4-1.昨年の秋季全学合同学園祭の様子
秋季全学合同祭は年に数回行われる全学合同祭の中でも、最大級の規模を誇る。
10月31日のハロウィンの仮装行列を前夜祭とし、文化の日を頂点とし公式にも4日間、準備祭や後夜祭を含めれば一週間近い祭りが続く。
合同会場だけでなく、学園都市各校舎学校部でも同時に学園祭が開催される。
ハロウィンの仮装行列は、ありとあらゆる仮想が集う混沌空間。そしてメインイベントのカボチャ投げ祭りは何故死者が出ないか不思議ですらある。
ここでは昨年、2005年に開催された秋季全学合同祭の様子を紹介する。
祭りを控えた都市全体が喧騒に包まれている。
喧騒はそれ自体が祭りであり、更なる盛り上がりに向けた準備でもある。
学園都市の一角、普段は多目的に使われている建物。
「お疲れ様、手伝い助かったよ。やっぱり身長あるやつが居ると仕込が楽だな」
「うい、お疲れさん」
半地下の出入り口に二人の人物がいた。
一人は中肉中背で頭にバンダナのようにタオルを巻き、Tシャツに作業ズボン、軍手の男。
もう一人は痩身長躯。眼鏡をかけている以外はジーパンとシャツという取り立てて特徴の無い男。
タオル男が、眼鏡の男を見送る形だ。タオルの男が口を開く。
「それじゃあ、中林。明日の公演はスタッフ頼むぜ」
「確認しなくたって、引き受けた以上逃げないよ」
眼鏡の男、名を中林・英彦と言う。学園都市所属の学生で、高等部の一年である。
彼は同級の友人の頼みを聞き、秋季全学合同祭の公演の手伝いをしていた。友人は学園に無数にある演劇部のうちの一つに所属している。
「でさ、中林。この後はどうするんだ?」
「この後って仮装行列か。とりあえず、寮に帰って着替える」
今日は10月31日。ハロウィン。
全都市規模の学園祭の前夜祭はハロウィンの仮装行列で幕を開ける。この仮装行列の恐ろしい所は、「トリックオアトリート」の精神に基づき、仮装をしていない者は誰であろうと悪戯か、菓子略奪の対象者となる所にある。身体、精神、金銭のどれかが惜しい人間は必然的に仮装をしなければ生き残れない。百鬼夜行の仮装行列。
「その後は篠竹でも誘って夜店でも冷やかすさ」
「……まあ、事件は起こすなよ」
「そうそう何度も起こすか」
篠竹とは中林の友人である。それぞれ単体では比較的優等生なのに、何故か二人そろうとアクシデントに巻き込まれ、事件を引き起こす不思議な存在となっている。
ちなみに一番最近の事件は、夏期休暇明けの水泳大会でプールの水が寒天で固められていたことに関与しているとされている。
「ところでお前、衣装は何を着るんだ?」
「そこら辺で安売りしてたカボチャのお面」
「てことは、何か衣装を作ってたわけじゃないんだな?」
「そりゃそうだろ。命は惜しいが、そこまで手間をかけるのも惜しい」
「よし、ならこれを持ってけ」
タオルバンダナが中林に押し付けたのは、大きな紙袋。
「なんだよ、これ」
「衣装」
「はぁ!?」
「だから衣装」
「なんで俺の衣装なんかが用意されてるんだよ」
「いや、どちらにしろ明日の手伝いで照明オペレーターやってもらう時に着て貰う予定の衣装だからよ。
安心しろ、うちの部の女子の力作だ」
「そーいう問題じゃねえだろ」
「じゃあどういう問題だよ。いいから受け取っとけ。祭りってのはノッたもん勝ちだ。たまには羽目外しとけ」
「そうは言ってもだなあ」
「んじゃ、俺はまだ準備があるから。じゃ!」
一方的に言い放って、タオル男は再び建物の中に引っ込んでいった。
「……ったく、どーすんだよ、これ」
押し付けられた紙袋を持ったまま、中林は途方にくれた。
頭上を仰ぎ見れば秋晴れの青空が能天気に広がっていた。
街路には仮装をした人々が溢れ、街頭にはカボチャを模した提灯が吊るされている。
道の両脇には夜店が並び、活気のある喧騒と照明とが夜の闇に対抗している。
夜。
中林は途方に暮れていた。
周囲を見れば、鎧武者にシスター、和尚、道化師、吸血鬼……。この世にあるありとあらゆる格好が勢ぞろいでもしているかのような光景。
自分を見れば、黒いタキシードに蝶ネクタイ、インバネスにステッキ、シルクハットという辞典にでも載っていそうな謎の紳士だった。
(……なんでこんなことになっているんだ)
発端は、夕方にさかのぼる。
演劇部の友人から衣装を押し付けられた中林は、悪友の篠竹を誘って夜の仮装行列を見て回るつもりだった。
だが、いつもなら乗ってくる悪友には、新聞部だか先約だかがあると言って断られてしまった。
その後、同級生などに声をかけてみたが、それぞれに忙しいらしく断られていた。さもありなん、仮装行列はイベントであると同時に企画参加者にとっては明日からの祭りの格好の宣伝の場でもある。
寮にいることも検討したが、祭りの夜は食事が出ないためもあり、結局押し付けられた衣装を着て一人途方に暮れているのが、現在の中林・英彦なのである。
何だかんだで押し付けられた衣装を律儀に着ているあたり、お人よしであり、おそらく出世は出来ないタイプの苦労人になる風格が漂っている。
これと言って目的もなく、胡乱な思考を持て余したまま中林は夜の学園を漂泊している。
「あっ……」
「っと、すいません」
注意力が散漫だった為だろう。
近くを歩いていた少女とぶつかってしまった。
あっさりとバランスを崩して転びかけた少女を中林は何とか支える。
「あー、すいません。ぼーっとしてまして、大丈夫ですか?」
これが恋愛ゲームで気が利いた一言でも言えばフラグなのだろうが、残念ながら中林はフラグクラッシャーだった。
「いえ、大丈夫です」
それはバランスを崩した少女も同様らしく、実に淡白な反応だった。
少女は、十代前半だろうか。非常に小柄な身長と背まである艶やかなストレートの黒髪。少し褐色気味で気の強そうな大きな目が印象的である。その身を包むのは黒を基調としたゴシック風のドレスに身を包んでいた。黒の中にアクセントとして白のフリルがあるが決して派手な感じはない。
とっさに支えた中林の腕を支点にして、少女は身を起こす。その動作は人に傅かれ慣れている。
格好といい、本当にお嬢様なのかもしれない。よく見れば杖も持っているあたり病弱なのかもしれない。
中林がそんな益体も無いことを考えていると、その推測をさらに補強する人物が現れた。
「すいません、人ごみで離れてしまって」
少しハスキーな声でそう言いながら人ごみの向こうから現れたのはメイドであった。
メイド。女中、お手伝いさんの意。元々は冥土と書き、死後も主人の身の回りを世話する忠実なる侍女としてこの字が当てはめられた。この思考は侍女式自動人形の設計思想にも生かされており、世の男性がメイドに心奪われるのはこの滅私奉公の忠誠心と奉仕の精神のためである。
IAI書籍発行・『くあー! 八号君は本当にセメントだなあ! だがそれがいい!!』(絶版)
その人をメイドと呼ばずして誰をメイドと呼ぼう。
黒のロングスカートのワンピース。その上には白いフリルの付いたエプロン。腰や二の腕、裾といったところが絞られ、肌の露出は少ないがたおやかさを感じさせる服飾デザイン。栗色のセミロング頭上には、白いヘアタイ。慎ましやかで楚々とした表情とたたずまい。これをメイド以外として認識できるだろうか、いやできない(反語)。
お嬢様と彼女よりも若干背の高いメイドさんが一緒に並ぶ様は、あまりにも絵になっていた。
「別に、大丈夫よ。気にしてないわ」
心配そうに声をかけるメイドさんにお嬢様の返答はそっけなかった。ただ、冷たいというよりは強がっているような口調ではあったけれど。
「そうですか……こちらは?」
「知らない人」
「まあ、そうですね」
メイドさんが話を振ってくるが、どうやらお嬢様は会話を続けるのが苦手であるらしい。
「……転びそうになった所を助けて貰ったのよ。それだけよ」
「それはどうもありがとうございました」
メイドさんが折り目正しく深々と礼をする。
「いや、こっちが悪いようなもんですし」
どこと無くくすぐったい様な居心地が悪いような気がして、中林は言い訳をする。
「さ、行きましょ」
杖を衝きながら歩き出そうとするお嬢様に、メイドさんが一つ提案をした。
「これも何かのご縁ですし、一緒にお祭りを回るのはいかがですか?」
「そんなわけで」
中林はお嬢様とメイドさんと一緒にハロウィンの祭りを見回っていた。
「何がそんなわけなのよ」
紳士とメイドに挟まれたお嬢様から突込みが入る。
中林の読み通り、お嬢様は体が弱いらしく杖をつきながらの歩みはぎこちなく、遅々として進まなかった。ただそれでも、なるべく背を伸ばそうとする綺麗な立ち姿と、気丈な瞳が中林の印象に残った。
(まあ、目的があるわけでも、急ぐわけでもないしな)
人の流れの中で少し進んでは立ち止まり、お嬢様を挟んで反対側のメイドさんと連携してお嬢様の歩みをサポートしながらのそぞろ歩きは、中林にとって退屈ではなかった。
(なんだろうな、これ。でもなんかこんな感じのこと、前にもあった気がするな。既視感、ってやつなのかな)
「それにしても、すごい人の群れ」
いつの間にか追いついていたお嬢様が呟いた。
確かに、周りを見回せば、人、人、人、人、どこまでも続く人間の連なりだった。その誰もがハロウィンの仮装をしているというのに、その光景は意外なほど違和感が無かった。
飽和した非日常。ここでは非日常が日常となっている。
「確かに。これじゃあ部外者だの殺人鬼だのが紛れてもわからないだろうな」
ずれてきたシルクハットを被り直しながら言った中林に、メイドさんが答えた。
「実際いるそうですよ」
「殺人鬼が!?」
「本当に!?」
「じゃなくて部外者が」
「ああ、なんだ」
「……わかってたわよ。ちょっとしたユーモアよ」
メイドさんは、紳士とお嬢様を交互に眺めると、首を傾げながら微苦笑した。
「ここのハロウィンとその後のお祭りは、北から南までの関東圏でもこの時期最大級ですからね。
千葉の方でも企業主体のイベントがありますけど、お金が無い学生はみんなこっちに来ますよ」
「……納得だ」
赤貧ではないまでも、裕福とはいえない中林には身に沁みる話だった。
「ふぅん、そんなものなのね」
一方、本気でお金持ち風の風格を漂わせるお嬢様は人事のようにそれを聞いていた。
話をしながら三人はゆったりと夜道を歩いていく。
「それにしても誰も彼も仮面を被ってるのね」
「そりゃあ仮装行列だからね」
中林の視線の先では炎が描かれた覆面レスラーの一団が異常にどす黒いオーラを発散しながら盛り上がっていた。
「格好もそうだけど、『仮面(ペルソナ)』って意味よ」
「『仮面(ペルソナ)』?」
「そう、『仮面(ペルソナ)』。みんな衣装で自分を隠す代わりに、抑圧された内面を外にだしてるでしょ?」
三人の脇を、ヴィジュアル系の見本のようなゴシックパンクな格好をした女の子たちが通り過ぎた。
お嬢さまの言うとおり、例えば彼女らも日常に戻ればごく普通の女子生徒なのだろう。
「まあ、私たちも人のことばかり言えないけどね、『紳士(ジェントルマン)』」
「全くですね、『お嬢様(フロイライン)』」
他愛もない会話が続き、メイドさんも会話に加わる
「でもお隣の千葉ってそんな感じでしたよね?」
「いいえ、千葉はもっと特殊よ。内面が外に出るという点では同じだけど、代わりにその主体すら個人を飲み込んだ群体に置換されてるわ」
そうか、この既視感は――
「どちらかと言えば、そう、閉鎖された東京が近いのかもしれない」
東京。
それは中林の故郷の都市の名。
六年前に閉鎖された都市。
矛盾した都市。
名を呼ばず役割に応じる人々。
「ああ、確かにそうかもしれない」
あの頃のことなんてすっかり忘れていた。たった六年でこうまで自分がこの都市に馴染んでいることに、中林は内心驚いていた。
あの頃、僕はなんて呼ばれていた。そして僕はどうして――
「あら紳士、東京のこと詳しいのかしら?」
物思いに沈みかけた意識が、お嬢様の声で引き戻される。
「え? いや、詳しいと言うか何と言うか」
「別に無理に話さなくていいわよ。私が言いたかったのは、この仮装行列は表に出てこない自分のキャラクターを演じているみたいってだけ」
「じゃあ、君も?」
「さあ、どうかしら。案外いつも通りなのかもしれないわよ?」
何気なく聞いた中林に、お嬢様は人の悪い微笑を浮かべつつ答える。
「それは、なんというか、夢のある話だ」
苦笑をしながら中林は呟く。『お嬢様』なんて属性が常態として存在しているというのは、それなりに愉快な想像だった。
「夢はいい物ばかりじゃないわよ。悪夢も夢には違いないわ」
「そりゃあ、ね。でも醒めない夢も無いわけだ。悪い夢も朝になれば目が覚める」
「だとしたらあなたの言った夢も醒めるわね、残念ね」
中林は自分で言ったことを逆手に取られ、二の句を次げず、む、と唸る。
黙ってしまった中林に、お嬢様はどこか遠くを見るようにして言葉を繋ぐ。
「でもね、紳士。あなたが目覚めた朝は本当に現実なのかしら。それこそが夢で悪夢こそが現実だったら? 現実が夢でなく、夢が現実で無いという保証は?」
「また急に難しい話を振りますね。頬をつねって痛くなかったら、は駄目か。色だけじゃなくって匂いや味を感じる場合もあるらしいしな」
答えの無い問題を出題されていることは分かりつつも、中林は思考する。彼は理論派であるが、この手の思考実験は嫌いではなかった。
思いのほか真剣に考え始めた中林を見ながら、お嬢様はどこか羨ましそうな、喜怒哀楽の感情が混交した複雑な表情を浮かべていた。メイドさんはそれに気付いていたが、中林は気付いていなかった。
「主観と客観なのかなあ、いやでも」
呟きながら考えをまとめる中林と、言葉を噤んだお嬢様に向かってメイドさんが声をかけた。
「さあさあ、中々興味深いお話ではありますけど、とりあえずその問題は宿題にしてみませんか?
いつまでもここで悩んでいるのももったいないですよ。ほら、あちらで何か催し物が始まるみたいですし」
「ああ、すいません。何か気を使わせてしまって」
「いえいえ、お二人とも楽しそうでしたから」
メイドさんは控えめだが、華やいだ微笑を返す。
「それじゃあ行きましょうか」
お嬢様の言葉にしたがって、三人は再び雑踏の中を歩き出す。
400メートルトラックが余裕で入る大グラウンド。
グラウンドを囲むようにハロウィンのキャラクターや電飾、かぼちゃ提灯の飾り付けがされている。
グラウンドを二つに割るように線が引かれ、そこを中心に平たい地面。その回りには人が余裕で入れる大きさの溝が幾つも掘ってある。
グラウンドには、大小さまざまなカボチャが山と詰まれており、近くには木や鉄骨で組んだ櫓のような構造物が幾つも立っている。
メインストリート側にはグラウンドに降りられる出入り口が設けられており、受付がある。入場門風に設えられた出入り口には大きな幕が張ってある。
幕にはカラフルでポップに筆で大書してあった。
『ハロウィン名物・カボチャ投げ祭り』
「うわー、気合入ってるな」
受付で入場手続きを済ませた中林は、周囲に林立する櫓にた構造物、カタパルトを見上げながら呆れの混じった感嘆の声を上げた。
手には受付で貰った参加用紙があり、ルールの記載がある。
・転んでも泣かない
・顔面セーフ
・食らいボムは有効
・バナナはおやつに入りません
・とりあえずワンコイン
結局、ルールとは名ばかりのことしか書いていない。
学園のハロウィン伝統であるカボチャ祭りは主催側と参加者側に分かれ、カボチャを投げ合ういたってシンプルなものである。ただし外皮の硬いカボチャが直撃すればどうなるかは、あらためて説明するまでも無い。毎年怪我人は出るが、死人は出ず、何故か毎年規模を大きくしながら開催されているイベントでもある。
「それにしても、本当にこんなのに参加していいんですか?」
中林は後ろを振り返りながら、声をかける。そこには中林と同様に、参加用紙を持ったお嬢様とメイドさんがいた。
「いざとなったら盾になりなさい。それが『紳士』の務めよ」
「まあ、後ろの観覧席付近はほぼ安全と言いますし。流れ弾もたまにしか飛んでこないそうですよ?」
全然安全じゃねえよ、特に僕とか。内心そう思ったが、先ほどの会話でどうやっても勝てそうに無いことを実感した中林は全く別のことを口にした。
「まあ、大阪型の都市力の加圧付与でまず死なないそうですから、いいですけど」
言外に自分が盾にされることを肯定する発言となっていることに、中林は気付いていない。
周囲には仮装をした参加者たちが続々と入場をしている。だれも彼もが妙な熱気とテンションを保っている。
グラウンドの各所には中立地域と、救急所が設けられており、このイベントへの力の入れ具合を表している。
「僕はもうちょっと、こう平和かつ適度に気楽に過ごしたいんだけどな……」
どこか諦めた様な表情で中林がこぼした。神ならぬ彼に約半年後の自分の運命を知る術は無い。
「何ブツブツ言ってるのよ紳士」
「そろそろ始まりますよ」
どこか責めるようなお嬢様と、こちらを気遣っているメイドさん。
これはこれで、いいものなんだろうな、多分。傍から見れば、両手に花、なのか? どこか釈然としない諦観にも似た気持ちを覚えつつも、中林は思う。
「レッディィィーーーース! ェエーーーンド、ジェントルメーーーン! おっっっまたせしましたー!!」
グラウンドの中央、四方八方から照明で照らされながら、人類の血圧の限界に達していそうなテンションの高い声で叫ぶ司会の姿が見えた。
グラウンド中央部。
土と土嚢で小高くなった丘に一人の男が立っている。
真っ赤なスーツにスパンコールなど色取り取りの装飾がされた、道化師じみた格好の司会。
顔の半分をアルカイックスマイルの真っ白な面で覆い、もう反面は赤と黒と白を使った悪魔風のメイク。
「今宵ここに集まったのは、馬鹿だ! どうしようもない馬鹿どもだ! だが祭りを知っている最高の馬鹿だ!!」
『道化師』の司会は左手にマイクを持ち絶叫し、右腕を天に突き上げる。
歓声。
グラウンドにひしめくイベント参加者たちが熱狂し声を放つ。
道化師はその光景を満足気に見渡すと、言葉を続けた。
「このクレイジーなイベントに参加する奴らは知ってると思うが、念のためにルール説明行くぜ?」
応じる意志を持った声が響く。
「学園のハロウィン名物・カボチャ投げ祭りは、お前らクレイジーモンキーと敵役の筋肉ダルマどもがカボチャをぶつけあうクールなイベントだ!
基本的にはルール無用の残虐ファイト! 攻撃方法はカボチャオンリー! 防御には武器を使おうが神器を使おうがかまわねえ! た・だ・し、観客と戦意を失った奴への攻撃はご法度だ。もしも破ったら」
道化師が右腕を振ると、足元の暗がりから顔を覆面で覆った上半身裸の巨漢が立ち上がった。
「こいつが地の果てまで追いかけてぶん殴るぜ、OK?」
道化師の紹介を受けて、『覆面男』が筋肉を誇示するポージング。
ポージングと共に、OK、ナイスバルク、キレてますなどの声が飛ぶ。
「いい覚悟だ、パンプキンヘッドども! それじゃあ、お待ちかねの対戦相手の入場だ!」
頭上高く掲げた右手の指を『道化師』が打ち鳴らすと同時、カボチャ投げ祭りの会場に大音響で音楽がかかる。
同時に入場口とは対極の反面がライトアップされる。
参加者側がいるのと同様カボチャの山とやぐらのような構造物の他に、機材と思しき物がシートをかけられ鎮座している。
その中をアップテンポにアレンジされた軍隊行進曲に合わせて、対戦相手の一団が入場してきた。第一から第三までの軍事研究部とレンジャー部、空挺部と言ったスポーツ系と体育会系を二分する部活動に所属する精鋭たちだ。
「来たぜ来たぜやって来たぜ、馬鹿どもが! お前たちのお相手、軍研部のクソッタレどもだァーッ!
部活とは名ばかりの肉体酷使トレーニングの数々、マゾとしか思えないその訓練に耐え抜いた筋肉と技術は本物だ!
その精鋭おおよそ200! それをブッ倒せば学食パスを含めた数々の栄光はお前らの物だ!」
司会の紹介を受けながら一糸乱れぬ駆け足行進で入場する面々。彼らは駆け足行進をしながら行進曲を大声で歌っている。
「うん、よし」
「感じよし」
「具合よし」
「すべてよし」
「味よし」
「すげえよし」
「おまえによし」
「俺によし」
「全隊、トマレェーッ!」
号令一下、総員が音を立てて停止。
同時に音楽も止まり、後に残るのは彼らが入場の時に立てた土煙のみ。
それを見て満足そうに頷く道化師と覆面男。
「小便はすませたか? 神様にお祈りは? 心の準備はOK?」
司会の言葉に答える言葉はなく、熱気のみがその意志を代弁する。
「それじゃあ役者が揃ったところではじめよう。レディィィィィィィ・ゴォォォォォーッ!!」
根性があれば参加者は死ぬことが無い。
カボチャ投げ大会が開始されると同時に動きが生まれた。
『道化師』と『覆面男』は即座に撤退。
参加者たちは主に二手に別れ、前衛が中央付近の塹壕に飛び込む。
後衛は櫓のような物、投石器(カタパルト)に取り付きカボチャの発射準備を整える。
対する敵手は整然と行動を開始した。
グラウンドの半面。
軍研が占拠する地域の真ん中にあったシートをかけられた小山。
上にかけられたシートが勝手に宙に舞う。
その下から現れたのは、人型の機械。
騎(バレル)だ。
中騎1に対し、軽騎2の組が4組。合計十二騎の騎が姿を現した。
いずれの騎も装甲服(パンツァードレス)と装甲にハロウィンのポップな飾りつけと、ジャックオーランタンのノーズアート。さらに『Trick
or Treat!』の文字。
どの騎も既に騎師が搭乗している証拠として、視覚素子に光が灯っている。
「げぇっ!」
「汚ねえぞ!?」
参加者側から悲鳴が上がる。
「ヌハハハハハハハ! 勝てば官軍! この事態を予測できなかった己らの不明を恥じろ!」
中騎の一つが高らかに笑いながら、特大のカボチャを掴み投擲する。
カボチャは放物線を描き、参加者の群れている付近に着弾。
参加者の怒号と悲鳴に混じって、カボチャの果肉と種が弾ける。
「くそっ、軍研の奴ら滅茶苦茶だ……!」
塹壕の中で『紳士』、中林・英彦は呻き声を上げる。
衣装の裾が泥にまみれている。特大のカボチャをぶつけられるのに比べれば幾らもマシという判断で塹壕に逃げ込んだ物の、塹壕の中は塹壕の中で地獄だった。
「アパム! アパム! 弾! 弾持って来い! アパーーーム!」
カボチャ用曲射砲で、敵陣に一抱えほどもあるカボチャを打ち込みながら叫ぶ者。
「メディック! メディーック!」
カボチャの直撃を食らってぐったりしている奴を抱えながら、救護係を呼ぶ者。
意気こそあれ、統率に欠ける参加者たちは騎の出現で一気に足並みを乱していた。
「ちくしょう、誰がこんなことを」
中林が毒づくが答える者は誰もいない。
敵味方の前線が接しているため、同士討ちを避けて騎の直接攻撃は無。だが敵陣からもカボチャが投射され落下してくる。
自分たちに向かって発射されるカボチャを見て、中林は懐から出したポータブルプレイヤーのイヤホンを耳に突っ込む。
――『紳士』・鉄帝(アイアンミドル)/防御(ガード)技能(テック)・重複発動・鉄柵防御・成功(ヒット)。
中林は内燃詞(クローズ)して自分の詞を発し、神器を起動させる。今だ己の完全な個性を見出せない中林はこれといって決まった神器を持たない。効果も帝系がギリギリ扱える範囲だ。
だがそれでも頭上に展開した鉄柵は、カボチャを受け止め砕くには十分だった。
中林が作り出した防御の陰に近くにいた人々が集まってくる。
集まってきた仮装者の一人、牧師の格好をした一人が小声で中林に囁く。
「おい、『紳士』。お前中林だろ?」
「そういうお前は誰だよ、『牧師』」
反射的に小声で囁き返し、声のした方を向く。
するとそこには見覚えのある顔がいた。
「お前……イサカか?」
「馬鹿、声がでけえよ紳士」
牧師は中林の口を塞ぐが、反応からするとその通りのようだ。
彼は中林のクラスメート、伊坂・勇介。日ごろからバイトに精を出し、条件次第ではどんな”バイト”でも引き受けることから『何でも屋』の名前で呼ばれる。
「ああ、すまん牧師。てっきり夜店で稼いでるかと思ってたぜ。で、何だ?」
「当面の分は稼いだからな。後は趣味の時間だ。……それでだな、この前線はもう駄目だ。後退しねえか?」
「撤退? そりゃいい考えだな」
会話の間にもカボチャが落下し、鉄柵にぶつかり歪める。撤退の言葉に周囲の面々が聞き耳を立てる。
神器の効果が切れる前に、中林はもう一度鉄柵を展開。
「でも何でわざわざ俺に声かけたんだ?」
「塹壕から出てみろ、それこそ狙い撃ちだ。一人で運任せより。お互い連続で神器の弾幕張ってグラウンド駆け抜けて後方まで避難する方が確実だろ」
「ま、そりゃそうだな。でも二人だけか?」
「ここにいる奴らも一緒だ。なあ、みんな?」
いつの間にか身を寄せて脱出の算段を聞いていたバラエティ豊かな面々に牧師が呼びかけた。
「――3・2・1・GO!」
牧師の掛け声と共に中林たちは塹壕を抜け出しグラウンドを駆け出した。
投石器などが取り付けられている後方陣地までは、100メートル以上に渡って遮蔽物のない平坦な地面が広がっている。
肝心の投石器も騎の投擲攻撃の直撃を食らって横転したり、動き回る騎に翻弄されて上手く狙いをつけられないでいる。後退時の火力支援としては期待出来ない。
「敵陣に叩き込むにはもっと射程が長いか、前に出ないと駄目だよな」
中林は全力疾走しつつ、情けない味方を見つつ嘆息。
一方の軍研は塹壕から飛び出した彼らを格好の獲物と見て、集中砲火を浴びせる。
風切る音が唸り、高速でカボチャが飛来する。
中林は折りたたみ式の警棒型神形具を伸張させ、後ろに向かって振る。
――『紳士』・鉄帝/投射技能・重複発動・流体射撃・成功!
内燃詞された掛詞が、神器に乗って空気中の流体を鉄槍へと変化させる。三本の鉄槍はそのまま宙を飛びカボチャに向かう。三本のうち一つはカボチャを貫き、もう一つはカボチャに当たって砕け、もう一つは空を貫く。
向かってくるカボチャの数は減じたが、それでも飛来するカボチャはまだ無数にある。
何とか飛んでくるカボチャをかわそうと、身を捻りながら疾走。
すると中林のすぐ後ろに、牧師が駆け込んできた。
牧師が背後に向かって腕を振ると同時、袖口からチェーンで繋がれた十字架のアクセサリーが投射される。同時に『牧師』は中林同様神器を発動させる。
――『牧師』・圧帝(プレッシャーミドル)/鞭術(ウィップ)技能・発動(テイク)・打ち下ろし・成功!
上昇最高点に達した十字架とそれに連なる鎖が、神器の生んだ重力衝撃で直線状の物を叩き砕く鈍器へと変じる。
十字架と鎖は直撃コースのカボチャを砕くと力を失い、元の軽いアクセサリーに戻る。牧師はそれを腕と指先の操作で手元に引き戻す。
「すまん牧師!」
「いいから走れ紳士!」
迎撃してもまだまだカボチャは飛んでくる。
紳士、牧師、仮装した面々は最大限の力を振り絞りながらカボチャを叩き落し、避け、戦場を駆け抜ける。
カボチャ投げ祭り会場を見下ろすことが出来る校舎の屋上。
現代風にデザインの白い装甲服に身を包んだ騎師の仮装をした男が一人。
「ふむ、やはり軍事系の連中が圧倒的優勢か」
眼下の光景を俯瞰で眺めながら『騎師』が呟く。
すると建物の最上部、屋上だと言うのに騎師の頭上から声がかけられた。
「何見てるんです?」
騎師が頭上を仰ぎ見ると、空から箒に乗った魔女が二人降りてきた。
片方のローブの色は白、全体的にふっくらしたイメージと温和そうな顔つき。もう片方は漆黒のローブ。眼鏡をかけた理知的そうな雰囲気を漂わせている。共にローブの色に合わせた三角帽子を頭に載せている。
「いえ、ちょっとアレをね」
「ああ、カボチャ投げ祭りですねー。面白そうですねー」
と、最初に声をかけてきた『白魔女』。
「そう? 私はあんまり理解できないわね」
その言葉に『黒魔女』は反対意見を述べる。
「好き好きではあるんだろうけど」
二人の魔女は言いながら、屋上に着陸し、箒から降りた。彼女らが乗っていたものが箒と呼べるならば、だが。
魔女のまたがっていた箒は、辛うじて箒のフォルムを持っているだけで、材質は鋼鉄。穂先にあたる部分は複数のベクターノズルが束ねられ、柄の先端には砲口らしき穴。さらに中間のまたがる部分にはシートのような固定具。柄にもグリップやトリガーらしきものが取り付けられている。
「巡回お疲れ様です、どうでしたか」
騎師は二人の魔女に労いの言葉をかける。
「私たちのところには大きな問題は無かったですねー」
「圏内、近隣の総長連合も祭りに遊びに来ている連合員はいても、それでウチをどうこうするってのは今のところいないっぽいですね」
白、黒の順に騎師に報告する。
「私のほうもそうでしたね。……強いて言えば、”先生”の被害者、餌食が既に男女数人ずつ出てましたが」
「それは”先生”にどうにかしてもらいましょう。子供じゃないんですし、私たちが面倒見る筋合いじゃないですよ」
苦笑しながら話す騎師に黒魔女が答える。
「その通りですね。ところで、その”箒”はどうでしたか? 開発部の新作ですが」
「んー。私はもっとピンクとか可愛い色の方がいいかなあ?」
「出力は前より上がってる見たいですけど、初期動作時の操作性に難有りですね。最初の安定まではバランスとり難いですよ」
白魔女と黒魔女がそれぞれ対照的な意見を述べる。
「よければ意見と感想言ってあげて下さいね。個人用の高速移動ツールとして、今後うちで使うことになるかもしれないものですし」
騎師の言葉に魔女二人は返事をして、そのまま横に並ぶ。
「それにしてもー、カボチャ投げ祭りすごいですねー」
「一方的ね。ここぞとばかりに軍研が頑張ってるわ」
魔女二人がグラウンドを飛び交うカボチャを見下ろしながら感想を漏らす。
「わざわざこれにとは……やれやれ、あの人たちも物好きだ」
微苦笑しながら騎師が呟く。その声は、眼下の祭りに熱中し始めた二人の魔女には聞こえていない。
グラウンドを大小のカボチャが飛び交う。
参加者側が圧倒的に劣勢で、投げ込まれるカボチャの量も多い。
中林たちがグラウンドを駆け抜け、後方陣地目前まで到達した時。
「そこの後輩に良く似たジェントルマン、逃げようたってそうは行かんぞ!」
中林の後方、軍研側陣地から大声が響いた。
それは知り合いの上級生の騎師の声。
嫌な予感と共に後ろを見れば、中騎が今まさに特大のカボチャを振りかぶったところだった。
聞き覚えがあると思えば、内藤先輩かー!
中林の内心の叫びも空しく、中騎は特大カボチャをピッチング。
「食らえ、大リーグカボチャ一号!」
鉄の巨人から飛来する高速の質量弾。
まずい……!
咄嗟に対抗しようとするが、技能を使う間もなくカボチャが迫る。
周囲を走っている者達も同様らしく、皆対抗するだけの余裕が無い。
中林は少しでもダメージを軽減すべく、走りながら身構える。
オレンジ色の外皮が目前に迫り――
「――ォォォォォォォォォォン!」
吼声と共に白光が夜の闇を貫き上空から降り落ちる。
声の前半部は聞こえず、叫びにより引き伸ばされた母音と終了の音のみ。
光は爆発となり、白が橙を飲み込み噛み砕いた。
五行(バスト)。
それが声と光の正体。遺伝詞を破壊する技。
光が薄れた後にはカボチャは跡形も無かった。
中林は足を止める。
爆発を避けたのか、中騎もいつの間にか退いたらしく姿がない。
そして、元の暗さを取り戻した夜のグラウンドには人影一つ。
白衣、緋袴の巫女装束。顔は狐面で覆い隠し、手には衣装と不釣合いな長槍。狐面で隠された顔を彩るのは金の髪。狐の尻尾のようなポニーテールが風になびく。
破壊の余韻で生じた微風に巫女装束の僅かにはためかせながら、狐面が中林たちに向き直る。
「困ってるようじゃのう、『紳士(ジェントルマン)』」
言うと同時に狐面は、穂先を下に向けていた槍を指運一つで回し、穂先を上へ。そのまま肩に担ぎ中林たちの方へ歩き始めた。
「セクシー系武装狐巫女参上――!」
そして名乗った。
――『紳士』・軍事(アーミー)技能・地形照合・発動・起伏観測・失敗(アウト)!
「せくしー?」
紳士や牧師、カボチャの弾丸から救われた一堂は『狐巫女』の胸元を見ながら疑問の声を上げた。
そこは起伏に乏しく、貧しかった。
”殺(シャー)!”
<意詞加圧(スピリットブースト)”熱血”気動 ・
発動者が持つ攻性遺伝詞の炸裂力を×2を上限にして加圧>
<加圧制限は一回行動(シングルアクション)の発動のみに設定されています>
狐巫女は肩に担いだ槍を両手で大上段に構え、渾身の力を込めて振り下ろした。
「すばろーしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
――『狐巫女』・五行技能・発動・五行打撃・超成功!!
カボチャを消し飛ばした光に倍する光柱がグラウンドに屹立し、地面を広範囲に渡って抉る。
中林を初めとする一同は例外無く宙を舞った。
カボチャ投げ祭り参加者後方陣地。
前線は主催側にほぼ鎮圧され、後方に参加者たちは退避していた。
いくつか自然発生的に終結地が出来たうちの一つがそこだった。
「や、やめろ! 死にたくない! 撃たないでくれぇ!」
手負い男が悲鳴を上げるが、女は無視。
テンガロンハットを被ったカウボーイ姿の女は銃口を男に向け、ためらい無く引き金を引いた。
銃声が響く。
「ぐわあああああああああ!」
男が悲鳴を上げる。
『カウガール』はそれを無視。さらに周囲で座るか横たわるかしている怪我人に目を向けると次々に引き金を引いていった。
銃声が五つ響いたところで、排莢音。金属が地に落ちる軽く涼やかな音が六つ。
「虐殺の幕が閉じた――」
「はいはい、変なナレーション入れないの」
撃たれた男たちを見て呟いた紳士にカウガールが呆れた声で呟いた。
座り込んだ中林が見上げると、いつの間にかカウガールがすぐ近くにまで来ていた。
「でも、客観的に見ればそうとしか見えないんだよなあ……」
中林の視線の先では撃たれた男たちが、着弾点を中心に身体の一部を赤と白の結晶へと変じていた。結晶は宙を舞い、やがて再び身に還り無事な肉体へとその姿を戻す。
沖縄式風水(レギオスチューン)。
その現象を引き起こした技術の名だ。
中林はその技術を知っていたし、その担い手の正体も知っていた。風水五行の講義でよく班を組む知り合いの女生徒。それがカウガールの正体だ。
だが、それを口には出さない。
「でも助かったよ。あの『狐巫女』のおかげで被害倍増だったし」
「倍率ドン! さらに倍!」
「古くねえ!?」
「な、何よう……」
反射的な紳士のツッコミに、カウガールが気圧される。
「まあ、それはそれとして。治療が受けられたのは素直にありがたい」
「うんうん、感謝してもいいですよ?」
苦笑しつつ立ち上がった紳士に、カウガー』が腕組みをしながら得意げに答える。
「どーも。俺に今度何か奢るさ、カウガール」
「期待してるわ、紳士。なるべく甘いもので」
二人が言葉を交わしていると、さらに新たな人物が現れた。
「駄目じゃ。他の所も殆ど全滅状態で、まともなのはここと後一、二箇所だけじゃのぉ」
特徴的な言葉遣いと共に現れたのは、怪我人を大量生産した張本人。狐巫女だった。
「危うくここも全滅するところだったが。誰かのせいで」
「知らんのお」
中林の言葉を平然と流す狐巫女。彼女もまたカウガールと共に風水五行講座での知り合いである。面で顔を隠しているが背格好、そして何よりも特徴的な言動で、中林に彼女の正体はすぐにわかった。
「ほー、狐巫女様は自分のされたこともすぐ忘れてしまうんですな」
「ハハハ、デリカシーの無い紳士の言うことなんぞ、聞こえんなあ」
「面の下の顔が見てみたいものですな」
「やれるもんならやってみい」
二人の周囲に緊張が張り詰め始める。
「やめなさい。ね?」
だが、カウガールがにこやかに笑いながら一言を発した瞬間、
「ハイっ!」
二人は直立不動で返事を返した。
「よかった。それじゃあ二人とも怪我した人運ぶの手伝って」
「了解」
「まかせい」
紳士と狐巫女は、近くに転がっている人影の手と足をそれぞれ持って運搬を始めた。
「危なかった」
「まったくじゃな」
先ほどまでの険悪さはどこかへ消えて二人は言葉を交わす。
「怒らせると怖いからなあ」
「わしなんか、弁当抜きにされるかも」
共通の友人への恐怖を語る狐巫女と紳士。
「前怒らせた時、俺暫くナチュラルに無視されたもん」
「わしはお稲荷さんの中に島唐辛子の泡盛漬け(コーレーグース)が死ぬほど、いやニ、三回死んだ量入っとった」
「怒らせないようにしよう……」
共通見解を口に出す二人。
話題の対象は楽しそうに悲鳴を上げる怪我人を射撃していた。
カボチャ投げ祭り参加者後方陣地・本部。
グラウンドの最外縁に近い場所にテントが張られている。
テントの中は戦闘不能になった参加者で溢れていた。
中央部の会議卓で残りの参加者たちが顔をあわせている。
「さて、どうする?」
参加者の一人、『魔術師』の仮装者が卓を囲む参加者たちに声をかけた。この中では年長らしい彼が自然と議長役に納まっていた。
テントの外では、カボチャが空を飛ぶ音と遠くからの悲鳴が響いている。
「砲打撃戦は?」
『警官』が意見を述べる。
テントの傍には中型用の射出式、大型用の投石式カタパルトが健在で残っていた。
「いや、それよりも打って出るべきだ。むざむざやられるよりも、敵本陣を強襲すべきだ」
反論を『全裸』のコスプレをした男が述べる。
その後も意見は多く出るが、どの意見も決め手にかけ議論はまとまらない。
参加者の誰もが勝利は絶望的と薄々感づいていながらも、認めたくないために会議は続く。
中林は、そんな光景をテントの外から眺めていた。
彼は今、結論の出ない会議に参加するよりは別のことをしていた方がマシだろうという判断に基づき、歩哨として時折飛んでくる流れ弾の防御を担当している。
狐巫女、カウガール、牧師なども同様の判断をして外にいる。
「あいつら何が楽しくて会議してるんじゃろうな?」
「現実を認めたくないんじゃないか」
「あー、賞品絶望的かよー」
「楽しければいいじゃないですか」
勝利の可能性が低ければ自然やる気も減り、雑談ムードが漂っている。
「それより紳士、アレはなんじゃ」
狐巫女が紳士に声をかけ、一点を指差す。
そこには戦場とは全く別の空間があった。
テント脇にどこから持ってきたのかテーブルクロスをかけたミニテーブルがあり、ティーセットとお菓子が上に載っている。お茶は紅茶で、お菓子はパンプキンパイ。そこには椅子が出され、お嬢様が腰をかけお茶を飲み、メイドさんが給仕をしている。
「僕に聞くなよ」
「お前のツレじゃろうが」
「たまたま一緒になっただけで詳しくは知らないんだって」
二人の視線に気づいたメイドさんが微笑んで手を降り返す。
「わしもメイド欲しいのお」
狐巫女がつい感想を漏らす。
「ああ、それには同意しよう」
「悔しいが絵になるのう」
二人はしばしお嬢様とメイドを鑑賞。
「兎に角、このままでもラチがあかん。わしはもう一度偵察に行ってくる」
狐巫女は一方的に言い残すと、カウガールを引きつれ前線方向へ偵察に出かける。
気が付けば牧師もいつの間にか姿を消しており、周囲にはお茶会の二人以外誰も居ない。
「さて、僕はどうするかね」
自問するが答えは出ない。
そこへメイドさんの声がかかる。
「良ければお茶いかがですか?」
「……じゃあ、遠慮なく」
一瞬考えて返答しミニテーブルへ近づく。そこでは、今まさにパンプキンパイを切り分けている所だった。
「お茶会へようこそ、紳』」
「お嬢様、お招きいただき光栄です」
……もしかすると本当にお嬢様だったりして。
正真正銘の『お嬢様』の風格に、中林は内心緊張をする。
「アリスのお茶会みたいですねえ」
「じゃあ、僕は『イカレ帽子屋』ですか」
「かもしれませんよ? はい、お茶をどうぞ」
香りのいい紅茶が差し出される。湯気と芳香が漂い、気分を和ませる。カップに口を付け、一口飲めば晩秋の夜気に冷やされた身体が温まった。
「ふぅ、美味しいです」
「どういたしまして」
「それにしてもこんなところで紅茶が飲めるとは」
感想を漏らす中林に、お嬢様が答える。
「いかなる時も楽しむことが重要なのよ。紅茶であれ、祭りであれ」
「なんだかすごい説得力が……」
中林は妙な説得力に気圧され、再び紅茶を口に運ぶ。
テントの中を見れば、議論はまだ終わっていない。
「となると、楽しむのにアレは無駄ですか」
「さあ、アレが楽しいのなら無駄ではないと思うけど? 無駄を楽しいと思えるなら、ね」
どこか皮肉気な口調でお嬢様が言う。
中林はそれを聞き、ただ苦笑。
「さあ、折角のパイもありますからどうぞ」
会話が途切れかけたタイミングを見計らい、メイ』さんが切り分けたパイをさらに載せて差し出す。
「中々美味しいわよ」
小さく切り分けたものを既に口にしているお嬢様が言う。
「私のお手製なんです」
「マジですか」
メイドさんの言葉に驚き、中林がフォークを手に取ったその時、
「しまった、突破された!」
「ふははははははは! 甘い、南瓜の小豆煮より甘いぞ!」
狐巫女の叫びが聞こえ、笑い声と共に中騎が姿を現した。手には特大のカボチャを持っている。
中林は慌てて立ち上がり、折りたたみ式警棒型神形具を展開。ポータブルプレイヤーのイヤホンを耳に突っ込み演奏を開始、中騎に向かって身構える
「ギャラクティカパンプキンーッ!」
そして中騎はそのまま特大の南瓜を投げた。
回避の姿勢を取ろうとした時、後ろにいる二人が意識に浮かぶ。
ここで自分が回避を行えば、後ろの二人にカボチャが当たる。もしかしたらメイドさんは避けられるかもしれないが、お嬢様は避けられない可能性が高い。
思考は一瞬、覚悟を固める間も与えられず、身体は反射的に迎撃の構えを取った。
風巻く唸りを上げてカボチャが飛んでくる。
半身にした体、警棒を持つ右手側を中騎に向け警棒を下段に構える。
カボチャが視界の中で急速に大きさを増す。
下段から警棒を真上に向かって放つ。振り抜く弧はカボチャと交叉する軌道。
――必ず砕く!
打撃と神器と意志を支えるために己の詞を心の中で謳う。
数知れぬ願い
数知れぬ可能性
我が手の中に定まらぬ未来
我が心は見る無限の夢を
我が前にある幾多の道
されど道に標は無く
――『紳士』・砕帝/棒術技能・発動・破砕打撃・成功!
砕きの力を秘めた警棒がカボチャを打撃。表面を砕くが、大質量の塊は砕かれながらも前に進むことをやめない。大質量に押し返されそうになった警棒がたわむ。
まだだ!
左手を警棒の先端近くに添え、右手は警棒のグリップに付いたボタンを押し込む。
ボタンの機能は流体技能発動補助。柄の中に入った単一式精燃槽から流体が供給され、初心者から中級者の流体操作を助けるものだ。
機構は作動し、流体が追加供給され砕きの力が増す。
中林はさらに強く詞を思い、精燃槽、そして神器の影響を受けた空気中の流体を少しでも力と変えられるよう願う。
――『紳士』・砕帝神器・発動・神器加圧・成功!
果たして願いは叶えられた。
一瞬だけ威力を上げた砕きの力は、警棒すら砕きながらカボチャを食らう。
警棒を振り抜く。
柄だけとなった警棒と共に爆散したカボチャを宙にぶちまける。
残った運動エネルギーに押され、中林は背後のミニテーブルを巻き込みながら吹き飛んだ。
カボチャ投げ祭り参加者後方陣地・本部。
テントが倒壊し、内部にいた人々が下敷きになっている。
倒壊の衝撃で周囲には粉塵が立ち込めている。
テントの残骸と防水布を押しのけ、手が現れる。手、腕、肘、そこまで露出したところで瓦礫が一気に持ち上がり、人影が姿を現した。
中林・英彦だ。
タキシードの裾は破れ、シルクハットはどこかへ失せ、全身埃と粉塵にまみれ、打撲や擦過傷を負ってはいるが、大きな怪我がない五体満足の姿。
広範囲に炸裂した神器の破砕効果が逆に功を奏し、破片の一つ一つが細かくダメージを軽減している。
「いつつ……」
ずれてはいるが、奇跡的に無事だった眼鏡をかけ直し、中林は周囲を見回す。
もうもうと立ち込めていた土煙が収まり、周囲の惨状が見えてくる。
後方陣地の司令部とも言えるテントは倒壊し、周囲には木切れやカボチャの破片が散乱している。テントの上にかかっていた防水布と、フレームのパイプの下からは人の呻き声。
中林が迎撃したカボチャが、散弾となってテントを襲った結果だった。
「そうだ、二人は……!?」
現状を認識し、己が守ろうとした人影を探す。
彼から数メートル先、地べたに尻餅をついたメイドさんと、それに抱きかかえられたお嬢様。粉塵で薄汚れてはいるが、二人とも無傷だった。
中林は駆け寄りながら声をかける。
「よかった、無事でし――」
たか、と最後まで言い終える事無く、
「無事じゃないわよ!」
激昂したお嬢様が立ち上がった。手にはフォークを握り締めている。
「折角の紅茶とパイが……!」
確かにお嬢様とメイドさんの足元には、ティーセットの残骸と土まみれのパンプキンパイが落ちていた。
「怪我が無かったんだから」
「良くないわ。私は好きな物は後に残すタイプなの。パンプキンパイの縁、サクサクで一番美味しい所を駄目にされたのよ……!」
小さな身体を目一杯怒りに震わせるお嬢様。
中林はメイドさんに視線で助けを求める。
だがメイドさんは侍女服の埃を払いながら立ち上がり、苦笑とも微笑とも取れる曖昧な表情で首を傾げるだけだった。
「こうなったら仕方ないわ。紳士、ちょっと手伝いなさい」
「手伝うって……何を?」
「決まってるじゃない、ねえ?」
お嬢様は、傍に控えるメイドさんに、笑いながら目配せをする。その笑顔はとても朗らかで、底知れない笑いだった。
「ちょっとしたおしおきよ。お・し・お・き」
「そう、ですか。でも、何をやるって言うんです?」
「紳士、金属系の掛詞を持った神器は使える?」
中林の質問に、お嬢様は質問で返す。
「え? ええ、鉄帝なら」
「いい感じね。それじゃあ何をやるか教えてあげる。これから――」
そしてお嬢様はこれから行うことを述べた。
食べ物の恨み。特に女性の甘い物へのそれは恐ろしい。
中林はそれをしっかりと心に刻んだ。
カボチャ投げ祭り参加者後方陣地・跡地。
敵にすら見放され、戦闘音は遠く響く。
瓦礫の中から引きずり出された負傷者たちが横たわる様は、野戦病院の風情を出している。
狐巫女の攻撃を遥かに上回る規模で破壊された元・本部では、再びカウガールを初めとする風水師たちによる、錯にしか見えない治療風景が展開されていた。
狐巫女は、比較的無事な参加者たちに反撃を提案しているが、反応は薄い。
その光景を尻目に、中林はお嬢様より命じられた作業を実行中だった。
「しかし、本当に出来るんだろうか……?」
半信半疑の心持で瓦礫から回収したパイプを、射出式の中型カタパルトに取り付ける。固定には本部備品にあった番線――固定用の針金――と神器を併用し強度を上げる。
やがて改造カタパルトが完成した。パイプをフレームとすることで、射出用のプラットフォームが二倍以上に延長された代物だ。その代りにフレーム間はかなり狭められている。
「できましたけど、これでいいんですか」
「上出来ね。それじゃあ、やるわよ。お願い」
「はい」
お嬢様の意を汲み、メイドさんがカタパルトの基部に立つ。メイドさんはイヤホンをつけ、神器を発動できる状態だ。
「紳士もお願いね」
「了解です」
同じく神器を発動できる状態になった中林の手には、極小サイズミニカボチャ。どちらかと言うと、小物や飾りつけに使うものだ。
「目標、前方敵陣地。最も手前にいる軽騎」
「目標、前方敵陣地軽騎」
カタパルトの後ろでお嬢様が指示を出し、メイドさんが復唱する。
中林がカタパルトの射角を動かし、メイドさんが手早い手つきで照準の微調整をする。
仰角は殆ど無く、フレームの先端がまっすぐに軽騎を向いた平射の状態だ。フレーム延長で補正を行っていても、カボチャという重い物を打ち出すには適していない。
だが三人はそんなことには一切構わずに淡々とカタパルトを操作する。
「照準良し、弾丸装填」
「弾丸装填」
中林がお嬢様の言葉を復唱する。そして、
――『紳士』・鉄帝・発動・鉄殻生成・成功。
神器が発動し、カボチャをごく薄く鉄がコーティングする。
鉄色のカボチャをカタパルトに設置。装填部のロックに固定する。
「弾丸装填よし!」
「弾丸装填完了、初期動力供給開始」
「初期動力供給」
メイドさんがお嬢様の言葉を復唱する。そして、
――『メイド』・電帝(デジタルミドル)・発動・電磁誘導・成功。
己の詞を内燃詞で発し、メイドさんが神器を発動させる。
神器の力は、空気中の流体に語りかけ自由電詞の流れ、つまり電力を作り出す。
フレーム全体に電力が供給され、フレームの周囲に静電気が発生した。
「初期動力供給よし!」
「初期動力供給完了、砲撃体勢!」
「砲撃体勢了解!」
紳士とメイドが声を合わせる。
――『紳士』・鉄帝・発動・流体制御・成功!
――『メイド』・電帝・発動・電詞加速・成功!
同時に二人の神器が発動した。
フレームの周囲に流体から変じた鉄原詞が整列し、空中に微細で不可視の導線を作り上げる。加圧された電詞がその全てに伝道されフレーム全体が強力な電磁力を帯びる。
たっぷりと時間をかけた後に、紳士とメイドさんがそれぞれ報告を行う。
「砲撃準備完了!」
「いつでも発射できます!」
お嬢様は報告を受けて頷く。
「目標前方敵陣地軽騎――撃て!」
カタパルトのフレーム後部でロックが外された。
砲撃は大気の裂ける音を伴った。
それは古くから知られているごく単純な原理。
神器によって生み出された鉄原詞と自由電詞。
電位差のある二つの伝導体。その間に生じる磁場は直角方向に力を生み出す。
力は純粋な運動力。そしてそれは物体の推進力となる。
出力、弾体質力など様々な問題はあるが、学校のグラウンドというレベルの空間では問題の無い範囲。
それを電磁投射砲(レールガン)と言う。
最初に結果が生じた。
標的となったのはグラウンドの中ほどに立っている主催側の軽騎。小金蜘蛛と呼ばれる、軽装・高機動型の騎体だ。
軽騎が巨人に殴られでもしたかのように、装甲と装甲服の破片をまき散らしながら吹き飛んだ。
一瞬遅れて、大気の裂ける音。そして軽騎まで一直線に続く陽炎と白線。
大気が烈破し、耳を弄する轟音と共に風を生む。
ここまでが知覚の上では同時に生じた。
陽炎は高速移動する弾体、つまりカボチャの表面と大気の摩擦によって生じた熱。
白線は音速を超えた弾体が生み出した水蒸気の雲、ヴェイパートレイル。
グラウンド中の注目が軽騎に、そしてそこへ延びる白線の根元へ集まった。
そこにいるのはお嬢様とメイドと紳士。
怒声と歓声が同時に上った。
「聞きなさい!」
その中心、小柄だが強い意志と視線、そして声を持った少女が意志を放つ。
「貴方たちは諦観し委縮していたかもしれない。敵が強い? 装甲がある? だからどうだというの。敵が強かろうと倒し、装甲があろうと砕けば良い。結果は見せた。どうするかを決めるかは貴方たち」
戦場全体に凛とした声が響く。
「その上で私は貴方たちに言う! 抗いの意志を持つのならば、威を駆る無粋な者達を駆逐しなさい! 抵抗を弾丸に込め、意志でフレームを形成し、享楽を動力に変えて! さあ意志を持つ者は返事をしなさい!」
お嬢様の声は初めて聞くのに、なぜか懐かしく頼もしく人々に響く。
おお、と参加者たちから簡単と同意の呟きが上がり、声が発せられ、叫びが響く。
「ならば進みなさい! 砲を撃ち、敵弾を落とし、意志を叫ばせなさい。祭りはまだ始まったばかり、だけど最後に笑うのは私たちよ!」
空気が反転した。
今まで諦めムードだったグラウンドが一気に活気づく。
参加者たちの歓声があがり、主催者側はその気転を潰そうと動き始めた。
「――進撃を開始しなさい(ゴーアヘッド)!」
カボチャ投げ祭り会場を見下ろすことが出来る校舎の屋上。
騎師が一人、魔女が二人いる。
眼下では二発目のレールガンが発射され、中騎が吹き飛んだ。
「ひゃー、すごいですねぇ」
白魔女が感嘆の声を上げる。
「参加者側が有利だなんて、驚きの結果ね」
黒魔女が驚きと呆れが綯い交ぜになった表情と声で言う。
事実、レールガンの初弾発射から参加者たちは俄然勢いを取り戻していた。
主催側もレールガンの発射地点を攻め落とそうとしているが、その度に五行や風水にカボチャを破壊されている。
レールガン付近では発射準備を護るものや、作り方を教わり第二の砲を作ろうとしている者たちで溢れている。
戦場全体でも、攻撃の勢いが盛り返し、徐々にではあるが軍事研究部の攻勢を押し返している。
「それにしても、あの子何者なのかしら。見た所、中等部の生徒かしら?」
反撃の狼煙を上げた少女を見ながら、黒魔女が呟く。
「びっくりですねえ。高等部入って来たら、生徒会にスカウトしましょう!」
「そうね、会長とも気が合いそうね。どうでしょう、副――、騎師?」
「いいんじゃないですか。楽しみですね」
魔女たちの華やいだ表情と会話を見つつ、騎師は柔和な笑顔で答える。
二人の魔女は再び観戦に戻り、黄色い声を上げ始める。
同じく騎師もそれを見ていただが、ふとその顔から表情が消えた。
そしてわずかに息を吐き、苦笑。
――派手好き、ですね。
戦場はさらに過熱している。
カボチャ投げ祭り会場、大グラウンド。
祭りは佳境を迎えていた。
電磁投射されたカボチャが空を貫く。
大気が震え、摩擦熱でイオン化した空気からオゾンの匂いが漂う。
騎がまた一騎装甲を砕かれ、膝をついた。
簡易レールガンは連射こそ効かないものの、威力・射程共に参加者側に戦力バランスを大きく揺り戻すのに十分なものだった。
主催側が騎を中心とした機動力・速射力・密度の高い攻撃で攻める。
参加者側が簡易レールガンを主体とした一撃必殺の反撃をする。
一進一退の攻防が続く。
騎の放った大型カボチャが、簡易レールガンを直撃する。
フレームがひしゃげ、各部品が分解する。
だが、それを操っていた射手たちは、既にその場にいない。
指揮を取っていた少女を、紳士が横抱きにしてその場を離脱している。メイドもサイドステップで回避を行った後、スカートをつまみながら走って随伴する。
彼らの退避を援護すべく、通常のカタパルトや手投げのカボチャが弾幕を作り騎の追撃を遮る。
「こっちです!」
走る三人――正確には走っているのは二人だが――を誘導するビキニアーマー姿の女生徒。
誘導先には、既に仮組みされた新しいカタパルトがある。
「基礎フレームは指示通り組み上げてあります。こっちで時間を稼ぐので、後お願いします!」
カタパルトに到着するのと入れ替わりで、ビキニアーマーは防衛に出て行った。
簡易レールガンの単純な構造は長所であり短所である。鉄パイプなどありあわせの建材で構成されているため、二、三回の射撃にしか耐えられないが、破壊された際の再構築なども早い。安定して強いが戦闘中の復活が困難な騎とは対照的と言える。
「フレーム練成開始!」
お嬢様の声が飛ぶ。
――『紳士』・鉄帝・発動・流体制御・成功!
無言で頷いた中林は神器を発動。
フレームの周囲に流体の言詞組成が神器によって書き換えられる。射出部フレームが一体形成されレールが完成。余剰の流体が基部の接合部を補強、地面との設置固定を強化する。
数度に渡るレールガン錬成により、速度・精度共に向上している。
「でも、そろそろ疲れてきたかな?」
「ごちゃごちゃ言わない! 初期動力充填開始! 弾丸は?」
――『メイド』・電帝・発動・電磁誘導・成功!
「これからやります」
「急いで」
「了解」
中林はお嬢様の言葉に素直に従う。
お嬢様は基本的に指示をするのみなのだが、事実としてお嬢様の指揮が始まってから参加者側は動きが目に見えて良くなっていた。それに、なぜか人に反抗する気を起させない不思議な求心力を有していた。
中林が近くに落ちていた最も小さいカボチャを選び、弾丸を精製しようとした時、前線方向から悲鳴が上がった。
残り三騎までに数を減らした主催側の騎による強行突破が行われていた。
中騎一、軽騎二。
それぞれが手に持ったカボチャを投げ放ち、後方の主催側陣地からも支援砲撃が行われる。
橙色の濃密な弾幕が迫る。
防御しようにも中林の手に既に武器はなく、メイドさんも神器発動中で動くことができない。
とっさに駆け出すが何か考えがあっての行動ではない。
どうにかしてカボチャの射線との間に身体を投げ出す。
轟音と衝撃。
「――――っ、あれ?」
中林が顔をあげると、眼前にはカボチャはなかった。
その代りに様々な仮装をした参加者たちが、壁を作っている。
いずれも満身創痍ではあるが、手に持ったそれぞれの獲物や投げ放った符でカボチャを砕いている。
だが、主催側も負けじとさらに砲撃を加え、参加者の戦力と士気の要を狙う。
「お前にだけかっこつけさせるかよ!」
――『牧師』・圧帝/鞭術/防御技能・発動・迎撃打撃・成功!
牧師が叫び、追加で飛んでくるカボチャを鎖で迎撃する。
応、と叫びが唱和され、参加者たちが技能、あるいは自らの肉体で自分たちの指揮官を守る。
宙と地面に散らばるカボチャの破片。
”一気に行く!”
意志が空間に響く。
<意詞加圧(スピリットブースト)”熱血”気動 ・
発動者が持つ攻性遺伝詞の炸裂力を×2を上限にして加圧>
<加圧制限は一回行動(シングルアクション)の発動のみに設定されています>
「ああああああああああああああああああああっ!」
――『狐巫女』・五行技能・発動・五行打撃・超成功!!
純粋な叫びと共に光が夜を貫き、宙と地面のカボチャをことごとく流体レベルまで破砕。
光の作り出す暴風の中に、狐面を付けた巫女が槍を振り下ろし着地する。
「今じゃ!」
着地姿勢からの起き上がりざまに吼える。
銃声。
爆発の轟音の中、鈴鳴るような銃声が明瞭に響き、光の嵐にポツンと黒点が穿たれる。
「空渡る夜風、光の中に渦巻く流体、私の声を乗せて飛んだ弾丸、二十四万詞階の植物の遺伝詞に願いを伝えて!」
――『カウガール』・風水技能・発動・遺伝詞操作(ライブアレンジ)・超成功!!
穿たれた黒点はそこを中心に渦を巻き始める。
黒点を中心に光は収束、卵のように丸く、白く凝縮される。
そして、次の瞬間にはガラスが砕け散るような音が響いた。
光の卵から橙色のそれが孵化した。
軽騎程の大きさのカボチャ大王(ジャック・オ・ランタン)。
「そんなのありかぁー!?」
軽騎の一騎がジャック・オ・ランタンの体当たりの直撃を受ける。
装甲片をまき散らしながら転がっていく軽騎と共に、整調化されたカボチャ大王はカボチャに戻った。
残り二騎。
だが、その二騎も手持ちのカボチャが無いらしく一度撤退を行おうとする。
「逃がさないわ! 紳士、私も手伝うからそこのカボチャを弾丸にしなさい」
お嬢様が指したのは、一抱え程もある通常サイズのカボチャ。質量に要求出力が比例する電磁投射砲には明らかに向かないサイズだった。だが、
――『紳士』・鉄帝・発動・鉄殻生成・成功!
中林は疑うことなく、指示に従う。
生成された鉄色のカボチャをレールガンにセット。
その時メイドと一瞬目が合う。互いに頷き同時に神器を発動させる。
――『紳士』・鉄帝・発動・流体制御・成功!
――『メイド』・電帝・発動・電詞加速・成功!
仮想電詞回路が生成され、流体から生み出された自由電詞が回路を駆け巡る。
だが、二人が操る帝級神器の流体出力ではカボチャを打ち出すには、まだ出力が足りない。
だがここで、今まで静観していたお嬢様が動いた。
簡易レールガンの基部に立つ二人の背にそっと触れる。
口が声を出さずに動き、詞を内燃詞状態で紡ぐ。
「――加圧」
そして、呟いた瞬間。
電磁投射砲周囲の空間で、流体の制御が行われ、加圧された。
どんな技能を使ったのか。
二人の扱える詞階を遙かに超え、都市自体がその事実を認めるレベルまでに空間の遺伝詞が制御される。
充足され、加速され、増幅された回路で電詞が飽和し、フレームの周りに自然放電がわずかに起こる。静電気が三人の髪を浮かし、わずかに逆立たせる。
「発射!」
ロックが外され、光と音の暴威が校庭を包んだ。
カボチャ投げ祭り会場、大グラウンド。
残光と残響が納まり、戦場の姿があらわになった。
「いつつつ……」
発射の衝撃で吹き飛ばされ、再び瓦礫の山の中に突っ込んだ中林が身を起こした。
周囲を見渡せば、限界を超えた射撃の衝撃で他の参加者たちも薙ぎ倒されていた。
「騎は……?」
ずれた眼鏡を直し、目を凝らし、前方を見る。
線。
大地が一直線に抉られ、線が引かれていた。
線は中林の眼前から始まり、終端は校庭のそれと同様の位置にある。
校庭の端には、子供が放り投げたおもちゃのようになった二騎と、人と残骸とカボチャの混じり合った何か。直撃を食らった一騎目がニ騎目を巻き込み、さらにその直線状の軍研部員、カタパルトなどを道連れに校庭を横断していった結果だった。
「すげぇ……」
中林は、自分もそれに加担したというのに、思わず感嘆の声を上げる。
誰もがその光景に唖然として動くことができない。
そうしている間に、校庭中央部に司会の道化師と助手の覆面男が出てきた。
校庭中央部のステージを兼ねた小山は、度重なる砲撃戦と最後の一撃で完全に崩れていた。だが司会としての役割を全うすべく、道化師は覆面男の両肩の上に足を乗せて立つ。指を鳴らすとスポットライトが二人に集まる。
「勝者、参加者!」
司会が良く響く声で宣言する。
一瞬の沈黙の後、参加者、観客から一斉に歓声が上がった。
「なんと今年のカボチャ投げ祭りは大方の予想を裏切って、参加者の勝利だ! 参加者たちには商品として、学食フリーチケット一か月分が進呈されるぜ!
軍研の奴らはご愁傷様。約束通り罰ゲームの学食奴隷労働頑張ってくれ!
いやー、それにしても今回のカボチャ投げ祭り大番狂わせだ! やはり決め手は――」
まとめに入る司会。うなだれる軍研。喜びに沸く参加者。自分たちも参加すればよかったと悔しがる観客。
「は、はは。ハハ! やった、やりましたよ! ねえ――」
遅れて勝利の実感がわいた中林は、お嬢様とメイドさんに声を掛ける。
が、そこに二人の姿はなかった。
慌てて辺りを見回すが、どこにもそれらしき姿は無い。
「……どういうことだ」
二人を捜すべく駆け出そうとした時、
「『紳士』、やったな! わしらの勝利じゃ!」
「勝てるとは思いませんでしたね」
「やったぜ、学食フリーチケット獲得だ!」
周囲から駆け寄ってきた参加者たちに囲まれた。参加者たちは互いに喜び合いながら、押し合いふざけ合う。
「誰か、あの二人を知らないか!?」
声をかけるも喧噪にかき消される。知る者もいないらしく答えも返らない。
「何処に行ったんだ……!?」
中林は喜びに沸く群衆を?き分け、走り出す。
「胴上げしようぜ!」
誰ともなしに声がかかり、中林をはじめとして適当な人間幾人かが生贄として捕まり、宙に放り投げられた。
ワッショイ! ワッショイ!
宙にあっては身動きも取れない。胴上げの頂点に達したところで、周囲の人々を見ても二人はいない。
ガーリレイ! ガーリレイ!
学生たちのハイテンションは留まるところを知らず、逃げだして探しに行くこともできない。
ナーバス! ナーバス!
「……一体、何なんだ」
消えた二人を想って呟くも、当然答えは返らない。
この後、フリーチケットの配布が始まると参加者たちは一斉に受付へと移動を始め、受け止める人々がいなくなった中林は容赦なく地面に叩きつけられた。
「ぬおおおおおおおおお!」
全身を強打してのた打ち回る中林。タキシードの懐から何かが落ちた。
薄桃の地に白い花が僅かにあしらわれたの簡素な便せん。
便せんには二人分の筆跡。
『いずれ、また』
『良い夢を』
何故か苦笑。
「あー、僕ってなんなんだろうなー?」
大の字になって見上げた空は、月の無い何所までも深く黒い秋の夜空だった。
暗い室内。
意図的に照明が抑えられた室内。
幾人かの影法師がある。
「――、紅茶を入れて頂戴」
少女の声がすると、傍に侍って居た人影は頷き、作業を始めた。
「どうでしたか?」
暗がりの中から声がする。
「まあ、それなりに」
「その様子ですと、楽しんだようですね。いいことです」
闇の中から影が歩み出る。窓から入ってくる明りにシルエットが浮かび上がる。シルエットの姿は女医。しかも出る所は出て、引っこむ所は引っこむ。まさにパーフェクト女医。
女医。ウーマンドクター。女の医者の意。それは男の憧れ。診療室でお注射をしたりされたりというのは、ベタながら人気のあるシチュエーションである。今は女性看護士と名を変えた看護婦さんと並び、男の浪漫の一つであるとされる。
IAI書籍発行・『チャレンジ女医』(絶版)
「……その恰好。先生は、ずいぶん楽しまれたようで」
「祭りは楽しむものですよー。あ、メイドちゃん、私にも紅茶ね。ブランデー垂らして」
作業をしていた人影、メイドさんは少しだけ溜息をつくと、カップを増やして紅茶の準備をすすめた。
「報告では、校内にも異常なしですし。悪戯ぐらい多めに見て、ね?」
「いたずらの度を超えたのはご自分でお願いします」
女医の声に少女、お嬢様はあくまでそっけなく答える。
「お茶の用意ができました」
「ありがとう」
室内に紅茶の芳香が広がり、しばし静かにお茶を飲む音だけがする。
「それで、どうでした?」
何気なく切り出したのは女医だった。
「……」
お嬢様はお茶を飲んだまま無言。
「彼は気づいてないですよ、確実に。『私』にだって気付かなかったわけですし。自信を持っていいやら、悲しむべきやら」
メイドさんがどこか呆れた声を出す。
「ふぅ……別に気にしてないわよ。さて、私はそろそろ寝るわ」
「体の調子は大丈夫ですか?」
「先生、ご心配なさらずに。これぐらいだったら、どうってことありませんよ」
「なら、いいんですけどね。さ、メイドちゃんは、お部屋から出てね」
「それでは、お二人ともおやすみなさい」
メイドさんは女医の言葉に従い、ティーセットを片付けると部屋を退室していった。
女医が部屋の鍵をかける。
それを確認すると、お嬢様は服に手をかけた。
靴を脱ぎ、スカートの下のパニエから足を抜く。スカートのホックをはずし、床に落とす。袖口のボタン、襟のボタンを順に外し上着を脱ぐ。インナーのベビードールを脱ぐと、残るは上下の下着、黒のハイサイソックスとそれを留めるガーターベルト。
「服はクリーニングと洗濯に出しておきますから、そのままで大丈夫ですよ」
お嬢様は女医の言葉に頷く。
下着を、上、下の順で脱ぐ。肩ひもを腕から外し、左右の足を順に上げ脚を抜く。夜明りに照らされ、室内の夜気に白く滑らかな裸身が晒される。
ハイサイソックスに繋がっているガーターベルトの留め具。左右に前後で存在する計四つの金具を外した後、腰で止められている金具を外すと下着の上に置く。
最後に残った腿まで丈があるハイサイソックスも、腰を降ろす事無く器用にバランスを取って脱ぎ去ると、身につけるものは完全になくなった。
作り物の人形めいた白く硬質な印象を抱かせる染み一つない白磁の肌。起伏はなだらかだが、無駄な肉付きも無い。それゆえにどこか超然とした神秘的な雰囲気が漂う。
少女は裸足のまま冷たい床を、部屋の最奥に向かって歩く。
そこには寝台のような形の何かがあった。
新生児の保育器と水槽を合わせたようなそれに少女は寝そべる。
「良い夢を」
「良い夢を」
少女と女は、互いに声をかける。
寝台にシャッター上の覆いが展開し、寝台の内外、室内が全て闇に包まれた。
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