最初の記憶は、そう……堕ちてゆく景色だった―――――
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崩れたガラスの絵を拾い集める夢、掘り上げる欠片。
荒涼とした世界、未踏の地に一人彷徨い歩く、目的も遥かに
周りには何も無い、誰もいない、自分ただ一人だけ。
目的の物を探し続ける中で不意に胸を襲う痛みは何なのか、それも分からない
肉体的な痛みなのか精神的な痛みなのか、分からないまま探し続ける。
得られる物が何かも分からないで、やがて得られる物を違えて
独り、探す。
ヒトリニ、シナイデ
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「貴方が考える程、人間というのは良い物ではありませんよ?」
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もし普通に生まれることが出来たのならば
この世界の、昇る太陽や沈む月に素直に美しさを感じられたのだろうか
寂寞に満ちたこの景色に悲しみを感じられたのだろうか
際限無く広がる空に涙を流せたのだろうか
外れている自分にはそれも分からない。
オイテ、イカナイデ
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「一度鏡でも見て自分を省みるんだね、きっと酷い顔が映っているから」
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右目はもう景色を映さない
喉はもう嗚咽さえも流さない
脚は崩れそうな身体も支えられない
腕はもう何も掴み取れない
耳は一切を聞きとる事をしない
身体も精神も伽藍洞。
ダレカ、ダレデモ、イイカラ
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「君は駄目な生き物だ、そんな瞳が一体どれほど役に立つっていうんだい」
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どうしようもない最低の身体、だからこそ普通に憧れそして憎く思った
自分には無いというのに当たり前のように生きている人々が羨ましかった
それだけで幸せだと思えるのに誰かの為に自ら不幸に飛び込む人間が分からなかった。
何故、今在る自分の幸福を想わないのか……。
キヅイテ……
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「お前は生まれる世界を間違えたんだよ、自分でも分かっているだろう?」
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微睡みの淵、堕ちている感覚はその夢自体が空虚だからなのか
そんな幻でさえも救いを示してくれない。
繰り返されるのは罰だけ
ササエテ……
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「貴様はそうやって自分を偽り生きる事に長けている、そこだけは褒めてやろう」
――――――――――その内、世界が堕ちているのか世界に堕ちているのか分からなくなる。
閉ざされた館で独り、目覚めて苦い夢を噛み締める。
色褪せる事もない、空虚、虚ろ、零にも至れない虚……。
コノママデハ、コノミハイツカ、クズレテシマウカラ
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「だからこそ終わる為に、探し続けるんだよ……」
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そう全ては終わりに、原初に還る為に
彼は独りで、荒涼の地を進み続ける。
終わりなど無いというのに。彼は違え続ける。
ヒトリヲ、オワラセテ……
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「本当、いつになったら気が付くのかしらね欠陥品は……」
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自分の物語の終わりを求めて……。
そして不意に目が覚める、時刻は深夜の2時、人が眠っていて魍魎が忙しなく蠢く時間
額から流れる汗を拭い取りながら自分がこんな時間に目覚めたのはその異質さ故かと嘲る。
「…………………」
ベッドの端に腰を掛けて息を整えようとしてみるけれど、難しかった
それ程までにさっき見た夢は自分自身を映していたらしい、白状すると自分はどうしようもなく自分の姿が嫌いなのだ
だから自分の部屋には姿を写す鏡が無いしガラス窓も無い。病的というのならばそれも良いだろう何せ否定出来ないのだから。
至りきった自己嫌悪だ、生き続ける事を阻害しかねない憎悪だ、こればかりはもう治療も出来やしない。
「ん……は…………クソ、なんて惨め……」
その言葉は第三者が聞いたのなら嗚咽にも似たそれなのだろう、好きなだけ嘲笑えばいい
所詮自分という歪な生き物はには何も無いのだから、そんな何も無いモノを対象に誰かが愉悦を得られるならばそれも良い。
どうせ消費されるだけのモノ、それが自分なのだからそういった在り方を自分で認めなくてどうするのだ。
そう、思って
そうだと、思い込んで
自分を一生懸命騙して、他者を適当に丸め込んで……。
そんなの本当に無駄な努力だ、そしてだからこそ惨めだ。
自分の身体を支えるのも辛くなって再びベッドに背中を預ける
ベッドだけは何の拒絶も無く自分を受け入れてくれる、だけど物は決して心を通わせてくれない。
余計に惨めになるだけで、そしてその螺旋は終わらない。
「………………………」
無言のままで暫くの間天井を見上げる
乳白色のシンプルな天井にはシミ1つ汚れ1つ無い。
それもその筈だ、だってここには寝る為だけに来ているようなものだから
生活といえるような事は何もしていない、家具もベッドと冷蔵庫以外は無い。
パーソナルスペースを埋める事が出来ないのは自分の個性が無いと思っているから
無論、適当な本でも読めばそれなりのインテリアも可能だろう、だけどそこに何の価値も見いだせない。
自分を偽る為に部屋を形作るのなんて御免だ、ただでさえいつも自分を偽っているのに……部屋にまで気を回したくない。
「なんだ……今日は月が出ていないのか」
何となく眼帯を外して辺りを見回す。
この右目は異質だ、見えない物まで視えてしまう……使い続けていると気分が悪くなる。
でも今の気分は既に最低だから何の問題も無い、天井を越して暗い暗い空を見る空っぽの空
夜の天蓋を天蓋たらしめる月は見当たらなかった今日は朔夜らしい。
「…………そこにある筈なのに、視えない」
唐突に月がいなくなる訳もない、それは確かに空に在る
でもどう頑張ってもそれは視えない、だから天蓋は真っ暗でそれが分かった途端に何故だか胸が締めつけられるような痛みを感じた
いや痛みかどうかすらも良く分からない、これが感情なのかすらも分からない。
「…………―――――ッ?」
それでも不意に流れていた涙は確かにそこに在った。
未分化の左目と異物の右目、その両方から確かに流れていた
でも、だけど、その涙の理由は分からなかった。
「―――――悲しい、のかな……」
「でも、だとしたら何でオレは悲しいのかな……」
いつも通りに涙を否定してしまえばそれで良かったのかもしれない、否定して結論付けてしまえばそれで終われたのだから。
「誰かが傍らにいた事がないから、別に独りでも寂しくない筈なのに……」
「誰にも必要とされた事がないから、別に無意味でも辛くない筈なのに……」
「誰かと一緒にいたいと思った事がないから、別に孤独じゃない筈なのに……なんで」
でもだからこそ思うのは―――――
なんでこんなにも自分は独りなんだろう……。
もし誰かが自分の傍にいてただ笑いかけてくれたのならば
それだけで幸せを感じられたのかもしれない、独りじゃないと思えたのかもしれない。
でも幾ら望んだ所でそれは夢想に過ぎない、そう夢の中でも見られない想像に過ぎないんだ
望んだ所で得られない欲しがった所で与えられない……だって自分は人の姿をしていて人間じゃないから
ただの人間の形をした生き物だから、所詮人形の類なのだから……。
「だったら何でこんな感情だか何だか分からないものが、あるんだよ……」
「いっそ、いっそこんな物がなければこんな惨めには感じないのに、誰もいなくても辛くないのに―――――」
「なんでオレは独りなんだろう、どうして普通に生まれることが出来なかったんだろう……」
そこで唐突に気が付く、この月の無い空の意味
そうだこの空は自分の姿を教えているんだ、真っ暗の中で幾ら足掻いてもお前は孤独だと伝えているんだ
万人を照らす筈の月でさえもお前を照らしはしないのだと、そう……言っているんだ。
世界はお前を拒絶しているんだ、お前は生まれるべきでは無かったのだと……。
「……知ってるよ、どうせこれかもオレは独りだろう」
「誰も、誰も傍に居てはくれない誰も受け入れてくれない誰も必要だなんて思ってくれない」
「いつかアイツはオレは何にでもなれると言ったけれど、それって結局は何にでも代用が利くってだけじゃないか」
「はは……やっぱりアイツは知っていたんだ、オレは取るに足らない存在だって」
生まれた意味は、生きる意味は、生き続ける意味は
そんな物知らない……。
「……なんでこんなボロボロなのに生きてなきゃなんねーかなあ」
「誰とも心を通わせられないなんて生きている意味無いのになあ、ホント……悪い夢だ」
誰かがいて一緒に歩いているだけで幸せに思えたかもしれない
誰かがいて一緒に笑っているだけで嬉しかったのかもしれない
誰かがいて一緒に寄り添っているだけで十分だったのかもしれない
でも、そんな物が入る余地は初めから零だった
「アイツがこんな異物をオレに与えたのはそういう意味なんだろう」
「お前はどこまでも自分の異常さに悩んで狂ってゆけ……って」
「他者からそう思われるならまだしも、本来在る左目まで……他人の感情を読ませる」
「そんな物本当は視たくないのに、視たところでもっと惨めになるだけなのに」
「自分の身体まで自分を縛り付けるんだものな……」
額に手を当てて壊れたように薄ら笑う
いや、もう壊れているのか―――――壊れてしまえば良いのに
「こんな絡繰の身体にも起源があるとしたならばそれはきっと……」
「『無意味』なんだろう……。そりゃそうだこんな思いだって全部無意味に決まってる」
「無意味の癖にオレを悩ませ続ける、酷いもんだよなあ……」
その言葉は誰にでも無い、宛先の無い言葉
「やることやって早く死なないとな、無意味な物は終わらせちまわないと」
「いつまでこんな事に耐えられるかも分からないしさ―――――」
「どうせオレの傍に居てくれるヤツなんか……居て、居て欲しいんだけどなあ、誰でもいいから認めて欲しいんだけどなあ……」
「でも仮にもしもそんなヤツが現れてもオレの欠陥具合を知ってしまったら、きっといなくなっちゃうから」
「そうなったら本当に立ち直れない、一度独りじゃない事を知ってまた独りになっちまったら……もうきっと歩けない」
止まる様子も無い涙
独り言はしかしもう鳴りを潜めて
「自分を終わらせる為に歩む……無様で惨めな、はは……道化にもなれない」
そっと自分で自分の身体を抱き寄せて
ベッドの隅に蹲って、自分以外の何者かを恐れ同時に渇望しながらまた眠りにつこう。
それが自分の在るべき姿ならそのままでいよう、どうせ全ては最初から決まっているのだから。
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朔の夜の意味
月の無い夜の意味
姿を隠した月の意味は
姿は無いけれど確かに寄り添う、確かに傍にいる、そんな存在
それは決して姿を見せないけれど、だけど静かに見守っている存在、あらゆる物を受け入れて静かに微笑んでいる金色の天体
その天上の真球は自身を欠陥だと言う彼さえも分け隔てなく照らすというのに……
それでも彼はそのの僅かな優しさに気づかない……。
もし月が言葉話して彼に伝えてくれたならこんな事にはならなかったのかもしれない。
でも、月が喋る訳がないだから彼の孤独な歩みは続くのだろう。静かに寝息を立てる彼はきっとこれからも独りなのだろう―――――
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「いい加減に気付きなさい……空っぽの意味に」
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そんな声が聞こえた気がして、でも微睡みは身体を放してくれなくて
涙を拭った誰かの指も、頬を伝った僅かな温かさも、目覚めた時には忘れてしまう。
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螺旋は、螺旋の中に在る者同士では決して交わらず
ただ出会う事もなく風車のようにくるくると互いに回り続けるだけ。
不実の螺旋は空虚に回り続けるだけ……。
もしこの螺旋を終わらせる事が出来る者がいるとしたらそれは
螺旋の外から扉を空けて、その内に囚われる者に哀れみなく笑顔で救いの掌を差し伸べてくれるそんな者
悲しみなんかで哀れみなんかで他者を救おうとしない優しい人……出会えるかどうかも分からないけれど、彼らにそんな人が現れる事を祈っても良いでしょう?
私は直接何も出来ないのだから、祈るくらいは許されるでしょう?
いつか彼らに訪れるかもしれない幸せを私は静かに祈って、そして眠りに付く……。
最終更新:2012年04月02日 04:11