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緋乃江戌人@るしにゃん王国様からのご依頼品


 春の園は宰相府にある4つの庭園の中で、最も風光明媚な園としてよく知られている。風にざわめく木々がその葉を揺らしその花を宙に舞わせる様は、見る者すべての心に美しさとはこのようなものだと知らしめるほどであった。
 だが、今そこを歩く一人の男には、それは当てはまらなかった。代わりにその胸を満たすのは後悔か無念か。いや、その両方であっただろう。懐しくもあるそこに来ることさえ、本来なら彼は躊躇っていた。この園は自らの無力の象徴。製作に携わった人間であったとしても、嫌悪の感情は消えなかった。
 だから、来ようと思ったのには理由があった。それがなければ来ることはなかった。
 そこに探していた人がいると、そう聞くまでは。
 しかし、未だにその姿は見えず、足取りは重く、視線も感情もただ下を向いていた。探す気がないのか、探しても見つからないから下を向いたのか。又は、見つかることが怖いのか。その3つを理解はしつつも、認めないまま彼は歩き続けた。
 やがて、春の園の象徴とも言える桜の区画までその歩みは続いていた。ピンク色をしたその景色に、彼は少しだけ眉をひそめた。その色すら、彼は見たくなかったから。自分の後悔の象徴であるその色を。
 彼はこの色を探していた。探していたのに、見るたびに一番見たくない過去を突き付けられているようで、その度に探していることを後悔もした。
 今も、その後悔は止まない。止まないはずだった。

 その時、一際大きな風が吹き、桜を吹雪かせた。

 舞い散る花びらはたとえ下を向いていても視界に入る。彼はその色に眉をひそめ、速く抜けようと前視線を上に向けた。
 そしてその中に、一際映える金色を見つけた。

 風が止んだ。
 一瞬、心臓が止まったと、彼はそう思った。

 辺りからはざわめきも消え、完全な静寂が訪れる。彼の他に人影はない。あるのは木々が作り出す陰だけ。
 いや、その陰の一つに、金が混ざっていた。
 その色に、彼は惹かれた。
 探していた、求めていたそれではないけれど、桜が舞ったその瞬間、求めていた者に見えたから。
 彼の足は自然とその陰に向かっていた。何かに引き寄せられるように揺れながら、恐れているかのような歩みで。その速度はひどくゆっくりとしていたけれど、彼はその陰の下まで来た。
 金色の髪をした少女が、朝比奈あやめがそこにいた。

 世界から、音が消えた気がした。


「久しぶり…………だね?」
 問いかけるように絞り出したその言葉は、信じられないほど震えていた。心臓の音だけが頭の中を巡り、自分の声すらかき消しそうだった。実際かき消されたんじゃないかと思うほどだった。声が届かなかったんじゃないかとも思った。
 だからと言うわけではないけれど、目の前のその光景がまだ信じられなくて、顔を合わせることが怖くて、耐えられずに彼は空を見上げた。そこには答えも逃げ道もないのに。
 それが、彼にできる精一杯だった。
 それしか、彼にはできなかった。
「そうだったっけ?」
 時間にしてすぐに、感覚にして何時間にも感じた後に聞こえたその声は、あまりにも変わっていなかった。
 ああ、あやめだ。あやめなんだ。あやめがいる。
 彼はその時何故か、記憶が美化されていないことをうれしく感じた。どこまでも自分勝手な自己満足ではあったけれど、彼女への想いが少しは報われた気がした。
 ふと髪がそっと押さえられたのを感じた。。はっとして下を向く。そこには笑顔のあやめかいた。まるで姉が弟をあやすように、少し背伸びをした彼女に頭を撫でられていた。
 いつもなら笑って『僕は子供じゃないよ?』と軽口の一つも出るところだったが、それはなかった。代わりに、彼の瞳からは涙が溢れた。
 ただ頭を撫でられただけなのに、あやめの手の感触が感じられたことが、あやめが生きているという実感がそうさせたのだ。
 今までどこか夢ではないかと思っていたすべてが肯定されて、ただただそれが嬉しくて、立っていられずに彼はしゃがみこんだ。
 生きていてくれた。生きている。生きて、自分の前にいてくれる。
「あれ……なんだろう、おかしいな」 
何カ月も夢に見たことが、そうであって欲しいと願い続けたことがようやく報われて、
「…………涙が……」
とめどなく溢れて、止まらなかった。

「折角、会えたのに、泣くなんて、変だね。」
 言葉に詰まりながらも彼は涙を拭おうとしなかった。
「泣いてもいいけど、男の子ならしっかりね」
 見かねたあやめが彼の前にしゃがみこみ、ハンカチでその涙を拭う。手間のかかる弟だなと言った感じのその所作に赤面しながらも、彼は抵抗しなかった。少しでもあやめを感じたかったから、抵抗はしなかった。
 その代わりに、その手が離れる前に掴んだ。離れるのが惜しかったし、そして何より、自分の手で確かめたかった。そこにあやめがいることを。
 その手に伝わる感触は、間違いなくあやめがそこにいることを彼に再認識させた。その時初めて、いや数ヶ月ぶりに、彼は安らぎを感じた。
 ほっとした反面、余裕が出たからこその不安もまた表に出てきていた。
「初めて会うだとか、言わないよね?」
「んー。そういうギャグも考えたんだけど……」
 未だにその手を離さない彼がどうにも子犬のように感じて、優越感を感じたのであろう。あやめはオーバーにうーんと唸って見せた。
「なかしちゃったしなあ」
「そんなこと言われたら、僕はかえって、泣けなかっただろうね」
 久しく出た軽口に、言った本人の方が思わずほほ笑んだ。
 つられてあやめがにっこりと笑う。いや、この方向はイケルと認識したのかも知れなかった。
 彼はその笑みに覚えがあった。小悪魔を思わせるその笑みに何度も心を奪われたのだ。忘れるはずがなかった。
「でも、ながすぎて、君をどうよぶか、わすれちゃった。どうよんでたんだっけなあ」
 あやめがまたもやオーバーにう~んと唸って見せる。唸りながらも、悩みながらもニヤニヤとしたその笑みは止まらない。
 そしてあっと思い出したように、彼の名前を呼んだ。

「戌人?」

 彼は、緋乃江戌人は、その時今まで名前を呼ばれたことがなかったことに気付いた。同時にそれを、それ以上にに君と呼ばれたことに存外喜んだ自分を覚えた。。
 そして、あやめに呼ばれていた自分を思い出す。あやめと過ごしていた過去を。
 走馬灯のように流れるそれが、この園に来る前で止まった事に気づいて、随分長い小休止だったなと思う。
 その胸に去来するのは今まで味わってきた苦い思い出達。一瞬だけその味を思い出して、戌人は心に決めた。
 もう、そんな思いはするものか。
 あの日の続きはここから始まる。もう二度と止めさせはしない。
 密かに刻んだ決意を胸に、戌人はその口をゆっくりと開いた。

「戌人っていうのは、新鮮だな……」

 吹き抜ける風と木々が見守る中、止まっていた二人の時間は、今再び動き出した。


作品への一言コメント

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  • お忙しい中、素敵な作品をどうもありがとうございます。ゲーム当時、一年ぶりの再会にどんな風にロールしたのかが懐かしく思い起こされて、楽しませていただきました。また、春の園という場所の自分にとっての特別さをとても丁寧に表現していただいていて感動しました。ありがとうございます。 -- 緋乃江戌人@るしにゃん王国 (2009-02-06 01:24:15)
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引渡し日:2009/02/03


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最終更新:2009年02月06日 01:24