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緋乃江戌人@世界忍者国様からのご依頼品



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 薔薇という花は、愛を示す花である。
 幾たびの品種改良を経ても、変わらずに威風堂々と咲き誇る、花の女王だ。
 ここは天領。冬という生命の終わりを象徴するような白い季節に染まった冬の園、その中にある冬薔薇園の前だ。
 その名の示すとおり、様々な色の薔薇が、計算された配置で白いキャンバスを彩る、絢爛な空間が目の前に広がっている。

「凄い……。こんなところ、今までに来た事ないよ」

 戌人が思わず感嘆の声を漏らした。眼鏡の裏の瞳は瞬きを忘れて正面、色とりどりの薔薇に注がれている。
 その隣ではあやめが目をくりくりさせてあちこちを見ていた。すらっとした艶やかな白い足が、半ズボンから伸びている。

「さむいね」

 やはり寒かったのか、あやめは白い息を吐きながら笑った。冬の園にはあまり似つかわない、太陽のような微笑だ。
 言葉を受け、戌人が自分の上着をあやめへ差し出す。足元まで覆うほどのロングコートだ。この男が羽織るとどうにも暗殺者かエリートに見えなくもない、そんな代物。

「大丈夫?」
「いいよ。それ着ると可愛い格好見れないし」

 あやめはとてとてと新雪に足跡を付けながら戌人の正面に立つと、ふふーんと大胆なポーズをとった。いわゆるセクシーポーズというやつである。
 雪で反射する太陽が作り出す白銀の光が、そのスレンダーな肢体をくっきりと映し出していた。

「似合う?」
「似合う。凄く。なんて褒めようか迷って言葉が見つからないくらい」
「よし。これで良狼を撃沈だ」

 戌人が微かに憂いを帯びた微笑を浮かべる。どうやらまだ自分は彼の視野に入っていないらしい。分かっていた気もするが、やはり男として寂しいものがあるのは確かだった。
 そんな彼のこともお構いなしに、あやめはステップを踏むように戌人の背後に回ると、その無防備な背中を叩いた。

「よし、デートしよう」
「え!?」

 突然の宣言に、戌人は慌てて辺りを見渡す。『しよう』というのは通常誰かに対して使う言葉だ。他に誰かいるのだろうか。
 白く雪化粧した薔薇の園の前には自分と、目の前の彼女しかいない。
 ……と、いうことは、自分のことを言っているのか。

「ぼ、僕と?」
「デートでよんだくせに。いこっ」
「……うん! そうだね!」

 行こうと一声かけ、戌人は彼女のすぐ傍を、寄り添うように歩く。
 触れそうで触れない左手が震えている、気がした。鼓動が下手糞なダンスを踊り始める。一言で言うとドキドキであった。
 リードした割には、隣を歩くあやめのほうがずんずんと、元気よく薔薇園へ突撃して行く。
 それについて、地面に積もった雪の生み出す目映い光の門を抜けた先は、薔薇園の名に相応しく、見渡す限り一面薔薇の世界だった。
 寒さで花弁が縮こまってこそいるが、その姿は流石に花の女王。雪の白を利用して、自らをさらに美しく見せているかのようだ。
 あやめがわぁと、女の子の様な感動の声を上げる。どうしようかと散々悩んだ結果、空気を読まずに一応突っ込むが、男の子である。男の子のはずである。

「凄い、綺麗だね……」
「うん……うん」

 あやめがこくこくと何度も頷く。まるでそれ以外の言葉が見当たらないようだが、まさにその通りの景色である。

「綺麗。雪と薔薇は似合うね」

 目をぱちぱちとしながらあやめは呟く。そして急に、何か思いついたように小首を傾げ、頭の上にハテナマークを浮かべた。

「雪と薔薇と君は更に似合ってると思うよ。……何を考えてるの?」
「薔薇って雪に強いの?」

 素朴な、とても素朴な疑問だった。
 戌人が顔を赤くしながら発した、歯が浮くような台詞を華麗にスルーするには、あまりにも素朴な疑問だった。もしかするとある種の才能なのかもしれない。

「うーん、どうだろう。……多分、冬に強いように品種改良とかされているのかもしれないね」

 流石に本心としては無念だが、この台詞を言い直すような真似は到底出来ない。戌人は素早く思考を切り替えて辺りを見渡した。係員がいれば話は早いのだが、生憎近くにそれらしい人影はひとつも見えない。宰相府が気でも遣っているのだろうかとも思うが、どこかで監視されているという線も否めなく、そう思うと何ともいえない感覚があった。

「そうかあ。でも凄い数だね」
「数えたらどれくらい時間かかるかなあ……」
「丸一日、かかりそうだね……。数えてみる?」
「ううん。奥に冒険にいこう」

 あやめが面白い冗談を聞いたように笑って首を横に振る。
 本心、それでも別にかまわないと思わなくもなかったのだが……。それを心の内に仕舞い、戌人もつられて微笑む。
 彼が行こうと言うと、あやめはその腕を取って歩き出した。
 突然の事に戌人の頭の中が、辺りと同じく真っ白に染まる。心臓が大きく脈を打ち出した。気づかれただろうか?
 兎に角、深呼吸。引っ張られている歩調を徐々に合わせ、いつものそれに切り替えていく。

「君の名前の茨城、も、元々薔薇から来ているよね」
「そうなの? 茨城って薔薇なんだ」

 頭の中を切り替えるために戌人がうんちくを繰り出す。再び頭の上にハテナマークを浮かべながら、あやめは聞き返した。

「薔薇のとげから来てるんだよ……ショックだった?」

 常陸国風土記の、茨城郡条に記された故事のことだ。
 知ってか知らずか、あやめはがーんという顔をしている。すぐ脇、手を触れない位置にいたさっきよりも近くで見るそのあどけない表情に、戌人は自分の顔が熱くなっていくのを感じた。

「そうかあ。さすがお父さん……」
「お父さん?」

 あやめは何故か周囲を見て、小さく頷く。その口元には微かに苦笑を浮かべていた。

「……そっか、凄いお父さんなんだね」

 あまり触れないほうがよさそうだ。そう感じた戌人も微かに苦笑いを浮かべ、話題を切り替えるべく辺りを見渡す。
 腕に纏わり付かれた感触ですっかり忘れていたが、ここは冬の園の薔薇園だ。見渡す限り、薔薇と雪が覆っている。

「薔薇は高嶺の花だし、まさしく君は茨の城のお姫様ってところだね」

 戌人の言葉にあやめが微笑む。
 見上げるようなその表情に、落ち着き始めた心臓が再び大きく、一度だけ鼓動を刻んだ。なんたる迂闊。

「うーん。小さい頃は木登りしかしてないかも。あ。喧嘩もか。一番強かったなあ」
「元気なのは、良いことだよ。僕は素敵だと思う。子供の頃の君に小さいうちに会ってみたかったな」

 再びあやめは笑い、戌人の腕から離れ、くるくると白い雪舞台を踏みしめながら彼の正面に躍り出る。その場でくるりと一回転して、両手を広げて空気を感じながら空を見上げた。

「小さいとき? どうかなあ。かわいくなかったから」

 あやめは遠い目をしながら、昔の記憶に浸り始める。
 空では寒さとは対照的に青空が広がり、灰色を帯びた雲が足早に流れていた。

「お兄ちゃんが欲しかったなあ」

 白い吐息を微かに吐き出しながら、ぼそりとあやめが呟く。

「お兄ちゃんかぁ……お姉さんはいるんだっけ?」
「うん。お姉さんばっかり」

 あやめは苦笑して、またその場で踊るように一回転した。

「それは欲しくなるね。僕はお兄さんばかりだから、逆にお姉さんが欲しかったよ」
「末っ子?」
「うん、三男。君も?」
「僕は4番目」あやめが首を振りながら答える。「でも、一緒だね?」
「うん、一緒だね」戌人が微笑む。「なんだか、嬉しいな」
「うん」

 今度はあやめがつられて微笑む番だった。あやめは微笑を浮かべ、再び戌人の隣まで来ると、やはりその手に、絡まるようにしがみついた。
 ぎこちなく微笑む戌人。二度目にもなれば流石に若干慣れはする、が、やはりすぐ傍に温もりを感じるというのは何とも気恥ずかしいものがある。

「男の子の兄弟いたら、絶対楽しいと思うんだ」

 歩きながら、隣の戌人を上目遣いに見上げながらあやめが言う。その表情は今がまさにその時であるようにも見えた。

「うーん、喧嘩は上が強いから、逆らえなかったし、年も中途半端に離れてたからそんなに遊んでもらえなかったけれどね。……でも、良い兄貴達だった。楽しかったと、思う」
「そうなんだ。そうかぁ」

 まるで自分のことのように微笑み、頷きながら、あやめが視線を前に戻す。
 そこには赤や黄色の薔薇が咲く花壇に挟まれた、白く輝く空間があった。

「あ。白薔薇だ」空いている手でその輝きを指差す。「見て、真っ白……」
「わぁ……雪より、白く見えるよ……。綺麗だね……」

 白薔薇は、その花弁に微かに積もった雪とともに、日光を一身に浴びて銀色に輝いている。
 まるで小さな太陽がそこにあるようだった。 
 あやめが感嘆の声を漏らしながら、ぱたぱたと駆け出す。
 背が低い白薔薇たちを見下ろしながら振り返り、戌人へ笑顔を向けた。

「絵になる光景だね。薔薇、似合ってるよ」にっこり笑顔を返して。
「うん。上出来。んー」

 期待したとおりの言葉に、あやめは笑顔のまま、無造作に戌人の正面へ近寄ると、んー、としながらその顔を見上げた。

「どうしたの?」

 微笑みながら、戌人が膝に手を当てて中腰になり、顔を寄せる。と、その頬の両側が優しく引っ張られた。

「なんか、出来すぎてる」手を離し、じと目であやめが見上げる。「人気はでそうだけど、僕は好きになれないな」
「僕は人気はいらない。ただ、君に好かれたいよ」その瞳を至近距離から、正面から、真っ直ぐに見つめながら戌人が言う。「君だけに」
「んー。あやしい。なんでだろ?」

 あやめが微笑みながら首をかしげた。戌人も困ったように微笑むと、あやめの身体を抱き寄せた。
 抱きしめて改めて気づくが、彼女の身体は力を込めれば折れてしまうのではないかというほど、華奢である。優しく、包み込むように、戌人は抱きしめる手に微かな力を込めた。
 ドクンドクンと心臓が脈打ち、背中に回している両手が微かに震えている。見えないが、顔もおそらくは紅潮していることだろう。せめて紅潮だけは悟られないようにと、あやめの頭を自らの胸に埋めた。

「ただ、君が好きで、君に好かれたいだけなのに」
「……やっぱり思うんだけど、この辺手馴れてるからじゃない?」

 あやめの声がいつもの調子で聞こえる。見えないが、おそらく苦笑していることだろう。

「……これでも内心、ドキドキなんだよ? 心臓の音、聞こえない? 誰かをこうして抱き締めるのだって、初めてだ」

 返事はなかった。代わりに、胸板に耳をそばだてられているような気がして、急に恥ずかしさが増した気がした。

「口でしか言ってこなかったから、行動で、示してみた…んだけど……駄目?」

 抱きしめる両手の力が微かに緩んだ瞬間、あやめはするりとそこから抜け出すと、再び白薔薇が咲く花壇の前まで離れた。
 白薔薇と雪の放つ銀光を背負い、あやめが笑う。彼女の足元の雪が溶けるんじゃないかと思うような笑顔だ。

「だめ。もっとがんばって。お兄ちゃん?」

 舌を出しながらそう言い、両手を広げて華麗にターンしてみせると、肩越しに戌人へ笑いかけた。

「いこ?」
「……うん」

 何度目だろうか。戌人はつられるように微笑を返し、先に歩き出したその背中を追って、自分もゆっくり歩き出した。
 純潔の意味を持つ、白い薔薇が風に揺れる。
 まるでそれは、この奔放な茨姫のようでもあった。


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作品への一言コメント

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  • 作中の台詞ではないですが、雪と薔薇とあやめがとても良く合ってる素敵な文章だなと思いました。書いてくださってどうも有り難うございました。 -- 緋乃江戌人@世界忍者国 (2008-02-20 12:56:26)
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引渡し日:2008/2/20


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最終更新:2008年02月20日 12:56