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水仙堂 雹@神聖巫連盟様からのご依頼品


[末永く輪を描く]


 使い古した鍋が好きだった。少年の家では、汚れた鍋を磨くのは子供の仕事だった。けれど少年は、言われるよりも早く鍋をとっていき、ざばざばと水をかけながら輝くまで磨いてやった。
 少年の脇では、でかいカエルがぴょこぴょこ跳ねている。黙っている子供の代わりにはしゃいでいるようだった。

 少年の両親は「変なやつだなあ」と率直な感想を述べたが、その子供はあまり気にしなかった。それよりも鍋を磨くのに夢中だった。

 それがこの道にいたる原風景だった。
 そうして、カエルがげこげこ鳴く時期を何度も繰り返して……というほど月日が経ったわけではないが。まあ、一人前、となんとか言い張れるくらいには腕があがった頃、仕事の呼びかけがあった。
 依頼主は、なんでも、初々しい新婚さんに見えたとか。

 それをきいて職人は外に出た。仕事の依頼は不明ながら、自分もその幸せの一端を担えたらいいなあと思ったのだ。
 うきうきしながら歩く職人。道中、一体何を作って欲しいんだろうと首を捻る。まあ、鍋でも作るんかな。いや、鍋作るために呼び出すのは変だろう。じゃあ、なんだろう。中華鍋だろうか。あれなら、最近作ったことがある。遠く、フィーブルからの発注だった。娘が結婚するから贈りたいという注文だった。
 今回の依頼も、その時と同じ伝手で回ってきたものだ。本人としては、同期のやつのように刀打ちたいのような希望はなかったし、元々鍋から始まった鍛治師の道なので、こういう身近な物を作れるというのにやりがいを感じている。願ったり叶ったりである。

    *

 待ち合わせの丘に到着する。水の音色の混じった風が、そっと首筋を撫でていくのが気持ちいい。
 そこに、ああ、どう見てもこの人達だなあと思える、若い男女がいた。女性の方が、恐ろしく美人だ。この美人さんが鍋使うんだろうか。

「こんにちはー。鍋かなんかですか?」
 尋ねると、ヴァンシスカが笑った。なんでだろう。雹を見る。彼も笑っている。どこか楽しそう。ああ、いいなあカップル。

「指輪を、お願いします」

 ――――、うん?
 くるんと頭の中で何かが空転した。いや、落ち着け。冷静になるんだ。職人は聞いた。
「鉄で?」
「すべてお任せします。存分に腕を振るってください」
「どなたかに送られる?」
 言いながら、ヴァンシスカの方を見てしまう。彼女は説明するように言った。

「結婚指輪なんです。私たちの」
「そりゃまた!?」

 叫んでしまった。というかびっくりした。鍋じゃないのか。この展開は想像していなかった。
 え、というか、冗談じゃないんだろうな。
 職人はそれを聞いたら雰囲気が壊れるんじゃないかと心配になって、久しぶりに頭をぐるぐる回して、言葉を選んだ。こんなに緊張するのは、親方の所に弟子入りした時以来だ。あー。

「俺でいいんですか。星鋼やあるいはほねっことかのほうが……」
「おや。腰が引けましたか?」雹はにっこりと笑う。「この国にいるんです。鍛冶師の方に作っていただかないと、ね」

 どうも冗談では無いらしい。職人は努力して考えを切り替えた。まあ作り方はだいたい想像がつく。無理な依頼ではない。
 しかし結婚指輪かぁ。いやあまさか。

「……金、かかりますよ。それでよければがんばりますが」
「えと、いくらぐらいかかりそうでしょうか」
「50万わんわんは」
「では、それでお願いします……の前に」雹は隣を見る。「それでいい? ヴァンシスカ」
「はい」

 話はまとまったらしい。
 じゃあ、こっちも覚悟を決めよう。
「よし。んじゃ、がんばります」

    *

 幾つかの形を考えながらスケッチを起こして、形にしてみる。真面目に考えると、指輪というのもなかなか考えさせられる。サイズだけ考えればいいわけではない。使う人間を考えて初めていいものになる。愛着のわく、いい鍋を作るのと同じだ。
 そう考えると、どういう風に考え進めていけばいいかがわかってきた。
 職人は頭の中で何度もあの二人の姿を思い出して、素材や色合いを考えた。あの二人の雰囲気なら、金だろう。派手な色だが、似合うはずだ。

 同時に、素材の取り寄せも、職人をたどって段取りをつける。他国まで捜しに行くのもいいかなとは思ったのだが、まあ、ああ言ってもらえたのだから、せっかくだし全部自国でまかなってみることにした。
 そうして調べてみたら、巫鋼を作っている製鉄所の話でいい事が聞けた。鉄を採掘する時に、小規模だが、金が見つかったという話である。
 早速問い合わせにいったらまさに狙い通り。地元でちょっとだけ取引する程度の、小規模すぎてほとんど市場に出回らないような、しかし質のいい金が見つかった。

 素材が揃うまでに、練習で幾つか作ってみた。流石に材料まで一緒という事はできないが、イメージだけだとどうにも、という事がある。指輪作りも初めてだった。材料が違えば感覚も違うが、手順はきちんと身につけておきたい。

 そうして材料が揃い、手順の方も満足いくまで体に染みついた。職人は、一人前の証である二振りの太刀の片割れを前に柏手を打つ。一人前の鍛治師は、二振りのまったく同じ太刀を打つ。その片割れを、自らの腕の証として神社に奉納し、もう片方を、初心を忘れないために手元に残す。
 自らの初心。物心ついたときから、金属の手触りが好きだった。今ではもっと好きになっている。それが誰かの幸福の一端につながるのなら、これ以上の喜びはない。
 いい仕事が出来そうだ。職人は面を上げると、金と向かい合った。
 その隣で、カエルの式神が楽しそうにぴょこぴょこと跳ねている。

    *

 そして三週間後。
「こんにちはー! だれかー?」
「はーい」

 家を訪ねると、すぐに雹が現れた。新婚さんらしいどことなく幸せそうな雰囲気に見える。が、今日はこっちもいい仕事が出来た分、負けないくらいいい気分だ。とにかく、すぐに見てもらいたい。逸る内心を押さえながら、職人は口を開いた。
「お代はあとでいただくとして、見ていただけますか」
「拝見いたします」

 やわらかなびろうどの布を開いていく。雹の目が丸くなった。吸い込まれるようにじっと見つめている様を見て、職人は満足そうに笑った。

「翡翠山さん、でしたか」雹が面を上げる。「素敵な指輪だと思います。ありがとうございます」
「いえいえ。がっぽり儲けさせてもらおうと思って。式神も手伝ってくれたんで。すぐでした」

 少し恥ずかしくて、冗談めかしてしまう。職人を見て、雹は笑った。
「どうぞお代をお持ちくださいな」
「まいど」
「手を貸してくれた式神にも感謝を」

 職人は歩き出す。いや、いい仕事が出来た。風呂敷一杯の札束を背負って歩きながら、職人は機嫌良く帰路につく。カエルの式神が、空でぴょんぴょん跳ねて躍った。次は、何を作ろうか。


    /***/


「指輪できたって、ヴァンシスカ」
 家の中に戻っていった雹が話しかけると、リビングで椅子に座っていたヴァンシスカが面を上げた。

「はい」
 ヴァンシスカは見上げるように、顔を持ち上げて、じーっと見つめている。雹はどきどきしながら笑った。

「手を」
 ヴァンシスカは手をだした。すらりと延びた指に、受け取った指輪を填める。肌に映える、金色の指輪。細かい模様が書き込まれ、その中心には、見事な赤い宝石がはまっている。自ら輝くようだ。
 ヴァンシスカは指輪を抱きしめるように胸にあてた。

「ありがとう。雹」
 溢れそうな笑顔に、雹は思わず微笑む。自分の指にも填めた指輪を持ち上げた。

「こちらこそ。ヴァンシスカ。――これからも、よろしくね」




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最終更新:2011年09月26日 20:01