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民宿の主人 4
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匿名ユーザー
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シンはその日、一日中、眠り続けて目を覚まさなかった。
タオルを換えに来たアスランの様子になど、気付くこともできなかった。その姿はひどくやつれ、髪は乱れ、緩慢な動きの彼の様子になど。
だから、夜遅く目を覚ました時、やけに冴え渡った頭に飛び込んできた声に驚いた。
「止めろっ! お前っ、またっ!?」
「君が僕の責務を果たせと言ったんだからね」
階下から聞こえる切羽詰った声にシンは飛び起きた。
「無理だ。お前だって分かっているだろう!」
着る物もとりあえず、階段に踊り出るとロビーで言い争っている男が二人。
「アスランさん!?」
手探りで明かりをつける。照らされたロビーでこの宿の主である青年と、もう一人。ロビーの床に押し倒されている。それだけならただの喧嘩に見えるかもしれない。しかし、シンの目の前で二人は不自然なほどに顔を突き合せるのだ。言い合いが止まって、これはどう見ても如何わしいシチュエーション。
「止めろよっ、嫌がってんだろう!」
シンの知らない成年が振り向く。
あいつはっ!
露天風呂でシンを見下ろしていた男。
病み上がりだというのに勝手に足が動く、一段、階段を降りる度に濃くなる空気。
部屋の中だと言うのに、まるで森にでもいるような感覚。
「なんだっ、これ」
「僕が・・・見えるの?」
風もないのに纏わりつくようで、睨みつけてくる紫の瞳の青年の背後に深い緑の森が広がっている。シンは慌てて目を擦ったが、見間違いではない、苔で覆われた地面と何百年もたった木々と、淡く光を放つ珠が浮かんでいる。
その光の珠が急に制止する。
「キラっ!」
一瞬にして、森が消えうせる。
ただ、明かりのついたロビーにはシン、キラと呼ばれた青年、そして、民宿の主・アスランが立ち上がる所だった。
タオルを換えに来たアスランの様子になど、気付くこともできなかった。その姿はひどくやつれ、髪は乱れ、緩慢な動きの彼の様子になど。
だから、夜遅く目を覚ました時、やけに冴え渡った頭に飛び込んできた声に驚いた。
「止めろっ! お前っ、またっ!?」
「君が僕の責務を果たせと言ったんだからね」
階下から聞こえる切羽詰った声にシンは飛び起きた。
「無理だ。お前だって分かっているだろう!」
着る物もとりあえず、階段に踊り出るとロビーで言い争っている男が二人。
「アスランさん!?」
手探りで明かりをつける。照らされたロビーでこの宿の主である青年と、もう一人。ロビーの床に押し倒されている。それだけならただの喧嘩に見えるかもしれない。しかし、シンの目の前で二人は不自然なほどに顔を突き合せるのだ。言い合いが止まって、これはどう見ても如何わしいシチュエーション。
「止めろよっ、嫌がってんだろう!」
シンの知らない成年が振り向く。
あいつはっ!
露天風呂でシンを見下ろしていた男。
病み上がりだというのに勝手に足が動く、一段、階段を降りる度に濃くなる空気。
部屋の中だと言うのに、まるで森にでもいるような感覚。
「なんだっ、これ」
「僕が・・・見えるの?」
風もないのに纏わりつくようで、睨みつけてくる紫の瞳の青年の背後に深い緑の森が広がっている。シンは慌てて目を擦ったが、見間違いではない、苔で覆われた地面と何百年もたった木々と、淡く光を放つ珠が浮かんでいる。
その光の珠が急に制止する。
「キラっ!」
一瞬にして、森が消えうせる。
ただ、明かりのついたロビーにはシン、キラと呼ばれた青年、そして、民宿の主・アスランが立ち上がる所だった。
「どうして、昔は二人でよく種を作ってあちこちに植えたじゃないか」
シンを無視して、相手の男が話し出す。
「お前、俺がどうして追放の身なのか知っているだろう」
民宿の主、アスランの声は随分と掠れていた。
「そんなのもう、時効だよ。それとも若い彼と創るつもり?」
何の話をしているのだろう?
創る?
シンは意気込んで乱入したけれど、話にはとんと口をはさむことができない。
「アスラン、覚えている? 初めて作った種のこと」
「ああ」
紫の目の男、キラと言うらしい。
彼が少しだけ寂しそうに言う。
「あの桜の木、今もね、里の外れにあるよ」
それを聞いた宿の主も悲しそうに聞いていて、シンは二人の間の微妙な空気に息をするのも忘れた。むせかえるような濃い森林の空気が、シンの口に入るのを拒む。
やっとこさ息を吸えたと思った時、相手の青年の姿はなく、シンと主が立ち尽くすのはただの民宿の狭いロビー。
「あっ、あれ?」
さっきまでの森は?
あたりを見回してみるが、書棚に浮かぶ古ぼけた本、2階へと続く階段と、食堂への入り口、そんなものしか目に入らない。
「もう、起きて大丈夫なのか? 寝てなくちゃ駄目だろう、君は」
何事もないように容態を彼は気にするのだが、シンは自分が病み上がりだということなどすっかり忘れていた。
シンを無視して、相手の男が話し出す。
「お前、俺がどうして追放の身なのか知っているだろう」
民宿の主、アスランの声は随分と掠れていた。
「そんなのもう、時効だよ。それとも若い彼と創るつもり?」
何の話をしているのだろう?
創る?
シンは意気込んで乱入したけれど、話にはとんと口をはさむことができない。
「アスラン、覚えている? 初めて作った種のこと」
「ああ」
紫の目の男、キラと言うらしい。
彼が少しだけ寂しそうに言う。
「あの桜の木、今もね、里の外れにあるよ」
それを聞いた宿の主も悲しそうに聞いていて、シンは二人の間の微妙な空気に息をするのも忘れた。むせかえるような濃い森林の空気が、シンの口に入るのを拒む。
やっとこさ息を吸えたと思った時、相手の青年の姿はなく、シンと主が立ち尽くすのはただの民宿の狭いロビー。
「あっ、あれ?」
さっきまでの森は?
あたりを見回してみるが、書棚に浮かぶ古ぼけた本、2階へと続く階段と、食堂への入り口、そんなものしか目に入らない。
「もう、起きて大丈夫なのか? 寝てなくちゃ駄目だろう、君は」
何事もないように容態を彼は気にするのだが、シンは自分が病み上がりだということなどすっかり忘れていた。
「今の・・・」
「あいつは古い友人で、たまに来ては文句を言っていくんだ」
誰ですか?
あの森は何ですか?
聞きたいことは山程あった。
「よほど俺のやっていることが気に入らないらしい」
「ああ、この民宿、はやってなさそうですもんね」
軽く会話をあわせれば、苦笑しながら彼は話を続けるが、シンは引き下がる気はなかった。
「そりゃあ、地図にも載っていない宿だし、部屋ん中に森が生えるし」
「何から話そうか・・・君は何か上に着ておいで、ロビーで待っているから」
思い起こせば不可解なことばかりだったのだ。存在しない宿、あるはずのない露天風呂、突然変わる景色。
出会いからして尋常じゃない。
浴衣を自己流に着崩したシンはようやく、自分が風邪を引いていてさっきまで寝ていたことを思い出す。外は相変わらず雨が降っていて、せっかく持ち直した体調もこのままだとまたぶり返すに決まっている。シンは上着を取りに、2階へと上がった。
「あいつは古い友人で、たまに来ては文句を言っていくんだ」
誰ですか?
あの森は何ですか?
聞きたいことは山程あった。
「よほど俺のやっていることが気に入らないらしい」
「ああ、この民宿、はやってなさそうですもんね」
軽く会話をあわせれば、苦笑しながら彼は話を続けるが、シンは引き下がる気はなかった。
「そりゃあ、地図にも載っていない宿だし、部屋ん中に森が生えるし」
「何から話そうか・・・君は何か上に着ておいで、ロビーで待っているから」
思い起こせば不可解なことばかりだったのだ。存在しない宿、あるはずのない露天風呂、突然変わる景色。
出会いからして尋常じゃない。
浴衣を自己流に着崩したシンはようやく、自分が風邪を引いていてさっきまで寝ていたことを思い出す。外は相変わらず雨が降っていて、せっかく持ち直した体調もこのままだとまたぶり返すに決まっている。シンは上着を取りに、2階へと上がった。
「話をするのは苦手なんだが、俺は、人間じゃない」
「ファンタジーですね」
浴衣に民宿の羽織を引っ掛けて、シンはソファーに腰掛ける。主人はそんなシンに毛布を渡してくれた。
「でも、本当のことだ。この姿だって本当の容じゃない、精霊だったんだ」
軽く腕を上げてみせる。
「・・・だった?」
シンはあまり本を読まない。受験の時の参考書が唯一真剣に開いた本だと言える位だ。雑誌の方がよほど馴染みのあるものだから、世に溢れるファンタジー作品に触れたことなどあるわけもない。
原生林の中にひっそりと存在する精霊の里。
自然のままに花や木に精霊が宿り、精霊達が新しい種を産み育てて森を作り、時と共に枯れていく歳月を幾星霜と繰り返してきた。
彼はそこで生まれた桃の木の精だと言う。
民宿の主が口にする内容は当然始めて聞く話ばかりで、それこそ小さい時に聞かされた絵本や童話のようだった。シンが頭の中を整理している間に、彼が手に暖かいマグカップを持って来て、一つ差し出した。
その手も本当は実体のないもの。
マグカップも産み出せるのだろうか?
「こんなこともできるんですか?」
「材料はズルして入手するけど、食事や飲み物はちゃんと作っているよ」
少々熱い生姜湯だった。
一口含むと、ポカポカと体の心から温まる。
「あの、キラって人は?」
「キラは千年に一度、生まれるかどうかわからない大地の精。大地の精に親はいないから、自然に誕生するのを待つしかないんだ」
親がいない。
シンは彼の寂しそうな顔の理由を知った。
「俺、あの人の気持ち、少し分かります」
アスランとの間に種を作ったことがあるなら、彼にとって目の前の青年はやっとできた家族に違いない。どんな理由があるにせよ、離れ離れになるのはつらいことだ。
「で、どうして、こんな所で民宿をやる羽目になっているんです」
びくりとマグカップを持つ手が震えた。
腰を降ろす1セットしかないソファーでアスランが黙り込む。
「それは―――」
「穢れを孕んだからだよ」
アスランの後に、緑の森を背負って出現したキラが、シンの質問に答えていた。
「ファンタジーですね」
浴衣に民宿の羽織を引っ掛けて、シンはソファーに腰掛ける。主人はそんなシンに毛布を渡してくれた。
「でも、本当のことだ。この姿だって本当の容じゃない、精霊だったんだ」
軽く腕を上げてみせる。
「・・・だった?」
シンはあまり本を読まない。受験の時の参考書が唯一真剣に開いた本だと言える位だ。雑誌の方がよほど馴染みのあるものだから、世に溢れるファンタジー作品に触れたことなどあるわけもない。
原生林の中にひっそりと存在する精霊の里。
自然のままに花や木に精霊が宿り、精霊達が新しい種を産み育てて森を作り、時と共に枯れていく歳月を幾星霜と繰り返してきた。
彼はそこで生まれた桃の木の精だと言う。
民宿の主が口にする内容は当然始めて聞く話ばかりで、それこそ小さい時に聞かされた絵本や童話のようだった。シンが頭の中を整理している間に、彼が手に暖かいマグカップを持って来て、一つ差し出した。
その手も本当は実体のないもの。
マグカップも産み出せるのだろうか?
「こんなこともできるんですか?」
「材料はズルして入手するけど、食事や飲み物はちゃんと作っているよ」
少々熱い生姜湯だった。
一口含むと、ポカポカと体の心から温まる。
「あの、キラって人は?」
「キラは千年に一度、生まれるかどうかわからない大地の精。大地の精に親はいないから、自然に誕生するのを待つしかないんだ」
親がいない。
シンは彼の寂しそうな顔の理由を知った。
「俺、あの人の気持ち、少し分かります」
アスランとの間に種を作ったことがあるなら、彼にとって目の前の青年はやっとできた家族に違いない。どんな理由があるにせよ、離れ離れになるのはつらいことだ。
「で、どうして、こんな所で民宿をやる羽目になっているんです」
びくりとマグカップを持つ手が震えた。
腰を降ろす1セットしかないソファーでアスランが黙り込む。
「それは―――」
「穢れを孕んだからだよ」
アスランの後に、緑の森を背負って出現したキラが、シンの質問に答えていた。