まき@鍋の国様からのご依頼品
「忘れないから…」
そう願いたくて。だけど、
「忘れないから」
それでも――
「忘れるもんか」
それでも――
「忘れない!」
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水平線に浮かんでいた大きなオレンジの夕焼けは、とっくに沈んで消えていた。
海岸の空は、透明度のある濃紺の色に溶け込んでいく。
小笠原の海に明かりらしい明かりはない。
月と星の透き通った光だけが、海と、金髪の少女を青く照らしていた。
「警告しておく。」
呟く声がなるべく冷たく聞こえればいいと願った。
これが、最後の通告のつもりだった。
そして自分とこの不思議な少女との最後。
意味不明なことをさんざん喚いては自分を振り回して、けどどこまでも真剣で必死だからつい構ってしまっていた。
それがなんとなく続いていて、いつしかその関係に居心地の良さを感じそうになっていた。
だが、それも今日で終わりにしなければならない。
これ以上、関わらせては時間の問題で彼女に害が及ぶ。
いや、
害もそうだが…彼女がこれ以上自分を構っていることが不幸なのだ。
「もう二度と僕を呼んではいけない。僕の話題を出すのも、過去も話さないほうがいい」
「いやだ!」と、喉に詰った息を吐き出すようにまきが叫んだ。
悲痛な顔だった。
自分が糸目で表情が読めないと言われていることを感謝する。
「君たちでは、変えられない」重い空気を喉に押し込んで首を振った。
「私はもうあきらめたくない!」彼女もまた頭を振った。「貴方も、観測班のみんなも、あのときの小笠原の日差しも…」
痛々しい悲痛な声。どんどん小さくなっていく。
やがて聞こえる嗚咽、その中でも、目だけは大きく見開いていた。
冷たい風の吹く夜の暗闇の中で、そのまきの瞼に涙が光るのが見えた気がした。
気づけば陽の落ちた海を向いていた。見るのも辛かった。
叶うなら、その頬に触れて指で涙をすくい取ってあげたい。今すぐにでも抱きしめたい。
だが、これからすることを考えれば、それをする権利は自分にはなかった。
あきらめたくはない、だけど――どれかをあきらめなければいけない。
水平線が濃い紺色に溶けて混じっている。
だが、HIは闇を見ていなかった。その闇よりも遠い、遠い日々で来た海の情景を思い描いていた。
ここではないここでの海。
黄金に輝く光を浴びた気がして、目を更に細めていた。
「本当に」答えを聞きたくはなかった。「あきらめたくないのかい?」
このまま――何も言わないで去ってくれやしないだろうか。
自分を、自分だけをあきらめてはくれないだろうか。
どれかをあきらめなければ進めない。
膝の上に怖々と乗ってくる子猫が、半分以上閉じた瞼の裏に浮かんでは消える。
弱い幻想にすがりついているのだと、自覚していた。
そんな少女であれば、自分は関わらないのに。
答えは一瞬で、その一瞬がHIには永かった。
「ええ。何をどうしても、取り戻したい。私がここにいる限り」
まっすぐだった。その瞳は濡れてもいない。
その決意が、HIに最後の決意をさせてくれた。
「残念だよ」最後まで、表情に出ないように願う。「君には、覚えていて欲しかった」
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「忘れないから…」
そう願いたくて。だけど、
なにかを諦めなければならなくて。
「忘れないから」
それでも――
なにかを見捨てなければならなくて。
「忘れるもんか」
それでも――
誰かを救わないことを、選ばなければならないのだとしたら。
「忘れない!」
――なあ、大塚。今の僕なら、お前の気持ちが分かるんだろうな。
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黄金の海でスケッチブックに絵を描く、金の髪と日に焼けた肌の少女。
その表情は、どこか空っぽである。
その空っぽにもともとあった何かを探すかのように、必死に海を描いていた。
その様子を、黒服の男が遠くで眺めている。
少女が振り向くそぶりを感じて、その男は踵を返した。
作品への一言コメント
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- ありがとうございましたー。こちらには一行しか入れられない?みたいなんで、感想は感想板に書きました。 -- まき@鍋の国 (2007-12-15 14:28:38)
引渡し日:
最終更新:2007年12月15日 15:11