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久藤睦月@玄霧藩国様からのご依頼品



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 掻き揚げられた青い髪が宙に流れる。その軌跡を追って、いくつかの光の粒が舞い踊った。
 女っ気のかけらもない、無駄な装飾など皆無の紺色の布着れじみたハンカチを取り出し、久藤百佳は額を流れる珠の汗を拭う。
 名前もまだ覚えていない大家との日常的な面倒ごと。ここに入ってからほぼ毎日のようにありとあらゆる手段を用いて繰り広げてきているのだが、流石に飽きもくる。まあ、おかげで変に考えすぎててネガティブになったりせずに済んでいるのだが……。

「大家さん ありがとうございますー」

 打ち倒し、白眼をむいて気絶している大家に向かって「納得。よかったですと」礼を述べている彼の姿を見ていると、それも何故かどうでもよくなってくる。いや、考えるのが面倒になるというのが正しいのだろうか。

「あ、ほっとけばまた動き出すんで」
「そうなんですか?」
「まあ、退屈せずにすんでます」

 とにかく、見せてしまった恥ずかしい部分を覆い隠すように百佳は彼を部屋の中へ通す。
 そこはただ寝るためだけの部屋。剥き出しのフローリングの上に、寒さを切り抜けるための毛布が数枚転がっている。備えられた窓にはカーテンすらなく、図らずもすぐ傍に広がる砂漠が一望できてしまうという、殺風景なことこの上ない部屋だ。
 大家との醜態もさることながら、この部屋に通すこと事態がそもそも恥ずかしい部分にあたるようなものだが、百佳にその認識は存在しない。
 しないのだが。

「成程 良い所ですね。百佳さんらしい部屋ですね すっきりしてます」

 こんなことを言うこの男の姿を見ていると、どこか拍子抜けする自分がいて悔しく思えた。なんだその場当たり的な感想は。チッ、次は覚えていろ。心にもないその言葉が出ない状態にしてみせよう。そう思う。思うだけだが。
 百佳は足でそそっと髪留め代わりに使っていた輪ゴムを部屋の隅へと蹴りやる。

「毛布は分かるんですが、何故輪ゴム」
「全部捨てました。訓練の邪魔になるから」

 目ざとくそれを見ていた睦月がさも当然のように聞いてきた。しかし、流石にそれは口にすることも恥ずかしいレベルだ。何事もなかったように話題を摩り替える。

「ですか じゃあ、僕がクリスマスに贈ったペンダントとかも捨てられちゃってますかねー」

 が、邪気もなく無念そうな笑いを浮かべながら言うそんな言葉に、頭痛を覚えずに入られなかった。わざわざ言われないとわからないのだろうか……。

「貴方のそう言うところが、嫌いです」
「うっ、すいません……卑屈になり過ぎですよね」

 そして言えばすぐに謝る、まるで飼い犬か何かのような姿勢。
 そんな人物だから、だったのだろうが。百佳はそんなことを思う自分の心に、無意識のうちに微笑みを浮かべた。

「ええ。そうですね。私が、乱暴なだけかも」
「いやいや そんなことは無いです! 絶対! ――まぁ、少しはあるかもしれませんが」

 そんな彼の冗談を百佳は無視する。付き合っていたら間違いなく調子に乗り、今のこの、心地よい時間がなくなってしまう気がするからだ。いちいち突っ込んでられないというのもあるが。

「……空を飛びたい」

 振り切るようにして、剥き出しの窓から覗く、青空を見上げ、百佳は呟く。
 空はいい。境界線の無いあの場所でならば、誰にも邪魔をされずに風を感じることが出来る。まるで母胎の中に還ったような不思議な感覚がそこにはあるのだ。
 本当ならば鋼鉄の翼を広げ、あの青空を縦横無尽に駆け抜けていたかったところだが、今日は生憎、いや、幸いなことに非番だ。

「あ、成程ー。やっぱり百佳さんは空が好きなんですね」
「負けるのが嫌いなだけです」
「はいはい。僕も空を飛んでる百佳さんは好きです」

 反射的に吐き出した否定の言葉を、彼は微笑みながら受け流し、百佳の隣に並んで空を見上げる。
 不意に出て来るこんな態度も、嫌いだ。まるで自分が子どもみたいじゃないか。百佳は唇を尖らせ、ばつが悪そうに顔を反対側に背けた。微かに漏れる笑い声が憎らしい。

「あ、そうだ。僕、こないだ誕生日だったんですよね」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます。
 それで誕生日プレゼントのおねだり……なんですけども、もし良かったら百佳さんが飛ぶ姿を見たいなーって。思うんですが、出来ますかねぇ……?」

 そんなものでいいのならばいつでも見せることは出来る。しかし、それでは自分が納得できない。
 何故か? その姿、飛翔している時間は仕事中だからだ。空という自由な世界で、そんな形式に捕らわれた姿を見せるのは些か心苦しいものがある。まして、プレゼントとなれば言語道断だ。今の自分自身に、それほどの価値を見出すことは出来ない。
 百佳はきょろきょろと周囲を見渡す。窓の外は蜃気楼が微かに揺れる砂漠。反対側には、ぶっ倒れたままの大家の足が、開け放たれたドアから覗いている。
 そして隣には、きょとんとした顔で百佳を見ている彼がいる。
 隙だらけだ。それに、退路もある。
 今か。今なのか。今だろうな。今しかない。今やるべきだ。
 戦闘機の飛ぶ爆音が聞こえる。

 瞬間、静かに、無機質な床の上に伸びた2つの影が、ぶつかるようにして1つに重なった。一瞬だけ。

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最終更新:2009年04月04日 22:57