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鍋 ヒサ子@鍋の国様からのご依頼品



/*前方以外不注意*/


     1   に、入る前に

 鍋ヒサ子は病院にいた。両手はギブス、腰にもコルセットという完全武装っぷりは、どこからどう見ても入院患者のそれである。桃色のパジャマを着た彼女は、実に退屈そうにベッドに横たわっている。
 退屈も退屈。二週間もこうしていれば、誰だって飽きるというモノである。とかく、病院というのは出来ることが少ない。この体では散歩にだって出られないし。一人では物を食べるのだって大変だし。そもそも歩くこともままならないなんて人体として間違っていると思う。詐欺だと思う。
 いやまあ。自業自得なんだけど。
 でも、やっぱり。
「お風呂入りたいなー」
 白い天井を眺めつつ、ぼんやりとつぶやいた。が、残念ながらその望みをかなえるならば、最低限、その武装を全てパージできるようにならないことには難しい。
 入院して二週間。そりゃ体は拭いてもらっているけれど……やっぱり浴槽に入りたいのです。一瞬、水槽の中にたたき込まれる自分を想像。人魚になるのもいいなーと益体もないことを考えた。
 がっくりとうなだれていると、部屋の外から声が聞こえてきた。面会ですよー、という声は聞き慣れた看護士のそれだ。誰が来たんだろうと思いながら、返事を返した。
 すると、部屋に入ってきたのはヤガミだった。
「調子はどうだ、バカ」
「おふろはいりたいです!」
「直ってからな、バカ」
「うううー… ま 真夏でなかっただけよしとします…」
「どういう意味だ。バカ」
「だって真夏だともっと汗かきそうで……に、におい、とか」
 そこまで言って我に返る。ヒサ子は不満そうな顔をした後、ちょっと泣きそうな顔をした。
「バカはバカですが語尾みたいに言いすぎです! わーん」
「お前なんかバカで十分だ。バカ」
 言った後、ヤガミは首を振った。本気で怒っても通じていないらしい。くそっ。舌打ちするのをこらえて、ヒサ子を抱いた。けれど、抱きしめるほどの力はかけないように。
 それが、気を使われているのだと理解する前に、ヒサ子は驚きで頭が真っ白になった。
「え、あの、う、あれ? え、えっと、ごめんね…?」


 ――さて、今日のお話はここに至るまでのある一日。
 ある不注意者と、舌足らずのお話である。

     1

 その日は気持ちの良い朝だった。空には雲一つ無く、少しだけ、涼しいような気もした。
 そのわりに、ヤガミは妙に不機嫌だった。顔をしかめ、やや口をとがらせた表情はどこか険悪だ。眼鏡の奥の目は、もともとそう大きくないというのに、常よりも細められている。今の彼ならばこの天気にさえ愚痴をこぼすかもしれないと、彼を見た者は思っただろう。
 別に、何かがあったわけではない。
 いや、あった。
 あったが、それを口にするのは憚られた。たとえ誰もいないところでもとてもそれを口にする気は――否、たとえ誰もいなくとも、知恵者ぐらいなら聞き耳を立てていそうだと考えを改めるヤガミ。どっちにせよ言う気は無い。
 だから心の中で思った。

 なんで登校なんだ、と。

 今日は鍋ヒサ子に呼ばれた日である。久しぶりに会うこと、それ自体にはなんの不満もない。むしろ機嫌が良くなったくらいだった。事実、あうことがわかった一瞬後に彼の表情はゆるんでいる。
 ただし、問題はその後だった。鍋ヒサ子が選んだイベントは、登校、だったのである。
「どういう意味だ」
 俺はもう学生という歳じゃないぞ、と思うヤガミ。それともそう思われているのか? なんだって、久しぶりにあったのに登校なんだ。登校では会える時間はそう長くない。畜生。面白くない。
 勿論、こんな台詞を本人前にして堂々真っ正直単刀直入に言えるはずはないわけで。そんな不満を押し隠しているしかないヤガミは、だから、端から見れば今日は妙に不機嫌に見えたのだった。
 しかし、不機嫌だとしても、イベントがなんにしても、会えるなら会いに行く。会いに行かないはずがない。そんなことは悩むまでもないと、彼は考えていた。
 そんなわけで、ヤガミは待ち合わせ場所――というよりも、そんなもの決めてなかったので、とりあえず鍋ヒサ子の家の前に来ていた。
 なにげに、かれこれ一時間ほど前からそこに突っ立っている。ちょくちょく時計を見て、通学路の距離を確認した。こんなに遅く出たら遅刻するんじゃないかとやきまきする。すでに本人の趣旨が大きくずれていることには気付いていない。
 というよりも、ヤガミにとって言えば、ヒサ子を大事に扱うという上では遅刻の問題も会える会えないの問題も全部同じレベルなのであった。
 さらに五分ほど待つと、ヒサ子が家から外に出てきた。一瞬目を大きくした後、元気よく手を挙げた。
「おはよーございますっ」
「……」
 機嫌良さそうじゃないか、と言いかける口を閉ざして、ヤガミはぶっきらぼうに頷いた。
「ああ」
「いいお天気ですねっ。……?」
 言った後で、不審に思ったらしい。ヒサ子は一歩近づいてくると、小首をかしげてじっと見つめてきた。俺はからかわれているんじゃないだろうか、と考えるヤガミ。一瞬、弄ばれるという言葉を思いついたが、流石にそれは否定した。それに関しては、考える余地もない。
「天気はいいな。学校に行くなら頑張ってこい。それじゃあ」
 余地もなかったが、不機嫌なのは変わらないのである。ついでに言うと時間的に危ないのも事実。が、そんなことは一切口にせず、ヤガミはぶっきらぼうに言うと立ち去ろうとする。華麗にUターンしてすたすたと歩き出した。
「わーわーわー」慌てるヒサ子。「や、ヤガミは一緒に行けないんですかっ。ううっ。しまったー。いっしょにお昼食べたいなーと思っておべんとう作ったのに……」
 ほう。俺はそんなに子供に見えるのか。
 ぴくり、と口の端が引きつる。ヤガミの中で新たな活火山が形成された瞬間であった。
「俺は学校に用がないからな……」ヤガミは淡々と言った。「ま、レベルの高い嫌がらせだと思った」
「そんなことしないです」
 きっぱりと言い切った後、ヒサ子は不満そうに口をとがらせた。
 ただ。そのあと、ちぇー。先生とかになってたりしないかと思ったのに。どうしよう、ヤガミいないんじゃ学校に行っても、あんまり、意味がとかなんとか言った事は、さて、どう評価するべきだろうか。
 ……難しいところである。
「入り口までは送ってやる」
 とりあえず一切の評価を保留してヤガミはそう言った。しかしヒサ子はまだ不満そうにうーと唸っている。
「でも実は、学校は夏休み、だった、ような。もう違うのかな」
「今思いついたようなことは言わないでいい。いくぞ」
 すたすたと歩き出す。が、ヒサ子はなおも食い下がろうと言葉を続けた。
「今思いついたわけでは! よくわかってないだけですっ。うーうー。ヤガミは用が無いだけで、学校には、入れる?」
「急げ。遅刻するぞ」
 ヤガミはどんどん歩いていく。距離、十メートル。
「お返事ー、て、わーんもうーー」なんで先に行くのー、と思いながらヒサ子は追いかけ始めた。「ヤガミがいないんだったら行かないっ」
「前より幼くなったな。どうか、したのか?」
 ヤガミは怪訝そうな顔をして振り返った。もっとも、歩みは止まらない。
 というか、むしろ加速していた。距離は二十メートルに開いた。
「あのね、ほんとはね! ひさしぶりに制服きて、さすがに同じ学年にはなれないだろうけど、ヤガミと学校でこう……なんかいろいろ! したかったのっ」
 ヒサ子の息が切れ始める。それには気付いたが、ヤガミはさらに速度を上げた。腕時計を見る。時間的にはもう少し急いだ方が良さそうか。
「中庭で一緒にお昼食べたかったの。あのね、中庭はね、私がデザインした……ような感じ? だから」
「そうか」
 距離、二十二メートル。
「もしかして逃げてますかっ」
「いや、別に」
 ヒサ子は小走りから駆け足に変化。一方、ヤガミもさらに速度を上げる。二人とも、完全に走っていた。陸上部の朝練を追い抜いていく。体操服の学生達がぎょっとして見送った。
「それ送ってくれてるって言わないー!」
 ヒサ子の抗議は遠い。というよりも文句言っている余裕など無かった。ヤガミもヒサ子も全力移動中。もしも今奇襲されたら回避も出来ない有様だった。
 朝っぱらからの中距離走。あまりに元気の良い二人組は、周りの視線など顧みることは一切無く、全速力で駆け抜けた。

 そして、五分後。
「ついたぞ」
「早すぎます! せめてもっと会話を楽しむとか!」
「ばか。遅刻するだろう」
 思い切り息を切らした二人は、学校の門の前にで体をくの字におりながらそんな事を言い合っていた。ちなみに、息は完全にあがっている。肩を揺らしながらぜーはーと繰り返す様は、ようやくおいついた朝練中の陸上部が思わず目をそらすほどの有様であった。俺たちの部活ってまだ楽だったんだな、とか言うモノさえいた。
「……あは」ヒサ子は笑った。「あははは。ヤガミも息切れてる」
「間に合ったな。いってこい」ヤガミはやせ我慢で息を調えると背を伸ばした。ヒサ子を見て、言う。
「どーしても、ヤガミは学校にはきてくれないですか」
 だから、俺は、子供じゃ、ない。
「帰る」
 表情が変わるよりも早くターンして、ヤガミはすたすたと歩き始めた。
「わーもう! 馬鹿にしたんじゃなくて、なんか嬉しかったのっ」
 とっさにしがみついて引き留めるヒサ子。校門の向こうで様子を見ていた陸上部員が、わーと声を上げる。破廉恥だーという声に対してにらみをきかせつつ、ヤガミは迷惑そうに……聞こえるように、言った。
「抱きつくな」
「ダッシュで帰られたらどうしようかと」
「学校にいってこい」
 そう言うと、いささか不満そうではあったが、ヒサ子は抱きつくのをやめた。
 もっとも、今度は空いた手で服の裾を掴んでくるあたり、諦める気はさらさらないらしい。
「学校にいくんだ。また逢える」
「……先にお返事ききたいです。ヤガミは学校には入れないの?」
「入れる」
「じゃ、じゃあっ。先生やって欲しいっ」ぱっと面を上げるヒサ子。意気込んだ。「それがダメならせめてお昼! お昼休み、会いたい。おべんとう二人分作ってきたのっ」
 ヤガミは目をそらした。
「先生の柄じゃないな。昼は……忙しい気がする」
 自分でも駄目ないいわけだなと思った。くそっ。なんでこう言うときばかり舌が回らない。そんなことを思う。
 もっとも、内心でぼやくヤガミの声を聞くモノがいたならば、きっと、いやいや、あなたの舌が回らないのはいつものことですよと誰もが思ったに違いない。
「…………そっか」
 もっとも、うなだれているヒサ子がそれに気付くはずもなく。
 どうすれば引き留められるかと一杯一杯の頭で考えながら、彼女は困った風に聞いた。
「えーとじゃあ、鶏のから揚げとアジのフライだとどっちが好みですか」
「どっちも嫌いだ」
「うー」
 最後の切り札だったのか、しゃがみこんで落ち込むヒサ子。もう駄目だと思った。
 ――流石に、悪い気がしてきた。俺はいじめてるわけじゃないぞと、校庭からこっちの様子を見ている学生達に視線でアピール。蜘蛛の子を散らすように逃げていく学生達。追い待て。……いや、待たなくていいのか?
 ……まあいいか。
 そんなことよりも、こっちだ。ヤガミはヒサ子に目を向ける。
 だいたいいつまでも腹を立てていても仕方がない。というよりも、なんだ。少なくとも、彼女の善意に関しては理解した。こっちをいじめるために弁当まで用意したりはしないだろう。登校というチョイスや、学校云々の話については――まあ、今は感慨萎えようにするとしよう。
「……わかった。昼には顔をだす」
 ヤガミは内心で苦笑した。ずいぶん優しいじゃないか。そう、自分を褒めてあげたくなる。
「いってこい」
「い、いや、嫌いなものしか用意できなかったことに落ち込んだだけで。忙しいところ無理させるのは本意では……」
 一方で、そんなヤガミの心理なぞわかろうはずもなく。おろおろしているヒサ子は迷ったあげくにバッグから弁当を取り出した。
「ふたつあっても困るのでこのおべんとうBとミニタッパAを進呈。あ。ミニタッパBもだ。嫌いなものしかなかったら、わたしのみえないとこでいぬかねこにあげてくれても……」
「もっていてくれ。ちゃんと来るから」
 ヤガミは笑って、ヒサ子の頭をぽんぽんと叩いた。
 心配しなくても、言ったからにはそうする。
「う、うん。わかった」
 ぱっと顔を明るくして、ヒサ子は頷いた。返されたお弁当を大切そうに抱きしめる。
 それを確認すると、ヤガミは去っていった。
 さて、昼間でどうやって時間を潰すか……。


     2   ではなく、あるいは伏線

「あ」
 立ち去ってから一〇分後、そんな間抜けな声をヤガミはあげたる
 そして立ち尽くした。危ないことに路上で、である。
「待ち合わせる場所を決めなかった」
 顔をしかめるヤガミ。ヒサ子がいなかったので、舌打ちした。
 まあ、校門で待っていれば探しに来るか……。そんなことを考えて、また適当に歩き出す。
 元々、今日は時間を空けていたので暇である。が、イベントは登校。昼休みまでの時間はまるまる空いてしまったのだった。
 さて、どうしたものか。
 考えながら、とりあえず、のんびりと道を歩いていく。まだ若干時間帯が早いせいで、市街地に行っても開いている店はほとんど無いだろう。適当な店でモーニングをとるという手はあるが、それで使う時間はさほど長くない。コンビニで新聞でも買って読み潰すにしても一時間もかからない。
 天気のいい日だった。海岸まで歩いていって散歩するのもありかもしれない。それとも、公園がどこかに行こうか。一人で行ってどうする、と心の中で突っ込みが入る。
 結局、やることもなかったので、目に着いた喫茶店に入ることにした。
 店はいささか空気が悪かった。煙草を吸っている客が多いせいか、煙い。カウンタでモーニングを注文してから、適当な二人がけの席に腰掛けた。他の客とは離れた場所で、煙草の煙も、少しはマシだった。
 煙草の煙を除けば……店はそれほど悪くない。いささか古めかしいところはあるが、汚いというわけではない。ソファやテーブルもきちんと掃除されているようだし、濃い茶色を基調とした配色は、窓から差し込む光に照らされて、暗すぎず、かといって明るすぎぬ色合いを示している。
 十分ほど待つと、モーニングが運ばれてきた。コーヒーと、ベーコンサンド。もっとも、口にした次の瞬間にはヤガミは後悔した。焼いたパンは一見してかりかり、しかしかじればがりがり。焼きすぎだ。コーヒーもろくな機械を使っていない。――まだ、あの船のコーヒーの方がマシだ。いや、本気でそう思う。
「これにお金を払う気なんて、起きませんよね?」
「ああ、まったく……誰だ?」
 いつの間にか、向かいの席に一人の女が座っていた。見知らぬ人物だ。見たところ、学生くらいの年齢。装飾をはじゃらじゃらとつけており、派手なネックレスやブレスレットがよく目立った。必死に大人のふりをしている――わけではないだろう。というか、魔除けのような物まで混ざって見えるのは何故だろうか。
 問いかけに、彼女は笑って答えた。
「堀口ゆかり」


 一方その頃。朝の教室、授業開始の五分前というところでヒサ子は自分の机の上にぶっ倒れていた。
 はっきり言ってしまえば、体力と胃の限界だった。朝っぱらからあれだけ強烈な徒競走を繰り広げればさもありなん。せめて準備運動をしてくるべき出した、と間違った方向の感想を抱く。これをヤガミが聞いていたら、早くに家を出るという考えはないのかと窘められたことだろう。
 そうして机に倒れていると、ちょんちょんと肩をつついてくる人がいた。
「はい?」
「大丈夫?」
 はい、とペットボトルのお茶を渡してくるのはクラスメートの女子だった。ありがとーといいながらお茶を飲むヒサ子。
「で、あの人誰?」わくわく、といった雰囲気が隠しきれない様子で友人が聞いた。
「あの人って?」
「ほら、校門で一緒にばててた」
「あー」
 そうか、そういう風に見えるんだよね。あはは……乾いた笑いを発するヒサ子。
「恋人?」
「なんですけど……うー。そう見てもらえてないかも」
 がっくりとうなだれるヒサ子。友人はけらけら笑いながらペットボトルを奪い返した。
「死ね、裏切り者」
「恋する乙女は死なないのです。じゃなくて、うー。ちゃんとお昼来てくれるかな……というか、あ」
 そういえば。待ち合わせの場所、決めるのを忘れてた。ヒサ子はもう一度ぶっ倒れた。額で机をぶったたき、ひどく小気味良い音がした。
「痛いです……」
「あんた……大丈夫?」
「額が痛い……」
「重傷だね」
 微妙にかみ合っているようでかみ合っていない会話は、もうしばらく、続く。


     2

 そして、昼になった。
 もっとも、まだチャイムが鳴ったばかりだからか、あまり浮ついた雰囲気もなく、外にいる学生の姿は多くない。ヤガミが校門で待っていると、ちょうど、体育の授業から教室に戻るところらしい学生の一団が見えた。何人かが、こっちを指さしていた。もしかしたら朝の現場を見ていたのかもしれない。ヤガミは無視して、別の方向に視線を向ける。ヒサ子の姿は見えない。
 しばらく退屈そうに待っていたヤガミだったが、五分も経った頃には、少し歩いてみようかと思い始めていた。が、今頃どこかを探し回っているかもしれない。だとすると、自分は動かない方がいいのか……。難しいところである。
 まあ、元を正せば、場所を確認していなかったお互いがお互いに悪いのであるが。
 仕方なく、手持ちぶさたにしていると、少し離れたところをサーラが歩いていくのを見かけた。声をかけると、ちょっと首をかしげて待ってくれた。近づいていって、世間話をして時間を潰す。
 しかしそれも束の間。視界の端にヒサ子の姿を見つけて、すぐに切り上げた。向こうも昼食らしく、ばいはーいと言って去っていった。そうして振り向いた先では、ヒサ子は妙にがっくりと肩を落としていた。
「どうした?」片眉を持ち上げて、ヤガミは尋ねた。
「い、いや、忙しいみたいだったからどっかいっちゃうのかと思った……」
 どうやら、ちょうどサーラを見つけたあたりで彼女はこちらに向かってきたらしい。とすると、なんともタイミングの悪いことである。
「……お仕事のおはなし?」
「いや、世間話だ」ヤガミは首を振った。「今日は暇だったな」
「そっかあ。ひま……はいいこと?」
「さてな」うまく伝わらないモノだな、と思いながらヤガミは話題を切り替えることにした。暇に関する不満は、まあ、また別の機会にでも。「食事じゃないのか」
「うん。おべんとですっ」ぱぁっと笑顔になるヒサ子。「出来れば中庭がいいんだけど、入ってもらっていいですかっ」
 いや、だから校内は……。ヤガミの頭の中でいくつかの声が交錯する。俺は部外者だと言いたい一方で、このまま帰ったらあまりに暇すぎる。それこそ、今日なんでここに来たのかわからなくなりそうだ。
 まあ。昼休みくらいはいいか。
 そんな、よくわからない理屈で自分を納得させた。
「分かった」
「あ、入りづらかったら別に外でも」少し心配そうにするヒサ子。
「別に、中庭でいい」
 一度決めたのだからそれで良い。それよりも、とヤガミは怪訝そうな顔をする。
「妙に卑屈だな。何かあったか」
「ううん? でも、そこの生徒じゃないのに学校にはいるって、なんかこう……気が引ける? みたいな感じ、わかるし。そうでなくても、ちょっと迷ってたみたいだったから、何かまずいことでもあるのかなーって」
「色々ある」
 恥ずかしいとか。主に恥ずかしいとか。あとやっぱり恥ずかしいとか。こう、な。
 勿論、そんなことを口にするはずもなく。ヒサ子に案内されるままに校内に踏みこんだ。
 学校はさほど広くない。主に校内を歩いている学生が多いからか、外を歩いている分には、視線も、人気もあまり無かった。特に誰かに見咎められることもなく、二人はのんびりと中庭に移動した。
 んー、と悩ましげな声を上げつつヒサ子は辺りを見回している。何か警戒しているのか、とヤガミは気になったが、声をかけようとした直後、
「……うん。気にしててもわたしにはわかんないみたいなので、食べましょー。おー」
 などと言って適当な場所に座られてしまったので、聞くに聞けず。いろいろ考えた末、無理に聞き出すのはやめることにした。
 さて。食事か。ヤガミは周囲を見る。今日はたまたま人気が少ないのか……ここにいるのは自分と彼女の二人きりだった。見られている風でもない。
 まあ。もうここに入った以上人目なんかどうでもいい。
 どうでもいいが、その、なんだ。近すぎるのはどうかと思う。そんなわけで、ヤガミはヒサ子が座った場所を確認して、微妙に離れたところに腰を下ろした。
 その距離、二メートル。
「は、はなれすぎだし!!」
 文句を言うヒサ子。たが、あえて言おう。朝よりは近い。約十分の一だ。
「そんなにはなれられると、一緒におべんとう食べれません……あ。えっと、おべんとうの中身たりますかっ。たりなかったら購買とかで……」
「うまいな意外に」
 もう食べてるし! がっくんと倒れそうになるヒサ子。震える腕で何とか倒れるのを阻止すると、少しだけ恨みがましそうな目で睨んだ後、ゆっくりと近づいてみることにした。
 無論、それにヤガミが気付かないはずもなく。じりじりと近づくヒサ子を見て、じりじりと離れた。
「……なんでそんなに離れるんですかー」
 不満というか、抗議というか。すこし泣きそうな声で言われる。
「そうか?」
 ヤガミはそ知らぬ顔で弁当を食べ続けた。
「どう、みて、も! 一緒におべんとう食べてる距離じゃないと思いますっ」心の内でうがーと叫ぶヒサ子。
「そうか?」
「……そんなにわたしの近くはやですか……」
「嫌じゃないが」
「見てるひともいないし! べつに変なうわさは立たないと思う、よ!」
「ついでに言えば、他人の目なんか気にしていない」
「いっしょにおべんとう食べるのにひと一人の身長以上はなれてるとかは、ふつうないと思う……」
 やけに具体的な表現だ。妙なところで感心するヤガミ。あ、もうすぐ弁当食べ終わりそうだ……。
「うまいな」
 じーっと見ているヒサ子。ふいに、ぼそりとつぶやいた。
「……照れてる、とか」
「………………」
 黙っていると、そのままじーっと見つめられた。
「じー」
 いや、口にせんでも。と思いつつも、つい顔を背けてしまうヤガミ。ヒサ子が少し笑った。
「……近づいていいですか」
 ヤガミは離れた。放っておくとこのまま飛びつかれそうな気がしたからである。
「ま、まだ近寄ってなーい!」
「離れていても会話は出来る」
「できません、ないしょ話とか出来ません。――せっかく、せっかく会えたのに大声で会話するしかないとかさみしいです! すっっっごくさみしいです!」
 ううーと責めるような視線を向けてくるヒサ子。ヤガミは目を逸らした。きっと顔色は変わっていない……はず、と心の中でつぶやく。こういうときは、なんだ。人という字を書いて飲むんだったか。
 もっとも、そんなモノを飲むまでもなく。ヤガミは弁当を食べ終わったのであった。
「よしじゃんけんしましょう。じゃんけん。勝ったら近づくか離れるか出来る。負けたほうは動けない。ええとあれ、グリコの要領」
 どーゆーあんだすたん、と右手を突きつける。何故かチョキを出していた。やる気満々である。
「却下」
「ちぇー」
 ばたっと倒れるヒサ子。というか、そんな風に目の座っている娘っ子相手だとじゃんけんでなくても勝てる気はしない。ヤガミは何も言わずに、さらに一メートル距離を置く。距離三メートル。
「お伝えしたいことがあります。大声で愛を叫ぶのはさすがに恥ずかしいので、1分でいいので横に行かせてください」
「却下。近くでも恥ずかしいだろう」ヤガミはお茶を飲んでから言った。「だいたい、俺はロリコンじゃない……」
「ううっ。い、いちばん危惧してたところを……! だいじょうぶ。結婚できます。年齢的に」
 ヤガミはごちそうさまと言った後で、立ち上がった。歩き出す。さて、今日はもう帰ろうか……。なんだか自分が悪いやつに思えてきた。
「それにその、ロリコンじゃないってゆーなら小さい子がまとわりついてると思えば恥ずかしくないよ! 何も恥ずかしくないはずだよっ」

 ――脳内で、何かがひび割れる音がした。

「……」
 ヤガミはゆっくりと振り返る。すっげぇいい笑顔に、さしものヒサ子も、一歩、後じさった。
「そうだな。では、小さい子として扱う」
「今まで大人扱いされてた気もしないなっ」
 ああ。そう思われていたのか。
 ヤガミは普通に微笑んだ。反省――というよりは、少し、傷ついた。
 いや。それでいいのかもしれない。自分と彼女は、そういう関係だ。それで、正しい。
「そうか」
「耳、かしてください」
 ヤガミは離れた。ヒサ子が悔しそうに顔をしかめる。
「昼休みは終わりだな」
 言外に、早く教室に行けと告げる。が、
「このまま帰ります」
 意地になったのか、ヒサ子はそう言ってぷいっとそっぽを向いた。おい、と思って振り返るも、彼女はこちらを見もしない。
「最初に言いました。ヤガミがいないんなら学校来る意味はないんです」
「子供は勉強するのが仕事だ」
「あのですね。わたしは子ども扱いして欲しいわけではないんです」くいっと顎をあげつつ、ヤガミを睨む。「でも、こどもとしてしか見てくれないんなら、それに則って行動しようと思っただけです」そこまで言って、彼女は息を吸った。「どっちですか。ロリコンじゃないって言って、でも子ども扱いしてたわけじゃないって、どっちですか」
 彼女は明らかに腹を立てている。なんで向こうが怒るんだと思いながらヤガミは首を振った。
「俺はそんなことは言っていない。知らん」
 言いながら、内心で腹が立ってくる。そもそも曖昧に接していた自分が悪いんだ。どういうつもりなんだ、俺、と過去に帰って自分を問い詰めてやりたくなる。
「……わたしは、ヤガミに会いにきてるんです。ちょっとでも一緒にいたいんです。……うまくいえないけど」
「……」
 その言葉を嘘だとは思わない。疑うまでもない。だが、問題はそこじゃない。
 ――けどまあ、少しは譲歩してもいいか。
 ヤガミは十センチメートル近づいた。二メートル九十センチ。まだ不満そうなヒサ子。
「ヤガミがいそがしいとか、なら、仕方ないと思うけど。でも、会えてる時に、全然近くに寄れないのは、すごくかなしい……っ」
「離れていても、会話は出来る」
「こどもあつかいは、かなしいけどっ。でも、ぜんぜん、ちかくにいれないくらいなら……っ」
 少し、泣きそうになった。ヒサ子は乱暴に目元を拭うと、面を上げた。
「たりないの! おはなししたいけど、会えたら、それだけじゃ足りないの……っ」
「大人扱いしろと言われても、困る」
「……ちがうの。完璧に大人扱いして欲しいんじゃなくて、わたし、こどもっぽいのは自分でわかってるから。でも、子ども扱いもかなしくて、だから、ええとっ」
 ごくり、とつばを飲んで。
「わ、わたし、見てほしい……」
 そう言ったヒサ子は、顔が真っ赤になっていることに気付いているのだろうか?
 いや。きっと気にする余裕もないだろうな。ヤガミはそんなことを考えながら、あと十センチ、近づいた。
「できればそばにいてほしい!」
 けど、そこが限界。ヤガミは目をそらした。
「ヤガミが近づいてくれないんなら、わたしから近づくって、思ったけど。離れられたら、どうすればいいかわかんない」
 言いながら、一歩だけ彼女は近づいてきた。一瞬、逃げようかと思ったが、何故か足は動かなかった。
 が、一歩分の距離が限界。さらに一歩近づいてきたときには、それにあわせて一歩離れた。
「……こんなにはなれてたら、手も届きません。倒れても届かないし」
「声は届いている」
 問題ない、とでも言うようにヤガミは言った。
「ないしょのお話も出来ません。糸でんわでも作れとゆーことですか」
 そんなモノを使わなくても。ヤガミは時計を見る。もうすぐ、授業開始。ポケットに手を突っ込むと、携帯電話を取って、それをヒサ子に放った。
「…………直通ですか、これは」
「ああ」
「わたしが国にいても、ヤガミがどっか行ってても、つながりますか」
「いや。迷宮には繋がらない」
「……ううう。め、迷宮以外にはつながると言うことですね」
 ていうか迷宮行ってるんですね……、とうなだれるヒサ子。妙なところにダメージが入ったらしい。
 が、無視してヤガミは電話を取った。耳に当てる。
「…………つながるのは嬉しいけど。うれしいけど、目の前にいるのに携帯とかそんな」
 言いながら、ヒサ子は携帯をしまった。
 それが彼女の態度だと思い、ヤガミも携帯をしまった。
「これはありがたくいただきます。けど、直接会ってるのに、なんで距離つくらなきゃいけないんですかっ」
「昼飯はうまかった。じゃあ」
「い・や・で・す!」
 逃がさない、と一歩歩を進めるヒサ子。
「ヤガミからは携帯にかけてくれればいいですっ。いつでも待ってます。会いに来いとかまで言えませんっ。でも! わたしは、会いたいですっ」
「嘘だな」
 それで終わり。自分が落ち込んでいる事を自覚しつつ、ヤガミはさっさと校舎から出て行った。


     3

 一人取り残され、反射的に走って追いかけようとしたモノの、ついぞヤガミは捕まえられなかった。
 ぎゅっと携帯を握りしめるヒサ子。
 べきっ。
 はっとして手元を見るが、携帯は無事。どうやら、足で木の枝をへし折った音らしい。
「くそぅ……」
 他に方法がないのかと考えた後、何も思いつかないのが実に悔しい。だから、八つ当たりがてら、せいぜい乱暴に携帯を開いて電話をかけた。一秒、二秒、三秒……。
 つながった。
「ひとの気持ち、嘘とかいわないでください!」
「………………」
「会いたいって! 好きって言ってるの、どうしたらわかってくれるんですか…! 好きです。信じてくれる方法、教えてください。ひとの気持ちを嘘呼ばわりしたことを後悔させます。何が何でも知らしめます。ていうか何で嘘って思うんですか」
 まくし立てすぎた。はー、はー、と朝の登校の時のように息を切らすヒサ子。というか、ちょっと息継ぎをいれるべきだった。少し目眩がして、体が揺れた。
「今はどこにいる?」ややあって、ヤガミは聞いた。
「ヤガミが消えたと思しき方向におっかけました。迷子です」
 堂々と言える事じゃないだろうと、何も言われてないのにそんなことを言われた気がした。
 たぶん、気のせいじゃない。
「道路にいるようだな。車が通っている。トラックの音がする」
「……みたいですね」息、息、酸素。頭の中はそれとヤガミで一杯のヒサ子。目の前を、トラックが走っていった。「むかえにきてくれるとうれしいです。――わがままでごめんなさい…会いたいんです」
 そうして面を上げると、道の向こうにヤガミがいる事に気付いた。目を丸くするヒサ子。
 そして気付けば、走り出していて―――

「あ」

 ひどい衝撃。視界が飛ぶ。どこかで聞こえる急ブレーキはずっと遠いけど何故か近くて。
 最後に見たのは、ヤガミがありえないくらい口をあけていたところだった。


     4

 正直、なんと言っていいのかわからなかった。
 細い体が宙を舞った直後はそれが夢のような気がしたし、それがばたんとアスファルトに落ちたときなどはもう現実だということを理解したくもなかった。
 全身がいっきに冷えるイメージ。突然氷付けにされたように、体中から冷や汗が吹き出した。
 そして、ようやく体が動いて駆け寄ったのは、五秒後なのか、五分後なのか、それとも五〇分後だったのか。何を考えているのかわからないまま、ヒサ子の体に手を伸ばそうとして、自分の右手が、携帯を握っていることに気付いた。
 慌てて電話。救急車を呼ぶが、どうにもうまく説明が出来ない。何度か相手に尋ね返されて、ようやくまともな返事を返す。なんで一度で理解できないんだと、ヤガミはわけもわからずアスファルトを蹴って腹を立てた。


 以上が、何日か前の事の顛末。
「反省したー?」
「……ああ」
 間延びした声でサーラに言われて、ヤガミはなんとも不機嫌そうに言った。一体何に体して不機嫌そうなのか。おそらくは本人に聞いても答えられないに違いない。
 なにしろ、いろいろ理由がありすぎて。一つに絞ることがひどく難しかったから。
「はい、なら今日はここまでー」
 学校の保健室。事情を知ったサーラに呼び出されて昼休みに姿を見せたヤガミは、洗いざらい全部話をさせられた上に、反省しなさいと念を押された。
 しないはずがない。
 さすがにあの状況を直視させられて、何も思わないはずがない。
 ないのだが――。
「あのばか……」
 そうい言う権利くらいは、あるんじゃないかと思うのだ。
「そういうこと、本人にいっちゃだめよー?」
 苦笑しながらサーラは言う。彼女にしてみれば、まあ、ヤガミの考えている事はなんとなく想像がつくので、苦笑するしかないのである。
 彼はちゃんと反省しているし、腹を立てているのも、相手の不注意というよりは自分のうかつさに対してだ。彼女があそこでああいう行動をするに到ったのは自分のせいだと思っている。まったく、不器用というか、なんというか。
 舌足らずなのよねーと、自分が言うにはあまりにあれな台詞をサーラは飲み込んだ。まあ、ヒサ子ちゃんの方も、とても不器用だったと思うから、今回はおあいこ。
 少し慰めてあげよー、と思ってサーラは口を開いた。
「ところで。はい」
 言って、テーブルの枠に置いていたバスケットを取り出す。フルーツがいくつか入ったバスケットには、白いカード。そこには細かい字で住所と部屋番号が書かれていた。
「なんだ? あいつのか?」
「そう。お・見・舞・い、行くでしょう?」
「行くが……いや、それはいらない」
 言ってヤガミは席を立った。あらあら、と目を丸くしているサーラの脇を抜けてそのまま出て行く。渡すモノくらい自分で選べる、という事らしい。
「……ま、いいか」
 ぱたんと、静かにドアがしめられると、一人になったその部屋でサーラはのんびりとバスケットに手を伸ばす。リンゴを一つ手にとって、少し首をかしげてから、一口かじった。
 硬い。やっぱり、丸かじりは大変だな、と思う。


 その後すぐにヤガミは移動した。途中で何かお見舞いを探そうと思ったが、良い物が見つからず、断念した。こんなことなら意地を張らずにサーラからバスケットをもらっておけば良かったと思うヤガミ。
 いや、正直を言えば。
 とにかく早く行きたくて、気付いたら病院の前に来てしまっていただけである。
 今更病院の中の売店で見舞いの品を買うのもばからしい。というか、むしろ恥ずかしい。ヤガミは結局何も買わずに病院に入っていった。
 受付で部屋番号を聞き、さっさと向かおうとする。が、それを聞いていた看護士が案内を買って出たので、無下に断ることも出来ず、任せることにした。先を行く看護士の後をついて行く。
 しかし、それはそれでなかなかの苦行だった。なにしろ、意識しないとついつい早足になってしまうのである。それをこらえるには、なかなかの努力を必要とした。自分は白熊だと心の中で繰り返しつつ、一歩一歩に神経をとがらせる。今なら忍者にもなれるんじゃないかと、やくたいもないことを考える。
 一瞬、妙に懐かしいことを思いだした。
 そうやっているうちに、目的の部屋にたどり着いた。看護士が声をかけた後、返事が返ってきたのを確認して、ヤガミはドアに手をかけた。
 部屋の中で鍋ヒサ子はベッドに横たわっていた。両手はギブス、腰にもコルセットという完全武装っぷりは、どこからどう見ても入院患者のそれである。桃色のパジャマを着た彼女は、実に退屈そうな顔を浮かべていた。
 彼女がこちらを見る。一瞬、ヤガミは緊張した。
 嫌われたんじゃないかと、わけもなく思った。
「調子はどうだ、バカ」
 だというのに、何故こういう事を言うのか自分は。
 まあ、本音なのだが。
「おふろはいりたいです!」
 元気よく返すヒサ子。少し、腹が立ってくる。俺の心配を返せ。
「直ってからな、バカ」
「うううー… ま 真夏でなかっただけよしとします…」
「どういう意味だ。バカ」
「だって真夏だともっと汗かきそうで……に、におい、とか」
 そこまで言って我に返ったらしい。ヒサ子は不満そうな顔をした後、ちょっと泣きそうな顔をした。
「バカはバカですが語尾みたいに言いすぎです! わーん」
「お前なんかバカで十分だ」
 そう言われるだけのことをしたとは思わないのか。だんだん、怒りの火が燃え広がっていく。ヤガミはもう一度「バカ」と言う。
 そして、そっと腕を回す。抱きしめると言うほどには力を込めず、そっと抱えるようにした。
 この二週間、どれだけ心配したと思ったんだ?
「え、あの、う、あれ? え、えっと、ごめんね…?」
 ――ため息をつくかどうか、一瞬、悩む。
 ずるいとか、それですむと思うなよとか、いろいろ言いたいことはあったが。
 ちょっと臭いを嗅ぐ。
「だ、だめー! わーん」
「うちの柴犬くらいだ。心配しないでも」
 まあ。風呂に入れないのは辛いな、と、とりあえずそう考えることにした。



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最終更新:2008年04月27日 22:26