オッス俺としあき。どこにでもいる普通の学生だ。
いつもの学校。いつもの教室。いつものホームルーム。
そしていつもの放課後――の、はずだったのだが、
「おーい、としあき」
何の部活にも入っていない俺はすぐさま家に帰ろうとしたのだが、クラス担任の大座羽先生に呼び止められた。
「先生、生徒を下の名前で呼び捨てはどうかと思います」
「気にするな。お前、苗字無いし」
「なん……だと……!?」
「オサレゴッコはいい。それよりお前、体育委員だったよな?」
「そこに気付くとは……たいしイタッ!? 出席簿の角!?」
「体育委員だったよな?」
「……ジャンケンで負けてなっただけですけどね」
「体育用具の新品が届いたらしい。倉庫に行って入れ替えて来い」
「なんで俺なんですか?」
「体育の伍里先生に二千円借りてるんだ」
「自分の借りを返すのに生徒を使うな!」
「お前帰宅部だから暇だろ? それに今度ファミレスでなんか奢ってやるからさ。ドリンクバーとか」
「安っ」
「さて、女子の体育委員は……綿貫だったか。おーい綿貫」
俺はその名前を聞いてドキリとしてしまった。
決してときめいたわけではない。
いや、綿貫はおそらく可愛い部類に入るだろう。クラスで三本指、学年でも十本指くらいには入れてもいいかもしれない。
そして、とても意外なことだが、彼女は俺に親しく話しかけてきてくれる。自慢ではないが俺はクラスでは結構孤独な、ようは浮いた存在だ。大体昼休みには一人で弁当を食べ、暇があれば図書室などで時間を潰す。
だが、俺が彼女の名前を聞いて真っ先に感じたのは……ほんの少しの恐怖だ。
彼女には、どこか普通の人とズレたところがある。
考え方が独特というか、思い込みが激しいというか。
「なんですか、先生?」
呼ばれた綿貫は俺を見ると、柔らかな笑みを浮かべた。
……また心臓が高鳴る。今度のは、確かにときめきだった。
怖がったりしてごめんなさい。心の中で謝っておく。
「かくかくしかじか」
「まるまるうまうまということですね?」
「うむ、頼んだぞ」
「わかりました」
「今ので通じたのか!?」
「?」
小首を傾げる仕種がちょっと可愛いけどなんだか納得がいかないぞ。
「あ、津ちゃん、先生に頼まれごとしたから、先に帰ってて」
綿貫がそう声をかけたのは、眼光鋭い大鷲のような表情を常に崩さない津だ。
弓道や剣道でもやっていそうな凛々しい風貌だが、こいつも帰宅部だったりする。いつも綿貫と共に下校しており、俺も時々一緒になる。
「かくかくしかじかだから、遅くなると思う」
「……わかった」
「お前も通じるのかよ!?」
「……としあき」
「な、なんだ……?」
「……お前も一緒なのか?」
「一応体育委員だからな」
「……そう、か」
何を考えているのか無表情に呟くと、津はすたすたと教室を出て行った。
「行こうか。としあきくん」
「お、おう」
俺たちは下駄箱で靴を履き替えると、校庭の隅にある体育倉庫に向かった。
「これ全部二人で運ぶのか……」
そこの前にはハードルやコーン、マットや鉄棒の替えなど思ってた以上の用具が並んでいた。
「あはは……期待してるよ、男の子」
「くそぅ、やってやるぜ!」
30分後。
俺は肩で息をしながら、倉庫の中の棚に手を付いた。
「ちょ、ちょっと……きゅうけい……」
「そうだね……」
俺たちは積み重なったマットの上に座り、一息ついた。
「キツイ……」
「でもほとんど運び終わったよ。あとちょっと」
「おう、もう少し休んだらがんばるか……」
ガゴンッ。
そのとき、不意に倉庫の扉が閉まった。
「え?」
「なんだ!?」
驚いている間にも、外でガチャガチャと南京錠をかける音が。
「ちょっと待て!」
俺は慌てて扉に取り付くが、びくともしない。
閉じ込められた!?
「……としあき」
「その声、津か! どうなってるんだ!? 急に倉庫の扉を閉められたんだ!」
「……閉めたのは、私」
「ハァ!? なんで!?」
「……明日の朝、開ける。じゃあ」
「津! 津!? ああもう呼びづらいな! 待てよ津!」
いくら呼んでみてももう返事は無い。
「なに考えてんだ!」
「イタズラ……かな?」
「それで一晩もこんなところに閉じ込められたんじゃ、堪らないぞ」
「私は……としあきくんが一緒なら平気、かな……」
へ……? なんで?
思わず聞き返しそうになったが、それを問うのはなんだか野暮な気がした。
ほらだって、綿貫だって少し頬を染めて恥ずかしそうに俯いてるし。
いきなり過ぎて頭はついていかないが、この状況は結構美味しいのか?
「でもさすがに腹も減るしな……」
「あ、私のお弁当余ってるから、それあげるよ」
そういって綿貫は倉庫の中に置いていた鞄を空け、中から弁当箱を取り出し、
「あっ」
うっかり鞄を落として中身をぶちまけた。
教科書。ペンケース。かわいらしい茶巾。包丁。
「……ん?」
包丁?
慌ててそれらを鞄に戻す綿貫。無造作に突っ込んだ鞄の端から、確かに尖った包丁の先端が飛び出している。
……触れちゃいけない。聞いちゃいけない。
あれだ。学校で鍋パーティでも開いてそのときマイ包丁を持参したのだ。きっとそうだ。
俺はちょっとだけ綿貫の鞄から距離をあけて座った。
…………
二人は無言のまま、時間が過ぎていく。
曇りガラスの窓からは赤い日が差し始めた。そろそろ夕方、部活動も終わる時間だ。生徒がみんな帰ってしまえば、ここに俺たちがいることはもう気付いてもらえなくなる。先生の見回りがあることを祈るばかりだ。
「……ねぇ、としあきくん」
「な! なななに!? いや、なんですか?」
「ちょっと、お話しない?」
「う、うん……いいよ」
俺が頷くと、綿貫はすぐ傍に座り、そして色々な質問を投げかけてきた……
最終更新:2008年10月29日 02:42