<<ひとでなしの恋>>
プレゼント
「――
おはようござ……い、ま……す?」
自室のカーテンを開けた瞬間に、リビングにいた二名から、熱いを通り越した凝視の眼差しを受けたら、きっと誰でもこんな風に、語尾に疑問符が付くものなのではないか。
そう思う。
思わず室内に2、3歩後退しながら、カークは先より少し小さな声でもう一度、
「おはようございます」
そう繰り返した。
はなはだしくガン見されているせいである。
もちろん、
カークをしげしげと眺めているのは、この家に過ごす同居人――ヒューと、マルゥ――の二人に他ならない。
「な。ピッタリだろう」
「ホントだ」
軽く怯えるカークを尻目に、二人でなにやら深く頷きあっている。
含み笑いを口元に浮かべて、これは絶対に、
何かをたくらんでいる目つきである。
「いけるな」
「いけるね」
「――あの。ちょっとお尋ねしますが、一体何が、何にピッタリだと――」
経験上黙ったままでいると、勝手にコトを運ばれてしまう恐れがあることを知っているカークは、おずおずと二人の会話に口を挟んだ。
実際、はさんだところで、たいがいは強引に押し切られるのがオチ……ということも重々承知して。
「やあ!おはようカーク君!実に爽やかな朝じゃあないか!」
「おはよう、カーク。今日はアタシがモーニングコーヒー淹れてあげるね!」
怪しい。
取ってつけたように、さわやかな笑顔で近付いてくるヒューと、
普段、ズボラなはずのマルゥが、さっとソファから立ち上がりキッチンへと向かう姿を視界に入れて、
カークは今度こそ本気で引き攣った。
そのまま、さっさとカーテンでも閉めて自室に篭城したい気分にもなったが、
「こんないい天気の日は思わず、散歩したくならないかなるだろうなるよな?」
強硬な手に出られるほど、カークは自己主張の強い性格でもなく、
そもそも部屋の内側に、ヒューの片足を入れ込まれてしまったものだから、
「――何を……企んでいる……んです?」
そう問いかけ、引きこもりは諦めた。
どだい、押しの強いヒューに逆らおうとするのがそもそもの無茶、だと言うことも知っている。
「企む?企む、ハハハ何を言ってるのか、全然俺には見当もつかないな!誰が、何を企んでいるって?」
「あの、ですから、ヒューとマルゥが――」
「はいカーク!コーヒー入ったから!ささ、座って座って」
あからさまに愛想のいいマルゥが、ソファにわざわざクッションまで用意してにっこりと笑っている。
怪しい。
絶対に怪しい。
疑いの目つきを二人に投げかけながら、それでもしぶしぶ、カークはリビングへと足を踏み入れた。
「アルバイト、ですか」
「そう。『求む!タイプライター経験者!一泊二日泊り込み、三食昼寝付き!』……な?お前、ヒマだろう?ヒマだよな?」
「ヒマ――と言えば、ヒマでしょう……か?」
自信なさ気に語尾が揺れるのは、
続いた四日間の長雨にたまりにたまった洗濯物、
散らかすことが得意な約二名の同居人の後片付け、
それと毎日の雑事……ゴミを出したり買い物に行ったり、
主夫はなにかと忙しい。
がしかし、もともとカークはハウスキーパー目的で、この家に来たわけではない。
もちろん、それ目的で買われてゆくD-LLもたくさんいるのではあったが。
成り行き上、と言うのが一番正しいのだろうと自己分析している。
「運命」、でも「宿命」、でもなく、「行き当たりばったり」。
そもそも、路地にうずくまった自分を、ヒューとマルゥが見止めたこと自体が、既に成り行き任せに近い。
D-LL。
人間ではない、人間によく似た擬似生命体。
一口でまとめてしまえば、アンドロイド……なのだろう。
人並外れて記憶力が高かったり、
人並み以上に体力があったり、
その能力はさまざまではあるが、本質はひとつ、「年を取らない、生きてはいない」。
千と少し前に、新しい惑星上で生きてゆくために、人間が考え出した人間と共存する生物だ。
カークも、マルゥも、そのD-LLの一体である。
であるのだから当然、人間であるヒューが、二人の事実上の「主人」に当たるのだろうが、
「……」
にこやかに微笑む目の前の主に、主らしいことを何かしてもらっただろうかと眉間を揉みほぐしてみたが――記憶力随一のカークでも、何も思い浮かばなかった。
強いて言うならば、「共に生活をこなした」、それだけだろうか。
こなした……と言うか、、
こなれた……と言うか。
「なあカーク君どうだねいい物件じゃあないか行きたいだろう行きたくなっただろう?」
「判りました行って来ます」
顔面にグイグイと押し付けられる、「アルバイトの募集チラシ」を、引き剥がしながらカークは素直にそう答えた。
抵抗する気はない。
ハウスキーパー暦と同じくらい、諦めの境地も、板についていた。
*
*
渡された、アルバイト募集のチラシを見ながら、カークは歩いている。
以前は「下層区」、
もしくは「外環都市」と呼ばれた地域である。
千と少し前に構築された、完全中央管理社会都市。
通称P-C-C。
中心に鉄の樹を抱いた、D-LLがD-LLによって人間を管理していた、おかしな社会機構。
なるものは、十年も前に派手に倒れて砕けた。
壊したのはカークであり、マルゥであり、
おおもとは――ヒュー、なのだろうか。
やはり。
それから数年、一日の全てを、一年の全てを、一生の全てを、管理されることに慣れ切っていた人間たちの混乱。
どうなることかと、傍から見ても思った。
無気力で、無愛想で、無関心。
右の足を出した後に、次の足をどう出したら前に進めるのかすら、判らなくなっていた歪んだ世界。
体制のほとんどが崩れ去り、物資も不足し、弱肉強食にすら、なりかけた世界。
D-LLであるカークは、ただ、はらはらしながら見守っていた。
実際、手を出せることなど何もなく、
手を出せる能力すらなく、
そもそも、カークはカーク自身の抱えた問題に、手一杯であったから、
他を省みる余裕など、なかった。
失われた膨大な過去を、
失ってしまった大切な未来を、
受け入れ消化していくには、やはり人間の混乱と同様、十年の月日が必要だったのだ。
今は、そう思う。
ふと気付き、周りを見渡せば、
辺りの人間は、それなりに生活していた。
順応、という言葉がある。
P-C-Cからまったく解放された、自立した生活に、いつの間にか人間は適応して生きるようになっていた。
それは、完璧に管理され、清潔に保たれた、以前の機構からしてみれば、まだまだ赤子のようなレヴェルではあったものの、
物資は流動し、貨幣によって流通が始まり、
「機械」に頼らずとも、生きていける術を人間は獲得しつつ、あった。
恐ろしいと思った。
進化してゆく人間が。
その速度についてゆけない自身が。
場末の歌歌いになったのは、何のきっかけからだったのか、カークは覚えていない。
否。
P-C-Cの全てを統治する管理者として造られたカークに、「忘れる」と言う便利な機能は備え付けられていない。
いつでも、どんなときでも、必要なことも必要でないことも克明に、思い出すことができる。
色も。形も。音も。臭いも。
喜びも悲しみも、ひっくるめて全部。
であったから、覚えていない、と言うよりは
思い出したくない、と言うほうが正しいのかもしれない。
ヒューとマルゥから隔絶されたあの十年を、カークはよく思い出したくないのだ。
全てが空ろな連続であったから。
それは、今が満たされている、と言う反語でもある。
「――この辺りも――変わった」
ついつい、ひとり語散ていた。
億と言う単位で、埋め込まれていた管理サーバー工場はきれいに吹っ飛び、
今は子供が犬と駆け回って遊ぶ空き地だ。
変わった、とは思っても、
残念だと言う気は毛頭ない。
たとえ、以前よりも遥かに低い暮らしぶりであっても、カークには今の人間の姿のほうが、正常に思えるからだ。
たしか――このあたり。
チラシをもう一度確認し、きょろきょろと辺りを見回す。
以前であれば、どんな端末……一本の電線からでも、即座にネットダイブできる能力を持つカークが、「道に迷う」ことはなかった。
いつだって目の前に、ナビゲートされた地図が表示されていたからだ。
中央塔が崩れ去った今は、カークの「特技」であった監視能力のほとんどが役に立たない。
能力自体は失っていなくても、それを使用できる環境がないからだ。
それが、カークには少しだけ嬉しい。
人間に近い気がするから。
ほくそ笑んだ瞬間、目端に止まった路地壁に、番地プレートが無造作に貼り付けられているのを発見し、カークはそれへ近付いた。
近付き、
「これ、――は……」
プレートの隣に貼られたポスターが眼に入り、思わず絶句する。
そこに貼られていたものは、
「我と思わんものは後に続け!元祖!女装☆大会 in Spring」
日付は、明日。
カークが渡されたアルバイトを終えて、家に戻る時間だ。
あやしい。
絶対に、あやしい。
そう思ったカークの勘。
そうして、
「……」
いけるな。
いけるね。
企んだかのような、ヒューとマルゥの目配せ顔。
あからさまに誤魔化す二人の演技。
「……」
カークは、D-LLの中でもできそこないだ。
通常、人間と同じようにD-LLでも、男女の違いが身体に表れているものなのだが、カークにはそれがない。
人間に似て、人間でなく、
男でも、女でもない中途半端な生き物。
それがカークだ。
どちらかと尋ねられても、本人ですらどちらだとは明言できない、曖昧な状態。
強いて言うなら現在の生活パターンで、
男七割、女三割……だろうか。
完全に男扱いされるのもどうかと思うが、
かと言って個人的には女扱いされることも、あまり面白くはない。
であったから、普段はどちらともつかない曖昧な格好をしている。
そもそも、自信の身体に興味もなければ、服の嗜好にうるさくもないので、
「寒暖をしのげれば良い」
その程度だ。
アンタ、顔だけはきれいなんだから、それなりな格好すれば、それなりに見栄えがいいのに。
時折マルゥが不満を口にするが、カークは意に介さない。
――服は、好きではない身体を覆ってしまえればそれで良い。
が。しかし。
不本意ながら、ヒューとマルゥと暮らした十年前、何度か女装せねばならない機会に遭遇したこともあったことを、カークは鮮明に思い出す。
そう言えば香水まで吹き付けられた。
「……」
女装の趣味はカークにはない。
だがきっと、ヒューが命令したならば、カークは無意識にそれを実行するだろう。
すると思う。
だが。
「……」
人間の第六感で言うならば、ものすっっっごく
いやーな予感。
に身をさいなまれながら、カークは思わず曇天の空を仰いだのだった。
*
*
だからと言って、帰らないわけにはいかないのが、カークの、カークたる所以……かもしれない。
十年前に三人で過ごしたマンションは、きれいさっぱり吹き飛んでくれていたので、
一年ほど前に、再々度拾われたカークが連れてこられた新しい家は、平屋造りの一軒家。
……と、言えば聞こえは良いが、半ば以上崩れたコンクリートの廃屋を、
ヒューとマルゥが手直しして住居部分に仕立て上げた、と言ったほうが本来はきっと正しい。
壁だけは崩れずに残っていた廃屋を、
むき出しの床に機材を積み上げ、床板を張り、
雨よけには、マルゥがどこからか引き摺り運んできた鉄板を重ねた。
それぞれの「部屋」は、アコーディオンカーテンで仕切られている。
なけなしの「リビング」には、やはりどこからか拾ってきたらしいスプリングの飛び出たソファ。
中央管理局に用意されていた以前のマンションとは、比べるべくもないが、
それでも、カークには以前と同じように、
以前よりもいっそう、
心地よい空間だった。
偽の記憶や、消されかけた記憶を抱えて生きていくよりはずっと、良い。
……が、しかし。
カークにとって三人で暮らすそこが、心地よい空間であることは認めるが、
それはあくまでも、「普段」「何事もない」「平穏無事な」時であって、
明らかに何事か企んでいる二人が待つ家に戻る――と言うのは、なかなか勇気がいるものだ。
カークの能力で言うなれば、まるで児戯のようなアルバイト……積み上げられた文書をタイプライターで清書すること……を無事に終え、
クレジットの入った袋を受け取り、
帰途についたはいいが、家の前ではたと足が止まった。
どうしよう。
素朴な疑問が頭の中をぐるぐると回る。
愚問、かもしれない。
どう足掻いたところで、カークにとっての「我が家」はここでしかないのだし、
どう抵抗したところで、ヒューとマルゥが強行突破手段に出たとしたら、反対のしようがないのだ。
ウロウロと家の前を歩き回ること30分。
「――よし」
女装しろと言うのなら受けて立とう。
受けて立つなら本気を出して、軽く優勝ぐらいしてやろう。
そう前向きに考えてみた。
傍目から見るとまるで馬鹿げた、悲壮なる決意を胸に、カークは意気揚々――と言うよりは、市場へ引かれる子牛のように、虚脱感に支配されながら、
「――さあ目指すは優勝賞金50クレジットです。いざ!『元祖!女装☆大会』へ!!」
パンッ。
パンッ。
パンッ。
ヤケクソ気味に入り口のドアを勢い開けたカークの耳に、
バックファイアにも似た、破裂音が右と左から交互に聞こえ、
驚いて彼は思わず両手で頭を庇った。
庇った腕に、ふわふわとしたやわらかな感触が当たる。
「……あ――え?」
「もう一回会えたねよく会えたよねもう偶然なんかじゃすまされないよねもういっそアンタら結婚しちゃえば?記念日おめでとう!」
「なんだかよく判らないけど、おめでとう!」
頭から紙テープまみれになり、ぱちぱちと目をしばたたくカークに、
ヒューとマルゥの満面の笑みが飛び込む。
「な――なんでしょう」
「ほら。やっぱり気付いてなかった」
「記憶力がいいのは認めるが、ロマンはまるでないヤツだもんなァお前は」
訳が判らず呆然と立ちすくむカークの目の前へ、
「ほらよ」
ヒューが差し出したものは、一輪の花。
この物資の不足する元下層地区で、一体どこから見つけてきたのか、ご丁寧にも透明なセロハンでくるみ、リボンまで止められている。
「これ――は」
「はい。アタシからはコレ。アンタいっつも着たきりスズメなんだから」
マルゥがカークへ押し付けたのは、一抱えの紙包み。
やわらかなそれは、どうやら衣類が入っている模様。
「ヒュー。マルゥ。……これは、一体、」
「んもう。ほんっと、ニッブいわねぇ。アンタを酒場で見つけてから、今日で丁度一年になるでしょ」
「昔お前が企画してくれた記念日に、俺らは何も用意してなかったからな」
状況が飲み込めずにいたカークへ、あきれた口調のマルゥの声と、得意げなヒューの声が飛び込む。
「記念――日」
「アンタが花束と。あと、ほら。三人おそろいのリングくれたじゃないの」
ね。
かざしたマルゥの右中指に、細い白銀のリング。
うっすらと、ピンク色のそれは、ヒューとカークの指にもそれぞれ、嵌まっているものだ。
「あ――」
「『記念日にリングなんて、カーク君ロマンチストぉお』つって思ってたのに意外と覚えてないんだなお前」
「あの時アタシたちすっごく嬉しかったから。ね?」
「知ってるか?輪っかものって言うのは、相手を支配したい欲求が強いヤツが贈るモノらしいぞぉお。ペットの首輪なんかは典型的な例らしいが」
「うわあカークったらダ・イ・タ・ン」
嬉しそうな顔をした二人をぽかんと眺めているうちに、ようやく二人の意図が理解できて、
「あ、あ、あの。――ありがとう。ありがとうございます」
気付くとなぜか急に恥ずかしくなり、俯き加減でカークは呟く。
二人がこっそりと企画していたのは、このことだったのだ。
女装大会参加など、自分のあまりに勝手な思い込みだったのだ。
邪推も甚だしい。
逆に二人に申し訳がないような気がする。
いたずらが成功した時と同じ顔で、満足そうにニヤついて、カークを眺めていたヒューとマルゥが、
「あ。」
不意に声をそろえて、カークを見つめなおした。
「『あ。』?」
先とはまったく異質の視線である。
「ヒュー?マルゥ?」
「なあ。お前、さっき女装がどうのこうの言ってたよな」
「そうそう。元祖大会がどうの、優勝がどうのって」
口は災いの元だと、人は言う。
ジリジリと視線に押されて、思わずカークは後退した。
「――いや、言いました、言いましたが、それはわたしのカン違いで――」
「何?なんか面白そうな催し物でもやってんのか?」
「あ、そっか。苦しい家計を助けるために、カークはその、女装大会で優勝して、アタシたちに美味しいものを食べさせてくれるつもりなのね!」
パン、とうれしそうに両手を合わせてマルゥがカークを覗き込む。
「いえ、あの、そうではなくて――」
「なんだ、お前口では嫌がってるクセに意外とノリノリなんだな。自分からそんな大会見つけてくるとは!」
「カーク。カーク!アタシねぇ、タラコパスタ食べたい!あとプリン!あとおおきなショートケーキ!」
勢いのついた二人の視線は熱くカークを焦がすばかりである。
冷や汗をたらしながら弁解に努めようと、
「いえ、美味しいものをご馳走したいのは山々なのですが、あの、それとこれとは、」
――したカークの声は中途で掻き消された。
きゃあ、と奇声を上げてマルゥが彼に飛びつく。
「
大好きカーク!大丈夫!カークなら絶対に優勝できるから!」
「なんだ、お前もプレゼントちゃーんと考えていたんだな!」
「……」
……後悔ってあとからするから後悔と言うのだな。
引っ込みがつかなくなったカークは、思わずしみじみと痛感した。
引っ込みがつかないどころか、これは既に穴である。
深い、深い、墓穴である。
まったくもって自分の判断ミスが憎い。
とは言え、二人に知らしめたのはあろうことか自分であり、
天以外に呪えそうな相手もいない。
「さあ行こうぜ。ウマいもん食うために、いっちょ頑張れよカーク!」
「いっぱい応援するね!」
張り切って家を飛び出す二人の背を絶望感とともに眺め――、
それから押し付けられた、二人の「記念品」をふと眺めて、
小さくカークは微笑んだのだった。
これからも、どうぞよろしく。
最終更新:2011年07月28日 08:00