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 保健室に風が入ってくる。カーテンが揺れ、緩やかなダンスを踊る。それを気にもせず、
ベッドの傍らで静かに時を過している晋太郎が居る。

 視線の先にはベッドで寝入る高渡の姿がある。時折まぶたがぴくりと動くが、目覚める
兆候はなかった。

 「あれ…しんたろう…さん?」

 何度目かのまぶたの震えの後、高渡が目を覚ます。その顔は心なしか、青ざめている。

 「そんなに長ネギが嫌いなのに、無理をしたのか」そう思い、晋太郎の胸に微痛が走る。
無理なら無理と言って欲しかった。好意を寄せてくれる相手に嘘を吐かれた事が、ただた
だ悲しかった。

 自分から彼女との距離を取っていることが、更に己を苛む。彼女の行動に腹を立てる権利
は自分には無い。彼女は自分を心配させたくなかっただけ。人と上手く付き合う為に仮面を
被る自分と何が違うのか。

 「調子が悪いなら、ちゃんと言わないと」

 内なる感情を押えようとも、言葉に多少の険が混じる。その所為か、高渡の反応に焦り
を感じる。自分への嫌悪に拍車が掛かる。

 「ごめんなさい…楽しくていえませんでした」

 「仕方ないな」

 笑顔を浮かべる。彼女が自分の為にこれ以上、落ち込まないように。

 「送っていきます。家で休んだほうがいいよ」

 二人分の荷物を持とうとする晋太郎の顔は、いつもの様に誰に対しても優しい笑顔に戻
っていた。

 「そ、そんな!悪いのは私だから」

 荷物を奪い返そうとする高渡に、また晋太郎は傷つく。冷めていく心。高渡を見る瞳に
もそれは現れる。

 「それにほら、もうすごく元気です!元気だから」

 「そう。じゃあ、好きにするといい」

 言葉とは裏腹に沈む高渡に気付くが、晋太郎は何も言わずにただ背を向ける。これ以上
、彼女の顔を見ていると自分の抑えていたものが溢れてしまいそうだった。

 保健室のドアを後ろ手で閉める。こちらを見つめる高渡の視線が遮ぎられたのを感じ、
嘆息する晋太郎。ひどく胸がもやもやしていた。その所為か、足取りがいつもより早い。

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 「あれ・・・晋太郎さん、まってー」

 「どうかしましたか?」

 すれ違いざまに呼び止める声に、晋太郎は振り向く。川原雅だった。確か、高渡とは
仲の良い友人であったか。

 「高渡さん・・は?」

 「うん、元気だったよ。すぐ、来ると思うよ」

 「えっと・・・ごめんなさい、高渡さんネギがダメだったんですよ。恥ずかしいから
いえなかったみたい。好き嫌いが」

 「そう。困った人だな」

 「止めればよかったんだけど・・・きっと晋太郎さんが教えてくれたからがんばって食
べるーって思ったんじゃないかなぁ。」

 何故、そうしたのか。そんなことは判っている、そう思う。それが理解できる程の付き
合いだからこそ、彼女に距離を置かれたことが辛い。

 「好き嫌いはだれにでもあるんだけどね。でも、僕には隠して欲しくなかったな」

 「いまごろすっっごく反省してますよ。きっと」

 「なぐさめてあげて。後で僕も弟をいかせるから」

 「私が言っても・・・。晋太郎さん、もう一回ちょっとだけ顔出してあげてくれません
か?」

 また会った処で、どうなる訳でもない。ここは一つ、物陰に居る捻くれ者に任せるとし
よう。

 「昇君、任せた」

 晋太郎はまた、足早に歩き出す。胸のわだかまりは更に膨れていた。

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 食材を切り刻む包丁のリズムは心地よく、炒めるフライパンは高音を奏でる。そこに加
わる煮物の鍋の蓋が揺れる音。揚げ物が起こす高音がそれに絡み合い、食欲をそそる匂い
と共に空腹を掻き立てる。


 その手際はまるで魔術のよう。晋太郎の動きは流麗且つ力強い。調理と言う行為が、芸
術の域にまで達している学生が果たしてこの世に何人居ようか。

 「うわ、兄貴なんだよこの量」

 しかし、問題はその量であった。満漢全席もかくやという料理の品々は時間と共にテー
ブルの上を埋めつつある。光太郎の驚きは当然である。しかも、未だ晋太郎の手に休む兆
しは見えない。

 「え? ああ、作りすぎちゃった」

 「うそだ、絶対嘘だ! どうすんだよこんなに」

 「コウ、育ち盛りだよね」

 「無理、絶対無理。育ち盛りとかそういう問題じゃねぇし」と言いつつ苦りきった顔の
光太郎と晋太郎の笑顔が非対称で並ぶ。

 「中々、うまそうだな」

 「やぁ、昇君」

 「わ、いつから」

 兄弟の視線の先に居る細身の長身はつまらなそうな顔で、見つめ返す。

 「後始末は人に押し付けるな。高くつくぞ」

 「怖いね」

 「なら、二度と頼むな」

 嘆息する昇と苦笑いをする晋太郎。

 「ん、お客さんかな?」

 「じゃ、俺行って来る」

 チャイムに気付き、光太郎が玄関へ行く。視線を移すと晋太郎を見る昇の目が悪戯っぽ
く笑っている。

 「昇君・・・?」

 「ツケは自分で払うといい」

 「もしかして、・・・騒がしいね。コウ、廊下を走っちゃダメd」

 「やいやいやい、バカ兄貴、女泣かせてんじゃねえ!」

 走ってきた光太郎は、注意をしようとする晋太郎にラリアット。

 「僕は別に」

 「死ね悪党!」

 倒れ、殴り合いに発展する。立派な兄弟げんかである。

 「やれやれ、仲のいい兄弟だ」と呟くと、昇は壁際へと移動する。ついでにテーブルも
引っ張り、喧嘩の範囲外に置く。

 「へ、ひょろひょろの癖にやるじゃねぇか、兄貴」

 「コウこそ、鍛え方が足りないんじゃないかな」

 言いつつ、晋太郎の拳が光太郎へ伸びる。拳は飛び込む高渡を正確に捉える。

 「ああぁもう・・・」

 次の瞬間には川原の溜息と高渡のノックダウンされた身体が、そこにはあった。

 「な……」

 「うわー、兄貴さいてー」

 「何を言ってるんだ。って、コウ! 気付いていたね!?」

 「さてねー」

 高渡を介抱しようか、光太郎を追い掛けようか晋太郎は一瞬迷い、結局魔術を使って光
太郎を捕らえることで一挙両得を狙うことにする。

 「おっと、そらよっと。へっへー」とかわす光太郎。「あーあー」と見守る川原。無言
でテーブルを更に脇にやる昇。

 また、大騒ぎになっちゃた。でも、晋太郎さん、ちょっと嬉しそう。薄く目蓋を開けて
晋太郎を見つつ、高渡はそう思っていた。


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最終更新:2007年09月27日 11:08