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「やめてくれよ、兄貴! なんでこんなことをするんだよっ」

 目の前の兄の行為が信じられない。これが優しかった兄なのか。

 眼下に映るは喧騒溢れる大久保の風景。しかし、喧騒の種類が違う。人々は降り来たる災いに恐怖
し、逃げ惑っている。

 それはあの優しかった兄が引き起こしているのだ。

 「だって、こうでもしないとコウは僕と本気で戦ってくれないだろう?」

 『・・・理解しろ、あれは世界の敵だ。倒すべき悪なのだ』

  理性が呼びかける。しかし、事実を受け入れるには、共に過した温かい日々が邪魔をする。

 『お前は悪をぶっ飛ばす少年探偵ではなかったのか?』

 「判っているさ」と呟く。噛み締める奥歯が嫌な音を立て、きしむ。

 「ほら、急がないとこの城が完全に落ちるよ?」

 「兄貴ぃぃぃぃぃぃ!」

  /*/

 「コウ、早く起きないと朝ごはん抜きだよ」

 カーテンが開かれ、雨戸が引かれる。小笠原の朝の空気が暑気を伴い、室内に流れ込む。日差し
は強く、悪夢を引き裂いて行く。

 目の前の兄の顔に、夢の残滓を引きずるが夢は夢でしかなく、徐々に消え行く。心の傷はそっと
奥へ。過去は過去として、今を大事にするために。

 「あー、おはよう・・・。兄貴」

 あくびを噛み締める光太郎の顔を見つつ、嘆息する晋太郎。それはとても恐怖を振りまいた人物
には見えない。しかし、それは確かにあったこと。そして、その兄の息の根を止めたのは他ならぬ
弟である光太郎なのだ。

 だからこそ、今の状態は奇跡そのもので、とても大事にすべきだとは判っている。判ってはいる
が・・・。

 「じゃ、早く着替えて降りて来るんだよ?」

 そう言って背を向ける兄に対し、「兄貴は口煩すぎなんだよ、小姑じゃあるまいし」とまた
あくびをしつつ、零す。どうにも正直になれず、ついつい照れ隠しで悪態を突いてしまう。

 「だ・れ・が小姑だって?」

 振り返った晋太郎によって摘まれ、光太郎の頬が伸びる伸びる。負けずに掴み返した光太郎に
よって、晋太郎の頬もまた伸びる。

 「痛てて、放せよ兄貴!」

 「そっちこそ」

 こうして小笠原で有名になりつつある、恒例の玖珂兄弟の朝喧嘩が始まる。玖珂家の前を通る
人々はその喧騒にあらあらと見上げ、通り過ぎていく。

 ただの兄弟喧嘩ではある。しかし、玖珂兄弟にとってはかつては出来なかったこと。二人が
喧嘩をしていながらも、どことなく嬉しそうなのは失われた時の穴埋めゆえか。

 まぁ隣近所からすれば、騒音公害以外の何物でもないのだが・・・。

 /*/

 そして、その日の午後。太陽は頂点に達し、じりじりと肌を焦がすような殺人光線を発している。

 学校の昼休みといえば世界中どこにおいてもやかましい場所と相場が決まっているが、流石に
この状態では外に出る者も少なく、その騒がしさは校舎内から発せられることで幾分軽減されて
いた。

 その熱気の中を薄く笑いながら、こっそりと歩く生徒が居る。光太郎だ。

 下駄箱から裏庭へと回り込み、人目の付かない場所へと早足で行く。

 「これほど熱けりゃ、外に居る奴もいないだろうし。楽勝、楽勝」などと呟いている。

 「左良し、右良し」と確認しつつ、軽く跳躍。両手を塀に掛ける。次に右足をと滑らかな動作で
あっという間に塀を越えようとしていた。塀の高さがそんなに無いとは言え、この手際の良さは
どう考えても常習犯のそれだ。ちなみに光太郎、鼻歌まで歌っている。チョー余裕、といった所で
ある。

 だが・・・。

 「コラっ」

 「げ、兄貴!」

 呼びかけに行動が制止する。目の前に居るのは天敵たる晋太郎。恐る恐る振り返った光太郎の顔
は、いまや情けない表情が浮かんでいる。まさに悪戯がばれた子供のそれ、と言えば判りやすい
だろうか。

 「コウ、勉強はちゃんとしないとダメだよ」

 「いやいやいや、俺はただ、昼飯を」

 更に言い募ろうとするが、晋太郎の瞳が続きを言わそうとはしない。そもそも、まっすぐな
光太郎が口喧嘩で兄に勝てるはずも無い。それゆえ、光太郎は蛇に睨まれた蛙も同然で縮こまる
だけだ。 

 「あは。光太郎さんも一緒にご飯食べませんか?」

  そこに差し出された救いの手に迷わず、飛びつく。確か、この子は兄貴と学校でよく話している
子だ。涼華って言ったけ。そういえば、この間も一緒に買い物してたし。ということは・・・。

 「ほら兄貴っ、兄貴の彼女もそう言ってるし!」

 「?」

 「彼女でもないし、僕は、君が何をやってるかをきいている」

 「あー」(光太郎は目を彷徨わせている)

 「バイト……」

 その言葉を発した瞬間、星が飛んだ。宇宙が見えた。そして、体がふらふらする感覚から理解
する。殴られたのだと。

 考え、後ろめたさは頭の中から蒸発し、いきなり手を出されたという理不尽に頭が熱を持つ。
体が即座に反応をを示し、「やりやがったな」という怒声と共に拳を前に。涼華と竜野が何か
やっているが、眼中に無い。

 「ちゃんと勉強しないといけないよ」

 しかし、突き出した拳はヤレヤレと嘆息する兄の手の平で、軌道を下にずらされる。空かされ
た恰好となった光太郎の体は勢いをそのままにつんのめるように前に。そして軽く手を沿え、
足払い。光太郎の体が低空で回転する。

 「げ、元気になりやがって、がくっ」

 背中全体で落ちるように投げられたとは言え、衝撃は大きい。意識が途切れる直前に見た兄の口
は「バカ」と言っている。くっそう・・・馬鹿兄貴が・・・。

 /*/

 目を覚ますと背中が悲鳴を上げていた。目の前ではレジャーシートに座って兄と涼華と見たこと
の無い女生徒が楽しげに話している。

 「いててて」

 「あ、光太郎さん?大丈夫ですかー?」

 「おはようございます(笑)」

 「いてー。なんだよヒデー兄貴だ」

 軽く兄を睨むが、受け流され無視される。

 「はい、冷たいものどうぞー」

 「さんきゅ、美人のねーちゃん」

 差し出されるぜんざいを受け取りつつ、さらっとお世辞を言う。探偵業はその職業上、情報を
引き出す相手に嫌われていてはいけない。明るく、まっすぐで光太郎は元々好かれやすい人間で
あったが、これにより大久保界隈でますます人気が上がっている。

 そのお世辞を真に受けて顔を真っ赤にする竜野を見て、「かわいいな子だなぁ」と気分がよく
なる光太郎。益々調子に乗る。

 「兄貴を幸せにしてやってください」

 「あはは…ありがとうー!びじん…」

 「コウ……。あんまりそんなこと言ってると、嫌われるよ?」

 ビクリ、と背に冷たいものが走る。焦りを胸に仕舞い、訊ねる。

 「誰に?」

 「そうだな……巫女さんとか」

 思考がフリーズする。何か言おうとするが、口が開閉するだけで何も意味ある言葉を生み出さ
とはしない。そもそも、何故兄貴が小夜のことを知っているのか。涼華と竜野が何かを言って
いるが、素通りしていく。

 もしかして、あれも知っているのか。これも? 小夜との記憶が脳裏をよぎっていく。そして、
光太郎の脳は現実逃避を選択した。具体的に言えば、体に倒れるよう、指示した。

 なんだろう? その体の上を風が触れていく。唯でさえ暑い上に先の兄の指摘で火照った体には
気持ちいい。もう少しこのままで居よう、と心に決める。

 自分の上空では、さっきのよく知らない女生徒が晋太郎に感謝の言葉を並べている。

 「あと、晋太郎さんがいなかったら、私、この世界に来ることもなかったから…」

 「だから、いっぱい『ありがとう』なんです!」

 「僕には意味がわからないけど。どういたしまして。君のためになれたのなら、僕は嬉しい」

 「いいんです。ただ、貴方のおかげで勇気をもらえました。本当に、ただそれだけですから」

 そして、傍から呟くような声で一つ。

 「晋太郎さんがいなければ、この世界にいなかったのは、あたしも同じだから…」

 彼女らの晋太郎に寄せる好意が伝わってくる遣り取りだった。そして、そういう感情が
ストレートに乗っている会話をしていると言うことは、そちらに意識が行っていると言うことで
ある。

 体の調子を確かめる。よし、行ける。そっとちょっとずつ、体を動かしていく。ばねを溜め、
開放に向けて準備する。

 「恋の告白?」

 「!!!?」

 「うあーーー」

 「いえ!?違いますー! 私には心に決めた人がいるんです!」

 「うん」

 急に上がった大声に、驚きで反応しそうな身体を必死で押さえつける。今のは危なかった・・・。

 「だから、告白にいくのかなって」

 「その人は、趣味が人助けみたいな人だから」

 「麻衣さん?」

 「僕にそう言うってことは、一つの区切りかお別れに見えたから」

 「あうぅ…はい!告白しに追いかけます!」

 「うん、大好きアタックしにいくんだよね。麻衣さん」

 薄目を開けると、よく知らない女生徒の顔は真っ赤であり、さっき言った美人と言う台詞が満更
嘘でも無かったことに気付く。

 「うまくいくといいね。応援する。がんばって」

 「でも、晋太郎さんも大好きで、涼華さんも光太郎さんもみんな大好きですー!」

 (そう言われたら、俺も応援するしかないよな)

 そう思いつつ、兄を見る。いい笑顔をしている。かつて月子やロイと遊んだ時にはよく見られた
顔だった。しかし、段々その笑顔は偽りに染め上げられていったことを知っている。

 だからこそ、その笑顔が戻ってきたことは大変嬉しいし、引き出した二人には感謝したい。

 (邪魔者は退散だよな、うん。バイトバイト)
 「はい!ありがとうございます!絶対きめてきます!」

 盛り上がっているのを見定め、一気に駆け出す光太郎。

 が、しかし。

 「光太郎さん!!」

 それを涼華が阻止する。光太郎はいい音を立て、地面と抱擁することになる。

 「なにすんだよねーちゃん!」

 「ご、ごめんなさい!!」

 腕で上半身を起こして、文句を言おうとしたその時。

 「にゃー!光太郎さーん!」

 第二の衝撃。竜野が光太郎の上に乗り、再び地に伏す。

 「お兄さんから逃げちゃだめだよー! 兄弟仲良くねー!」

 竜野は楽しそうに言うが、光太郎にとってはうれし恥ずかしである。竜野の柔らかい体が
密着され心地よく、なんかいい匂いがする。顔がどんどん赤く染まっていく。

 「や、優しくしてね」

 「下品だよ」

 光太郎の頭に晋太郎の拳が落ちる。二度あることは三度ある。光太郎、三度目の大地との
触れ合いである。

 「えーと…舞い上がりすぎちゃってごめんなさい」

 すまなそうな微笑を浮かべる竜野がどき、ようやく光太郎は自由を得る。

 「そろそろお昼も終わりだね」

 その兄の言葉に愕然とする。小笠原でバイトが出来る所は限られている。無連絡でのサボり
では、もう雇ってはもらえないだろう。

 「バイトが……」

 呆然とする光太郎の横で、三人はまたお昼を食べようと楽しそうに話し合っている。なんとなく
仲間はずれである。色々な意味で泣きたかった。

 「よかったら、光太郎さんも!」

 「あい(涙目)」

 なんだろう、誘ってもらっても微妙に嬉しそうに出来ない。

 「おこずかいなら、あげるから」

 「うっせえ兄貴、ばーか」

 兄が輝いて見えた。何か居たたまれない。しかも、上から見られているような兄の言動が
悔しくてたまらない。思わず駆け出してしまう。そう、意味も無く走り出すのは若さの特権。

 「兄 弟 仲 良 く、ね?」

 「あ、ばかは…いっちゃ…」

 竜野と涼華が掛ける声をその場に残し、光太郎は感情に身を任せ、走りだす。二人は唖然。
晋太郎は肩を竦めた。弟の反応は彼にとっては、いつものことであった。

 /*/

 その日、学校内で光太郎に声を掛けるものはいなかった。昼休み以降の光太郎の意気消沈振りが
凄まじかったからのと、ぶつぶつと呟く光太郎が不気味だったからである。

 勿論、次の日はいつも通りに元気になっていたのではあるが。

Fin

※光太郎を主軸にしてみたら、竜野さんがあまり目立たなくなりすみません。ただ、個人的に以前
晋太郎を主軸にしたものを書いたことがあったので、大変楽しく書かせていただきました。

 二度と失いたくは無いけど、居れば居たで・・・という光太郎の複雑な感情を感じて頂ければ、
幸いです。

 それでは、お目汚しでした。


作品への一言コメント

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  • 目立たないなんてとんでもないです!光太郎視点のSSはすごい意外な嬉しさで、とっても嬉しいです。ありがとうございました!男兄弟もいろいろ複雑なんですねー。 -- 竜乃麻衣@FEG (2007-10-25 18:15:16)
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最終更新:2007年10月25日 18:15