「科学っていうのはね、出来る事と出来ない事がはっきりしているの 人間が今の知識と技術で成し得る事は限られている 実際、出来ない事の方が遥かに多いのだけどね でも、人間はそれが悔しくてねぇ……出来るようになろうとするの 不条理に犠牲となる人が現れぬように、みんなが笑って暮らせるように…… そのために多くの実験動物を殺し、自然を壊し、科学の発展を目指す 仮にそれが間違った方法であってもね、CS-13……私の可愛いモルモット」 激痛に喘ぐ私に、彼女はそう言った。 仕方のない事だと、科学のためだと言って、私に次の苦痛を与えた。 科学のもたらす幸福を信じて、私は拷問に耐え続けた。 彼女の瞳に、私は映っていなかった。 ◆ 「全治三ヶ月との事だが、中尉なら二週間で動けるようになるだろう まだまだ敵は大勢いる、こんなところでヘバっている暇は無いぞ 人生、なんで俺が、とか、どうして俺ばっかり、なんて事だらけだ でもな……スネてみても逃げてみても、何も変わりはしないのさ 戦って戦って……自分の正義を信じて、死ぬまで戦い続けるしかない 不条理に犠牲となる人が現れぬように、みんなが笑って暮らせるように 中尉、我が忠実な部下よ……テロリスト共を皆殺しにして、正義の礎となれ」 任務で傷ついた私に、彼はそう言った。 仕方のない事だと、正義のためだと言って、私に次の任務を与えた。 彼の信じる正義を共有したくて、私は彼の敵と戦い続けた。 彼の瞳に、私は映っていなかった。 ◆ 「おの……れぇ……やはり貴様か、スピット・ファイア……! また貧困と差別に苦しむ民を……同志達を殺すつもりか……! 俺の村を焼いたように、テロリストと断じて女や子供まで……! それが合衆国の……お前の信じる正義だというのか……!? 俺はもうすぐ死ぬが……呪ってやる……呪い殺してやる……! 不条理に犠牲となる人が現れぬように、みんなが笑って暮らせるように…… 地獄に堕ちろ、合衆国の雌犬……CIAの殺し屋、戦火の魔女め……!」 胸にナイフを突き立てられた彼は、私にそう言った。 死んでしまえと、お前は魔女だと言って、静かに冷たくなっていった。 動かなくなった彼を、私はいつまでも見下ろし続けた。 彼の瞳に、私は映っていなかった。 ◆ 大切な人や好きになった人に血の通わぬ道具として扱われ、 憎むべき敵だと思っていた人は彼らと同じ理想を持っていて、 私は彼らの夢見る世界には必要の無い人間だった。 愛する人に切り捨てられて、立場が違うだけの“敵”に呪われて、 それでも命懸けで戦わなきゃいけない理由ってなんだろう。 そして、私の周りからは誰もいなくなった。 ガラクタになった私は、一人ぼっちになってしまった。 放射能に蝕まれた私の体は、多分40歳になる前に限界を迎える。 自分の生きた証すら残せないまま、ただ奪われ、ただ消えていく人生。 祖国からは軍警察を捨てた売国奴、合衆国からはテロリスト狩りの狂人、 敵だった人達からは大量虐殺の魔女と蔑まれ、そして忘れられていく。 なにそれ? 利用するだけ利用して、いらなくなったらポイですか? 大勢の人に化け物呼ばわりされて、墓石の下で虫に食われろと? 嫌だ。 嫌だよ。 そんなの絶対に嫌だ。 お金なんていらない、地位や名誉もいらない。 美酒も美食も綺麗な服も、何も欲しがったりしない。 ただ、誰かに愛されたい。 道具でなく、誰かに必要とされたい。 生まれてきて良かったって、良い人生だったって、そう感じながら終わりたい。 不条理に犠牲となる人が現れぬように。 みんなが笑って暮らせるように。 人とは人間の事。 みんなとは人間達の事。 ようやく気が付いた。 私は────私は、人間ではなかった────。 ◆ 「送った資料には目を通してくれたか? ターゲットはCIAの老犬、ケース・オフィサーだな 我々に盾突きうるさく吠える、君にはこいつを消してもらいたい 気を付けろ、こいつはかなりの数の私兵を引き連れている…… ランクA+の強敵だ、揃いも揃ってバケモノ級と思って良い」 「おいおい……そんな期待させるような事を言わないでくれよ 本当に私を満足させてくれる奴なんて、誰一人としていなかった…… こいつは、私が泣き叫んで逃げ回るほど、私を追い詰めてくれるのか? 期待を裏切られるのが一番辛い……私を失望させないでくれ」 「……そ、そうだな……本気になったお前の相手にはならん 長生きが自慢の老兵だ、“もう出る幕は無い”と捻って差し上げろ」 「はぁ……今回もつまらない仕事になりそうだ 次はもっと、私が絶望出来るような仕事を回してくれ」 ガチャッ、バタン 「キチガイが……相変わらずイカレてやがる、とんだ変態だぜ ったく、クソこえぇ姉ちゃんもいたもんだな……マリア・ブラッドレイ」