小鳥のさえずり。風が葉を揺らし、音を立てる。群がる樹木の中を2匹の獣が進んでいた。
「ねーホウホー、どこに向かってるんだっけー?」
それは、
剣の様な2本の牙を持った獣。虎に似た姿を持つその獣は金色の体毛を靡かせ、悠々と歩いている。時々、大きな欠伸をするたびに、口元の刃がギラリと輝く。
「ウホ、話を聞き逃してたウホか? ゴリ達はお参りに行くウホ」
もう片方は、
漆黒の毛皮を持つ類人猿。その肥大化した筋肉の塊である腕は、地面を突くたびに軽く木々が揺れる。所謂ナックルウォーキングと呼ばれる歩行方法だ。
獣達は、やがて開けた場所に出た。その一帯だけ、木々が生えておらず、日光が差している。いつの間にか風は止み、鳥もどこかへ行ってしまったようだ。静寂が森を包む。日に照らされる場所の中央、そこには小さな木が1本生えていた。
「ゴリ雄、今年も来たウホよ」
風も無いのに、その木が僅かに揺れた。気がした。それはまるで獣の声に応じたかのようだった。
「そっかー……あれからもう、そんなに経つのかー」
「ウッホホ、ゴリ雄の遺体を見つけた時は怒ったサーベルを止めるのに大変だったウホ」
「だって、人間のせいでゴリ雄殺されちゃって、それでオレ」
「そういえば、あの事件の黒幕はタスマニアデビルだったらしいウホよ」
「え、えー!」
優しい時間が流れる。他愛ない会話をする2匹の獣と1本の木。その姿は久々に出会う仲の良い昔馴染み達のよう。
ふと、1匹の獣が木の根元に何かが置いてあることに気付いたようだ。
「これは、おにぎりとチョコレート、そして見たこともない花ウホね……」
「このおにぎりは人間の持ってきたものだね、鼻のいいオレにはわかるんだ」
いただきまーす、と虎に似た獣が言う。肉食獣が、米を食べてもいいものなのだろうか。
「ウホ……じゃあこのチョコと花も人間が持って来たウホか?」
「もぐもぐ……どっちも人間の臭いはしないねー。チョコはこの前墜ちてきた人間の乗り物に似た臭いがするよ」
おにぎりを頬張りながら、チョコレートを口に放り込む。さすがにもう片方の獣も止めるが、お構いなしだ。
「お腹壊しても知らないウホよ……」
「大丈夫大丈夫ー。こっちの花は嗅いだことのない匂いだねー。なんだか花の蜜とトカゲが混ざったような臭いだよー」
「意味わからないウホね」
「多分、ゴリ雄のお参りに来た人間達がいたんだねー。オレ達とすれ違いだったのかな」
おにぎりとチョコレートを胃に収めた獣が、小さくゲップをして、木にそっと触れる。その眼差しはとても優しい。
「……ウホ。ゴリ雄、よかったウホね。君の事を覚えていてくれる生き物は沢山いるウホよ。ジャングルはゴリ達に任せて、空の上のジャングルで妹さんと一緒に暮らすウホ」
木の根元に、1房のバナナが置かれた。また、木が揺れる。
「そろそろ帰るウホよ、サーベル。ご飯の時間に遅れちゃうウホ」
「わーい、ごはんー!」
「ウッホホ、早く帰らないと
ボスに全部食べられちゃうウホね」
「じゃあゴリ雄、また来るねー」
獣達が木々の中へ戻って行く。小鳥のさえずり。風が葉を揺らし、音を立てる。
1本の木だけが、静かに、ただ静かに彼らを見守っていた。
完
最終更新:2018年02月27日 21:01