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月光ほろほろ@満天星国様からのご依頼品


 月光ほろほろはハラハラしていた。
 真横でそれを見ているヨーコもハラハラしていた。
 ほろほろの左手にはホットチョコが入ったマグカップがあり、右手にはそう、髑髏が笑っていた。


 右手に髑髏がくっついたのはクリスマスのことだった。
 それからほぼ二か月、ヴァレンタインということで休暇をもらうまでろくに外す手段すら探す暇もなかった。
 久々に取れた休日。せっかくだから俺はヨーコさんと解除の方法を探すぜ!といろいろと相談していた。
 結局がっつりした呪いかと思いきやただのいやがらせだったということは判明した。しかしそれで外れるわけではない。
 頼みの綱の出張巫女さんには外国の呪術はムリだと言われたため断られてしまった。
 外国だからと諦めるなんて許せないっと鼻息を荒くした何故かキッチンに向かったヨーコが持ってきたのが冒頭のホットチョコである。

 そして今、そのホットチョコを飲もうとしているのであった。
 重ねて言うが、ほろほろはハラハラしていた。
 これで本当に取れるんだろうか、というかヨーコさんが俺のために作ってくれたホットチョコとか嬉しすぎて幸せすぎて困るから。
 ヨーコもハラハラしていた。
 これで本当に取れるんだろうか、というか色々考えた結果入れたアレとかの味は問題ないだろうかと心配しているから。

 二人が同時に大きく深呼吸。高々飲み物を飲むのに緊張しすぎだと同じタイミングで思ったらしい。
 二人がまた同時に頷く。いよいよ飲むと決めたのだ。
 それを確認してヨーコがほろほろの右手に自らの手を添える。
「両手で、ささえてみて」
「両手で?」
 てっきりただ飲めばいいと思っていたほろほろは少し面食らった。
 支えるといっても、右手の平にはボウリング玉大の髑髏である。でどうやって支えろというのであろうか。
 疑問には思ったが、ヨーコの真剣な表情と右手に伝わる温かさを信じることにした。
「分かった」
 とりあえず髑髏を気にしないで普通に支えてみよう。いざとなれば髑髏に左手で押し付ければ支えられる。
 そう思って右手を持ち上げてカップに添える。
「ん……おいしい」
 飲みやすく適温に保たれていたチョコが喉の奥から食道を通る。ゆっくりと伝わるその熱が優しく体の緊張を解いてゆくのが分った。
 キッチンに入っていった時にはそれはすごい勢いだったのでどれほど激しく料理をしたのかと思ったが、逆だった。
 丹念に作られた優しさ、温かさがこもったとても美味しいホットチョコであった。
 ヨーコの愛を感じて一瞬うるっとくる。
 両手と喉から感じるこの温かさがヨーコさんだよなとほろほろは思った。

 ……あれ、両手?

 一瞬停止した思考を再起動させてまじまじとカップを見る。
 自分はしっかりと両手でカップを支えていた。どこにも髑髏は見当たらなかった。
 その事実をほろほろはゆっくりと認識していった。それと同時にゆるんでゆく頬。
 バッと見上げればヨーコも同じ表情をしていた。
「やったぁ!ヨーコさんッ!」
「はいでス!」
 二人して抱きついて飛び上がり、よかった、よかったーと存分にぎゅーっと抱きしめ合う。
 ようやくヨーコを抱きしめることができたと笑うほろほろと、うまくいってよかったと喜ぶヨーコ。
 そんな二人の抱擁は日が暮れるまで続いたという……。

 わけにもいかなかった。

 カコン。

「あ」
「え?」

 何度か飛び上がった時にしたその音に気付いたのはほろほろであった。
 いやーな予感がしてヨーコと顔を見合わせる。ヨーコも同じ表情をしていた。
 そして恐る恐る下を見る。

 やあ、と言わんばかりの笑顔で足にくっついた髑髏がそこにはあった。

「またかよっ!」

 思わずツッコミをいれたほろほろをあざ笑うかのように、ドクロは七色に美しく輝いていた。


『二度目のオチ』


 取れた―と喜んだらオチた先でさらに足にくっつくという二段オチだったという盛大な罠にひっかかったほろほろ。
 解呪を行っただけにまだ取れないということに衝撃を受けるヨーコ。
 そして笑う髑髏。
 状況が変わったにせよ基本に変わりはない。抱きついたままでうーむと悩む二人。
「どうしよう、か」
「どうしましょウ……」
 表面上はそんなに驚いている風ではないが、ヨーコの衝撃はそれはもうすごいものであった。
 知っている上で使えそうな要素をいろいろ組み合わせて味もうまいこと合わせてホットチョコの形に仕立てたのだ。
 それこそ自慢の一品、これ以上ない正答だと思っていた。
 それだけに最終的に取れていないというのはショックだった。一瞬BLに戻りかけたくらいである。
「これは……同じ方法では取れないんだろうね」
「そうデスね……」
 というか両足を使わなければできないことなんでこの世に数えるほどしかない。
 無理やり解釈を拡大しても精々両足を使うスポーツくらいなもので、日常生活の中でわざわざ両足を使うということはまずない。
 困った、これは本当に困った。困りすぎてほろほろの汗が止まらない。
 ヨーコも漫画のように汗を流したいところではあるが、そこはぐっとこらえて夫の汗を拭くことにした。
「でも、両手は使えるから、少しは楽になったんじゃないデスか?」
「そ、そうだね……」
 ヨーコの言葉にほろほろも少しは落ち着いたらしく、現状の確認を開始した。
 とりあえず、手は使える。特に後遺症もないみたいだし、そこは問題ない。あ、匂いヤバイかもしれないから後で洗っておこう。
 足にくっついているといってもサッカーでいうアウトサイドにくっついているだけである。
 まぁ、着替えには支障出るだろうが、暫く裾が広い服で過ごせばどうにかなるかもしれない。今日着ている服はまず間違いなく鋏の餌食になるのは決まっているようなものだが。
 それと靴は履けないが、下駄でも履けばいいだろう。
 後は、歩くたびにカツカツ音がするくらいか。これくらいは髑髏への復讐として許容しようと思った。
 確認終了。解呪方法を探すくらいまでは我慢できそうだ。

「まぁ、もう少し我慢してやるかー」
「ええ、その間に方法を探しましょウ」
「そうだねー。まったく、コイツめ、散々な目にあわせやがって」
 そう言ってこつんと髑髏を小突くと、どこぞの米国のおもちゃのようにカタカタと震えた。

 瞬間、ほろほろとヨーコに電撃が走る。

 ざわざわと効果音がつきそうな縦線の入った顔でお互いに顔を見合わせる。
 そしてもう一度小突いた。反応は同じ、カタカタと震えていた。
 ヨーコも一度小突いてみる。以下同文。
 今見たことが現実がどうか確認するための行動で、それは確かに起きたことであると確信した。
 接着が、甘くなっている。
「ヨーコさん……」
「ええ……」
「取れるかも、しれないね」
「デスね……」
 一筋の光明が見えた。今日中に取れるかもしれない!
 よし、と頷き合って早速行動を開始した。

 とりあえず滑りを良くしてみようということでサラダ油をかけてみる。
「……」
「……」
「ぬるぬるするだけだね」
「ハイ」
 なんか髑髏がこころなしか綺麗になっただけで終わった。

 油べぬるっとしてしまった分それを洗い落とさなければいけない。ついでに滑りも良くなればいいかなくらいの感じで洗ってみる。
「……」
「……」
 以下同文

 いっそのこととがしっと髑髏を掴み、思い切り引っ張るヨーコ。
「痛い痛い痛い!」
「が、我慢してくださイ!皮一枚くらいでどうにか……!」
「いや、筋肉までいってるから!マッスル引っ張ってる痛みだからっ!」
「意外と奥までいってるんデスね」
「冷静に分析しないでっ」
 結果、足に小さくない穴が開くので却下。

 じゃあさらに穴が小さければよいのではと考えたヨーコ。魔法のようにメスを取り出し……
「タンマタンマ!何それ怖い!」
 ほろほろが全力でストップをかけた。えー、という表情のヨーコ。
「って、何その手に持ったメスというかメスなんで持ってるのヨーコさん!」
「昔の仕事の名残デス」
「整備士ってメス使ったっけ?!」
「癒着したウォードレスが剥がれないトキとか重宝しました」
「あー、なるほど。ってそれは置いといて、なんでさらっと切ろうとしてるの!」
「くっついている面積はそんなに大きくないみたいでスから、皮膚だけ切り取ればどうにか……」
「ダメダメ!却下で、却下でお願いしますっ!」
 被験者の全力の拒否により却下。

 以上4つの方法を試したが、結局取り外すことはできなかった。腐っても呪いのアイテムということだろうか。
 むぅ、とむくれて髑髏を小突くほろほろ。小突けばカタカタ震える癖になんで取れないんだコイツ。
「やっぱり何か違う方法が必要なのかな」
「うーん……やはり、痛み止めを飲んでガンバルとか」
「勘弁してください」
 全力で土下座る(げざる)。こういうときのために土下座専門漫画読んでおいてよかったとほろほろは思った。
 それならばとヨーコも引き下がるが、代替案があるわけでもないので心境は微妙である。
 このまま取れないということはないとは思うが、そういう場合も視野に入れなければいけないかもしれない。

 うーむと悩むうちに、いよいよ日が暮れてきた。縁側から西日が思いっきり入ってきて二人の顔を照らす。髑髏が夕日に出らされて無駄に輝いた。
 なぜか今更いらっとくるほろほろ。自分たちがキレイにしてしまったのも加わって、なんか輝きが気に入らなかったのだろう。
 ふしゅーと鼻息も荒くドカドカと歩いて外に出る。ヨーコもそれに続いた。
「ヨーコさん」
「ハイ?」
「俺ね、思ったよ。取れなくてもいいからさ、一度やってみようって」
「はァ」
 何をだとは思ったが、とりあえず聞いてみる。
「理不尽なことがあったときや、辛いことがあったときは、漫画ではこうするんだ」
 二歩ほど下がるほろほろ。夕日をきっと見据えると走り出した。
「夕日の……」
 一度顔を落とす。そこには変わらず橙に輝く髑髏があった。
「夕日の……」
 顔を上げる。夕日が半分まで地に沈んでいた。
 キュッと左足でブレーキ。同時に右足を大きく後ろに振り上げる。
「バッカヤローーー!」
 ほろほろは叫んだ。近所迷惑とかは考えなかった。
 何も考えずにただ、右足を振り抜いた。
 これぞ青春。やりたかったのはこれである。
 こんなことでどうにかなるとは思っていない。ただ、何かを発散したかったのだ。
 ふぅ、と大きく息を吐いてすっきりした表情で夕日を見る。青春漫画もばかにしたものじゃないなと思った。
 まぁ、また明日から共同生活しつつ外す方法考えるか。

「あの……」
「ん?どうしたのヨーコさん」
 いつの間にかすぐ横にヨーコがいた。
 何故か当惑したような表情で虚空を見つめている。
 おや?と思うほろほろの前でそっとある一点を指さした。
「アレ」
「あれ?」
 頭に疑問符を浮かべながらその指し示す方向を目で追うほろほろ。

 そこには、ミラーボールがあった。

 一瞬脳が現実を受け入れられなくて代替された情報が入ってきたが、そっちの方があり得なかったので戻るのも一瞬だった。
 それこそは夕日を浴びて輝く銀の髑髏だった。
 あ、外れてる。
 まず出てきたのはその一言で、次の瞬間には
「えええええええええ?!」
 先ほどを上回る音量で叫んでいた。
「え、ちょ、え、あれで?あれで取れちゃうの?」
「あの髑髏も……青春、したかったんデスね」
「そんな理由?!」
 いや、取れたのが嬉しいことには変わりないのだけれども、ええと、何か大事な事を忘れているような気がするぞ、と一人でぶつぶつ言うほろほろ。
 そして思い立った。
「か、回収しないと!」
 二次被害が出ないとも限らない。早急に確保し、どこか専門のところで処分してもらわないと。あるかどうかわからないけれども。
 考えが及んだときにはすでに体は動いていた。走り出すほろほろ。
 だが、まあそういうときほど運命は無常というのがこの世の決まりというものである。
 ひゅーっと落ちていく髑髏のその着地点には、トラックが止まっていた。
「あ……ああっ!」
 ほろほろもアイドレスプレイヤーである。この後の展開は未来予知可能であった。
 その予知に寸分違うことなく髑髏はトラックの荷台に収まり、そしてそのまま走り出した。
 あー、そういうところまでベタなんだなと、呆然としながらほろほろはトラックを見送った。
 多分ナンバーとかトラックの所属を調べても見つからないのであろう。そういう流れということくらいは理解できた。
 もしかしたらそこまで含めて呪い組まれていたのかもしれない。どれだけすごいんだ孔明の罠。
 ということは、多分どこかでクーリンガンが『今度はどこに送りつけようかねぇ』とか言ってもう一回オチるんだろうなあ。
「面倒くさいやつだなぁ、本当に」
「だから緑なんですよ」
「なんだろうねぇ」
 またしてもいつの間にか追いついていたヨーコと頷き合う。トラックが角を曲がって見えなくなるまで二人で見送った。
 まぁ、取れたから今日のところは良しとしよう。
 何よりもそれが一番大事なのだから。
 さて、と息をついてほろほろは右手をヨーコに差し伸べた。
「じゃあ、帰ろうか、ヨーコさん」
「ええ」
 優しく微笑み、ほろほろの手を取るヨーコ。
 つられて微笑みを浮かべて、ほろほろは歩き出した。

「そういえば、夕日のバカヤローっということは、太陽のバカヤローってことデスよね」
「いや、違うからっ!あくまで喩えだから!」
「冗談でス」
 冗談いうときの目じゃないデスよヨーコさん。ほろほろはひきつった顔でこれはちゃんとしとかないとヤバイなと思った。
 帰ったら存分にぎゅーっとして謝ろう。後少しだけは手だけで我慢だ。
 家まであと十歩。ぎゅーまで後十一歩。


 ほろほろの手から髑髏が取れてから数日後、どことも分からない場所。
 蝋燭の明かりに照らされてアイシャドウの男が銀色の髑髏を磨いていた。
 今回の成果に満足したのか不意にふっと笑い、くるっと体の向きを変える。何故かバッチリカメラ目線。
「ふふふ、予想されたのなら、その予想から外れればいいだけのこと。黒幕風になんて喋らないわっ!」
 まさにクーリンガン。
 とりあえずこの後髑髏は目撃されていないというから、よかったのかもしれない。




おまけ ~Side Sun~


 出張巫女が外国の呪いは解けないと言って帰った時、ヨーコは憤慨した。
 確かに違う方法で解呪すればそれは悪影響が出るかもしれない。しかし、その程度で諦められては困る。
 何よりも自分が困るから、ヨーコは鼻息も荒くキッチンにこもった。
 ガチャリと扉が閉まった瞬間、ヨーコの表情が一変した。表情がなくなったというのが正しい。
 しかし憤慨していることには変わりはなかった。

 なんだあの巫女は。二度と口を利けないようにした上で手足の自由を奪ってそういう店に売りつけてやるところだった。
 久しく考えもしていなかった物騒な考えをするくらい頭が沸騰しているのが自分でも分かる。
 そして頭を振る。今自分は月光ほろほろの伴侶であり、それを自分も望んでいるのだからそれを崩すようなことはしてはいけない。
 思えば、自分も変わったものだ。人のこととはいえ不得手なことができないからという理由でここまで怒ることができるとは。
 それに気づいてふっと笑う。いや、最初から、月光に出会った時からそうだったのだ。自分も意外と初心なものだった。

 父がいきなり見合いをしろと言ってきた時は面食らった。
 年頃だからとかそろそろ孫がとかそういう事前の相談も何もなかったが、ただそなたに会いたいという者がいるからという理由だけでその場に送り出された。
 和服なんていうものを着たことはなかったし、実際似合っているか不安だったのもあったから、心底恥ずかしかったのを覚えている。
 というか父もお見合いがどういう事かちゃんと教えてくれればよかったのに、自分でググったり本を買ったりしてしまった。
 趣味を聞かれるものだというのは研究済みだったから、何か持って行ける趣味の産物をと思って和菓子も作ってしまった。普通作らないと聞いたのはその後のことだった。
 演技でなく恥ずかしかったのは、しかも褒められてというのは初めてだったかもしれない。
 だから、その後もあんなに目がぐるぐるしてしまったのだ。演技中ならそんなことなかったのに。
 自分で自分を弁護しても何も生まれない、この方向はよそう。

 いけない、解呪方法を考えなくては。
 脇道に逸れた思考を修正して、かつて夜明けの船に潜入していた時のように深く考える。
 ……イカナの性愛感情が高かったのはなぜだか未だに分からないな……いや、本当にあの頃の思考をするのではない。
 髑髏のことだ、髑髏を思い浮かべなくては。海賊旗ではないぞ自分!
 それで、あの髑髏は嫌がらせで送られてきた。
 嫌がらせということはその状況を否定しようとするからこそ、その効果を発揮する。
 つまりは、受け入れて気にしなければいい、両手を使わせてしまえばいい。
 これはなんでもいいから両手でもってできること、今できることで言えば飲み物の容器を両手で持たせればよいか。
 よし、一つ進んだ。この調子で次を考えなくては。

 両手を使わせるだけでは少々弱いと考えられる。こういう時は暦の力を借りるというのが魔術への対処法だろう。
 そろそろヴァレンタインだったはずだ。ということはチョコを使えば魔術的な意味が付与されるだろう。
 どうせならもっとちゃんとしたのを送りたかったところだが、これはおまけという扱いにすればよいだろう。
 そうだ、そういえば今年のヴァレンタインのチョコを忘れていた。気付ば後二日か、早く用意しないといけない。
 今年はどういうのを送ろうか。どれが一番よろこんでくれるのデしょう……いけない、何か混ざった。
 油断しているのか、気が緩んでいるのか、ここ一、二年で大分境が曖昧になった気がする。
 原因は自分でもわかっている。月光と出会ったからだ。

 本当に見合いから先に発展するなんて思っていなかったから、デートを行う段になってどれだけ焦ったことか。
 素はどこまで隠せばいいのか悩んでいるうちに海で待ち合わせと聞いて、水着を買いに走ったのも覚えている。
 二回目は交際とはこんなに早く進むものかと思ってキスしようとして無駄にショックを受けたのは今でも恥ずかしい限りだ。
 今思い返してもあそこはキスのタイミングで間違いなかったと思うのだけれども、早すぎたらしい。
 布団にくるまって泣いたのは何歳の時以来だっただろう。それだけ月光に惹かれていたのは確かだと思う。
 打算なしで人を好きになったことなんて無かった。なれるとも思っていなかった。あそこまでまっすぐ見られたのは初めてだった。
 全部過去形……今は違うものね。

 だから、それよりも先に手を動かさなければいけない。
 とりあえずチョコを使った何かを作らねばならない。更に付与するものについては後で考える。
 飲める形にするとなると、ホットチョコが適当だろう。
 材料も簡単なものだし、早速取り掛かる。
 冷蔵庫から牛乳を取り出し、ヴァレンタイン用に余分に買ってあったチョコを計量する。
 後はひたすらチョコを刻むのみだ。
 ふと気づいた。こんなに目的をもって料理をするのは久しぶりかもしれない。
 今も月光に食事を作ってはいるが、おいしいと思ってもらいたくて作っているのであって好きになってほしいとかそういう気持ちを込めたのは大分前の話だ。
 泣きながら宰相府に行ってデートの約束を取り付けた時もそうだったか。

 人前で鼻水も涙もドロドロに流すなんて前の自分では考えられなかったけれども、やってしまったということはそれだけ好きだということ。
 それに気づいてしまったからには、全てをかけようと思った。
 今度はちゃんと伝えなければと思って生まれて一番くらいの力を込めて弁当を作った覚えがある。
 父にも手伝ってもらったおかげもあって、とても美味しくできた力作だった。
 待ち合わせまではそれを手に伝えようと焦っていた覚えしかない。受け入れてもらえるとは思っていたが、万が一もあるから。
 結局緊張しすぎて本当に言いたかったことは言えなかったけれども、所謂恋人という間柄に慣れただけれでも嬉しかった。
 その時は結婚するなんて考えられなかったなと思う。今にして考えればありえないとも思う。
 さて、そろそろチョコを削り終わった。後は牛乳と一緒に煮込むだけだ。

 弱火にかけた鍋で牛乳を温め始める。
 この段階でオトギリソウを一瞬鍋に浮かべる。
 どれだけ効果があるかはわからないが、魔よけの効果があると言われているものの一つだ。
 香りが付きすぎないように温まる前に引き上げる。少しは効果があるといいけれども。
 ある程度温まった所でチョコレートを投入する。
 ここからは沸騰させすぎないように、焦がさないようにかき回し続けるだけ。
 泡立て器を一回一回混ぜる毎に思いを込める。これも一つの呪術的なおまじないである。
 一つ一つ、今までの月光との思い出を込める。

 恋人になってすぐ次のデートではもう指輪をもらっていたように思う。
 自分たちは何もかも早いのだろうと今なら笑うこともできるが、その時は何を思っていたのだろう、ただ幸せだっただけなのだろう。
 プロポーズは満天の星の中だったか。自分の本当の名前を他の人間に伝えたのもあれが初めてだった。
 この時はもう早いなんて思わなかった。ただこの人とどこまでいけるのだろうと思った。
 とても素晴らしい結婚式も国を挙げて行ってもらった。
 知っていはいたけれどもとてもユニークな国で、だからこそとても好きになれたのは確かだった。
 今にして思うと、どれも初めてのことだ。結婚を何回もするのはそれで問題だろうが、その遥か以前から初めて尽くしだ。
 月光といると『初めて』に事欠かないのだ。
 こんなにも幸せを感じられているのも、初めてだ。
 だから、クーリンガン。あなた如きに邪魔させはしない。続かせてみせる。

 とろみがついたのを確認して、味を見る。
 うん、とてもうまくできている。オトギリソウの味も感じられない。
 後はマグカップに注いで持っていくだけ。
 上手くいくかはわからないけれども、失敗する気はしない。
 月光と一緒ならば、そう思えるから、だからもう何も怖くない。
 あなた、待っていてくだサイね。


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最終更新:2011年07月23日 23:39