**まき@鍋の国様からのご依頼品 「忘れないから…」 そう願いたくて。だけど、 「忘れないから」 それでも―― 「忘れるもんか」 それでも―― 「忘れない!」 /*/ 水平線に浮かんでいた大きなオレンジの夕焼けは、とっくに沈んで消えていた。 海岸の空は、透明度のある濃紺の色に溶け込んでいく。 小笠原の海に明かりらしい明かりはない。 月と星の透き通った光だけが海辺と少女の金の髪を青く照らしていた。 「警告しておく。」呟く声がなるべく冷たく聞こえればいいと願った。 これが、最後の通告のつもりだった。 そして自分とこの不思議な少女との最後。 意味不明なことをさんざん喚いては自分を振り回して、けどどこまでも真剣で必死だからつい構ってしまっていた。 それがなんとなく続いていて、いつしかその関係に居心地の良さを感じそうになっていた。 だが、それも今日で終わりにしなければならない。 これ以上、関わらせては時間の問題で彼女に害が及ぶ。 いや、 害もそうだが…彼女がこれ以上自分を構っていることが不幸なのだ。 「もう二度と僕を呼んではいけない。僕の話題を出すのも、過去も話さないほうがいい」 「いやだ!」と、喉に詰った息を吐き出すようにまきが叫んだ。 悲痛な顔だった。 自分が糸目で表情が読めないと言われていることを感謝する。 「君たちでは、変えられない」重い空気を喉に押し込んで首を振った。 「私はもうあきらめたくない!」彼女もまた頭を振った。「貴方も、観測班のみんなも、あのときの小笠原の日差しも…」 痛々しい悲痛な声。どんどん小さくなっていく。 やがて聞こえる嗚咽、その中でも、目だけは大きく見開いていた。 冷たい風の吹く夜の暗闇の中で、そのまきの瞼に涙が光るのが見えた気がした。 気づけば陽の落ちた海を向いていた。見るのも辛かった。 叶うなら、その頬に触れて指で涙をすくい取ってあげたい。今すぐにでも抱きしめたい。 だが、これからすることを考えれば、それをする権利は自分にはなかった。 あきらめたくはない、だけど――どれかをあきらめなければいけない。 水平線が濃い紺色に溶けて混じっている。 だが、HIは闇を見ていなかった。その闇よりも遠い、遠い日々で来た海の情景を思い描いていた。 ここではないここでの海。 黄金に輝く光を浴びた気がして、目を更に細めていた。 「本当に」答えを聞きたくはなかった。「あきらめたくないのかい?」 このまま――何も言わないで去ってくれやしないだろうか。 自分を、自分だけをあきらめてはくれないだろうか。 どれかをあきらめなければ進めない。 膝の上に怖々と乗ってくる子猫が、半分以上閉じた瞼の裏に浮かんでは消える。 弱い幻想にすがりついているのだと、自覚していた。 そんな少女であれば、自分は関わらないのに。 答えは一瞬で、その一瞬がHIには永かった。 「ええ。何をどうしても、取り戻したい。私がここにいる限り」 まっすぐだった。その瞳は濡れてもいない。 その決意が、HIに最後の決意をさせてくれた。 「残念だよ」最後まで、表情に出ないように願う。「君には、覚えていて欲しかった」 /*/ 「忘れないから…」 そう願いたくて。だけど、 なにかを諦めなければならなくて。 「忘れないから」 それでも―― なにかを見捨てなければならなくて。 「忘れるもんか」 それでも―― 誰かを救わないことを、選ばなければならないのだとしたら。 「忘れない!」 ――今の僕なら、お前の気持ちが分かるんだろうな。 /*/ 黄金の海でスケッチブックに絵を描く、金の髪と日に焼けた肌の少女。 その表情は、どこか空っぽである。 その空っぽにもともとあった何かを探すかのように、必死に海を描いていた。 その様子を、黒服の男が遠くで眺めている。 少女が振り向くそぶりを感じて、その男は踵を返した。 ---- **作品への一言コメント 感想などをお寄せ下さい。(名前の入力は無しでも可能です) #comment(,disableurl) ---- ご発注元:まき@鍋の国様 http://cgi.members.interq.or.jp/emerald/ugen/ssc-board38/c-board.cgi?cmd=one;no=247;id=gaibu_ita 製作:はる@キノウツン藩国 http://cgi.members.interq.or.jp/emerald/ugen/ssc-board38/c-board.cgi?cmd=one;no=545;id=UP_ita 引渡し日: ---- |counter:|&counter()| |yesterday:|&counter(yesterday)|