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Princes on Ice 8
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いつもの景気づけのジャンプの感触が良かったから、シンは続くコンビネーションで思いっきり飛んだ。4回転-3回転-3回転を決めると会場から拍手が沸き起こる。スピードに乗って氷の上を縦横無尽に滑る。
気持ちいい。
リンクの上に自分が滑るラインが見えた。
背中を流れる汗が、会場の空気を感じた。
リンクの上に自分が滑るラインが見えた。
背中を流れる汗が、会場の空気を感じた。
自分のスケートを見ている兄を見つける。微かに笑いかけるから、俺も笑った。隣のコーチが怒っているのが分かる。けれど、身体は勝手に動くから、最後まで俺は不思議と高揚した気分のまま滑りきってしまった。
心臓の鼓動ばかりが聞こえて、拍手もコーチの声も聞こえなかった。
パネルの前で得点結果を待つ時も、シンは呆然としていた。
場内で歓声が起こる。
パネルの前で得点結果を待つ時も、シンは呆然としていた。
場内で歓声が起こる。
「よしっ」
「シンっ!」
「シンっ!」
抱きつかれて初めて、シンは正気を取り戻した。
「メダルだっ、シン!」
「えっ、メダル・・・俺が?」
「えっ、メダル・・・俺が?」
シンは自分の得点を見る。
全部足したってキラや兄に及ばないのに、なぜメダルなんだ?
意識は覚醒したと言っても、熱に浮かされた頭は正常に回っていなかったらしい。
全部足したってキラや兄に及ばないのに、なぜメダルなんだ?
意識は覚醒したと言っても、熱に浮かされた頭は正常に回っていなかったらしい。
「3位に入ったんだ!」
えっ、3位。
嬉しいやら悔しいやらで、シンは反応できない。
ベタベタする肌にようやく気が付いて、未だ抱きつく兄を引き剥がした。
ベタベタする肌にようやく気が付いて、未だ抱きつく兄を引き剥がした。
本日2度目となる大会テーマのファンファーレが鳴り響く。リンクに作られた表彰台に一番に向かうのはシン、続いてアスラン、最後にキラだった。シンが飛び出して行き、表彰台の周りを一周する。
「僕の勝ちだったね」
「おめでとう、キラ」
「ちょっと、それだけ?」
「おめでとう、キラ」
「ちょっと、それだけ?」
場内アナウンスがアスランの銀メダルをコールする。
「お先に」
表彰台まで滑るアスランは、シンを見て笑う。続いてコールされた金メダルに会場は拍手に包まれた。
「頑張ったな」
「兄貴も」
「兄貴も」
会話は二人だけのもの。キラが揃ったところで表彰台に上る。メダルを首から提げてもらって、シンは胸の銅メダルを見た。この際、真ん中に立つ男の金メダルは無視するとして、ライトに反射する銀色の輝きは、チラッと見える兄が首からぶら下げている銀メダル。
やっぱり滑ろうかな。
そんなノリで滑ることになった兄が2位。
俺は3位。努力が報われてないよ、俺。なんか、不公平じゃないか?
そんなノリで滑ることになった兄が2位。
俺は3位。努力が報われてないよ、俺。なんか、不公平じゃないか?
FPの直前まで落ち込んでいたとは思えない感情が沸々と湧き上がる。あれほど、敵わない届かないと自信を無くし、自分を見失っていたのに現金なものである。
「俺、すっごく納得いかないんですけど」
手にした花を兄に向ける。
この4年間、俺も、真ん中に立つ人も必死にやって来たというのに。
この4年間、俺も、真ん中に立つ人も必死にやって来たというのに。
「こら、シン! 行儀悪いぞっ」
花束を向けられたアスランはすかさず叱り付ける。
「兄貴だって一緒だろっ!」
「俺はいいんだ。お前の兄なんだから」
「何だよそれっ。わけわかんねぇよ!」
「俺はいいんだ。お前の兄なんだから」
「何だよそれっ。わけわかんねぇよ!」
俺の悔しさなんて分からないだろうさ、兄貴には。
あーもう、なんか泣けてきた。
あーもう、なんか泣けてきた。
「ちょっと、君達さあ・・・」
キラの呟きをきれいに無視して、1位の台を挟んで二人の言い争いが続く。もう帰るだけだった大会役員も目を丸くすることになった。
「アンタって人は・・・っ!」
「おとなしくしてろよ! この馬鹿」
「おとなしくしてろよ! この馬鹿」
「あーあー、こほん」
大会役員の男性がまあまあと宥めて、二人はおとなしくなったが、一人憮然としていたキラを無視したまま、シンはアスランから氷の上を下がる途中も懇々と説教を食らう。勿論、リンクから辞した所で、二人はイザークから国の恥だと怒鳴られるのだった。
女子の決勝が終わればスケート競技は幕を閉じる。
スカンジナビア大会。男子フィギュア・シングルの試合結果
金:キラ・ヤマト(ORB)
銀:アスラン・ザラ(PNT)
銅:シン・アスカ(PNT)
銀:アスラン・ザラ(PNT)
銅:シン・アスカ(PNT)
しかしこれで終わらないのがこの種目である。これからのエキシビジョンで白一色のライトが色鮮やかに変わってリンクの上に落とされ、華やかなショーが始まる。
『この選手のエキシビョンはいつも一味違いますね!』
『全く、エンターティナーだねえ』
『全く、エンターティナーだねえ』
会場から上がる黄色い悲鳴に答えて手を振るのはハイネだった。
アスランが派手だから着たくないと言った豹柄のコスチュームを着て、リンクの上を動き回る。
アスランが派手だから着たくないと言った豹柄のコスチュームを着て、リンクの上を動き回る。
エキシビジョンは順位を下から駆け上がる。
シンが呼ばれれば、残すは銀メダリストと金メダリストしか残っていない。
シンが呼ばれれば、残すは銀メダリストと金メダリストしか残っていない。
「本当にそれで滑るのか?」
「だって、もうこれしかないしさ」
「だって、もうこれしかないしさ」
着ているのはシンの練習に付き合うために持ってきていたトレーニングウェア。と言えば聞こえはいいが、実際はトレーナーとくたびれたブラックジーンズだ。
「本当にいいのか」
「いいよ・・・思い残したと言えば・・・もうそれくらいだから」
「いいよ・・・思い残したと言えば・・・もうそれくらいだから」
戻ってきたシンは入れ替わりにリンクに出て行くアスランを見送った。暗いリンクの上に落とされるスポットライトに浮かび上がるのは、一見場違いのスケーター。けれど、皆それが誰だか知っていた。
『これまたラフな格好ですね。さすがに準備が間に合わなかったのでしょうか』
『こ、この曲は!?』
『こ、この曲は!?』
4年前、アスランがFPで滑らなかった演技の曲。
とすれば、今、彼が滑っている演技は。
とすれば、今、彼が滑っている演技は。
会場の観客は知らなかっただろうが、関係者は皆、一葉に気が付いたのだろう。フリーの演技の時よりも固唾を呑んで見守ることになる。今大会で滑ったものより、よりFPらしいその演技は本番さながらの滑りで、ジャンプもステップも一切がエキシビジョンとはかけ離れたもの。
「今、何回・・・」
シンは目の前のコンビネーション・ジャンプに違和感を覚える。何か変だったのだが、それが何か分からない。ただ、隣でスタンバイしていたキラが手にしていたドリンクのボトルを落とす。
演技は何事もなく続くから見守るしかできない。何かが起こったのだと問うにも、戻ってきた兄はいつもと変わらず「あー疲れた」と零していた。
「さっきのジャンプ・・・」
「あっ、やっぱり気づいた? いつもより多く回ったよな、多分」
「あっ、やっぱり気づいた? いつもより多く回ったよな、多分」
リンクの上ではオリンピック・チャンピオンのキラの演技が始まっていて、始まった途端、歓声が上がる。
「王者も大変だな」
イザークの独り言にシンとアスランは顔を見合わせて首を傾げた。
ちなみに、今、各国のメディアは問題のコンビネーションジャンプを必死にスロー再生している所だった。アスランがいつもより多く回ったというジャンプの回転を数えるのに躍起になっていたのだ。
ちなみに、今、各国のメディアは問題のコンビネーションジャンプを必死にスロー再生している所だった。アスランがいつもより多く回ったというジャンプの回転を数えるのに躍起になっていたのだ。
『ここですね。はい、1・2・3・4回転・・・半! 回ってますね。そして問題は次です、1・2・3・4。もう一回、1・2・3・4っと、やっぱりちゃんと回ってますね』
『高いなあ、高い。いつもはゆっくり回っているってことかね、これは』
『高いなあ、高い。いつもはゆっくり回っているってことかね、これは』
その後に登場したゴールドメダリストがきっちり、4回転半-4回転-4回転のコンビネーションを飛んで、まさしく飛んだエキシビジョンになった事は言うまでもない。
そして、金メダリストにだけ課せられるアンコール。
リンクに再び姿を現したキラがその足で、ぼけっと演技を見ていたシン達に向かってきた。途端に嫌な予感がするシンは、咄嗟に兄の腕を掴んだ。
リンクに再び姿を現したキラがその足で、ぼけっと演技を見ていたシン達に向かってきた。途端に嫌な予感がするシンは、咄嗟に兄の腕を掴んだ。
「一緒にやろう!」
言うが速いか腕を掴んで引っ張り出していた。
「おい・・・」
アスランの抗議はとっくに氷の上でする事になり、キラの抗議で事の顛末を知った。
「ちょっと、何で君まで付いてくるのさっ!?」
反対の手に掴まっていたシンまで、リンクの上でスポットライトを浴びていた。
こうして、メダリスト達は前代未聞の二人三脚スケートを披露することになった。
こうして、メダリスト達は前代未聞の二人三脚スケートを披露することになった。
間抜けだ。
これはイザークが呟いたものだったか。
会場では笑いと拍手の渦が巻き起こった。スカンジナビア大会のこのハプニングは、オリンピックの珍事として後々まで何度も語られることになった。
会場では笑いと拍手の渦が巻き起こった。スカンジナビア大会のこのハプニングは、オリンピックの珍事として後々まで何度も語られることになった。
「シン」
「何だよ?」
「何だよ?」
全ての種目の選手達がリンクを回って、グランドフィナーレが始まる。アイスダンスもペアも女子シングルも男子シングルの選手も全員が集って会場に手を振った。その場で、アスランがシンに話しかける。
「楽しかったか?」
「当ったり前だろ。兄貴は違うのかよ?」
「俺も、楽しかったよ」
「俺も、楽しかったよ」
グランドフィナーレでシンとアスランは共に手を繋いで観客席に深く頭を下げた。
終わり