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睦月@玄霧藩国様からのご依頼品



 穏やかな昼下がりの教室。
 各々が弁当を取り出したり、学食へ駆け出していく風景の中

「鋸山、すまんが醤油をとってくれ」

 何気なく芝村英吏が放ったこの言葉が、事態をよくわからない方向へもっていくことを誰が予測できただろうか……。


/ * /


 静かだった学校に喧騒を運んで来た、それっぽく作られたの鐘音が響き渡る。
 学生たちは各自教室で机をくっつけたり、校庭のその辺に腰を下ろしたり、学食へ向かって猛烈なデットヒートを繰り広げたりしているのだが、睦月はその中をとぼとぼ歩いて教室へ戻ってきた。
 事の顛末は簡単かつ意味不明である。

 工藤さん、英吏を見つめる。
 ↓
 工藤さん、英吏にパンチ。
 ↓
 工藤さん、ダッシュでどっかに行ってしまう。
 ↓
 睦月、追いかけるが追いつけず。
 ↓
 仕方ないのでとぼとぼ教室に戻ってきた。

 こんな感じである。
 こうなったら殴られた当人である英吏に事情を聞いて原因を探ってみようかとも思ったのだが、どうやら自分と入れ違いに窓から飛び出したらしいことを聞き、激しく自分の失敗を理解した。ああ、順番間違えた……、と。
 それよりも窓から飛び出すって頭が面白いことになってしまったのかと少し心配になるが、まあ英吏ならば不思議ではない、と自分を納得させることにする。

(窓から飛び出したんなら、外だよなあ)

 とりあえず冷静に考え、英吏の姿を求めて教室を飛び出し、昇降口を抜ける。
 そして躍り出た校庭で先に見つかったのは、どういうわけか工藤だった。
 この瞬間冷静になったはずの睦月の思考が、またぐねぐねと捻じれ始める。探していたはずの英吏はとりあえず思考の脇道へ投げておいた。

「工藤さん、何してるんですか!?」

 なにやら楡の木に向かって、特攻とも取れる勢いで八つ当たりしている工藤へ声を掛け、駆け寄る。
 周囲を軽く見渡してみたが、学生の姿は無い。流石にそのあたりは配慮しているのかもしれなかった。
 余談だが、楡の木、英名ではエルムというそれは30m以上の大きさを持った落葉広葉樹だ。それを揺らせる段階で相当な腕力であることが伺えるわけで。英吏よ、お前無事なのか。

「なんでもねえ」

 工藤は睦月を一蹴し、繰り出す拳の勢いを増していく。咆哮。最後の一発を叩き込み、工藤は息を切らした。
 楡の木に残っていた葉がひらひらと舞う。 

「……そんなに疲れるまで殴ってるなんて、全然何でもなく見えませんよ!」

 工藤が武道家だったりして、己の限界を知ろうとしているとかじゃない限りは、至極もっともな意見である。

「それにここだと目立ちますよ 色々バレちゃうかもしれませんし、ちょっと向こう行きましょ」

 言い返す言葉も無く、工藤はそれを無視した。
 もとより見計らっていたのか、周囲には学生の姿は少ない。そういう場所なのだ。
 額から流れる汗を拭い、工藤はその長い金髪を振った。小さな滴が、ダイヤモンドのように飛び散る。
 そして壮大にへこんで、木の根元にしゃがみこんだ。

「えーと……えーと……はぁ……」

 睦月がぐるぐるしながら隣に腰を下ろす。と、工藤は膝の間に自分の顔を隠した。
 独り言や、遠くの喧騒、雑音をかき消しながら、包み込むような温かさの風が吹く。
 長いような短い時間が過ぎ、工藤は顔をあげた。

「……大丈夫ですか?」
「もういっぺん殴ってくる」
「……はい、分かりました。でも、手を傷めないようにしてくださいねー」

 止めるのは野暮だと判断したのか、制止するどころか送り出す睦月に頷くと、工藤は校舎へ向かって走っていった。
 瞬間睦月がずっこける。あれ、楡の木殴りにいくんじゃないのか。
 それなら保健室に救急箱を貰い行っておいたほうが、あとでいろいろ役に立つんじゃないだろうか。追いかけるのはその後で。
 自分の考えがまとまるよりも先に、睦月は保健室へ走り出し、扉を開く。
 そこにはすでに先客がいた。

「……アレー?」

 思わず首をかしげる睦月。
 先客英吏は、工藤によって殴られた頬を消毒しているようだった。なんともシュールな光景に見えなくも無い。

「英吏さん……工藤さんが来ませんでしたか?」
「知らんな。一発殴られて、今治療中だ」微かにむすっとしながら英吏が応える「俺が殴られた理由、わかるか?」
「いや……分かりません。ごめんなさい」
「おれもわからん」

 頭を下げる睦月に、英吏も一瞬だけ困惑した笑みを見せたが、すぐにぶつぶつと文句を垂れ流し始める。

「ふむぅ……ちょっと殴られる前の発言とか思い出してみてくださいませんか? もしかしたら何か分かるかもしれません」

 そういえば何も聞いていないことを思い出し、ちょうどいいから英吏に直接聞いてみる。
 英吏はふむ、と顎に指を当てて記憶を引っ張り出した。

「鋸山、すまんが醤油をとってくれ」

 時間が凍ったような静寂が訪れる。

「……醤油嫌いか?」
「まぁ、そういう冗談は良いとして……他には何か言いませんでしたか?」

 瞬間、英吏が珍しく凹んだように視線をそらした。大真面目だったらしい。

「あー、いや……御免なさい。だとすると……その鋸山さん関係なのかもしれません」
「鋸山が?」

 ぐるぐるする睦月と、軽く落ち込んでいる英吏。そんな彼らの脇にある、保健室の扉が唐突に開いた。

「分かんないですけど……何かあったのかもしれませ……誰ですかー?」

 2人がほぼ同時に視線をドアの方に顔を向け、固まった。工藤だ。
 飛び込んでくる工藤を見るや否や、英吏は小さく頷いて思考を切り替えた後、睦月のの手を取った。

「へ? って、逃げるのは駄目ですよ!?」
「芝村に逃げるはない」

 瞬間、英吏は睦月を引き寄せ、工藤の繰り出す拳と自身の間に滑り込ませ、盾とする。
 豪快な音とともに、睦月の体が宙を舞った。
 その影で拳を握り締め、英吏が反撃に躍り出る。
 殴った直後の隙を疲れた工藤は、為す術なく殴り倒された。

「ちょ、あんた帰るなー!」
「介抱してやれ、そして、貸し借りはなしだと」

 英吏が上機嫌に、肩で風を切りながら保健室からずかずかと出て行った。

「うっ……そ、そうだ、工藤さんの方が先だ。工藤さん工藤さん、大丈夫ですか?」

 声を掛けられた工藤は、殴られたおかげでずれたかつらを被りなおすと、静かに涙を流した。
 睦月がハンカチを差し出すが、受け取らずに自分の手でそれを拭う。

「よええな。俺」

 工藤ははき捨てるようにつぶやいた。

「弱い……ですか?」
「思うこと一個だって、やれねえ……。強くなりたい……」

 涙を拭う手を止め、工藤が顔を上げる。
 ひねり出したように小さくつぶやいた。
 かつらを取り、溜まった汗を拭ってもう一度被りなおし、工藤は思考を切り替えた。

「もう、大丈夫なんですか?」
「うん。ありがとう」

 輝くような笑顔の仮面。

「恥ずかしいところ見せたね。ごめんなさい」

 着飾った言の葉。

「もう、こんなところは見せないから、許して」

 それでもおそらく本心であろう言葉に、睦月は少しだけ微笑んで頷いた。

「いくらでも見せて貰って僕は全然かまわないんですが おせっかい焼きなんで本当は」
「……私がいやなんです」

 場を和ませるように笑う睦月に、工藤は精一杯の、それでも壊れそうな微笑を返して呟く。

「……完璧になりたい」

 諦めたような、呆れたような、どちらとも取れるため息を気づかれない程度につき、睦月は再び笑った。

「頑張って」
「……おう」

 工藤も笑った。今度は少年のような、あどけない表情で。


/ * /




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最終更新:2008年02月16日 02:28