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  • 16

1年ぶりの京都旅行(京都・有馬の旅part2) (5月版・第1日後編) つ゚ー゚)つ ブーン

 『神苑』をのんびりと散策。
 サツキや菖蒲、杜若など、どれもまだ2分咲き程度でちょっと早い感じ。

 広大な池を悠々と泳ぐ鯉を見ていると、ようやく寛いだ感じになる。

 (そういや学生時代には綺麗な女学生の彼女と初詣ついでに、美しく雪化粧をしたこの神苑を散策などしたんだっけ・・・)
 などとバラ色の郷愁に浸りながら、雄大な栖鳳池を臨む泰平閣で天下泰平に煙草をふかしていると、携帯に知人から無粋な電話が・・・

 「いま、京都の『平安神宮』に居るところだが・・・」

 「ナニっ? 京都だって? やばいぞ、それは!」

 「???」

 ここ数年、テレビのニュースや新聞などは一切見ないにゃべっちは、巷を賑わせている台湾医師旅行者の巻き散らかしていった「新型肺炎(SARS)」の事などは、まったく念頭になかったのだった。

 「こんな時期に関西なんぞへ行くなんて、よくよく酔狂なやっちゃな?、オマエも! やばいぞ、そりゃ・・・」

 「といったって、来てしまったもんはどうしようもない。
 なーに、大丈夫だろ!」

 実際のところ、それほど気になる事もなかった。

 ところで、これまで京都に来る時は花見か紅葉のシーズンだけに、1日で5ー6の寺社(庭園)を拝観というハードスケジュールなのだが、今回はなにしろ花が中途半端な時期になってしまったため、開き直って普段は出来そうにないノンビリ旅行をテーマに掲げる事にする。

 帰りは『建仁寺垣』と八坂の五重塔を脇目に花見小路、祇園を通ってブラブラ。

修学旅行のシーズンか、どこを歩いても中学生や小学生の団体が、やたらと目に付いた(果たして小中学生が、こういうところを見て面白のか?)

 そうして目的もないまま気侭に散策をしているうちに、春の陽が落ちてきた頃合いを見計らって一路神戸へ。

 確かに京都のみならず、梅田、三宮等々、どこを歩いても普段は見かける事のない看護婦の集団がやたらと目に付いたし、一般人にもマスクを着けている姿が多く見受けられ、些か旅情を殺がれる気分である。

 しかし、そんな事にはお構いなしに神戸へ到着。

 三宮駅前に雁首並べる卑しげなキャバレーの呼び込みの攻勢をかわしながら、ン年ぶりに歩く懐かしい北野坂を上がっていったところに、その日のボロ宿(ビジネスホテル)がひっそりと佇んでいた。

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  • 15

1年ぶりの京都旅行(京都・有馬の旅part1) (5月版・第1日前編) つ゚ー゚)つ ブーン

 4月の初めから某社の新規プロジェクトに参加したのに伴い、住み慣れた町から遠く離れた某市へ引っ越しを余儀なくされたが、5月の半ばになってプロジェクトの方が少し落ち着いたところで、GWの穴埋めのようにして4連休を取った。

 なにしろ転居先は予想以上の田舎で娯楽のない土地だから、連休の時は前の日に自宅へ帰ったりしていたが、それも段々と億劫になってきた。

 といって、ダラダラと4連休を過ごすのは惜しい気がしたので久々に京都旅行を思い立ったものの、連日人里離れた隔離病棟のようなところで無機的なサーバ群に囲まれて過ごしているうちに、桜はもとより藤やツツジも時期が過ぎてしまったので、イマイチ見所に欠けるかもしれない。

 (ま、京都だから取り敢えず行ってみれば、なんらか楽しみはあるだろう・・・)

 と気を持ち直して、ともかく出かける事にした。

 当初の計画では奈良の長谷寺で牡丹を観賞した後、室生~山辺の道~三輪そうめんの産地などをのんびり散策する予定であったが、肝心要の『長谷寺』の牡丹が 

 「もう終わってしまいました」

 との事で急遽予定を変更し、新幹線で一路京都へと向かう。

 前日は深夜にネットワークの障害が発生したため夜勤明けだったが、昼からも思わぬ野暮用が入ってしまったために日中は潰れてしまい、午後からようやくネットで旅行プランを立てているうちに、深夜2時頃になってしまった。

 というわけで当日は昼前という遅めの出発となり、そのせいで珍しく新幹線には空席が目立っていたため、久々に座る事が出来たが。

 まず京都駅から、懐かしい東山(『三十三間堂』~『清水寺』)界隈を散策。

そのまま足を伸ばして『知恩院』から『青連院』を通り抜け、五条~四条~三条まで歩き、岡崎公園を突き抜けて『平安神宮』へ。

花見のシーズンは、いつもあの広い境内に人が溢れ返っているものだが、さすがに花見とGWが終わった中途半端な時期とあって観光客は疎らであった。

 などとバラ色の郷愁に浸りながら、雄大な栖鳳池を臨む泰平閣で天下泰平に煙草をふかしていると、携帯に知人から無粋な電話が・・・

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  • 14

東京出張旅行記Ⅲ(後日談) 横浜汽車道から『東京ばな奈』を求めてUターンのフィナーレ (* ̄m ̄)ブッ

 かつて仕事で付き合いのあった某社の営業マンが、2年ほど前に東京・秋葉原にある本社へ異動していた。

勿論、しばらく逢っていないので、そんなことはすっかり念頭からは消えていたのだが、旅行帰りの翌日にこのM氏から電話があった。

 「ご無沙汰でーす! ねぇ、にゃべっちさん・・・
 ひょっとして一昨日、アキバに来てませんでした?」

 「あ・・・ そういやMさん、秋葉原の本社に移ってたんだっけ。
 ええ、ちょっと用事のついでにブラっとしてましたが・・ 

「やっぱりそうだったか・・・ボク自転車ですれ違ったんだけど、全然わかりませんでしたか?」

 「いや、まったく。歩きながら、ちょっと考え事してましたので」

 どうせ東京では知らない顔ばかりだからと、普段に比べ周囲の人間には殆んど目を配っていなかったせいもあったろう。

 「やっぱりかぁ。あんなににゃべっちさんに良く似た人が、いるわけないものね」

 「なんだ・・・それなら声でも、かけてくれりゃ良かったのに・・・」

 「いや、その・・・ 声を掛けようとしたんだけどね。
 何て言うかなぁ。
 あの時のにゃべっちさんは、なんか人を寄せ付けないようなちょっと近寄りがたい雰囲気だったもので・・・」

 「は? それはワタクシではないでしょ。
 人違いだな・・・」

 「いや、あれは絶対にゃべっちさんだったよ!」

 ナヌーッ (* ̄m ̄)ノ彡☆

 百戦錬磨の東京の営業マンが、声もかけられなかったワタクシって一体・・・(* ̄◇)=3

 実は最近、歩道を走る自転車乗りのマナーの悪さにピリピリしているワタクシは、正面から自転車が突っ込んでくると知らず知らずにしかめっ面になっているな・・・と自覚する事がしばしばあったので、多分そのせいであろうと結論付ける事にした。
 自分自身では、すっかり払拭できたつもりの《東京トラウマ》が実はまだ、しっかりと根深く残っていたなんて思いたくはないからね Ψ(ーωー)Ψ

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  • 13

東京出張旅行記Ⅲ(最終回) 横浜汽車道から『東京ばな奈』を求めてUターンのフィナーレ (*^ー°v

 さて、このまま新横浜から帰っても良かったのだが、東海道本線から外れている新横浜まで乗り換えていく面倒を考えれば、東京まで行ってしまうのもたいした違いはなさそうだし、こんな時にしか買えない《東京ばな奈》も買いたかったので東京駅へUターンする事に。

 以前の職場にいた女性が、旅行の土産にくれた《東京ばな奈》を初めて食べた時は、あまりの美味しさにしばらく味が忘れられず、その後同僚が夏休みに帰省した時に頼んで買ってきて貰ったりしたものであった。

 実はうっかり者のワタクシは、この出張の前にある女性に東京行きを漏らしてしまった事から、みやげを要求されるハメになってしまっていた(彼女からは、ちょいちょい旅行の土産など貰っていた) 

 高徳院で、大仏サマのアニメチックな置物とキーホルダーをそれぞれ2つずつ(1つは自分用)買い求めていたが、東京駅のkioskで《東京ばな奈》と雷門やタワーなどといった、東京の名所をバックに法被姿のキティちゃんの絵柄をあしらった、缶入りのもんじゃ焼きせんべい&クッキーをそれぞれ一缶ずつ買う。

ワタクシのお目当てはキティ缶のみで、中身は全部誰かにあげる事になる。

 また知人にチョロQのコレクターがいるので、新幹線チョロQも買っておいた(ちなみにワタクシのコレクションは、観光地のネーム入りのキーホルダーと観光スタンプである)

 帰りの新幹線は、ラッシュを過ぎていたせいかようやく空席にありつく事が出来、ビールを飲みながら名古屋へと向かった。
 名古屋駅の構内できつねきしめんを啜りながら、日本酒を飲むとドっと疲れが。

 普段の京都などの旅行の場合は大抵が2泊か3泊の旅となるが、1泊2日でも3万?3万5千円くらいは飛んでいくだけに、それに比べれば今回は往復の新幹線代金が浮いたおかげもあり、〆て2万そこそこという安上がりの旅となった ヽ( ´ー`)ノ

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  • 12

東京出張旅行記Ⅱ 古都鎌倉からミナト横浜中華街豚まんとギョーザまでを堪能(後編) (*^0^*)ノ

 ともあれ鎌倉を出て、一路横浜へと。

 東京にはあまり興味をそそられることのなかったワタクシも、日光、鎌倉とともに、この横浜には以前から是非とも来たかったのであった。

 さて、教えられたとおり山下町で下車すると、目の前に目的の中華街の看板が早速目に入った。

 「横浜中華街なんて、ちっちゃくて薄汚いようなトコだぞ?!」

 と友人からは訊いていたが、何度か行ったことのある神戸の南京町のようなイメージを勝手に描いていただけに、遥かにスケールの大きいこちらの中華街は、どうして結構なものに見える。

 そして南京町でもそうだが「中華街」といえば、なんといっても「豚まん」が欠かせない名物であろう。

 この出張の前に何かとアドバイスをくれた、我が10ちゃんねる (* ̄ー ̄)y-~~~~ 常連にして東京在住(?)の女子大生A子さんご推奨の「500円の豚まん」は貧乏なワタにはちょっと手が出なかったが、300円也のを買って食べる。

 正直、あまり旨いとは思えない。

味音痴のせいか、コンビニで売っている井村屋の肉まん(88円也!)の方がよほど旨い。

ワタクシ的には、あのドロっとした食感が好きなので、中華街独特のパサパサしたやつはどうも口に合わないのであった。

単に、慣れの問題かもしれないが。

 中華街をそのまま山下公園に向かって歩きながら、あまり高くなさそうな店を選んで遅い昼食を摂る。

 元々食べ物の好き嫌いは殆んどないワタクシだが、中華料理は案外好きで餃子でビールを飲みながらラーメンを食べた。

まだ昼間ではあるし、歩いているうちに少し汗ばんできたために紹興酒は避けておく。

ビールは私の感覚では、水とさほどの違いはない。

 食事を済ませて山下公園へ行くと、氷川丸の桟橋を歩いてから港に沿って赤レンガ倉庫へと向かった。

 赤レンガの建物はあれほど立派なのに、中にはつまらない(?)飲食店が並んでいるばかりでちょっとガッカリしたが「みなとみらい」の方へと貫けて、汽車道伝いに桜木町駅まで歩く。

 一時、島田荘司の御手洗潔モノの熱心な読者だったワタクシは、アメリカへ移住する前の御手洗が住んでいたという設定になっている「馬車道」なるところを是非とも歩いてみたかったのだったが、近くまで行きながらどうにも場所が特定できず見逃してしまったのは何とも心残りであった。

 空はすっかり陽が落ちネオンが煌びやかに灯り始める夕方となり、そろそろ名古屋へ帰ろうかというところで東京に忘れてきた或るモノを思い出したワタクシは、横浜から再び名古屋とは反対方向へと向かった εεεー(* ̄∇ ̄)-○

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  • 11

東京出張旅行記Ⅱ 古都鎌倉からミナト横浜中華街豚まんとギョーザまでを堪能(前編) (*^0^*)ノ

《日本三大仏》

 は奈良・東大寺の毘盧遮那仏に鎌倉・高徳院の太郎サン、そして岐阜・正法寺のカゴ大仏(富山の高岡大仏といわれる事もある)と言われているが、これでワタクシは最も近いお隣の岐阜大仏だけをまだ観ていない事になった。

 これまで大仏様は何体も観てきましたが、確かに鎌倉の太郎サマは噂に違わぬ男前である(というか性別がわからないので、
端正な顔立ちと表現すべきか)

 金20円也を払い、胎内巡り(といっても、ほんの一部しか観られませんが)をするが、ここもやはりお子様の団体が犇いているために早々に切り上げ、次の銭洗い弁財天へと向かう事にする。

なにせワタクシは、大の子供嫌いなのです (;^。^

 この有名な名前は無論知ってはいたものの、不覚にも奥宮で実物を前にするとどうやったらよいのかがわからず、途方に暮れてしまった。

仕方なく奥宮を出てみやげ物屋をひやかしていると、ここにも賑やかな小学生の団体がやって来て、どうやら奥宮に入ってお金を清めている様子。

 (やはりここまで来て、肝心のあれをやっていかないのは意味がないよなぁ・・・)

 再び奥宮に戻ると、子供らから少し離れた場所に陣取りさりげなく様子を観察したのだった ( ̄  ̄)ジーッ

 (なんだ・・・ああやれば良いのか・・・)

 幼い子らに学んだにゃべっちは、早速持ち合わせの500円玉と100円玉を1枚ずつ清めた。

 (ここで清めたお金で長谷寺のおみくじを引いて、悪いメが出たらどこへ文句をいってけばいいのやら・・・)

 などとくだらない事を考える。

 銭洗い弁財天を後にし、鶴岡八幡宮へ。

 (鎌倉って観光地として有名な割りには、案外人が少ないな?)

 と来た時から思っていたのだが、どうやらここが表通りらしい鶴岡八幡宮への参道になっているアーケードの通りは、人でごった返していた。

 例によって団体客で埋った境内は足早に通り過ぎ、日本庭園に入る。.

中に入ると人影は殆んどなくなり、ようやく落ち着いた気分で池泉回遊式庭園をまったりと散策してみた。

相変わらず天気は良くないが、なんとか雨の方は持ち堪えている感じである。

 すっかり気分をよくしたところで、レンタサイクルを返しにいった。

 「3時間ですから、1000円になります!」

 高ーっ!

 町の至るところにレンタサイクルのある京都などは1日で1000円が相場なのに、鎌倉はこの1件しかない分だけ暴利である ヽ(`Д´)ノ

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  • 10

東京出張旅行記Ⅰ 皇居と摩天楼から800年を遡り鎌倉大仏を目指す(後編) (゚ー゚*)

 明けて2日目は、予定通り横浜・鎌倉方面へ行く事に。

 天気予報では前日に続きこの日も終日雨との事で、朝からどんよりとした厚い雨雲に覆われていたが、雨だけはなんとか持ち堪えている様子である。

 それにしても何もわからないままに予約したホテルの、蒲田という立地が巧い具合に都内では最も横浜寄りだったのは、なんともラッキーであった。

 帰りの足を考え、先に不便な鎌倉の方から廻る事にする。

 鎌倉駅に着くとレンタサイクルの店が目に入ったので早速借りようとするが、坂の上にある店の前で腕組みをして辺りを睥睨するような無愛想なオヤジと、茶髪の兄ちゃんのデカイ態度にムッとして歩く事に決めた。

 いい加減に見当をつけて歩いていると、由比ガ浜の海岸が見えてくる。

海岸沿いを稲村ガ崎方面に向かい少し歩くと、さすがに風が冷たく肌寒かった。

 そうして歩くうち、どうやら噂通り鎌倉には見所が多いらしいと思い直しやはり駅にUターンし、レンタサイクルを借りる事にした。

 本来ならば1日かけてじっくりと寺を巡り歩いてみたいところだが、なにしろ今回は短時間で廻らなければならないのである。
 鎌倉といえば、かつてN社のプロジェクトに参加した時に出張で来ていたN社・神奈川の社員と話した時

 「神奈川っていいよねー。
 一度は行ってみたいなー」

 と言うと

 「鎌倉なんて、行ってもしょうがないよ。
 大仏と鶴岡八幡宮と銭洗い弁財天の3つを見りゃ、それで終わり!」

 などと、にべもなく言われたことなどを思い出し

 (少なくとも、その3つだけは観ておかねば)

 と思ったものだった。

 さて、そうして借りた自転車で向かった観光のコースには、修学旅行とオボシキ小・中学生やらご老人の団体、さらには外人のツアーなどが至るところにゾロゾロと行列をなしている。

 何はともあれ大仏サマを目指して自転車を走らせると、どこで間違ったか長谷寺の前に到着したため、取り敢えず入ってみる事にした。

ひとしきり境内を散策した後、階段を上がって舞台のようなところに出ると売店で眼にした

 《樽生が美味い!》

 というポスターに釣られ、軽く一杯。

 時計の針はまだ昼前を指しており、周りは小中学生やら外人やらに取り囲まれているようなシチュエーションだけにやや気がひけたものの、舞台からの絶景を眺めつつグイっと飲む樽生がまたやけに美味かった (。 ̄Д ̄)d□~~

 結局2杯を空にしてから舞台を降り、鍾乳洞などを観て廻った後に出口へ向かうところにある、おみくじが眼を引いた。

 お寺さん巡りは好きなワタクシではあるが、おみくじどころか仏さんに手を合わせた事すらないほど日頃から信仰心などとは無縁なのに、何故か気まぐれに引いてみると案の定、かなり悪いメが出てしまった。

指定の木へ縛りに行くのが面倒でもありそのままポケットに入れて長谷寺を出ると、気を取り直して大仏サマの待つ高徳院へと向かった タタタタッッ≡≡≡≡≡ヾ(  ̄▽ ̄)=θ

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  • 9

東京出張旅行記Ⅰ 皇居と摩天楼から800年を遡り鎌倉大仏を目指す(前編) (゚ー゚*)

これまで何度となく足を運んでいる京都・大阪方面に行く時には専ら観光目的とあって、朝8時辺りの新幹線に乗るために自由席では座れたためしがなかったが、この日はゆっくりの出発。

 しかしながら

 (9時過ぎの東京行きだから、空席の一つや二つはあるだろう)

 という考えは甘く、またしてもデッキでの立ちんぼを余儀なくされる仕儀となった。

 いつもながらに、ガラの悪そうな連中が陰気な顔を並べている自由席車両のデッキは回避しグリーン車のデッキの方に移動すると、時折携帯をかけに来るサラリーマン風以外は誰もおらず、久しぶりの東海道の風景をボンヤリと眺めながら揺られる事2時間。

昼前に東京に到着した。

 車窓から見えていた空模様は雨が降ったり止んだりを繰り返し、時に大雨となって気を揉んだが東京駅に着いた時は雨は上がっていた。

しかしながら、東京は思っていた以上に寒い。

 前日まで暑い名古屋に居た時は、上着なしでジッとしていても汗ばむほどだったのに、この日の東京は雨のせいもあろうが上着を着ていてさえ肌寒さを感じる。

 招待された某ベンダー系大手企業との約束は午後3時だから少し時間があるが、未知の土地だから早めに場所を特定しておかなければならないと思うとあまり遠くまで足を延ばすわけにもいかず、まずは皇居をブラリと散策してから秋葉原を冷やかしに行く。

 狭い路地に、ゴチャゴチャと小さな店が迷路のように立て込んでいるところは名古屋でいえば大須の商店街を思わせるが、こういった狭くゴミゴミとした空間はあまり好きでなく「松屋」で焼肉定食の昼食を済ませると、見知らぬ町をぶらぶらと歩いてみた。

住所表記などから、神田周辺らしい。

 そうして当てもなくただぶらついている内に、いつの間にやら時間は2時を過ぎていた。

慌てて電車に飛び乗るが、客先へ向かう電車の乗り継ぎを間違えたりして戸惑った挙句、どうにか現地に到着したのは3時5分前とギリギリだった。

 そこでの話を終えて社を出た時は5時近くになっており、いつの間にか断続的に降っている様子の雨に加え、用事を終えて緊張感が一気に緩んだせいかすっかり遠出をする意欲はなくなり、知人お奨めのお台場までわざわざモノレールを乗り継いで行くのは億劫に。

といって、こんな早い時間からホテルに篭っていても退屈は目に見えているので気まぐれに新宿で食事などを思いつくが、駅を降りた途端の人混みで一気に疲れを感じてしまった。

 それでも、ヒョコヒョコと歩いていると「ヨドバシカメラ」のネオンが目に入り、ネットのデモ機で 10ちゃんねる (* ̄ー ̄)y-~~~~ のチェックだけを済ませると、一路ホテルへと向かう。

 前夜の予約では都内のホテルが軒並み満室で、10件くらい電話した末にようやく空きの見つかった蒲田のホテルに入り、コンビニで買ってきた弁当を食べてから近くにあるネットカフェへ直行。

 FDに用意してきた 10ちゃんねる (* ̄ー ̄)y-~~~~ をどうにかupし、風呂に入ってさあ寝ようかというところでホテルのエアコンがやたらに寒くて、ガタガタ震えることになるハメに (/||| ̄▽)/ゲッ!!!

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  • 8

にゃべっち、東京嫌いの歴史(後編) ( ̄△ ̄)ノ

 そしてなにより初めて経験する、あのあまりもの人間の多さに疲れ果ててしまい、すっかり「東京嫌い」となってしまいました。

 そうした経緯から悠々合格した(?)「W大・一文」を蹴り、わざわざ格下と評価される京都の有名私大に入学(実のところ本命のK大を落ちた時点で、どこでも良かったのですが)したくらい「東京嫌い」がトラウマとなったワタクシがこの地に寄り付くはずもなく、次に東京へ行ったのは社会人となってからでした。

 当時マスコミ関係の仕事をしており、某大手出版社からお呼びがかかり仕事を増やすために、上京しなければならない仕儀となったのです。

 東京にはまったく良い印象のなかったワタクシですが、ミナト横浜の中華街や鎌倉大仏といったものは是非とも一度は観てみたかったので計画を立てて準備をしていましたが、訪れた出版社からその場で急ぎの仕事依頼が舞い込みトンボ帰りを余儀なくされるハメとなります。

少し遡り23歳の時にフリーとして個人事務所を構えてから7年間は、東京の2、3の出版社やプロダクションと取引がありながらも、遂に呼ばれても東京まで足を運ぶ意欲がなく、本来なら訪問しなければならない年始の挨拶などを総て歳暮と電話だけで済ませる不義理を重ねながら誤魔化し続け、遂には一度も上京することなく今回の、実に10年ぶり以上の上京となったわけです。

 この辺りの経過については『にゃべっち物語・社会人編』として将来じっくりと触れていくつもりですが、思えば東京はおろか東日本方面への旅行まで範囲を広げても『リアルにゃべっち』の初期にupしたもので記述した通り、去年の12月から今年の1月にかけて静岡の富士通某殿からのお誘いがあって浜松に2度足を運んだのと、製造業の新システム導入に携わった時に掛川にある現場へ出張した時くらいのものでしょうか。

もっとも掛川出張の時は、夜には大阪(門真市)へ真っ直ぐに移動したため、観光の時間などはまったくありませんでしたが。

 要するにいずれもが静岡止まりでしかも総て仕事絡み、つまり自腹を切っての旅は一度もないという事になります。

 7月にネットの転職サイトに登録してからというもの、東京での仕事のオファーが幾つか掛かり始めた事もあり、またIT業界の案件は東京に一極集中している社会情勢なども鑑み、ようやく最近になって

 「東京で暮らしてみるってのは、どうだろう?」

 と漠然と思い描く程度にはワタクシ自身の心境にも、以前のような「東京アレルギー」は影を潜めてきたと思われるタイミングで迎える事となったのが、今回の東京出張です。

 さて、どうなりました事やら ( ̄ー ̄)ニヤリッ

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  • 7

にゃべっち、東京嫌いの歴史(前編) ( ̄△ ̄)ノ

 旅行好きのワタクシは、ヒマとお金さえあれば直ぐにどこへでも飛んでいきます。

 もっとも実際の行き先は専ら関西方面ばかりで、わけても京都には春のお花見、秋の紅葉狩りシーズンを主に毎年2ー3回、時に奈良や滋賀などにも足を延ばしたりもします。

 そんな旅行好きのワタクシですが、関東方面にはトンとご無沙汰で記憶を掘り起こしても、本当に数えるほどです。

 子供の頃は毎年夏休みと春休みなど、両親に連れられ家族旅行に行くのが恒例でしたが、東日本といえば箱根や焼津、富士山、伊豆半島といったところへは連れて行かれた記憶がありますが、東京といえば東京タワーくらいだったでしょうか。

 中学生となってからは、姉が高校へ進学してなにかと忙しくなったり、ワタクシ自身も親と一緒の旅行が気恥ずかしく次第に敬遠するようになったりで家族旅行はピリオドとなりますが、今度は修学旅行で「東京・箱根方面」へ行き、この時は皇居から始まって国会議事堂や東京タワーといったお決まりのコースを廻ったとおぼろげに記憶してますが、残念ながらここまでの記憶は殆んど曖昧な霧の彼方にあります。

 記憶が鮮明なのは、高校3年生で大学受験の年です。

 実質的にはこれが初めての、自らの足での上京と言えるでしょう。

 子供の時から早起きが大の苦手だったワタクシは、母親と教師の計らいで試験前日に上京しビジネスホテルに1泊する事になりました。

 元々が普段から、試験前日も含めて一度も勉強したことがなかった怠け者でもあり、また教師の強く奨める「政経」を却下し「一文」一本に絞った受験は目を瞑っていても合格は明らかだったので、参考書など邪魔なものは持たずにすっかり観光者を気取り、東京駅から皇居、有楽町、国会議事堂、渋谷、原宿、新宿御苑、そして高田馬場とブラブラと歩いたものでした。
 当時の原宿は「竹の子族」というのが流行っていて、パンクを真似たような奇抜なファッションをした若者がホコテンで踊っていたり、「渋カジ」といわれたオシャレな若者が闊歩する渋谷などを歩いているうちに、どこかで財布を無くしてしまった(スラれたのではありません)苦い想い出があったのと、予約するのが面倒なので飛込みで訪れた何軒かのホテルから「満室」と門前払いされ続けたのが、今となっては当然の事だと理解出来ますが、当時は

 (子供だと見て、ナメてやがるな!)

 と腹を立てたりもしました ヽ(`Д´)ノ

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  • 6

お伊勢さんと松阪肉の旅part4

 天守閣跡から降り、本居宣長記念館、本居宣長旧宅跡、そして石畳の古い町並みが残る御城番屋敷などを見物し、今度は松阪市役所に入ってウォータークーラーの冷水(タダ!)で乾いた喉を潤してから、江戸木綿問屋・長谷川邸、松阪商人の館と立て続けに見物していく。

 松阪商人の館に到着した時は、携帯の時計が午後4時18分を指していた。

 入り口に

 《入場料200円。受け付け16時30分まで》

 と書いてあったので、どうしようか迷ったが

 (折角来たんだから、10分でも・・・)

 と門を潜ると、受付のバアサンが

 「スイマセン、もう終わりましたよ」

 「え? もう終わりって・・・ 
4時半まででしょ?」

 「はい、今日はもう終わりましたので・・・スイマセン・・」

 と、なんだか早く帰れと言わんばかりの邪魔者扱いが腹立たしく

 「え? なんで? 
16時半までって書いてあるのに? 
まだ10分あるじゃん!」

 「10分でよろしいか?」

 「ああ、いいよ・・・ちょこっと観るだけだから」

 「ほな、おとーさーん。
ちょっとも一回、開けたってや?!」

 ははーん・・・それでなんだか、あちこちから木戸を閉めるガタガタという音がしてたんだ。

 (なんで16時半までと書いといて、10分以上も前に閉めるわけよ?)

 と文句が出かかったが、ジイサンの方は親切な人らしく

 「蔵だけでええから開けたってや」

 というバアサンの空念仏を聞き流し? あちこち慌てて開けてくれた上に、この屋敷の説明までしてくれたのであった。

 こうして、この日の観光は終了。

 松阪の町はどこへいっても「本居宣長」一色という感じながら、学のないワタクシはどうしても「松阪牛」にばかり頭がいってしまう (^¬^)じゅるる

 なにしろ貧乏だから、豪華なステーキなどにはとても手が出ないが

 (折角松阪に来たからには、やはり肉が食べたい!)

 との欲求には抗しきれず、手頃な「松阪肉弁当」を食べる。

やっぱり柔らかくて美味しい。

伊勢名物の「赤福もち」は、普段名古屋で買って食べているので「伊勢海老せんべい」をみやげ(といっても自分で食べるやつだけど)に買って、再び味気ない名古屋の街へと向かうにゃべっちでありました にゃははは (^。^)

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  • 5

お伊勢さんと松阪肉の旅part3

 駅の地図で凡その見当をつけて歩き出したが、早くも道に迷ってしまい、一旦駅に戻る。

 普段のジーンズにデイパックというイデタチでの旅行とは違い、出張のおまけだからさすがに上着を脱いでネクタイも外していたものの、スラックスが歩きにくいのと上着とビジネスバッグで片手が塞がったままならぬ姿のせいで、余計に暑さが堪える。

 取り敢えず駅の観光案内所に入ると、無愛想を絵に描いたようなオバハンが

 (ちぇっ、ヘンなのが来やがった)

 とでもいう顔で迎えた。

 「松阪城跡へは、どのくらいの距離がありますか?」

 「歩いて15-20分くらいですね?」

 「どっち方面?」

 するとこのオバハン、無言である方向を指差したのだったが、駅前だから高層ビルばかりだしそんなのでわかるわけもないからちょっとムカッとし

 「はぁ? それじゃ、わかんないんだけど」

 と文句を言うと

 「そこに地図がありますから、持っていってもろうたらええです」

 と言うや、仕事は終わったぞとばかりに脇を向いて、知らぬ顔を決め込むのだった。

 (なんや、こいつは? 
それをわかりやすく案内するのが、アンタの仕事じゃないのかよ・・・ 
こんな不案内な土地の地図を見たってわかるもんかい。 
じゃあ、飾りにもならないブサイクなアンタは、何のためにそこに座っているわけ?)

 と、腹の中で思いっきり毒づいてみる。

 仕方なく持ってきた地図を頼りに歩き出すが、これがまた出来損ないのようなわかりにくい地図で、散々道に迷った挙句にそれでもようやく松阪城跡に到着したのであった。

 まずは、天守閣跡をぐるりと廻ってみる。

 高いところだから結構な風があり、少しスリルを味わう。

 ちょっと変な話だが、男が恐怖を感じるとタマが胎内(お腹の方)へ上がってきて、俗にいう萎んだ状態になるのだけど、これが「魂消る」(タマ=魂が胎内に消える)という言葉のルーツだとかなんとか、以前にモノの本で読んだ記憶があったが、遥か下界を眼下に見下ろす天守閣跡の崖っ淵をグルリと廻っている時のワタクシも、あの部分がゾクゾクするような妙な感じを味わいました (^^;) 

 女性の場合は、こういう時ってどうなるんだろうね (≧∇≦)ブァッハハ!

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  • 4

お伊勢さんと松阪肉の旅part2

そうして伊勢神宮を後にすると、今度は一路松阪へと向かう。

 松阪といえば歴史のある城下町であり、また古い町並みでも知られているのが最大の魅力なのだが、実はかつて某お役所に出向していた時に隣の席に座っていた変わり者の男の実家が松阪にあり、かつまたそのお役所のエライさんがやはり松阪の人で、名古屋城を臨む公務員住宅への入居を拒否してまで、わざわざ毎日松阪から名古屋まで通勤していた変わり種であった。

 どういうわけか、この松阪産の2人は奇しくも2人とも変わった苗字であるばかりか、パーソナリティの方も実にユニークで、片や長髪をちょん髷のように縛っていたキモオタ風な若者。

もう一方はうるさ型の変人として、役人の間でも名物人間だったオッサンであったため

 (「松阪」というところは、ヘンな苗字と変わりモンが多いんかいナ?)

 と、妙に印象に残っていたものだった (*^◇^)_

 それにしてもこの辺りは、JRと近鉄線が同じホームになっていて実にわかりにくい。

で、わからぬままに来た列車に飛び乗ると、何故かキレイな列車なのに車両には老夫婦が1組いるだけで、ガラガラなのだった・・・

 こりゃ好都合、と前の座席をグルリと回転させ4人分の席を独り占めして悠然と座っていると、しかめっ面の車掌がやって来て

 「恐れ入りますが、特急券を拝見させていただきます!」

 「は? 私は特急なんぞに乗った認識はないんだが・・・」

 「この列車は特急ですので、特急券が必要ですよ! どちらまでですか?」

 車掌のどことはなく横柄な態度が気に障り、次第にムカツク。

 「松阪までだから、特急なんぞに乗る必要はないんだよ。
時刻表にはちゃんと普通になってたはずなんだけどなぁ。
それで・・・特急券ってのは幾らなの?」

 「500円です!」

 「500円? なんでそんなに高いの? 
乗車券が390円なのに特急券が500円って高過ぎるんじゃない?」

 「500円は正規料金です!」

 仕方なく1000円札でお釣りを受け取ったが、当然の事ながら松阪で下車した時は些か気分が悪い。

 (気分を変えて松阪城跡でも見に行くか~)

 取り敢えず駅の観光案内所に入ると、そこには無愛想を絵に描いたようなオバハンが待ち受けていて、またしてもひと悶着の予感が・・・(`Д´)y-~~ちっ

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  • 3

お伊勢さんと松阪肉の旅part1

 出張で三重県・津に行った。

 名古屋から津までは、近鉄特急で約50分。
現地へ到着したのが10時前で、案件自体は意外に早く午前中に片付いたため、余った午後からの半日はたっぷり観光にあてる事にする。

 津には、数年前にも仕事がらみで行った事があり今回は2度目だったが、官庁街なのであまり見所がない印象(実際は詳しくないので、もし地元の方が読まれて気分を害しましたら無知故の独り言とご笑察下さい (^^ゞ だったため、伊勢へと行く事に。

 『伊勢神宮』へは、子供の頃に両親に何度か連れて行って貰ったらしいが残念ながらまったく記憶になく、これが事実上初めての参宮である。

日本人として、やはり1度は早く行ってみたかったものの、なかなかチャンスに恵まれなかったのだが、そういう意味では今回はお誂え向きのチャンスというわけだった。

 こうして初の参宮となったお伊勢さんではあるが、なにしろ交通の便が悪い。

電車はJRと近鉄があるものの、都市圏のような新快速や快速列車がなく、あるのは特急と普通のみ。

特急料金を惜しんだがため、酷いノロノロ運転のワンマンカーに乗るハメとなり、気の短いワタクシはイライラ (;`O')o 

 車窓からは見渡す限り田んぼや畑ばかりの田園風景が続いていたが、それでもやけに学生の姿が目に付いた。

学生といっても、日頃見慣れている連中とは人種が違うような素朴な感じの子らで、彼ら彼女らにとっては日常のことなのではあろうが

 (よくこんな停車ばかりしている =駅に着く度に7分とか8分の調整停車!= 列車に揺られていて退屈しないなぁ)

 とか

 (こういう長閑なところで育ってきた学生が都会へ行ったら、あの万事につけてセカセカとした早いペースには、さぞかし面喰らうだろうなぁ)

 などと、独り微笑ましい想像を逞しゅうしていると、たっぷり1時間以上はに費やしてようやく伊勢に到着した。

 大好きな奈良・薬師寺の東搭(国宝)を「凍れる音楽」と評したアメリカの高名な哲学者・フェノロサが、明治時代にこの伊勢神宮を訪れた際に神の存在を強く体感し、フランスのノートルダム寺院かどこかと並び称して

 「世界でも、稀に見る神域である・・・云々」

 とかなんとか絶賛したという話(うろ憶えだが、確かにそんなような意味だったと記憶)をかつてモノの本で読んでから、伊勢神宮には特別なる幻想を抱いていたものだが、実際に来てみたお伊勢さんは、神も仏も拝んだ事のないワタクシには、そういったありがたいインスピレーションなどが訪れるべくもなく

 《(何度も行っている名古屋の)熱田神宮とどこが違うの?》

 という印象しか残りませんでした (;^。^

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  • 2

「大文字」送り火と左右対称の妙 (´ー`)y━~

 8月16日は京都恒例の「大文字送り火」の日です。

 ところでワタクシにとっての「京都」は、かつて3年間も住んでいた(或いは僅か3年間しか住んでいなかったというべきか)にもかかわらずまことにもって摩訶不思議に溢れた都市なのです。

 例えばその一つとして「右京区」と「左京区」の表記の不思議などがあります。

 これなども地図を見るたびに疑問に思っていたのですが、(地図で見て)左手(嵐山)の方が「右京区」、そして右手(東山)の方が「左京区」というのはどうにも理屈に合わないではありません?

 どうも逆のような気がしてしょうがなかったんですが、或いは

(奈良を「都」として地図の天地を引っ繰り返して見たのかな!?)

 とか苦し紛れに勝手な解釈をしたりしていたものです。

 さて、そうこうしているうちに幸いにもネットの時代が訪れたため、試みに検索してみたら興味深い記述がありました(京の人には、或いは常識なのかもしれないけど (^^ゞ
                ↓
 《京には,左京区と右京区がありますが,地図で見ると左京区は「右側=東側」に,右京区は「左側=西側」にあります.これは今日の地図が,北を上にして書かれているのに対して,京の地名は帝(みかど)が南に向かったときの見え方がもとになっているためだと言われています.

 ところが,京には大文字(だいもんじ)が2つあり,右大文字は東側に,左大文字は西側にあります.大文字の左右は,左京区,右京区とは逆で,見た目と一致します.この大文字送り火の起源について,詳しくは分かりませんが,室町時代にはすでにあったとされています.

 さて,左大文字の起源について次のような説があります.足利義満の時代に作られた金閣寺(鹿苑寺金閣)には静かな池があって裏山も金閣も鏡のようにうつります.もし,もとの山の字ではなく,「池にうつったものが普通の「大」の字(の倒立したもの)になるように設計されていた」(仮説)とすれば,左大文字の山には,普通に書く「大」ではなく,特別な文字が書かれていたことになります》(某Webページよりの引用)

 特別な文字というのは凡そサンスクリット語(梵語)の類かな、と想像はつきますが、これほどのカラクリが隠されているとはね。

 さすが、京はなんにつけても奥が深うおますな~ (* ̄▽ ̄*)

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  • 1

京都の美 再発見 (*゚▽゚*)

 京都にはやはり日本の美が凝縮されています。

 春のお花見、秋の紅葉狩り、また日本庭園では通年に渡り自然と季節を肌で感じることが出来、のどかに遊ぶ野鳥の姿もまた微笑ましいものですね~ (*^。^*)

 京都といえば寺社仏閣巡り。
 といってもワタクシの目的は巡礼には非ずで、美女のボディラインを思わせる優美な塔、迫力に満ちた大伽藍、野性味たっぷりの山門・三門や彫刻・工芸など、芸術的価値の高いものが目白押しで芸術鑑賞には最適。お寺の1つ1つが博物館級といえ、燈篭や蹲のデザインにも興味を渡すならまこと興趣に尽きないものがあります。

 なんであれ、美しいものには滅法弱いワタクシとしては京都の都市そのものに匂うような色香を感じてしまうのです。

 とかく外に美を求める傾向が多い中、あらためて私たちの内なる美・京都を見直してみました。

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最終更新:2007年05月26日 01:39