け、アスファルトが砕ける。
しかし、
「無駄、無駄、ムダァ!」
そいつは無傷のまま、煙を割って表れた。大地を踏みしめ揺るがすような、重量感のある走り。
浅く日に焼けた堂々たる体躯。防護用ジャケットの上からでもわかる、筋骨隆々とした腕。顔はただただ楽しそうに笑っている。
そいつは無意味にジャンプし、空中で筋肉を誇示するポーズをとりながら名乗った。
「茨城圏生徒会、五大頂が一人。三島・辰雄、見・参!」
無駄に歯を白く輝かせながらスマイル。
「馬鹿が出たぞー!」
総長連合員達の悲鳴が上がる。
最悪だ。
姿を現した三島・辰雄を前に、総長連合員達の誰もがそう思った。
理由はある。
今回襲撃してきたのは三騎師。
副会長の流・灯矢は県の内外において、文武に優れた聡明な人物であるとの評がある。本人の戦闘能力以上に、その作戦立案、指揮能力や交渉といった面での評価が高い。つまり、彼を相手にした場合、損得による交渉や降伏というカードが存在しうる。仮にそれらの交渉が通じず戦闘になった場合でも、最悪戦闘不能で病院送り。死ぬことは無い。
広報長の火進・隼人。彼も同様だ。流とは質が違うが、広報の長を務めるだけあって、頭脳面において優れた人物だ。流に対し、激しやすい人物との印象を持つ者もいるが、それも含めて彼の戦略である。知略の質で言えば、流が正攻法であり静的なのに比べ、火進はルールと心理の裏を突き動的だ。それはつまり、最も効率良く目的を果たせる方法を選ぶということだ。彼も必要以上の戦いは行わないはずだ。
だが体育会系の長、三島・辰雄は前者たちとは一線を画す。
彼にあるのは、ただ力の一文字のみ。
彼に交渉は存在しない。
交渉をするだけの知能がないわけではない。多分。一応、何の間違いか、とりあえず、形としては、御山の総長修行を終えている人物だ。総長連合の修行を終えた物は、大学卒程度の学力とみなされる。
しかし、それでも彼は交渉を行わない。
総長修行時代も生徒会に移った後も、彼が動く時は、力が激突する時だ。
そこには手加減も、甘えも存在しない。
「茨城圏生徒会、五大頂が一人。三島・辰雄、見・参!」
常に正面から堂々と、愚劣なまでに戦い、そこに結果を求める。
ゆえに彼は、
「馬鹿が出たぞー!」
馬鹿であり、最悪なのだ。
「馬鹿とは何だ! 生徒会役員は歯が命!」
「うるせー!」
着地した後さらに決めポーズを作った三島に、連合員たちの遠隔攻撃が飛ぶ。
着弾、轟音、衝撃。
余波だけで空気が攪拌されるような苛烈な攻撃。
しかし、
「足りん! 俺を砕くにはまだ足りんぞ!」
男が吠えながら、破壊の渦から飛び出てくる。
その体はいまだ傷を負っていない。
彼の身体の周囲にある不可視の何かをを避けるように煙が流れて行く。事実、空中の粉塵がそれに触れるたびに、流体の煌めきを残して消える。
しかし、総長連合員達は砲が焼き付くことも厭わず射撃を続ける。濃密な弾幕が形成され、三島に牙を剥く。
「は!」
――三島・体術/脚術技能・重複発動・踏み込み・成功!
呼気と共に三島が足を踏み下ろした。
アスファルトに亀裂が走り、三島の足が沈む。
次の瞬間、約10メートル四方のアスファルトがめくれあがり、壁のように屹立した。
「!」
突如視界を遮った壁を前に、連合員達から声にならない驚愕の叫びがあがる。
「目くらましだ! 怯むな! 撃てえ!」
アスファルトの壁が穿たれて行く。
攻撃によって穴だらけになった壁が崩壊する。
崩壊した壁の向こうには、三島の姿は無い。
「どこに隠れた!?」
「俺はここだ!」
馬鹿正直な声が返ってきた方向を連合員達は向き、絶句した。
そこには三島がいた。
そして彼は、爆撃の余波で半壊し、放棄された軽自動車を持ち上げていた。
「貴様、何を――!?」
「間違っても当たるなよ?」
――三島・投擲/腕術/体術/脚術技能・重複発動・大投擲・成功!
三島はそう言うと軽自動車を総長連合員達に向かって投げた。
1トン近い重さの鉄塊が、ほぼ水平の軌道で飛来する。
既に総長連合員達は陣形も何も関係無く、逃げ出していた。軽自動車とは言え、自動車である。圧倒的な質量の前に、盾や防護服程度では何の役にも立たない。
哀れな軽自動車は、連合員達の頭上すれすれを飛び、建物に突っ込んだ。そして、内部の燃料と建物にあったと思われるガスや可燃物、それらと共に盛大に爆発し、華々しい最期を見せた。
爆発の炎熱に煽られ、総長連合員達が悲鳴を上げる。
既に彼らの足並みは乱れ、再び立ち向かうことはせず、逃げ出そうとする者も多かった。
だが、その時、
「おおおおおおおお!」
叫び声と共に、広場に走り込んで来る人影があった。
いや、人影と言うにはそれは大きかった。
それは、
「第二特務!」
「騎か」
第二特務に所属する中騎”三毛猫”。
「俺だけじゃない、隊長も戻ってきてる!」
”三毛猫”はそう言うと、三島に向かって走りながら、腰に付けていた樹詞製の重騎用警棒を引き抜いた。
「人が騎に勝てるか!? これ終わりだ、生徒会!」
中騎はそのまま足元の人間へと警棒を振り下ろした。
圧倒的な質量の前には敵わない。先ほど三島が証明したことが、そのまま彼へと返る。
弾けるような音が響いた。
「運が良ければ大怪我程度で済むだろう」
”三毛猫”が再起不能にした男へ声をかける。その声には不快さと興奮の入り混じった響きがある。
「……てことは、お前の運の悪さは相当のもんだな?」
警棒の下から声がした。
「!?」
不可解な事態に驚きの意を返すと同時に、
――三島・土神/体術/防御技能・重複発動・鎧装・成功!
流体の輝きと共に地面が揺れる。
「次はこっちの番だな!」
――三島・腕術/体術/脚術技能・重複発動・剛拳・成功!
先ほど音を倍する響きと共に、重騎用警棒が砕けた。
砕けた警棒の破片の先には、黄金色の流体をまとった三島がいた。
「馬鹿な!?」
地面へ向かっていた力のベクトルが崩れ、中騎がバランスを崩す。
「お前らが言ったんだろ? 馬鹿だってよ!」
三島に向かって中騎が倒れ込んで行く。
両者には圧倒的な重量差がある。
攻撃をせずとも上に倒れ込めば、中騎の勝利は自動的に確定する。
はずだった。
――三島・体術/脚術技能・重複発動・震脚・成功!
――三島・土神/腕術/体術技能・重複発動・拳打・超成功!
バランスを崩した中騎の手と、三島の拳が接触する。
両者の動きが一瞬の停滞を作る。
貫、と、硬く高い音がした。
次の瞬間、衝撃が徹った。
中騎の手、腕、肩、胸、顔と衝撃が伝播し、装甲服と外殻が弾け飛ぶ。
それでもなお余りある衝撃は、そのまま中騎を吹き飛ばした。
バク転をするようにして中騎は転がりながら飛び、広場を囲む建物へ半ば騎体をめり込ませて止まった。
「ば、化け物だ……」
戦意を喪失した連合員達が、三島を見ながら言葉を漏らす。
三島は拳打を放った構えをゆっくりと解くと、一歩踏み出した。
何気ない一歩だが、その一歩は彼らの心に恐怖と絶望を刻む。
三島は言う。
「俺を砕きたければ、大地を砕く気で来い」
なぜ彼は交渉を行わないのか。
彼が自らに課しているためだ。
自分が純粋な武力であることを。
その拳は己が守る人々のために、己が打ち倒す敵に向けて振るわれる。
振るう先を決めるのは、己が信じ、仕える主。
主を選ぶ。それだけが彼が唯一自分に許す、自らの判断。狂信的ともいえる信頼と、絶対の自信がなければ選べない。
それ以外はただ物言わぬ武力として、人を守る盾として在る。
そして圧倒的な存在感を持って敵を威圧し、仲間を護る。
その実践としての一つの結果がここにあった。
総長連合員達は、戦意を失い、ある者はその場に座り込み、ある者は震える足で逃げ始めた。
だが、それに反する動きが二つあった。
「ならば砕いて見せよう」
また新たに広場に入ってくる姿が二つ。
三島がそちらへ体を向ける。
「遅れてすいません。皆さんは負傷者を収容しつつ、撤退して下さい。後は私達が引き受けます」
新たに来た人影の一つ、少女が周囲の連合員達へ指示を飛ばす。
「お前は……!」
「久しいな、三島」
もう一人の影、巨大な義腕と戦槌を持った男が言う。
「茨城圏総長連合副長、御舟・行人。我が”M-hu”は巨人すら打ち倒すぞ」
二つの戦場を冷徹に見下ろす視線が有る。
視線の主は、水戸の上空3000メートルの位置にいた。
凌駕紋章で背翼のみを展開した重騎“栄光”だ。
『――さて、始まったか』
”栄光”は眼下の戦場を見下ろしながら、緩やかに旋回を続けている。
『”茨の王”よ。貴女との契約通り、この戦場を見届けさせてもらいますよ』
呟きの後、バックパックからロックを解除する金属音が響いた。
重金属の擦れる音と共に、”栄光”は背部に設置されていた長大な金属の塊を構える。
金属の正体は、重騎用の長銃。その全長は”栄光”の全高とほぼ同等。黒金で作られた長銃には、『徹神丸・試作壱号』の銘が彫ってある。
『願わくば、これを使うことが無いことを』
照準越しの視線は、死の視線。
太陽を背に、天使のように、死神のように重騎は舞う。
茨城圏総長連合本部。
今や爆心地として崩壊した建物の地下。
大小様々な瓦礫が通路や部屋を押しつぶし、折れ砕けた配線や配管が、電線や冷却水などの内容物をぶちまけている。
照明はことごとく割れ砕け、地上からの光も幾層にも折り重なる瓦礫と土砂で、地下は暗い。
そこにあるのは混濁した暗闇だ。
濁った闇に僅かに擦れるような音が響いた。
音から一拍遅れて、瓦礫の一つが小さな欠片となって崩れ落ちた。
崩れ落ちた瓦礫のあった個所は、黒々と虚ろな穴が口を開けている。
黒の中から染み出るようにして表れた影があった。
つくば学園都市生徒会副会長、流・灯矢だ。
彼は爆撃により残骸と化した建物の中心から、その地下へと侵入していた。
「空調は止まっているようだが……窒息することは無さそうだな」
流は瓦礫を斬断した鋭剣を手に下げたまま、周囲を見回す。
本部地上施設中心部があったそこは、既に退避と放棄が行われ総長連合員の姿は無い。
最も被害が大きく、すでに崩壊して利用不可能になった箇所という心理的死角ということも影響しているのだろう。
瓦礫の山、残骸の林を潜り抜け、踏破して彼は進む。
不必要な衝撃を加えれば崩壊し、生き埋めになりかねない道無き道。
だが生徒会副会長は、時に剣で瓦礫を斬り払いながら進む。
「さて、やっと開けたところまで来たか」
鋭剣を鞘に納めながら呟く。
そこは元はロビーであったであろう空間だった。
彼らの爆撃によって破壊される前は、地下二階に相当する床から地上三階相当までの吹き抜けの空間であったらしく、高く広い空間がある。
しかし、今やそこも瓦礫が内部に向かって落ち込み、採光が良かったであろう上階フロアのガラスは尽くが割れるかひび割れ、残骸によって斑な光を地下に零すのみだ。
硝子と瓦礫の破片を踏みしめながら、流は歩を進める。
そして、崩壊したロビーの中央まで来たところで、不意に足を止めた。
「ところで貴方はいつまでそこにいるつもりでしょうか? 私としては、出てきて下さるとありがたいんですが」
前方、深淵の闇に繋がるように暗い廊下へ向けて、流は気安い口調で声をかけた。
沈黙。
そこには何の気配も存在しない。
たっぷり秒針が一周する以上の時間をかけた後、廊下の奥から、硬い靴音が聞こえ始めた。
闇の中から姿を現したのは、白いワイシャツにネクタイ、黒いズボン。標準的な男子学生の姿をした人物だ。
小柄だが、整った顔立ちをしており、黒髪を首の後ろで束ねている。手には剣の鞘がある。
しかし、なぜかその印象は希薄で、目を離せば次の瞬間には忘れてしまいそうな雰囲気があった。
その人物は流と三メートル強の距離を取って対峙した。剣を抜けば、次の瞬間には互いに剣の届く距離だ。
「何故分かりました」
「心配性なもので」
淡々と問う人影に、流は肩をすくめて見せる。
「心配性、ですか。気配も存在も隠蔽した上で、百メートル近く後方から伺っていた私を察知する程の心配性とは……つくばの副会長殿は余程臆病と見える」
「蛮勇よりはその方がいいでしょう? 何せ私の上司はおっかない人でしてね。それに、あの時点であなたの間合いに入っていたわけですし」
ここで黒髪の人物の表情が、僅かに動いた。
「間合い? なぜそう思ったのです」
「思ってなんていませんよ。解っただけです」
「ならば、今も貴方は私の間合いにいるということになりますが?」
「でしょうね」
流の口調はあくまで気安い。
「それよりも、名乗っていただけないのでしょうか?」
「……」
何気ない口調、だが空気が一気に張りつめた。
「ああ、なるほど。私から名乗った方がよさそうですね。初めまして、私はつくば学園都市生徒会副会長、流・灯矢と申します」
「何時から気づいていました?」
「最初から。あなたたちのそれは優秀ですが、解り易い。何せ『何か分からない』という状態が有るのですから」
「今後の参考とさせて頂きます」
そこで一度言葉を切り、続けた。
「我は紅の木蘭、字名は紅花。千葉圏総長連合第二特務副隊長。今は客分としてここにいる」
木蘭が匿名を捨て、『自己認識名(ハンドル)』を宣言した。
■ Anonymous -> "Hong-Hua"
■ Indefinite -> "Strike Forcer"
■ Unemployed -> "The 2nd Special Unit sub-Leader of Chiba"
『紅花』の存在が確定された。
黒髪の人物、木蘭にかかっていた薄靄のような違和感。印象をぼやけさせていた何かが消え、鮮明な物となって行く。
木蘭は切れ長の瞳で、中華系とおぼしき顔立ちをしていた。右の耳にはイヤホン。神器を刻む音楽は流れていない。
乾音。
名乗りを交わしてから、一瞬の後には両者の剣もまた交わされていた。
「女性でしたとは……失礼しました。木蘭さん」
弾かれるようにして鋭剣を引いた流が言い、
「好きに言ってもらおうか! 剣の前に性別など些細な問題だ」
言葉と共に木蘭が剣を繰り出した。
――木蘭・剣術技能・発動・切り下ろし・成功!
――流・剣術技能・発動・薙ぎ払い・成功!
――木蘭・剣術技能・発動・逆袈裟・成功!
――流・剣術技能・発動・切り返し・成功!
――木蘭・剣術技能・発動・突き・成功!
――流・剣術技能・発動・巻き打ち・成功!
連続して金属が鳴る。
木蘭の中国剣と流の鋭剣が幾度となく交差し、音と煌めきを散らす。
両者の剣身に頭上から差し込んだ陽光が写り、反射の光がロビーの中を乱舞する。
――木蘭・剣術/腕術技能・重複発動・打ち払い・成功!
――流・剣術/腕術技能・重複発動・切り落とし・成功!
――木蘭・剣術/脚術技能・重複発動・打ち込み・成功!
――流・剣術/体術技能・重複発動・旋回切り・成功!
――木蘭・剣術/体術技能・重複発動・突き下ろし・成功!
――流・剣術/腕術技能・重複発動・逆太刀・成功!
――木蘭・剣術/腕術/体術技能・重複発動・斬り回し・成功!
――流・剣術技能・発動・多段斬り・成功!
高速技能戦。
互いの剣を技能に乗せて繰り出す二人の足取りは、舞うように軽く、踏みこむ足は互いに最適に、相手より有利な位置を求めて動く。
相手の剣を己の剣技で切り落とし、己の剣もまた相手の剣技で撃ち落とされる。
乱舞。
ロビーの中心を軸に、円運動、S字旋回、交差。両者の軌道は離れ、また近づき、床に足跡と周囲に斬撃痕を残して行く。
擦過し弾きあう剣身が鉄琴の様に音を鳴らし、火花を散らす。
両者の攻防は一進一退を繰り返し、拮抗している――かのように見えた。
……これは!
木蘭は内心で驚きを得ていた。
彼女の繰り出す攻撃は、学生レベルの剣技としては文句無しに最速の部類に入る。
事実、これまで彼女の攻撃に対応できたのは番格級のみ。それにしても純粋に速度と手数では彼女に及ばず、広域に対する攻撃やその威力によって速度差を埋め、超えて来た。
木蘭自身も、その敵手たちの対応と判断は正しかったと認識している。
だが、この敵は違う。
木蘭の得意とする剣技というフィールドにおいて、速度と言う同質の手札を持って正面から挑んで来ている。それどころか、
まだギアが上がると言うのか……!
徐々に、徐々にではあるが、流の剣戟の回転数が上がって来ている。
その剣は、さらに軽妙に、より精密に、一層鋭く。
木蘭の経験では、真正面から速度による撃ち合いで自らの上を行ったのは、剣の師父と、総長連合での戦闘の師、『老師』ぐらいのもの。
三人目、というわけか……!
既に木蘭と流の剣は、鍔競り合うということをしない。
剣が触れた瞬間その軌道を変え、次の斬撃へと移行する。双剣が触れ合う力と音は、軽く涼やかに空気を震わせる。
しかし、もしどちらかがその手を緩めれば、速やかに一撃が相手に送り込まれる。
危ういバランスと過剰なまでの攻撃力で構築される戦場だ。
速度の先端を走る木蘭の感覚と、動きがさらに研ぎ澄まされて行く。
その中で、彼女は見た。
「それでは、次のステージに進みましょうか」
声に出さず、しかし流が唇の動きでそう言ったのを。
――木蘭・体術/脚術技能・重複発動・跳躍回避・成功!
――流・光神/剣術/腕術技能・重複発動・光刃剣・成功!
――木蘭・剣術/防御/腕術技能・対抗重複発動・受け流し・成功!
木蘭は、本能から来る半ば反射的な動きのみで、回避と防御を行った。
流の剣の軌道が、光刃の形を取って彼女の剣を打つ。鋭い衝撃に危うく剣を取り落としそうになるが辛うじてホールド。
遅れて詞が響いた。
天地に満ちるもの
闇裂き夜を穿つもの
汝時の流れに灯るもの
光あれ
数メートルの距離を跳んだ木蘭の眼前、右腕を前にした半身の姿勢で立つ流の姿がある。その耳には何時つけたのか、イヤホンがはめられている。
手に持つ鋭剣の切っ先はわずかに下げられており、剣親が緩やかに静かな光で包まれている。
神器の光だ。
「予備動作無しで神器を発動させるとは……輝刃(グリームエッジ)の字名(アーバンネーム)は伊達では無い、か」
「そんな大層な名前を戴く程の物では無いですけどね。光が音より早いなんて言うのは自明でしょうに」
木蘭の呟きに、流はわずかに苦笑して見せる。
肩をすくめた動きで切っ先が僅かに揺れ、淡い光が散り、溶けて消える。
「このままでは、勝てない」
木蘭は口の中だけでそう言って、現状を認めた。
本来ならば総長になるはずだった男。その実力、剣、速度は本物である事を認識する。
ならば、
「私も、ステージを上げよう」
懐に僅かに触れた後、左手を前に、剣を持った右手は引き絞るようにして後ろに。腰を落とし、両の膝は力をためて曲げられる。若干前傾した姿勢の重心は、前に寄る。
イヤホンから流れ出した神器に乗せて、己の詞を詠んだ。
我不迷
次の瞬間、木蘭の姿が消えた。
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