お骨のグルメ

「シャバの空気はうまいぜ」

 餓者髑髏は大きく両腕を広げ、深く深呼吸をした。
 吸い込んだ空気が肋骨の隙間から漏れ出すが、本人は深呼吸をしているつもりなのだ。

「世界を救った後の気分は最高だなぁ! なあ、大造ちゃん」
「なぁにが気分は最高だ! お前ふざけ過ぎなんだよ!」

 野堀大造の怒声が響く。
 しかし、髑髏は気にも留めていない。

「なんで世界を救うための戦いがババ抜きなんだよ!? いや、ある意味平和的解決だけれども! おかしいだろ!?」
「いやあ、それは俺ちゃんが偶然トランプを持っていたからであって……」
「それにお前表情に出過ぎだろ! 俺のフォローが無かったら世界が終わってたんだぞ!? なんで骨なのにそんな表情豊かなんだよ!」
「すごいでしょ」
「すげぇよ! お前の馬鹿さ加減はよぉ!」

 ひとしきり鬱憤を吐き出した後、落ち着いた野堀は踵を返した。

「あれ、もう帰っちゃうの大造ちゃん」
「ああ、なんかもう疲れた……」
「俺ちゃんこれからスポーツジムに行くけど一緒にどう?」
「疲れたって言ってんだろ」
「筋肉は全てを解決するんだぜ! さあ、共にマッスルして疲労回復☆」
「お前マッスルする筋肉ないだろ!」
「俺ちゃんの心の中にはいつだって筋肉とマッスルが……!」
「もう意味わかんねぇ」

 も家で待ってるからと言い残し、野堀は歩き出した。
 何とも言えない哀愁漂う背中を見送っていると、そのままついて行ってまだまだ弄り倒したくなるが、髑髏はそれをグッとこらえた。
 なにしろ、自分もこの後に予定が入っているからだ。無論スポーツジムではない。鍛える筋肉が無いからね。

「うん、いい感じに空腹だ。これなら大使の言っていたカレー屋を全力で楽しめるぞぉ」

 動く奇妙な遺骨は荒河市の雑踏に姿を消すのであった。


◆◆◆◆◆


「いやあ、クソだね! クソクソ!」

 髑髏はあったかいおしぼりで手を拭きながら悪態をついていた。
 ここは『小料理屋雑賀』荒河市のちょっとはずれの方に構えている店だ。

「おかしいでしょ待ち時間4時間って。そこまでしてカレー食べなくていいよもう」
「それで、またうちに来たってわけか」

 カウンターの向こう側で鍋をかき混ぜる男が答える。
 彼の名は雑賀守夫、この店の店主で、吸血鬼を料理するためにアメリカに行ったり、猿の脳みそを求めて北海道の雪山へ行く変人だ。
 外出先で神話生物的な異形の神々に襲われたりしたこともあったが、これはシノビガミなので割愛する。

「それで守夫ちゃん、何煮込んでるの?」
「トロピカルカレー」
「なんで居酒屋でカレーなのかは置いとくとして、タイミングばっちし! 俺ちゃん今すっごいカレーの気分だからね!」
「クソクソ言ってたし、この便器型の皿に盛ってやるよ」
「やだ冗談きつーい」

 クネクネした動きで揺れる髑髏。
 二人の穏やかな時間は硬いものを叩きつける音で唐突に終わりを迎えた。
 エピッ、と小さな悲鳴が髑髏の口から洩れる。彼の頭部にお盆が縦方向に突き刺さっていた。

「ドクロ、気持ち悪い」
「いっだ……! り、鈴ちゃん……流石にやり過ぎでは?」
「アンタ別にこれくらい平気でしょ。それよりアンタの身体どうなってんのよ、ゴムなの?」

 髑髏は凹の形になった頭蓋骨を手で押し戻す。
 唐突に暴力を振るってきた彼女は稲葉鈴、この店のバイトだ。猫耳がチャームポイント。
 実は荒河市を守っている仕事をしているだとか、実は猫のホムンクルスだとか、様々なうわさが絶えない彼女だが、髑髏にはそんなことは心底どうでもよかった。

「んもう、なんで怒ってるの鈴ちゃん。おっぱい大きくなくても俺ちゃんは鈴ちゃんのこと好きなんだよ?」
「こっちは嫌いなんだよ……!」

 鈴がお通しを叩きつけるように髑髏の前に置いた。

「なにこれ」
「スターフルーツ、トロピカルカレーの余り」
「えっ、ちょっとまって守夫ちゃん、トロピカルカレーに何入れてんの? パイナップルとかマンゴーとかでしょ? スターフルーツ入れるとか初めて聞いたんだけど」
「どっちも入れてねぇなぁ……」
「えぇ……」

 スターフルーツを一切れ口に放り込む。
 甘酸っぱい。正直そんな美味しくない。

「えーっと、確か入れたのはジャボチカバに、パラミツ、サントル、パンノキ……」
「ちょ、ちょっと店長、それいつ仕入れたの? 全部聞いたこともない名前なんだけど、大丈夫なの?」
「……鈴ちゃん、俺の腕を信じなさい。それに食べるのはガシャちゃんだ」
「まあ……それもそうか」
「待ちきれないぜぇ!」


◆◆◆◆◆


「なんだこの……なんだ……?」

 聞いたこともないフルーツの独特な酸味と甘みが口いっぱいに広がる。
 なぜか白米ではなく赤飯なのが謎だ。もっちもちしてて奇妙な触感。
 あと肉が硬い。鶏肉っぽい味だけど硬い。なんだこれ、ワニ肉って言ってたな。

「不味くはない……不味くはないけど……」
「美味いだろ?」
「いや、ううん……」
「流石に挑戦しすぎたか」
「もったいないから全部食べちゃってよドクロ」
「えぇ……」


最終更新:2018年05月20日 02:25