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む~む~@紅葉国さんからのご依頼品


/*桜下の紡ぎ*/


     1

 春の園は暖かかった。その名の通り、春を感じさせる様々な草木が辺り一面に広がるその場所は、息を呑むことこそが礼儀であるかのように思わせる景色である。
 む~む~が立っていたのは、春の園の中でも桜の園と呼ばれる地域だった。春の園でも代表格とされる場所であり、永遠に桜が咲いては散り、散っては咲くことを繰り返すその場所は、ひらひらと、そよ風に揺れて、薄桃色の花弁が散っていた。
 芝生の地面を歩いていく。少し行ったところで、黒い服を着た男性――日向が立っている。
 何気ない風を装いながら、鼓動が早くなる事から意識をそらす。ゆっくりと深呼吸。ともすれば、声がうわずってしまうのではないかと緊張した。
 五メートルほどの距離を置いて、む~む~は立ち止まった。
「おひさしぶりです、日向さん」
 そう言って、お辞儀をする。日向はこちらを向いた。
「……広島で見た顔だな」
 む~む~は知らず微笑みながら、頷いた。覚えていてくれたことが嬉しかった。
「はい。広島偵察のときに、指揮官をしておりましたむ~む~といいます。あのときは手伝ってくださって、ほんとうにありがとうございました」
「いや」
 日向は少し笑った。サングラスをとって、胸ポケットにかける。
「戦友にあえて嬉しい。ゲームでも」
「ええ、私もうれしいです」
 互いに笑みを浮かべた後、日向は視線を外した。桜を見ている。む~む~はその横顔を見つめた。
 彼の目は、桜を見ている。

     *

 日向の視界で、桜はひらひらと花びらを散らしていた。そういえば。桜をじっと眺めるなんて事は、ここしばらく無かったかもしれない。そんなことを考える。
 む~む~が来るまでに、春の園は一通り歩いて回った。暇だった、と言うわけではなく、事前に歩いておきたかったというのが本音だ。レンゲの園、梅の園、イチゴ畑、タンポポやクローバの園、望楼。後は、そう、小麦畑と風車区画。一通り回ってみた感想は、とりあえず、あんまり俺には似合わないんじゃないか、ということだった。
 花見と言えば、そもそも、学生時代に悪友と飛び込んでいき大人に混じって酒を飲んだくらいの記憶しかない。思えばさもしい青春時代だった。いや、あれはあれで良かったか。
 まあ。過去に浸るのもこれくらいにしよう。日向は桜に目を向けたまま、口を開いた。
「元気か?」
「はい。元気にしてます。おかげさまで」
 そう言うと、む~む~は同じように桜の方に目を向けた。少し安心した風に、息をつく。もしかしたら、緊張していたのかもしれない。
「お礼の気持ちをお渡ししたくって、会える機会を探していました。よろしかったら…これ、食べていただけないでしょうか?」
「そいつはよかった。俺は長いこと……え?」
 取り出されたのは、なかなか大きな箱だった。ずいぶん多く作ったらしい。
「こんなことしなくても」日向は笑って言った。
「さ、桜みながらお弁当っていいんじゃないかと思ったし」少し顔を赤くするむ~む~。「あのときはほんとに、日向さんのおかげで広島の人たちと合流できましたから」
「俺にはお礼を言われるようなことはしていない。立場が逆でもお前は俺をたすけていたろう」
「ええ、きっと立場が逆だったら私もがんばって助けたと思います」
「だったら、礼も、プレゼントもいらんよ。じゃあな。あえてよかった」
 言って、日向は歩き出した。まあ、なかなか悪くない再会だった。戦友と会えたのは良かったし、そう、なんであれ、好意を向けられるのは悪くない。もっとも、それをあからさまにするほど、素直ではないのだが。
 と、しばらく歩いていると、すぐそばをむ~む~が着いてきた。おや、と思いながら振り返る日向。
「どうした?」
「え、ええと。よろしかったら桜みながらお話しませんか……?」
 躊躇いがちな声。日向は苦笑しながら返した。
「弁当食えばいいじゃないか」
 しばしの間沈黙。む~む~は文字通り目をぐるぐるさせながら、ぼそぼそと、言い訳するように口を開いた。
「うう、実は作りすぎちゃってるんです、このサンドイッチ……。それもあって、お礼にお渡しできたらと思って」
「嘘が下手だな」日向は笑った。「分かった。食べるか」
「はい、ありがとうございます!」
「やれやれ」
 日向は軽く帽子を弄ってから、近くの桜の木の下に腰掛けた。自分が微笑んでいることを自覚する。どうやら、なかなか、機嫌がいいらしい。誤魔化したくて、桜を眺めた。
 いや。機嫌良くもなるか。当たり前だ。
 それでいいじゃないか。
 ――それですめば。
 日向の視界の端で、む~む~はいそいそと弁当箱を広げていた。中身は、サンドイッチだったらしい。ローストビーフと野菜でサンドしたモノ。桜の甘いにおいに混じって、なかなか美味しそうな臭いが嗅覚を刺激する。
 む~む~が座った後で、日向はサンドイッチを手に取った。一口食べる。臭いから想像したとおり、美味しかった。そんな様子を眺めているむ~む~に気付いて、日向は口を開いた。
「うまいじゃないか」
「ありがとうございます。得意料理なんですよこれ」
「へえ」
 微笑ましい雰囲気に、知らず、日向は笑みを浮かべていた。作るの好きなんだけど、食べる量には限界があるのが問題で、と照れたように続けるむ~む~の言葉を聞く。相づち打って、日向はもう一つサンドイッチを口にした。量は多い。が、無理をしなくても、全部食べられそうだと思った。そうしたくなるくらいには、うまかった。


     2

「用は、これだけなのか?」
 そう聞かれて、む~む~は慌てた。先ほども、帰られそうになったばかりだ。それが脳裏をかすめた。なんとか、話題をつなごうとして、いささかうわずった声で彼女は言った。
「ええと、ゲーム内のことなんですが、よろしかったら調べてほしいことがあるんです」
「やっぱりな」どこか遠くを見る日向。帽子に手を当てた。「そんなところだろうと、思った。……いいさ。やろう」
「すみません。頼れる人で思いついたのが日向さんでしたので」
「OK.これから俺たちはクライアントと探偵の関係だ。どんな?」
 少し、背筋が冷たくなる。何か失敗してしまった時のように、冷や汗が流れた。けれどそれが何か良くわからず、加えて、一度話し始めてしまったから、もう言葉を引っ込められない。む~む~はとにかく言うしかないと思って、口を開いた。
「はい、つい先日、うちの…紅葉国の藩王、紅葉ルウシィがとある金属をバザールで見つけてきたのですが。これが、どういった性質のものなのかを調べてほしいんです。ピンクゴールド、というのですが、合金のピンクゴールドではなく、そういった種類の金属らしくて」
「どこかの研究所に出したほうが安く上がる……魔法金属だなそりゃ」
「魔法金属…というものがあるんですか」む~む~は小首をかしげた。「うちの藩王、見て気にいったらなんでも身に着けちゃうから。今でも呪いのアイテムがはずせないし……。それで、加工してアクセサリーにしてしまう前に、どういった性質のものなのか知っておきたいんです」
「……魅力を上げる効果がある」やや考えながら、日向は言った。
「……ご存知なんですか?」メモをとりながらむ~む~は聞いた。
「まあな」小さく頷く日向。「依頼達成だな。今回はまけとくと。……次からは探偵なんてつかわないことだ」
「どうしてでしょう?」きょとんとするむ~む~。
「普通、魔法金属のことを知る探偵はいない」
「う…。でも、日向さんが知ってらしたから大丈夫でした。ありがとうございます」
「気にするな」
 そう言って、日向は桜をまた眺めた。微笑んでいるが、先ほどと、何か違っている気が、した。
 そして気付いた。日向は、いいさ。やろう。と言ってから、サンドイッチに手をつけていなかった。さらに不安になるむ~む~。最早それはとらえどころ無い何かではなく、はっきりとした心配へと変化し、心の中でわだかまっている。
「……探偵のお仕事が終わったので…また、サンドイッチ食べませんか?」
 少し、こわばった口調で尋ねる。しかし日向は首を振った。
「いや、一度依頼受けたからには、そう言うわけにはいかないな。悪い」
 ああ、それだったのか。もう、どうすればいいのだろうか。目があちこちを向いて、うまく、言葉が出せない。そんな時間がずいぶん続いて、ようやく出せたのは、「そうなんですか……」という掠れた声だけだった。しかし日向は、何も言わずに桜を眺めている。
「……ごめんなさい!」
「時間だ。あえてよかった」立ち上がろうとする日向。
「ほんとは、依頼の方が口実だったんです。もうちょっとゆっくりいられるかなと思ったんで。もう一度会って、ゆっくり話せたらいいなと思って。サンドイッチも食べてもらえたらと思って……」
 もうほとんど涙目だった。日向は一瞬む~む~を見た後、自分はひどいことをしているんじゃないか、と言う気になった。いや、女というやつの魔力みたいなモノだ、これは。そう、心の中で言い聞かせる。
「何故嘘を?」
「桜みたら、そのまま帰ってしまいそうだったから」涙を拭きながらむ~む~は言った。「……ごめんなさい」
 頬を掻く日向。先ほどまでの考えを全部横にやりながら、戸惑った。これは、その、なんというか……。
「……そこまで好かれる理由が思い当たらないが」日向はむ~む~に顔を向けた。
「さっき言いましたよね。助けてもらったって」む~む~は即座に返す。「確かに私だって、助けられる人がいたら助けたい、やれることはやると思うけど。いきなり指揮官になって。準備して。広島についたらどうしようって状態になってて」
 一度息を吸う。少しむせそうだったが、我慢して、続けた。
「そんなときに助けてもらって、すごくうれしかったんです」
 だが、涙がこぼれることまでは我慢できなかったようで。綺麗な瞳からは、何度拭っても、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。止むことのないそれは梅雨の雨のようだった。
「なくなよ」日向は困りながら、なんとかそう口にした。もう少し、良い台詞を思いつけばいいのにと内心で愚痴をこぼす。「……俺が悪かった」
「……ごめんなさい。泣き止みますね」
 そう言ってまた目をこすろうとすると、日向はやめるように言った。
「目が悪くなる」しかしそのあと、途惑いながら口にする。「ハンカチをもってないんだ。俺は」
「あ、はい。自分の使います」
 バッグからハンカチをだすむ~む~。日向は頭をかいた。もうすこし、うまくやれんかな、俺は、と思う。
「ご、ごめんなさい。泣いたりしちゃって」
 なんとかして微笑んだようなその表情に、日向は完全に負けた。本当に悪い事した気になって、頭を下げた。
「俺が悪かった」
「いえ、そんなことないです。お礼いって、サンドイッチも食べてもらえたし」
「……」
 迷いながら、結局、日向は桜の下に座り直した。


     3

「……サンドイッチ、食わせてくれるか」
 おそらくは。それが日向に言える精一杯の優しさでもあったのだろう。端から見れば不器用にしか見えない言葉だが、しかし、む~む~にはそれで充分だったらしい。微笑むことを止められないのか、笑みを浮かべながらもう一度サンドイッチを出した。頭を掻きながら食べる日向。うまい、というのはもう言った。なんと言おうか……いや、その前に、まず、
「女としゃべるのはひさしぶりで、やり方忘れた。すまん」
「いえ、だいじょうぶです。普通にしゃべってくれれば」
 それは、そうなんだが。しかし普通にやってさっきは……ああいや。
 日向は内心でかなり困り果てていた。ああ、と言って頷くのがやっとだったほどに。困惑しながらむ~む~を見れば、彼女は上機嫌のように笑っていた。
「人が食べているのを見るのは面白いか?」
「面白い、というよりうれしいです。朝からずっとがんばってたので」
「相手が俺で悪かった。うまい以外に、いい言葉を思いつかない」
 それは本音だった。もう少し何か言えたらな、と思う。が、そんなことを考えていたからか、うまい、と言われた時にぽーっとしながら顔を赤くしたむ~む~の様子には気付かなかった。
「うまいって言葉が、いちばんうれしいですよ」
 そう返されて、ようやく、日向も笑った。
「料理は趣味だけど。いちばんうれしい瞬間は、食べたときにうまいって言ってもらうことなんです」
「うまいうまい」
 日向は言った後で、少し笑った。そして残っているサンドイッチをゆっくりと食べていく。
 喜んでいる様子のむ~む~を見て、もう少し、喜ばせてやりたいと思う。だが、残念ながら、いい話題は思いつかなかった。光太郎ならどうするだろう。脳内で逃げ回っている光太郎の姿が思い浮かぶ。金さんは……ああ、なんだか大して変わらない気がする。さらにさかのぼって昔の悪友……だめだ。あいつとは一緒に莫迦やってナンパで振られまくった記憶しかない。過去に学べるモノは無かった。
「……話題がないな。すまん」
「ううん、いいんです。こうしていられれば」にこりと笑うむ~む~。「……あ、お茶忘れてた。ちょっとまってくださいね」言いながら少し慌てた動作で魔法瓶を取り出す。「はい、熱いうちに入れてきたので注意してくださいね」
 無言で受け取り、お茶を飲む。と、あ、
「熱い」
「きゃ、大丈夫ですか?」
 さらに慌てる様子のむ~む~。日向はのどがひりひりしているのでうまくしゃべれず、沈黙した。心配させて、悪い事した気分になる。悪いことしかしていない気がしてきて、少しへこんだ。
「……大丈夫だ。まぬけなだけで」
 二分も経った頃、ようやく日向はそう言った。飲み物が熱かったことよりも、もっと別の事が原因だった。
「まぬけじゃないですよ。熱いのわかってても飲んじゃうんですよね、つい」
「気が短いんだな。俺は」
「じゃあ、次は冷たいお茶にしますね。この季節ならどっちもおいしいですし」
 のんびりと言われた事に、日向は少し驚いた。
「次があるのか?」
 これだけの事をしたのだから、てっきり、もう会わないかと思ったのだが……いや、それ以前に。
「……よかったら、また料理食べてほしいんだけど…迷惑でしょうか?」
「礼はなんどもいらんよ」
 これはお礼で、お礼は何度ももらうモノではないし、送るモノでもないだろう。
 が、そういうわけではないらしく。む~む~は顔をどんどん紅潮させていく。顔の色がはっきりしていく割りに、しかし、声は小さくなりつつあった。
「次は。食べてほしいからってのは、いけませんか?」
「口説いているように聞こえる」
 完全に顔が真っ赤になるむ~む~。日向にじっと見られながら待たれて、観念した。
「は……はい。口説いてます」
「……」
 日向は一口お茶を飲んだ。
「…………」
 もう一口飲もうとして、無いことに気付く。
「……照れるな」
 隠しきれずに、そう言った。それが本音だった。
「どうしてなんてことはきかない。俺もお前のことは嫌いじゃない」
「わ、私も……照れてます」こくんと頷くむ~む~。「じゃ、じゃあ。次はごまかしたりせずに、差し入れっていってもっていきますね」
「素直が一番だな」微笑む日向。
「はい、さっきはほんとうにごめんなさい」
「いや。俺も悪かった。――金はないが、またあってくれるか?」
「はい、ぜひお願いします。次もお弁当もってきますね」
「あんまり弁当は……」
 言いかけて、日向は口を閉ざす。まあ……
「料理が趣味ならいいか」
「ええ、いろいろ作ってみたいのあるんです」
 にっこりと笑うむ~む~を見て、日向は笑った。小さく頷く。
「楽しみにしてる」
 日向はそれだけ言うと、む~む~触れもせずに、たちあがってどこかにいった。
 後には空っぽになったサンドイッチの箱と、にこにこと微笑んでいるむ~む~の姿。


 桜の木下で紡がれた約束が果たされるのは、もう少し、後のことである。



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最終更新:2008年05月05日 15:42