もろことカミナガ
B学区生え抜きのにゃべっち(中間)と転校生カミナガ(期末)が、それぞれトップを取って迎えた2学期中間テスト。
にゃべっちは3位。
そして、またも
「トップはカミナガ!」
という声が聞こえるや皆、覚悟はしていながらも
「またか…」
といった、ウンザリしたというか呆気にとられた感じがアリアリ。
天才カミナガは、これで転入後5度のテストのうち実に4度トップを占めた事になるのだから、無理もなかった。
前回は、カミナガに次ぐ2位につけたムラカミも、今回は6位に後退。
一方、目立たないながらも、このところ少しずつ順位を上げてきているアベが、ムラカミと同点の6位に肩を並べた。
「このままじゃあ、ケンタロー(アベ)にも抜かれそうだぜ・・・
それにしてもカミナガってのは、いよいよ群を抜いてきた感じだよなー」
と、さしもの秀才ムラカミもお手上げ。
ところで、いつもは順位の情報が入ってこない香だが、口達者な転校生カミナガの存在を煙たく思っていたらしい某教師が
「カミナガばかりが持て囃されるが、実は『B中』生え抜きのモロトも同点トップなんだから・・・」
とばらしてしまったのは、果たして香にとっては本位か不本意かは知らぬものの
「やっぱり、もろこは凄いねー」
という声と
「トップになっても、黙ってるとは変なヤツ・・・」
という賛否両論が飛び交ったが、みな一様に少し救われたような気持ちであった事は、言うまでもない。
また中学では自己最高位となる、にゃべっちと同点の3位を記録したガリ勉・由布子は、それとなく皆に吹聴して回ったもののあまりにマズイご面相のせいか、残念ながら皆の関心を呼ぶには至らなかった (*´m`)
芸術家シモッチを尊敬 (*゜ο゜)ゞ
にゃべっちとムラカミ、マサの3人はともに家が近く、小学生時代からの仲良しトリオだったが、この頃にゃべっちがより親しくしていたのがオグリとシモッチ。
低学年時代から成績優秀でリーダー役の常連だったムラカミやマサとは違い、野球狂のスポーツマンらしくサッパリとした烈しい気性のオグリ。
一方、芸術家肌のシモッチは絵や工作が滅法巧い個性派であり、そちらの方面はあまり得意ではなかったにゃべっちは彼の才能に強く惹かれていった。
(勉強なんてモノは、努力次第である程度のレベルには上げることは簡単だが、スポーツや芸術的な才能はなんといってもセンスがモノをいう。
元々、センスのないヤツは幾ら頑張ってもダメ。
従って、この分野の才能こそもっと高く評価されてしかるべきである)
というのがにゃべっちの持論だっただけに、成績では5人の中では最もパッとしない(全体で真ん中辺りをうろついていた)ながらも一貫してシモッチにはある種の尊敬の念を持っていた。
学校では大抵どのクラスにも手先の器用なヤツが2?3人はいるものだが、そんな中でも群を抜いていたのがシモッチ。
小学生の時からアマチュア無線やら「ハム」やら色々とやっていたが、中学時代はラジオを自作してしまうほどの器用さ。にゃべっちも「部品を買いにいくぞ!」とかいって名古屋のアメ横まで何度か付き合わされたものだった(最も付いていきながらも、このシモッチが何をやろうとしているのかはさっぱりわからなかったが…)
またシモッチは絵も滅法巧く、美術の写生から落書きのマンガに至るまで何を描かせても飛び抜けて巧かった。
この頃、毎年届く年賀状にはハガキ一杯に干支の動物がプロレス技をかけている絵柄などが描いてあり、にゃべっちはこれを見るのが楽しみだったな?。
そして芸術的才能といえば、このシモッチにもヒケを取らなかったのが、にゃべっちの兄マッハ。
にゃべっち家唯一の左利きだったマッハは、両刀(手)使いで子供の時から鉄腕アトムや鉄人28号、おそ松くん、ニャロメなどを家の壁や襖などに描きまくっていたが、どれもが本物かと見紛うほど。
工作なども、何をやらせても巧かった。
マッハの場合は、運動音痴のシモッチとは違いスポーツも万能だったが、同じくスポーツはほぼ万能だったにゃべっちが憧れたのは、もっぱら芸術分野の才能であった。
「なんで兄弟なのに、オレにはマッハのように巧く出来ないんだろう」
などといつも羨ましく思ったものだが、面白いもので同じ兄弟でも絵や工作は抜群に巧かったマッハも字だけは何故かヘタクソで、対するにゃべっちとミーちゃんの方は、書道家(かつては、自宅で書道の先生をしたのも惜しいくらいに、その世界ではかなり知られていたらしい)でもある父譲りの達筆(特にミーちゃん)自慢ながら、絵や工作の才能にはまったく恵まれなかった (`Д´)y-~~ちっ
B中学生図鑑part10 シモッチ物語 ( ´∀`)
にゃべっちとムラカミ、マサの3人はともに家が近く、小学生時代からの仲良しトリオだったが、この頃にゃべっちがより親しくしていたのが、オグリとシモッチだ。
低学年時代から、成績優秀でリーダー役の常連だったムラカミやマサとは違い、野球狂のスポーツマンらしくサッパリとした烈しい気性のオグリ。
一方、芸術家肌のシモッチは絵や工作が滅法巧い個性派であり、そちらの方面はあまり得意ではなかったにゃべっちは、彼の才能に強く惹かれていった。
(勉強なんてモノは、努力次第である程度のレベルには上げることは簡単だが、スポーツや芸術的な才能はなんといってもセンスがモノをいう。
元々、センスのないヤツは、幾ら頑張ってもダメ。
だからこの分野の才能こそ、もっと高く評価されてしかるべきである)
というのがにゃべっちの持論だっただけに、成績では5人の中では最もパッとしない(全体の真ん中辺りをうろついていた)ながらも、一貫してシモッチにはある種の尊敬の念を持っていた。
学校では、大抵どのクラスにも手先の器用なヤツが2~3人はいるものだが、そんな中でも群を抜いていたのがシモッチだ。
小学生の時から、アマチュア無線やら「ハム」やら色々とやっていたが、中学時代はラジオを自作してしまうほどの器用さ。
にゃべっちも
「部品を買いにいくぞ!」
とかいって、名古屋のアメ横まで何度か付き合わされたものだった(もっとも付いていきながらも、このシモッチが何をやろうとしているのかは、サッパリわからなかったが・・・)
またシモッチは絵も滅法巧く、美術の写生から落書きのマンガに至るまで、何を描かせても飛び抜けて巧かった。
この頃、毎年届く年賀状には、ハガキ一杯に干支の動物がプロレス技をかけている絵柄などが描いてあり、にゃべっちはこれを見るのが楽しみだった ワクワク。('-'。)(。'-')。ワクワク
そして芸術的才能といえば、このシモッチにもヒケを取らなかったのが、にゃべっちの兄マッハ。
にゃべっち家唯一の左利きだったマッハは、両刀(手)使いで子供の時から鉄腕アトムや鉄人28号、おそ松くん、ニャロメなどを家の壁や襖などに描きまくっていたが、どれもが本物かと見紛うほど。
工作なども、何をやらせても巧かった。
マッハの場合は、運動音痴のシモッチとは違いスポーツも万能だったが、同じくスポーツはほぼ万能だったにゃべっちが憧れたのは、もっぱら芸術分野の才能であった。
「なんで兄弟なのに、オレにはマッハのように巧く出来ないんだろう・・・」
といつも羨ましく思ったものだが、面白いもので同じ兄弟でも絵や工作は抜群に巧かったマッハも字だけは何故かヘタクソで、対するにゃべっちとミーちゃんの方は、書道家(かつて自宅で、書道の先生をしたのも惜しいくらいに、その世界ではかなり知られていたらしい)でもある父譲りの達筆(特に、ミーちゃん)自慢ながら、絵や工作の才能にはまったく恵まれなかった。
『中統』(全統)と愛知の学校群制度(後編)
当時は、1学年600人の大所帯とはいえ、国立専願時代「東大50・京大50・名大150」と言われたレベルである。
にゃべっちの住むA市でも、特に優秀な学生は『A高』ではなく『旭丘高』に進学していたらしい(もっとも、毎年いるかいないかというレベルでしかなかったらしいが)
そうして『旭丘』へ優秀な学生が集まってくる一方、他の高校は地元の優秀な中学生が流出していってしまうため、ドンドン錆びれていくという「空洞化」現象が顕著となるに及び、県の教育委員会が新たに打ち出してきた新制度が『学校群制度』である。
昭和48年にこの制度に変わってからは、細かな市町村単位の中から進学する高校を選ばなければならなくなり、教育委員会の当初の目論見どおり地域間格差は少なくなったが、居住する地域で自動的に進学する高校の選択肢が限定されてしまうだけに、それまでのように好きな学校を自由に選ぶ事が出来なくなった。
したがって、にゃべっちのような名古屋市以外の居住者は、幾ら学力があろうとも名古屋の学校への門戸は閉ざされてしまったのである(勿論、私立はこれまで通り、学校群制度の対象外)
この頃は、その学校群制度が始まってからン年ほどが経過し、すっかり定着していた時代であった。
にゃべっち中2当時の中統資料に見る偏差値分布は、概ね以下のようになっていた。
学校群制度の頂点に位置していたのが『千種高校』。
次いで『旭丘』、さらに『岡崎』、『岡崎北』の群が続く。
学校群とは関係のない私立では『東海高校』が、例年国公立医学部医学科合格者が全体の約2割に相当する70~80人で全国一多い(OBも2割が医者=にゃべっち叔父の母校でもある)と言われる、超名門であった。
『旧制第×中学』として知られる名門だった地区トップの『A高校』は、県内200校余で8~10番目(公立だけなら6~8番目くらい)に位置していた。
『中統』(全統)と愛知の学校群制度(前編)
『B中』では、年5回の定期テストとは別に「中部統一テスト」(後の全統)といわれる試験が、年2回ほどの割合で行われていた。
「中部統一テスト」という名前からもわかる通り、中部地方の各公立中学校で同じ内容のテストを行い、地区内における学力の位置付けをするのが目的である。
試験の度に、偏差値分布表がコンピュータによって弾き出され、県内高校の偏差値分布と併せてプリントされた用紙が配布された。
これによって、現時点においてどの高校に相応しい学力を有しているかの、凡その目安がわかる仕組みである。
最も現実には「学校群制度」が大きな壁として立ちはだかっていたため、選択肢は限られていたのだったが。
この頃のにゃべっちは『B中』ではカミナガと争うトップクラスであり、偏差値はかなり高く「70」(偏差値の数字には様々な測り方があるが、この指標では東大・京大レベルで69~67、旧帝大で64程度)近くはあった。
この一覧で見る限り、学校区トップの進学校である『A高』は、前年実績などから偏差値が60がボーダーラインとして弾き出されていただけに、にゃべっちにとってはまったく問題外である。
愛知県では、昭和47年までは『大学区の時代』
この時代は、地域の壁なく好きな高校へ進学出来るという、学生にとってはマコトに理想的な制度である。
そのため、名古屋にある県内随一の名門『旭丘高校』には各地から優秀な学生が集まり、他校とは比較にならないほどに群を抜いていた。
昭和40年代までは毎年50人くらいの東大合格者を輩出し、全国でも東大合格者トップ10に顔を出す常連として知られるほどであった。
サッカー部地区大会part4 (TT▽TT)ダァー
しかし『A中』の攻撃は容赦なく続きミワの2本目のシュート、そして遂にDFの選手にまでもゴールを決められ、5対0に・・・
(そんなバカなバカな・・・
これまで毎日、夜まで練習して来た努力は、一体なんだったんだ・・・
こんなバカな事が、あってよいはずはない・・・コンナコトガアッテヨイモノダローカ・・・
これまでのあの血の滲むような努力は、総て間違った方向へ向かったものだったのだろーか?)
自分の中にある根本的な価値観を揺るがせるような自問自答ばかりが脳裏を駆け巡り、体は既に疲労の極にあった。
ゲームは、そのまま終始『A中』ペースのままに刻々と進んでいき、終了間際に3年生のエース・タケウチが意地の一発をお見舞いするのが精一杯で力尽きた。
無情にも終了のホイッスルが鳴ると『B中』イレブンは疲労と悔しさでしばし起き上がることが出来ず、一人気丈に振舞っていたモリタ主将のヤケクソじみた号令によって、やり場のない憤りと苛立ちをどうする事も出来ぬままに、ようやくにしてユニホームを真っ黒にしながら、夢遊病者のような足取りで起き上がるところまでが精一杯であった (T▽T)
「今日の完敗は、オレたち3年生の力が足りなかったからに尽きる・・・
にゃべっちら2年生は、今日のこの悔しさを貴重な財産として、明日から出直して来年は『A中』を圧倒してみせるくらいに成長して欲しいし、それが可能なだけのメンツが揃っていると思うので、オレは本気で期待している・・・
みんな、ありがとう・・・」
悔しさに目を真っ赤に染めた熱血主将・モリタの悲痛な別れの言葉に
(キャプテン、見ていてくれよ・・・
来年は、必ず勝ってみせる・・・)
とにゃべっち、イモら2年生は心に誓いを立てた (≧Д≦)ノ オー!!
サッカー部地区大会part3 (; ̄ー ̄).
「アリャ、全然モノが違うんじゃね?か? ぶつかったら間違いなくぶっ壊されるぞー」
とイソベも言っていたように、口には出さなかったものの3年生といえど、誰しもが逃げて帰りたいような心境であったろう。
しかしそんな心境には関係なく、試合はスケジュールに沿って淡々と行われる。
決勝の試合前には
「PTAの某氏が、試合後にメシをご馳走してくれるそうだぞー。
勝ったらウナ丼、負けたらカツ丼・・・」
というニュースが駆け巡り
「よーし、絶対に鰻丼を喰うぞー!」
と、イレブンは張り切った。
キャプテンのモリタは
「なーに、大男総身にというし、あれだけデカけりゃ動きが鈍くなるさ・・・
俺たちはスピードでは、絶対に負けんわ」
という檄を飛ばし、イレブンの気力を奮い立たせるのに必死だったが、開始早々から溌剌とした動きを見せるミワとアイカワの二人のスピードと迫力は「大男総身に・・・」どころか、誰の目にも明らかに段違いだった ( ̄ェ ̄;) エッ?
試合は序盤から、一方的な展開となる。
ミワとアイカワのシュートが鮮やかに決まると、この辺りまでは辛うじて
「ウナ丼が、段々と遠のいていくぜ・・・」
などという軽口が飛び出す元気だけはあったものの、皮肉な事にアイカワと接触したイモが、負傷のため担架で運ばれた辺りから『A中』何度目かの波状攻撃が始まり、絶望的な3点目を許してしまう。
(こりゃあかん・・・
全然、敵わねー)
さしもの負け惜しみの強いにゃべっちもハッキリとそう思ったくらいだから、最早ここに至って「ウナ丼」云々というジョークを飛ばすような元気な者もいなくなった ( ̄_ ̄|||) どよ~ん
サッカー部地区大会part2 ε=ε=ε=ε=ε=(o_□_)o
3点差に開いた辺りからは、誰もが自分でカッコ良く決めてやろうとの意識が芽生えたか、前半には見られなかった無理なロングシュートや大胆なドリブルなどが目に付くようになり、そこへ生じた隙を見逃さなかったゴトーのシュートが決まってしまった。
この一本から流れがガラリと変わり、ゴトーを中心とした『C中』が、すっかりペースを掴む。
一旦変わった流れを、もう一度呼び戻すのは難しい。
そのうえ悪い事に
(まだ2点ある。
このまま逃げ切ろう・・・)
といった消極的な考えが『B中』イレブンの脳裏を支配しつつあった。
なんとか守り続けるうち、後半も残すところあと3分ほどとなり
(2点あるんだから、もう大丈夫だろう・・・)
と誰もが安堵しかかったところで、ヤケクソ気味に何度か放っていたゴトーのロングシュートがゴールネットを揺らし、遂にその差は1点となった。
(やばいぞ・・・このまま追いつかれてPK戦にでもなったら、今の勢いから見てやられる・・・)
ここからは厳しい時間との戦いとなったが、そのまま1点差でなんとか逃げ切りに成功し、色んな意味で『B中』にとっては後々に残る良い教訓となった。
一方、優勝候補の『A中』は、評判通りの力を見せ付け5対0と相手を寄せ付けずに圧勝したが、前年準優勝の『fb中』は同じ地区の『fa中』に敗れた。
準決勝はまず、その『fa中』が『A中』に挑んだ。
戦前予想では『A中』がかなり有利と見られたものの、思った以上に『fa中』のレベルが高い事もあってハイレベルな好勝負となった末に、3対2で『A中』が辛くも逆転の勝利を収めた。
続いて登場した『B中』は格下の『ha中』に対し、にゃべっちの1ゴールを含む3対1で余裕の勝利を収めると、いよいよ決勝で難敵の『A中』とぶつかる事に。
昨年まで3連覇をしてきていた『A中』は、元々地区随一の名門である上にこの数年間は「黄金時代」と称しても良いほどの充実ぶりであったが、FWに2枚看板を擁したこの年は、特にその強さが際立っていた。
エースのミワは参加選手中で最も注目された選手で、185cm近い大柄な体ばかりではなく技術的にも高校生顔負けであちこちの私立高校からスカウトが来ていたし、RWには2年生ながら180cmは優にありそうな長身でガッシリとした体格のアイカワという、これまた凄い選手がいたのである (/||| ̄▽)/ゲッ!!!
決勝戦で初めて間近に見る二人は、まさに巨大な「壁」といった感じであり、鍛えぬかれた者だけが全身から発散する独特の野性のエネルギーのようなものにも圧倒される。
元々中学生時代といえば、2年生にとって3年生は体も大きく随分と大人びて見えるものだが、この上級生のミワは勿論、同級生のアイカワの方も、3年生どころかどうみても高校生くらいに見えたもので、ここまでは怖い物知らずで来ていたにゃべっちが同級生と相対した時に初めて気後れというか、ある種の恐怖感を感じたのはこの時が始めてであった {{{{(+_+)}}}}
サッカー部地区大会(前編) タタタタッッ≡≡≡≡≡ヾ(  ̄▽ ̄)=θ
サッカー部の地区大会は、地区内の30校が参加してトーナメント方式で県大会出場権を賭けて、毎年夏から秋にかけて争われるクラブ最大のイベントである。
前年優勝で、今回も優勝候補の呼び声の高い『A中』と、前年準優勝の『fb中』の2チームのシード校とともに、前回準決勝で『fb中』に敗れた『B中』も「三強」の一角に数え上げられていた。
そんな戦前の予想とは裏腹に『B中』の戦いは、緒戦から思わぬ苦戦を強いられる事になる。
予想外の苦戦を続けながらもなんとか準々決勝に駒を進めると、昨年までは『B中』で同僚だった因縁のゴトー率いる『C中』との対決となった。
『B中』における昨年は、お互いに1年生として補欠に甘んじていたが、この年のゴトーは2年生のいない『C中』ではキャプテン兼エースストラーカーとしてチームの大黒柱であり、またにゃべっちの方もLWのイモらとともに、2年生にしてレギュラーに抜擢され、CFという重要なポジションを任されていたのであった。
初戦でいきなりハットトリックを決めるという、華々しいデビューを飾ったゴトーを羨ましく眺めながら、上級生にもチャンスを廻さなければならないにゃべっちとしては
(クソッ!
いつまでもヤツにばかり、エエカッコさせてなるものかー。
3年生のいない『C中』なんぞには、意地でも負けられんわ)
という思いと
(小学校時代は、陸上部に居たようなヤツにやられては、サッカー小僧の名が泣くわ)
という個人的な感情からも、一段と闘志を燃やしていた事は言うまでもない (≧Д≦)ノ オー!!
そんな状況で始まった因縁の対決は、キックオフ直後から思わぬ展開となっていった。
CFにゃべっちとLWのイモ、そしてDFのイソベを除く全員が3年生の『B中』に対し、2年生中心の『C中』とでは、やはり経験の差は歴然としていた。
序盤から『B中』が一方的に押し捲り、ここまで2試合ノーゴールという屈辱を味わってきたにゃべっちが、待望の初ゴールと続けざまにもう一本を決めると、さらに前半終了間際には3年生のRWタケウチのゴールも飛び出すという、一方的な展開になった (ノ∀`)アヒャヒャヒャヒャ
『C中』の方は、頼みの大黒柱であるゴトーが『B中』のDF陣に徹底的にマークされ、まったくいいところのないままにハーフタイムを迎えた。
「『C中』もゴトーってのも、全然大した事ねーんじゃねーか・・・」
『B中』イレブンの中から、こうした油断の声が沸き起こるのも無理もないような、これまでで最も楽な試合展開だったのである。
恐らくは、ゴトーを最も警戒していたはずの、にゃべっちでさえ
(元々ゴトーなんて、あの程度のもんだろう・・・
ここまでは偶々、相手が弱かっただけだ・・・)
と多少拍子抜けはしながらも、完全にナメ切っていたのは事実であった。
しかしながら勝負事において、本当に「油断」ほど怖いものはない (´-ω-`)うーん
『B中』学生図鑑part9 イモ物語 センターフォワード・にゃべっち
持ち前の運動神経と体のバネを生かし、2年生にしてセンターフォワード(以下CF)のレギュラーポジションを射止めた、にゃべっち。
今は、すっかりツートップがサッカー界の主流となったが、当時はまだスリートップの全盛時代。
わけても左右にウィング(ライトウィング・レフトウィング)を従えたCFは、野球でいえばエースピッチャーに相当する花形ポジションであった。
CFに大抜擢されたにゃべっちとともに、レフトウィング(以下LW)に抜擢されたのが、同じ2年生のイモである。
『B小』時代は水泳をやっていたのが中学入学と同時に、なぜかサッカー部へと鞍替えしていた。
このイモとは入部最もウマの合う良き友だったが、この年は初めてクラスも同じとなった事で悪友トリオなども交えて益々、親しさを増していく。
長身のにゃべっちよりも更に上背があったイモは、クラスではシモッチらに続き後ろから2-3番目であり、一見スリムに見えるがその実、筋肉質に研ぎ澄まされた肉体の持ち主でもあった。
運動神経はにゃべっちにも匹敵するほどに優れており、また切れ長の細い眼に色白の赤ら顔の第一印象はなかなかコワモテで腕力の方もかなり優れていたが、見かけによらず案外気の優しいところがあり、みなからは「イモさん」の相性で親しまれていた(悪友トリオら、特に親しい一部は「イモ」と呼び捨てていたが・・・)
さて、新フォワード(以下FW)としてコンビを組んだ2人。
グラウンドでは、戦術を巡ってのケンかが絶えなかったものの、ひとたびグラウンドを離れれば
「オイ、にゃべっちー」
「なんや、イモー」
と呼び合う親友である ヽ(゚◇゚ )ノヽ( ゚◇゚)ノ
そしてもう一人のFWである、3年生のRWとのトリオの息もピッタリ合ってきたところで、夏休みに入ると恒例の地区大会を迎えた。
スリートップのうちの2人が無名の2年生とあってノーマークの中、『B中』の快進撃はここから始まったのである ≡≡≡≡≡ヾ(  ̄▽ ̄)=θ
マッハの薄情モン (;´д`)ノ
翌日、ミーちゃんと顔を合わせたマッハ。
「アンタ(ミーちゃんもにゃべっちも、マッハの事は「兄貴」とか「兄さん」とは呼んだ事がなく「アンタ」といった呼び方をしていた)、母さんが呆れとったよー。
アイツはオヤジの方を見もせんと、知らん顔しとったって・・・」
と話を持ち出した途端に、大声あげて笑い出したマッハ。
「いやー、あの時はあまりの醜態に声も出んかったんだって・・・ギャハハハハ」
などと平然と嘯いていたのには、さすがに呆れ返ってしまった。
にゃべっちから見ると、かなり薄情なところのあるミーちゃんでさえ
「あれには、(さすがの)私も呆れたわ・・・」
と、ア然ボー然の態。
さらに、この帰省中のマッハの狼藉は、なおも続く。
今度は、にゃべっちの部屋へやって来たマッハ。
下宿先では万年床の煎餅布団を使っているマッハは、にゃべっちの部屋にあるセミダブルのベットが、殊のほか気に入ったらしい。
「オイオイ、オマエ、毎日こんないいベッドで寝とるんかー。
生意気な・・・結構高そうだな、これは。
オウオウ、さすがにようバネが効いとるわー」
と、ベッドでトランポリンの真似事を始めた。
いかに物が良いとはいえ、大学生で体も大きくなったマッハにトランポリンをされては、たまったものではない。
たちまち、ギシギシと悲鳴をあげ始めたベッドが気になり
「オイオイ・・・ちょっと、止めろよー」
と文句を言った途端に
《バキッ!》
という嫌な音とともに、マットレスを支える柱が脆くも真っ二つに ( ̄▽ ̄;)!!ガーン
「いいか・・・オレが帰るまでは、絶対にこのことは言うなよ・・・わかったな・・・」
翌日、帰省の予定を早め逃げるようにそそくさと帰っていったマッハは、にゃべっちに散々念を押して去っていったのは言うまでもない。
それから数年後。
再度帰省すると、新しく買い換えられたにゃべっちのフランスベッドと、ン十万円と張り込んだキッチンの紫檀テーブルセットを眼にしたマッハ。
「ほら見ろー。
オレのおかげで、いいのに変わっただろーが」
と、得意げに嘯いていたのであった Ψ(ーωー)Ψ
にゃべっち一族シリーズpart5 マッハ物語(前編)
にゃべっち実家の母屋は、リビングとキッチンが隣り合っていたが、帰省中のマッハはリビングで寛ぐ両親を避けるように、境に設けられた分厚いドアを締め切ってキッチンを占拠し、テレビのアホ番組に夢中になっていた。
しばらくすると、リビングにいたオヤジがキッチンへ入り壊れかけたボロ椅子へ座るや、久しぶりに顔を合わせたマッハに東京での近況などを訪ね始めたものの、マッハはテレビの方に顔を向けたまま(つまり反対側のオヤジには、背を向けたまま)家に居た頃と同じ調子で、気のない生返事を繰り返すばかり。
仕方なくオヤジも黙って、マッハの頭越しに見たくもないテレビの方へ、目を遣っていたらしい。
「事件」は、そこで起きた・・・
壊れかけの椅子をギシギシ言わせながら、なんとなく座り心地の悪い思いで椅子の上で胡座をかいていたらしい、オヤジの重量に耐えるには限界の来ていたボロ椅子が、遂に盛大な音を残してぶっ壊れてしまったのである。
哀れ頑固オヤジは大音響とともに、胡座をかいたままの格好で尻からモロに、床へ落下してしまったのであった。
隣のリビングで、優雅にクラシックなど訊きながら寛いでいたところ、突然の大音響に驚き押っ取り刀で駆けつけた母が、その時眼にした光景は・・・
「まぁ、あの時は驚いたのなんのって。
何しろ、あのボロ椅子が見事にバラバラ事件になってる上に、あの人は引っ繰り返って『イテテテ…』と顔顰めてるでしょ。にもかかわらずよー、マッハったら知らーん顔して、テレビに釘つけになっているんだから。
まったく空いた口が塞がらないとは、この事だわよ。
『大丈夫か?』
どころか何事もなかったかのような済ました顔して、あの人の方をチラとも見もしないんだからねぇ。
ありゃあ、どこか神経がいかれてるんじゃないの?」
と母の怒るまいことか。
というよりはこのマッハのあまりの冷淡さには、怒りを通り越して呆れ果てていた。
当のオヤジも
「アイツは、オレの方を見もせんと知らん顔しとって。
一体誰に似て、あんな薄情なんだかなー」
と、ただただ苦笑いとともに吐き出した溜息に、さすがに一抹の寂しさは隠せなかった。
が、マッハの冷酷さは、まだまだそんなものではなかった ( ̄m ̄*)ブブッ
兄マッハの影響でSF小説にハマる (^ー^)
A学院大の3年生となった兄マッハが、夏休みに下宿先の東京から2年ぶりに帰宅した。
夜行性のマッハらしく、夜遅くになって何の前ぶれもなく、いきなり来たのには家族もビックリ。
しかも家の中でも、(度付きの)黒サングラスを掛けたままという、異様ないでたちだ。
「なんで家の中で、そんな黒眼鏡などかけておるか」
とブツクサと煩い頑固親父から逃れるように、にゃべっちの部屋へと乗り込んできたマッハ。
元々、にゃべっちよりは姉ミーちゃんと波長の合うマッハだったが、さすがの奇人マッハも高校生となったミーちゃんの部屋に乗り込むのは躊躇われたか、おかげで被害を蒙ったのはにゃべっちで、夜中までステレオをガンガン鳴らすために寝られない。
マッハに勧められ、生まれて初めて煙草に挑戦したにゃべっちが、その苦さに咳き込むのを見て小気味よげに笑うマッハ。
「東京は面白いところだぞー。
やはり何をやるにしても、東京が日本の中心だからなー。
オレは商売なんぞはやらんからにゃべっち、オマエがオヤジの後を継ぐんだぞ」
元々、商売人やサラリーマンなんてゴメンだと宣言していたマッハは、作家を目指し猛烈な勢いで読書三昧の日々を送っているとかで、早大在学中に3000冊の本を読破したという、栗本薫(中島梓)の大学生活を理想として掲げていた。
この当時、マッハが凝っていたのが専らSFで、筒井康隆を始め小松左京、星新一、平井和正、栗本薫、夢枕獏などを濫読していたらしい。
にゃべっちも、マッハに影響され筒井康隆を読破するや小松左京、星新一と手を伸ばし平井和正の「ウルフガイシリーズ」や夢枕獏の「魔獣狩りシリーズ」に熱中するなど、次第にSFワールドに嵌っていくことになるのであった (*^0^*)ノ
天才カミナガ復活!
2年生最初のテスト(中間)で初めてにゃべっち、香の後塵を拝し不本意な3位に終わった天才カミナガ。
四面楚歌といった状況の中でこれからズルズルと後退していくのか、と密かなる皆の興味の対象と化していたが、さすがはそういった周囲の雑音に惑わされるほど、ヤワなヤツではなかった。
「またカミナガのヤローが、トップに返り咲いたらしいぞー」
という噂はたちまちのうちに広がり、依然として煙たい存在ながらも最早その抜きん出た実力だけは、いかなるヒネクレ物であろうとも認めざるを得なかった。
カミナガに続く2位は、ムラカミ。
そして前回、久しぶりにトップに返り咲いたにゃべっちは、4位まで後退した。
「なんだー。
てっきり、オマエがトップだろうと思ってたんだが・・・これじゃあ、最悪じゃねーか・・・」
「うーむ・・・やっぱカミナガってのは、ちょっと違うぞ・・・
さすがに本人も言っていた通り、都会の優等生ってのは基礎学力が違うのかな」
にゃべっち、ムラカミの2人は上位の常連だけに、カミナガの凄さを最も身を持って実感するとともに、その実力を素直に認め始めた最初の2人であったろう。
さりとて頑張って勉強し、この憎らしいカミナガのハナを明かしてやろうといった気などは(少なくとも、にゃべっちには)、サラサラないのだから始末が悪い。
これまで、勉強らしい勉強はしたことのないままに上位に居座りつづけてきたにゃべっちは、常々
(オレが少しでも勉強したら、毎回アッと驚くようなブッチギリのトップだ)
という絶対的な確信を持っていたし、日頃からお世辞などは言ったことのないムラカミでさえ
「本気でやれば、オマエの方が(カミナガよりも)上は、間違いないんだろーがなー」
などと言ってはいたが、この時を境に
(しかし、本当にそうだろうか・・・?)
という疑問が初めて、にゃべっちの脳裏を過ぎった ( ̄д ̄)ブツブツ
にゃべっち、少林寺に開眼? ☆(゜o(○=(゜ο゜)o
この頃、愛読していた週間少年漫画誌の連載漫画に出てくるツッパリマンガをにゃべっちが話題にした事から、クラスの男子生徒の間では、ちょっとした人気となった。
このマンガには、少林寺とオボシキ「中国拳法の奥義」といった格闘技術がかなり本格的な解説付きで連載されており、なにより強いものに憧れるこの年頃の男どもを刺激するには充分。
にゃべっちとて例外ではなく、教室のあちこちでチャンバラ紛いの格闘ごっこが幅を利かせるに至る頃には、すっかりその中心人物となるまでに入れ込んでいた。
元々、ブルース・リーやジャッキー・チェンのカンフーにはかねてから強い関心を寄せ、小学生の頃からおもちゃのヌンチャクを振り回していたくらいだから、強くてカッコ良い硬派なマンガのキャラに入れ込むのも不思議はなかったのかもしれないが、人一倍凝り性のにゃべっちは次第に、チャンバラ紛いのお遊びレベルには飽き足らなくなり、密かに少林寺拳法の研究を思い立つ。
そうと決まれば、行動が早いのがにゃべっちだ。
早速、書店に赴いて専門書を購入してくるや、帰宅後や休みの日などを利用し自宅で“修業”に励む、少年・にゃべっちの勇姿が ( *^艸^)ムププ
実際に腕を試すような機会はないため、どの程度上達したかは測り知ることは出来なかったが、一応はもっともらしくサマになるところまで上達したのは、飽きっぽいにゃべっちには異例の事だったかもしれない。
一時は、空手道場(少林寺の道場が、近所になかったため)に通うことも真剣に考え渋る親の了解も取り付けたが、2年生の途中からサッカー部のレギュラーに抜擢され、これまでのようにサボりにくくなったクラブ活動との両立はやはり難しく、泣く泣く断念したものの「日曜武道家」としての修業には、益々熱が入る一方であった ☆(゜o(○=(゜ο゜)o
『B中』学生図鑑part8 由梨亜物語
キャンプでは、結局なんの進展もなかったとはいえ、にゃべっちと美佳の仲(といっても、単に会話が弾むといった程度のレベルだったが…)は急速に進展しつつあるかに見えた。
その一方で小学生時代、にゃべっちがあれほど熱を上げた由梨亜はといえば・・・
元来、肉体的成長が異常に早く「肉体派小学生」といった様子だった由梨亜は、その後もすくすくと成長したようで中学生となった今では、すっかり大人のようであった。
が、ソフトボール部の主力選手として活躍するようになり、持ち前のモチモチとした色白の肌はバッテリーを組む純子同様、すっかり小麦色を通り越すまでこんがりと焼け(過ぎ)、おまけにこの年頃のスポーツ学生に見られるニキビがかなり表面に出てきてしまい、にゃべっちにとって(と同時に恐らくは、他の多くの男子生徒にとっても)あの少女時代の魅力は、すっかり激減してしまった。
元々が、それほどにかわいらしいというタイプではなかったものの、かつては《スカートめくり旋風》の主役として、あれだけ男子児童たちを狂気へと導いた(?)妖しい魅力の面影は最早跡形もなく、成績もパッとしない事も手伝ってかすっかり目立たない存在に成り下がってしまっていたのだった。
小学生時代、スカートめくりの黒幕として大活躍をした相棒のカツノリとお互いの家に足繁く通ったにゃべっちだったが、自転車で20分くらい掛かるカツノリの家に向かう途中に、由梨亜の家があった。
「ホラ、あそこがハラゾノの家だぞー」
とカツノリが指差す先は、狭い道路に面した市営住宅のような粗末な建物。
道路から丸見えのベランダには所狭しと多くの洗濯物が並び、鉄筋3階建ての離れに12畳相当の鍵付き個室を持つ我が身や、土地付き犬付き戸建てのカツノリらの家に比べ、子供心にも
「なんだか、あまり豊かな家庭ではなさそうだな・・・」
と感じたものだった (´-ω-`)うーん
無論、外から見ただけだから実際のところは何とも言えなかったろうが、中学生となり益々多感となっていったにゃべっちには、この時に勝手に想像した家庭環境のイメージからなんとはなしに、かつて狂奔したスカートめくりに対する嫌悪感に苛まれる事となり、その後も成長とともに由梨亜に対する気まずさばかりが心の中で容積を増していった事は、否定出来なかったものであった ( ̄ω ̄;)!!
マチャが怒ったぞ~(後編) ヽ(`Д´)ノ
残るムラカミは、元々温厚な性格である。
「待て待て! オレは何にも言ってねーぞ。
なぁ、マチャよ・・・みんなが呆れてるし、少し大人になろうぜ・・・」
と最初から抵抗の構えは放棄していたためか、マチャの方も
「クソっ!
段々と、力が入らんくなってきやがったわ・・・」
とか言いながら前の4人に比べ手加減している様子がありありなのは、やはり普段からムラカミにはそれなりに一目置いているせいだったろうか。
そして最後に残ったのは、言うまでもなくにゃべっちである (゜艸゜;)フ゛ッ
「オイ、にゃべっちー。
オマエのために、ムラのところで力を残しといてやったぞ・・・
黒幕は当然、オマエだよなー」
「そうだ!
本当の黒幕は、コイツなんだぞー」
と、狡猾なマサが八つ当たり気味にドサクサではやし立て、いよいよにゃべっち絶体絶命か・・・
という土壇場のタイミングで、思わぬ方向からよく通る凛とした声が・・・
「ちょっと、アンタたちー。
もう、なにバカなことばっかりやってんのー、子供じゃないんだから・・・
うるさいったら!
マサユキももう、そんだけ暴れたら充分でしょ!」
声の主は意外にも、女子委員長の香であった。
マチャの常軌を逸した狼藉に、眉を顰めてヒソヒソとやりだした女子生徒らの空気を察してか、或いは身の置き所のない美佳の心中を慮ってかは知るべくもないが、普段は殆んど存在感のなかった香のこの注意の効果は絶大で
「後は、にゃべっちをやれば気が済むんなら、さっさとやったらどうなのさ。
今度からは校庭かどこか、教室の外でやって欲しいんだけど・・・みんなウンザリしてるから、やるなら早くしてよねー」
という強烈な皮肉に
「チッ!
まあ、オレもそろそろこの辺で、勘弁してやろうと思ってたとこさ・・・」
さすがの怒れるマチャも女子リーダー香の貫禄に気圧されたか、この場は負け惜しみのひと言を残して矛を収めるしかなかった。
まさに鶴の一声。
思わぬ香の「援護」のおかげで間一髪のところで命拾いし、内心ホッと一息を吐くにゃべっちにマチャがさり気なく寄って来て
「まあ、オマエには後で、たっぷりお見舞いしてやるから・・・」
「いらんいらん」
しかしながらマチャに対しては「お見舞い」どころか、この出来事を機に何故か一層親しさを増していく事になるのであった (^。^;)フウ
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最終更新:2008年02月05日 00:59