猫野和錆@天領様からのご依頼品




19:13 -家族-

とん、とん、とん、と一定のリズムを刻みながら月子は街中を歩く。
恰好は病院に居た時とは違い、白衣は着ていない。ただ、白衣の下に着ていた物は同じであり、やはり清潔・清楚な服装で纏まっている。
頭の上には月子のトレードマークとも言えるベレー帽があり広がる髪の毛をある程度抑える役割を担っているようだ。
だが、それでも歩く度に広がる長い黒髪とスカートはやはり人目を引き、道行く人が時折振り返っては月子の姿に見惚れる。
時刻は既に夜の七時過ぎ。当然日は落ちて、砂漠国である宰相府は冷え込む……が、いわゆる寒暖の差は10度以下で宰相府がどれほど環境に恵まれているのかを実感できる。四季の庭園は伊達では無いのだ。
「~~~~♪」
上機嫌に鼻歌を歌いながら一定のリズムで歩く月子はやはり人目を引き、その大半が男性な事を知ったら和錆がやきもきするだろうが、彼はここに居ない。
月子は今は一人……ではなく、手にはリードがありその先にはダックスフントが繋がれていた。しかもそのダックスフントの頭上にはひよこも居る。
「~~~~♪」
「わんっ」
上機嫌そうに鼻歌を歌う月子に合わせるようにダックスフントが鳴声を上げる。
それは月子には歌に合わせるように聞こえただろうが、彼女に見惚れていた男性達はその鳴声で正気に戻り、慌てて自分の行くべき道へと戻っていく。
まるで「僕が月子さんの騎士なんだ」と言わんばかりのしたダックスフントの振る舞いだが、月子から見れば「散歩が嬉しそう」という認識であり、見る人によって印象が変わるという好例になってしまっている。
「うん、もうちょっと散歩しよっか、二人とも」
「わんっ」
「ぴー」
ダックスフントは返事の様に吠え、頭の上のひよこも同じように無く。
「ふふ、コーヒーとピーちゃんは本当に仲良しだね」
月子はそれを見てくすくすと笑う。この二匹は猫野家の大事な家族なのだが、ずっと二匹一緒に居て、終始こんな感じである。
ダックスフントの方はコーヒーという名前であり、名前に違わぬコーヒーっぽい体毛が特徴だ。
ひよこの方はピーちゃん。見たまんまひよこなのだが、時折ひよことは思えぬ反応を返す事がある。今鳴いたのもその良い例である。
だが、月子も和錆も細かい事は気にせず、二人を大事な家族として考えている。一緒に住む以上、ペットだって家族なのだ。
とはいえ、そろそろ家に戻って夕食の準備なんかした方が良いんだろうけど……。
「もうちょっと散歩したい?」
「わんっ」
「ぴー」
月子の問いかけに二匹は仲良く答える。本当に自分が言っている事が判っているんじゃないかと思い、月子はくすくす笑う。
和錆はそろそろ病院で資料を纏めて終える頃だろう。和錆がある程度の見当を付けたところで手伝っていた月子は先に帰ってきた。
ずっと一緒に居たいという気持ちは当然あった。一時間もすれば一緒に帰れると判っていたから待とうかとも思った。
ただ、そうすると家に帰り着くのが今と同じくらいか、或いはそれ以上に遅くなる。あまり遅くなるとコーヒーの散歩をしてあげることも出来なくなってしまう。
仕事上、どうしても忙しくて散歩に行けない事だってある。
深夜などに出かけるのは和錆が反対した。宰相府とはいえ、何があるか判らないし、そもそもそんな深夜に出歩く事自体がやはり良くない。
だから、都合がつけられる時にはきちんと散歩に行ってあげるべきだ。それが二人一緒じゃなくても、というのが二人が出した答えだった。
「それじゃ、行こうか。それにこの道なら途中で和錆に会えるかも知れないしね」
今歩いている道は職場からの帰り道だ。娯楽街やバザーなどからは程よく距離がある為、人通りも多くはない。
なので、もしも和錆が帰ってきていればすぐに気づけると、月子はこの道を歩いているのだが。
「わんっ」
「ん? どうしたの、コーヒー」
「わんっ」
『見てくださいよ、月子さん』と言わんばかりにコーヒーはリードを引っ張るようにして歩き出す。
月子がそれに引かれるようにして歩いて行くと、少し離れた道の一角に男女と一匹の犬が居た。
「あわわわ、だ、ダメダメ、さすがにこれは駄目ですよ!?」
男は手に持った袋を高く上げて、犬から離している。だが、犬はそんな事気にしていないのか、尻尾をぶんぶん振って男にじゃれついている。
「あらら、すいません。ふふ、うちのキャラメルは人見知りをするんですけど、こんなに懐くなんて珍しいですわ」
「い、いや、そんな暢気な状況じゃないですよ!? 犬は好きですし、俺も飼ってますけど……だ、駄目だってば!?」
のほほんとした女性に対して男は慌てたようにいうが、何だかその様はラブコメ的でもあり、ちょっとだけムっとして月子は男に声をかけた。
「……なにしてるの、和錆?」
「あ……月子さん、その……た、ただいまです」
まぁ、お察しの通り男は和錆である。和錆は声をかけられるとビク、と大きく身体を震わせて月子の方を見た。
月子はにこ、と和錆に向けて笑顔を向ける。綺麗で可愛らしい笑顔なのだが、その笑顔を見た瞬間、更にビク、と和錆は震えた。
「すいません、うちのキャラメル、どうにもこの人の事が好きらしくじゃれついちゃって」
和錆の足下でじゃれついている犬はキャラメルというらしい。名前のキャラメル色の体毛の大型犬……いわゆるゴールデンレトリーバーだ。
「そ、そうなんだよ、月子さん。いやー、犬に好かれるのは嬉しいんだけど、さすがにこのサイズだとちょっとビックリするよね、あは、あはははは……」
何だかバツが悪そうな和錆。いや、当然浮気なんてしてないのだが、帰りがけに月子以外の女性と一緒の所を見られた、というだけでやはりバツは悪い。
実は月子は思い至ってなかったのだが、何しろ和錆は政治的な理由で月子以外の女性と付き合う事になりかけた『前科』があるのだ。
当然、その時には色々とてんやわんやとあったが、最終的に月子を選んだし、その意志はハッキリ示している(なので、月子もすぐにそれと結びつけられなかった)のだが、和錆からすれば噛まず言ってレベルじゃねーぞ、という話である。
そういう訳で和錆は必要以上に恐縮してしまうのだが、今の月子にとっては仕事中などは毅然としている和錆が凄く小さくなっている様がおかしいらしく、いぢわるしたくなってしまう。
「ふーん、そっか。和錆、犬にはモテモテだもんね」
「う……は、はい、そうですね」
別に当てつけがましく言われた訳でも無いのだが、やはり深読みしてしまった身を縮こまらせる和錆。
また、笑顔なのが……男なら判ると思うが、自分の妻・彼女に負い目があるときに笑顔を出されると、余計に恐縮してしまうのが男である。
「奥さんですか? ふふ、お綺麗な奥さんですね」
そんな二人の様子に気づいているのか、いないのか。キャラメルの飼い主である女性は優雅に微笑んでいる。
「そ、そうなんです。その、そういう訳で自分達もそろそろ帰宅しないといけないので……」
「ええ、お引き留めしてすいませんでした。よろしかったら今度は奥さんもご一緒にお散歩させて貰えればと思います。それでは」
女性はそう言って一礼をすると、今だに和錆にじゃれつこうとしているキャラメルを窘め、一緒に歩き出して行った。
当然、そうすれば残るのは和錆と月子、コーヒーとピーちゃんという『猫野一家』だけである。
「……えーと、その」
何と声をかければいいのか判らず、やや情けないとも言える表情で話を切り出そうとする和錆だが、気がつけば月子が先の方へと歩き出していた。
しまった、そこまで怒らせたかっ!? と慌てる和錆だが、何のことは無い、にやつく顔を見られないように月子が先に歩き出しただけだ。
なのだが、当然神ならぬ和錆にそんな事が判るわけでもなく、本当に怒らせてしまったんじゃないか、と心配になる。でも、どうやって声を掛ければ良いのか判らず、何かを喋ろうとする気配は出す物の、月子の後について歩くだけである。。
月子は別に怒っている訳でも、まして浮気を疑っている訳でも無いのだが、そういう風にされるともうちょっといぢめたくなり、月子は微笑む。
「良く会うのかな、今の人? 綺麗な人だったね」
「あ、いや……会ったのは初めてかな、うん。いや、別になにがどうこうって訳じゃないんだよ? 歩いてたらキャラメル君がじゃれついてきて、ちょっと身動きが取れなくなって、その」
途端にあわあわしながら言葉を重ねる和錆。月子はそんな様子が面白くてとうとう我慢出来ずにくすくすと笑う。
「ふふ、そんなに慌てなくても良いんだよ? それとも本当に何かやましいこと、してた?」
「し、してないしてない! 全然してないよ!?」
ぶんぶんと首を振る和錆。もしも和錆が嘘を言ったり、本当に誤魔化そうとするならこんなあからさまに動揺しない事を月子は知っている。
むしろ深く静かに……自分が見れないところまで一人で沈んでいく様な……そんな人である。
「別に疑ってないから大丈夫だよ、和錆。それより仕事はどうだった?」
「あ、うん。月子さんのおかげでかなり良い感じでまとまったよ。明日検討会を開いて、他の人にも意見を聞いてみるつもりだけど……うん、かなり自信ある」
「そっか、手伝った甲斐があって良かった」
月子が微笑みながら振り返る。少し勢いがあった為、髪の毛とスカートがふわ、と広がり月光の下で踊る。
「あ……う、うん……」
「? どうしたの、和錆。やっぱり何かあった?」
「い、いや……ちょっと不意打ちだったから、驚いただけ……月子さん、凄く綺麗だったから」
「このタイミングで言われると何か誤魔化そうとしてるのかな、って疑っちゃうよ?」
「ち、違うって! 本当に助かったんだ……ありがとう、月子さん」
顔を赤くして、慌てるように言う和錆に月子は微笑む。自分では気づいていないだろうが、それは月光によってハッキリと見えすぎず、隠れすぎない……何とも魅力的な雰囲気だった。
「別に良いよ。和錆が難しい顔するより、そういう顔してくれてる方が嬉しいし」
「そう言ってくれるのが本当に嬉しいんだよ……それで手伝って貰ったお礼なんだけど、これ」
和錆はそう言うと手に持っていた袋を見せる。それは和錆がキャラメルから必至になって守っていた物だ。
「それは?」
「帰りにさ、ちょっと娯楽区によって……デザートに良いかな、って買ってきたんだ」
中身を見てみるとそれはフルーツとクリームが入ったロールケーキ。いつだったか、喫茶店で和錆が食べるか迷っていた物に似たものだった。
「ショートケーキと迷ったんだけど……美味しそうだったからそれにしてみた。どうかな?」
「……ふふ、うん。全然良いよ、ありがとう、和錆」
律儀な人だなぁ、と思う。確かに仕事の時間を割いて手伝ったのは事実だけど、それは何も和錆の為だけじゃない。
あの時言った言葉は本当で月子にとっても明るい表情の和錆の方が嬉しい。だから、自分の為でもあるのだ。
「あ、今度の休みにそのお店行ってみない? 他にも色んな種類のがあるし、どこかに連れてくって約束もしたしさ」
それなのに、こうして約束を律儀に守ってくれる和錆は端から見れば滑稽なのかもしれない。
だが、それでも自分にとっては和錆のこんな仕草はとても胸が温かくなって、愛しさが強くなる。
ありふれた事だけど、ありふれた事だからこそ……自分を大切にしてくれているのだと強く感じる事が出来る。
「……どうしたの、月子さん?」
くすくす笑う月子に和錆が尋ねる。月子は微笑んだまま、首を振った。
「ううん、何でもない。それより帰ろっか。ご飯、すぐに作るから」
月子は自然な動作で和錆に近寄るとリードを持っていた手で和錆の手を握る。
「あ……うん、そうだね。帰ろうか」
昔は学校の規則などから人通りの多い場所でこういう事をするのに緊張する事もあったが、今ではそんな事も無くなり、自分達がしたい時にこういう事が出来る。
そんな当たり前が和錆にとっても嬉しく、自然と表情が緩んで、月子に優しく微笑む。
「わんっ」
「ぴー」
『僕達もいるんだよっ』とまるで存在をアピールするようにコーヒーがちょっとだけ大きな声で吠えた。



23:49 -今日の終わりと明日の始まり-

特別な1でも無ければ二人は日付が変わる前にはベッドに入るようにしている。
理由は単純で仕事が仕事なので寝不足での判断力低下が怖いからである。
一つの判断ミスが幾つもの惨事に繋がる事もある。しかも、その多くは人の命に関わる事になってしまう。
その自覚があるからこそ、二人はあまり夜更かししない。二人の時間は大切だが、それを理由に他の人に迷惑をかけるのはお互い良しとしなかった。
……と、ここまでは表向きの理由でもある。
実際、ベッドに入ってすぐに寝付けるかと言われるとそうでもなく、眠りに落ちるまで大体一時間、長い時には二時間ほど二人の時間共有する事も多い。
もう凄く単純に言えば、ベッド→一緒に寝る→普段よりも密着→ヒャッホイ! である。しかも表現・程度の違いはお互いに、である。
笑う気持ちはわかるが、好きな人と一緒に居られるのである。そりゃ、ヒャッホイだろう。
「……和錆、寝づらくない?」
「ん、大丈夫だよ、月子さん」
寝室のベッドの上で月子が尋ねると和錆が静かな声で答える。
二人は寝間着を着ていて、体勢はいつも通り並んで仰向けになり、和錆は腕枕をしている。
ちなみにこの腕枕、最初は和錆の提案である。男の夢、女の子に腕枕という事で和錆からお願いした。
最初の頃こそ、月子は和錆の心配をしていたのだが、和錆自身が問題無いとアピールする事でこの腕枕は習慣化した。
とはいえ、それでも一度は必ず寝づらくないか、腕は大丈夫かと聞いてくるのが月子であり、和錆はその度に明るく大丈夫だと応える。
「月子さんは腕枕って嫌?」
「嫌じゃないけど、ちょっと心配かな。長時間の腕枕って鬱血するし、寝返りが自由に打てないから睡眠効果も弱まっちゃうし」
とてもお医者さんらしい意見に和錆は笑う。確かに医学・人体の構造的には正しい。
正しいのだが、それはあくまでも肉体の化学反応の話である。
「むしろ月子さんと一緒にこうできる方が心のバランス的には良いから、全然気にしないで」
「……私も和錆の腕枕が今じゃ一番寝やすいから判るけど、照れるよ」
「大丈夫、俺も恥ずかしいし……まぁ、誰も聞いてないからさ」
和錆はそう言うとはにかむ。二人とも頬を少し赤くする。
一応、トイレなどに起きた時の為に足下が見える程度に明かりはつけてあるが、それでもお互いの顔の微細な変化にまでは気づけない。
暗闇ではないが、限りなくそれに近い状況。触れ合っている事もあってか、和錆は少し大胆に行動する。
「それじゃ、いつもとちょっと体勢変えてみようか?」
「え、どういう風に?」
「こんな感じ、かな」
和錆が身体を動かして体勢を変える。仰向けから、横向きに身体を変えて、腕枕をしていない方の腕で月子を軽く抱きしめる。
それは朝と全く同じ体勢で『偶然』の一致に月子は顔を赤くする。
「か、顔近くないかな?」
「……暗くてよく見えないからもう少し近くで見て良い?」
「だ、駄目……赤くなってるし、なんか……恥ずかしい」
「そっか。でも、見ちゃおうかな」
「だ、駄目だって……ぁ、ぅ……ち、近いってば、もう」
朝の事もあるせいか、物凄く恥ずかしそうにしている月子。とはいえ、和錆の身体を突き放そうともしないあたり、乙女回路が発動中なのかも知れない。
別に月子は極端な恥ずかしがり屋ではない。自分からキスや抱きついてくる事もしばしばあり、街中などでそれをされて和錆の方が慌てる事だって多い。
だからこそ、ここまであからさまに照れている月子というのは……うん、良い。やっぱり凄く良い、と和錆は胸の中でガッツポーズである。
「キスする時はもっと近いし、大丈夫だって」
「そ、それは……そうなんだけど……だ、だから……近いよ、和錆」
月子の止める声は弱々しく、和錆はそれを無視する様に顔を更に近づける。触れ合うほどの距離になれば、和錆にもハッキリと月子の顔の変化が見て取れる。
月子は顔を真っ赤にして、目を合わせられないようだ。事実、視線はせわしなく動き、呼吸が少し荒い。
それでも月子は逃げる事はせず、もじもじと布団の中で月子が動く。照れてるのか、可愛いなぁ、と半分正解、半分外れている感想を心の中で呟く和錆。
「……も、もしかして和錆……起きてた?」
「……え、な、何が?」
今度は月子が偶然にも正解を言い当てる。とはいえ、月子がいっているのは「キスをした時」の話なのだが、逆にそれは判らない和錆である。
「……あやしい。本当は起きてたんでしょ、和錆?」
「ん、んー? な、なんの事だろうなぁ、あは、ははははは」
お互いに半分ずつ正解している物だから、決定的な間違いも無いまま話は進んでいく。
ただ、和錆は和錆で成り行きとは「寝たふりをしていた」という後ろめたさがあるので、何とか誤魔化そうとしている。
「だ、だから……その、朝……した時に……起きてたんじゃないの?」
「う、いや……その……ごめん、起きてました」
月子が更に踏み込むと、さすがにこれ以上は誤魔化せないと悟り、和錆は素直に認める。
途端、月子が顔を赤くする。無防備に甘えているところを(目は瞑っていたが)見られたばかりか、自分が悪戯したと思っていたら相手にそれが筒抜けだったと知れば、それは赤くもなる。
「……和錆、意地悪。楽しんでたんだ」
ちょっと拗ねた様に言う月子。朝の妄想そのままで「あ、これはこれで良いかも」と思うがそれどころじゃないと悟る和錆。
「い、いや、ごめん。あんな風に甘えてられるのが嬉しくてさ、俺も寝起きで月子さんを抱きしめてるって状況に驚いててすぐに言い出せなくて」
「……だからって、キスした時まで表情変えないなんて、和錆は寝たふり上手すぎるよ」
「……え、キス?」
「……え?」
固まる二人。和錆は何のことだか判らず、月子はそれが何を示しているのか判らない。
「……え、えーと……朝、気づいたら抱きしめてて、それで月子さんが抱きついてきてたんだけど……キス?」
「……ぁ……な、なんでもないっ」
月子は顔を真っ赤にして隠れるように上掛けを頭まで被せてしまう。
それでも腕枕は止めないあたり、新婚さんというか、月子の微妙な心情が垣間見える。
「……月子さん、キスって何かな?」
その様子に和錆は笑い、布団の上からとんとん、と月子の肩を叩きながら尋ねる。
「……知らない」
布団の中からくぐもった声で応えられる。きっと今は顔を真っ赤にしてるんだろうなぁ、と和錆は笑う。
とはいえ、このままスルーする……なんて大人な対応をするわけもなく、和錆は笑ったまま腕枕をしていない方の手で上掛けを掴む自分も隠すように上掛けを被る。
「これで隠れられないよ、月子さん」
「ぅ……か、顔見ちゃ駄目。今は……駄目」
「何で?」
「そ、そんなの見れば判るでしょ?」
「いや、布団の中って真っ暗だから見えないよ、月子さん」
「あ、う……そ、それは……う、うぅ……」
妙に進退窮まった感がある月子とそれを楽しむように笑い声を漏らす和錆。
布団の中なので、何が起きているのかはよく判らないが、かなり仲良しの様子である。
「月子さん、本当に可愛いね……」
和錆が動いた。顔の部分が動き、二つの山が一つになる。
「……にゃー」
月子の可愛らしい声が聞こえて、和錆のくすくす笑う声が静かな寝室に響く。






「……くぁ……」
リビングではコーヒーがあくびをした。
「……ぴー」
動きに釣られて、ひよこのピーちゃんがもそもそと動き、何かあったの? と言わんばかりにコーヒーを見る。
「……わふ」
コーヒーは何も無いよ、いつも通りさ、と言うように声を漏らすと、そのままピーちゃんを抱くようにして眠りに入る。
「……ぴ」
ピーちゃんもそっかぁ、と言わんばかりに抱かれるまま、コーヒーの体毛に埋まるようにして、瞳を閉じた。

こうして、今日も終わる。
いつもの日常、ちょっとだけ違いはあっても普段とほとんど変わらない日常。
明日も続くだろう、明後日も続くだろう。
それに不満を覚える事は無い。何故なら幸せという実感を二人が噛み締めているから。
むしろこの日常が大きく変わる事件なんて無い方が良い。
様々な事件、出来事を経ている二人には日常の大切さも身に染みて判っている。
だからこそ、何かが起きれば彼と彼女は『当たり前の日常』を守る為に尽力するだろう。
これはそんな、どこにでも居る当たり前の『夫婦』の話。




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引渡し日:2011/06/22


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最終更新:2011年06月22日 20:09