コール・ポー@芥辺境藩国様からのご依頼品


芥辺境藩国の喫茶店。西国の強い日差しを避けるために、窓は直接光を取り込む形ではなく、日光を一度壁で遮り、間接照明のように柔らかく室内を照らしている。壁は温かみのある白色で、瑞々しい緑色の観葉植物が、そこかしこで枝を広げていた。このちょっとしたオアシスのような喫茶店は、今日も常連客でにぎわっている。
親しい人と語らう和やかな声、カップとソーサーの触れ合う音、そうした中に霧原涼は立っていた。
目の前ではヤガミが寛いだ様子でコーヒーをすすっている。
「こ、こんにちは!ヤガミさん!」
涼がちょっと緊張して声を掛けると、ヤガミはじっとその姿を見て、意外そうにほんの少し目を細めた。
先日に会った時も大人の体だったが。
「でかいのだ。どうした?」
「でかいの? …身体のこと?」
「体だ。どうした?」
ヤガミは涼から文庫本へと視線を落とした。同じ人物には違いないのだが、大人と子供では言う言葉の意味合いが違う。文庫本の細かな字を目で追う振りをしながら、ヤガミは自分の甘い考えを端から撃ち殺していた。器が大人でも、その中の彼女の心が大人でなければ、慎重に扱う必要があった。
「えーっと、おっきくなってみました。て、あれ?前にお会いしたときも、もうおっきかったですよ?」
「覚えてる。それが?」
首を傾げる涼に、ヤガミはその答えを促した。
子供は大人になってみたいと思うのはよくある事だし、子供の言う好きというものは、大人のそれよりもずっと意味合いの広いものだと理解していた。子供が言う好きを大人が慎重に扱わなければいけない事も。小さい子が「大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになる」と言うのを真に受ける大人はまずいないだろう。
「わ、忘れてしまわれたのかと思って。 こ、今回も、今後も、おっきいので、どうぞ、よ、よろしくです。」
ぺこりとお辞儀をした涼は、やはりどこか幼く見えてヤガミは少し微笑んだ。
「座ってもいい」
「はいー。失礼いたします。」
つられて微笑む涼が、椅子に掛けるのを見守ってから、ヤガミはコーヒーカップを口元に運んだ。
冷めてしまったコーヒーは、前よりも苦く感じた。冷静に見極めなくてはいけない。
「?」
 そわそわとした様子の涼に、ヤガミが不思議そうな視線を向ける。
 コーヒーカップを置いた音が小さく鳴った。
「や、ヤガミさんヤガミさん。け、ケーキはお好きですか?」
「子供向けか? いいぞ」
ケーキ。
甘くて幸せな記憶を連想させるそれは、いかにも子供の好きそうなものだ。
ヤガミは微笑んでメニューを見せた。子供扱いしてみせながら、涼の反応を観察していた。
「子供向けもかわいいですけど。普通の、ショートケーキをヤガミさんと一緒に食べたいのです。」
 子供扱いに怒るでもなく、無邪気にケーキ!と喜ぶのでもない。何か目的があってケーキを食べたいように感じた。その目的は何かは知らないが、とヤガミは手を上げて店員を呼んでケーキを2つ注文した。
「取り上げたりはしないぞ」
ヤガミは少しからかうように涼を見た。
「ひ、ひとつ食べたら満足です。 と、というか!ケーキがただ食べたいんじゃないのですようー」
 思わず笑ってしまった涼に、ヤガミは曖昧に口元を微笑ませた。そうえば、子供の姿の頃から、大人みたいな反応は時々あった事を思い出しながら。
「企みを、話すのも協力を求める手法だぞ」
 ケーキ1つにシリアスな企みがあるとは思っていないが、涼が自分の知らない何らかの目的のためにケーキを食べたいのは明らかだった。自分の知らない事はヤガミには気に食わないだけだった。それだから聞いたのだが、ちょっと芝居がかっていたかもしれない。
「た、たくらみじゃなくて…えと。ジャーン!て感じで言いたかったのです。」
 “企み”という言葉に、相手に隠して良からぬ事を考えている風にとられてしまったのかと、涼はしょぼくれた。ただ単に”お祝い”のつもりだったし、ケーキはお祝いの時に食べるもの、というのが当たり前だったからだった。
 しょぼくれる涼にヤガミは内心大げさに言いすぎたかと思いながら、運ばれてきたケーキの一つを涼の方へ押しやった。
「じゃーん。どうぞ」
少しばかり悪い事をした気になったヤガミは、リクエストにお答えしてとばかりにシリアスな顔で言う。
「あ、ありがとうなのです。 て、じゃーんの使い方が、ち、ちがうですー!」
思わず笑ってしまった様子の涼に、少しほっとしながらヤガミは微笑んだ。
その微笑に、涼はぐるぐるしながら言った。じゃーん、という感じで。
「え、えとですねえとですね!実は、実はですね! ヤガミさんとはじめて会ってから、今日で1年なのです。ぴったり!」
「……それとケーキに何の関係が?」
いまいちピンとこない風にヤガミが訪ねる。
「あ、あとは。自分の誕生日がもうすぐ、なのも、おまけで…。」
 遠慮がちに言う涼に、ヤガミは微笑んだ。
なるほど、そういう事か。
その時ヤガミは、自分の顔が自然に微笑んでいるのを自覚して、その情動を具に観察した。涼の誕生日が自分にとって、心から喜ばしいものだった事を。
「そうか。じゃあ、祝わないとな」
「あ、あ、ありがとうですー!」
今まで見せたことのない優しい微笑みに、涼は言葉を詰まらせた。
「ハッピバースデー」
そんな涼に微笑んで改めて誕生を祝う。
「俺ぐらいは喜んでやる」
「は、はい!はい! おめでとう、ありがとうですー!!」
すごく嬉しそうな涼の姿に、まいったと思いながら口元は自然に緩んだ。
「あ。おめでとうをしたので、ケーキ食べましょう、です!笑」
白い生クリームに、真っ赤な苺がひとつ載ったショートケーキ。生クリームは植物性でなく、純度の高い動物性の濃厚な味で、見た目はよくあるショートケーキだが、喫茶店のケーキにしては上等だった。
「俺が好きなやつは、俺を好きな女だな」
たわいも無い会話の流れで、ヤガミが言った言葉に、涼はフォークを握り締めたまま、頭をぐるぐるさせてヤガミを見た。
顔が赤い。
「……や、ヤガミさんのことを好きな女性ですか?…え、えと。わ、わたくし!ヤガミさん、す、き!です…。どうやって伝えたらいいのか、よくわからなくて…。毎回単調で、アレですが…ですが……。」
「ま、今日だけは素直にうけといてやろうか」
どういう好きかは、まだまだ見極める必要があるだろうな、そう思いながら、ヤガミはすっかり冷めてしまったコーヒーを飲む。久しぶりに食べたケーキは甘かった。コーヒーの苦味が心地よく感じる。
「ふ、ふお。な、なんで今日だけですか?」
会う度に伝えているのに、なかなか言葉のままに受け取ってはくれないヤガミに、涼は幸せ気分がしぼんで、ちょっと目に涙が浮かんだ。
「誕生日にはいいことがあってもいい」
「う。誕生日以外に言ったら、だめですか?」
 涙目でじっと見てくる涼に、少し悪戯心がわいてヤガミは口元を笑ませる。
「どうしようかな」
「な、悩まずどうぞです! 素直に!ずっと素直でいてくださいいい…。」
 必死に言い募る涼に、ヤガミは微笑んでコーヒーカップをソーサーに置いた。
白いシンプルなコーヒーカップ。その中に少しだけ残る、苦いコーヒーに視線を落とす。
「大人はなかなか大変なんだ」
「大変?どんな風に、ですか?」
 涼の顔へと視線を上げて、その表情を見つめながら口元に苦笑めいた笑みを浮かべた。
「恋をするのに、勇気がいる」
「……はい。 ほかには?」
 それだけだ。
 落ち着いて頷く涼に、大人めいた気配を感じながら、ヤガミはそれ以上の追求を逃れるように、ケーキをフォークで掬った。
「・・・・・・うまいケーキじゃないか」
少しの沈黙。
涼がじっと自分を見つめているのを感じながら、ヤガミはそうはぐらかした。
「勇気は、わたしからあげられない?」
 涼はテーブルから身を乗り出して、ヤガミの唇に口付ける。

甘いケーキの味。

 ヤガミは驚きに見開いていた目を瞑った。
そして眼前にあった顔が消えた事で、涼が元の世界へと帰ったのを知る。

 最後のは、意外だったな。
 柔らかな感触の残る唇を指で覆って、ヤガミは椅子の背もたれに背中を預け、天井を見上げた。







~おまけ~


猫士の噂~メルトモ情報網~


トラ
鍋の国の猫士。お調子者でウワサ話が大好物。おませさん。
ブチ
鍋の国の猫士。しっかりもののおねーさん。でもちょっと天然。
タマ
鍋の国の猫士。臆病で甘えん坊。昼寝大好き。



ここは鍋の国の猫士のための宿舎です。
いつも一緒のトラ、ブチ、タマは3人部屋で寝るときも一緒なんです。
タマがお気に入りのクッションを抱っこしてお昼寝している横で、ブチは瓶の蓋を磨いていました。
綺麗な瓶の蓋はブチの宝物です。こうしてお休みの度に並べて綺麗にしています。
ビール瓶の蓋、サイダー瓶の蓋、オレンジジュースの蓋。さまざまな色とデザインでちょっとしたコレクションです。
そしてトラはと言うと、今日も情報収集に余念がありません。
今も芥辺境藩国の“メルトモ”と情報交換中のようです。
「にゃ!?」
トラの大きな声に、ブチはびっくりして目をパチクリしました。
「どうしたネウ?」
「芥辺境藩国で一大事にゃー!おめでたいにゃー!」
トラは端末を片手に、にゃーと照れながらベッドを端から端にゴロゴロ転がっています。
トラの大きな声に気持ちよく寝ていたタマはもそもそと起き上がって、眠たそうに目を擦りました。
「どうしたねうー…。もう少しでくじらがとれるねう」
寝ぼけているタマは、どうやらくじらを捕まえる夢をみていたみたいです。
「芥辺境藩国で何かあったのネウ?もったいぶらないで教えるネウー」
気になってたまらないブチは、瓶の蓋を磨く手を休めてトラを揺すりました。
「にゃー…、どうしようかにゃー…。そうだ、ヒントをあげるにゃ」
「何かまた新しい噂ねう?」
まだクッションを抱っこしたまま、眠たそうにタマは訪ねました。
にやり、とトラはもったいぶって笑います。
「ヒントその1、海賊にゃー」
「簡単ネウ。それなら海賊ヤガミがいるネウ」
ブチがすました顔で答えました。
海賊ヤガミといえば…。
「ねう!?お涼さんがどうしたのねうーーー」
興奮するブチとタマ。
二匹がかりでつめよられて、トラはびっくりしてベッドから落っこちてしまいました。
「にゃっ!?…いたた。落ち着くにゃー。もうー、たんこぶできたにゃー」
トラはぶつぶつ文句を言いながら、2匹に端末の画面を見せました。
「ネ、ネウー!」
「ねうー!」
キャッキャッと端末の画面を囲んで盛り上がる猫士達。
「お涼さん良かったにゃー」
「良いねうー。お涼さんかわいいねうー」
「ヤガミも隅に置けないネウ」
今日も鍋の国は平和です。


作品への一言コメント

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  • SS制作ありがとうございました!本当にフリーダムなお人なので、時々どうしたらいいのか本気で困ります。笑 噂好きな猫士さんたちがすごくかわゆいかったですー>< また機会がありましたらどうぞ宜しくお願いいたします! -- コール・ポー@芥辺境藩国 (2008-09-29 15:10:55)
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引渡し日:2008/


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最終更新:2008年09月29日 15:10